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レベル4.女騎士と女奴隷と日常①
29.女騎士と女奴隷と運転免許(学科編)
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「えー、では免許合宿にお越しの皆さん。改めまして、この教習所にようこそ」
そのやや壮年のおっさんはそう言って軽くお辞儀をする。
おそらくここの責任者かなんかだろう。俺達も慌てて軽く頭を下げた。
八王子から少し離れた場所にある神奈川県相模原市。
ここはその有名スポットでもある、相模湖の近くに位置する自動車学校だ。
大きめだが古そうなプレハブの建物が一棟、それに小中学校のグラウンドくらいの広さの模擬道路で構成されている。
正直に言って、かなり寂れていて閑散としている場所だ。
八王子から中央線の下り電車に乗り、五駅ほど揺られて降りた駅から送迎バスで数分ほど。
この近辺にはほとんどなにもない。コンビニもスーパーも来る途中では確認できなかった。ぶっちゃけうちの近所と同レベル……いや、それ以上に田舎という感じ。
木村の斡旋だからどーせロクでもないとこなんだろうなと思ってたけど、予想通りだ。
今日は合宿初日ということで、こうして校舎の前で教員の方々と入学式じみたことをやってる最中である。挨拶はそこそこに、俺達は全体の行程や設備等の説明を受けた。
「えー、ではこれから皆さんは各種適性検査の後、早速教習に移っていただきます。基本的にスケジュールはこちらの方で決めさせていただいてますので、それに従ってもらう感じで」
「……」
「教習は毎日9:30から15:30頃までを予定しています。なので毎朝余裕を持って登校していただきますようお願いします」
「……」
「こんなところですかね。では最後に何か質問等ある方――」
そう言われた途端、元気よく挙手した者が約一名。
金色の髪を姫カットにし、凛とした面構えと気品を備えた(ように見える)二十歳くらいの女性。
「はいじゃあそこの……えー、誰でしたっけ?」
「リファレンスだ」
「ああそうでしたね。で、なんでしょう」
こほん、と女騎士は軽く咳払いし、素朴な疑問を率直に口にした。
「なぜこの場には私達三人しかいないのだろうか?」
【悲報】合宿参加者俺らだけ
送迎バスにも俺達以外誰も乗ってなかったもんで、そこから既に嫌な予感はしていた。
現地に到着後、集合時刻になっても誰も現れなかった。だから他の奴らは遅刻してるのかなー、なんて話し合ってたけど。
ガチで俺ら三人だけとは……。
「なぜと言われましても……あなたの他にはこれだけしか参加希望者がいなかったものですから」
おっさんは首をひねりながら淡々と回答する。当然納得できないリファは食い下がった。
「い、いやそれはそうなんだろうけども! どうしてこの合宿の、参加希望者が三人なんだ!?」
「いやまぁ、こういうのが珍しいわけでもないですし……うーん、強いて言うなら」
「言うなら!?」
あまり真剣に考えていないような声でひとしきり唸った後、おっさんは鼻で笑うようにこう言った。
「クソ田舎だからでしょ」
一番言っちゃいけないことを一番言っちゃいけない立場の奴が言っちゃったの巻。
○
午前中は視力、聴力、色彩判別能力などの運転適性検査。それを一通り終え、昼休みを挟んだらいよいよ教習開始だ。
渡されたスケジュール表を見る限り、一日目と二日目は学科の授業のみ。技能は三日目から集中的にやるそうだ。
「今日と明日は座学だけか……すぐにバイクに乗れるわけではないのだな」
「ちょっと残念ですね」
リファもクローラも、すぐ練習用バイクを触れないことには少し不満げだった。とはいえ、これも立派な免許を取るための授業の一環。決して乗り気でないわけではなかった。
「さぁ、今日から二週間……死ぬ気でやるぞクローラ」
「はい! 絶対に免許取ってやりますです!」
ふんす、と鼻息荒く意気込む異世界転生二人組。
そういえばこいつらって学校に通った経験とかあるのかな。
一応ワイヤードでは身分を問わず、最低限の読み書きができるよう教育を義務付けられている。当然奴隷のクローラでさえ、一通りの学習は受けてきたらしい。
加えて、帝都にはアカデミーと呼ばれる施設があることも彼女達から聞いている。そこにワイヤード国民全員が通ってたのかは定かではないが。
「アカデミー? 通えるのは貴族とか一部の富裕層だけだぞ」
「あ、やっぱり?」
「読み書きだけなら、教科書一冊あればできることだしな」
そりゃまぁそうだ。
となると、こうやって腰を据えて先生の話を聞いたり板書したりってのは初めての経験になるわけだ。
さてさて、彼女らの目にはこの世界の授業風景はどういう風に映るのやら。
教室に入ると、長椅子と長机がズラリと並んでいた。貸し切りにしては結構広いスペースだ。
自由席なのだが、せっかくなので一番前の席に三人並んで座る。
本鈴がなるまでの間、事前に配布された教本をペラペラとめくって時間を潰すことにした。
「薄いな」
「薄いですね」
一通り流し読みした二人の第一声がそれである。
確かに総頁数は200ページくらい。俺が今まで使ってきた学校の教科書と比較しても、薄い部類には入るだろう。
「私達が使ってたのはもっと分厚かったのですが……」
「その分、学ばなければならない量も少ないということなのだろうな」
「大体七か八分の一くらいですね。もしかして……結構免許取得のための勉強って楽なのでしょうか」
「ああ。試験だなんだというから結構緊張してたのだが、少し拍子抜けしたぞ」
などと言いつつ、彼女達はほっと胸を撫でおろした。
教科書が薄いからって、簡単だとは限らないと思うんだがね。舐めてかかると痛い目見るぞ。
「あんま油断はすんなよ。この勉強は単なる読み書きとは違う。乗り物っていう危険なものを運転するためのものなんだから」
「危険? 便利なもの、の間違いではないのですかご主人様」
「そうだぞ。馬同様、早く走れてどんなところにも瞬時に移動できる。それを危険とは……」
そうか、まだそういう認識か。これも異世界人だからこその価値観なのかもしれない。
だが、こればっかりは早めに改めてもらわねばなるまい。なんたって命に関わる事柄なのだから。
「あのなお前ら――」
♪キーンコーン……
言いかけた矢先に本鈴が鳴った。
「はいじゃあ始めていきまーす」
タイミングを見計らってたかのように先生が入ってくる。
ていうかさっきのおっさんだった。どうやら教師役も兼ねているらしい。
リファもクローラも慌てて心を授業モードに入れ替えて、ノートを広げ、筆記用具を構える。
ちょうどいいや、俺が言いたいことはきっと彼が教えてくれるだろう。
「えー皆さん、これから免許を取るということでね、勉強していくわけですけども。車やバイクを運転する上で一番重要なことは何だと思いますか」
教卓につくなり、おっさんはそう問いかけてきた。
二人は肩眉をひそめて、互いに目を合わせる。そして順番にこう答えた。
「馬と心を通わせること?」
「乗る時は部屋を明るくして近づきすぎないようにすること?」
何しにここに来てんだこのポンコツどもは。
おっさんはそれを聞いて軽く一息ついて講義を続ける。
「えーまぁ、それも大事かもしれませんが」
