異世界の女騎士と女奴隷が俺の家に住むことになったがポンコツだった件

コペルニクス

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レベル4.女騎士と女奴隷と日常①

7.女奴隷とトイレ

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「何で正座させられてるかわかるかクローラ」
「……はい」

 床に正座して縮こまっている女奴隷は、弱々しく返事をした。
 そんな彼女の前に仁王立ちしていた俺は、ため息を吐いて続ける。

「まぁな、異世界のトイレが水洗じゃないってのは前に聞いたさ。だからお前がこの家に来た頃にはその辺は説明した。覚えてるよな」
「……はい」
「でも、水洗かそうじゃないかの違いだけじゃなかったんだな。ワイヤードとこの世界は。まさか紙でケツを拭く文化すらもなかったとは……俺も考えが及ばなかったわ」
「……」
「最初は、お前がトイレ行った後にいっつも風呂場に直行すっから、一体どうしたんだろうなー、と思ったらこれよ。いや別にいいんだけどさ。この辺については気づけなかった俺にも非はある」
「……」
「リファは水の元素封入器エレメントで洗浄してたっていうけど、お前は奴隷だから使用には制約がかかってんだよな。確か自分を含むあらゆる人間を対象にはできない、だっけ?」
「……はい」
「でも、これで二人共『トイレットペーパー』っていう文明の利器を知るいいきっかけになったわけだ。結果オーライってやつだな」
「……」
「で、紙が水に溶けて簡単にトイレに流せるって知った時は、お前『すごーい』って驚いてたよな。確かにあの洗浄力はよくよく考えてみれば強力だ。どんなもんでも一瞬にして流せる。異世界人が興味をもつのもわかる」
「……」
「でもな、どんなもんでも流せるとは言ってもな、何もそれは『どれだけ入れても大丈夫』って意味じゃないんだよ。わかるね?」
「……おっしゃるとおりでございます」
「とはいえ、これもきちんと説明してなかったから、限度が具体的にどれくらいかわからないのはしょうがない」
「……」
「だけどさ、いくらその境界線がわからなくてもだよ。一目見て『こりゃないだろ』って状態の区別くらい誰だってつくと思う。言ってる意味わかる?」
「……はい」
「オーケー。じゃあクローラ、改めて自分がやったことを言ってみてくれ」

 クローラはちらっと、横目でトイレを見た。
 そして下唇を噛み締めながら、小さい声で白状する。

「か、考えなしに……紙をトイレに放り込んでしまいました」

 それを聞いた俺はふぅー、と長めに息を吐く。

「まぁ、これも気持ちはわかる。異世界人だもん、色々試したいって思ったんだよな。どれぐらいの量で流せるかって気になっちゃったんだよな。実際俺も経験あるよ。用もなく拳二つ分くらいにまで丸めたやつが、瞬時に流れた時はめっちゃはしゃいだ記憶がある」
「……」
「でも、でもさ……いくらなんでも……」

 俺はそこで言葉を区切って、変わり果てた我が家のトイレを指差した。

「蓋が閉まらなくなるほどぶち込んだら、そりゃ詰まるって」

 便器にこんもりと出来上がったトイレットペーパーの山。
 標高およそ50センチ。便器の中まで計上すれば6,70センチは軽くいく。
 ただ単に積み上げてるだけだったらまだいい。
 解体してから、紙を全て取り出せば済む話。
 だが……。
 ご丁寧にも、クローラはそれらを足で押し込み、極限まで圧縮した状態で水洗レバーを引いた。

 結果。
 山ができただけでなく、流すための水がそのまま外に溢れ出ている状態なのである。

 おかげでトイレは使用不可、おまけに部屋中水浸しというダブルコンボ。
 もはやあのトイレ詰まり用のギューッポンってするやつ(名前忘れた)を使うどころの話じゃなくなってる。
 バイトで頑張ってきて、さぁ帰って休もうとしていた矢先にこれである。
 なんで面倒な仕事を終えた後にこんな面倒な仕事ぶっこんでくるかなぁ。

