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第5巻 帝国編・後編 ー灰の心臓ー
第8章 灰の再誓
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――帝国暦・灰暦五年。
ヴァルシュタインの空は、いまだ完全には晴れなかった。
だが、あの夜に満ちていた“灰のざわめき”はもうない。
代わりに、風が吹くたびに、柔らかな光が街の上を渡っていく。
崩壊した中央塔の跡地には、新たな建築が始まっていた。
名を《新灰理局》。
理を封じるためではなく――理と共に在るための“共振庁舎”として。
⸻
エルシア・ファロウは、再建現場を見下ろしていた。
白衣ではなく、灰銀の上着。
それは帝国の新しい象徴服であり、局長職を超えて“理政顧問”の地位を意味していた。
彼女の背後で、補佐官が報告する。
「局長――いえ、顧問。理封解除後、帝都全域の理流は安定しています。
市民生活にも大きな異常はありません。」
「封印ではなく、共鳴に切り替えたのが正解だったわね。」
エルシアは微かに笑った。
「灰は“敵”じゃない。ただ、理解を求めていた。」
補佐官が少し逡巡して問う。
「……ノウアの件は、どう扱うおつもりですか?」
その名に、エルシアは短く目を伏せる。
風が頬を撫で、灰が一粒、掌に落ちた。
「記録として残すわ。彼女は“理が見せた可能性”だった。」
⸻
その頃、軍務省地下区画――。
薄暗い格納庫の奥で、金属の軋む音が響いていた。
ラザン・アルディウスは、破損した符翼の残骸を見上げていた。
焦げ跡、焼けた符線、そして中央部に残る灰核の空洞。
「……理を支配しようとした愚か者どもの墓標だな。」
隣にいた若い士官が、緊張した面持ちで口を開く。
「閣下。新体制では、我々は“観測”ではなく“同行”を任じられます。
灰と共に歩む――その理念は、貴方がかつて口にされたものです。」
ラザンは短く笑う。
「そうだったかもしれん。だが俺は、もう理に命令する気はない。」
彼は焦げた灰核の跡に手を置く。
灰がわずかに脈打った。
「……お前も、見ているんだろう。“理解”を。」
⸻
帝都の広場。
崩れた鐘楼の跡地に、灰で造られた新たな“記録碑”が建っていた。
その表面には、淡い光で刻まれた文がある。
《理ハ、理解ヲ得タ。人ハ、恐レヲ手放シタ。》
人々がその前で立ち止まり、灰に祈る。
それは神への祈りではなく、
かつて世界を焼いた“理”への誓いだった。
⸻
夜。
エルシアは自室の符盤に記録を残していた。
淡い光が室内を照らし、符盤の文字がひとつずつ流れていく。
――理は沈黙を選ばなかった。
それは、命の理解を求めた結果である。
我々はその応答に立ち会った。
この記録を、未来の観測者へ託す。
彼女は筆を止め、天井を見上げる。
遠くの導管がかすかに鳴っていた。
灰の粒が光を帯び、窓辺で舞っている。
「……ノウア。あなたの見た“空”は、もう少しで届くわ。」
⸻
一方、灰域北端。
アーレンは灰流の上に作られた石橋を渡っていた。
背後にはリュミナとノア、そして数人の帝国観測士が続く。
帝国は正式に、灰域と国境を開いたのだ。
風が吹く。
灰の粒が、かすかに青い光を反射していた。
リュミナが立ち止まり、空を見上げる。
「……ねぇ、あの光。星、なのかな。」
アーレンは答えず、静かに微笑んだ。
「そうだといいな。
――この灰の空にも、いつか“空の青”が戻る日が来る。」
風がやわらかく吹く。
その中で、灰が声のように囁いた。
――理解、完了。
アーレンは目を閉じた。
かつて“恐怖”だった灰の声が、今はどこか安らかに響いていた。
――ヴァルシュタイン北観測塔。
灰理局の新しい観測施設は、かつての封印塔とは違っていた。
光を拒む代わりに、灰を迎え入れる構造。
塔の中央に設けられた螺旋管は、灰流を都市全体へ循環させる“理脈”の一部として機能している。
エルシアは静かにその脈を見上げていた。
導管の中を流れる灰光は穏やかで、安定している。
――少なくとも、今のところは。