全然大事じゃないです。カテゴリがそもそも違います。
「実はそれより重く考えなければならないことが他にあります」
やんわり不正解と言われたリファとクローラはますますわからないといった表情になる。そんな二人におっさんは静かに告げた。
「それは……『危機意識』です」
「「危機意識」」
ハモって復唱する異世界転生コンビ。
危機意識。つまり危険であることを認識して警戒すること。さっき俺に言われたことと同じだ。
「確かに乗り物はとても便利なものです。しかし、一歩間違えば人を傷つけ、時には命をも奪う凶器にもなり得ます。皆さんにはまずこのことを前提として、教習に取り組んでほしいと思います」
「……凶器、ですか」
「言われてみれば……騎士団でも落馬が原因で怪我する奴がいたな。それと同じか」
「考えてみると、重量のあるものが高速で走ってるんですよね。もしそんなのとぶつかったら……すごく痛そう」
痛いどころじゃないんだよなぁ、と俺は声に出さずに言った。
「歩行者相手はもちろんのこと、車両同士の事故も今や日常茶飯事。近年では年間で約五十万件以上の交通事故が発生しています。これは統計的に考えると、一分間に一件、この国の何処かで事故が起きている計算になります」
「ご、ごじゅうまんっ!?」
「いっぷんに、いっけん!?」
いきなり知らされた現状に、俺も思わず「マジかよ」と驚きの声を漏らした。
こうしてリアルな数字聞くと、どれだけヤバいかわかるな。
「また、事故によって出た死傷者数は年間で七十万人程度。程度の違いはあれど、毎年これだけの犠牲者が出ているのです」
「ななじゅう……」
「まん……」
顔の筋肉が完全に引きつってしまったリファとクローラは、ピクピクとこめかみを痙攣させている。
きっと頭の中でワイヤードの人口と比べでもしてるんだろう。割合で見れば分母は違うだろうけども、事の重大さを理解する分には問題あるまい。
「そ、そんな……凶器どころか兵器レベルではないか教官殿っ!」
「そうです! 危険の塊ですよ! こんなの聞いてないですっ!」
「落ち着いてください二人共」
席を立ち、切羽詰まった表情で訴えてくる生徒をおっさんはなだめた。
「兵器、危険の塊。まさにその通りです。ですが、車もバイクも、運転者がいなければただの鉄の塊。それを危険なものにするのはあくまで私達なのです。だからこそ、ここでしっかり運転や交通ルールについて学んでいかなければならないのですよ」
「……」
「乗り物を便利なものにするか、はたまた人を傷つける凶器にするかは、あなた達次第。それを忘れないようにしておいてください」
「……理解した」
「わかりましたです」
「よろしい」
おとなしくそう言って席に座った彼女達に、おっさんはにっこりと微笑みかけた。
この人に任せて正解だったな。さすがプロフェッショナル。相手が異世界人でも問題なく運転の心構えについて教え込むことに成功した。
「では気を取り直して、教習に入っていきましょう」
○
五十分の講義を午後に二回やって、今日の行程は全て終わった。
特にハードスケジュールなわけじゃないし、この分ならやっていけそうかな。まぁ土日の休みがないのはちょっとキツイけど。
「ふぅ……やっと終わったか」
「初日だというのに、どっと疲れましたね」
だが思いっきり疲労しているのが、隣の席でぐったりしているリファレンスとクローラであった。
根を詰めすぎたのかな。何にせよお疲れ様。
「確かに疲れはしたが、得るものも多かったぞ」
「はい。バイクのこと……少し甘く見ていたみたいです」
先生の教えが身にしみたのか、彼女らは自分の過去の思考を猛反省。
「私はバイクの魅力にばかり目が行って、大きな危険を孕んでいることを全く考えてなかった。気をつけなければならないのは、馬に乗ってる時でも同じなはずなのに……。騎士として恥ずかしい限りだ」
「クローラも、ちょっと楽しそうだなと安易な理由で触れてはならないものだということがよくわかりました。これだけの授業や試験を乗り越えなければ手に入らない『免許』……最初はなぜこのような七面倒臭い制度を……なんて思ってましたけど、これは少しでも事故を減らすためのものだったのですね」
「わかってくれたようでなにより」
まだ始まったばかりだけど。この合宿、来て正解だったかもな。ある意味二人にはいい勉強になるだろう。
「よし、帰ったら早速復習だ。今日教わったことはきっちり覚えておかなくては」
「ですね。それでは宿に行きましょうか」
「おう。確か宿泊先にもバスで送ってくれるらしいから、荷物持って行くぞ」
「「はい!!」」
乗り物の危険。それに向き合う者としての配慮。
至極当たり前のことだが、とてもとても大事なこと。
それを今日、俺達はしっかりと頭に刻み込んだ。
こうして、教習一日目は無事終了したのである。
○
そして教習所を後にした俺らは、これから二週間世話になる民宿へと移動。
そこで着替えて、一日の疲れを癒やす。癒そうとする。否、癒そうとしたかった。
だが、しかし、まるで全然! 俺を癒やすには程遠いんだよねぇ!
まぁ田舎だから、施設が少ないのは理解してる。
百歩譲って、近場にコンビニもスーパーもないのも、まぁいい。
そしてこの宿の建築も、凄まじくボロくて今にも倒壊しそうなものであったことも……まぁいい。
さらに全員で、六畳半の部屋に、布団三枚敷き詰めて寝なきゃならんことになってたことも……まだ許せる。
だが……だがなぁ!
「食事が完全自炊だとは聞いてねーぞゴラァ!」
昼飯は教習所内に小さな売店があったからそこで済ませられるとして、朝夕で食事ナシってどゆこと? いくらオンボロ民宿でもありえねーだろ!
木村の奴……クソみてーなプラン企画しやがって、絶対ぇ許さねぇ!
こんなの、砂漠のど真ん中に掘っ立て小屋建てといて「ホテル」とかぬかしてるようなもんじゃねーか!
「マスター、少し静かにしていてくれないか。集中できん」
敷かれた布団に腹ばいになって、教本を見つめていたリファが鬱陶しげにそう言った。
お前、この状況がどれだけヤバイかわかってんのか。乗り物の危険性がわかったなら、今俺達が立たされている窮地にも気づいてほしいんだがねぇ。
聞けば宿泊客は素泊まりの俺達だけだから、あえて宿の管理人さん一人だけしかいなくて、料理人は出勤させてないという。
出前でも取ればなんとかなるけど、二週間ずっとこの調子で行くわけにもいかないし。一体どうすりゃいいんだ。
いかん、イライラしてたら腹が減ってきた。
俺は少しでも空腹を忘れようと布団に寝っ転がるが、腹の虫は収まる気配はない。
かくなる上はタクシー呼んで食材調達の旅か……。
「ご主人様ー。リファさーん」
そんな時、襖が向こうから開けられ、そこからクローラが顔を覗かせてきていた。
ここは家じゃないというのに、仕事時の正装である裸エプロンに着替えていた。正直やめたほうがいいと思ったが……ここにいるのは実質俺達だけだし、いいか。
その表情はどことなく嬉しそう。いいねぇ、こんな時でも笑っていられるなんて。何かいいことでもあったのだろうか。
「クローラ、皆さんのためにお食事をご用意いたしました!」
「え!?」
俺は思わず布団から跳ね起きた。
クローラが一人で料理だって?
いや、それも驚きだけど、どこから食材を? どこで料理してきたの?
