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第三章

031:旅行気分

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「春休みに入ったら、俺たちは天斬のところに行ってみるわ」


 俺は放課後に凛音をカフェに誘って、一緒にスイーツを食べながら、昨日黒衣や瀬那と会話した内容を説明していた。
 俺が「瀬那」と呼び捨てたことで、一瞬頬を膨らませていたがあえて突っ込むのはやめておくことにする。


「春休みだったら私も一緒に行きたいかも! せっかくだからみんなで旅行とかしたいなって思ってたんだよね」

「俺は全然問題ないよ。だけど、観光とかする暇はひょっとしたらないかもだけどな」

「それでも道中は楽しめるし、あとは旅館とかに泊まれるだけでも、非日常を味わえるから最高に楽しくなると思うよ」

「それもそうだな。じゃあ、春休みになったら一緒に行くか。――だけど、お前の家は許してくれるのか? だって、俺みたいな男と一緒に行くことになるんだぞ?」

「大丈夫だよ。だってお母さんはしぃくんのことお気に入りだもん」


 実は夜ご飯に誘われて、何度か凛音の家にはお邪魔になっていた。
 というのも、凛音が華代さん(一度おばさんと言ったら、下の名前で呼びなさいと言われてしまった)に、俺が中学生の時に両親が事故で亡くなり、それから俺と黒衣の二人で生活をしていると説明したらしく、「それなら一緒にご飯を食べましょう」ということになったのだ。
 華代さんは「毎日でも食べに来て」と言っていたが、さすがにそれは遠慮してしまったが週に1度くらいのペースでお邪魔させてもらっていた。


「凛音が良いなら俺には異論はないけどな」

「うん。じゃあ、私も一緒に行くね。――部屋はもちろん、お布団だって一緒だって良いんだからね?」


 あまりにも突拍子もない凛音の発言を聞いて、俺はスイーツを喉に詰まらせて「ゲホゴホ」と盛大にむせてしまった。


「あぁ、まったくもう。もうちょっと落ち着いて食べないとダメだよ」


 そういうと紙ナプキンを何枚か取ると、俺の手に握らせてくれる。
 その行為はめちゃくちゃ優しいんだけど、こうなったのは凛音のせいだからな?
 俺はジロリと睨むが、当の本人は素知らぬ顔でスイーツをパクパク食べて「うーん。美味しい」とご満悦の様子だった。



 ―



「私、実は京の都に行くの初めてなんだよね」


 俺たちは駅弁を食べながら、新幹線に乗って京の都へ向かっていた。
 座席を回転させて向かい合わせに座っているので、本当に旅行している気分になってちょっとテンションが上がってしまう。


(やっぱり新幹線で正解だったのかもな)


 俺は当初、約20分で到着するリニアモーターカーで行きたかったのだが、「それだと旅行気分味わえないじゃん」という凛音の発言により新幹線で行くことになったのだ。

 ちなみにチケットは、ちゃんと黒衣の分も購入している。
 リニアモーターカーだったら、あっという間に到着するので影の中に入ってもらおうと思っていたのだが、新幹線で約2時間かけてゆっくりと行くんだからせっかくなら席を取って一緒に行こうということになったのだ。
 瀬那に関しては、誰からも見られることはないので、チケットはもちろん取っていない。


「旅の道中にお弁当はなぜこんなにも美味しいのでしょうか? 詩庵様。私のおかずも食べますか?」


 俺の隣に座った黒衣が、おかずを一品箸で摘んで俺に「あーん」をしようとしてくる。
 そんな俺たちのことを見ていた凛音が急に慌てて、「わ、私のおかずも食べてみて。とても美味しいよ」と言いながら、俺の口に箸を向けてくる。


(え? これ、食べなきゃいけないやつなの?)