「申し訳ございませんご主人様っ! このクローラ、死んでお詫びいたしますっ!」

 額を床に擦り付けてクローラは土下座した。

「別にいいよ。死んだってトイレが蘇るわけじゃなし」
「ですが……ここまでご主人様にご迷惑をおかけして……何か罰を受けなければ私めの気が収まりません!」
「だからいいって。今は原状復帰が最優先だ」
「し、しかし――」

 目をうるうるさせながら、彼女は俺のズボンの裾を軽くつまんだ。
 悪いことすりゃ罰を受ける。
 当然っちゃ当然だけど、それをやって被害者の気が済むかどうかは別問題。
 ってことを言っても無駄か。
 こいつの前の主人は少なくとも「それ」で許すような人間だったんだろうから。
 小さく舌打ちすると、俺は彼女の顔に手を近づけた。

「……?」

 キョトンとしたクローラに向けて、素早く鼻っ面にデコピンを御見舞した。

「あいたっ」
「ほらよ。罰はこれでおしまい。さっさと片付け手伝いな」

 面倒くさそうに切り捨て、後片付けに取り掛かるべく俺は洗面所のリネン庫からゴミ袋を持ってこようとした。
 しかし。

「あの……ご主人様……」
「今度は何だよ」

 いい加減ウザかったので、ちょっと語気を荒めにして返した。
 でも彼女はもじもじとしていて、なかなか次の言葉を発しようとしない。
 両手を股の間に挟み、何かに焦っているような感じである。どうしたのだろう。

「その、私……少しばかり、もよおしてしまいまして」
「……え?」
「ですからその……先程からずっとトイレが使えなくなっていたので……その間お花がつめなくて……」
「ん? んん!?」

 ちょっと待って!
 普通トイレって用をたした後に紙使うよね?
 さっきもう済ませたからトイレットペーパーを使ったんだよね? その上でこんなペーパーマウンテン作っちゃったんだよね?
 ご飯食べた直後に「メシはまだかのぉ」とか言うじいちゃんくらい意☆味☆不☆明だぞ。
 だったら何のためにあんな真似を……。

「そ、それが……」

 顔を赤らめ、目をぎゅっと閉じ、クローラは釈明した。

「ただ単純に退屈だったので遊んでただけで……」

 ……ざっけんなクソ

 何でよりにもよって、こんなもの遊び道具に指名してやがんだよ!
 ガキならまだしも、オメーいくつだ!?

「も、申し訳ありませんご主人様……わたし……も、もう……」
「わーーーー!!」

 堤防決壊寸前。このまま放置すればさらなる大洪水になること間違い無し!
 俺は彼女を急いで抱え上げ、玄関まで急いで走る。

「ちょ? マスター、一体どこへ!?」

 そこでドタバタ音に気づいたリファがすかさず追ってくる。

「ちょっと公園まで! すぐ戻るから留守番頼む!」
「ふぇ!? や、やだやだ! 留守番は嫌なのだ!」
「文句言うな! 緊急事態なんだよ!」
「だったら私も行くから、待って!」

 悲痛な声でそう言い、俺の服をものすごい力でリファは引っ張ってくる。
 あぁもうこんな時に余計な弊害が……!

「わかったから、40秒で支度しろ!」
「りょ、了解した! それだけあれば、この部屋に残ってるポケモンを全部捕まえ――」
「はい出発ぅーー!!」
「ぎゃーーー! マスタぁー! 置いてくなぁ!!」


 ○


 それから二分後。
 近所の公園に全力ダッシュでたどり着いた俺ら一行。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉうりゃぁぁ!!!」

 そこにある大型の公衆トイレの一部屋――多目的トイレにクローラを投げ込んだ。
 荒々しく扉を閉め、任務完了。

「はぁ、はぁ……間に合った」
「ぜぇ、ぜぇ……なんでこんな目に……」

 俺と女騎士は肩で息をしながら、壁にもたれかかった。

「ご、ご主人様?」

 トイレ内部からクローラのオドオドした声が聞こえてきた。

「ちゃんとここにいるよ。いいから早いとこ済ませちゃいな」
「あ、ありがとうございます。本当に……なんとお詫びをしたらよいか……」
「帰ったら大掃除するから、それでもって代えさせてくれ」
「か、かしこまりました……」

