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レベル3.異世界の女奴隷が俺の家に住むことになったがポンコツだった件
7.5.木村渚と報告記録-2
しおりを挟むセンパイんちの電気が消えた。
ようやく全員眠ったらしい。時計を見てみると、もう午前二時。随分とお楽しみだったようで。
あたしは小さく息を吐いて足をブラブラとさせた。
かれこれ六時間以上はここで彼らを観察していた。張り込みも楽じゃないや。
「よっ」
と、あたしは今まで座っていた場所を飛び降りた。
高さ十メートル以上はある、電柱のてっぺんから。
硬いアスファルトの上に難なく着地すると、そのやや古めのアパートを一瞥し、背を向ける。
「……帰ろ」
今日は満月。影がくっきりと見て取れるくらい明るい。
誰もいないあぜ道をあたしはトボトボと歩き始めた。
耳をすませば鈴虫の音。目を凝らせば蛍の光。
こういうのを風流がある、とでも言うのだろうか。
もっとも、あたしにはそんなものに動かされる心など無いからわからないけれど。
さて、そろそろ来るかな。
ポケットの中のスマホにイヤホンを装着し、片側だけ耳に挿す。襟元にクリップで留めたマイクの状態も問題ない。
いつでも準備OK、と思ったところで。
着信音が鳴った。
まるで、こうして電話を取る態勢を整えているのをどこかで監視していたかのようなブッチギリのタイミングだった。
あたしは小さく舌打ちした。監視をしているあたしも、所詮は監視されている側にすぎないという事実に、少なからず不快感を感じていたからだ。
ポケットに手を突っ込み、画面を見ずに指だけを動かして……通話をONにする。
「もしもし?」
「やぁナギちゃん」
ヘラヘラした声。
だがいつもの調子とは明らかに違う。重く、苦しい、苛立ちとやるせなさを混ぜ合わせたような口調。
やはり、事態はそう甘くないようだ。
「報告は? 最近定時を守らないことが増えたね。怠惰が過ぎるんじゃないのかい?」
「今しようとしてたところです」
「……そうかい。で、どうなの? あの娘は」
「特に大きな問題は何も。楽しくワイワイやって寝たようですよ」
「僕が知りたいのはそんなことじゃないんだよ」
少しだけスピーカーの向こうの声のトーンが低くなった。
せかすような、威圧するような、そんな声色。陽気でチャラそうな面の皮が剥がれ始めているのが、見なくても分かる。
ふん、とあたしは呆れ気味に鼻で笑うと、彼が知りたがっている内容の報告に入る。
「記憶についてはやはり混濁している様子。何を覚えていて、何を忘れているのかは……依然不明のままです」
「……」
「今日のところは問題ないかも知れませんが、何がきっかけで瓦解するかもわからない。危険なことには変わりないかと」
「くどいね、それももう何度も聞いた。僕が知りたいのは、正常にこの計画が今後進められそうかどうかってことなんだよ」
……だったらなおさら重要な懸念材料だろうが。
あたしは向こうに聞こえない程度の音量で歯軋りをたてた。つくづくこの人の考えというか、行動原理は理解できない。
「……僅かではありますが、『穢れ』の消滅を確認してます。順調に進めば、目的は見積もりどおりに達成される見込みかと」
「……わかった。それならいいんだ」
ふぅ、と彼は小さく息を吐いた。それは気苦労ゆえの溜息なのか、安堵からくるものなのか。あたしにはわからない。
「ひとまずは、第一段階突破と言ったところか」
「はい」
「いよいよ……ここからだね」
「……はい」
この計画が、ようやく始動する。
クローラ・クエリ。
そう呼ばれている人物の登場によって。
あたしたち、死者処理事務局にとって今回のケースはイレギュラー中のイレギュラー。
前例のない、しかし失敗は許されない、最重要案件。
これを無事完了まで持っていくのが、あたしの役目。そして、今話している彼の「使命」。
クローラ・クエリはその中心的人物。彼女の存在及び行動が計画の全てを左右する。
そういう意味で少なからず気が抜けない状況であることは確かだが、それ以上に彼は気が気でない。
ま、当然か。今回彼女が転生者としてこの世界に再誕することになった経緯を考えれば十分納得できる。
「そういうわけだからら、一番目のこと……頼むよ」
「……」
「何?」
その単語を聞いたあたしが返事せずに無言を貫いていると、彼は棘のある口調で訊いてきた。
いえ、と前置きしてからあたしはおどけるようにこう言った。
「名前の方では……呼ばないんですね」
「名前……? ははっ」
何を言ってるんだか、という心の声が透けて見えるような乾いた笑い声がした。
だが少し続いた後、それはオーディオを切るようにブツッと切れた。
「あんなふざけた名前で呼びたくもないね」
その直後に聞こえたのが、そんな冷徹な言葉。
あたしは思わず足を止めた。
「彼女は既に僕らの知っている彼女じゃあない。キミもわかってるだろう?」
「……」
ピリついてるな。
一体彼が今何を考え、何を思っているのか。てんで見当がつかない。このあたしでさえも、だ。
たった一つ言えるのは、彼は「現実が見えていない」ということ。
目の前にあるそれから、目をそらし続けている。
名前で呼ばず、その番号で呼ぶ。
「奴隷」として、ボロ雑巾のように擦り切れ、朽ち果て、やつれてしまった彼女を。
だがその姿こそ間違いなく本物であり、現実そのものであるということは痛いほど彼もわかっているはずだ。しかし……。
「それはそうかもしれませんけど、でも彼女は紛れもなくあなたの――」
「僕のことなんざどうでもいいんだよ」
ほらこれだ。
認めたくない。直視したくない。そんな想いをふざけた態度を装って吐き出す。
だからこそ、彼はこの計画のほぼ全てをあたしに任せきりにしているのだろう。
自分はお膳立てだけしておいて、後は高みの見物。いや、見物にすらなってないか。
「とにかく……泣いても笑ってもチャンスは一度きりなんだ。真剣にやってくれ」
「……」
「まったく、まだ言いたいことがあるの? 天使なのにこれまた随分生意気になったもんだね」
二秒黙っただけで、うんざりしたような愚痴が飛んでくる。
生意気だって? あたしをこんなふうにしたのはどこのどいつだ?
