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冷酷非道な悪役人形皇女のピュアな恋愛事情
第2話 年頃の少女のような人形皇女
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■■
自室に戻ったモナルカは、さっそく赤いソファーに腰を下ろすと、黒く光沢のあるローテーブルの上で山積みになった男性貴族の似顔絵――つまるところ、縁談の申し込みに辟易する。
積み上げられた似顔絵の上澄みから数枚抜き取ると、無感情の瞳でパラパラと目を通していく。
「男爵から公爵まで、よりどりみどりですね」
「モナルカお嬢様がお美しいからですね!」
「そ、そう」
明るく快活な声でモナルカを褒めたのは、彼女の専属執事であるティーレであった。
黒髪黒目の、女性としては高い方とはいえ、モナルカよりも若干背の低い小柄な少年だ。
格好良さよりも可愛さのあるティーレに容姿を褒められ、モナルカは素っ気ない返答ながらも、嬉しいのか微かに頬を赤らめた。
モナルカの見目を褒める際、誰もが口を揃えて『人形のようだ』と宣《のたま》うが、頬に赤みの差した今の可憐な表情を見れば、そのような比喩を口にする者はいなかっただろう。
見るからに機嫌の良くなったモナルカは、持っていた見合いの似顔絵をテーブルに投げ捨てると、ニコニコと笑うティーレに指示を出す。
「ティーレ。これらは全て塵《ごみ》と一緒に燃やしておいて」
「えぇええっ!? いいんですか!?」
「構いません」
とんでもない命令にティーレは驚くが、モナルカは冷めたものだ。
言われた通り似顔絵の書かれた書類を回収していくティーレは、困ったように眉尻を下げた。
「貴族様方からこんなにも縁談のお話がくるなんて、凄いことだと思うんですけど」
「興味はありません。それに……勘違いされたくありませんから」
「誰にですか?」
「貴方にです。ティーレ」
モナルカは正直な言葉を口にすると、テーブルに伸ばされていたティーレの手を取り、両手でぎゅっと握る。
細く滑らかな主《あるじ》の手に触れられ、初心な少年の顔が真っ赤になってしまう。
「昔の私ならば、お母様に命令されればどのような相手とでも結婚したでしょう。けれど、今の私はティーレのことを愛しています。他の雑多な殿方は、私の目に映りません」
「モナ、モナルカ様……」
生まれた時から皇帝になるべく母であるマードレから英才教育を受けてきたモナルカ。
あらゆる行動をマードレに決められ、調教されていたモナルカに自由意思など存在しなかった。
そんな母親の操り人形でしかなかったモナルカに、人としての感情を与えてくれたティーレのことを、彼女は誰よりも大切にし、愛していた。
嘘偽りのない、真摯な愛の告白に、ティーレの顔は茹で上がったのように熱を帯びる。
言葉も出てこないティーレに、モナルカは言葉を重ねる。
「以前から申し上げおりますが、結婚しませんか?」
「むむむ、無理ですっ!!」
「なぜ無理なのでしょうか?」
じっと、美しい翡翠の瞳に見つめられ、ティーレは逃げるように俯く。
「わ、私は農村育ちの平民で、モナルカ様は皇族! それも王位継承権を持つ第二皇女です! とても私とは釣り合いが取れません!」
「では、ティーレは愛していない殿方と結婚しろと、そう仰るのですか?」
「政略結婚は反対です!」
絶対ダメとティーレは両腕でバツ印を描く。
羞恥と動揺でどうにかなってしまいそうなティーレであったが、必死に自分の気持ちを紡ぐ。
「その……モナルカ様には、幸せになっていただきたいです」
「幸せにしてください」
「し、執事として、頑張っているつもり、です」
「ええ、とても感謝しています。いつもありがとうございます、ティーレ」
「~~っ!?」
嬉しいやら恥ずかしいやら。身悶えるティーレ。
彼は床に転げ回りたい衝動に駆られたが、未だに片手がモナルカの両手で優しく包まれており、逃げ出すこともままならない。
「私の気持ちが大事というのであれば、身分は関係ないですよね?」
「その……通りではあるんですけど」
「では、ティーレと結婚しても良いですよね?」
「それとこれとは、話が別というかなんというか……」
「ハッキリしませんね、ティーレは」
