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第34話 イカれた男

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「次はこっちから行くぜ! 握魔力弾(あくまりょくだん)!」
「えっ? うそ!」
「そらそらそらそら!」
「魔法? こいつ、魔法を使えたの? つっ、うっ!」

 離れた場所からハルトが腕を突き出して、グーパーさせて閉じた拳を開いたり閉じたりする。
 その度に、空気が弾けたような音がして、アスラの状態を揺らした。

「これは、空気の弾丸? 詠唱も何も無しで、しかもこんな連続で? いや、こんな魔法みたことないわ!」
「魔法? そんな上品なもんと一緒にすんなって! ボーイな技だろ?」

 見えない空気の弾丸。目に見えないが、それは野球ボールぐらいの大きさはあるだろうか?
 ハルトが離れた場所で拳を閉じたり開いたりするだけで、アスラの肉体に痛みが走った。

「違う、あれは魔法じゃない。握った拳を弾くように開いた衝撃で生じる空気を弾丸のように飛ばしている」
「空気弾? レオンくん、あんな技を使えたの?」
「へ~、やるじゃない」

 予想もしていなかったハルトの反撃に、ハジャたちは素直に感心した。
 伊達に不良の頭をハッているわけではない。それなりの力は兼ね備えているのだと頷いた。

「つっ、確かに驚いたわ。でもね、この程度の力じゃ私は倒せないわよ?」

 確かに驚いた。だが、ダメージはない。連発されると厄介ではあるが、殺傷能力は高くない。
 アスラの優位は変わらない。
 そして、連発されれば当然慣れる。

「よっと」
「おっ」

 アスラは握魔力弾を回避した。

「ちょっとした空気の流れやアンタの腕の位置さえ確認すれば、避けるのは造作もないわ!」
「ちっ。いちいちうるせー女だな」

 舌打ちするハルトは構わず空気弾を連発するが、もうアスラには当たらない。
 アスラは左右の見事なステップワークで避けながら徐々にハルト近づき、そして最後は上空に飛んだ。
 
「いくわよ、炎脚両断(えんきゃくりょうだん)!」

 くるくると何回転もして威力と速度を加速させた踵落としを放つ。
 当たったら、頭から潰れるか、体が真っ二つに割れるかもしれない。
 咄嗟に判断したハルトは、空気弾からの攻撃を切り替え、握った拳を更に強く握る。
 更に、左手で右手首を掴み、強固さをアップさせた拳をアスラの踵目がけてぶつける。

「超絶握魔力拳!」

 轟音とも爆音とも呼べる衝撃音。
 交差する二つのパワーの衝撃により、床に円上に亀裂が走った。
 その中心には空中で踵落としをした態勢で止まっているアスラに、拳でアスラの踵を受け止めているハルト。

「驚いたね」
「ごか、互角? アスラの炎脚を正面から相殺させた? レオンくんが」
「これは驚いたわね。ナチュラルなパワーだけで、アスラさんと正面からぶつかれるなんて」

 予想外に続いて、予想以上だった。少なくとも勇者一味はハルトが瞬殺されると思っていた。
 それが、ここまでの戦いに発展するとは思ってもいなかった。

「ね、ねえ、ハジャ。ひょっとしてだけど、ひょっとしてこのままアスラがやられちゃうなんてことは」
「いや、それはないだろう」
 
 しかし、それでも結末は変わらないだろうとハジャは断言した。
 その理由は、今のハルトの状態にあった。

「くは、くはは、両断できねえ刃に意味なんてなかったな」
「あんた」
「さあ、続きだ」

 手招きしてアスラを挑発するハルト。
 だが、アスラは見逃さなかった。ハルトから溢れる汗を。

「無事なはずがない。今の衝撃に、彼の右腕は完全に壊れた」

 英雄の必殺の一撃だ。無事で済むはずがなかった。
 ハジャたちの見立てたとおり、ハルトの右腕は肩が外れ、腕の骨がへし折れていた。
 これ以上は、喧嘩ではない。勝敗は既に決している。だが、それでも戦意を失わずにギラついた瞳で牙を見せるハルトに、アスラも少しだけ胸を打たれた。

