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第3巻 理を紡ぐ者たち
第4章 揺らぐ灯
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――低い音が、洞を震わせた。
灰の灯が、いつもより早い周期で脈を打っている。
光は白く、次第に強く――まるで息を荒げるように。
アーレンは符盤の破片を手にしたまま立ち上がった。
足元の灰が、ざわざわと動く。
まるで生き物のように、彼の靴を這い上がっていく。
「……理の流れが不安定だ」
ノアが小さく呻いた。
胸の灰核が明滅し、痛みに顔を歪めている。
「ノア!」
アーレンは駆け寄り、彼女の肩を抱いた。
熱い――まるで発熱しているようだ。
「灰が……うるさいの……!」
ノアの声は震えていた。
その瞳の奥で、灰色の光が揺れている。
⸻
洞の外から怒号が聞こえた。
「灯が暴れているぞ!」
「灰が吹き上がってる! 子どもたちを奥へ!」
イサルの声がそれに重なる。
祈りの印を掲げ、符を連ねて灰の流れを鎮めようとするが、
光の奔流が彼女の印を押し返した。
「……だめ、止まらない!」
灰の灯の中央から、光の柱が立ち上がった。
白い閃光が天井を突き抜け、洞全体を照らし出す。
⸻
アーレンは符盤の残骸を広げ、理式を即興で再構築した。
脈動を測り、波形を合わせ、反符を描く。
「イサル、祈りを続けて!
その波を合わせるんだ!」
「理に祈りを? ――理解したわ!」
二人の声が重なり、
理と祈りがぶつかり合うように洞を包む。
灰の流れが一瞬、収束した。
だが、中央の灯だけは止まらない。
⸻
ノアの体が震えていた。
灰核が激しく光を放ち、体内の理流が暴走している。
「ノア! 意識を保て!」
「……アーレン、こえが、きこえる……!」
「声?」
「“リュミナ”が、ないてる……!」
アーレンの心臓が跳ねた。
理のざわめき――それは、呼応。
灰が、彼女を再び“世界の表”に引き戻そうとしている。
⸻
「……リュミナ、やめろ!
これ以上は――!」
叫んだ瞬間、
灰の灯が音もなく崩壊した。
白光が一気に洞を呑み込み、
視界が焼き切れたように真っ白になった。
⸻
しばらくして――
音が戻る。
灰の民たちの叫び。
崩れる岩の音。
誰かが泣いている。
アーレンは咳き込みながら体を起こした。
洞の中央には、もはや灯はなかった。
代わりに、灰の中に人の形の影が横たわっている。
⸻
ノアがその影に駆け寄る。
灰を払うと、
そこに見えたのは――少女の輪郭。
灰色の髪、そして金色の瞳。
「……うそ……」
アーレンは息を呑んだ。
それは、リュミナだった。
⸻
灰はまた、命を形づくった。
それが祝福か、報いかを知らぬまま――。
灰の光が、まだ残っていた。
洞の中央――崩れた灯の跡に、
灰に包まれた少女が横たわっている。
アーレンはゆっくりと歩み寄り、膝をついた。
灰を払うたびに、白い肌が現れる。
そして、その胸の奥で――
淡い金の光が、かすかに脈を打っていた。
「……生きている……」
その声は、祈りにも似ていた。
⸻
ノアが後ろから覗き込む。
小さな声で、息を呑んだ。
「このひと……ひかってる……」
「ああ。灰が、まだ循環してる。
理が命を繋いでるんだ」
アーレンは震える手で少女の額に触れた。
ひんやりとして、柔らかい。
そこには“確かに”肉体があった。
ただし、それは記憶を持たない器。
灰の中で再構成された命。
⸻
イサルが静かに近づいてきた。
灰の光に照らされたその顔には、驚きと畏怖が混じっていた。
「……これは、“理の再臨”」
「違う」
アーレンは首を振った。
「理が命を模しただけだ。
これは、リュミナの記録が形を取ったに過ぎない」
「記録でも、命でも。
灰がそれを“選んだ”のです」
イサルは少女に膝をつき、掌を胸に当てた。
脈がある。
灰の民たちが静かに集まり、灯を失った洞の中央で跪いた。
「彼女を“灰の灯”と呼びましょう。
再び命を与えた理の証として」
その声は、祈りのように響いた。
⸻
そのとき――
少女の指が、わずかに動いた。
アーレンが息を呑む。
まぶたが震え、金の光が差し込む。
瞳が、ゆっくりと開かれた。
焦点を結ばない視線。
だが、確かに“見る”という行為をしていた。