 しかし困ったな。片付けが済んでも、トイレ詰まりはそうたやすくは解決しない。
 スマホで修理会社に電話してみたら、三日はかかるとのこと。
 今回だけならまだしも、三日も使えないとなると俺らも他人事じゃない。
 家からここまでそう時間がかからないのが不幸中の幸いか……。

「おぉ~。うじゃうじゃいるぞ」 

 リファは早くも公園内で、スマホ片手にポケモン探しの旅を始めていた。呑気なもんだぜまったく。

「ご主人様……まだそこにいますか?」
「いるいる。心配すんなって、どこにも行きゃしねぇよ」

 とは言え、こんな二十歳近い女のトイレに付き添ってる俺も過保護だな。

「それにしても……この場所は一体なんなのですか? トイレだけがある家……というわけではなさそうですが」
「公衆トイレだよ。誰でも自由にタダで使える施設だ」
「こうしゅう、といれ……この世界にはそんなものもあるのですね」
「ワイヤードにはそういうの無いのか? それぐらいの公衆施設くらいありそうなもんだけど」
「確かに、帝国が作った図書館や公衆浴場、病院などは多々ありましたが……このようなものはありませんでしたね」
「そうなんだ。公衆トイレとか今挙げた例に比べりゃ、一番作るのにコストかからなそうなのに」

 俺が彼女に尋ねると、トイレの中のクローラは少し恥ずかしそうに声を小さくして答えた。

「たしかにそうかもしれませんが……その、排泄物の有用性に関係しているのではないかと」
「ゆうようせい?」

 うんこや小便を何に使うっていうんだよ、と一瞬疑問に思ったが、すぐに答えは出た。
 ああ、肥料か。
 ワイヤードは、現実世界での産業革命時代程度の文化を持っていた。
 つまり、工業系が盛んだったのかもしれないけど、郊外はまだまだ農業メインの生活。
 化学肥料とかも無いとなると、そういう人達に需要はかなりあったに違いない。
 つまり、それはれっきとした売り物になるってわけだ。 
 なんかどっかの漫画で見たなぁ。汲み取り式が当たり前だった時代に、他人の家の溜めといた排泄物を盗んで金儲けするって話。

「でもこの世界では、全て水に流してしまうようですが……流れた物はどこに行くのでしょう?」
「全部下水に流れて川か海に流れ着くよ」
「え? それはつまり、捨ててしまうということですか? 勿体なくはないでしょうか」

 うん大量のトイレットペーパーを無駄にした君にだけは言う資格ないからねその台詞。

「確かにワイヤード人にしてみりゃ、資源の無駄かもしれない。でもお前らの方式のトイレも良し悪しだぞ」
「と、言いますと?」
「例えば排泄物をそのまんま溜めておくわけだから、当然臭気の問題もあるだろ。それにわかりきってることだけど、そういうのって色々寄生虫とか細菌とかが混じってるから、肥料に使ったりすると、病気のもとになったりもする。この国じゃそういうのを危惧してもう何十年も前に廃止されてる」
「そ、それでは農作物等が効率よく育たなくなるのでは?」
「だからそれに変わるものが色々発明されてんだよ。化学肥料っていうね。これなら比較的安全だし、普通に店で簡単に手に入る」
「なるほど……肥料ですらも人の技術で作り出してしまえる時代なのですね」
「でも人糞利用も悪くはないアイデアなんだよな。少なくともエコの観点で見てみれば」
「えこ……とはなんなのです?」