「局長、北方灰域から新しい波形を感知しました。」
報告官の声が響く。
エルシアは眉をひそめ、符盤を受け取った。
波形は、整然とした周期を持ちながらも、周期の末端で小さな“揺らぎ”を含んでいた。
それは生き物の鼓動のようであり、まるで“何か”が目覚めかけているようだった。
「……理流の再活性化ね。」
彼女は呟く。
「しかし、帝都の灰流と同期していない。……外からの“呼吸”だわ。」
報告官が不安げに問う。
「封印の影響はもうないはずですが……これは帝国以外の干渉でしょうか?」
「帝国以外――」
エルシアは短く沈黙した。
脳裏に浮かぶのは、灰の向こうで息づく者たち。
《灰の灯》。アーレン・クロード、そしてリュミナ。
⸻
一方、帝国参謀本部。
ラザン・アルディウスは、灰理局から届いた波形報告を見ていた。
机上の符盤に浮かぶ線は、整然とした呼吸を示している。
しかし、その律動には人為を超えた“意志”のようなものがあった。
「……理が、再び“言葉”を持ち始めたか。」
彼は目を閉じた。
あの“灰の心臓”で聞いた声が蘇る。
――理解、完了。
それは終わりの言葉ではなかった。始まりの宣告だった。
副官が問う。
「閣下、対応を?」
「動く必要はない。」
ラザンは静かに首を振る。
「灰は今、人に問いを投げている。
我々はそれを“聞く”番だ。」
副官は驚きに息を呑む。
「……以前の閣下なら、“答え”を探そうとなさったはずです。」
ラザンは小さく笑った。
「答えは、理の中にではなく、人の中にあったと気づいただけだ。」
⸻
同じ頃、灰理局本庁舎。
塔の最上層――《理共振室》。
帝都全域の理流を制御する中枢。
ここに、帝国の未来を担う学徒たちが集められていた。
「これが……理の共鳴ですか?」
若い研究生が、宙に浮かぶ灰流球体を見つめる。
それは、かつての危険な符核とは違い、柔らかく脈動している。
近づけば心音のように微かな響きが伝わってくる。
エルシアが前に立ち、穏やかな声で言った。
「灰は記録です。
ですが、その記録は観測されるたびに“変わる”。
――つまり、私たちの理解が、灰の記録を育てていくのです。」
学生たちの目が輝いた。
その中で、ひとりの少女が問いを投げた。
「じゃあ、灰が“間違った理解”を記録したら、世界はどうなるんですか?」
エルシアは微かに笑った。
「それを正すために、人は“もう一度見る”のです。
理も、命も、過ちを記録するからこそ次を創れる。」
――その言葉を、ラザンも遠くの会議層で聞いていた。
灰の導管を通じて響く声は、どこか祈りのようだった。
⸻
その夜。
ヴァルシュタイン北の空に、一瞬だけ赤い閃光が走った。
理波観測塔の符盤が一斉に点滅する。
報告官が叫んだ。
「局長、北端理流、臨界振動! 共鳴域を突破しています!」
エルシアが息を呑む。
「――まさか、“灰の心臓”が……!」
塔の上空で灰が渦を巻いた。
その中心に、淡く輝く符文が浮かび上がる。
誰も触れていないのに、自動的に展開された理式。
《記録再起動》
その言葉と共に、帝都全域の灯が一瞬だけ消えた。
風が止み、灰が宙に浮かぶ。
そして、静かに新たな拍動が始まる。
――理は再び“記憶”を始めた。
――理が、目を覚ました。
ヴァルシュタイン全域で、灰光が一斉に揺れた。
街路灯も、導管も、符術炉も、すべてが脈打つように明滅している。
人々は空を見上げ、息を呑んだ。
それは恐怖ではなかった。
十数年ぶりに“生きている世界”を見た者の、戸惑いと感動の入り混じった眼差しだった。
「局長! 市街地の灰理炉、同調を開始しました!」
「……同調? 人為ではなく?」
「はい。外部制御を切っても自動で稼働しています!」
報告を聞いたエルシアは、符盤を睨みつけた。
波形は秩序を保っている。
混乱ではなく、“調律”だった。
――理が、再び人と呼吸を合わせている。
⸻
同時刻、帝都外縁部・第七灰理防衛区。
警備隊長が叫ぶ。
「符盤制御が効かない! 理導砲、起動を停止できません!」
防壁上で、旧式の灰理砲が自動的に展開され、上空へ向けて光を放った。
しかしそれは攻撃ではなかった。