むぅ、と拗ねたようにモナルカの唇が結ばれる。
ティーレの煮え切れない態度を否定と取ったのか、モナルカは瞳を潤ませ、悲しそうにくしゃりと顔を歪める。
「それとも……ティーレは私のことが嫌い、ですか?」
「そんなことはありません!」
ティーレは全身を左右に振って全力で否定する。
それだけはありえないと、彼なりに精一杯モナルカへ伝えようとする。
「今、平民の私がこうして皇女様付きの執事となれているのも、モナルカ様のお引き立てがあってこそです! お給金も上がって、実家への仕送りも増やせて、心配事が減りました」
「あぁ……そういえば、下級使用人とは随分と給金が違っていましたね。お金が欲しいのですか? いくら?」
「そういうつもりで言ったんではありませんよ!?」
駄目男に貢ぐ仕事のできる女のようなノリで、モナルカはお金を差し出そうとする。
なまじ皇女なだけに、冗談でもなんでもなく、家が建つほどの金をポンッと与えてしまえるのが彼女である。
過去、似たような例があっただけに、ティーレは全力でモナルカを止めた。
貢げなかったモナルカは、楽しみを奪われた子供のように落ち込んでしまう。
「別に構いませんのに……」
「構ってください! それじゃぁ、私がモナルカ様にお金を無心する卑しい者になってしまいます!」
「そんなことがないのは、誰よりも私が知っております。それでは、駄目?」
「い、いい、ですけど」
「そう」
簡単に心臓を貫く言葉に、ティーレは今にも倒れてしまいそうであった。
嬉しそうに微笑むモナルカの麗しさに当てられて、先程から一向に引かない顔の赤みを誤魔化すように、勘違いのないよう己の気持ちをハッキリと告げる。
「と、とにかくですね! 執事としてもまだまだ未熟な私を贔屓していただけるモナルカ様には感謝しかありません。嫌いなんてことがあるわけないじゃないですか!」
「では、私のこと好き?」
「……」
可愛らしく首を傾げた質問に、ティーレは二枚貝のように口を堅く閉じた。
冷や汗を全身から滝のように流すティーレを見て、モナルカはしゅんっと肩を落とす。
「やっぱり嫌いなのですね……」
「わーわーわー!?」
慌てて両手をわたわたさせるティーレは、言葉を選びながらも落ち込んだモナルカを一生懸命慰めようとする。
「きらっ、嫌いなんてことはありません。それは絶対です!」
「なら、好き?」
「き、気持ちは好きか嫌いだけで表現できるものではなくって」
「ティーレ」
身を寄せ、仔猫がねだるような甘い声。
ソファーの肘掛に両手を置き、潤む瞳の上目遣いで見つめられては、ティーレに抵抗の余地が残されているはずもなく、
「……す、好きです」
「嬉しい」
羞恥心で溶けてなくなってしまいそうになりながら、モナルカの望んだ答えを口にした。
待ち望んでいた惚れた相手からの好意の言葉。
それがなにより心の底から嬉しいのだと全身で表すように、モナルカは彼の首に両腕を回し、柔らかな胸の中に引き寄せる。
「ちょっ、モナルカ様っ!?」
「やっぱり、私達は両想いですね」
突然の蛮行にティーレは慌てるも、幸福で胸一杯のモナルカの耳には届かない。
「こここ、こういうことを異性にしてはいけません!」
「なぜでしょうか?」
「は、はしたないと言いますか……恥ずかしい、です」
顔に触れる柔らかな感触に包まれて、異性に慣れていないティーレは、相手がモナルカということもあって羞恥心で一杯だ。心地良く気持ち良いと思ってしまう浅はかな己が、ティーレはなにより恥ずかしいのだ。
それでも抱きしめるのを止めないモナルカの頬にも、ティーレと同じぐらい鮮やかな朱色が差していた。
「安心してください。私も恥ずかしいです」
「なら離れてくださいよ!?」
「けど、同時にとても幸せになります」
愛しい人の黒髪を、モナルカは優しく撫でる。
そっと彼の頭に顔を寄せ、幸せそうに瞼を閉じた。
「ティーレの体温や匂い……全身で貴方を感じられてとても嬉しくなるのです」
「モナルカ様……」
幸福に身を委ねるモナルカの言葉に、ティーレは愛おしそうに彼女の名前を呼んだ。
「まさか、私がこんな暖かい心を持つなんて、思ってもみませんでした」
「……貴女様は笑わない人でしたから」
モナルカに専属執事として任じられ、初対面を果たした時。