 はて、異世界とはおそらく縁もゆかりもない言葉をどう説明したものか。
 おっと、身近な例があったなそういや。

「クローラ、さっきお前が全部パァにしたトイレットペーパー。あれ何で出来てるか知ってるか?」
「紙ですか? それはもちろん、木……ですよね?」 
「ああ、俺達は普段から紙をめちゃくちゃ使ってる。それ故に、使わなきゃならない木の数も多い」
「……それが?」
「だから使っていけばいくほど、この世界の木はどんどん減っていくわけだ。それはあまりいいことじゃない」
「でも、木は周りにたくさんありますよ? 別に私達が紙に使うことで、他に使う分の木がなくなるわけでもないでしょう?」
「それがそうでもないんだな」

 俺は苦笑しながら返した。

「今この時代は、無視できないレベルで自然が危ないんだ。人類があまりに考えなしに資源を使いまくった結果……土も、水も、空気も汚れ、その汚れを浄化する木も伐採でどんどん切り倒されたり。さっきも言った排泄物を下水に流すのだって、実質的には川や海を汚してるわけだし」
「……そうなんですか」
「で、ようやく危機感を持った人類は、それを直すべく環境対策に乗り出すことにした。それがエコってやつだな」
「具体的にはどのようなことを?」
「まぁ国レベルでやってることもあれば、個人でできることまでいろいろあるけど……要はモノを無駄にしないってことさ」
「無駄にしない……『せつやく』ということですか。リファさんも言ってましたけど」
「そんなとこかな。あとは再利用とかな。そのままだとゴミにしかならないものを、新たなものに作り変えてもう一度使えるようにしたり……」
「作り変える……ふぅん。まるでコンバータみたいですね」

 ん?
 聞き覚えのある単語に俺は眉をひそめた。

「今コンバータって言った?」
「ご存知なのですか? あ、リファさんから聞いたんですね」

 コンバータ。
 かつてワイヤードに存在したキカイ。
 簡単に言えば異世界の自動販売機。エレメントを対価に、自動で物資を生成してくれるスグレモノ。

「単なる販売目的ではなく、郊外ではそういった再利用目的でも使用されていたんです。壊れた家具や衣類を簡単に新品にできるものですから」
「へぇ~そりゃすごいな。かなりエコじゃん」
「ええ。ですがそれもすぐに使用が禁じられてしまいましたけれど」
「そーいやそうだったな」

 コンバータは便利だが、デメリットもあった。
 ものを作る手間を肩代わりするそれは加工業者達の仕事を奪うものであり、そういう組合からは反発が起きた。
 コンバータの推進派と反対派の間で大きな唐突が起こり、戦争にまで発展した。
 結局、反対派が押し勝って廃れてしまったらしいが。

「でも驚いたよ。リファならともかく、クローラもその辺の事情に結構詳しいんだね。あれって確か帝都じゃほんの少しの間しか出回らなかったんだろ?」

 俺が何気なくそう言うと、中からクスクスと笑い声が漏れてきた。

「詳しくないわけがないですよ……だってあれは私が作――」
「ん?」
「い、いえ! なんでもありませんっ!」

 私が……なんだって?

「その……そう! 私の家の近くにあったものですから! 前のご主人様がよく利用していたのです!」
「あー、そういうことね」
「そ、それよりも! コンバータがなくとも、いろいろなものを再利用しているとは驚きです。どのようにやっているのか私、気になります!」
「お、おう。まぁそれはおいおいな」

 話が逸れてきたので、一旦元に戻そう。

「そんなわけで。何が言いたいかっていうとだな。紙だけにかかわらず、何を使うにも、自然を汚したり資源を消費したりしなきならないわけよ。それは当然のことだけど、そのリソースは無限じゃない。いつかは必ず尽きる時が来る」
「そのために……えこ、をしなくてはならないということですか」

