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第3巻 理を紡ぐ者たち
第5章 灰の旅路
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灰は、音を失っていた。
あの夜の光も、轟きも、いまはもうない。
風が吹けば灰が舞い、
それがただ静かに地面を覆っていく。
アーレンは洞窟の入り口に立ち、
灰の空を見上げていた。
灰雲の向こうに、陽の光はほとんど届かない。
昼夜の区別もなく、世界は白と灰に沈んでいる。
⸻
「……行くの?」
背後でノアの声がした。
彼女は小さな背嚢を抱えている。
あの理災のあと、灰の民の多くは洞を離れ、
それぞれ別の避難地へ散っていった。
残ったのは、彼ら二人だけ。
「ああ。
この地脈はもう長くもたない。理流が歪みすぎている。
放っておけば、また“灯”が暴れる」
「……でも、リュミナは?」
ノアの声がかすれる。
アーレンは静かに背嚢を開けた。
中には小さな金属箱――
その中で、灰晶石が脈を打っている。
リュミナの核。
「連れていく。
彼女を止めたのはこの地だ。
なら、次は彼女を――解き放つ場所を探す」
⸻
ノアはうつむき、靴のつま先で灰を蹴った。
「ねえ、アーレン。
“理”って、怖いね」
「……ああ」
「でも、きれいでもある」
ノアは空を見上げた。
灰の雲の隙間から、光の筋がいくつも降りている。
それはまるで、空が地上に手を伸ばしているようだった。
アーレンはその光を見つめ、
わずかに微笑んだ。
「光が差すなら、理もまだ眠ってはいない」
⸻
洞を出ると、灰の地平が広がっていた。
かつて帝国領だった都市の残骸。
街路の跡には溶けた金属とガラスが混じり、
地形さえ変わってしまっている。
歩くたび、足元で灰が鳴った。
カサ、カサ……
その音がやけに大きく感じられる。
ノアは背嚢を抱きしめながらつぶやいた。
「……ねえ、ひとりぼっちみたいだね」
「違うさ。
世界が静かになると、ようやく“声”が聞こえる」
「声?」
「灰の下に眠るものの声だ」
⸻
灰の風が吹いた。
どこからか、祈りの歌が聞こえた気がした。
イサルの声――ではない。
もっと遠く、もっと古い響き。
アーレンは振り返らずに歩を進めた。
その手の中で、灰晶石がわずかに明滅する。
金色の光が指の隙間を漏れ、
灰の粒を淡く照らしていた。
⸻
「……また呼んでる」
ノアがつぶやく。
「え?」
「灰の声。
この前も言ったでしょ、呼んでるって。
今度は、もっとはっきり聞こえる」
アーレンは立ち止まった。
理流の流れが、微かに変化している。
灰晶石の光が、地の奥へと導くように脈を打っている。
「……どうやら、進む方角は決まったようだな」
「どこへ行くの?」
「――“灰の塔”へ。
あの理の流れが、もう一度生まれた場所だ」
⸻
ノアが顔を上げる。
「また、あそこに……?」
「あそこに行かなくては。
理が暴れたのなら、根はまだ残っている。
放置すれば、また世界が壊れる」
ノアは唇を噛んだが、
すぐに頷いた。
「……わかった。
行こう。今度は、守るために」
⸻
アーレンは小さく笑った。
「そうだな。今度は――壊さないために」
灰の風が二人の背を押す。
その足跡が灰の上に残り、
やがて風に消えていった。
灰の風は止む気配を見せなかった。
吹くたびに地表が削られ、かつての街路の痕跡さえ呑み込んでいく。
アーレンは灰晶石を掌に握り、脈を確かめながら歩いていた。
灰の粒が符盤の表面で光を反射する。
理流は不安定――だが、生きている。
⸻
「……ねえ、アーレン」
ノアが灰の霧の向こうを見つめながらつぶやいた。
「この先、ほんとに人がいるの?」
「いるさ。――帝国が」
「帝国……?」
「ああ。
あの国は灰災の影響をほとんど受けなかった。
むしろこの地を“理の宝庫”として見ている。
リゼノスの技術を手に入れるため、遠征軍を送り込んでいるはずだ」
ノアの顔がこわばる。
「それって……また、戦いになるの?」
「……まだ分からない。
けれど、帝国が灰を利用しようとすれば、世界はまた狂う」
⸻
そのとき――遠くで、金属のきしむ音がした。
ノアが息をのむ。
灰の霧の向こうで、影がいくつも動いた。
アーレンは手を挙げて制止し、符盤の起動符を軽く叩く。
波形が跳ねる。
理反応――人為的なもの。
「……符銃の反応。帝国軍だ」