「実はクローラ、こんな事もあろうかと色々食材をお家から持ってきてたのです。で、ここのお宿の管理者さんに聞いたら、キッチンの器具を使っていいと言われたので」
「つまりそれは台所を勝手に……プッ」
「うるせーよ」
気づかんでもいいダジャレに吹き出した女騎士に俺は一喝。
しっかし、こんな事もあろうかとっって……いくらなんでも用意よすぎだろ。いや助かるけどさ。
ていうか、民宿側も客に厨房使わせるとか割といい加減だな。管理人なのに管理体制ガバガバとか大丈夫かよここ……。
それに、クローラもクローラでそういうことは早めに報告してほしかった。
「すみません。ご主人様をびっくりさせたくて」
ぺろ、と小さく下を出しながら女奴隷は言った。まったく、ういやつよのう。
だがこの気の利かせ方は非常にありがたい。俺は軽く彼女の頭を撫でて礼を言った。
「ありがとな。で、何を作ってくれたんだ?」
「はい、こちらです!」
と言って、彼女が廊下からお盆に乗った茶碗を部屋の中に持ってきた。
何かと思って見てみると……。
「お粥かぁ」
「はい、クローラ頑張りました!」
彼女はそう言って、可愛らしく両手でガッツポーズを決めた。
炊飯器の使い方はまだ教えてなかったからな。きっと大鍋でせっせと煮込んだんだろう。焦がしてないだけ腕は成長したようだ。
ちょっと物足りない気はするけど、空腹ならどんなものでもご馳走だ。ありがたくいただこう。
「リファー。メシだぞ」
「え? あ、ああ」
リファを呼んで三人揃ったところで、待ちに待った夕食タイムだ。
全員でいただきますをし、クローラお手製のお粥をすする。
「ど、どうでしょうか?」
「うん、まぁまぁかな。でも一人でやったにしてはよくできてるよ」
「そ、そうですか……よかった。お口に合わなかったらどうしようかと思いました」
ぶっちゃけちょっと変な味はするけど、今までのゴキブリや生ゴミを使ったラインナップに比べれば遥かにマシだ。
リファの反応はどうだろう。
と思って横の女騎士を見てみたら、彼女は教本を床に置いてそこから目を離さずに黙々とお粥を口に運んでいた。
俺は小さくため息を吐いて彼女に注意する。
「行儀悪いぞリファ。食事中くらいちゃんとしろよ」
「ん? ああ、すまない。時間を無駄にしたくなくてな」
まぁ気持ちはわからんでもないけど。
意外と熱心なところはあるからなぁこいつは。
「免許取得のためには試験とやらに合格せねばならん。そのためにも日々学んだことは忘れないようにしておかないと」
「それでしたらリファさん、『教本』ではなく『問題集』をお使いになられてはどうでしょう?」
「もんだいしゅう?」
「はい。教本と一緒に貰ってたはずですが……」
「……そういえばもう一冊似たようなのがあったな」
リファはお粥を急いでかっ込むと、部屋の隅に置いてあった自分のバッグをがさごそやり始めた。
そして、教本と同じB5サイズの冊子を取って「これか」と呟く。
「サラッと目を通しはしたが、こういうのって教本の方を読み込んでから使うものではないのか?」
「先生に聞いたところ、免許の試験はそこにある問題から出題されるそうです」
「何? そうだったのか! ならこちらの方を読み込まねばなるまいな」
そう言って女騎士はクローラと一緒に、早速その問題集の熟読を始めた。
俺もお粥を平らげ、その勉強会に合流する。
「ふむふむ、なるほどな。どうやら問題は全て二択で、問題文の内容が正しいか否かを判別する形式のようだ」
「ずいぶんと単純ですね。これなら私達にもできそうです」
「そーだな。じゃあみんなでちょっとやってみるか」
てなわけで、最初の方のページの中から適当に目についた問題をピックアップして解いていくことに。
第一問:青信号は『進め』という意味である。
「はっ、こんなのマスターに初めて外に連れてってもらった時に最初に覚えたことだぞ。余裕だな。答えは○っと……」
「どれどれ答えは……」
答え:×
解説:青信号は『歩行者や他の車の状況を見て問題なければ進んでもよい』という意味です。
「「……は?」」
なんだそりゃ。思わず目が点になったわ。
普通誰しもこれ○つけるだろ。つけるよな?
出鼻をくじかれて少し焦った。そんな時クローラが遠慮がちに口を出してくる。
「えっと、この場合『進め』だと『進まなければならない』という強制的な意味合いになってしまうからではないですかね?」
「えぇ……」
何そのひねくれた解釈。意味わかんねぇよ。
もういいや、次いくぞ次。
第二問:子どもが一人で歩いている時は、必ず一時停止して安全に通れるようにしなければならない
「これはまぁ……どう考えても○だろ」
「だな。×だったら危険運転をしろということになってしまう」
答え:×
解説:一時停止もしくは徐行をするのが正しいです。
「「あ゛ぁん!?」」
俺もリファもこめかみに血管が浮き出た。
舐めとんのかこいつ。キレそうなんだけどマジで。
一気に沸点ギリギリまで達した俺達に、クローラがまたおずおずと補足した。
「こ、これは問題文に『必ず』とあるので、一時停止以外……つまり徐行はしてはならないということになるので×なのではないかと」
「ぐっ……」
確かにそうだ。くそう、目の付け所が間違ってたか。安全に通れるようにしなければならない、ってのは合ってたのに。
っつっても、この聞き方にも問題がある気がするんだがなぁ。なんつうか、製作者側の悪意が感じられるというか……。
まぁいいか。よし、次の問題行くぞ。
第三問:夜の道路は危険なので気を付けて運転しなければならない。
「……こいつは」
字面だけ見れば、考えるまでもないような問題。だが、既に二回間違っている俺達は自ずと慎重になってしまう。
「今までの傾向からしてこいつも×にしたくなるが……。どう思うリファ?」
リファは顎に手を当てて目を閉じ、しばらく考え込んだ後、そっと言った。
「……夜の道路は危険。これは当たり前だし、気を付けなければならないのも至極真っ当なことだ。前の問題のような、裏の意味を持つような記述は見受けられない」
「ってことは……」
「○、だな」
うむ、と女騎士は静かに頷いた。
果たして結果は――!?
答え:×
解説:運転は昼夜問わず常に気をつけなければなりません
「元素付与」
ブワッ!!