 そう小さく呟くと、クローラは黙った。

「この世界の人達は、本当に視野が広いのですね。自分達のことだけならず、この世界全体のことまで考えてやりくりしているんだなんて……」
「最初からそうだったわけじゃないさ。第一、今だって環境が改善傾向に向かっているといえばそうでもないんだぜ?」
「しかし、気にかけるだけでも随分違うと思います。大規模な活動も、個々の意識が変わらなければ意味をなしませんから」
「でも、コンバータで色々再利用してたんだろ。少なくとも物をムダにしないようにって意識はお前らにもあったんじゃなかったのか?」
「あれは単に、新しいものを買う対価エレメントがない人たちが利用していたに過ぎません。別に木がどうとか、節約とかそんなことを考えていたわけではありませんよ」
「そ、そっか」
「先程のトイレの紙の件に絡めてこの話をしてくださったのもそのためですよね、ご主人様?」
「まぁな……」
「繰り返しますけど、申し訳ありませんでした。私は、この世界のことを勉強したいと思うばかりに、とんでもないことをしていなのですね」

 うん本当にとんでもないことだしさっきご自分で「退屈だから遊んでた」って言ってたのお忘れ?
 君にとっては遊びも勉強にカテゴライズされんの? 小学生じゃあるまいしふざけんなよマジ。

「今後は、そういったことも考えて生活していくように心がけます。私達が暮らす世界ですもの。自分のことだけ、ではいけませんよね」
「そういうことだな。……で、お花摘みはまぁだ時間かかりそうか?」 
「は、はい、おまたせして申し訳ないです! すぐに!」

 そう返事が聞こえてきたので、ようやく帰れると思った俺は一つ大きな欠伸をした。
 しかし。
 待てども待てども彼女が出てくる気配はない。
 何やってんだよ一体。まさかまたペーパーマウンテン作成おっぱじめてんじゃねぇだろうな?
 俺はゴクリとつばを飲み込んで、その多目的トイレの扉を睨みつけた。
 そういや、さっきロックかけてなかったっけ。ってことはこれ普通に外から開けられるんだよな?
 ……いやいや待て待て、いくらなんでもそれはよくないだろ。何考えてんだ俺は。普通に外から呼べばいい話じゃないか。

「おいクローラ? いつまで入ってんだよ。早く出てこいや!」

 ドアを拳で軽く叩くが、返事なし。
 ええい、世話のやけるったらありゃしない。
 俺は息を吸い込んで、もう一度怒鳴り声をあげようとしたその時。

「ふにゃあああああああああああ!!」

 間の抜けた叫び声がトイレの中から。

「クローラ?」

 気が気でなくなった俺はなりふり構わず、その引き戸を開けた。 

「クローラっ! どうした!?」

 俺が中に入って彼女の様子を見ると、そこには……。

「ご、ご主人様ぁ~~!! た、たすけ……て、ひぅ!」

 便座に座って、身体をがくがく震わせている女奴隷の姿が。
 何だ、何が起きている?  
 俺は慌てて彼女に駆け寄り、落ち着かせようとした。

「しっかりしろ! 大丈夫か、何があったんだ!?」
「ご、ごひゅひんひゃま……わ、わたしの……、お、おしりに……きゃうん!」

 尻? ケツが一体どうしたっていうんだ!?
 俺はわけがわからなくなって焦るばかり。
 くそ、クローラを苦しめている元凶はなんだ? 早くどうにかしないと……。
 と、その時。俺の目の端にあるものが映った。

「これは……」

 便器の横に設置された4つのスイッチ。

 止 おしり やわらか ビデ

 ウォシュレットだった。
 ……そういうことかよ。
 俺は冷静に、人差し指で「止」のスイッチを押下。

「はわっ!? ふ、ふわぁ……」  

 そこでようやく痙攣を停止したクローラは、ろれつの回らない声をあげて俺にもたれかかってきた。

「はぁ……はぁ……ご、しゅ……ひん……さま」
「平気か?」
「は、はい……あの、わたし……」
「『これ』が気になったんだな。まぁ最初はびっくりするだろうよ」

 よくよく見てみると、「水勢」が最強に設定されている。
 いるんだよね、悪戯でこういうことする奴。冗談抜きで痛いから本当やめてほしい。

「あの、これは一体……」

 荒い息を吐きながら、女奴隷はその謎のスイッチ群を見つめる。

「ウォシュレットだ。うちのトイレにはなかったけど、こういうのがついてるのもあるんだよ。これを使えば、用を足した後にそんなに紙を使う必要もないだろ」
「こんなものもあるのですね……。これも、『えこ』のうちの一つなのでしょうか」
「エコと言えばエコだな。その分水と電気を使うけど……」
「そうなのですか……それにしても、いきなりびっくりしました……興味本位で押してみたらいきなり……」
「だろうな。もう大丈夫そうか? じゃあまた外にいるから、早いとこ拭いて手洗ってきな」
「は、はい……あぅ」

