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レベル3.異世界の女奴隷が俺の家に住むことになったがポンコツだった件
3.女奴隷とカップ麺
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トイレで溜まりに溜まったものを粗方吐き出し、無事賢者タイムを迎えることに成功した俺。
だが性欲は満たされても腹は満たされない。三大欲求のバランス管理って難しいね。
というわけで気を取り直し、いい加減食事の準備に移ることに。
と思って台所に戻り、冷蔵庫を開けたら……。
いやマジでマジで、なーんもないでやんの。
電気屋に展示してる冷蔵庫だってもうちょっとなんか入れてあるよ。野菜の模型とかさ。
おっかしーなー。昨日の夕飯の残りとか何かしらいつもあるはずなんだけどなぁー。
こんなこと言うと「自分の家の食材くらい把握しときなさいよ」とかツッコミが飛んできそうだが、待ってくれ。我が家には俺の他にもう一名調理担当者がいまして。
リファは異世界では炊事の担当も担っていたため、しばしば代わりにやってもらっている。
最初の頃は調理器具の使い方に不慣れであったため、マンツーマン体制が必須であったが、最近は一人で任せても問題はなくなってきた。
故に、彼女が食材をどれだけ使って、どれだけ残しているかなんてことはそこまでチェックしてない。だからこそこういう事態になってしまったわけだ。とはいえ、流石に食材全部切らすなんてことになるとは思わんかったよ。
こりゃ参った。この時間じゃまだスーパーは開店前だし、コンビニに行くのもそれはそれで億劫だし……。
「ご主人様、これは?」
ひょこっ、とクローラが冷蔵庫を覗き込みながら尋ねてきた。
そっか、彼女はまだ転生初日だもんな。リファには既に教えたことだが、こればっかりは仕方がない。
「冷蔵庫って言ってね、食材を保存しておくための倉庫みたいなものさ」
「そうこ?」
「うん。中は外よりも温度が低くて、こうすると傷んだり腐ったりする物も長期間そのままにしておけるんだ」
「確かに、ちょっと涼しいですね」
目を閉じて冷気を全身で体感するクローラ。
リファがこれを見た時は大騒ぎして、片っ端からものをギュウギュウに詰め込もうとしたり。挙句の果てに暑いときにはここに籠もってればどーたらこーたらと自分が入り込もうとしたりしていた。それに比べればフランクな反応だな。
「ワイヤードでは保存する時は干したり焼いたりするのが一般的でしたが、この世界では冷やしておくのですね。水のエレメントを使う倉庫型キカイといったところでしょうか」
「いや、この世界のキカイは元素封入器を使わないんだよ」
「そうなのです?」
「ん。電気といって、雷のエレメントみたいなもんで動くんだ。用途ごとに使い分ける必要がなくて、キカイ全部がそれだけを動力源にしてる」
説明しながら俺は台所の隅っこにあるコンセントとそこに接続されているプラグを指さした。
「これが電気を供給するための穴みたいなもの。で、キカイには例外なく付いてるこのケーブルを挿せば配電される仕組みさ」
「ふーん……」
フランクな反応Ver.2。
リファが目にした時にはそりゃもうズポポンズポポンと抜き差しまくった記憶があるというのに。
もうちょっと驚いてくれてもいいのよ? ね?
「……はっ! そ、そうなのですか! ワイヤードにはない全く奇妙奇天烈摩訶不思議な技術をお使いなのですね! さすがご主人様です!」
んー、こんなに言われて誇らしく思えないさすごしゅは初めてだ。いやさすごしゅ自体初経験ですが。
キカイに興味ないのか、それとも似たようなものが異世界にもあるんだろうか。
……待てよ。
こいつさっきスープ(ゴキブリ)とお茶(生ゴミ)を出してきたよな?
まぁダブルGは目に見えるとこに配置してあったからいいとして……。
「お前、水はどうやって出した?」
「? 水ですか。それでしたら誠に勝手ながらそこの変なキカイから……」
と言いつつ、水道の蛇口を指差す。
「何となくいじっていたら出たのでびっくりしましたけど……」
「よくわかったね、これが水を出すキカイだって」
「その周囲に水気があったので、きっとここで水仕事をなさるのではと思いまして」
「あ、ああ」
筋は通っているけど、なんか引っかかるな。
リファ曰く、ワイヤードには水道のインフラが存在しない。個人で湖とか川から汲んでくるか、街で水売りから元素封入器を対価に手に入れるかどっちかしかないそうだ。
だからやっぱりひねっただけで水が出るなんて技術を目にしたら、それなりのリアクションがあってもいいはずなんだけど。
しかし、本人は水道に対して何も言及してはいなかった。今だって、ただつまらなそうに冷蔵庫の中を眺めているだけ。まるでその空っぽな、なんていうか……虚ろな目つきだ。
奴隷という劣悪で過酷な環境の中生きていた人間にとっては、技術の違いなんていちいち気に留める心の余裕などない、ってのはさすがに考えすぎか。
まぁいいや、さっさと飯作っちまおう。
「しかし、ご主人様。この倉庫……一つも食材が見当たりませんが?」
というクローラのお声掛けで無事論点が元に戻ったわけだ。
さぁてこうしてる間にも刻一刻と俺の空腹度は増していくわけだが、それを満たすものをどう調達するか……。
ま、残された手段は一つしかねぇやな。
俺は食器棚の引き出しを開けて、最終兵器を取り出した。
「ご主人様、それは?」
怪訝そうに訊いてくる女奴隷に俺はそれを放る。
慌ててキャッチした彼女はまじまじと受け取ったものを見つめた。
形状は円筒状で、大きさは拳二つ分くらい。表面にプリントされた赤い文字が特徴的な、スチロール製の容器。
「かっぷ……ぬう……どる?」
クローラはそうたどたどしく商品名を読み上げた。
そう、これぞ一人暮らしでは切っても切れない必需品。
その名も、即席カップ麺。
ここに越してきた頃にはしょっちゅう世話になってた。ていうかほぼ毎食これだった。
大学生で時間は有り余ってるけど、炊事洗濯とかクッソどうでもいいことには一分一秒すら費やすのが惜しかったからしょうがないね。
だが一時期それが祟って体調を崩してしまい、それ以降は一汁三菜をできる限り守っている。
なのでこれは何かあった時のための非常食用という立ち位置にシフトしてもらっていたのだが、まさかこんなところで頼ることになるとはね。
クローラは目をパチクリさせながら容器をひっくり返したり回したりしている。
「食べ物……にはとても見えませんが」
「それは器。食べ物はその中に入ってるんだよ」
「この中……」
「心配しなくても今から教えるって」
異世界に転生して初めての食べ物がカップ麺ってのも変な話だが、こっちの文化を知ってもらうという意味ではいい機会だろう。
俺はヤカンを取り出してそこに水を汲む。クローラは注意深く見守っていたが、相変わらず興味があるという目ではない。次からは自分一人でできるよう必死で学ばなければ、という義務感がひしひしと伝わるものであった。
やはり奴隷という立場上、そういうところに重点を置いたものの見方をしてしまうものなのだろう。
「このカップ麺ってのはこのままじゃ食べられなくてね。沸かしたお湯がないといけないんだ」
「虫などとは違うのですね……」
「うんいい加減料理と虫を結びつけるのはやめてね」
異世界人で文化が違うのはわかってるけど、あまりにもかけ離れているのも考えものだな。この娘を教育するのはリファより手間がかかりそうかも。
「まずはこれを、このコンロっていうキカイを使って沸かす」
スイッチを押すと勢いよく青白い炎が吹き上がる。
これも異世界人驚き要素の一つのはずだが、クローラは微動だにしない。妙な気分だけど、これはこれでやりやすい面もあるのかな。
「これで準備はOK。じゃあクローラ、その容器の蓋を開けてみようか」
「ふた?」
「一番上、薄っぺらくなってるところあるだろ? そこをぐいっと引っ張って……こう」
