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第14話 捜索
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午前零時。
街は眠らなかった。
いや、眠れなかった。
中心街のロータリーは完全封鎖され、深夜にもかかわらずサイレンと怒声が途切れない。
検問に並ぶ車列は郊外まで延び、苛立つドライバーがクラクションを鳴らす。
報道ヘリのライトが夜空を切り裂き、群衆の影を地面に落とした。
合同捜査本部のテントは、昼と変わらぬ喧噪に包まれていた。
無線の呼び声、資料をめくる音、電話のベル。
机の上の地図には赤い丸がいくつも描かれ、報告のたびにさらに増えていく。
「市内倉庫、異常なし!」
「地下駐車場、爆発物見つからず!」
報告の声は途切れない。
だが成果はゼロのままだった。
⸻
九重誠治郎はその光景を無言で見つめていた。
数字は脳裏に焼き付いて離れない。
〈17h 55m〉
〈17h 54m〉
街全体に広がる赤い刻限。
それが容赦なく減っていく。
(……時間は確実に削られている。
街を探し回っても、点の爆弾は存在しない。
街そのものが仕掛けだから)
⸻
「九重」
背後から声がした。
佐伯係長が歩み寄ってきた。
黒いスーツはさらに皺を増し、ネクタイは緩み、目の下には濃い隈が刻まれていた。
それでも眼差しは鋭く、上司としての威圧感を保っていた。
「本部は今も“二日後”に囚われてる。だが現実は違う」
佐伯は低く言った。
「お前の言葉を信じるなら、残り十八時間もない」
九重は無言で頷いた。
⸻
佐伯は机に広げられた地図を指さした。
「ガス管、電力網、上下水道……。これを同時に仕掛けられていたら、爆発物捜索では見つからん。
だが全域を調べるのは不可能だ」
「……なら、狙われる場所を絞るしかない」
九重は地図を見下ろし、指を走らせた。
「人が集まる場所。駅、地下街、繁華街、工場地帯。
もしここに細工があれば……街全体を巻き込む」
「そうだ。問題はどうやって突き止めるかだ」
佐伯は低く言い、拳を握った。
⸻
九重の視線は地図から街へと移った。
窓の外、バリケードの向こうには群衆が集まり、報道カメラの光に照らされていた。
その頭上に浮かぶ赤い数字。
〈17h 40m〉
(……間違いない。この街は爆心地になる)
九重は唇をかみ、深く息を吐いた。
「係長。これからは本部を通さず、独自に動きます。
見つけ出さなければ、全員が死にます」
佐伯は短く頷いた。
「分かった。必要な人員は俺が選ぶ。無駄口叩いてる暇はない」
⸻
二人は視線を交わした。
そこには言葉を超えた決意があった。
外では群衆のざわめきが風に乗り、夜空を揺らしていた。
街全体を覆う赤い刻限は、冷たく脈打ち続けていた。
〈17h 30m〉
戦いは、すでに始まっていた。
午前一時。
街は不気味な静けさに包まれていた。
昼間の喧噪は影を潜め、検問の赤色灯だけが夜を切り裂いている。
だがその静けさは決して安堵を与えなかった。
むしろ嵐の前の重苦しさが、街全体を覆っていた。
九重誠治郎は、スーツ姿の佐伯係長と並んで歩いていた。
二人の背後には、国木署の若手刑事が二人。
いずれも信頼できる部下で、佐伯が選んだ人材だった。
「……これ以上は大人数で動けん。本部に気づかれたら、潰される」
佐伯の声は低く、夜気に溶けた。
「はい。だからこそ、今動かなければ」
九重は答えながら、街の影に目を走らせた。