 クローラはそう言って立ち上がろうとしたのだが1秒と待たずによろめき、また転けそうになった。

「あぶねっ!」

 俺は再び彼女の体を支える。相当ショックがデカかったみたいだ。

「す、すみません………少々腰が抜けてしまったみたいです」
「……そうかい」
「それで、その……ご主人様?」
「あ?」
「えっと、差し出がましいお願いではあるのですが……」

 クローラは俺を上目遣いで見上げながら、とんでもないことを口走った。

「く、クローラのお尻を……拭いていただけませんか?」

 えぇ……。

 差し出がましいとかそういう次元じゃねぇわ。完全にアウトだわ。
 尻拭い(物理)って誰がうまいこと言えっつった!?
 などとセルフツッコミをかましてる場合じゃない。 

「どうやら腰だけじゃなく、全身にも力が入らなくて……このままじゃ……」

 じゃあ立ち直るまで待てや! 
 と言いたいところだが、こんな潤んだ瞳を向けられたら否が応でも従っちゃうのが男の悲しいさが

「しょ、しょうがねぇな……」

 俺は冷静さを保ったフリをしつつ、トイレットペーパーを片手で巻き取る。
 そしもう片方の腕で彼女の体を支えながら、剥き出しになったままの下半身に――
 もとい、脚と脚の間に――
 もとい、股に――
 もとい、オマーン湖に――!!

「ひゃん!」
「わっ、ごめん! 痛かった?」
「いえ、いたくはないのですが……もう少し、優しく……」
「お、おう……」

 気を取り直してもう一度。
 紙をもう一度、あてがう。
 そして……動かす。

「あっ……ん!」
「やべ、またなんかやっちゃった?」
「だ、大丈夫です。ただ……小刻みに擦られると……その、変な感じというか……」
「ぅ……すまん」

 落ち着け。いつも自分がやってることだろ?
 ケツ拭きキャリアはこいつより何十年も上だ。焦ることはねぇ。
 集中しろ。彼女の身体の神聖な場所に飛び散った水を拭うだけ。そうすればミッションコンプリートだ。
 紙を持った手に全神経を注ぐ。
 ゆっくりと、やさしく、擦らずに――。
 今こそこの紙と、心を一つに!
 さぁいくぜ!


「んっ、ふっ、……~っ!」

 クローラは軽く俺の腕を甘噛みながら、必死に堪えている。

「はぁ、はぁ……どうだ?」
「はい……クローラは、大丈夫です」 

 震え声でそういったのを聞き届けた俺は、再度行為を続ける。
 そして時が経つこと10秒間。短いと思うだろうが、俺達にとってはそれだけで一日が過ぎてしまいそうなほど長い時間に感じられた。

「――っしょっと。これでいいか?」
「あの、ご主人様?」
「な、なんだよ」

 女奴隷は、限界まで紅潮させた顔ととろんとした瞳を俺に向け、掠れるような声で言ってきた。

「で、できれば……『前の方』だけでなく、『後ろの方』も……お願いします」
「なぬ!?」

 後ろの方だと!
 くそ、そういうことか。
 さすが女の身体。そう簡単にはクリアさせてくれそうにないみたいだぜ。

「わかった、俺に任せろ」
「あ、ありがとうござ――ひぎぃ!」
「おっと、ごめん! そんな強くしたつもりは……」
「いえ、いいんです……ただそこは……さっき、うぉしゅれっととやらが当たってたところで……すごく、敏感に……」

 くっ、しまった。
 おそらく彼女が押したのは「おしり」のボタン。
 女性は本来であれば「ビデ」のボタンを押して、射出位置を調整しなければならなかったのだ。
 水が当たっていたのは、前ではなくこちらの方だったということか!
 後ろの方も拭いてほしいと言ったのはそのため……くそ、俺としたことが迂闊だった!
 誰もが不意をつかれるこの巧妙なトラップ。あなどれないぜ、ウォシュレット!
 この一見便利そうで不親切なシステム……間違いなく強敵だ。
 だが俺は負けねぇ。 
 この任務……絶対に成功させてやる!