と突如として部屋の中で小火が巻き起こる。
火のエレメント。それをリファが自分の100均ソードに纏わせたのだ。
そしてそれを振りかぶり、狙いを定める。
その切っ先を打ち下ろす先は……その憎たらしい問題集。
紙製だからよく燃えるだろう。
この民宿も木製だからよく燃えるだろう。
俺らもタンパク質製だからよく燃えるだろう。
「待て待て待て待てリファ!」
ワンテンポ遅れてその事態に気づいた俺はリファを羽交い締めに。間一髪で大火事は阻止した。
「ええい、止めてくれるなマスター! 紙束の分際で、このリファレンスをコケにしてくれるとは……許さんぞこのーっ!」
「落ち着け、落ち着けっての! 俺も気持ちはわかるから!」
「わかるならなおさらだ! 何が運転免許試験問題だ! こんなの、屁理屈試験問題ではないか!」
ごもっとも。一ミリも反論の余地はございません。
正直俺もここまでアレだとは思ってなかったし。
「教官殿も、乗り物は危険だからしっかり勉強することが大切だと言っていたのに、肝心の学ぶ事柄がこんなんだと!? 冗談じゃないまったく!」
「……」
「おいクローラ! 貴様もなんとか言ったらどうなんだ! せっかく遠路はるばるやってきて、やるべきことがこんなアホなことだなんて!」
さっきから口数の少ない女奴隷に対して、リファは激しく叱咤した。
しかし、当の本人は苦笑するだけで特に俺達みたいに憤慨する感じは見受けられない。それどころか余裕すら感じられる顔だ。確かに今も冷静に問題の解説してたしな……。
もしかして意外と自信あるのかな? ちょっと試してみるか。
「あのさクローラ、今度はお前が問いてみるか?」
「私ですか? はい、ではやってみます」
健気にそう言うとクローラはその場にちょこんと正座し直し、出題を待つ姿勢に入った。
「ふん、お前ごときにできるものか」
リファは炎を消して剣を鞘に収めると、問題集を手に取り、適当な設問を選んで読み上げていく。お手並み拝見だ。
「安全地帯のそばを通る時に、歩行者がいないことが明確であれば徐行しなくてもよい?」
「はい、○です」
「横断歩道、自転車横断帯、その手前50メートル以内の場所では、他の車を追越したり追い抜いたりしてはいけない?」
「いいえ、30メートルですから×です」
「追越しの手順として最初にしなければならないことは、追越し禁止の場所ではないかの確認である?」
「まごうことなく、○です」
「免許を自宅に置いたまま運転した場合、無免許運転になる?」
「その場合は免許不携帯として扱われるため、×です」
・
・
・
「……すげぇ。全問正解だ」
ひっかけ問題っぽいのも難なくこなしちゃったよ。
「くっ……敵ながらあっぱれ」
リファも思わず脱帽。そりゃそうだよ、まさか初日でこんなにできちゃうなんて誰も想像だにしないだろうに……。
でも一体どういうことだろう。隠れて俺らに前から勉強でもしていたのか? こういう問題って、掲載されてるホームページとかあるだろうし、きっと今日までそれを使ってたのかもしれない。
そう俺が尋ねてみると、クローラは顔を赤くしながら手をブンブン振った。
「いえいえそんな……大したことはしていませんよ。そのようなサイトも一切目にしてはおりません」
「でも出来は実際すごくよかったじゃん。なんか裏技でも使ったのか?」
「う、裏技なんて……私はただ……」
ただ?
何を恥ずかしがってるのか、クローラは両手の人差し指を突き合わせながらぼそっと言った。
「ただ、内容を丸暗記しただけです」
……はぁ。暗記……ですか。
つまりは内容をそのまんま覚えたと。
「え、これ一冊?」
「はい」
「マジで!?」
再び驚きに包まれる俺とリファ。
「配られてから半日しか経ってないのに? いくらなんでも早すぎでしょ!?」
「昔から暗記するのはお手の物なので」
得意分野だったか。それにしたってこの内容を全て完全に記憶したってのはすごすぎる。
学科に限って言えば、もう試験は受かったも同然じゃなかろうか。
「そんな……買いかぶりすぎです。こんなの誰でも出来ますよ」
こんなのが誰でも出来たらこの世全ての入試が意味をなさなくなっちまうよ。俺の必死こいて打ち込んだ受験勉強の辛くもいい思い出が、早くもこれ以上なく無駄なものに思えてきたよ、どうしてくれんの。
「昔からって言ってたけど、転生前からこういう暗記スタイルで勉強してたってこと?」
「はい。私達奴隷が勉強できる時間は、一日の仕事が終わって皆さんが寝静まった後だったのです。だから手っ取り早く覚える方法でやるのが効率的だったのですよ」
なるほどな。あまりに時間かけすぎると、その分寝る時間も無くなるわけだし。
自由の少ない奴隷なりの編み出したやり方ってことだろうな。
「例えばページを千切って食べたりとか、本を枕にして寝たりとか、書いてある内容を肌に書き込んでみるとか……言い伝えられている暗記法は結構試しましたね」
何その迷信のオンパレード。そんな事やってたのかよ。
異世界では、それもきちんとしたやり方として確立されてたってことか。なんだかなぁ……。
「……」
「どうしたリファ?」
「いや、段々この免許のための勉強というのがわからなくなってきた」
リファは、膝においた問題集と教本に目を落としながら力なく言った。
「普通に考えてみれば、意地の悪い問題のせいで間違いだらけ。その一方でこんな一日で暗記できるような内容……。私達が本当にこれをやる意義はあるのだろうか」
それは言えてる。
中学や高校、大学だって同じ。日頃から遊びまくってるくせに、試験直前だけ必死になって頭に詰め込む。
そしてテストが終われば詰め込んだものは、湯水のように外に流れ出ていく。結局また元の頭空っぽの状態に逆戻り。
それに肝心の学ぶ内容だって、生きていく上で不必要なものばかりだ。それを「学習」だなんて言えるのだろうか。
「確かに、あまり意義はないのかもしれません」
クローラはその問いかけにそっと答えた。
「ご主人様の言う通り。こうやって一夜漬けで覚えたとして、では問題なく運転できるかというとそうではありませんから」
「……」
「加えてこの問題集も、全部が全部覚えていなくてはならない事柄であるとも私は思っておりません」
「クローラ……」
女奴隷は自分の前髪を手持ち無沙汰というようにいじりながら続ける。
「取捨選択。本当に覚えるべきことは、私達が自分で気づいていくしかないのですよ」
「本当に覚えるべきこと?」
「はい。それがこの教習期間であるとクローラは認識しております。例えば今日最初に先生が仰っていた『常に危機意識を持つこと』これはこの問題集には乗っていませんが、忘れてはならないことですよね」
「……それはまぁ」
「そういうことですよ。私達を左右するのはこの本ではなく、私達自身。それを肝に銘じて、運転に必要なものを自分で見つけ、頭と身体に刻み込む。そして最終的に学んだことを、実践に移せるようになることこそが最終目標なのです」
至極まっとうな意見。普段は天然だけど、たまに覚醒してこういう悟りモードに突入した彼女の言葉は深いものがある。
リファもその持論に概ね賛同したのか、こくりと無言で首肯した。
「そうだな。お前の言う通りだ。そのための合宿なのだからな。あやうく目的を見誤るところだったよ」
「ありがとうございます。でも、だからと言ってこの問題集を覚えなくていいというわけではないですよ。意義がどうであれ、試験をパスするためにはこれらをほぼ完璧に解いていかなくてはならないのですから」
「わかってるよ。まぁ、お前のようにはいかないかもだが」
「心配ありません。すぐご主人様もリファさんも頭に自然に入ってくるはずです」
だといいんだけどね。ま、彼女の言う通り実践あるのみだ。
仲良く二人で勉強を再開する二人を見ながら軽くそう思った。
さてさて、それはそれとして。食事の後片付けもやらなきゃいけないけど、これは俺がやろう。厨房は使っていいらしいから、洗い物までしておくか。
空になったお粥の皿を重ねて、盆を持って部屋を出ていこうとする。
と、そこで俺の足が止まった。
……あれ? 待てよ。
とてつもない、重要な何かを……俺は忘れている気がする。
特に、クローラの最後のセリフの方……何かが引っかかる。
今、あいつは何て言ってた?