手取り足取り教えてやりながらなんとかクローラはカップ麺の開封に成功した。
中身をみて初めて彼女の表情に変化が訪れた。
「驚いた? これがカップ麺だよ」
「……なるほど、こうやって開けて中のこれを食すということですか」
クローラは片目を閉じて中を覗き込み、人差し指と中指でフリーズドライのエビをつまんだ。
そしてそれをそのまま口に運ぼうとしたところで、俺は止めにかかった。
「そのままじゃ食べられないって。沸かしたお湯が必要だって言ったろ」
「す、すみません! つい……」
すぐに腰を90度折って謝罪するが、「つい」の後はもごもごと濁した。ちょっとばかし頬も赤いし、全体的にもじもじとした感じだ。
何となく察すると、俺は小さく笑いながら訊いた。
「お腹、空いてるの?」
「っ~!」
頬の赤らみをますます拡大させ、クローラはすぐさまその場で土下座した。
「もももも申し訳ございませんでした! これからご主人様のお食事だというのに、私めごときが卑しくもそれにたかるなど!」
「別にいいって。どうせ君の分なんだし」
「え?」
キョトンとして彼女はそっと面を上げる。
「あの……私の、分ですか?」
「うん、だってこれからみんなで食べるんだし。俺のは別のがあるからそれで――」
「み、みんなで!?」
何を驚いたのか、クローラは飛び跳ねるように立ち上がって俺に急接近。
「あ、あのあのあの! それはつまり……ご主人様とお食事をご一緒するということでしょうか?」
「つまりも何も、そうだけど?」
「そんなのいくらなんでも恐れ多すぎます!」
「恐れ多いって……」
「私は奴隷です! 主と相席するなど、自らと同列にみなすようなもの! そんなこと、とても私めにはできません!」
悲痛な声で訴えるように言われ、俺の前にカップ麺の容器が突っ返されてきた。
「私は後で構いません。それも、こんな大層なものではなく、残り物……いえ、ゴミで十分でございます!」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
なんとか落ち着かせようとするが、向こうは聞く耳も持たずにヒス気味にわめき続ける。
「いいえ! ろくなことも出来ないまま、これ以上奴隷らしからぬ扱いを受けるわけには参りません! 奴隷には奴隷なりの挟持というものがあるのです! ですから私に構わずに――いたっ!」
バシコン。
と、軽めの音が彼女のセリフを強制的に中断させた。
何をされたのかわからず、クローラは一歩後ずさる。そしてまるでそこが痛むかのように、自分の額を抑えた。
「ご主人……様?」
「まーたそうやって堅苦しいこと言うから、その罰」
デコピンである。
あまり力は込めなかったが、沈静化させるには申し分なかった。
「さっきも言ったけど、別に君の奴隷が云々って言い分にケチつけるつもりはない。でも、それはあくまで他人の迷惑にならない場合に限るんだよ」
「めい、わく?」
「これから食事をするって時に、いちいち一人分遅らせたり、別なもんをわざわざ用意したりするのは二度手間だ。洗い物だってこっちは一気にやっちゃいたいわけだしね」
「……でも」
「それに」
口を開きかけた女奴隷を制して、俺は続けて言い放った。
「君を放っておいて食べるごはんなんて、全然美味しくないだろうし」
長らく一人暮らししてきた中、リファと暮らすことになったあの日から。
誰かと一緒に食べると、こんなにも美味しくなるんだって思った。
今はもう一人増えて、もっと食事の場が楽しくなるかもって時に……除け者になんかできるかっつの。
「どうして……私をそこまで……」
「同居人、だからだろ」
「……」
そう、奴隷であるけれど、それ以上にこの家で一緒に暮らす仲間でもある。
さっき同列に扱うのと同じとか言ってたけど、仲間だからこそ同列に扱わなきゃダメなんだよな。
少なくとも俺は、そうしたい。
「まぁ奴隷でもいいわけだけどさ、それなら『一緒に食べたい』っていうご主人様のお願いは聞いてくれないのかな?」
「ふぇ?」
間の抜けた声を上げてクローラは我に返ったように俺を見た。
そしてまた顔を赤くすると、目を泳がせて押し黙り……やがて小さく頷いた。
「貴方様さえよければ……よろこんで」
「ありがとう」
ぴーっ。
と、そこでヤカンが甲高く鳴き始めた。
○
「よし、お湯を注いで……あとは3分待てばオッケー」
「……」
注意深そうに見ていたクローラは、あまりの簡単さ故にか、拍子抜けしたようなリアクションを見せた。
「驚いた? なんと、これだけで作れちゃうんだ。簡単に作れて気軽に食えて、しかもうまい。画期的だろ?」
「……お湯が沸くまで待って、その上にまだ待つ……と」
「ん?」
「なんだか……すごくお手間がかかる料理なのですね」
……マジ?
予想外の感想に俺は度肝を抜かれた。
だって、カップ麺だぜ? 正式名称即席カップ麺だぜ? 「即 席」だぜ?
これで手間がかかるとか言ったら、次から飯作るのが億劫な時に何をチョイスすりゃいいのよ?
「すみません。私は、そのまま食べられるものばかり口にしてきたので。こうやって時間がかかるものを見るのは……ちょっと慣れてなかったもので」
「……そのままって」
俺は嫌な予感がしたが、俺の目を見たクローラはそれは間違っていないとでも言うように首肯した。
「いい時はパンとか、他の方の食べ残しとか。そうでない時は、まぁ――」
「……」
なぜさっき彼女がゴキブリやゴミを使った食事を俺に振る舞ったのかがようやくわかった。いや、薄々気づいてたけど……改めて意識するとキツイな。
「なるほどね。でも、それには少し間違いがあるぞ」
「間違い?」
「確かにパンも、残り物も、そのまま口ん中に放り込めば済む話だ。だけどそれは君にとっての話ってだけだ」
「どういうことでしょう」
「パンも、肉も野菜も、誰かが作って初めてできるものだから」
クローラは少し目を見開いた。
「パンは、小麦粉とか色々材料使ってこねたり焼いたり……そりゃもう結構な手間がかかってる。食べ残しだって、もとはきちんとした料理で、きっと料理人がせっせと汗水たらして作り上げたもんだったと思うぜ?」
「……そう、なのですか」
納得言ってないような表情でクローラはうつむいた。
こいつにも料理の経験がないわけじゃないだろう。だがさっきのような献立を見るに、まともなものを作った経験はほぼ皆無。だからちゃんとした過程を知らない。そのための苦労もほぼ理解できていない。
「このカップ麺もさ、俺達が調理する分には簡単だけど、これ自体を作るのには大きな工場で大きなキカイを何時間も回していかなくちゃいけない」
「……」
「食べる時にはそういうことってあんまり意識してないし、必ずしもそういうことを知っていなきゃダメってことはないさ。でも、最低限しなきゃいけないことはある」
「それは一体?」
小さく首を傾げた彼女に、俺は自分の分のカップ麺に湯を注ぎながら言った。
「感謝の気持ちだよ」
「かん、しゃ……?」
「そ。作ってくれた人にありがとう、って。直接言うわけじゃないけど、その心は忘れないように、食べる前には必ず言うのがこの世界の決まりなんだ」
俺は手を手を合わせて軽く頭を下げてみせた。クローラもつられるようにしてぎこちなく真似する。
そう。たとえ一人でする食事でも、どれだけ腹が減ってても、この挨拶だけは欠かさない。
この食事を用意してくれた人に。
この食事の材料を育ててくれた人に。
この食事のために命を張った生き物達に。
この言葉を伝えるために。
○
「「いただきます」」
というわけで、待ちに待った食事タイムだ。
やれやれ、起床からゆうに二時間以上経っちまったじゃん。もう完全にはらぺこあおむしですわ俺。
「……」
「どうしたんだよリファ。ちゃんといただきますは言えっつってるだろ」
我が家の自宅警備隊、元ワイヤードの騎士団兵長のリファレンス・ルマナ・ビューアは、その場に座したまま解せぬといった面持ちをしていた。
彼女とて腹が減ってるのは同じだろうに、どうしたんだろう。食欲ないのかな?