「行くぞ、クローラ!」
「はい。来て……来てくださいっ! ご主人様ぁっ!」

 そして。
 戦いが終わった。


 ○


「ふぅ。これで……全部だな」
「ありがとう、ございます……」

 お互いに乱れた呼吸を整えた頃には、クローラはなんとか自力で立てるくらいには回復していた。

「助かりました……ご主人様が助けにきてくれなければ、クローラは今頃どうなってたか……」

 ホントどうなってたんだろうね。ちょっと気になる。 
 というような妄想はさておき。

「でも、お前的にはこれもいい勉強になったろ」
「はい、『けっかおーらい』ですね!」
「あはは、こいつぅ」

 俺が笑いながら彼女の頭を軽く小突くと、クローラも笑顔で軽く舌を出した。 
 やれやれ、まさかトイレ詰まりからこんな珍事件にまで発展するとはね。ある意味貴重な体験かもしれないな。

「さ、今度こそ行こう。リファも待ちくたびれてるだろうし」
「そうですね。早くおうちにもどってお掃除もしないとですし」
「ああ。今日は忙しくなるぞ」

 そう言って、俺は彼女に先立ってトイレを出た。
 瞬間。


 あ! やせいの けいかん が あらわれた!


 手錠を手でくるくる回しながら、冷ややかな目でこちらを見つめてきている。
 俺らに一体何の用があるか、なんてのは愚問中の愚問。
 扉半開きのトイレの中で裸エプロンの女の子のお尻に手をやってる一般男性。
 もう、あれですよね。なんていうか……ね? 
 言い訳とか……無理だよね!

 というのはもちろん俺一人だったら、という話だけど。
 忘れたか、俺には心強い同居人が二人もいるんだぜ。
 しかも両方女。片方は当事者、もう片方はその場にいた第三者。
 これなら、あらぬ誤解もたちどころに解けるってもんよ。
「その人は私の同居人で、家のトイレが壊れたので一緒に来ていただけです」
 で終わり! 閉廷!

 と、思っていたのに。

 にゅっ、とその警官の背後から顔を出した者が約一名。
 手にはスマホ。警官と同じくジト目で俺を凝視している。
 おそらくこいつが通報したんだろう。まったく面倒事に巻き込みやがって。
 おしゃれな髪飾りの付いた姫カットの髪は、きらびやかな金色。
 瞳の色はサファイアのような透き通る青。
 まごうことなき外人さん。留学生か何かだろう。
 それならこんな田舎に珍しい、と思うだけだろうが、それ以上に異様な点が一つ。
 履いていたスカートに巻かれているベルトに下げた、おもちゃの剣。
 安っぽいプラスチック製で、100均かどこかで買ったものだろう。
 奇妙なファッションもあるものである。こんな奇天烈な格好した奴に通報されちゃったのか俺。
 いやー、どこで誰が見てるかわからないもんですねー。怖いねー。
 ……うん、もうめんどくさいからこの辺でツッコミ入れさせて。

「何やってんだリファぁ……」

 わなわな声で俺はそのヘンテコ外人もどきの女騎士の名を呼んだ。
 身内という強力な証言人が、通報者という凶悪な敵に化けやがった。

「ポケモンを探していたら珍しいやつを見つけたのでな」

 レアもんだな。
 リファは侮蔑するように鼻を鳴らすと、バッと開いた手を手を俺に突き出して叫んだ。

「いけ、ポリスモン! 『さしおさえ』!」
「変態、逮捕ゲットだぜ!!」

 めのまえが まっくらに なった
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