人気の消えたアーケード、シャッターの下りた商店街、ガラス越しに暗闇を覗かせる駅ビル。
そのすべてが不気味に口を閉ざしている。
⸻
最初の調査対象は、駅前から延びる地下のガス管だった。
市のライフラインを支える幹線で、万が一ここが吹き飛べば、被害は市全域に及ぶ。
深夜の道路に人影はなかった。
だが歩道の端には、掘削跡の残るマンホールがぽっかりと口を開けている。
若手刑事の一人が顔をしかめた。
「……ここ、昨日までは閉じられてましたよ」
「確かか」
佐伯が振り向く。
「はい。巡回のときに確認しました」
九重はライトをかざし、内部を覗き込んだ。
鉄の梯子が暗闇に吸い込まれている。
鼻を突くガスの匂いはしない。
だが、下から吹き上げてくる空気が冷たかった。
(……何かある。だが、普通の爆弾じゃない)
⸻
四人は慎重に地下へ降りた。
湿ったコンクリートの壁に足音が反響する。
頭上の光が遠ざかり、暗闇が濃くなる。
懐中電灯の光が、複雑に入り組んだ配管を照らし出した。
「……何もないように見えるな」
部下の一人がつぶやく。
だが九重は足を止めた。
壁に走る太いガス管、その表面に――ごくわずかな異物が付着していた。
「待て。ここを見ろ」
光を近づけると、配管に小さな金属片が貼り付けられていた。
薄いフィルムで覆われ、外見では見逃してしまいそうなほどの小ささだった。
佐伯が眉をひそめる。
「爆弾……じゃないな」
九重は頷いた。
「おそらく感知装置です。配管の圧力や流れを読み取って、何かの信号を送る……」
「つまり、ここは“起爆のための導火線”か」
九重の背に冷たいものが走った。
⸻
再び無線が鳴った。
地上の警官からの報告だった。
「こちら第三区、異常なし!」
「第四区も異常なし!」
九重は唇を噛んだ。
(……そうだ。いくら探しても、“爆弾”は見つからない。街全体が爆弾だから)
懐中電灯を動かすと、さらに数枚の金属片が貼られているのが見えた。
それは配管の継ぎ目ごとに設置されており、目立たぬように黒いテープで覆われていた。
佐伯が低くうなった。
「……街中の管にこれを仕掛けられていたら、本部がどれだけ捜しても見つからん」
「はい。しかも……これが同時に作動すれば」
九重は言葉を切った。
脳裏に浮かぶのは、頭上の赤い数字。
〈17h 00m〉
街全体が、一つの刻限に向けて進んでいる。
⸻
四人は地上に戻った。
夜風が肌を刺すほど冷たい。
だが九重の額には汗がにじんでいた。
「係長。これは……普通のテロじゃありません」
九重は息を整え、佐伯に言った。
「街そのものを利用した、自爆兵器です」
佐伯は無言で頷いた。
その横顔に、上司としての責任と人間としての恐怖が重なっていた。
「……残り十七時間。時間はあるようで、もうないな」
佐伯の声は低く、夜気に沈んだ。
九重は空を仰いだ。
報道ヘリのライトが雲を舐め、群衆のざわめきが遠くで渦を巻いている。
頭上の数字が脳裏に焼き付く。
〈16h 59m〉
ゼロに向かう秒針は、止まる気配を見せなかった。
午前二時。
街はますます息を潜めていた。
赤色灯の明滅だけが道路を染め、風に舞うゴミ袋が不気味に転がる。
九重誠治郎たちは次の調査地点へ向かっていた。
目的地は、市外れにある変電施設。
電力網を一括して管理する場所で、もしここに細工があれば、ガス管と連動して街全体を吹き飛ばすことが可能だった。
「通常なら警備がついてるはずだが……」
佐伯係長が周囲を見回した。
フェンスに沿って歩くが、人影はなく、照明もところどころ消えている。
深夜だから静かなのではない。
意図的に“空白”が作られているように感じられた。