 2人に「大丈夫だから」と言っても、箸をどかせる気配が一切なかったので、覚悟を決めて「あーん」をしてもらう。
 確かに美味しかったけど、それよりも恥ずかしくなってしまって味を楽しむどころではなかった。
 そんな俺を尻目に、2人はホクホク顔で自分のお弁当をまたモグモグと食べ始めた。


『はぁ、私も体があったら詩庵に『あーん』したかったのにな……』


 瀬那は誰にも聞こえないように小声で呟いていたが、ばっちりと俺の耳に届いてしまった。
 それを突っ込むと誤爆しそうな気がしたのでスルーをしたのだが、勘違いでなければ、俺にモテ期が来ている気がする……。
 正直今まで人から好意的に接してもらったのは、美湖以外にいなかったので正直戸惑ってしまうというのが本音だ。



 ―



「わぁ! ここが京の都なんですね! 風情がありますねぇ」


 京の都は昔の日国の情景をそのまま残しており、街全体が世界遺産に登録されている。
 なので、外観などは改修することができないが、建物の中は他の街の建物のように近代化されているので、ここに暮らす人々の生活には支障はないのだという。


「俺も初めて来たけど、普通に侍とか歩いてそうな感じがするな」


 黒衣も懐かしい雰囲気を感じているのか、目をキラキラとさせて街並みを眺めている。
 かくいう俺もこの街並みを目にしたときから、テンションが爆上がりしていたので宿に行って荷物を置いてから、京の街をブラブラ散策をしようという提案をしていた。
 本当は今日から天斬の元へ向かう予定だったのだが、今から向かっても夕方過ぎてしまうし問題はないだろう。

 俺の提案に全員が賛成してくれたので、善は急げと宿に向かった。
 取り敢えず宿に関しては初日だけ確保して、あとはショートステイができる民家を3日間借りることにしていた。
 民家を借りると、家事などは全て自分達でやらなくてはいけないので面倒ではあったのだが、それでも宿泊料金が宿に比べて格段に安くなるのだ。
 俺もお金には余裕があったのだが、ハッカーとして稼いている凛音とは違って、自分の稼ぎではなかったためそのようにお願いをしたのだ。
 あと、宿だと2部屋取らないとダメだけど、民家の場合は部屋も複数あるので寝る時も安心だしな。

 ちなみに宿の選定や予約などは、全て凛音が素早く行ってくれた。
 凛音はいつも俺の秘書みたいなことを率先としてやってくれるのだ。
 しかし、仲間になった最初の頃に、いつも雑用みたいなことをさせるのに気が引けた俺は、「申し訳ないから俺もやるよ」と言ったのだが、凛音は笑顔で「良いんだよ。しぃくんは別のところでいつも頑張ってるんだしさ。だから私も自分でできることを頑張ってるだけだよ」と言ってくれた。
 凛音は自分が戦えないことを理解していて、それでも自分ができる役割を頑張って果たそうとしてくれているのだった。

 ――良い子すぎるでしょ、凛音さん。

 ということで、今俺たちは凛音が取ってくれた宿の部屋の中に全員でいた。


「あれ? もう一部屋あるんじゃないの?」

「何を言ってるの、しぃくん。部屋もお布団も一緒でいいって最初から言ってたじゃない」

「あれは冗談じゃなかったのかよ!」

「ふふっ。冗談なんかじゃないよ。ほら、露天風呂付きの部屋にしたんだよ。だから後でみんなで一緒に入ろうよ」

「いやいやいやいや。それは流石に無理だろ! 黒衣たちだって嫌がるに決まってるじゃないか」

「え? 詩庵様とでしたら、私は何も問題はございませんが」

『わ、私も詩庵とだったらいいかな? って思ってるよ?』


 この人たちは一体何を言ってるんだろう?
 2人の言葉を聞いた凛音(実際には瀬那の声は聞こえていない)は「うんうん。そうだよね? 私も他の男の子だったら嫌だけどしぃくんだったら全然問題ないよ」なんて言っている。

 あれ?
 まだ付き合ってない男女でお風呂に入ることに違和感を感じてるのは俺だけなのかな?
 ひょっとしてみんな結構経験豊富だったりするのだろうか?
 さすがに「みんな男女の経験が豊富なのかな?」なんて言えないので、俺はどうリアクションをしていいのか分からずにポカンとしてしまう。

 すると「私は今まで彼氏とかいたことないし、男の子と一緒に旅行どころか遊んだことだってないからね?」と凛音が言ってきた。
 それに対抗するように、瀬那も『わ、私だって……』と言っているし、黒衣に至っては俺の腕にギュッとしがみつきながらコクコクと頭を振っている。

 うーん。
 とりあえずこの状況について深く考えるのはやめよう。
 俺は下手に何かを言うと事故りそうな予感がしたので、「あははは」と笑いながらテーブルの上にあったお菓子をパリパリと食べ始めるのであった。
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