⸻
やがて、霧の中から姿が現れた。
灰布の上から金属鎧をまとい、肩章には“黒き翼”の紋章。
帝国第六方面軍――灰地遠征部隊。
先頭の兵が銃を構えた。
「停止! ここは帝国灰地保全区域だ!」
ノアが小さく身をすくめた。
アーレンは両手を挙げ、穏やかに声を返す。
「待ってくれ、我々は非戦闘民だ。
灰の中を抜けようとしているだけだ」
「非戦闘民だと? この地で?」
兵士の一人が鼻で笑う。
「灰地に足を踏み入れる者は皆、理を盗む者か、理に喰われた者だ」
⸻
そのとき、後方から一人の男が歩み出てきた。
黒い外套の胸に金の紋章。
肩から下げた符銃には、見慣れない灰導管が繋がれている。
「待て。撃つな」
落ち着いた声。
男はアーレンたちを一瞥し、微笑を浮かべた。
「……君たち、リゼノスの出身だな?」
アーレンは息をのんだ。
「どうしてそれを――」
「目だよ。
リゼノスの学徒はみな、灰を恐れずに見る目をしている」
男はゆっくりと手を差し出した。
「私は帝国灰理研究局の補佐官、ヴァルク・カレド。
君が“灰塔の生存者”であることも、ある程度は聞いている」
⸻
アーレンの眉がわずかに動いた。
「……生存者を“捕らえる”のが目的か?」
「まさか」
ヴァルクは軽く笑った。
「捕らえるほどの数はいない。
むしろ――求めている。
君の知る“理核理論”をね」
「……やはり、軍事転用か」
「“転用”とは語弊がある。
帝国は理を恐れない。
それを制御し、人の道具とすることが我らの使命だ」
⸻
ノアが小さく囁く。
「アーレン、なんか……このひと、目がこわい」
その通りだった。
笑っているのに、瞳の奥に温度がない。
灰の反射光を宿したように、冷たく静か。
アーレンは視線をそらさず言った。
「理は人の道具にはならない。
お前たちがどれほど制御を試みても、
その先にあるのはまた“崩壊”だけだ」
「崩壊? いいや、秩序だ」
ヴァルクの声は穏やかだった。
「混沌を制すための理。
君がそれを証明したはずだろう? “リュミナ計画”で」
⸻
アーレンの胸が凍りつく。
ノアが不安げに見上げた。
「……リュミナ、って」
「やめろ」
アーレンの声が低く響く。
「その名をどこで聞いた」
「帝国は情報を集めるのが得意でね。
リゼノス学院の記録の断片――“灰理実験体・L-01”。
君が創った“理の少女”の存在だ」
ヴァルクはわずかに首を傾げ、微笑を深めた。
「彼女はいま、どこにいる?」
⸻
アーレンは答えなかった。
ただ、掌の灰晶石が淡く光を放つ。
その輝きがヴァルクの目に映り、彼は静かに息を吐いた。
「……なるほど。やはり君が持っていたか」
彼が片手を挙げる。
背後の兵が銃を構えた。
「悪く思うな。これは命令だ。
“灰の核”は帝国のものだ」
⸻
アーレンは瞬時に符盤を展開した。
灰が足元で渦を巻く。
「ノア、下がれ!」
銃声。
閃光。
灰の粒が弾丸を逸らし、風が巻き上がる。
ヴァルクの口元に笑みが浮かんだ。
「やはりだ。君はまだ“灰の理”に触れている」
⸻
灰風が唸る。
アーレンの掌から光が走る。
灰晶石の中で、金色の脈動が強まった。
その一瞬、遠くで――声がした。
『……アーレン……』
リュミナの声。
微かに、しかし確かに。
ヴァルクの目が細くなる。
「――まさか、まだ生きているのか」
⸻
灰が爆ぜた。
アーレンはノアを抱え、灰霧の中へと飛び込む。
銃声が響く。
だが、霧がそのすべてを飲み込んだ。
灰の霧は、血の匂いを隠すには充分すぎた。
音も光も吸い込み、世界が閉じていくようだった。
アーレンは符盤を抱えて走っていた。
灰が膝まで積もり、足を取られる。
後方では帝国兵たちの声が響く。
「見失ったか! 霧が濃すぎる!」
「探知符を上げろ! 理流を追え!」
声が近づく。
アーレンは立ち止まり、灰晶石を握った。
掌の中で、淡い光が脈を打っている。
⸻
「……ノア、こっちだ」
彼女は小さく咳をしながら頷いた。
灰が髪に絡みつき、頬は冷たく濡れている。
「アーレン……灰が、鳴ってる」
「聞こえるのか?」
「うん。たくさんの声。……でも、怒ってる」
アーレンは眉をひそめ、符盤を展開した。
灰流の波形が乱れている。
まるで“理”そのものが共鳴し、何かを訴えているようだった。
⸻
その瞬間、足元が崩れた。
「ノア――!」
二人の体が灰に呑み込まれる。
斜面を転がり落ち、粉塵の中に沈んだ。
灰が肺に入り、視界が白く霞む。
