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第5巻 帝国編・後編 ー灰の心臓ー
第3章 理の再起動
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――風が、言葉を持ち始めていた。
灰原を渡る風が、ただの音ではなかった。
ざらついた灰粒が擦れ合うたび、微かな律動が響く。
それはまるで、遠い誰かの囁きのようだった。
リュミナは足を止め、胸に手を当てた。
灰核が脈を打ち、空気の波と同調している。
アーレンは符盤を開き、波形を解析した。
「……灰流の周期が変わってる。
周波数が、“人の声”の域に近い。」
「声……って、誰の?」
ノアが小さく呟く。
「わからない。だが、言葉のような波がある。
理そのものが、形を持とうとしているのかもしれない。」
⸻
灰の丘を下ると、地下へ続く裂け目があった。
灰の層が剥がれ落ち、まるで呼吸するように微かに開閉している。
その隙間から、かすかな光が漏れていた。
「……中に、何かある。」
アーレンは符盤を投げ入れ、光の反射波を読み取る。
内部には巨大な空洞――円形の構造物が存在していた。
自然の洞窟ではない。理式で刻まれた、人工の“核室”だ。
「まるで、灰を封じるための“心臓”みたい……」
リュミナが呟く。
「いや、逆だ。」
アーレンの声が低くなる。
「封じるんじゃない。――ここが、“生み出している”。」
⸻
彼らが足を踏み入れると、空気が変わった。
灰は液体のように揺れ、壁面の符文が淡く光る。
その符は帝国式でも、リゼノス式でもない。
まるで、理そのものが“自分で記した”ような線だった。
リュミナが近づくと、灰核が共鳴する。
壁の符文が反応し、光が走る。
――《観測者、応答セヨ》。
音にならない言葉が、空間を満たした。
ノアが思わず耳を塞ぐ。
だがアーレンは、その響きを逃すまいと目を閉じた。
「観測者……って、俺たちのことか?」
「違う。」
リュミナが首を振る。
「“理”が、わたしたちを“次の観測者”として呼んでる。」
その瞬間、床の灰が波を立てた。
中心に、淡い光の円が浮かぶ。
それはまるで“眼”のように、彼らを見上げていた。
⸻
アーレンはゆっくりと膝をつき、符盤をかざした。
波形が同調し、符面に言葉が現れる。
《記録ハ終焉セズ。命ノ名ヲ、再ビ刻メ。》
「……記録を再び、刻め……?」
リュミナが息を呑む。
「それって、“創造”のこと……?」
アーレンは答えず、ただ光を見つめていた。
灰の中で生まれたその声は、恐ろしくも穏やかで、
“理そのものの意志”を感じさせた。
⸻
一方そのころ、帝国首都ヴァルシュタイン。
灰理局中央塔の観測室では、封印解除後の理流解析が進められていた。
報告官たちが慌ただしく符盤を操作し、数値を読み上げる。
「北部灰域の中心部より、強力な理波を感知!
形式不明の符構造が展開、観測不能領域を形成しています!」
エルシア・ファロウ局長は沈黙のまま立ち上がった。
符盤の波形を凝視する。
それは明らかに“人為”ではなかった。
「……やっぱり、理は“呼びかけている”。
観測されることを恐れていない……むしろ、“選んでいる”。」
隣の副官が震える声で尋ねる。
「選ぶ……とは、誰を、ですか?」
エルシアは静かに目を閉じた。
「――“次の創造者”を。」
⸻
灰の心臓の奥で、アーレンたちはその呼び声を聞いていた。
灰が脈を打つ。
その鼓動は、世界の記憶のように深く、優しく響いていた。
「……理は、“生まれ変わろう”としている。」
リュミナが目を細めた。
その瞳の奥で、金の光がゆらめく。
まるで、灰の意思が宿ったように。
アーレンは静かに呟いた。
「なら、俺たちは――その“誕生”を見届ける。」
灰が応えるように、微かな声で囁いた。
――オマエタチハ、ナニヲ、創ル。
その言葉は、世界全体の鼓動のように響いた。
――灰が、映し出していた。
光でも影でもない。
ただ、灰そのものが“記録”として形を取り始めていた。
空間の中央に淡い粒子が舞い、やがて人の姿を成していく。
それは、笑う人々。
かつての街。
理を学び、語り合い、祈りを忘れた者たちの記録だった。
「……これ、リゼノス……?」
ノアが呟く。
街の輪郭、王立学院の尖塔、見覚えのある石畳。
けれど、そこに生きる人々は誰も“現実”にはいなかった。
灰が描く幻影――“記録”だけが残っていた。
アーレンはゆっくりと歩み寄る。
手を伸ばすと、灰の人影が一瞬だけ揺れた。