⸻
ゲートを越え、四人は施設内に足を踏み入れた。
鉄の匂いと油の匂いが混じり、耳には低い電流音が響く。
巨大なトランスの影が懐中電灯の光に伸び、足音がコンクリートに反響した。
九重は警戒しながら歩を進めた。
視界の端には、頭上に浮かぶ赤い数字が点滅している。
〈16h 20m〉
〈16h 19m〉
やはりここでも同じだ。
街全体が一つの時刻に収束している。
⸻
「係長、これを」
若手刑事の一人が声を上げた。
光が照らしたのは、壁に貼り付けられた小さな箱状の機器だった。
黒いテープで目立たぬように固定され、配線が電力ケーブルへと延びている。
九重は膝をつき、慎重に覗き込んだ。
「……爆弾じゃない。監視装置だ」
「ガス管で見たものと似てるな」
佐伯が唸る。
「はい。これも圧力や電流の変化を感知して、信号を送る。
おそらく市内各地に仕掛けられていて……ある時刻に“同時起爆”させる」
九重は吐息を漏らした。
「……街全体を連鎖的に爆弾化する仕組みです」
⸻
その時だった。
ふと視線を移した先に、異物が目に留まった。
施設の床に散らばる、紙片。
拾い上げると、油で汚れたメモ用紙だった。
英語と日本語が混ざった走り書きが残されている。
『Link完了 0:00 check 起爆=中央』
九重の心臓が跳ねた。
「……奴らはここを拠点にしてた」
佐伯が紙片を覗き込み、低く言った。
「“中央”……中心街か。やはり狙いはそこだな」
⸻
九重は無意識に唇を噛んでいた。
脳裏に浮かぶ群衆の光景。
駅前広場、繁華街、地下街――すべての頭上に同じ赤い数字。
そして、あの娘・彩音の頭上にも。
〈16h 00m〉
(……時間がない。必ず、奴らを止める)
⸻
施設を後にしたとき、背後で低い物音がした。
振り向くと、フェンスの影に人影が揺れた。
若手刑事が即座にライトを向ける。
光に照らされたのは、黒いフードを被った男の背中だった。
男は一瞬こちらを振り返り、すぐに駆け出す。
「待て!」
佐伯が怒鳴り、九重は反射的に追いかけた。
夜の静寂を裂いて、足音がアスファルトを叩いた。
風が頬を切り、肺が焼けつくように熱を帯びる。
(……あれが犯人か、それとも協力者か)
逃げる男の頭上に、赤い数字がちらついていた。
〈15h 45m〉
街と同じ刻限。
それは、運命を共有する証だった。
午前二時二十分。
変電施設の敷地を飛び出した黒いフードの男を追い、九重誠治郎は闇の路地を駆け抜けていた。
靴底がアスファルトを叩き、乾いた音が夜に響く。
肺が焼けつくように熱を帯び、息は白い蒸気となって吹き出した。
背後から佐伯係長と二人の若手刑事の足音が重なり、追跡の緊迫感を倍加させていた。
「止まれ!」
佐伯の声が響いたが、男は振り返らない。
フードを深くかぶり、街灯の切れた裏道へと滑り込む。
九重の目には、その頭上に赤い数字が浮かんでいた。
〈15h 44m〉
街と同じ刻限。
逃げるその姿は、死の運命を共有していることを物語っていた。
⸻
廃工場地帯に入る。
積まれたコンテナが壁のように並び、錆びた鉄骨が月明かりを遮っている。
足を踏み入れるたび、破片が砕ける音が響き、埃が舞った。
男はフェンスを飛び越え、細い隙間をすり抜ける。
九重は壁沿いに回り込み、ライトを構えた部下と合流した。
その瞬間、白い閃光が目を灼いた。
「っ……!」
耳をつんざく爆音。閃光弾だ。
刑事の一人が目を押さえ、膝をついた。
九重は視界に焼き付いた残像を振り払いつつ、必死に影を追う。
(……手慣れている。素人じゃない)
⸻