「……あ……れ……ん?」
アーレンの全身が強張った。
その声は、あまりにも懐かしかった。
⸻
「リュミナ……なのか?」
少女は小さく首を傾げた。
「しらない……でも、
そのなまえ……いたい、の」
声が震える。
記憶はない。
だが、理が“名”を覚えていた。
アーレンの胸が熱くなる。
その手を伸ばしかけて――止めた。
違う。
彼女はもう、リュミナではない。
だが、確かに“彼女の理”を宿している。
⸻
イサルが静かに言った。
「名は、魂に残るもの。
ならば、その魂はまだ理に繋がっている」
「……彼女を、再び創ってしまったのか」
アーレンの声は震えていた。
「灰が選んだのです。
あなたではなく、理そのものが」
イサルの言葉は静かで、しかし確信に満ちていた。
⸻
ノアが少女の手を握った。
少女は、弱々しくもそれを握り返す。
「……あたたかい」
その一言に、
アーレンの膝が崩れそうになった。
涙にも似た灰が、頬を伝う。
⸻
イサルは立ち上がり、
洞の出口へと歩きながら小さく呟いた。
「――灰の民は、再び“理の灯”を得た。
けれど、同時に“理の業火”を抱いたのかもしれませんね」
アーレンはその背を見送り、
ただ少女の小さな呼吸を聞いていた。
それから三日が経った。
灰の洞は静かだった。
崩れ落ちた天井の裂け目から光が差し込み、
灰の粒が空中で緩やかに舞っている。
少女――リュミナは、岩壁の傍らで寝台に横たわっていた。
体の熱は引き、呼吸も穏やか。
肌の下で、灰核の微かな光が脈打っている。
ノアはほとんど付きっきりでその傍にいた。
リュミナの手を握りながら、幼い声で歌のような祈りを口ずさんでいる。
それはこの集落に伝わる“灯守(あかりもり)の歌”だった。
⸻
洞の外では、灰の民たちが動いていた。
崩れた壁を修復し、灯の跡に新しい灯を据えようとしている。
それを中心に、民の声が絶えなかった。
「灯の娘が目を覚ました」
「理が、わたしたちを見捨てなかったんだ」
誰もが安堵と希望の入り混じった表情をしていた。
アーレンはその光景を離れた場所から眺めていた。
彼の手には、再び組み直した符盤。
灰を解析するために必要な、最低限の道具だった。
⸻
「……信仰の速さには驚かされるな」
背後からイサルの声がした。
彼女は崩れた岩の上に立ち、民たちの祈りを見下ろしていた。
「希望が早すぎるという意味ですか?」
「いや。
恐怖の裏返しだよ。
彼らは“理が荒ぶった”ことを恐れている。
だから、その結果を“奇跡”に変えた」
「あなたはそれを、否定しますか?」
「理は選ばない。
ただ反応しただけだ」
「――それでも、彼女は生きている」
イサルの声は静かで、どこか鋭かった。
彼女もまた、何かを確かめようとしているようだった。
⸻
アーレンは手元の符盤を見つめた。
灰の粒を乗せると、すぐに淡い光が走る。
内部構造を解析する数式が、筆記具の先に浮かぶ。
「……灰の構造が変わっている。
人の理と同調している部分がある。
つまり、灰が“命”の側に寄ってきている」
「理が、人に歩み寄っている……?」
「かもしれない。
ただ、それは危うい。
理は均衡を求める。
この再生が許された分、どこかで別の理が歪む」
アーレンの声には焦りが混じっていた。
⸻
イサルは腕を組み、目を閉じた。
「あなたの考えは理解します。
ですが……いま、民が必要としているのは理ではなく“意味”です。
命が戻ったという、その事実の形です」
「意味で世界を救えるなら、私は何も失わなかった」
アーレンの言葉に、イサルは何も言わなかった。
ただ、祈りの歌が遠くから聞こえる。
ノアの声だった。
⸻
リュミナは目を閉じたまま、
微かに唇を動かしていた。
ノアの声に合わせるように――
言葉にならない、息のような音を重ねていた。
その音を聴きながら、
アーレンは思わず符盤の計測を止めた。
灰の粒が、音に反応している。
リュミナの呼吸に合わせて、波のように光を繰り返している。
まるで“命”そのものが理式を奏でているかのようだった。
⸻
イサルが小さく呟いた。
「祈りと理……どちらも、同じ波の上にあるのかもしれませんね」
アーレンは応えず、ただ目を伏せた。
光の粒がノアとリュミナの周囲を漂い、
洞の空気がほんの少しだけ、温かくなった気がした。
夜が訪れていた。