まるで懐かしい友人に手を振るように、笑って消える。
「……観測記録じゃない。
これは、“記憶”そのものだ。」
⸻
リュミナの灰核が共鳴する。
光が胸元から広がり、灰の像がさらに鮮明になる。
子どもたちの声、街角の音、鐘の響き。
すべてが、灰の粒の中から蘇っていた。
「理が、これを……覚えていたの?」
「いや、理は記録するだけだ。
“思い出そうとしている”のは――世界のほうだ。」
アーレンの声はどこか遠かった。
まるで自分の罪を見せられているように。
⸻
灰の街の中に、一つの影が現れる。
白衣をまとった青年――かつての自分。
研究棟の机に向かい、必死に符盤を叩く姿。
リュミナが息を呑む。
「アーレン……これ、あなた……?」
青年の口が動く。
灰の粒が形づくる言葉。
『――命は、理を超えられるか。』
そして、符盤の光。
“創造”の瞬間。
世界が震え、すべてが灰に変わっていく映像。
ノアが泣きそうな声で言った。
「……これが、理災の記録……。」
⸻
アーレンは静かに目を伏せた。
灰が彼の手の中で零れ落ちる。
それは冷たくも温かく、まるで血のように重かった。
「……理は、俺たちを責めてるんじゃない。
“同じ過ちを繰り返すな”って、言ってる。」
「それでも……あなたはまた、“創る”の?」
リュミナの声は震えていた。
アーレンは答えなかった。
ただ、灰に映る過去の自分を見つめていた。
あの時の彼は、確かに“奇跡”を信じていた。
だが今の彼は、その代償を知っている。
⸻
灰の街が崩れる。
建物も、声も、光も、音も――すべてが灰へ還る。
そして、最後に一つの言葉だけが残った。
――《創造ハ、赦シト共ニアレ》。
灰の光が消え、静寂が戻る。
リュミナが小さく呟く。
「……赦し、って……理が、そう言ったの?」
アーレンは顔を上げた。
灰の流れが、今度は“北”ではなく、“下”――地の奥へ向かっている。
「理は……赦すために、記録を残したんだ。
“理解されるために”。」
⸻
その頃、帝国灰理局・観測塔。
「局長、反応値が変化しています!
灰域北部の理流、下降を開始! 深部構造へ――!」
エルシアは静かに息を吐いた。
「……始まったわね。灰が、再び“自らの記録”を探している。」
副官が問いかける。
「局長、どうされます? 再調査を?」
「いいえ。今は動かさない。
これは“生まれる”瞬間。人の手で触れちゃいけない。」
エルシアはバルコニーへ出て、遠く灰雲の向こうを見つめた。
彼女の瞳に映るのは、静かに灯る灰光。
それは、世界の鼓動のようだった。
「……アーレン。
あなたが“創った命”が、今度は世界を赦そうとしている。
それが、“理の赦し”なのね。」
⸻
灰原の地下で、アーレンは立ち尽くしていた。
灰の光が彼の指先を包み、まるで“導くように”動いている。
地の底から、微かな声が響いた。
――……オマエハ、創造者カ。
――ナラバ、答エヨ。何ノタメニ命ヲ創ル。
アーレンは、ゆっくりと目を開けた。
その表情には、恐れではなく静かな決意が宿っていた。
「……“理を赦すため”だ。」
灰が震え、光が弾けた。
世界は、再び語り始めていた。
――帝国首都ヴァルシュタイン。
灰理局・中央観測塔。
塔の上層では、封印後しばらく沈黙していた理導管が再び光を帯びていた。
導管の中を流れる理流は、静かなはずの封印層を逆流している。
符盤群が淡い光を放ち、空間全体が“息づく”ように振動していた。
「局長、理封式の下層波が上昇を続けています! 流量、封印限界値の三倍!」
観測員の報告が響く。
だが、エルシアは眉ひとつ動かさなかった。
符盤を見つめたまま、低く呟く。
「……これは封印破りじゃない。理そのものが“覚醒”してる。」
符盤上の波形は、明らかに“呼吸”していた。
均等な脈動――理が再び世界と同期を始めている証だった。
「北部灰域からの干渉波は確認できる?」
「はい。理波位相が複数点で上昇していますが、すべて人為の域を超えています。」
エルシアは目を閉じた。
「――“灰の心臓”が動き出したのね。」
⸻
会議層。
壁面には灰色の紋章が並び、各部局の代表者たちが席に着いていた。
その中央に立つのは、灰理局の次席・カルディス。
かつてエルシアの副官であり、現在は軍参謀府と局の連絡役を務める男だ。
「……局長。封印解除後、理波の上昇は異常です。
このまま放置すれば、再び“理災”の再現を招く危険がある。」
エルシアは沈黙を貫いた。
カルディスは一歩踏み出し、声を強める。
「我々は理を観測する国家です。
制御を失えば、この帝都そのものが崩壊しかねない!