彼女は心のない人形のように無表情で、笑み一つ浮かべることはなかった。
モナルカもその時のことを思い出しているのだろうか。
抱きしめる力を少し緩めると、僅かな隙間を残して、鼻先が触れ合いそうな距離でティーレを見つめる。
「今は笑えていますか?」
「うぅ……はい。とても、その、可愛いです」
元より神なる人形師が作り上げた傑作だ。
表情はなくとも誰もが見惚れる美しさをモナルカは持ち合わせていた。
そんな美の化身たる彼女の微笑みは、女神とて嫉妬するほどに魅力的だ。
恋に落ちない男がこの世にいるはずもなく、ティーレは早鐘する心臓の音がモナルカに伝わってはいまいか心配になってしまう。
「ふふ、そう。なら、可愛く笑えるようにしてしまった責任をティーレに取っていただかなければなりませんね」
「責任!?」
男がもっとも怯える言葉の一つに、ティーレは悲鳴を上げる。
サァーっと血の気が引いていく彼を、翡翠の瞳を細めて幸せそうに見つめながら、モナルカはクスリと笑みを零した。
「冗談です」
心臓に悪い冗談に背筋が凍るティーレの体を、ぎゅっと抱きしめる。
「私はティーレと一緒に居たいですが、無理強いをするつもりはありません」
ティーレの肩に顎を置いて頬を触れ合わせながら、モナルカは彼の耳元に唇を近付けるといつの日か訪れて欲しい夢を囁く。
「けど、いつか。私の気持ちに応えてくれたら……嬉しいです」
「……モナルカ様」
呆けたようにモナルカの名を呼ぶティーレ。
彼が何か言い淀む気配を感じながらも、敢えて彼の言葉を待たずに素直の気持ちを伝えた。
「今はこうして触れ合っているだけで、満足です」
モナルカは彼の首にそっと手を添えると嬉しそうに、翡翠に瞬く宝石の付いた黒革でできたチョーカーに触れた。
「毎日、付けてくれていて嬉しいです」
「モナルカ様に頂いた物ですから、当然です」
それはモナルカが初めてティーレの誕生日に贈ったプレゼントであった。
誕生日だけでなく、モナルカに良い事があれば事あるごとにお祝いをしてくれるティーレにお返しができればと、半年もの長い時間を掛けて悩みに悩み抜いて選んだ贈り物。
いつ何時でも彼がチョーカーを首に巻いてくれるのが彼女は嬉しくて、目に映る度に頬が緩んでしまう。
「ティーレ」
諦めたのか、抵抗を止めてされるがままにされている愛しい者の名を呼び、
「いつか、貴方が大切にしている家族に、私も加えてくださいね?」
驚く彼の黒曜の瞳に吸い込まれるように、ティーレの頬に唇を落とした。
自室に戻ったモナルカは、さっそく赤いソファーに腰を下ろすと、黒く光沢のあるローテーブルの上で山積みになった男性貴族の似顔絵――つまるところ、縁談の申し込みに辟易する。
積み上げられた似顔絵の上澄みから数枚抜き取ると、無感情の瞳でパラパラと目を通していく。
「男爵から公爵まで、よりどりみどりですね」
「モナルカお嬢様がお美しいからですね!」
「そ、そう」
明るく快活な声でモナルカを褒めたのは、彼女の専属執事であるティーレであった。
黒髪黒目の、女性としては高い方とはいえ、モナルカよりも若干背の低い小柄な少年だ。
格好良さよりも可愛さのあるティーレに容姿を褒められ、モナルカは素っ気ない返答ながらも、嬉しいのか微かに頬を赤らめた。
モナルカの見目を褒める際、誰もが口を揃えて『人形のようだ』と宣《のたま》うが、頬に赤みの差した今の可憐な表情を見れば、そのような比喩を口にする者はいなかっただろう。
見るからに機嫌の良くなったモナルカは、持っていた見合いの似顔絵をテーブルに投げ捨てると、ニコニコと笑うティーレに指示を出す。
「ティーレ。これらは全て塵《ごみ》と一緒に燃やしておいて」
「えぇええっ!? いいんですか!?」
「構いません」
とんでもない命令にティーレは驚くが、モナルカは冷めたものだ。
言われた通り似顔絵の書かれた書類を回収していくティーレは、困ったように眉尻を下げた。
「貴族様方からこんなにも縁談のお話がくるなんて、凄いことだと思うんですけど」
「興味はありません。それに……勘違いされたくありませんから」
「誰にですか?」
「貴方にです。ティーレ」
モナルカは正直な言葉を口にすると、テーブルに伸ばされていたティーレの手を取り、両手でぎゅっと握る。
細く滑らかな主《あるじ》の手に触れられ、初心な少年の顔が真っ赤になってしまう。