「まぁこのような珍妙な食事を見るのは初めてだが、それはいい」
「?」
「だが! なんでこの食事の場にこんな奴隷を同伴させているのだマスター!!」
バン! とちゃぶ台に拳を叩きつけて女騎士は怒鳴った。
「百歩譲ってこの家に住まわすのは構わんが、こいつは奴隷だぞ! わかっているのかマスター」
「散々本人から聞いたよ」
「だったらなぜだ! 基本奴隷は何をするにも主の後! 食事の時間を合わせるどころか、品目まで揃えるなんて……私とこいつを同列扱いしてるも同然ではないか!」
「落ち着けよリファ。それは二人共――」
「ええい! このリファレンス一生の不覚ッ! こんな穢らわしい者の顔を見ながらメシなど食えるか! 今すぐつまみ出してやる! 抵抗するならこの場で斬り捨ててや――」
そこで彼女のセリフは強制終了。
最後まで言えない。言わせない。
俺の左手が。熊手のようにさせた掌が。彼女の顔面を鷲掴みにしていたのだから。
アイアンクローである。
「あがっ! あだだだだだだだ!」
「食事中は静かにしろと言った覚えはないが……うるさくしていいとも言ってねぇんだが」
低い声で、俺は唸るように忠告した。
リファはジタバタと暴れるが、拘束する手は離さない。
「忘れてやしねーかリファ……お前がこの家に来て初日、俺がなんて言ったか」
「ちょちょちょ、マスター……割れる、頭割れる!」
「次 俺 の 言 を 遮 っ た ら 殺 す ってな」
ガンを飛ばして最大級の睨みをぶつけると、まるで咆哮する猛獣のような彼女の表情がみるみるうちに追い詰められた草食動物のようなそれに変化していった。
「ひぅ……ぅぇ」
「お前とクローラが同列扱い? ああ、そーだよ。二人共俺にとっちゃ等しくここの居候みたいなもんだ。なんか問題あんのか、えぇ?」
「……ひぃ」
「言っておくが、この先お前らどっちかを差別するつもりもねーし特別扱いするつもりもねぇ。我が家でそういうのはご法度だと思え」
「ぅ」
「んでもって、それはお前らも同じだ。守れねんだったら即刻蹴り出してやる……わかったか?」
「……ぁぃ」
か細い声で返事をするとボロボロと彼女の瞳から大粒の涙が溢れ出した。こいつはすぐ感情的になりやすいのが欠点だよなぁ。
俺はリファをアイアンクローから解放すると、軽く手を払った。
その一部始終を見ていたクローラは、ビクビクとしながら正座していた。
「ごめんごめん。こいつちょっと頭がアレだから。なんか言われても気にする必要ないから、ね?」
「は、はい……」
「さて、気を取り直してごはんにしよう。早くしないと伸びちゃうぞ」
胡座をかいていざ目の前の熱々カップ麺に手を伸ばす俺。
だったが。
「あの……ますたぁ」
横のリファが再び邪魔をしてきた。
空腹度合いがかなり高まっていたところでお預けを食らった俺は、イライラしながら返事をした。
「今度は何だよ?」
「わたし……はし、つかえない……」
そっ、と自分の前に置かれた漆塗りの箸を俺に差し出してくる。
はぁ、と俺はため息。
「いい加減使いこなせよ。最初に教えてから何日目だっての」
「でも無理だったらフォークでいいって……」
「そういうこと言ってるから、いつまで経っても身につかねーんだよ……」
俺はため息を吐いて厨房から彼女用のフォークを持ってきて手渡した。
本人の言う通り、リファは未だに箸が使えないでいる。米はいつもおにぎりにして、あとは味噌汁も焼き魚もスプーンやフォークで食べる始末。
そんなんじゃこの先やってけないぞ、と箸の訓練を始めたのだが……成果が開花する兆しは見えない。
「はし……」
するとそこで、その異世界人には見慣れないものを、クローラがじーっと見つめてきていることに気づいた。
「あぁ、これは箸っていってね。この世界のカトラリーさ」
「ただの二本の棒のようですが……」
「でしょ。でも使えるんだなーこれが」
ちょうどいい。ここでお手本を見せてやるか。
俺は自分の箸を持って、麺をはさみ上げて見せる。
そして勢いよく、啜り込む。
ずぞ、ずぞぞぞぞ……。
「~~っ! うっめぇぇぇ!」
このシンプルだけど濃厚な醤油味のスープ。それをたっぷり吸った油揚げ麺の香ばしさ!
で、ぷりっぷりのエビ、ジューシーなダイスミンチ、ふわっふわの炒り卵がいいアクセントになってて最高。
毎日だとそんなでもないけど、たまに喰うとやっぱうまいよなカップ麺!
俺は夢中になって残りの麺をかっ喰らう。
ものの数秒で半分ぐらいいっちゃった。恐るべしカップ麺の魅力。
「……」
その食いっぷりを見て若干気圧されたのか、クローラは少したじたじになっていた。
おっといかん、あまりの美味さに我を忘れていた。
「あはは、まぁこんなふうにして食べるんだよ。フォークとかだと細かいものを突き刺したり掬うのは面倒だけど、これなら細かいものとかも掴めるしね」
と言って、俺はダイスミンチや卵を箸でつまんでみせた。
クローラはそんな様子と、手にとったリファの箸を交互に見つめる。
「私は面白い道具だなとは思ったが……どうにも扱いづらい」
そこでリファが自分のフォークをくるくる回しながらポツリとつぶやいた。
「騎士様はお手先が器用じゃないので?」
「まぁどっちかっていうとな。そんな技術が求められるような仕事してこなかったし」
「さいですか」
「でも、別に困りはしないだろう。フォークで取れないものはスプーンで、スプーンで取れないものはフォークで、って使い分ければさほど問題ではない」
「ま、たしかにそうだ。でも、それだとこの先苦労するってのは何度も言ってるよな」
「わかってる……別の場所で食事をした時これしかなかった時だろう」
その通り。都合よくナイフ・フォーク・スプーンが揃ってる状況ばかりとは限らない。やむを得ず箸を使わざるを得ない時もあるだろう。そういうときにうまく使いこなせないと、目の前に食事があるのにありつけないなんてことになりかねない。
大袈裟な想定かもしれないが、本当に重要なことなんだよ実際。
「なんでこの世界の人間は、フォークやスプーンで代用できるのにわざわざこんなものを作ったのだろう」
「そりゃフォークやスプーンが最初からあったわけじゃないからさ」
「?」
俺はラーメンを啜りながら淡々と説明する。
「何を使って食べようか、って考えた時。この国の人間が最初に発案したのが箸。そしてそれが広まっていったから箸の文化があるんだよ」
「……こちらの世界ではフォークやスプーンは後から発明された、ということですか、ご主人様」
「発明っていうより、別の国から伝わってきたって感じかな。お前らは『この世界』って一括りにしてるけど、地域や国によって文化も違うんだよ」
ふむ、とクローラは顎に手を当てて箸を凝視しながら言った。
「なるほど……確かにワイヤードでも国外の道具や文化が輸入されることがありますね」
「そーゆーこと。どっちにしろ、使えるに越したことはないさ。だから今すぐにとは言わないけど、ちゃんと練習はしたほうがいいぞリファ」
「う……善処する」
渋々とリファは了承した。