――第三干渉計画を発動すべきです。」
その言葉に、議場がざわめいた。
第三干渉計画――“理封以降”の最終兵装計画。
理そのものを「観測」ではなく「再定義」するための極秘兵器。
理を上書きし、灰域の“記録”を書き換える装置。
⸻
エルシアは、ゆっくりと顔を上げた。
その表情は静かだが、声には明確な怒りがあった。
「あなたたちは、まだ“理を制御できる”と思っているのね。」
カルディスが冷たく答える。
「制御ではなく、上書きです。理は法であり、法は書き換えられる。
それが文明というものだ。」
「……理は人の手では書けない。
あなたたちは、観測と理解の違いをまだ分かっていない。」
静寂。
だがカルディスの口角がわずかに上がった。
「では、あなたはどうするつもりです?
放っておけば、理が再び“応答”する。
世界が“命”を拒めば、また灰に沈むだけだ。」
「それでも、理は“命を観ている”。
拒んでいるのは、いつだって人間のほうよ。」
⸻
議場の空気が冷える。
老評議員が口を開いた。
「……局長。あなたの理念は崇高だが、国は理想で動かぬ。
第三干渉計画の承認はすでに上層評議で決定している。
あなたは現場執行権を持つ者として、実行を補佐せよ。」
エルシアの瞳に、一瞬だけ光が走った。
それは怒りではなく、悲しみの色だった。
「……“理を封じた”者たちが、また“書き換え”を試みるのね。」
「我々が手を下さねば、また滅びる。
この国は、理を観測することで生きてきた。
それをやめるというなら、帝国は存在意義を失う。」
⸻
エルシアは静かに椅子を押しのけた。
白衣の裾が揺れ、彼女は振り返らずに言った。
「……なら、あなたたちは理に殺される。」
その言葉に、会議室の誰もが息を呑んだ。
だがエルシアはもう歩き出していた。
扉の前で、彼女は一度だけ立ち止まり、低く呟く。
「“理の心臓”が動いている。
今度は、人を滅ぼすためじゃない。
――世界が、生き返るために。」
その言葉は、誰にも届かなかった。
だが、塔の最上層で眠る符盤が、わずかに光を返した。
⸻
その夜。
帝都の空に、ひと筋の光柱が立ち上った。
灰ではない、純粋な“理光”だった。
カルディスが観測塔の窓辺で息を呑む。
彼の傍らで副官が叫ぶ。
「理封層が共鳴しています! 出力、制御不能!」
「理脈が……“呼応”している……?」
塔全体が低く唸りを上げ、空気が震えた。
まるで、理そのものが帝都の存在を確かめるように。
そして、符盤の中央に淡く文字が浮かぶ。
――《創造ノ地脈、反応開始》。
⸻
同時刻、灰域北部。
アーレンたちは灰の丘を進みながら、北の空に浮かぶ光柱を見上げていた。
灰ではない、まっすぐに伸びる純白の光。
その中心で、灰が震え、地が低く鳴っている。
「……始まったな。」
アーレンは呟いた。
その声には、恐れと同時にどこか懐かしさが混じっていた。
「理が……目を覚ました。」
リュミナの灰核が共鳴する。
その光が、彼女の胸を透かして脈動していた。
世界が再び、灰の記録を語ろうとしていた。
灰原を渡る風が、ただの音ではなかった。
ざらついた灰粒が擦れ合うたび、微かな律動が響く。
それはまるで、遠い誰かの囁きのようだった。
リュミナは足を止め、胸に手を当てた。
灰核が脈を打ち、空気の波と同調している。
アーレンは符盤を開き、波形を解析した。
「……灰流の周期が変わってる。
周波数が、“人の声”の域に近い。」
「声……って、誰の?」
ノアが小さく呟く。
「わからない。だが、言葉のような波がある。
理そのものが、形を持とうとしているのかもしれない。」
⸻
灰の丘を下ると、地下へ続く裂け目があった。
灰の層が剥がれ落ち、まるで呼吸するように微かに開閉している。
その隙間から、かすかな光が漏れていた。
「……中に、何かある。」
アーレンは符盤を投げ入れ、光の反射波を読み取る。
内部には巨大な空洞――円形の構造物が存在していた。