「で、何なの?」
「リファレンス……いえ、二番目のことです」
「……」
その話を切り出すと同時、今度は彼のほうが黙った。
「一番目が計画の最重要人物であり、全てにおいて優先すべき存在であることは重々承知しています。ですが……」
「……」
あたしは小さく深呼吸し、目を閉じて静かに言った。
「二番目の扱いについては、あまり納得がいきません」
二番目。
リファレンス・ルマナ・ビューアと呼ばれている方。
いわばこの計画が始動するトリガー……いや、全ての始まりとなった人物。
今回転生者が二名同時に共同生活を送ることになったのも、彼女の存在がこの計画の遂行に必要不可欠であるからだ。
あたしは二番目をこの世界に送り込む時に既に、彼女が今後どういう運命を辿るかを知っていた。
それ故に、ずっともやもやしていた。「これでいいのだろうか」と。
そんな素朴な疑問を自分が抱くなんて思っても見なかった。これも、あたしが「こんなふう」になったせいか?
「君に納得してもらう必要なんかないよ。計画内容に変更はない」
「あたしはよくても、あなたは納得するんですか」
「何?」
「一番目のために、二番目を利用する……。それ、死者処理事務局の人間としてどうなんですかってことです」
「……」
「二番目だって……転生者なんですよ」
あたしは言い切ると、ポケットの中のスマホを強く握りしめた。
さすがにちょっと踏み込みすぎたか? と懸念したが、返ってきたのは「やれやれ」という呆れ果てたような声だった。
「だから、僕のやり方が気に食わないって?」
「あたしのことはいいって言いましたよね?」
「どっちでもいいよ」
……え?
「だって、事務局の方針的にも何も間違ったことはしてないんだもの」
思わずスマホを落とすかと思った。
だがそんなあたしの動揺を嘲るかのように彼は飄々と続けた。
「『彼女』を現実世界で普通に暮らせるような人間にする。それが僕ら事務局の目的なんだから」
「……」
「それが『彼女』の幸せであり、彼女自身が望むことなんだよ」
つまり、何も気負いする要素などありはしない、と。
……はぁ。
聞いたあたしがバカだったか。
そうだ、最初からそういう目論見だったっけね。今更異を唱えるだけ野暮だったってわけだ。
「……わかりました」
すべてを悟り、諦めたあたしは捨て鉢気味に返事をした。
ふん、と通話口から見下したような、せせら笑う声が鼓膜を震わせてくる。
「わかってくれた? ま、人間ぽく振る舞うのも結構だけど……次からはこういう面倒なツッコみは控えてほしいもんだね。君、自分の立場分かってんの? 『天使』という役目の意味、理解できてるわけ?」
「……はい」
力無くそう言うと、彼は「あっそ」とどうでもよさそうに返事をした。
「なら、報告はこれまでかな。じゃ、明日からもよろしく」
「了解です」
プツッ。
と、一方的に通話が切れた。
普通音だけが虚しく響くイヤホンを外して、あたしは歩行を再開する。
暗い道を、闇夜に向かって歩き続ける。
「……普通に暮らせるような、か」
さっきの彼の言葉がポツリと口からこぼれた。
普通って一体なんだろう。
一人暮らしができればいいの? 仕事に就ければいいの? それとも所帯を持って養えるようになればいいの?
あたしにはわからない。何一つとして。それはあたしが普通ではないからだろうか。
あたしは再度足を止めて、背後を振り返る。
視線の先には、閑散とした風景に囲まれた、センパイのアパートがあった。
明かりの消えた窓の先で、きっと明日もまた楽しく暮らすんだろう。
笑い合って、はしゃぎ合って……そしていつかは……。
そんなことを思ったところで、あたしは頭を振った。
幸せ……。自身が望むこと。
本当にそう思っているのなら……辿り着く先で「彼女」は納得するのかな。
もし本人がその幸せとやらを求めているのだとすれば……。そしてそれを叶えるのが事務局の役目なら……
あたしはそこで目を伏せ、そっと呟いた。
「ずっとこのままでいさせてあげればいいのに」
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