「昔の私ならば、お母様に命令されればどのような相手とでも結婚したでしょう。けれど、今の私はティーレのことを愛しています。他の雑多な殿方は、私の目に映りません」
「モナ、モナルカ様……」
生まれた時から皇帝になるべく母であるマードレから英才教育を受けてきたモナルカ。
あらゆる行動をマードレに決められ、調教されていたモナルカに自由意思など存在しなかった。
そんな母親の操り人形でしかなかったモナルカに、人としての感情を与えてくれたティーレのことを、彼女は誰よりも大切にし、愛していた。
嘘偽りのない、真摯な愛の告白に、ティーレの顔は茹で上がったのように熱を帯びる。
言葉も出てこないティーレに、モナルカは言葉を重ねる。
「以前から申し上げおりますが、結婚しませんか?」
「むむむ、無理ですっ!!」
「なぜ無理なのでしょうか?」
じっと、美しい翡翠の瞳に見つめられ、ティーレは逃げるように俯く。
「わ、私は農村育ちの平民で、モナルカ様は皇族! それも王位継承権を持つ第二皇女です! とても私とは釣り合いが取れません!」
「では、ティーレは愛していない殿方と結婚しろと、そう仰るのですか?」
「政略結婚は反対です!」
絶対ダメとティーレは両腕でバツ印を描く。
羞恥と動揺でどうにかなってしまいそうなティーレであったが、必死に自分の気持ちを紡ぐ。
「その……モナルカ様には、幸せになっていただきたいです」
「幸せにしてください」
「し、執事として、頑張っているつもり、です」
「ええ、とても感謝しています。いつもありがとうございます、ティーレ」
「~~っ!?」
嬉しいやら恥ずかしいやら。身悶えるティーレ。
彼は床に転げ回りたい衝動に駆られたが、未だに片手がモナルカの両手で優しく包まれており、逃げ出すこともままならない。
「私の気持ちが大事というのであれば、身分は関係ないですよね?」
「その……通りではあるんですけど」
「では、ティーレと結婚しても良いですよね?」
「それとこれとは、話が別というかなんというか……」
「ハッキリしませんね、ティーレは」
むぅ、と拗ねたようにモナルカの唇が結ばれる。
ティーレの煮え切れない態度を否定と取ったのか、モナルカは瞳を潤ませ、悲しそうにくしゃりと顔を歪める。
「それとも……ティーレは私のことが嫌い、ですか?」
「そんなことはありません!」
ティーレは全身を左右に振って全力で否定する。
それだけはありえないと、彼なりに精一杯モナルカへ伝えようとする。
「今、平民の私がこうして皇女様付きの執事となれているのも、モナルカ様のお引き立てがあってこそです! お給金も上がって、実家への仕送りも増やせて、心配事が減りました」
「あぁ……そういえば、下級使用人とは随分と給金が違っていましたね。お金が欲しいのですか? いくら?」
「そういうつもりで言ったんではありませんよ!?」
駄目男に貢ぐ仕事のできる女のようなノリで、モナルカはお金を差し出そうとする。
なまじ皇女なだけに、冗談でもなんでもなく、家が建つほどの金をポンッと与えてしまえるのが彼女である。
過去、似たような例があっただけに、ティーレは全力でモナルカを止めた。
貢げなかったモナルカは、楽しみを奪われた子供のように落ち込んでしまう。
「別に構いませんのに……」
「構ってください! それじゃぁ、私がモナルカ様にお金を無心する卑しい者になってしまいます!」
「そんなことがないのは、誰よりも私が知っております。それでは、駄目?」
「い、いい、ですけど」
「そう」
簡単に心臓を貫く言葉に、ティーレは今にも倒れてしまいそうであった。
嬉しそうに微笑むモナルカの麗しさに当てられて、先程から一向に引かない顔の赤みを誤魔化すように、勘違いのないよう己の気持ちをハッキリと告げる。
「と、とにかくですね! 執事としてもまだまだ未熟な私を贔屓していただけるモナルカ様には感謝しかありません。嫌いなんてことがあるわけないじゃないですか!」
「では、私のこと好き?」
「……」
可愛らしく首を傾げた質問に、ティーレは二枚貝のように口を堅く閉じた。
冷や汗を全身から滝のように流すティーレを見て、モナルカはしゅんっと肩を落とす。
「やっぱり嫌いなのですね……」
「わーわーわー!?」