自然の洞窟ではない。理式で刻まれた、人工の“核室”だ。
「まるで、灰を封じるための“心臓”みたい……」
リュミナが呟く。
「いや、逆だ。」
アーレンの声が低くなる。
「封じるんじゃない。――ここが、“生み出している”。」
⸻
彼らが足を踏み入れると、空気が変わった。
灰は液体のように揺れ、壁面の符文が淡く光る。
その符は帝国式でも、リゼノス式でもない。
まるで、理そのものが“自分で記した”ような線だった。
リュミナが近づくと、灰核が共鳴する。
壁の符文が反応し、光が走る。
――《観測者、応答セヨ》。
音にならない言葉が、空間を満たした。
ノアが思わず耳を塞ぐ。
だがアーレンは、その響きを逃すまいと目を閉じた。
「観測者……って、俺たちのことか?」
「違う。」
リュミナが首を振る。
「“理”が、わたしたちを“次の観測者”として呼んでる。」
その瞬間、床の灰が波を立てた。
中心に、淡い光の円が浮かぶ。
それはまるで“眼”のように、彼らを見上げていた。
⸻
アーレンはゆっくりと膝をつき、符盤をかざした。
波形が同調し、符面に言葉が現れる。
《記録ハ終焉セズ。命ノ名ヲ、再ビ刻メ。》
「……記録を再び、刻め……?」
リュミナが息を呑む。
「それって、“創造”のこと……?」
アーレンは答えず、ただ光を見つめていた。
灰の中で生まれたその声は、恐ろしくも穏やかで、
“理そのものの意志”を感じさせた。
⸻
一方そのころ、帝国首都ヴァルシュタイン。
灰理局中央塔の観測室では、封印解除後の理流解析が進められていた。
報告官たちが慌ただしく符盤を操作し、数値を読み上げる。
「北部灰域の中心部より、強力な理波を感知!
形式不明の符構造が展開、観測不能領域を形成しています!」
エルシア・ファロウ局長は沈黙のまま立ち上がった。
符盤の波形を凝視する。
それは明らかに“人為”ではなかった。
「……やっぱり、理は“呼びかけている”。
観測されることを恐れていない……むしろ、“選んでいる”。」
隣の副官が震える声で尋ねる。
「選ぶ……とは、誰を、ですか?」
エルシアは静かに目を閉じた。
「――“次の創造者”を。」
⸻
灰の心臓の奥で、アーレンたちはその呼び声を聞いていた。
灰が脈を打つ。
その鼓動は、世界の記憶のように深く、優しく響いていた。
「……理は、“生まれ変わろう”としている。」
リュミナが目を細めた。
その瞳の奥で、金の光がゆらめく。
まるで、灰の意思が宿ったように。
アーレンは静かに呟いた。
「なら、俺たちは――その“誕生”を見届ける。」
灰が応えるように、微かな声で囁いた。
――オマエタチハ、ナニヲ、創ル。
その言葉は、世界全体の鼓動のように響いた。
――灰が、映し出していた。
光でも影でもない。
ただ、灰そのものが“記録”として形を取り始めていた。
空間の中央に淡い粒子が舞い、やがて人の姿を成していく。
それは、笑う人々。
かつての街。
理を学び、語り合い、祈りを忘れた者たちの記録だった。
「……これ、リゼノス……?」
ノアが呟く。
街の輪郭、王立学院の尖塔、見覚えのある石畳。
けれど、そこに生きる人々は誰も“現実”にはいなかった。
灰が描く幻影――“記録”だけが残っていた。
アーレンはゆっくりと歩み寄る。
手を伸ばすと、灰の人影が一瞬だけ揺れた。
まるで懐かしい友人に手を振るように、笑って消える。
「……観測記録じゃない。
これは、“記憶”そのものだ。」
⸻
リュミナの灰核が共鳴する。
光が胸元から広がり、灰の像がさらに鮮明になる。
子どもたちの声、街角の音、鐘の響き。
すべてが、灰の粒の中から蘇っていた。
「理が、これを……覚えていたの?」
「いや、理は記録するだけだ。
“思い出そうとしている”のは――世界のほうだ。」
アーレンの声はどこか遠かった。
まるで自分の罪を見せられているように。
⸻
灰の街の中に、一つの影が現れる。
白衣をまとった青年――かつての自分。