洞の奥では、修復した灯がかすかに光を放っている。
その隣で、アーレンは再び符盤を広げていた。
光の粒を調整しながら、灰流の波形を測定している。
灰の動きは昼とは明らかに違っていた。
――早すぎる。
理流が、まるで何かに“怯えている”ようだった。
「安定値が落ちてる……なぜだ……」
符盤の数字が跳ね上がる。
灰の温度が上昇していた。
まるで生体の発熱のように。
⸻
そのとき、背後からかすかな声がした。
「……あれ……ん……?」
振り返ると、リュミナが目を開けていた。
金の瞳が、淡く光を放っている。
「……気分はどうだ?」
「いたい……ここ……」
彼女は胸を押さえていた。
灰核のあたりが脈動し、光が不規則に瞬いている。
アーレンは駆け寄り、符盤を調整する。
「灰核の理流が暴走している……共鳴値が上限を超えてる!」
⸻
ノアが不安そうに顔を覗き込む。
「リュミナ……だいじょうぶ?」
リュミナは首を振った。
目の焦点が揺れている。
「……こえが……たくさん、きこえるの……
ねむってた“みんな”のこえ……」
「灰の記録が……混ざってる?」
アーレンの背筋に冷たいものが走る。
灰は理を記す。
この洞の灰には、無数の命の“記録”が宿っている。
もしリュミナの核がそれを受け入れ始めたなら――
⸻
灯の光が一気に強まった。
灰が空気を裂くように浮き上がり、
リュミナの身体の周囲で渦を巻く。
「アーレン、離れて!」
イサルの声が響く。
彼女が祈りの印を結ぶが、灰はそれを弾き返した。
「止まらない……理が拒んでいる……!」
「違う!」
アーレンが叫ぶ。
「理は拒んでなんかいない!
ただ、居場所を探しているだけだ!」
⸻
ノアが泣きそうな声で叫ぶ。
「リュミナ、いっちゃやだ……!」
リュミナの目が、わずかに動いた。
アーレンの方を見た――ように思えた。
その瞬間、灰の渦が爆ぜた。
白い閃光。
アーレンはとっさにノアを抱き寄せ、身を伏せた。
耳が鳴る。
視界が揺れる。
⸻
やがて、光が収まった。
そこに、リュミナの姿はなかった。
ただ、灰の中に一つの結晶が落ちている。
アーレンは膝をつき、その結晶を拾い上げた。
掌の中で淡い光が脈を打っている。
リュミナの灰核――。
完全に分離していた。
⸻
イサルが静かに歩み寄る。
その目には悲しみと、僅かな諦めがあった。
「理は、命を返した。
でも、それは“人の形”を保つことを許さなかったのです」
「……拒絶、か」
「いいえ。
これは――“警告”です。
理の領域を越えた者に対する、世界の自己防衛」
アーレンは拳を握りしめた。
結晶の光が、その掌を照らしている。
⸻
「それでも……
もう一度、彼女を取り戻す方法があるはずだ」
イサルは息をのんだ。
「アーレン……あなたは、まだ――」
「理は命を奪うためにあるんじゃない。
命を繋ぐためにある。
灰がそれを証明した」
彼の声には、かつての“研究者の熱”が戻っていた。
⸻
灰の風が、洞を抜けていく。
ノアが静かに涙を拭いながら、
リュミナのいなくなった寝台を見つめていた。
その頬に落ちた灰が光り、微かな声が聞こえた。
『――また、ね。』
それはリュミナの声に、よく似ていた。
灰の灯が、いつもより早い周期で脈を打っている。
光は白く、次第に強く――まるで息を荒げるように。
アーレンは符盤の破片を手にしたまま立ち上がった。
足元の灰が、ざわざわと動く。
まるで生き物のように、彼の靴を這い上がっていく。
「……理の流れが不安定だ」
ノアが小さく呻いた。
胸の灰核が明滅し、痛みに顔を歪めている。
「ノア!」
アーレンは駆け寄り、彼女の肩を抱いた。
熱い――まるで発熱しているようだ。
「灰が……うるさいの……!」
ノアの声は震えていた。
その瞳の奥で、灰色の光が揺れている。
⸻
洞の外から怒号が聞こえた。
「灯が暴れているぞ!」
「灰が吹き上がってる! 子どもたちを奥へ!」
イサルの声がそれに重なる。
祈りの印を掲げ、符を連ねて灰の流れを鎮めようとするが、
光の奔流が彼女の印を押し返した。
「……だめ、止まらない!」
灰の灯の中央から、光の柱が立ち上がった。
白い閃光が天井を突き抜け、洞全体を照らし出す。
⸻
アーレンは符盤の残骸を広げ、理式を即興で再構築した。
脈動を測り、波形を合わせ、反符を描く。
「イサル、祈りを続けて!