やがて、どこかにぶつかり、静止した。
ノアが呻き声を上げる。
「……いたた……ここ、どこ?」
周囲は淡い光に満ちていた。
灰が自ら光を放っている。
壁も床も、灰の層の中に理の結晶が埋まっていた。
⸻
「……灰脈の空洞だ」
アーレンは息を呑んだ。
「地表の灰流がここに溜まっている。まるで、世界の血管だ」
灰晶石の脈動が強まる。
金の光が指の隙間を漏れ、周囲の灰がざわめいた。
「アーレン……灰が、見てる」
ノアの声は震えていた。
灰粒がふわりと宙に浮かび、彼らの周囲を回る。
それは風ではない。
“意志”だった。
⸻
そのとき、遠くで金属音が響いた。
アーレンが顔を上げる。
灰の奥で何かが動いている。
影――人のような形。
いや、違う。
動きが人間よりも滑らかで、光を反射している。
灰の層を突き破り、それは現れた。
白い外殻、無数の符式が身体に刻まれ、
胸の中心には赤い灰核が光っている。
ノアが息を呑む。
「……なに、あれ……?」
アーレンは言葉を失った。
それは間違いなく、彼の設計図にあった“もの”だった。
⸻
「……理導兵器――試製型……?」
灰に埋もれた学院の記録。
理を動力とし、人の形を模して動く“理体兵器”。
本来なら実戦投入など不可能なはず。
だがそれは、ゆっくりと首を傾け、
金属の顎を開いた。
甲高い音が空洞に響く。
符が発光し、周囲の灰が渦を巻いた。
まるで理そのものが怒っているようだった。
⸻
アーレンはノアを背に押しやる。
「下がれ。――これが、帝国のやり方だ」
「でも、あれ、動いてるよ!?」
「灰が動かしている。……理が、奪われた」
符盤を広げ、反符式を描く。
だが灰流の乱れが強く、制御できない。
理体兵器が一歩、また一歩と近づく。
赤い灰核が、心臓の鼓動のように脈動している。
⸻
「……リュミナ、聞こえるか?」
アーレンは灰晶石を握った。
光が強まる。
符盤が自動的に共鳴を始めた。
『……アーレン……こわい……』
声。
灰の奥から、確かにリュミナの声がした。
「大丈夫だ。理を――取り戻す」
符盤の光が拡散し、灰が浮き上がる。
理体兵器の符式が乱れ、一瞬動きを止めた。
その隙を逃さず、アーレンは符を投げた。
灰流を切り裂くように、反符式が炸裂する。
⸻
爆音。
光。
灰の嵐。
衝撃波が空洞を突き抜け、天井の灰が崩れ落ちた。
ノアが悲鳴を上げ、アーレンにしがみつく。
理体兵器は、崩れ落ちながらも、
その赤い核を最後まで光らせていた。
灰の粒が、血のように漂っている。
⸻
アーレンは息を切らしながら、膝をついた。
掌の灰晶石が淡く光っている。
だが、その光はどこか不安定だった。
「リュミナ……無理をさせたな」
『……いたく、ないよ……でも、かなしい……』
「悲しい?」
『……ひとが、灰に……なってる……』
その言葉に、アーレンの胸が締めつけられた。
⸻
ノアが灰の中から、破片を拾い上げた。
金属片。そこに刻まれた符号。
――“帝国灰理研究局”の刻印。
「……やっぱり、帝国が……」
アーレンは無言で立ち上がる。
灰の風が再び吹き、彼の外套を揺らした。
「帝国は理を“支配”しようとしている。
だが、理は支配されるものじゃない。
もう一度――止めなければならない」
その目には、かつての研究者の光が宿っていた。
あの夜の光も、轟きも、いまはもうない。
風が吹けば灰が舞い、
それがただ静かに地面を覆っていく。
アーレンは洞窟の入り口に立ち、
灰の空を見上げていた。
灰雲の向こうに、陽の光はほとんど届かない。
昼夜の区別もなく、世界は白と灰に沈んでいる。
⸻
「……行くの?」
背後でノアの声がした。
彼女は小さな背嚢を抱えている。
あの理災のあと、灰の民の多くは洞を離れ、
それぞれ別の避難地へ散っていった。
残ったのは、彼ら二人だけ。
「ああ。
この地脈はもう長くもたない。理流が歪みすぎている。
放っておけば、また“灯”が暴れる」
「……でも、リュミナは?」
ノアの声がかすれる。
アーレンは静かに背嚢を開けた。
中には小さな金属箱――
その中で、灰晶石が脈を打っている。
リュミナの核。
「連れていく。
彼女を止めたのはこの地だ。
なら、次は彼女を――解き放つ場所を探す」
⸻
ノアはうつむき、靴のつま先で灰を蹴った。
「ねえ、アーレン。
“理”って、怖いね」
「……ああ」
「でも、きれいでもある」
ノアは空を見上げた。