「クローラも、フォークよりはちょっとテクニックが必要だけど、そのうち練習一緒に――」
ずぞぞぞぞ……。
「「……え?」」
俺もリファも唖然とした。
だって、目の前のクローラが。この世界に転生したばかりのクローラが。
器用に箸を使って、お上品にカップ麺を啜っていたのだから。
嘘だろオイ。もうマスターしちゃったの? 順応早いってレベルじゃねーぞ。なんなのこれ。
「ん……こんな感じ、でしょうか」
もぐもぐと麺を咀嚼しながら女奴隷は言った。
見よう見まねでもすごすぎる。もともと使える人間だったって言われたほうがまだ納得できるぜ。
「? 何か変でしたか、ご主人様」
「え、あ、いや。うん……よくできました」
「そうですか。よかったです」
「すごいね……結構器用なタイプなんだ」
そう褒めて頭を軽く撫でてやると、クローラは小さくはにかんだ。
「えへへ……ありがとうございます、ご主人様」
「で、どうよ。カップ麺のお味は」
「はい。とても温かかったです。こんなポカポカしたもの食べるの、初めてです」
最初の感想がそれかい。普段のこいつの食生活が嫌でも想像できてしまう。
俺は彼女の頭を撫で続けながら優しく言った。
「温かいのが好きなら、この先いくらでも作るさ。ほら、冷めないうちに喰いな」
「ご主人様……」
ぽーっ、と彼女の頬に赤みが差し、思わずお互い見つめ合った。
その吸い込まれそうな純情無垢な瞳に、俺の目は釘付け。身体は金縛りにあったように硬直してしまう。
そんな俺の方へ、彼女はゆっくりと身を傾けてきた。
距離が縮まったことにより、クローラの小さく荒い吐息が絶え間なくこちらに吹きかかってくる。浴びるだけでクラクラするそれは、まるで俺の理性を狂わせる媚薬のお香。
おっと、これ起床時の時の雰囲気と同じじゃね? ということはまさかこのままさっきの続きいっちゃう系? 初めてのキスはラーメンの味? それもそれで乙なもんですなデュフフ。
「ごっほん!」
とそこでまたまた入ったリファの邪魔。まぁこれは止めに入るのも仕方ないシチュだけどね。
「マスター。やはり私にももう一膳箸をくれ」
「え? 何で?」
「ぜ、善は急げと言うではないか。膳だけに」
座布団全部取れ。
「きゅ、急に箸の練習がしたくなったのだ! 別にいいだろう!」
「わかったわかったよもう」
だったら最初から使っとけっつーの。
と心の中で愚痴をこぼしながら、俺は戸棚から予備の割り箸を持ってきて彼女に渡した。
「よーし、ではいただこう」
箸をグーで握って、いざ実食。
そして……。
「ぐぐ……掴めん!」
悪戦苦闘の始まりである。
つるつる滑って、箸から麺がスープの海に落ちるの繰り返し。一向に彼女の口に届く気配はない。
「むむ~っ! なんでだこの~!」
「ずるずるずる……」
眉間にシワを寄せて憤慨している女騎士とは反対に、スムーズに麺を食していく女奴隷。
なんだこのギャップ、カオスすぎワロス。
「……ごちそうさま」
そんな中、俺が一番に完食し、手を合わせてそう言った。
それを聞いたクローラはなんのことだかわからずにまた首を傾げる。
「ああ、ごちそうさまっていうのは、いただきますの食後バージョンってやつかな。ちゃんと美味しくいただきましたって気持ちを表すんだ」
「なるほど……ごちそうさま……」
彼女はそう復唱すると、食事を再開して残りのラーメンをせっせと食べ終えた。
そして俺と同じように合掌し、深々とお辞儀。
「ごちそう、さまでした」
ただし、俺に向かって。
唐突な礼拝にびっくりした俺は思わず苦笑い。
「な、何で俺に」
「それはもちろん。こんな素敵な食事を私めに用意してくださったからです」
「そ、そうか」
「はい、ありがとうございました、ご主人様!」
「うん、お粗末さまでした」
そう言って俺もお辞儀を返す。我ながらなかなか新鮮な光景だ
カップ麺で素敵とか言われるのもアレだけど、別にいいか。
これからもっと美味しいものを作ってあげればいいだけのこと。
「で、できた!」
それからしばらくすると、リファが突然歓喜に満ちた声を上げた。
見てみると、彼女の持ち上げた箸に麺がぐるぐると巻き付いている。まぁ見てくれは悪いけど、成功……かな? とりあえずおめでとう。
「ふっ、造作も無いことだ。これくらい騎士にかかれば朝飯前だ!」
まぁ本当に朝飯食べる前だからね。
「わかったからはよ喰えや」
「うむ。では早速……」
あーん、と大口を開けて麺を頬張った。
そしてしばらく口を動かしてカップ麺の味を堪能したのだが。
瞬く間に彼女の顔は歪んでいった。
「うぇ……まずい」
め っ ち ゃ 伸 び て た。
そりゃあんだけもたついてりゃそーなるよ。
「うー、こんなのいらん!」
と言って、リファはそのビヨビヨに伸びきったラーメンを、クローラに突き出した。
「くれてやる。ありがたく喰え」
「おい」
何残飯処理させようとしてんだこいつは。何様だっつの。
そんなもの喰わせられるクローラの身にもなってみろよ。
「だがそれで私はそんなものを喰わなくて済むんだぞ」
そうかそうか、つまり君はそんなやつなんだな。
「わぁ! いただけるのですか! クローラ嬉しいです!」
奴隷の方もめっちゃありがたがってるし……。WIN-WINの関係って言っていいのかこれ。
笑顔でその伸びたラーメンを食べる女奴隷を尻目に、リファは見せびらかすように箸を動かす。
「ふふん、どうだ。私がこんな奴に遅れを取ることなどありえないのだ」
「イキってるところ悪いが、それ、持ち方間違ってるからな」
「何!?」
カタン、とリファの手から箸が滑り落ちる。
余裕綽々だった彼女の顔がまたさっきの歪んだ顔に逆戻り。
「ど、どういうことだ! ちゃんと食べられたぞ私は!」
「食べられりゃ何でもありなわけじゃないんだよ。フォークの柄の部分の方に食べ物突き刺して喰ってる奴がいたとして、同じこと言えんのかお前」
「ぐ」
言葉に詰まった彼女は苦い顔をした。そして隣の女奴隷をちら見。
きちんと親指、人差し指、中指で二本の棒を支え、キレイに人差し指と中指を使って上の箸だけを動かしている。
そこにあるのは。美。
喰ってるのはジャンクフードだけど、箸が上手に使える人の食べる姿はなぜか美しい。そうしみじみ感じるな。
「うぁ……」
「別にこれはマナーの範疇だ。守らなきゃいけないもんでもない」
「そ、そうなのか。では――」
「ただ」
俺は頬杖をついてリファを斜に見据えると、端的に告げた。
「そうした方が好印象だってだけだ」
「……うぐぅっ」
下唇を噛んで心底悔しそうにする女騎士。プライドがここまで貶められた経験もそうそうあるまい。
「マスター! もう一つかっぷめんとやらを所望する!」
「は?」
「私は決めた。今日この場できちんと箸を使いこなしてみせると!」
勇ましい顔つきになった彼女の瞳にメラメラと炎が宿った。
やれやれ、こうなると聞かないんだからこいつは。
俺は肩を竦めると、もう一度立ち上がって変わりのカップ麺の調理にかかった。
○
そして。
「どうだーーーーっ!!」
バァァァァン!