ちょっと巻き戻してもう一度再生。
――心配ありません。すぐご主人様もリファさんも頭に自然に入ってくるはずです。
……。
…………。
……………………。
「クローラ」
「はい、なんでしょう」
俺は彼女に背を向けながら、静かに問いかけた。
「お前がワイヤードにいた頃試してた暗記法。最初に言ったやつ、なんだっけ?」
「はい? ああ、ページを千切って食べたりですね」
「今日このお粥を作ったのは?」
「……私ですね」
「も一つ質問いいかな」
俺はゆっくりと振り返り、きょとんとしている女奴隷を見据えて、言った。
「お前の教本と問題集……どこに行った?」
「……ご主人様のような勘のいい人は嫌いです」
今開かれる真理の扉 (トイレ)。
そのやや壮年のおっさんはそう言って軽くお辞儀をする。
おそらくここの責任者かなんかだろう。俺達も慌てて軽く頭を下げた。
八王子から少し離れた場所にある神奈川県相模原市。
ここはその有名スポットでもある、相模湖の近くに位置する自動車学校だ。
大きめだが古そうなプレハブの建物が一棟、それに小中学校のグラウンドくらいの広さの模擬道路で構成されている。
正直に言って、かなり寂れていて閑散としている場所だ。
八王子から中央線の下り電車に乗り、五駅ほど揺られて降りた駅から送迎バスで数分ほど。
この近辺にはほとんどなにもない。コンビニもスーパーも来る途中では確認できなかった。ぶっちゃけうちの近所と同レベル……いや、それ以上に田舎という感じ。
木村の斡旋だからどーせロクでもないとこなんだろうなと思ってたけど、予想通りだ。
今日は合宿初日ということで、こうして校舎の前で教員の方々と入学式じみたことをやってる最中である。挨拶はそこそこに、俺達は全体の行程や設備等の説明を受けた。
「えー、ではこれから皆さんは各種適性検査の後、早速教習に移っていただきます。基本的にスケジュールはこちらの方で決めさせていただいてますので、それに従ってもらう感じで」
「……」
「教習は毎日9:30から15:30頃までを予定しています。なので毎朝余裕を持って登校していただきますようお願いします」
「……」
「こんなところですかね。では最後に何か質問等ある方――」
そう言われた途端、元気よく挙手した者が約一名。
金色の髪を姫カットにし、凛とした面構えと気品を備えた(ように見える)二十歳くらいの女性。
「はいじゃあそこの……えー、誰でしたっけ?」
「リファレンスだ」
「ああそうでしたね。で、なんでしょう」
こほん、と女騎士は軽く咳払いし、素朴な疑問を率直に口にした。
「なぜこの場には私達三人しかいないのだろうか?」
【悲報】合宿参加者俺らだけ
送迎バスにも俺達以外誰も乗ってなかったもんで、そこから既に嫌な予感はしていた。
現地に到着後、集合時刻になっても誰も現れなかった。だから他の奴らは遅刻してるのかなー、なんて話し合ってたけど。
ガチで俺ら三人だけとは……。
「なぜと言われましても……あなたの他にはこれだけしか参加希望者がいなかったものですから」
おっさんは首をひねりながら淡々と回答する。当然納得できないリファは食い下がった。
「い、いやそれはそうなんだろうけども! どうしてこの合宿の、参加希望者が三人なんだ!?」
「いやまぁ、こういうのが珍しいわけでもないですし……うーん、強いて言うなら」
「言うなら!?」
あまり真剣に考えていないような声でひとしきり唸った後、おっさんは鼻で笑うようにこう言った。
「クソ田舎だからでしょ」
一番言っちゃいけないことを一番言っちゃいけない立場の奴が言っちゃったの巻。
○
午前中は視力、聴力、色彩判別能力などの運転適性検査。それを一通り終え、昼休みを挟んだらいよいよ教習開始だ。
渡されたスケジュール表を見る限り、一日目と二日目は学科の授業のみ。技能は三日目から集中的にやるそうだ。
「今日と明日は座学だけか……すぐにバイクに乗れるわけではないのだな」
「ちょっと残念ですね」
リファもクローラも、すぐ練習用バイクを触れないことには少し不満げだった。とはいえ、これも立派な免許を取るための授業の一環。決して乗り気でないわけではなかった。
「さぁ、今日から二週間……死ぬ気でやるぞクローラ」
「はい! 絶対に免許取ってやりますです!」
ふんす、と鼻息荒く意気込む異世界転生二人組。
そういえばこいつらって学校に通った経験とかあるのかな。
一応ワイヤードでは身分を問わず、最低限の読み書きができるよう教育を義務付けられている。当然奴隷のクローラでさえ、一通りの学習は受けてきたらしい。
加えて、帝都にはアカデミーと呼ばれる施設があることも彼女達から聞いている。そこにワイヤード国民全員が通ってたのかは定かではないが。
「アカデミー? 通えるのは貴族とか一部の富裕層だけだぞ」
「あ、やっぱり?」
「読み書きだけなら、教科書一冊あればできることだしな」
そりゃまぁそうだ。
となると、こうやって腰を据えて先生の話を聞いたり板書したりってのは初めての経験になるわけだ。
さてさて、彼女らの目にはこの世界の授業風景はどういう風に映るのやら。
教室に入ると、長椅子と長机がズラリと並んでいた。貸し切りにしては結構広いスペースだ。
自由席なのだが、せっかくなので一番前の席に三人並んで座る。
本鈴がなるまでの間、事前に配布された教本をペラペラとめくって時間を潰すことにした。
「薄いな」
「薄いですね」
一通り流し読みした二人の第一声がそれである。
確かに総頁数は200ページくらい。俺が今まで使ってきた学校の教科書と比較しても、薄い部類には入るだろう。
「私達が使ってたのはもっと分厚かったのですが……」
「その分、学ばなければならない量も少ないということなのだろうな」
「大体七か八分の一くらいですね。もしかして……結構免許取得のための勉強って楽なのでしょうか」
「ああ。試験だなんだというから結構緊張してたのだが、少し拍子抜けしたぞ」
などと言いつつ、彼女達はほっと胸を撫でおろした。
教科書が薄いからって、簡単だとは限らないと思うんだがね。舐めてかかると痛い目見るぞ。
「あんま油断はすんなよ。この勉強は単なる読み書きとは違う。乗り物っていう危険なものを運転するためのものなんだから」
「危険? 便利なもの、の間違いではないのですかご主人様」
「そうだぞ。馬同様、早く走れてどんなところにも瞬時に移動できる。それを危険とは……」
そうか、まだそういう認識か。これも異世界人だからこその価値観なのかもしれない。
だが、こればっかりは早めに改めてもらわねばなるまい。なんたって命に関わる事柄なのだから。
「あのなお前ら――」
♪キーンコーン……
言いかけた矢先に本鈴が鳴った。
「はいじゃあ始めていきまーす」
タイミングを見計らってたかのように先生が入ってくる。
ていうかさっきのおっさんだった。どうやら教師役も兼ねているらしい。
リファもクローラも慌てて心を授業モードに入れ替えて、ノートを広げ、筆記用具を構える。
ちょうどいいや、俺が言いたいことはきっと彼が教えてくれるだろう。
「えー皆さん、これから免許を取るということでね、勉強していくわけですけども。車やバイクを運転する上で一番重要なことは何だと思いますか」
教卓につくなり、おっさんはそう問いかけてきた。
二人は肩眉をひそめて、互いに目を合わせる。そして順番にこう答えた。
「馬と心を通わせること?」
「乗る時は部屋を明るくして近づきすぎないようにすること?」