工場跡の階段を駆け上がる。
鉄骨が軋み、埃の匂いが鼻を刺す。
九重の鼓動は耳鳴りのように響き、頭上の数字がちらついた。
〈15h 43m〉
秒針が無情に落ちていく。
短い追跡の中でも、刻限は確実に減っていた。
(……こいつも死の時刻に縛られている。
ならば、ただの駒じゃない。中心に近い存在だ)
⸻
屋上に飛び出すと、冷たい風が顔を打った。
遠くには中心街の光が広がり、報道ヘリのサーチライトが雲を舐めていた。
フードの男は屋上の縁に追い詰められていた。
背後は十数メートルの落差。逃げ場はない。
「観念しろ」
九重が銃を構える。
だが男は笑った。
「……間に合わねえ。街はもう、死んでる」
その声には狂気と諦めが混じっていた。
⸻
「何を仕掛けた!」
九重が叫ぶ。
だが男は答えず、ポケットから小さな端末を取り出した。
赤いランプが点滅している。
「やめろ!」
九重が踏み出す。
男は縁に背を押し付け、かすれた声で言い放った。
「……“中央”で終わる。それだけだ」
次の瞬間、男は端末をアスファルトへ叩きつけた。
乾いた破裂音と火花。基盤の破片が飛び散り、赤い光が消える。
九重は思わず前に出たが、男の体は闇へと消えた。
下を覗き込んでも、影は見えなかった。
⸻
「くそっ……!」
佐伯が駆け寄り、屋上の床に転がる端末の残骸を睨んだ。
九重は拾い上げ、焦げ跡の残る基盤を見つめた。
そこには、かすかに文字が残っていた。
『LINK──中央』
二人は視線を交わした。
それだけで、狙いが明白になった。
⸻
遠くで群衆のざわめきが響く。
報道ヘリのライトが街を照らし、夜空を白く裂いた。
九重の脳裏に浮かぶ数字が、一斉に点滅した。
〈15h 40m〉
(……残り十五時間と四十分。
奴らの“中央”とは、やはり――中心街か)
風が強く吹き抜け、冷たさと共に死の時刻を告げていた。
街は眠らなかった。
いや、眠れなかった。
中心街のロータリーは完全封鎖され、深夜にもかかわらずサイレンと怒声が途切れない。
検問に並ぶ車列は郊外まで延び、苛立つドライバーがクラクションを鳴らす。
報道ヘリのライトが夜空を切り裂き、群衆の影を地面に落とした。
合同捜査本部のテントは、昼と変わらぬ喧噪に包まれていた。
無線の呼び声、資料をめくる音、電話のベル。
机の上の地図には赤い丸がいくつも描かれ、報告のたびにさらに増えていく。
「市内倉庫、異常なし!」
「地下駐車場、爆発物見つからず!」
報告の声は途切れない。
だが成果はゼロのままだった。
⸻
九重誠治郎はその光景を無言で見つめていた。
数字は脳裏に焼き付いて離れない。
〈17h 55m〉
〈17h 54m〉
街全体に広がる赤い刻限。
それが容赦なく減っていく。
(……時間は確実に削られている。
街を探し回っても、点の爆弾は存在しない。
街そのものが仕掛けだから)
⸻
「九重」
背後から声がした。
佐伯係長が歩み寄ってきた。
黒いスーツはさらに皺を増し、ネクタイは緩み、目の下には濃い隈が刻まれていた。
それでも眼差しは鋭く、上司としての威圧感を保っていた。
「本部は今も“二日後”に囚われてる。だが現実は違う」
佐伯は低く言った。
「お前の言葉を信じるなら、残り十八時間もない」
九重は無言で頷いた。
⸻
佐伯は机に広げられた地図を指さした。
「ガス管、電力網、上下水道……。これを同時に仕掛けられていたら、爆発物捜索では見つからん。
だが全域を調べるのは不可能だ」
「……なら、狙われる場所を絞るしかない」
九重は地図を見下ろし、指を走らせた。
「人が集まる場所。駅、地下街、繁華街、工場地帯。