とリファはドヤ顔で箸を持った手を掲げた。
それはグーで握ったりしたような粗雑な持ち方ではなく、俺達同様きちんとマナー通りのものだった。
苦節1時間。激しい訓練を極め、ようやくたどり着いた境地。その喜びはひとしおだろう。
「よかったな、リファ」
「マスターが訓練に付き合ってくれたおかげだ。礼を言うぞ」
と言って、リファはもうこれで何杯目かになる伸びたラーメンをさも当然といった仕草でクローラに渡した。
「ほれ奴隷、これで最後だ。お前も事後処理ご苦労だった」
「お褒めいただき光栄です。もぐもぐ」
そしてそれをさも当然といった動きで平らげる女奴隷。こいつ見かけによらず大食感だな。
リファは大きくその場で背伸びをして、達成感の余韻を味わった。
「んーんっ! 少々骨だったが、満足満足」
「おつかれさん」
「うむ。なんだか気が抜けてきたら空腹感が一気に増してきた」
そりゃうまくいったかと思った時には全部伸びちゃってたからね。仕方ないね。
「だが、これで心置きなく食事に専念できる。よし、マスター。今度こそ私の食べる分のかっぷめんを!」
だが性欲は満たされても腹は満たされない。三大欲求のバランス管理って難しいね。
というわけで気を取り直し、いい加減食事の準備に移ることに。
と思って台所に戻り、冷蔵庫を開けたら……。
いやマジでマジで、なーんもないでやんの。
電気屋に展示してる冷蔵庫だってもうちょっとなんか入れてあるよ。野菜の模型とかさ。
おっかしーなー。昨日の夕飯の残りとか何かしらいつもあるはずなんだけどなぁー。
こんなこと言うと「自分の家の食材くらい把握しときなさいよ」とかツッコミが飛んできそうだが、待ってくれ。我が家には俺の他にもう一名調理担当者がいまして。
リファは異世界では炊事の担当も担っていたため、しばしば代わりにやってもらっている。
最初の頃は調理器具の使い方に不慣れであったため、マンツーマン体制が必須であったが、最近は一人で任せても問題はなくなってきた。
故に、彼女が食材をどれだけ使って、どれだけ残しているかなんてことはそこまでチェックしてない。だからこそこういう事態になってしまったわけだ。とはいえ、流石に食材全部切らすなんてことになるとは思わんかったよ。
こりゃ参った。この時間じゃまだスーパーは開店前だし、コンビニに行くのもそれはそれで億劫だし……。
「ご主人様、これは?」
ひょこっ、とクローラが冷蔵庫を覗き込みながら尋ねてきた。
そっか、彼女はまだ転生初日だもんな。リファには既に教えたことだが、こればっかりは仕方がない。
「冷蔵庫って言ってね、食材を保存しておくための倉庫みたいなものさ」
「そうこ?」
「うん。中は外よりも温度が低くて、こうすると傷んだり腐ったりする物も長期間そのままにしておけるんだ」
「確かに、ちょっと涼しいですね」
目を閉じて冷気を全身で体感するクローラ。
リファがこれを見た時は大騒ぎして、片っ端からものをギュウギュウに詰め込もうとしたり。挙句の果てに暑いときにはここに籠もってればどーたらこーたらと自分が入り込もうとしたりしていた。それに比べればフランクな反応だな。
「ワイヤードでは保存する時は干したり焼いたりするのが一般的でしたが、この世界では冷やしておくのですね。水のエレメントを使う倉庫型キカイといったところでしょうか」
「いや、この世界のキカイは元素封入器を使わないんだよ」
「そうなのです?」
「ん。電気といって、雷のエレメントみたいなもんで動くんだ。用途ごとに使い分ける必要がなくて、キカイ全部がそれだけを動力源にしてる」
説明しながら俺は台所の隅っこにあるコンセントとそこに接続されているプラグを指さした。
「これが電気を供給するための穴みたいなもの。で、キカイには例外なく付いてるこのケーブルを挿せば配電される仕組みさ」
「ふーん……」
フランクな反応Ver.2。
リファが目にした時にはそりゃもうズポポンズポポンと抜き差しまくった記憶があるというのに。
もうちょっと驚いてくれてもいいのよ? ね?
「……はっ! そ、そうなのですか! ワイヤードにはない全く奇妙奇天烈摩訶不思議な技術をお使いなのですね! さすがご主人様です!」
んー、こんなに言われて誇らしく思えないさすごしゅは初めてだ。いやさすごしゅ自体初経験ですが。
キカイに興味ないのか、それとも似たようなものが異世界にもあるんだろうか。
……待てよ。
こいつさっきスープ(ゴキブリ)とお茶(生ゴミ)を出してきたよな?
まぁダブルGは目に見えるとこに配置してあったからいいとして……。
「お前、水はどうやって出した?」
「? 水ですか。それでしたら誠に勝手ながらそこの変なキカイから……」
と言いつつ、水道の蛇口を指差す。
「何となくいじっていたら出たのでびっくりしましたけど……」
「よくわかったね、これが水を出すキカイだって」
「その周囲に水気があったので、きっとここで水仕事をなさるのではと思いまして」
「あ、ああ」
筋は通っているけど、なんか引っかかるな。
リファ曰く、ワイヤードには水道のインフラが存在しない。個人で湖とか川から汲んでくるか、街で水売りから元素封入器を対価に手に入れるかどっちかしかないそうだ。
だからやっぱりひねっただけで水が出るなんて技術を目にしたら、それなりのリアクションがあってもいいはずなんだけど。
しかし、本人は水道に対して何も言及してはいなかった。今だって、ただつまらなそうに冷蔵庫の中を眺めているだけ。まるでその空っぽな、なんていうか……虚ろな目つきだ。
奴隷という劣悪で過酷な環境の中生きていた人間にとっては、技術の違いなんていちいち気に留める心の余裕などない、ってのはさすがに考えすぎか。
まぁいいや、さっさと飯作っちまおう。
「しかし、ご主人様。この倉庫……一つも食材が見当たりませんが?」
というクローラのお声掛けで無事論点が元に戻ったわけだ。
さぁてこうしてる間にも刻一刻と俺の空腹度は増していくわけだが、それを満たすものをどう調達するか……。
ま、残された手段は一つしかねぇやな。
俺は食器棚の引き出しを開けて、最終兵器を取り出した。
「ご主人様、それは?」
怪訝そうに訊いてくる女奴隷に俺はそれを放る。
慌ててキャッチした彼女はまじまじと受け取ったものを見つめた。
形状は円筒状で、大きさは拳二つ分くらい。表面にプリントされた赤い文字が特徴的な、スチロール製の容器。
「かっぷ……ぬう……どる?」
クローラはそうたどたどしく商品名を読み上げた。
そう、これぞ一人暮らしでは切っても切れない必需品。
その名も、即席カップ麺。
ここに越してきた頃にはしょっちゅう世話になってた。ていうかほぼ毎食これだった。
大学生で時間は有り余ってるけど、炊事洗濯とかクッソどうでもいいことには一分一秒すら費やすのが惜しかったからしょうがないね。
だが一時期それが祟って体調を崩してしまい、それ以降は一汁三菜をできる限り守っている。
なのでこれは何かあった時のための非常食用という立ち位置にシフトしてもらっていたのだが、まさかこんなところで頼ることになるとはね。
クローラは目をパチクリさせながら容器をひっくり返したり回したりしている。
「食べ物……にはとても見えませんが」
「それは器。食べ物はその中に入ってるんだよ」
「この中……」
「心配しなくても今から教えるって」
異世界に転生して初めての食べ物がカップ麺ってのも変な話だが、こっちの文化を知ってもらうという意味ではいい機会だろう。
俺はヤカンを取り出してそこに水を汲む。クローラは注意深く見守っていたが、相変わらず興味があるという目ではない。次からは自分一人でできるよう必死で学ばなければ、という義務感がひしひしと伝わるものであった。
やはり奴隷という立場上、そういうところに重点を置いたものの見方をしてしまうものなのだろう。
「このカップ麺ってのはこのままじゃ食べられなくてね。沸かしたお湯がないといけないんだ」
「虫などとは違うのですね……」
「うんいい加減料理と虫を結びつけるのはやめてね」
異世界人で文化が違うのはわかってるけど、あまりにもかけ離れているのも考えものだな。この娘を教育するのはリファより手間がかかりそうかも。
「まずはこれを、このコンロっていうキカイを使って沸かす」
スイッチを押すと勢いよく青白い炎が吹き上がる。