灰の粒を追って、空の理流を計測している。
照射角が変わるたび、符盤に新しい波形が刻まれていく。
「……まるで、理が自分を“観測している”みたいだ。」
若い士官が呟いた。
誰も、その言葉を否定できなかった。
⸻
灰理局・上層議事堂。
緊急会議の最中、評議員の一人が怒声を上げた。
「局長! 封印を破ったのは貴様だろう! 帝国の秩序が崩壊するぞ!」
エルシアは静かに首を振る。
「封印は、理自らが解いたのです。
――止めることは、もう誰にもできません。」
「ならば、また“理災”を繰り返す気か!」
「違います。」
エルシアの声は揺るがなかった。
「理災は、人が“理を閉じ込めようとした”ことへの応答。
今は逆です。理は開き、人を受け入れようとしている。」
ざわめきが広がる中、重い扉が開いた。
包帯を巻いたラザンが、ゆっくりと歩み入る。
「――ならば、受け入れる覚悟はあるのか?」
場の空気が凍る。
ラザンは片手に符装杖を持ち、床に突き立てた。
その先端から微かな理光が漏れる。
「局長、理は確かに再構築を始めている。
だが、それは“我々が理に選ばれた”からではない。
理が、自らを守るために人を“取り込んでいる”可能性もある。」
エルシアが目を細めた。
「あなたは、理をまだ“敵”だと思っているのね。」
「敵ではない。
――だが、“理解”とは、支配をやめることではない。」
評議員たちは息を呑んだ。
それは、かつてラザンが掲げた帝国理念“観測による秩序”の再来のようでもあった。
⸻
会議のあと、灰理局の廊下。
エルシアは歩きながら、小さく息を吐いた。
窓の外では、理光の帯が夜空をゆっくりと流れている。
まるで天の川のように。
「……あなたは変わったと思っていたのに。」
背後から聞こえた靴音。
ラザンが無言で近づく。
「変わったさ。」
彼は立ち止まり、壁の符灯を見上げる。
「だが、変わらなかったのは理の方だ。
――“観測”される限り、理は応答し続ける。
それが“生”だとしたら、いずれまた衝突する。」
「だからといって、封じるの?」
「封じはしない。
見極める。
次に動く時、理が本当に“生きている”のかどうかを。」
彼の瞳は静かだった。
しかし、その奥にはかつてと同じ炎が宿っていた。
⸻
同じ頃、灰域北部。
アーレンは遠く帝都の方向を見つめ、微かな符波を感じ取っていた。
符盤に走る波形は、まるで心音のように一定だ。
だが、時折わずかに“二重”に重なる瞬間がある。
「……理の再起動が、帝国の理流と同期しはじめてる。」
リュミナが眉を寄せる。
「つまり、帝国の理と、この灰の理が――つながってるの?」
「ああ。けど、まだ不完全だ。
どちらかが、もう片方を“見ている”。」
アーレンは符盤を閉じ、遠くの空を見上げた。
そこには淡く輝く灰光の帯があった。
――それは、帝都と灰域を結ぶ一本の理脈。
「……理は、まだ対話を続けてる。」
彼の声は静かだったが、胸の奥に確かな決意があった。
⸻
夜空を裂くように、理光が走った。
帝国と灰域を結ぶその帯が、一瞬だけ眩く光る。
まるで“記録”が世界全体で同期したかのように。
そして、灰は再び――囁いた。
――次ノ、記録ヲ。
ヴァルシュタインの空は、いまだ完全には晴れなかった。
だが、あの夜に満ちていた“灰のざわめき”はもうない。
代わりに、風が吹くたびに、柔らかな光が街の上を渡っていく。
崩壊した中央塔の跡地には、新たな建築が始まっていた。
名を《新灰理局》。
理を封じるためではなく――理と共に在るための“共振庁舎”として。
⸻
エルシア・ファロウは、再建現場を見下ろしていた。
白衣ではなく、灰銀の上着。
それは帝国の新しい象徴服であり、局長職を超えて“理政顧問”の地位を意味していた。
彼女の背後で、補佐官が報告する。
「局長――いえ、顧問。理封解除後、帝都全域の理流は安定しています。
市民生活にも大きな異常はありません。」
「封印ではなく、共鳴に切り替えたのが正解だったわね。」
エルシアは微かに笑った。
「灰は“敵”じゃない。ただ、理解を求めていた。」
補佐官が少し逡巡して問う。