研究棟の机に向かい、必死に符盤を叩く姿。
リュミナが息を呑む。
「アーレン……これ、あなた……?」
青年の口が動く。
灰の粒が形づくる言葉。
『――命は、理を超えられるか。』
そして、符盤の光。
“創造”の瞬間。
世界が震え、すべてが灰に変わっていく映像。
ノアが泣きそうな声で言った。
「……これが、理災の記録……。」
⸻
アーレンは静かに目を伏せた。
灰が彼の手の中で零れ落ちる。
それは冷たくも温かく、まるで血のように重かった。
「……理は、俺たちを責めてるんじゃない。
“同じ過ちを繰り返すな”って、言ってる。」
「それでも……あなたはまた、“創る”の?」
リュミナの声は震えていた。
アーレンは答えなかった。
ただ、灰に映る過去の自分を見つめていた。
あの時の彼は、確かに“奇跡”を信じていた。
だが今の彼は、その代償を知っている。
⸻
灰の街が崩れる。
建物も、声も、光も、音も――すべてが灰へ還る。
そして、最後に一つの言葉だけが残った。
――《創造ハ、赦シト共ニアレ》。
灰の光が消え、静寂が戻る。
リュミナが小さく呟く。
「……赦し、って……理が、そう言ったの?」
アーレンは顔を上げた。
灰の流れが、今度は“北”ではなく、“下”――地の奥へ向かっている。
「理は……赦すために、記録を残したんだ。
“理解されるために”。」
⸻
その頃、帝国灰理局・観測塔。
「局長、反応値が変化しています!
灰域北部の理流、下降を開始! 深部構造へ――!」
エルシアは静かに息を吐いた。
「……始まったわね。灰が、再び“自らの記録”を探している。」
副官が問いかける。
「局長、どうされます? 再調査を?」
「いいえ。今は動かさない。
これは“生まれる”瞬間。人の手で触れちゃいけない。」
エルシアはバルコニーへ出て、遠く灰雲の向こうを見つめた。
彼女の瞳に映るのは、静かに灯る灰光。
それは、世界の鼓動のようだった。
「……アーレン。
あなたが“創った命”が、今度は世界を赦そうとしている。
それが、“理の赦し”なのね。」
⸻
灰原の地下で、アーレンは立ち尽くしていた。
灰の光が彼の指先を包み、まるで“導くように”動いている。
地の底から、微かな声が響いた。
――……オマエハ、創造者カ。
――ナラバ、答エヨ。何ノタメニ命ヲ創ル。
アーレンは、ゆっくりと目を開けた。
その表情には、恐れではなく静かな決意が宿っていた。
「……“理を赦すため”だ。」
灰が震え、光が弾けた。
世界は、再び語り始めていた。
――帝国首都ヴァルシュタイン。
灰理局・中央観測塔。
塔の上層では、封印後しばらく沈黙していた理導管が再び光を帯びていた。
導管の中を流れる理流は、静かなはずの封印層を逆流している。
符盤群が淡い光を放ち、空間全体が“息づく”ように振動していた。
「局長、理封式の下層波が上昇を続けています! 流量、封印限界値の三倍!」
観測員の報告が響く。
だが、エルシアは眉ひとつ動かさなかった。
符盤を見つめたまま、低く呟く。
「……これは封印破りじゃない。理そのものが“覚醒”してる。」
符盤上の波形は、明らかに“呼吸”していた。
均等な脈動――理が再び世界と同期を始めている証だった。
「北部灰域からの干渉波は確認できる?」
「はい。理波位相が複数点で上昇していますが、すべて人為の域を超えています。」
エルシアは目を閉じた。
「――“灰の心臓”が動き出したのね。」
⸻
会議層。
壁面には灰色の紋章が並び、各部局の代表者たちが席に着いていた。
その中央に立つのは、灰理局の次席・カルディス。
かつてエルシアの副官であり、現在は軍参謀府と局の連絡役を務める男だ。
「……局長。封印解除後、理波の上昇は異常です。
このまま放置すれば、再び“理災”の再現を招く危険がある。」
エルシアは沈黙を貫いた。
カルディスは一歩踏み出し、声を強める。
「我々は理を観測する国家です。
制御を失えば、この帝都そのものが崩壊しかねない!