これも異世界人驚き要素の一つのはずだが、クローラは微動だにしない。妙な気分だけど、これはこれでやりやすい面もあるのかな。
「これで準備はOK。じゃあクローラ、その容器の蓋を開けてみようか」
「ふた?」
「一番上、薄っぺらくなってるところあるだろ? そこをぐいっと引っ張って……こう」
手取り足取り教えてやりながらなんとかクローラはカップ麺の開封に成功した。
中身をみて初めて彼女の表情に変化が訪れた。
「驚いた? これがカップ麺だよ」
「……なるほど、こうやって開けて中のこれを食すということですか」
クローラは片目を閉じて中を覗き込み、人差し指と中指でフリーズドライのエビをつまんだ。
そしてそれをそのまま口に運ぼうとしたところで、俺は止めにかかった。
「そのままじゃ食べられないって。沸かしたお湯が必要だって言ったろ」
「す、すみません! つい……」
すぐに腰を90度折って謝罪するが、「つい」の後はもごもごと濁した。ちょっとばかし頬も赤いし、全体的にもじもじとした感じだ。
何となく察すると、俺は小さく笑いながら訊いた。
「お腹、空いてるの?」
「っ~!」
頬の赤らみをますます拡大させ、クローラはすぐさまその場で土下座した。
「もももも申し訳ございませんでした! これからご主人様のお食事だというのに、私めごときが卑しくもそれにたかるなど!」
「別にいいって。どうせ君の分なんだし」
「え?」
キョトンとして彼女はそっと面を上げる。
「あの……私の、分ですか?」
「うん、だってこれからみんなで食べるんだし。俺のは別のがあるからそれで――」
「み、みんなで!?」
何を驚いたのか、クローラは飛び跳ねるように立ち上がって俺に急接近。
「あ、あのあのあの! それはつまり……ご主人様とお食事をご一緒するということでしょうか?」
「つまりも何も、そうだけど?」
「そんなのいくらなんでも恐れ多すぎます!」
「恐れ多いって……」
「私は奴隷です! 主と相席するなど、自らと同列にみなすようなもの! そんなこと、とても私めにはできません!」
悲痛な声で訴えるように言われ、俺の前にカップ麺の容器が突っ返されてきた。
「私は後で構いません。それも、こんな大層なものではなく、残り物……いえ、ゴミで十分でございます!」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
なんとか落ち着かせようとするが、向こうは聞く耳も持たずにヒス気味にわめき続ける。
「いいえ! ろくなことも出来ないまま、これ以上奴隷らしからぬ扱いを受けるわけには参りません! 奴隷には奴隷なりの挟持というものがあるのです! ですから私に構わずに――いたっ!」
バシコン。
と、軽めの音が彼女のセリフを強制的に中断させた。
何をされたのかわからず、クローラは一歩後ずさる。そしてまるでそこが痛むかのように、自分の額を抑えた。
「ご主人……様?」
「まーたそうやって堅苦しいこと言うから、その罰」
デコピンである。
あまり力は込めなかったが、沈静化させるには申し分なかった。
「さっきも言ったけど、別に君の奴隷が云々って言い分にケチつけるつもりはない。でも、それはあくまで他人の迷惑にならない場合に限るんだよ」
「めい、わく?」
「これから食事をするって時に、いちいち一人分遅らせたり、別なもんをわざわざ用意したりするのは二度手間だ。洗い物だってこっちは一気にやっちゃいたいわけだしね」
「……でも」
「それに」
口を開きかけた女奴隷を制して、俺は続けて言い放った。
「君を放っておいて食べるごはんなんて、全然美味しくないだろうし」
長らく一人暮らししてきた中、リファと暮らすことになったあの日から。
誰かと一緒に食べると、こんなにも美味しくなるんだって思った。
今はもう一人増えて、もっと食事の場が楽しくなるかもって時に……除け者になんかできるかっつの。
「どうして……私をそこまで……」
「同居人、だからだろ」
「……」
そう、奴隷であるけれど、それ以上にこの家で一緒に暮らす仲間でもある。
さっき同列に扱うのと同じとか言ってたけど、仲間だからこそ同列に扱わなきゃダメなんだよな。
少なくとも俺は、そうしたい。
「まぁ奴隷でもいいわけだけどさ、それなら『一緒に食べたい』っていうご主人様のお願いは聞いてくれないのかな?」
「ふぇ?」
間の抜けた声を上げてクローラは我に返ったように俺を見た。
そしてまた顔を赤くすると、目を泳がせて押し黙り……やがて小さく頷いた。
「貴方様さえよければ……よろこんで」
「ありがとう」
ぴーっ。
と、そこでヤカンが甲高く鳴き始めた。
○
「よし、お湯を注いで……あとは3分待てばオッケー」
「……」
注意深そうに見ていたクローラは、あまりの簡単さ故にか、拍子抜けしたようなリアクションを見せた。
「驚いた? なんと、これだけで作れちゃうんだ。簡単に作れて気軽に食えて、しかもうまい。画期的だろ?」
「……お湯が沸くまで待って、その上にまだ待つ……と」
「ん?」
「なんだか……すごくお手間がかかる料理なのですね」
……マジ?
予想外の感想に俺は度肝を抜かれた。
だって、カップ麺だぜ? 正式名称即席カップ麺だぜ? 「即 席」だぜ?
これで手間がかかるとか言ったら、次から飯作るのが億劫な時に何をチョイスすりゃいいのよ?
「すみません。私は、そのまま食べられるものばかり口にしてきたので。こうやって時間がかかるものを見るのは……ちょっと慣れてなかったもので」
「……そのままって」
俺は嫌な予感がしたが、俺の目を見たクローラはそれは間違っていないとでも言うように首肯した。
「いい時はパンとか、他の方の食べ残しとか。そうでない時は、まぁ――」
「……」
なぜさっき彼女がゴキブリやゴミを使った食事を俺に振る舞ったのかがようやくわかった。いや、薄々気づいてたけど……改めて意識するとキツイな。
「なるほどね。でも、それには少し間違いがあるぞ」
「間違い?」
「確かにパンも、残り物も、そのまま口ん中に放り込めば済む話だ。だけどそれは君にとっての話ってだけだ」
「どういうことでしょう」
「パンも、肉も野菜も、誰かが作って初めてできるものだから」
クローラは少し目を見開いた。
「パンは、小麦粉とか色々材料使ってこねたり焼いたり……そりゃもう結構な手間がかかってる。食べ残しだって、もとはきちんとした料理で、きっと料理人がせっせと汗水たらして作り上げたもんだったと思うぜ?」
「……そう、なのですか」
納得言ってないような表情でクローラはうつむいた。
こいつにも料理の経験がないわけじゃないだろう。だがさっきのような献立を見るに、まともなものを作った経験はほぼ皆無。だからちゃんとした過程を知らない。そのための苦労もほぼ理解できていない。
「このカップ麺もさ、俺達が調理する分には簡単だけど、これ自体を作るのには大きな工場で大きなキカイを何時間も回していかなくちゃいけない」
「……」
「食べる時にはそういうことってあんまり意識してないし、必ずしもそういうことを知っていなきゃダメってことはないさ。でも、最低限しなきゃいけないことはある」
「それは一体?」
小さく首を傾げた彼女に、俺は自分の分のカップ麺に湯を注ぎながら言った。
「感謝の気持ちだよ」
「かん、しゃ……?」
「そ。作ってくれた人にありがとう、って。直接言うわけじゃないけど、その心は忘れないように、食べる前には必ず言うのがこの世界の決まりなんだ」
俺は手を手を合わせて軽く頭を下げてみせた。クローラもつられるようにしてぎこちなく真似する。
そう。たとえ一人でする食事でも、どれだけ腹が減ってても、この挨拶だけは欠かさない。
この食事を用意してくれた人に。
この食事の材料を育ててくれた人に。
この食事のために命を張った生き物達に。
この言葉を伝えるために。
○
「「いただきます」」
というわけで、待ちに待った食事タイムだ。
やれやれ、起床からゆうに二時間以上経っちまったじゃん。もう完全にはらぺこあおむしですわ俺。
「……」
「どうしたんだよリファ。ちゃんといただきますは言えっつってるだろ」
我が家の自宅警備隊、元ワイヤードの騎士団兵長のリファレンス・ルマナ・ビューアは、その場に座したまま解せぬといった面持ちをしていた。
彼女とて腹が減ってるのは同じだろうに、どうしたんだろう。食欲ないのかな?