その波を合わせるんだ!」
「理に祈りを? ――理解したわ!」
二人の声が重なり、
理と祈りがぶつかり合うように洞を包む。
灰の流れが一瞬、収束した。
だが、中央の灯だけは止まらない。
⸻
ノアの体が震えていた。
灰核が激しく光を放ち、体内の理流が暴走している。
「ノア! 意識を保て!」
「……アーレン、こえが、きこえる……!」
「声?」
「“リュミナ”が、ないてる……!」
アーレンの心臓が跳ねた。
理のざわめき――それは、呼応。
灰が、彼女を再び“世界の表”に引き戻そうとしている。
⸻
「……リュミナ、やめろ!
これ以上は――!」
叫んだ瞬間、
灰の灯が音もなく崩壊した。
白光が一気に洞を呑み込み、
視界が焼き切れたように真っ白になった。
⸻
しばらくして――
音が戻る。
灰の民たちの叫び。
崩れる岩の音。
誰かが泣いている。
アーレンは咳き込みながら体を起こした。
洞の中央には、もはや灯はなかった。
代わりに、灰の中に人の形の影が横たわっている。
⸻
ノアがその影に駆け寄る。
灰を払うと、
そこに見えたのは――少女の輪郭。
灰色の髪、そして金色の瞳。
「……うそ……」
アーレンは息を呑んだ。
それは、リュミナだった。
⸻
灰はまた、命を形づくった。
それが祝福か、報いかを知らぬまま――。
灰の光が、まだ残っていた。
洞の中央――崩れた灯の跡に、
灰に包まれた少女が横たわっている。
アーレンはゆっくりと歩み寄り、膝をついた。
灰を払うたびに、白い肌が現れる。
そして、その胸の奥で――
淡い金の光が、かすかに脈を打っていた。
「……生きている……」
その声は、祈りにも似ていた。
⸻
ノアが後ろから覗き込む。
小さな声で、息を呑んだ。
「このひと……ひかってる……」
「ああ。灰が、まだ循環してる。
理が命を繋いでるんだ」
アーレンは震える手で少女の額に触れた。
ひんやりとして、柔らかい。
そこには“確かに”肉体があった。
ただし、それは記憶を持たない器。
灰の中で再構成された命。
⸻
イサルが静かに近づいてきた。
灰の光に照らされたその顔には、驚きと畏怖が混じっていた。
「……これは、“理の再臨”」
「違う」
アーレンは首を振った。
「理が命を模しただけだ。
これは、リュミナの記録が形を取ったに過ぎない」
「記録でも、命でも。
灰がそれを“選んだ”のです」
イサルは少女に膝をつき、掌を胸に当てた。
脈がある。
灰の民たちが静かに集まり、灯を失った洞の中央で跪いた。
「彼女を“灰の灯”と呼びましょう。
再び命を与えた理の証として」
その声は、祈りのように響いた。
⸻
そのとき――
少女の指が、わずかに動いた。
アーレンが息を呑む。
まぶたが震え、金の光が差し込む。
瞳が、ゆっくりと開かれた。
焦点を結ばない視線。
だが、確かに“見る”という行為をしていた。
「……あ……れ……ん?」
アーレンの全身が強張った。
その声は、あまりにも懐かしかった。
⸻
「リュミナ……なのか?」
少女は小さく首を傾げた。
「しらない……でも、
そのなまえ……いたい、の」
声が震える。
記憶はない。
だが、理が“名”を覚えていた。
アーレンの胸が熱くなる。
その手を伸ばしかけて――止めた。
違う。
彼女はもう、リュミナではない。
だが、確かに“彼女の理”を宿している。
⸻
イサルが静かに言った。
「名は、魂に残るもの。
ならば、その魂はまだ理に繋がっている」
「……彼女を、再び創ってしまったのか」
アーレンの声は震えていた。
「灰が選んだのです。
あなたではなく、理そのものが」
イサルの言葉は静かで、しかし確信に満ちていた。
⸻
ノアが少女の手を握った。
少女は、弱々しくもそれを握り返す。
「……あたたかい」
その一言に、
アーレンの膝が崩れそうになった。
涙にも似た灰が、頬を伝う。
⸻
イサルは立ち上がり、
洞の出口へと歩きながら小さく呟いた。
「――灰の民は、再び“理の灯”を得た。