「……ノウアの件は、どう扱うおつもりですか?」
その名に、エルシアは短く目を伏せる。
風が頬を撫で、灰が一粒、掌に落ちた。
「記録として残すわ。彼女は“理が見せた可能性”だった。」
⸻
その頃、軍務省地下区画――。
薄暗い格納庫の奥で、金属の軋む音が響いていた。
ラザン・アルディウスは、破損した符翼の残骸を見上げていた。
焦げ跡、焼けた符線、そして中央部に残る灰核の空洞。
「……理を支配しようとした愚か者どもの墓標だな。」
隣にいた若い士官が、緊張した面持ちで口を開く。
「閣下。新体制では、我々は“観測”ではなく“同行”を任じられます。
灰と共に歩む――その理念は、貴方がかつて口にされたものです。」
ラザンは短く笑う。
「そうだったかもしれん。だが俺は、もう理に命令する気はない。」
彼は焦げた灰核の跡に手を置く。
灰がわずかに脈打った。
「……お前も、見ているんだろう。“理解”を。」
⸻
帝都の広場。
崩れた鐘楼の跡地に、灰で造られた新たな“記録碑”が建っていた。
その表面には、淡い光で刻まれた文がある。
《理ハ、理解ヲ得タ。人ハ、恐レヲ手放シタ。》
人々がその前で立ち止まり、灰に祈る。
それは神への祈りではなく、
かつて世界を焼いた“理”への誓いだった。
⸻
夜。
エルシアは自室の符盤に記録を残していた。
淡い光が室内を照らし、符盤の文字がひとつずつ流れていく。
――理は沈黙を選ばなかった。
それは、命の理解を求めた結果である。
我々はその応答に立ち会った。
この記録を、未来の観測者へ託す。
彼女は筆を止め、天井を見上げる。
遠くの導管がかすかに鳴っていた。
灰の粒が光を帯び、窓辺で舞っている。
「……ノウア。あなたの見た“空”は、もう少しで届くわ。」
⸻
一方、灰域北端。
アーレンは灰流の上に作られた石橋を渡っていた。
背後にはリュミナとノア、そして数人の帝国観測士が続く。
帝国は正式に、灰域と国境を開いたのだ。
風が吹く。
灰の粒が、かすかに青い光を反射していた。
リュミナが立ち止まり、空を見上げる。
「……ねぇ、あの光。星、なのかな。」
アーレンは答えず、静かに微笑んだ。
「そうだといいな。
――この灰の空にも、いつか“空の青”が戻る日が来る。」
風がやわらかく吹く。
その中で、灰が声のように囁いた。
――理解、完了。
アーレンは目を閉じた。
かつて“恐怖”だった灰の声が、今はどこか安らかに響いていた。
――ヴァルシュタイン北観測塔。
灰理局の新しい観測施設は、かつての封印塔とは違っていた。
光を拒む代わりに、灰を迎え入れる構造。
塔の中央に設けられた螺旋管は、灰流を都市全体へ循環させる“理脈”の一部として機能している。
エルシアは静かにその脈を見上げていた。
導管の中を流れる灰光は穏やかで、安定している。
――少なくとも、今のところは。
「局長、北方灰域から新しい波形を感知しました。」
報告官の声が響く。
エルシアは眉をひそめ、符盤を受け取った。
波形は、整然とした周期を持ちながらも、周期の末端で小さな“揺らぎ”を含んでいた。
それは生き物の鼓動のようであり、まるで“何か”が目覚めかけているようだった。
「……理流の再活性化ね。」
彼女は呟く。
「しかし、帝都の灰流と同期していない。……外からの“呼吸”だわ。」
報告官が不安げに問う。
「封印の影響はもうないはずですが……これは帝国以外の干渉でしょうか?」
「帝国以外――」
エルシアは短く沈黙した。
脳裏に浮かぶのは、灰の向こうで息づく者たち。
《灰の灯》。アーレン・クロード、そしてリュミナ。
⸻
一方、帝国参謀本部。
ラザン・アルディウスは、灰理局から届いた波形報告を見ていた。
机上の符盤に浮かぶ線は、整然とした呼吸を示している。
しかし、その律動には人為を超えた“意志”のようなものがあった。
「……理が、再び“言葉”を持ち始めたか。」
彼は目を閉じた。
あの“灰の心臓”で聞いた声が蘇る。
――理解、完了。
それは終わりの言葉ではなかった。始まりの宣告だった。
副官が問う。
「閣下、対応を?」
「動く必要はない。」