「まぁこのような珍妙な食事を見るのは初めてだが、それはいい」
「?」
「だが! なんでこの食事の場にこんな奴隷を同伴させているのだマスター!!」
バン! とちゃぶ台に拳を叩きつけて女騎士は怒鳴った。
「百歩譲ってこの家に住まわすのは構わんが、こいつは奴隷だぞ! わかっているのかマスター」
「散々本人から聞いたよ」
「だったらなぜだ! 基本奴隷は何をするにも主の後! 食事の時間を合わせるどころか、品目まで揃えるなんて……私とこいつを同列扱いしてるも同然ではないか!」
「落ち着けよリファ。それは二人共――」
「ええい! このリファレンス一生の不覚ッ! こんな穢らわしい者の顔を見ながらメシなど食えるか! 今すぐつまみ出してやる! 抵抗するならこの場で斬り捨ててや――」
そこで彼女のセリフは強制終了。
最後まで言えない。言わせない。
俺の左手が。熊手のようにさせた掌が。彼女の顔面を鷲掴みにしていたのだから。
アイアンクローである。
「あがっ! あだだだだだだだ!」
「食事中は静かにしろと言った覚えはないが……うるさくしていいとも言ってねぇんだが」
低い声で、俺は唸るように忠告した。
リファはジタバタと暴れるが、拘束する手は離さない。
「忘れてやしねーかリファ……お前がこの家に来て初日、俺がなんて言ったか」
「ちょちょちょ、マスター……割れる、頭割れる!」
「次 俺 の 言 を 遮 っ た ら 殺 す ってな」
ガンを飛ばして最大級の睨みをぶつけると、まるで咆哮する猛獣のような彼女の表情がみるみるうちに追い詰められた草食動物のようなそれに変化していった。
「ひぅ……ぅぇ」
「お前とクローラが同列扱い? ああ、そーだよ。二人共俺にとっちゃ等しくここの居候みたいなもんだ。なんか問題あんのか、えぇ?」
「……ひぃ」
「言っておくが、この先お前らどっちかを差別するつもりもねーし特別扱いするつもりもねぇ。我が家でそういうのはご法度だと思え」
「ぅ」
「んでもって、それはお前らも同じだ。守れねんだったら即刻蹴り出してやる……わかったか?」
「……ぁぃ」
か細い声で返事をするとボロボロと彼女の瞳から大粒の涙が溢れ出した。こいつはすぐ感情的になりやすいのが欠点だよなぁ。
俺はリファをアイアンクローから解放すると、軽く手を払った。
その一部始終を見ていたクローラは、ビクビクとしながら正座していた。
「ごめんごめん。こいつちょっと頭がアレだから。なんか言われても気にする必要ないから、ね?」
「は、はい……」
「さて、気を取り直してごはんにしよう。早くしないと伸びちゃうぞ」
胡座をかいていざ目の前の熱々カップ麺に手を伸ばす俺。
だったが。
「あの……ますたぁ」
横のリファが再び邪魔をしてきた。
空腹度合いがかなり高まっていたところでお預けを食らった俺は、イライラしながら返事をした。
「今度は何だよ?」
「わたし……はし、つかえない……」
そっ、と自分の前に置かれた漆塗りの箸を俺に差し出してくる。
はぁ、と俺はため息。
「いい加減使いこなせよ。最初に教えてから何日目だっての」
「でも無理だったらフォークでいいって……」
「そういうこと言ってるから、いつまで経っても身につかねーんだよ……」
俺はため息を吐いて厨房から彼女用のフォークを持ってきて手渡した。
本人の言う通り、リファは未だに箸が使えないでいる。米はいつもおにぎりにして、あとは味噌汁も焼き魚もスプーンやフォークで食べる始末。
そんなんじゃこの先やってけないぞ、と箸の訓練を始めたのだが……成果が開花する兆しは見えない。
「はし……」
するとそこで、その異世界人には見慣れないものを、クローラがじーっと見つめてきていることに気づいた。
「あぁ、これは箸っていってね。この世界のカトラリーさ」
「ただの二本の棒のようですが……」
「でしょ。でも使えるんだなーこれが」
ちょうどいい。ここでお手本を見せてやるか。
俺は自分の箸を持って、麺をはさみ上げて見せる。
そして勢いよく、啜り込む。
ずぞ、ずぞぞぞぞ……。
「~~っ! うっめぇぇぇ!」
このシンプルだけど濃厚な醤油味のスープ。それをたっぷり吸った油揚げ麺の香ばしさ!
で、ぷりっぷりのエビ、ジューシーなダイスミンチ、ふわっふわの炒り卵がいいアクセントになってて最高。
毎日だとそんなでもないけど、たまに喰うとやっぱうまいよなカップ麺!
俺は夢中になって残りの麺をかっ喰らう。
ものの数秒で半分ぐらいいっちゃった。恐るべしカップ麺の魅力。
「……」
その食いっぷりを見て若干気圧されたのか、クローラは少したじたじになっていた。
おっといかん、あまりの美味さに我を忘れていた。
「あはは、まぁこんなふうにして食べるんだよ。フォークとかだと細かいものを突き刺したり掬うのは面倒だけど、これなら細かいものとかも掴めるしね」
と言って、俺はダイスミンチや卵を箸でつまんでみせた。
クローラはそんな様子と、手にとったリファの箸を交互に見つめる。
「私は面白い道具だなとは思ったが……どうにも扱いづらい」
そこでリファが自分のフォークをくるくる回しながらポツリとつぶやいた。
「騎士様はお手先が器用じゃないので?」
「まぁどっちかっていうとな。そんな技術が求められるような仕事してこなかったし」
「さいですか」
「でも、別に困りはしないだろう。フォークで取れないものはスプーンで、スプーンで取れないものはフォークで、って使い分ければさほど問題ではない」
「ま、たしかにそうだ。でも、それだとこの先苦労するってのは何度も言ってるよな」
「わかってる……別の場所で食事をした時これしかなかった時だろう」
その通り。都合よくナイフ・フォーク・スプーンが揃ってる状況ばかりとは限らない。やむを得ず箸を使わざるを得ない時もあるだろう。そういうときにうまく使いこなせないと、目の前に食事があるのにありつけないなんてことになりかねない。
大袈裟な想定かもしれないが、本当に重要なことなんだよ実際。
「なんでこの世界の人間は、フォークやスプーンで代用できるのにわざわざこんなものを作ったのだろう」
「そりゃフォークやスプーンが最初からあったわけじゃないからさ」
「?」
俺はラーメンを啜りながら淡々と説明する。
「何を使って食べようか、って考えた時。この国の人間が最初に発案したのが箸。そしてそれが広まっていったから箸の文化があるんだよ」
「……こちらの世界ではフォークやスプーンは後から発明された、ということですか、ご主人様」
「発明っていうより、別の国から伝わってきたって感じかな。お前らは『この世界』って一括りにしてるけど、地域や国によって文化も違うんだよ」
ふむ、とクローラは顎に手を当てて箸を凝視しながら言った。
「なるほど……確かにワイヤードでも国外の道具や文化が輸入されることがありますね」
「そーゆーこと。どっちにしろ、使えるに越したことはないさ。だから今すぐにとは言わないけど、ちゃんと練習はしたほうがいいぞリファ」
「う……善処する」
渋々とリファは了承した。
「クローラも、フォークよりはちょっとテクニックが必要だけど、そのうち練習一緒に――」
ずぞぞぞぞ……。
「「……え?」」
俺もリファも唖然とした。
だって、目の前のクローラが。この世界に転生したばかりのクローラが。
器用に箸を使って、お上品にカップ麺を啜っていたのだから。
嘘だろオイ。もうマスターしちゃったの? 順応早いってレベルじゃねーぞ。なんなのこれ。
「ん……こんな感じ、でしょうか」
もぐもぐと麺を咀嚼しながら女奴隷は言った。
見よう見まねでもすごすぎる。もともと使える人間だったって言われたほうがまだ納得できるぜ。