「もう、これまでにしましょ。あんた、お世辞抜きでよくやったわよ」
「あん?」
「あんた、フツーに強かったわよ。私もみんなも驚いたわ。だから、これ以上意地張んのはやめなさい」

 アスラの表情には既に怒りはない。それどころか、ハルトを気遣っていた。そして、認めてもいた。

「最初はちょっとお仕置きしてやるだけのつもりだったけど、これ以上は喧嘩じゃない。殺し合いよ。流石に私もそこまでやる気にはなれないわ。それに、もうこれ以上、あんたと戦いたくないわ」
「は、はあ? 何を言ってやがる。まだまだこれからだろうが」
「言っておくけど、私はまだ半分の力も出してないわ。このままあんたが戦っても勝ち目はないわ」

 お前が強いのは十分分かったから、もうここでやめよう。アスラのその提案は情けだ。
 だが、アスラもハジャたちも不良という存在の性質をよく分かっていない。
 情けをかけ、哀れまれたり、安い同情をされることほど死ぬほどの苦痛だと言うことを。

「俺の彼女……勇者の妹が言ってたよ。俺は本当の覚悟を知らないってな」
「えっ?」
「確かに俺は戦争にも出てねえ。国のためだとかも知ったこっちゃねー。だから、お前らの言う覚悟ってのがどんなもんかまでは分からねえ。だからこそ言うぞ。相手を破滅させる事への覚悟がねー奴が、不良の世界をナメんのもたいがいにしろよ?」

 ハルトの目つきが変わった。今まで邪悪で歪んだ笑みの混じった表情から、殺意のこもった瞳へと。
 そこに笑いはなく、ただドス黒く鋭い寒気のするような空気が全身から溢れ出ていた。
 不良をナメた奴は殺す。そう言っていた。

「井の中の蛙。鳥なき島の蝙蝠。よく、俺たちの世界はそう呼ばれた。だがな、そいつは間違いだ。井の中に、鳥無き島にいたのは、最強で最高のバカ野郎たちだった。戦争に出ていた奴らと不良の俺たちじゃ覚悟は違う? ふざけんな! テメエの誇りと仲間とチームのために命を懸けて血を流すことに、違いがあるわけねえだろ! 俺たちの街は、俺たちの世界は、俺たちと共に駆け抜けた奴らはそんなにヌルくなかったぜ!」

 猛るハルトは、左手で使い物にならなくなった右腕を掴む。すると、力を入れて、

「うおりゃあああああ!」
「ちょっ、バカ!」
「ぐ、ぐああああああ、ぐっ、ぐああ、つあ!」
 
 悲鳴が響き渡った。一部の一般生徒たちは目を逸らし、吐き気に襲われ、中には気を失ったものすら居た。
 鉄の匂いが広がり、ハルトの足下は青い血の海ができ、その海の中にハルトは自分の体から引き千切った腕を放り投げた。

「あ、あんた、なに、考えてんのよ!」

 理解不能。その行動に何の意味があるのか?
 いや、意味など無い。ただ、ハルトは意地になってバカなことをしたに過ぎない。
 だが、それでもその無意味な行動にアスラは戦慄した。
 使い物にならなかった右腕を自分で引き千切って捨てる。あまりの激痛にハルトはのたうち回り、何度も床に頭突きをした。

「くっ、がっ、はは、くははははははははは」

 痛みで頭がおかしくなったか? それとも元々おかしかったのか?
 それでもハルトは笑った。

「く、くはは、この程度でイカれてると思うぐらいなら、お前は不良の世界では生きていけねえよ。俺たちはお前らの想像を遙かに超えた世界に居るんだよ」
「はあ?」
「腕折れたぐらいがどうした。腕が無くなったところで、俺はこうして何一つ折れちゃいねーんだよ。テメエはな、まだ俺に勝っちゃいないんだよ!」

 この時、アスラは直感した。この男は危険すぎると。
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