けれど、同時に“理の業火”を抱いたのかもしれませんね」
アーレンはその背を見送り、
ただ少女の小さな呼吸を聞いていた。
それから三日が経った。
灰の洞は静かだった。
崩れ落ちた天井の裂け目から光が差し込み、
灰の粒が空中で緩やかに舞っている。
少女――リュミナは、岩壁の傍らで寝台に横たわっていた。
体の熱は引き、呼吸も穏やか。
肌の下で、灰核の微かな光が脈打っている。
ノアはほとんど付きっきりでその傍にいた。
リュミナの手を握りながら、幼い声で歌のような祈りを口ずさんでいる。
それはこの集落に伝わる“灯守(あかりもり)の歌”だった。
⸻
洞の外では、灰の民たちが動いていた。
崩れた壁を修復し、灯の跡に新しい灯を据えようとしている。
それを中心に、民の声が絶えなかった。
「灯の娘が目を覚ました」
「理が、わたしたちを見捨てなかったんだ」
誰もが安堵と希望の入り混じった表情をしていた。
アーレンはその光景を離れた場所から眺めていた。
彼の手には、再び組み直した符盤。
灰を解析するために必要な、最低限の道具だった。
⸻
「……信仰の速さには驚かされるな」
背後からイサルの声がした。
彼女は崩れた岩の上に立ち、民たちの祈りを見下ろしていた。
「希望が早すぎるという意味ですか?」
「いや。
恐怖の裏返しだよ。
彼らは“理が荒ぶった”ことを恐れている。
だから、その結果を“奇跡”に変えた」
「あなたはそれを、否定しますか?」
「理は選ばない。
ただ反応しただけだ」
「――それでも、彼女は生きている」
イサルの声は静かで、どこか鋭かった。
彼女もまた、何かを確かめようとしているようだった。
⸻
アーレンは手元の符盤を見つめた。
灰の粒を乗せると、すぐに淡い光が走る。
内部構造を解析する数式が、筆記具の先に浮かぶ。
「……灰の構造が変わっている。
人の理と同調している部分がある。
つまり、灰が“命”の側に寄ってきている」
「理が、人に歩み寄っている……?」
「かもしれない。
ただ、それは危うい。
理は均衡を求める。
この再生が許された分、どこかで別の理が歪む」
アーレンの声には焦りが混じっていた。
⸻
イサルは腕を組み、目を閉じた。
「あなたの考えは理解します。
ですが……いま、民が必要としているのは理ではなく“意味”です。
命が戻ったという、その事実の形です」
「意味で世界を救えるなら、私は何も失わなかった」
アーレンの言葉に、イサルは何も言わなかった。
ただ、祈りの歌が遠くから聞こえる。
ノアの声だった。
⸻
リュミナは目を閉じたまま、
微かに唇を動かしていた。
ノアの声に合わせるように――
言葉にならない、息のような音を重ねていた。
その音を聴きながら、
アーレンは思わず符盤の計測を止めた。
灰の粒が、音に反応している。
リュミナの呼吸に合わせて、波のように光を繰り返している。
まるで“命”そのものが理式を奏でているかのようだった。
⸻
イサルが小さく呟いた。
「祈りと理……どちらも、同じ波の上にあるのかもしれませんね」
アーレンは応えず、ただ目を伏せた。
光の粒がノアとリュミナの周囲を漂い、
洞の空気がほんの少しだけ、温かくなった気がした。
夜が訪れていた。
洞の奥では、修復した灯がかすかに光を放っている。
その隣で、アーレンは再び符盤を広げていた。
光の粒を調整しながら、灰流の波形を測定している。
灰の動きは昼とは明らかに違っていた。
――早すぎる。
理流が、まるで何かに“怯えている”ようだった。
「安定値が落ちてる……なぜだ……」
符盤の数字が跳ね上がる。
灰の温度が上昇していた。
まるで生体の発熱のように。
⸻
そのとき、背後からかすかな声がした。
「……あれ……ん……?」
振り返ると、リュミナが目を開けていた。
金の瞳が、淡く光を放っている。
「……気分はどうだ?」
「いたい……ここ……」
彼女は胸を押さえていた。