もしここに細工があれば……街全体を巻き込む」
「そうだ。問題はどうやって突き止めるかだ」
佐伯は低く言い、拳を握った。
⸻
九重の視線は地図から街へと移った。
窓の外、バリケードの向こうには群衆が集まり、報道カメラの光に照らされていた。
その頭上に浮かぶ赤い数字。
〈17h 40m〉
(……間違いない。この街は爆心地になる)
九重は唇をかみ、深く息を吐いた。
「係長。これからは本部を通さず、独自に動きます。
見つけ出さなければ、全員が死にます」
佐伯は短く頷いた。
「分かった。必要な人員は俺が選ぶ。無駄口叩いてる暇はない」
⸻
二人は視線を交わした。
そこには言葉を超えた決意があった。
外では群衆のざわめきが風に乗り、夜空を揺らしていた。
街全体を覆う赤い刻限は、冷たく脈打ち続けていた。
〈17h 30m〉
戦いは、すでに始まっていた。
午前一時。
街は不気味な静けさに包まれていた。
昼間の喧噪は影を潜め、検問の赤色灯だけが夜を切り裂いている。
だがその静けさは決して安堵を与えなかった。
むしろ嵐の前の重苦しさが、街全体を覆っていた。
九重誠治郎は、スーツ姿の佐伯係長と並んで歩いていた。
二人の背後には、国木署の若手刑事が二人。
いずれも信頼できる部下で、佐伯が選んだ人材だった。
「……これ以上は大人数で動けん。本部に気づかれたら、潰される」
佐伯の声は低く、夜気に溶けた。
「はい。だからこそ、今動かなければ」
九重は答えながら、街の影に目を走らせた。
人気の消えたアーケード、シャッターの下りた商店街、ガラス越しに暗闇を覗かせる駅ビル。
そのすべてが不気味に口を閉ざしている。
⸻
最初の調査対象は、駅前から延びる地下のガス管だった。
市のライフラインを支える幹線で、万が一ここが吹き飛べば、被害は市全域に及ぶ。
深夜の道路に人影はなかった。
だが歩道の端には、掘削跡の残るマンホールがぽっかりと口を開けている。
若手刑事の一人が顔をしかめた。
「……ここ、昨日までは閉じられてましたよ」
「確かか」
佐伯が振り向く。
「はい。巡回のときに確認しました」
九重はライトをかざし、内部を覗き込んだ。
鉄の梯子が暗闇に吸い込まれている。
鼻を突くガスの匂いはしない。
だが、下から吹き上げてくる空気が冷たかった。
(……何かある。だが、普通の爆弾じゃない)
⸻
四人は慎重に地下へ降りた。
湿ったコンクリートの壁に足音が反響する。
頭上の光が遠ざかり、暗闇が濃くなる。
懐中電灯の光が、複雑に入り組んだ配管を照らし出した。
「……何もないように見えるな」
部下の一人がつぶやく。
だが九重は足を止めた。
壁に走る太いガス管、その表面に――ごくわずかな異物が付着していた。
「待て。ここを見ろ」
光を近づけると、配管に小さな金属片が貼り付けられていた。
薄いフィルムで覆われ、外見では見逃してしまいそうなほどの小ささだった。
佐伯が眉をひそめる。
「爆弾……じゃないな」
九重は頷いた。
「おそらく感知装置です。配管の圧力や流れを読み取って、何かの信号を送る……」
「つまり、ここは“起爆のための導火線”か」
九重の背に冷たいものが走った。
⸻
再び無線が鳴った。
地上の警官からの報告だった。
「こちら第三区、異常なし!」
「第四区も異常なし!」
九重は唇を噛んだ。
(……そうだ。いくら探しても、“爆弾”は見つからない。街全体が爆弾だから)
懐中電灯を動かすと、さらに数枚の金属片が貼られているのが見えた。
それは配管の継ぎ目ごとに設置されており、目立たぬように黒いテープで覆われていた。