ラザンは静かに首を振る。
「灰は今、人に問いを投げている。
我々はそれを“聞く”番だ。」
副官は驚きに息を呑む。
「……以前の閣下なら、“答え”を探そうとなさったはずです。」
ラザンは小さく笑った。
「答えは、理の中にではなく、人の中にあったと気づいただけだ。」
⸻
同じ頃、灰理局本庁舎。
塔の最上層――《理共振室》。
帝都全域の理流を制御する中枢。
ここに、帝国の未来を担う学徒たちが集められていた。
「これが……理の共鳴ですか?」
若い研究生が、宙に浮かぶ灰流球体を見つめる。
それは、かつての危険な符核とは違い、柔らかく脈動している。
近づけば心音のように微かな響きが伝わってくる。
エルシアが前に立ち、穏やかな声で言った。
「灰は記録です。
ですが、その記録は観測されるたびに“変わる”。
――つまり、私たちの理解が、灰の記録を育てていくのです。」
学生たちの目が輝いた。
その中で、ひとりの少女が問いを投げた。
「じゃあ、灰が“間違った理解”を記録したら、世界はどうなるんですか?」
エルシアは微かに笑った。
「それを正すために、人は“もう一度見る”のです。
理も、命も、過ちを記録するからこそ次を創れる。」
――その言葉を、ラザンも遠くの会議層で聞いていた。
灰の導管を通じて響く声は、どこか祈りのようだった。
⸻
その夜。
ヴァルシュタイン北の空に、一瞬だけ赤い閃光が走った。
理波観測塔の符盤が一斉に点滅する。
報告官が叫んだ。
「局長、北端理流、臨界振動! 共鳴域を突破しています!」
エルシアが息を呑む。
「――まさか、“灰の心臓”が……!」
塔の上空で灰が渦を巻いた。
その中心に、淡く輝く符文が浮かび上がる。
誰も触れていないのに、自動的に展開された理式。
《記録再起動》
その言葉と共に、帝都全域の灯が一瞬だけ消えた。
風が止み、灰が宙に浮かぶ。
そして、静かに新たな拍動が始まる。
――理は再び“記憶”を始めた。
――理が、目を覚ました。
ヴァルシュタイン全域で、灰光が一斉に揺れた。
街路灯も、導管も、符術炉も、すべてが脈打つように明滅している。
人々は空を見上げ、息を呑んだ。
それは恐怖ではなかった。
十数年ぶりに“生きている世界”を見た者の、戸惑いと感動の入り混じった眼差しだった。
「局長! 市街地の灰理炉、同調を開始しました!」
「……同調? 人為ではなく?」
「はい。外部制御を切っても自動で稼働しています!」
報告を聞いたエルシアは、符盤を睨みつけた。
波形は秩序を保っている。
混乱ではなく、“調律”だった。
――理が、再び人と呼吸を合わせている。
⸻
同時刻、帝都外縁部・第七灰理防衛区。
警備隊長が叫ぶ。
「符盤制御が効かない! 理導砲、起動を停止できません!」
防壁上で、旧式の灰理砲が自動的に展開され、上空へ向けて光を放った。
しかしそれは攻撃ではなかった。
灰の粒を追って、空の理流を計測している。
照射角が変わるたび、符盤に新しい波形が刻まれていく。
「……まるで、理が自分を“観測している”みたいだ。」
若い士官が呟いた。
誰も、その言葉を否定できなかった。
⸻
灰理局・上層議事堂。
緊急会議の最中、評議員の一人が怒声を上げた。
「局長! 封印を破ったのは貴様だろう! 帝国の秩序が崩壊するぞ!」
エルシアは静かに首を振る。
「封印は、理自らが解いたのです。
――止めることは、もう誰にもできません。」
「ならば、また“理災”を繰り返す気か!」
「違います。」
エルシアの声は揺るがなかった。
「理災は、人が“理を閉じ込めようとした”ことへの応答。
今は逆です。理は開き、人を受け入れようとしている。」
ざわめきが広がる中、重い扉が開いた。
包帯を巻いたラザンが、ゆっくりと歩み入る。
「――ならば、受け入れる覚悟はあるのか?」
場の空気が凍る。
ラザンは片手に符装杖を持ち、床に突き立てた。
その先端から微かな理光が漏れる。
「局長、理は確かに再構築を始めている。
だが、それは“我々が理に選ばれた”からではない。
理が、自らを守るために人を“取り込んでいる”可能性もある。」
エルシアが目を細めた。