何しにここに来てんだこのポンコツどもは。
おっさんはそれを聞いて軽く一息ついて講義を続ける。
「えーまぁ、それも大事かもしれませんが」
全然大事じゃないです。カテゴリがそもそも違います。
「実はそれより重く考えなければならないことが他にあります」
やんわり不正解と言われたリファとクローラはますますわからないといった表情になる。そんな二人におっさんは静かに告げた。
「それは……『危機意識』です」
「「危機意識」」
ハモって復唱する異世界転生コンビ。
危機意識。つまり危険であることを認識して警戒すること。さっき俺に言われたことと同じだ。
「確かに乗り物はとても便利なものです。しかし、一歩間違えば人を傷つけ、時には命をも奪う凶器にもなり得ます。皆さんにはまずこのことを前提として、教習に取り組んでほしいと思います」
「……凶器、ですか」
「言われてみれば……騎士団でも落馬が原因で怪我する奴がいたな。それと同じか」
「考えてみると、重量のあるものが高速で走ってるんですよね。もしそんなのとぶつかったら……すごく痛そう」
痛いどころじゃないんだよなぁ、と俺は声に出さずに言った。
「歩行者相手はもちろんのこと、車両同士の事故も今や日常茶飯事。近年では年間で約五十万件以上の交通事故が発生しています。これは統計的に考えると、一分間に一件、この国の何処かで事故が起きている計算になります」
「ご、ごじゅうまんっ!?」
「いっぷんに、いっけん!?」
いきなり知らされた現状に、俺も思わず「マジかよ」と驚きの声を漏らした。
こうしてリアルな数字聞くと、どれだけヤバいかわかるな。
「また、事故によって出た死傷者数は年間で七十万人程度。程度の違いはあれど、毎年これだけの犠牲者が出ているのです」
「ななじゅう……」
「まん……」
顔の筋肉が完全に引きつってしまったリファとクローラは、ピクピクとこめかみを痙攣させている。
きっと頭の中でワイヤードの人口と比べでもしてるんだろう。割合で見れば分母は違うだろうけども、事の重大さを理解する分には問題あるまい。
「そ、そんな……凶器どころか兵器レベルではないか教官殿っ!」
「そうです! 危険の塊ですよ! こんなの聞いてないですっ!」
「落ち着いてください二人共」
席を立ち、切羽詰まった表情で訴えてくる生徒をおっさんはなだめた。
「兵器、危険の塊。まさにその通りです。ですが、車もバイクも、運転者がいなければただの鉄の塊。それを危険なものにするのはあくまで私達なのです。だからこそ、ここでしっかり運転や交通ルールについて学んでいかなければならないのですよ」
「……」
「乗り物を便利なものにするか、はたまた人を傷つける凶器にするかは、あなた達次第。それを忘れないようにしておいてください」
「……理解した」
「わかりましたです」
「よろしい」
おとなしくそう言って席に座った彼女達に、おっさんはにっこりと微笑みかけた。
この人に任せて正解だったな。さすがプロフェッショナル。相手が異世界人でも問題なく運転の心構えについて教え込むことに成功した。
「では気を取り直して、教習に入っていきましょう」
○
五十分の講義を午後に二回やって、今日の行程は全て終わった。
特にハードスケジュールなわけじゃないし、この分ならやっていけそうかな。まぁ土日の休みがないのはちょっとキツイけど。
「ふぅ……やっと終わったか」
「初日だというのに、どっと疲れましたね」
だが思いっきり疲労しているのが、隣の席でぐったりしているリファレンスとクローラであった。
根を詰めすぎたのかな。何にせよお疲れ様。
「確かに疲れはしたが、得るものも多かったぞ」
「はい。バイクのこと……少し甘く見ていたみたいです」
先生の教えが身にしみたのか、彼女らは自分の過去の思考を猛反省。
「私はバイクの魅力にばかり目が行って、大きな危険を孕んでいることを全く考えてなかった。気をつけなければならないのは、馬に乗ってる時でも同じなはずなのに……。騎士として恥ずかしい限りだ」
「クローラも、ちょっと楽しそうだなと安易な理由で触れてはならないものだということがよくわかりました。これだけの授業や試験を乗り越えなければ手に入らない『免許』……最初はなぜこのような七面倒臭い制度を……なんて思ってましたけど、これは少しでも事故を減らすためのものだったのですね」
「わかってくれたようでなにより」
まだ始まったばかりだけど。この合宿、来て正解だったかもな。ある意味二人にはいい勉強になるだろう。
「よし、帰ったら早速復習だ。今日教わったことはきっちり覚えておかなくては」
「ですね。それでは宿に行きましょうか」
「おう。確か宿泊先にもバスで送ってくれるらしいから、荷物持って行くぞ」
「「はい!!」」
乗り物の危険。それに向き合う者としての配慮。
至極当たり前のことだが、とてもとても大事なこと。
それを今日、俺達はしっかりと頭に刻み込んだ。
こうして、教習一日目は無事終了したのである。
○
そして教習所を後にした俺らは、これから二週間世話になる民宿へと移動。
そこで着替えて、一日の疲れを癒やす。癒そうとする。否、癒そうとしたかった。
だが、しかし、まるで全然! 俺を癒やすには程遠いんだよねぇ!
まぁ田舎だから、施設が少ないのは理解してる。
百歩譲って、近場にコンビニもスーパーもないのも、まぁいい。
そしてこの宿の建築も、凄まじくボロくて今にも倒壊しそうなものであったことも……まぁいい。
さらに全員で、六畳半の部屋に、布団三枚敷き詰めて寝なきゃならんことになってたことも……まだ許せる。
だが……だがなぁ!
「食事が完全自炊だとは聞いてねーぞゴラァ!」
昼飯は教習所内に小さな売店があったからそこで済ませられるとして、朝夕で食事ナシってどゆこと? いくらオンボロ民宿でもありえねーだろ!
木村の奴……クソみてーなプラン企画しやがって、絶対ぇ許さねぇ!
こんなの、砂漠のど真ん中に掘っ立て小屋建てといて「ホテル」とかぬかしてるようなもんじゃねーか!
「マスター、少し静かにしていてくれないか。集中できん」
敷かれた布団に腹ばいになって、教本を見つめていたリファが鬱陶しげにそう言った。
お前、この状況がどれだけヤバイかわかってんのか。乗り物の危険性がわかったなら、今俺達が立たされている窮地にも気づいてほしいんだがねぇ。
聞けば宿泊客は素泊まりの俺達だけだから、あえて宿の管理人さん一人だけしかいなくて、料理人は出勤させてないという。
出前でも取ればなんとかなるけど、二週間ずっとこの調子で行くわけにもいかないし。一体どうすりゃいいんだ。
いかん、イライラしてたら腹が減ってきた。
俺は少しでも空腹を忘れようと布団に寝っ転がるが、腹の虫は収まる気配はない。
かくなる上はタクシー呼んで食材調達の旅か……。
「ご主人様ー。リファさーん」
そんな時、襖が向こうから開けられ、そこからクローラが顔を覗かせてきていた。
ここは家じゃないというのに、仕事時の正装である裸エプロンに着替えていた。正直やめたほうがいいと思ったが……ここにいるのは実質俺達だけだし、いいか。
その表情はどことなく嬉しそう。いいねぇ、こんな時でも笑っていられるなんて。何かいいことでもあったのだろうか。
「クローラ、皆さんのためにお食事をご用意いたしました!」
「え!?」
俺は思わず布団から跳ね起きた。
クローラが一人で料理だって?
いや、それも驚きだけど、どこから食材を? どこで料理してきたの?