灰の雲の隙間から、光の筋がいくつも降りている。
それはまるで、空が地上に手を伸ばしているようだった。
アーレンはその光を見つめ、
わずかに微笑んだ。
「光が差すなら、理もまだ眠ってはいない」
⸻
洞を出ると、灰の地平が広がっていた。
かつて帝国領だった都市の残骸。
街路の跡には溶けた金属とガラスが混じり、
地形さえ変わってしまっている。
歩くたび、足元で灰が鳴った。
カサ、カサ……
その音がやけに大きく感じられる。
ノアは背嚢を抱きしめながらつぶやいた。
「……ねえ、ひとりぼっちみたいだね」
「違うさ。
世界が静かになると、ようやく“声”が聞こえる」
「声?」
「灰の下に眠るものの声だ」
⸻
灰の風が吹いた。
どこからか、祈りの歌が聞こえた気がした。
イサルの声――ではない。
もっと遠く、もっと古い響き。
アーレンは振り返らずに歩を進めた。
その手の中で、灰晶石がわずかに明滅する。
金色の光が指の隙間を漏れ、
灰の粒を淡く照らしていた。
⸻
「……また呼んでる」
ノアがつぶやく。
「え?」
「灰の声。
この前も言ったでしょ、呼んでるって。
今度は、もっとはっきり聞こえる」
アーレンは立ち止まった。
理流の流れが、微かに変化している。
灰晶石の光が、地の奥へと導くように脈を打っている。
「……どうやら、進む方角は決まったようだな」
「どこへ行くの?」
「――“灰の塔”へ。
あの理の流れが、もう一度生まれた場所だ」
⸻
ノアが顔を上げる。
「また、あそこに……?」
「あそこに行かなくては。
理が暴れたのなら、根はまだ残っている。
放置すれば、また世界が壊れる」
ノアは唇を噛んだが、
すぐに頷いた。
「……わかった。
行こう。今度は、守るために」
⸻
アーレンは小さく笑った。
「そうだな。今度は――壊さないために」
灰の風が二人の背を押す。
その足跡が灰の上に残り、
やがて風に消えていった。
灰の風は止む気配を見せなかった。
吹くたびに地表が削られ、かつての街路の痕跡さえ呑み込んでいく。
アーレンは灰晶石を掌に握り、脈を確かめながら歩いていた。
灰の粒が符盤の表面で光を反射する。
理流は不安定――だが、生きている。
⸻
「……ねえ、アーレン」
ノアが灰の霧の向こうを見つめながらつぶやいた。
「この先、ほんとに人がいるの?」
「いるさ。――帝国が」
「帝国……?」
「ああ。
あの国は灰災の影響をほとんど受けなかった。
むしろこの地を“理の宝庫”として見ている。
リゼノスの技術を手に入れるため、遠征軍を送り込んでいるはずだ」
ノアの顔がこわばる。
「それって……また、戦いになるの?」
「……まだ分からない。
けれど、帝国が灰を利用しようとすれば、世界はまた狂う」
⸻
そのとき――遠くで、金属のきしむ音がした。
ノアが息をのむ。
灰の霧の向こうで、影がいくつも動いた。
アーレンは手を挙げて制止し、符盤の起動符を軽く叩く。
波形が跳ねる。
理反応――人為的なもの。
「……符銃の反応。帝国軍だ」
⸻
やがて、霧の中から姿が現れた。
灰布の上から金属鎧をまとい、肩章には“黒き翼”の紋章。
帝国第六方面軍――灰地遠征部隊。
先頭の兵が銃を構えた。
「停止! ここは帝国灰地保全区域だ!」
ノアが小さく身をすくめた。
アーレンは両手を挙げ、穏やかに声を返す。
「待ってくれ、我々は非戦闘民だ。
灰の中を抜けようとしているだけだ」
「非戦闘民だと? この地で?」
兵士の一人が鼻で笑う。
「灰地に足を踏み入れる者は皆、理を盗む者か、理に喰われた者だ」
⸻
そのとき、後方から一人の男が歩み出てきた。
黒い外套の胸に金の紋章。
肩から下げた符銃には、見慣れない灰導管が繋がれている。
「待て。撃つな」
落ち着いた声。
男はアーレンたちを一瞥し、微笑を浮かべた。
「……君たち、リゼノスの出身だな?」
アーレンは息をのんだ。
「どうしてそれを――」
「目だよ。
リゼノスの学徒はみな、灰を恐れずに見る目をしている」
男はゆっくりと手を差し出した。
「私は帝国灰理研究局の補佐官、ヴァルク・カレド。
君が“灰塔の生存者”であることも、ある程度は聞いている」
⸻
アーレンの眉がわずかに動いた。
「……生存者を“捕らえる”のが目的か?」
「まさか」
ヴァルクは軽く笑った。
「捕らえるほどの数はいない。
むしろ――求めている。
君の知る“理核理論”をね」
「……やはり、軍事転用か」
「“転用”とは語弊がある。