佐伯が低くうなった。
「……街中の管にこれを仕掛けられていたら、本部がどれだけ捜しても見つからん」
「はい。しかも……これが同時に作動すれば」
九重は言葉を切った。
脳裏に浮かぶのは、頭上の赤い数字。
〈17h 00m〉
街全体が、一つの刻限に向けて進んでいる。
⸻
四人は地上に戻った。
夜風が肌を刺すほど冷たい。
だが九重の額には汗がにじんでいた。
「係長。これは……普通のテロじゃありません」
九重は息を整え、佐伯に言った。
「街そのものを利用した、自爆兵器です」
佐伯は無言で頷いた。
その横顔に、上司としての責任と人間としての恐怖が重なっていた。
「……残り十七時間。時間はあるようで、もうないな」
佐伯の声は低く、夜気に沈んだ。
九重は空を仰いだ。
報道ヘリのライトが雲を舐め、群衆のざわめきが遠くで渦を巻いている。
頭上の数字が脳裏に焼き付く。
〈16h 59m〉
ゼロに向かう秒針は、止まる気配を見せなかった。
午前二時。
街はますます息を潜めていた。
赤色灯の明滅だけが道路を染め、風に舞うゴミ袋が不気味に転がる。
九重誠治郎たちは次の調査地点へ向かっていた。
目的地は、市外れにある変電施設。
電力網を一括して管理する場所で、もしここに細工があれば、ガス管と連動して街全体を吹き飛ばすことが可能だった。
「通常なら警備がついてるはずだが……」
佐伯係長が周囲を見回した。
フェンスに沿って歩くが、人影はなく、照明もところどころ消えている。
深夜だから静かなのではない。
意図的に“空白”が作られているように感じられた。
⸻
ゲートを越え、四人は施設内に足を踏み入れた。
鉄の匂いと油の匂いが混じり、耳には低い電流音が響く。
巨大なトランスの影が懐中電灯の光に伸び、足音がコンクリートに反響した。
九重は警戒しながら歩を進めた。
視界の端には、頭上に浮かぶ赤い数字が点滅している。
〈16h 20m〉
〈16h 19m〉
やはりここでも同じだ。
街全体が一つの時刻に収束している。
⸻
「係長、これを」
若手刑事の一人が声を上げた。
光が照らしたのは、壁に貼り付けられた小さな箱状の機器だった。
黒いテープで目立たぬように固定され、配線が電力ケーブルへと延びている。
九重は膝をつき、慎重に覗き込んだ。
「……爆弾じゃない。監視装置だ」
「ガス管で見たものと似てるな」
佐伯が唸る。
「はい。これも圧力や電流の変化を感知して、信号を送る。
おそらく市内各地に仕掛けられていて……ある時刻に“同時起爆”させる」
九重は吐息を漏らした。
「……街全体を連鎖的に爆弾化する仕組みです」
⸻
その時だった。
ふと視線を移した先に、異物が目に留まった。
施設の床に散らばる、紙片。
拾い上げると、油で汚れたメモ用紙だった。
英語と日本語が混ざった走り書きが残されている。
『Link完了 0:00 check 起爆=中央』
九重の心臓が跳ねた。
「……奴らはここを拠点にしてた」
佐伯が紙片を覗き込み、低く言った。
「“中央”……中心街か。やはり狙いはそこだな」
⸻
九重は無意識に唇を噛んでいた。
脳裏に浮かぶ群衆の光景。
駅前広場、繁華街、地下街――すべての頭上に同じ赤い数字。
そして、あの娘・彩音の頭上にも。
〈16h 00m〉
(……時間がない。必ず、奴らを止める)
⸻
施設を後にしたとき、背後で低い物音がした。
振り向くと、フェンスの影に人影が揺れた。
若手刑事が即座にライトを向ける。
光に照らされたのは、黒いフードを被った男の背中だった。
男は一瞬こちらを振り返り、すぐに駆け出す。