――第三干渉計画を発動すべきです。」
その言葉に、議場がざわめいた。
第三干渉計画――“理封以降”の最終兵装計画。
理そのものを「観測」ではなく「再定義」するための極秘兵器。
理を上書きし、灰域の“記録”を書き換える装置。
⸻
エルシアは、ゆっくりと顔を上げた。
その表情は静かだが、声には明確な怒りがあった。
「あなたたちは、まだ“理を制御できる”と思っているのね。」
カルディスが冷たく答える。
「制御ではなく、上書きです。理は法であり、法は書き換えられる。
それが文明というものだ。」
「……理は人の手では書けない。
あなたたちは、観測と理解の違いをまだ分かっていない。」
静寂。
だがカルディスの口角がわずかに上がった。
「では、あなたはどうするつもりです?
放っておけば、理が再び“応答”する。
世界が“命”を拒めば、また灰に沈むだけだ。」
「それでも、理は“命を観ている”。
拒んでいるのは、いつだって人間のほうよ。」
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議場の空気が冷える。
老評議員が口を開いた。
「……局長。あなたの理念は崇高だが、国は理想で動かぬ。
第三干渉計画の承認はすでに上層評議で決定している。
あなたは現場執行権を持つ者として、実行を補佐せよ。」
エルシアの瞳に、一瞬だけ光が走った。
それは怒りではなく、悲しみの色だった。
「……“理を封じた”者たちが、また“書き換え”を試みるのね。」
「我々が手を下さねば、また滅びる。
この国は、理を観測することで生きてきた。
それをやめるというなら、帝国は存在意義を失う。」
⸻
エルシアは静かに椅子を押しのけた。
白衣の裾が揺れ、彼女は振り返らずに言った。
「……なら、あなたたちは理に殺される。」
その言葉に、会議室の誰もが息を呑んだ。
だがエルシアはもう歩き出していた。
扉の前で、彼女は一度だけ立ち止まり、低く呟く。
「“理の心臓”が動いている。
今度は、人を滅ぼすためじゃない。
――世界が、生き返るために。」
その言葉は、誰にも届かなかった。
だが、塔の最上層で眠る符盤が、わずかに光を返した。
⸻
その夜。
帝都の空に、ひと筋の光柱が立ち上った。
灰ではない、純粋な“理光”だった。
カルディスが観測塔の窓辺で息を呑む。
彼の傍らで副官が叫ぶ。
「理封層が共鳴しています! 出力、制御不能!」
「理脈が……“呼応”している……?」
塔全体が低く唸りを上げ、空気が震えた。
まるで、理そのものが帝都の存在を確かめるように。
そして、符盤の中央に淡く文字が浮かぶ。
――《創造ノ地脈、反応開始》。
⸻
同時刻、灰域北部。
アーレンたちは灰の丘を進みながら、北の空に浮かぶ光柱を見上げていた。
灰ではない、まっすぐに伸びる純白の光。
その中心で、灰が震え、地が低く鳴っている。
「……始まったな。」
アーレンは呟いた。
その声には、恐れと同時にどこか懐かしさが混じっていた。
「理が……目を覚ました。」
リュミナの灰核が共鳴する。
その光が、彼女の胸を透かして脈動していた。
世界が再び、灰の記録を語ろうとしていた。
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聖女シリーズ第一弾「正しい聖女さまのつくりかた」
水神飛鳥の異世界茶会記 ~戦闘力ゼロの茶道家が、神業の【陶芸】と至高の【和菓子】で、野蛮な異世界を「癒やし」で侵略するようです~
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このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……
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