「実はクローラ、こんな事もあろうかと色々食材をお家から持ってきてたのです。で、ここのお宿の管理者さんに聞いたら、キッチンの器具を使っていいと言われたので」
「つまりそれは台所を勝手に……プッ」
「うるせーよ」
気づかんでもいいダジャレに吹き出した女騎士に俺は一喝。
しっかし、こんな事もあろうかとっって……いくらなんでも用意よすぎだろ。いや助かるけどさ。
ていうか、民宿側も客に厨房使わせるとか割といい加減だな。管理人なのに管理体制ガバガバとか大丈夫かよここ……。
それに、クローラもクローラでそういうことは早めに報告してほしかった。
「すみません。ご主人様をびっくりさせたくて」
ぺろ、と小さく下を出しながら女奴隷は言った。まったく、ういやつよのう。
だがこの気の利かせ方は非常にありがたい。俺は軽く彼女の頭を撫でて礼を言った。
「ありがとな。で、何を作ってくれたんだ?」
「はい、こちらです!」
と言って、彼女が廊下からお盆に乗った茶碗を部屋の中に持ってきた。
何かと思って見てみると……。
「お粥かぁ」
「はい、クローラ頑張りました!」
彼女はそう言って、可愛らしく両手でガッツポーズを決めた。
炊飯器の使い方はまだ教えてなかったからな。きっと大鍋でせっせと煮込んだんだろう。焦がしてないだけ腕は成長したようだ。
ちょっと物足りない気はするけど、空腹ならどんなものでもご馳走だ。ありがたくいただこう。
「リファー。メシだぞ」
「え? あ、ああ」
リファを呼んで三人揃ったところで、待ちに待った夕食タイムだ。
全員でいただきますをし、クローラお手製のお粥をすする。
「ど、どうでしょうか?」
「うん、まぁまぁかな。でも一人でやったにしてはよくできてるよ」
「そ、そうですか……よかった。お口に合わなかったらどうしようかと思いました」
ぶっちゃけちょっと変な味はするけど、今までのゴキブリや生ゴミを使ったラインナップに比べれば遥かにマシだ。
リファの反応はどうだろう。
と思って横の女騎士を見てみたら、彼女は教本を床に置いてそこから目を離さずに黙々とお粥を口に運んでいた。
俺は小さくため息を吐いて彼女に注意する。
「行儀悪いぞリファ。食事中くらいちゃんとしろよ」
「ん? ああ、すまない。時間を無駄にしたくなくてな」
まぁ気持ちはわからんでもないけど。
意外と熱心なところはあるからなぁこいつは。
「免許取得のためには試験とやらに合格せねばならん。そのためにも日々学んだことは忘れないようにしておかないと」
「それでしたらリファさん、『教本』ではなく『問題集』をお使いになられてはどうでしょう?」
「もんだいしゅう?」
「はい。教本と一緒に貰ってたはずですが……」
「……そういえばもう一冊似たようなのがあったな」
リファはお粥を急いでかっ込むと、部屋の隅に置いてあった自分のバッグをがさごそやり始めた。
そして、教本と同じB5サイズの冊子を取って「これか」と呟く。
「サラッと目を通しはしたが、こういうのって教本の方を読み込んでから使うものではないのか?」
「先生に聞いたところ、免許の試験はそこにある問題から出題されるそうです」
「何? そうだったのか! ならこちらの方を読み込まねばなるまいな」
そう言って女騎士はクローラと一緒に、早速その問題集の熟読を始めた。
俺もお粥を平らげ、その勉強会に合流する。
「ふむふむ、なるほどな。どうやら問題は全て二択で、問題文の内容が正しいか否かを判別する形式のようだ」
「ずいぶんと単純ですね。これなら私達にもできそうです」
「そーだな。じゃあみんなでちょっとやってみるか」
てなわけで、最初の方のページの中から適当に目についた問題をピックアップして解いていくことに。
第一問:青信号は『進め』という意味である。
「はっ、こんなのマスターに初めて外に連れてってもらった時に最初に覚えたことだぞ。余裕だな。答えは○っと……」
「どれどれ答えは……」
答え:×
解説:青信号は『歩行者や他の車の状況を見て問題なければ進んでもよい』という意味です。
「「……は?」」
なんだそりゃ。思わず目が点になったわ。
普通誰しもこれ○つけるだろ。つけるよな?
出鼻をくじかれて少し焦った。そんな時クローラが遠慮がちに口を出してくる。
「えっと、この場合『進め』だと『進まなければならない』という強制的な意味合いになってしまうからではないですかね?」
「えぇ……」
何そのひねくれた解釈。意味わかんねぇよ。
もういいや、次いくぞ次。
第二問:子どもが一人で歩いている時は、必ず一時停止して安全に通れるようにしなければならない
「これはまぁ……どう考えても○だろ」
「だな。×だったら危険運転をしろということになってしまう」
答え:×
解説:一時停止もしくは徐行をするのが正しいです。
「「あ゛ぁん!?」」
俺もリファもこめかみに血管が浮き出た。
舐めとんのかこいつ。キレそうなんだけどマジで。
一気に沸点ギリギリまで達した俺達に、クローラがまたおずおずと補足した。
「こ、これは問題文に『必ず』とあるので、一時停止以外……つまり徐行はしてはならないということになるので×なのではないかと」
「ぐっ……」
確かにそうだ。くそう、目の付け所が間違ってたか。安全に通れるようにしなければならない、ってのは合ってたのに。
っつっても、この聞き方にも問題がある気がするんだがなぁ。なんつうか、製作者側の悪意が感じられるというか……。
まぁいいか。よし、次の問題行くぞ。
第三問:夜の道路は危険なので気を付けて運転しなければならない。
「……こいつは」
字面だけ見れば、考えるまでもないような問題。だが、既に二回間違っている俺達は自ずと慎重になってしまう。
「今までの傾向からしてこいつも×にしたくなるが……。どう思うリファ?」
リファは顎に手を当てて目を閉じ、しばらく考え込んだ後、そっと言った。
「……夜の道路は危険。これは当たり前だし、気を付けなければならないのも至極真っ当なことだ。前の問題のような、裏の意味を持つような記述は見受けられない」
「ってことは……」
「○、だな」
うむ、と女騎士は静かに頷いた。
果たして結果は――!?
答え:×
解説:運転は昼夜問わず常に気をつけなければなりません
「元素付与」
ブワッ!!