帝国は理を恐れない。
それを制御し、人の道具とすることが我らの使命だ」
⸻
ノアが小さく囁く。
「アーレン、なんか……このひと、目がこわい」
その通りだった。
笑っているのに、瞳の奥に温度がない。
灰の反射光を宿したように、冷たく静か。
アーレンは視線をそらさず言った。
「理は人の道具にはならない。
お前たちがどれほど制御を試みても、
その先にあるのはまた“崩壊”だけだ」
「崩壊? いいや、秩序だ」
ヴァルクの声は穏やかだった。
「混沌を制すための理。
君がそれを証明したはずだろう? “リュミナ計画”で」
⸻
アーレンの胸が凍りつく。
ノアが不安げに見上げた。
「……リュミナ、って」
「やめろ」
アーレンの声が低く響く。
「その名をどこで聞いた」
「帝国は情報を集めるのが得意でね。
リゼノス学院の記録の断片――“灰理実験体・L-01”。
君が創った“理の少女”の存在だ」
ヴァルクはわずかに首を傾げ、微笑を深めた。
「彼女はいま、どこにいる?」
⸻
アーレンは答えなかった。
ただ、掌の灰晶石が淡く光を放つ。
その輝きがヴァルクの目に映り、彼は静かに息を吐いた。
「……なるほど。やはり君が持っていたか」
彼が片手を挙げる。
背後の兵が銃を構えた。
「悪く思うな。これは命令だ。
“灰の核”は帝国のものだ」
⸻
アーレンは瞬時に符盤を展開した。
灰が足元で渦を巻く。
「ノア、下がれ!」
銃声。
閃光。
灰の粒が弾丸を逸らし、風が巻き上がる。
ヴァルクの口元に笑みが浮かんだ。
「やはりだ。君はまだ“灰の理”に触れている」
⸻
灰風が唸る。
アーレンの掌から光が走る。
灰晶石の中で、金色の脈動が強まった。
その一瞬、遠くで――声がした。
『……アーレン……』
リュミナの声。
微かに、しかし確かに。
ヴァルクの目が細くなる。
「――まさか、まだ生きているのか」
⸻
灰が爆ぜた。
アーレンはノアを抱え、灰霧の中へと飛び込む。
銃声が響く。
だが、霧がそのすべてを飲み込んだ。
灰の霧は、血の匂いを隠すには充分すぎた。
音も光も吸い込み、世界が閉じていくようだった。
アーレンは符盤を抱えて走っていた。
灰が膝まで積もり、足を取られる。
後方では帝国兵たちの声が響く。
「見失ったか! 霧が濃すぎる!」
「探知符を上げろ! 理流を追え!」
声が近づく。
アーレンは立ち止まり、灰晶石を握った。
掌の中で、淡い光が脈を打っている。
⸻
「……ノア、こっちだ」
彼女は小さく咳をしながら頷いた。
灰が髪に絡みつき、頬は冷たく濡れている。
「アーレン……灰が、鳴ってる」
「聞こえるのか?」
「うん。たくさんの声。……でも、怒ってる」
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⸻
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やがて、どこかにぶつかり、静止した。
ノアが呻き声を上げる。
「……いたた……ここ、どこ?」
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灰が自ら光を放っている。
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⸻
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ノアの声は震えていた。
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それは風ではない。
“意志”だった。
⸻
そのとき、遠くで金属音が響いた。
アーレンが顔を上げる。
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影――人のような形。
いや、違う。
動きが人間よりも滑らかで、光を反射している。
灰の層を突き破り、それは現れた。
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胸の中心には赤い灰核が光っている。
ノアが息を呑む。
「……なに、あれ……?」
アーレンは言葉を失った。
それは間違いなく、彼の設計図にあった“もの”だった。
⸻
「……理導兵器――試製型……?」
灰に埋もれた学院の記録。
理を動力とし、人の形を模して動く“理体兵器”。