灰核のあたりが脈動し、光が不規則に瞬いている。
アーレンは駆け寄り、符盤を調整する。
「灰核の理流が暴走している……共鳴値が上限を超えてる!」
⸻
ノアが不安そうに顔を覗き込む。
「リュミナ……だいじょうぶ?」
リュミナは首を振った。
目の焦点が揺れている。
「……こえが……たくさん、きこえるの……
ねむってた“みんな”のこえ……」
「灰の記録が……混ざってる?」
アーレンの背筋に冷たいものが走る。
灰は理を記す。
この洞の灰には、無数の命の“記録”が宿っている。
もしリュミナの核がそれを受け入れ始めたなら――
⸻
灯の光が一気に強まった。
灰が空気を裂くように浮き上がり、
リュミナの身体の周囲で渦を巻く。
「アーレン、離れて!」
イサルの声が響く。
彼女が祈りの印を結ぶが、灰はそれを弾き返した。
「止まらない……理が拒んでいる……!」
「違う!」
アーレンが叫ぶ。
「理は拒んでなんかいない!
ただ、居場所を探しているだけだ!」
⸻
ノアが泣きそうな声で叫ぶ。
「リュミナ、いっちゃやだ……!」
リュミナの目が、わずかに動いた。
アーレンの方を見た――ように思えた。
その瞬間、灰の渦が爆ぜた。
白い閃光。
アーレンはとっさにノアを抱き寄せ、身を伏せた。
耳が鳴る。
視界が揺れる。
⸻
やがて、光が収まった。
そこに、リュミナの姿はなかった。
ただ、灰の中に一つの結晶が落ちている。
アーレンは膝をつき、その結晶を拾い上げた。
掌の中で淡い光が脈を打っている。
リュミナの灰核――。
完全に分離していた。
⸻
イサルが静かに歩み寄る。
その目には悲しみと、僅かな諦めがあった。
「理は、命を返した。
でも、それは“人の形”を保つことを許さなかったのです」
「……拒絶、か」
「いいえ。
これは――“警告”です。
理の領域を越えた者に対する、世界の自己防衛」
アーレンは拳を握りしめた。
結晶の光が、その掌を照らしている。
⸻
「それでも……
もう一度、彼女を取り戻す方法があるはずだ」
イサルは息をのんだ。
「アーレン……あなたは、まだ――」
「理は命を奪うためにあるんじゃない。
命を繋ぐためにある。
灰がそれを証明した」
彼の声には、かつての“研究者の熱”が戻っていた。
⸻
灰の風が、洞を抜けていく。
ノアが静かに涙を拭いながら、
リュミナのいなくなった寝台を見つめていた。
その頬に落ちた灰が光り、微かな声が聞こえた。
『――また、ね。』
それはリュミナの声に、よく似ていた。
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父の遺したゴミ屋敷を片付けていたはずが、気づけば異世界に転移していた私・飛鳥。
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ほのぼのお仕事×異世界コメディ×世界の秘密解明ファンタジー
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
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前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
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「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
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仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
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