「? 何か変でしたか、ご主人様」
「え、あ、いや。うん……よくできました」
「そうですか。よかったです」
「すごいね……結構器用なタイプなんだ」
そう褒めて頭を軽く撫でてやると、クローラは小さくはにかんだ。
「えへへ……ありがとうございます、ご主人様」
「で、どうよ。カップ麺のお味は」
「はい。とても温かかったです。こんなポカポカしたもの食べるの、初めてです」
最初の感想がそれかい。普段のこいつの食生活が嫌でも想像できてしまう。
俺は彼女の頭を撫で続けながら優しく言った。
「温かいのが好きなら、この先いくらでも作るさ。ほら、冷めないうちに喰いな」
「ご主人様……」
ぽーっ、と彼女の頬に赤みが差し、思わずお互い見つめ合った。
その吸い込まれそうな純情無垢な瞳に、俺の目は釘付け。身体は金縛りにあったように硬直してしまう。
そんな俺の方へ、彼女はゆっくりと身を傾けてきた。
距離が縮まったことにより、クローラの小さく荒い吐息が絶え間なくこちらに吹きかかってくる。浴びるだけでクラクラするそれは、まるで俺の理性を狂わせる媚薬のお香。
おっと、これ起床時の時の雰囲気と同じじゃね? ということはまさかこのままさっきの続きいっちゃう系? 初めてのキスはラーメンの味? それもそれで乙なもんですなデュフフ。
「ごっほん!」
とそこでまたまた入ったリファの邪魔。まぁこれは止めに入るのも仕方ないシチュだけどね。
「マスター。やはり私にももう一膳箸をくれ」
「え? 何で?」
「ぜ、善は急げと言うではないか。膳だけに」
座布団全部取れ。
「きゅ、急に箸の練習がしたくなったのだ! 別にいいだろう!」
「わかったわかったよもう」
だったら最初から使っとけっつーの。
と心の中で愚痴をこぼしながら、俺は戸棚から予備の割り箸を持ってきて彼女に渡した。
「よーし、ではいただこう」
箸をグーで握って、いざ実食。
そして……。
「ぐぐ……掴めん!」
悪戦苦闘の始まりである。
つるつる滑って、箸から麺がスープの海に落ちるの繰り返し。一向に彼女の口に届く気配はない。
「むむ~っ! なんでだこの~!」
「ずるずるずる……」
眉間にシワを寄せて憤慨している女騎士とは反対に、スムーズに麺を食していく女奴隷。
なんだこのギャップ、カオスすぎワロス。
「……ごちそうさま」
そんな中、俺が一番に完食し、手を合わせてそう言った。
それを聞いたクローラはなんのことだかわからずにまた首を傾げる。
「ああ、ごちそうさまっていうのは、いただきますの食後バージョンってやつかな。ちゃんと美味しくいただきましたって気持ちを表すんだ」
「なるほど……ごちそうさま……」
彼女はそう復唱すると、食事を再開して残りのラーメンをせっせと食べ終えた。
そして俺と同じように合掌し、深々とお辞儀。
「ごちそう、さまでした」
ただし、俺に向かって。
唐突な礼拝にびっくりした俺は思わず苦笑い。
「な、何で俺に」
「それはもちろん。こんな素敵な食事を私めに用意してくださったからです」
「そ、そうか」
「はい、ありがとうございました、ご主人様!」
「うん、お粗末さまでした」
そう言って俺もお辞儀を返す。我ながらなかなか新鮮な光景だ
カップ麺で素敵とか言われるのもアレだけど、別にいいか。
これからもっと美味しいものを作ってあげればいいだけのこと。
「で、できた!」
それからしばらくすると、リファが突然歓喜に満ちた声を上げた。
見てみると、彼女の持ち上げた箸に麺がぐるぐると巻き付いている。まぁ見てくれは悪いけど、成功……かな? とりあえずおめでとう。
「ふっ、造作も無いことだ。これくらい騎士にかかれば朝飯前だ!」
まぁ本当に朝飯食べる前だからね。
「わかったからはよ喰えや」
「うむ。では早速……」
あーん、と大口を開けて麺を頬張った。
そしてしばらく口を動かしてカップ麺の味を堪能したのだが。
瞬く間に彼女の顔は歪んでいった。
「うぇ……まずい」
め っ ち ゃ 伸 び て た。
そりゃあんだけもたついてりゃそーなるよ。
「うー、こんなのいらん!」
と言って、リファはそのビヨビヨに伸びきったラーメンを、クローラに突き出した。
「くれてやる。ありがたく喰え」
「おい」
何残飯処理させようとしてんだこいつは。何様だっつの。
そんなもの喰わせられるクローラの身にもなってみろよ。
「だがそれで私はそんなものを喰わなくて済むんだぞ」
そうかそうか、つまり君はそんなやつなんだな。
「わぁ! いただけるのですか! クローラ嬉しいです!」
奴隷の方もめっちゃありがたがってるし……。WIN-WINの関係って言っていいのかこれ。
笑顔でその伸びたラーメンを食べる女奴隷を尻目に、リファは見せびらかすように箸を動かす。
「ふふん、どうだ。私がこんな奴に遅れを取ることなどありえないのだ」
「イキってるところ悪いが、それ、持ち方間違ってるからな」
「何!?」
カタン、とリファの手から箸が滑り落ちる。
余裕綽々だった彼女の顔がまたさっきの歪んだ顔に逆戻り。
「ど、どういうことだ! ちゃんと食べられたぞ私は!」
「食べられりゃ何でもありなわけじゃないんだよ。フォークの柄の部分の方に食べ物突き刺して喰ってる奴がいたとして、同じこと言えんのかお前」
「ぐ」
言葉に詰まった彼女は苦い顔をした。そして隣の女奴隷をちら見。
きちんと親指、人差し指、中指で二本の棒を支え、キレイに人差し指と中指を使って上の箸だけを動かしている。
そこにあるのは。美。
喰ってるのはジャンクフードだけど、箸が上手に使える人の食べる姿はなぜか美しい。そうしみじみ感じるな。
「うぁ……」
「別にこれはマナーの範疇だ。守らなきゃいけないもんでもない」
「そ、そうなのか。では――」
「ただ」
俺は頬杖をついてリファを斜に見据えると、端的に告げた。
「そうした方が好印象だってだけだ」
「……うぐぅっ」
下唇を噛んで心底悔しそうにする女騎士。プライドがここまで貶められた経験もそうそうあるまい。
「マスター! もう一つかっぷめんとやらを所望する!」
「は?」
「私は決めた。今日この場できちんと箸を使いこなしてみせると!」
勇ましい顔つきになった彼女の瞳にメラメラと炎が宿った。
やれやれ、こうなると聞かないんだからこいつは。
俺は肩を竦めると、もう一度立ち上がって変わりのカップ麺の調理にかかった。
○
そして。
「どうだーーーーっ!!」
バァァァァン!
とリファはドヤ顔で箸を持った手を掲げた。
それはグーで握ったりしたような粗雑な持ち方ではなく、俺達同様きちんとマナー通りのものだった。
苦節1時間。激しい訓練を極め、ようやくたどり着いた境地。その喜びはひとしおだろう。
「よかったな、リファ」
「マスターが訓練に付き合ってくれたおかげだ。礼を言うぞ」
と言って、リファはもうこれで何杯目かになる伸びたラーメンをさも当然といった仕草でクローラに渡した。
「ほれ奴隷、これで最後だ。お前も事後処理ご苦労だった」
「お褒めいただき光栄です。もぐもぐ」
そしてそれをさも当然といった動きで平らげる女奴隷。こいつ見かけによらず大食感だな。
リファは大きくその場で背伸びをして、達成感の余韻を味わった。
「んーんっ! 少々骨だったが、満足満足」
「おつかれさん」
「うむ。なんだか気が抜けてきたら空腹感が一気に増してきた」
そりゃうまくいったかと思った時には全部伸びちゃってたからね。仕方ないね。
「だが、これで心置きなく食事に専念できる。よし、マスター。今度こそ私の食べる分のかっぷめんを!」
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