本来なら実戦投入など不可能なはず。
だがそれは、ゆっくりと首を傾け、
金属の顎を開いた。
甲高い音が空洞に響く。
符が発光し、周囲の灰が渦を巻いた。
まるで理そのものが怒っているようだった。
⸻
アーレンはノアを背に押しやる。
「下がれ。――これが、帝国のやり方だ」
「でも、あれ、動いてるよ!?」
「灰が動かしている。……理が、奪われた」
符盤を広げ、反符式を描く。
だが灰流の乱れが強く、制御できない。
理体兵器が一歩、また一歩と近づく。
赤い灰核が、心臓の鼓動のように脈動している。
⸻
「……リュミナ、聞こえるか?」
アーレンは灰晶石を握った。
光が強まる。
符盤が自動的に共鳴を始めた。
『……アーレン……こわい……』
声。
灰の奥から、確かにリュミナの声がした。
「大丈夫だ。理を――取り戻す」
符盤の光が拡散し、灰が浮き上がる。
理体兵器の符式が乱れ、一瞬動きを止めた。
その隙を逃さず、アーレンは符を投げた。
灰流を切り裂くように、反符式が炸裂する。
⸻
爆音。
光。
灰の嵐。
衝撃波が空洞を突き抜け、天井の灰が崩れ落ちた。
ノアが悲鳴を上げ、アーレンにしがみつく。
理体兵器は、崩れ落ちながらも、
その赤い核を最後まで光らせていた。
灰の粒が、血のように漂っている。
⸻
アーレンは息を切らしながら、膝をついた。
掌の灰晶石が淡く光っている。
だが、その光はどこか不安定だった。
「リュミナ……無理をさせたな」
『……いたく、ないよ……でも、かなしい……』
「悲しい?」
『……ひとが、灰に……なってる……』
その言葉に、アーレンの胸が締めつけられた。
⸻
ノアが灰の中から、破片を拾い上げた。
金属片。そこに刻まれた符号。
――“帝国灰理研究局”の刻印。
「……やっぱり、帝国が……」
アーレンは無言で立ち上がる。
灰の風が再び吹き、彼の外套を揺らした。
「帝国は理を“支配”しようとしている。
だが、理は支配されるものじゃない。
もう一度――止めなければならない」
その目には、かつての研究者の光が宿っていた。
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詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。
それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。
「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」
前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。
痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。
そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。
これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。
【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-
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その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。
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この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。
はい、ご注文は?
調味料、それとも武器ですか?
カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。
村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。
いずれは世界へ通じる道を繋げるために。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。
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