「待て!」
佐伯が怒鳴り、九重は反射的に追いかけた。
夜の静寂を裂いて、足音がアスファルトを叩いた。
風が頬を切り、肺が焼けつくように熱を帯びる。
(……あれが犯人か、それとも協力者か)
逃げる男の頭上に、赤い数字がちらついていた。
〈15h 45m〉
街と同じ刻限。
それは、運命を共有する証だった。
午前二時二十分。
変電施設の敷地を飛び出した黒いフードの男を追い、九重誠治郎は闇の路地を駆け抜けていた。
靴底がアスファルトを叩き、乾いた音が夜に響く。
肺が焼けつくように熱を帯び、息は白い蒸気となって吹き出した。
背後から佐伯係長と二人の若手刑事の足音が重なり、追跡の緊迫感を倍加させていた。
「止まれ!」
佐伯の声が響いたが、男は振り返らない。
フードを深くかぶり、街灯の切れた裏道へと滑り込む。
九重の目には、その頭上に赤い数字が浮かんでいた。
〈15h 44m〉
街と同じ刻限。
逃げるその姿は、死の運命を共有していることを物語っていた。
⸻
廃工場地帯に入る。
積まれたコンテナが壁のように並び、錆びた鉄骨が月明かりを遮っている。
足を踏み入れるたび、破片が砕ける音が響き、埃が舞った。
男はフェンスを飛び越え、細い隙間をすり抜ける。
九重は壁沿いに回り込み、ライトを構えた部下と合流した。
その瞬間、白い閃光が目を灼いた。
「っ……!」
耳をつんざく爆音。閃光弾だ。
刑事の一人が目を押さえ、膝をついた。
九重は視界に焼き付いた残像を振り払いつつ、必死に影を追う。
(……手慣れている。素人じゃない)
⸻
工場跡の階段を駆け上がる。
鉄骨が軋み、埃の匂いが鼻を刺す。
九重の鼓動は耳鳴りのように響き、頭上の数字がちらついた。
〈15h 43m〉
秒針が無情に落ちていく。
短い追跡の中でも、刻限は確実に減っていた。
(……こいつも死の時刻に縛られている。
ならば、ただの駒じゃない。中心に近い存在だ)
⸻
屋上に飛び出すと、冷たい風が顔を打った。
遠くには中心街の光が広がり、報道ヘリのサーチライトが雲を舐めていた。
フードの男は屋上の縁に追い詰められていた。
背後は十数メートルの落差。逃げ場はない。
「観念しろ」
九重が銃を構える。
だが男は笑った。
「……間に合わねえ。街はもう、死んでる」
その声には狂気と諦めが混じっていた。
⸻
「何を仕掛けた!」
九重が叫ぶ。
だが男は答えず、ポケットから小さな端末を取り出した。
赤いランプが点滅している。
「やめろ!」
九重が踏み出す。
男は縁に背を押し付け、かすれた声で言い放った。
「……“中央”で終わる。それだけだ」
次の瞬間、男は端末をアスファルトへ叩きつけた。
乾いた破裂音と火花。基盤の破片が飛び散り、赤い光が消える。
九重は思わず前に出たが、男の体は闇へと消えた。
下を覗き込んでも、影は見えなかった。
⸻
「くそっ……!」
佐伯が駆け寄り、屋上の床に転がる端末の残骸を睨んだ。
九重は拾い上げ、焦げ跡の残る基盤を見つめた。
そこには、かすかに文字が残っていた。
『LINK──中央』
二人は視線を交わした。
それだけで、狙いが明白になった。
⸻
遠くで群衆のざわめきが響く。
報道ヘリのライトが街を照らし、夜空を白く裂いた。
九重の脳裏に浮かぶ数字が、一斉に点滅した。
〈15h 40m〉
(……残り十五時間と四十分。
奴らの“中央”とは、やはり――中心街か)
風が強く吹き抜け、冷たさと共に死の時刻を告げていた。
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