と突如として部屋の中で小火が巻き起こる。
火のエレメント。それをリファが自分の100均ソードに纏わせたのだ。
そしてそれを振りかぶり、狙いを定める。
その切っ先を打ち下ろす先は……その憎たらしい問題集。
紙製だからよく燃えるだろう。
この民宿も木製だからよく燃えるだろう。
俺らもタンパク質製だからよく燃えるだろう。
「待て待て待て待てリファ!」
ワンテンポ遅れてその事態に気づいた俺はリファを羽交い締めに。間一髪で大火事は阻止した。
「ええい、止めてくれるなマスター! 紙束の分際で、このリファレンスをコケにしてくれるとは……許さんぞこのーっ!」
「落ち着け、落ち着けっての! 俺も気持ちはわかるから!」
「わかるならなおさらだ! 何が運転免許試験問題だ! こんなの、屁理屈試験問題ではないか!」
ごもっとも。一ミリも反論の余地はございません。
正直俺もここまでアレだとは思ってなかったし。
「教官殿も、乗り物は危険だからしっかり勉強することが大切だと言っていたのに、肝心の学ぶ事柄がこんなんだと!? 冗談じゃないまったく!」
「……」
「おいクローラ! 貴様もなんとか言ったらどうなんだ! せっかく遠路はるばるやってきて、やるべきことがこんなアホなことだなんて!」
さっきから口数の少ない女奴隷に対して、リファは激しく叱咤した。
しかし、当の本人は苦笑するだけで特に俺達みたいに憤慨する感じは見受けられない。それどころか余裕すら感じられる顔だ。確かに今も冷静に問題の解説してたしな……。
もしかして意外と自信あるのかな? ちょっと試してみるか。
「あのさクローラ、今度はお前が問いてみるか?」
「私ですか? はい、ではやってみます」
健気にそう言うとクローラはその場にちょこんと正座し直し、出題を待つ姿勢に入った。
「ふん、お前ごときにできるものか」
リファは炎を消して剣を鞘に収めると、問題集を手に取り、適当な設問を選んで読み上げていく。お手並み拝見だ。
「安全地帯のそばを通る時に、歩行者がいないことが明確であれば徐行しなくてもよい?」
「はい、○です」
「横断歩道、自転車横断帯、その手前50メートル以内の場所では、他の車を追越したり追い抜いたりしてはいけない?」
「いいえ、30メートルですから×です」
「追越しの手順として最初にしなければならないことは、追越し禁止の場所ではないかの確認である?」
「まごうことなく、○です」
「免許を自宅に置いたまま運転した場合、無免許運転になる?」
「その場合は免許不携帯として扱われるため、×です」
・
・
・
「……すげぇ。全問正解だ」
ひっかけ問題っぽいのも難なくこなしちゃったよ。
「くっ……敵ながらあっぱれ」
リファも思わず脱帽。そりゃそうだよ、まさか初日でこんなにできちゃうなんて誰も想像だにしないだろうに……。
でも一体どういうことだろう。隠れて俺らに前から勉強でもしていたのか? こういう問題って、掲載されてるホームページとかあるだろうし、きっと今日までそれを使ってたのかもしれない。
そう俺が尋ねてみると、クローラは顔を赤くしながら手をブンブン振った。
「いえいえそんな……大したことはしていませんよ。そのようなサイトも一切目にしてはおりません」
「でも出来は実際すごくよかったじゃん。なんか裏技でも使ったのか?」
「う、裏技なんて……私はただ……」
ただ?
何を恥ずかしがってるのか、クローラは両手の人差し指を突き合わせながらぼそっと言った。
「ただ、内容を丸暗記しただけです」
……はぁ。暗記……ですか。
つまりは内容をそのまんま覚えたと。
「え、これ一冊?」
「はい」
「マジで!?」
再び驚きに包まれる俺とリファ。
「配られてから半日しか経ってないのに? いくらなんでも早すぎでしょ!?」
「昔から暗記するのはお手の物なので」
得意分野だったか。それにしたってこの内容を全て完全に記憶したってのはすごすぎる。
学科に限って言えば、もう試験は受かったも同然じゃなかろうか。
「そんな……買いかぶりすぎです。こんなの誰でも出来ますよ」
こんなのが誰でも出来たらこの世全ての入試が意味をなさなくなっちまうよ。俺の必死こいて打ち込んだ受験勉強の辛くもいい思い出が、早くもこれ以上なく無駄なものに思えてきたよ、どうしてくれんの。
「昔からって言ってたけど、転生前からこういう暗記スタイルで勉強してたってこと?」
「はい。私達奴隷が勉強できる時間は、一日の仕事が終わって皆さんが寝静まった後だったのです。だから手っ取り早く覚える方法でやるのが効率的だったのですよ」
なるほどな。あまりに時間かけすぎると、その分寝る時間も無くなるわけだし。
自由の少ない奴隷なりの編み出したやり方ってことだろうな。
「例えばページを千切って食べたりとか、本を枕にして寝たりとか、書いてある内容を肌に書き込んでみるとか……言い伝えられている暗記法は結構試しましたね」
何その迷信のオンパレード。そんな事やってたのかよ。
異世界では、それもきちんとしたやり方として確立されてたってことか。なんだかなぁ……。
「……」
「どうしたリファ?」
「いや、段々この免許のための勉強というのがわからなくなってきた」
リファは、膝においた問題集と教本に目を落としながら力なく言った。
「普通に考えてみれば、意地の悪い問題のせいで間違いだらけ。その一方でこんな一日で暗記できるような内容……。私達が本当にこれをやる意義はあるのだろうか」
それは言えてる。
中学や高校、大学だって同じ。日頃から遊びまくってるくせに、試験直前だけ必死になって頭に詰め込む。
そしてテストが終われば詰め込んだものは、湯水のように外に流れ出ていく。結局また元の頭空っぽの状態に逆戻り。
それに肝心の学ぶ内容だって、生きていく上で不必要なものばかりだ。それを「学習」だなんて言えるのだろうか。
「確かに、あまり意義はないのかもしれません」
クローラはその問いかけにそっと答えた。
「ご主人様の言う通り。こうやって一夜漬けで覚えたとして、では問題なく運転できるかというとそうではありませんから」
「……」
「加えてこの問題集も、全部が全部覚えていなくてはならない事柄であるとも私は思っておりません」
「クローラ……」
女奴隷は自分の前髪を手持ち無沙汰というようにいじりながら続ける。
「取捨選択。本当に覚えるべきことは、私達が自分で気づいていくしかないのですよ」
「本当に覚えるべきこと?」
「はい。それがこの教習期間であるとクローラは認識しております。例えば今日最初に先生が仰っていた『常に危機意識を持つこと』これはこの問題集には乗っていませんが、忘れてはならないことですよね」
「……それはまぁ」
「そういうことですよ。私達を左右するのはこの本ではなく、私達自身。それを肝に銘じて、運転に必要なものを自分で見つけ、頭と身体に刻み込む。そして最終的に学んだことを、実践に移せるようになることこそが最終目標なのです」
至極まっとうな意見。普段は天然だけど、たまに覚醒してこういう悟りモードに突入した彼女の言葉は深いものがある。
リファもその持論に概ね賛同したのか、こくりと無言で首肯した。
「そうだな。お前の言う通りだ。そのための合宿なのだからな。あやうく目的を見誤るところだったよ」
「ありがとうございます。でも、だからと言ってこの問題集を覚えなくていいというわけではないですよ。意義がどうであれ、試験をパスするためにはこれらをほぼ完璧に解いていかなくてはならないのですから」
「わかってるよ。まぁ、お前のようにはいかないかもだが」
「心配ありません。すぐご主人様もリファさんも頭に自然に入ってくるはずです」
だといいんだけどね。ま、彼女の言う通り実践あるのみだ。
仲良く二人で勉強を再開する二人を見ながら軽くそう思った。
さてさて、それはそれとして。食事の後片付けもやらなきゃいけないけど、これは俺がやろう。厨房は使っていいらしいから、洗い物までしておくか。
空になったお粥の皿を重ねて、盆を持って部屋を出ていこうとする。
と、そこで俺の足が止まった。
……あれ? 待てよ。
とてつもない、重要な何かを……俺は忘れている気がする。
特に、クローラの最後のセリフの方……何かが引っかかる。
今、あいつは何て言ってた?
ちょっと巻き戻してもう一度再生。
――心配ありません。すぐご主人様もリファさんも頭に自然に入ってくるはずです。
……。
…………。
……………………。
「クローラ」
「はい、なんでしょう」
俺は彼女に背を向けながら、静かに問いかけた。
「お前がワイヤードにいた頃試してた暗記法。最初に言ったやつ、なんだっけ?」
「はい? ああ、ページを千切って食べたりですね」
「今日このお粥を作ったのは?」
「……私ですね」
「も一つ質問いいかな」
俺はゆっくりと振り返り、きょとんとしている女奴隷を見据えて、言った。
「お前の教本と問題集……どこに行った?」
「……ご主人様のような勘のいい人は嫌いです」
今開かれる真理の扉 (トイレ)。
0
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