「あなたは、理をまだ“敵”だと思っているのね。」
「敵ではない。
――だが、“理解”とは、支配をやめることではない。」
評議員たちは息を呑んだ。
それは、かつてラザンが掲げた帝国理念“観測による秩序”の再来のようでもあった。
⸻
会議のあと、灰理局の廊下。
エルシアは歩きながら、小さく息を吐いた。
窓の外では、理光の帯が夜空をゆっくりと流れている。
まるで天の川のように。
「……あなたは変わったと思っていたのに。」
背後から聞こえた靴音。
ラザンが無言で近づく。
「変わったさ。」
彼は立ち止まり、壁の符灯を見上げる。
「だが、変わらなかったのは理の方だ。
――“観測”される限り、理は応答し続ける。
それが“生”だとしたら、いずれまた衝突する。」
「だからといって、封じるの?」
「封じはしない。
見極める。
次に動く時、理が本当に“生きている”のかどうかを。」
彼の瞳は静かだった。
しかし、その奥にはかつてと同じ炎が宿っていた。
⸻
同じ頃、灰域北部。
アーレンは遠く帝都の方向を見つめ、微かな符波を感じ取っていた。
符盤に走る波形は、まるで心音のように一定だ。
だが、時折わずかに“二重”に重なる瞬間がある。
「……理の再起動が、帝国の理流と同期しはじめてる。」
リュミナが眉を寄せる。
「つまり、帝国の理と、この灰の理が――つながってるの?」
「ああ。けど、まだ不完全だ。
どちらかが、もう片方を“見ている”。」
アーレンは符盤を閉じ、遠くの空を見上げた。
そこには淡く輝く灰光の帯があった。
――それは、帝都と灰域を結ぶ一本の理脈。
「……理は、まだ対話を続けてる。」
彼の声は静かだったが、胸の奥に確かな決意があった。
⸻
夜空を裂くように、理光が走った。
帝国と灰域を結ぶその帯が、一瞬だけ眩く光る。
まるで“記録”が世界全体で同期したかのように。
そして、灰は再び――囁いた。
――次ノ、記録ヲ。
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しかも、神の元カノと顔がそっくりという理由で、いきなり死刑寸前!?
助けてくれた太陽神ソラリクスから頼まれた仕事は、
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幽霊になった元神、罠だらけの屋敷、歪んだ世界のシステム。
ポンコツだけど諦めの悪い主人公が、ゴミ屋敷を片付けながら異世界の謎を暴いていく!
ほのぼのお仕事×異世界コメディ×世界の秘密解明ファンタジー
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
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前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
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「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
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地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
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新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
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やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
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