慌てて両手をわたわたさせるティーレは、言葉を選びながらも落ち込んだモナルカを一生懸命慰めようとする。
「きらっ、嫌いなんてことはありません。それは絶対です!」
「なら、好き?」
「き、気持ちは好きか嫌いだけで表現できるものではなくって」
「ティーレ」
身を寄せ、仔猫がねだるような甘い声。
ソファーの肘掛に両手を置き、潤む瞳の上目遣いで見つめられては、ティーレに抵抗の余地が残されているはずもなく、
「……す、好きです」
「嬉しい」
羞恥心で溶けてなくなってしまいそうになりながら、モナルカの望んだ答えを口にした。
待ち望んでいた惚れた相手からの好意の言葉。
それがなにより心の底から嬉しいのだと全身で表すように、モナルカは彼の首に両腕を回し、柔らかな胸の中に引き寄せる。
「ちょっ、モナルカ様っ!?」
「やっぱり、私達は両想いですね」
突然の蛮行にティーレは慌てるも、幸福で胸一杯のモナルカの耳には届かない。
「こここ、こういうことを異性にしてはいけません!」
「なぜでしょうか?」
「は、はしたないと言いますか……恥ずかしい、です」
顔に触れる柔らかな感触に包まれて、異性に慣れていないティーレは、相手がモナルカということもあって羞恥心で一杯だ。心地良く気持ち良いと思ってしまう浅はかな己が、ティーレはなにより恥ずかしいのだ。
それでも抱きしめるのを止めないモナルカの頬にも、ティーレと同じぐらい鮮やかな朱色が差していた。
「安心してください。私も恥ずかしいです」
「なら離れてくださいよ!?」
「けど、同時にとても幸せになります」
愛しい人の黒髪を、モナルカは優しく撫でる。
そっと彼の頭に顔を寄せ、幸せそうに瞼を閉じた。
「ティーレの体温や匂い……全身で貴方を感じられてとても嬉しくなるのです」
「モナルカ様……」
幸福に身を委ねるモナルカの言葉に、ティーレは愛おしそうに彼女の名前を呼んだ。
「まさか、私がこんな暖かい心を持つなんて、思ってもみませんでした」
「……貴女様は笑わない人でしたから」
モナルカに専属執事として任じられ、初対面を果たした時。
彼女は心のない人形のように無表情で、笑み一つ浮かべることはなかった。
モナルカもその時のことを思い出しているのだろうか。
抱きしめる力を少し緩めると、僅かな隙間を残して、鼻先が触れ合いそうな距離でティーレを見つめる。
「今は笑えていますか?」
「うぅ……はい。とても、その、可愛いです」
元より神なる人形師が作り上げた傑作だ。
表情はなくとも誰もが見惚れる美しさをモナルカは持ち合わせていた。
そんな美の化身たる彼女の微笑みは、女神とて嫉妬するほどに魅力的だ。
恋に落ちない男がこの世にいるはずもなく、ティーレは早鐘する心臓の音がモナルカに伝わってはいまいか心配になってしまう。
「ふふ、そう。なら、可愛く笑えるようにしてしまった責任をティーレに取っていただかなければなりませんね」
「責任!?」
男がもっとも怯える言葉の一つに、ティーレは悲鳴を上げる。
サァーっと血の気が引いていく彼を、翡翠の瞳を細めて幸せそうに見つめながら、モナルカはクスリと笑みを零した。
「冗談です」
心臓に悪い冗談に背筋が凍るティーレの体を、ぎゅっと抱きしめる。
「私はティーレと一緒に居たいですが、無理強いをするつもりはありません」
ティーレの肩に顎を置いて頬を触れ合わせながら、モナルカは彼の耳元に唇を近付けるといつの日か訪れて欲しい夢を囁く。
「けど、いつか。私の気持ちに応えてくれたら……嬉しいです」
「……モナルカ様」
呆けたようにモナルカの名を呼ぶティーレ。
彼が何か言い淀む気配を感じながらも、敢えて彼の言葉を待たずに素直の気持ちを伝えた。
「今はこうして触れ合っているだけで、満足です」
モナルカは彼の首にそっと手を添えると嬉しそうに、翡翠に瞬く宝石の付いた黒革でできたチョーカーに触れた。
「毎日、付けてくれていて嬉しいです」
「モナルカ様に頂いた物ですから、当然です」
それはモナルカが初めてティーレの誕生日に贈ったプレゼントであった。
誕生日だけでなく、モナルカに良い事があれば事あるごとにお祝いをしてくれるティーレにお返しができればと、半年もの長い時間を掛けて悩みに悩み抜いて選んだ贈り物。
いつ何時でも彼がチョーカーを首に巻いてくれるのが彼女は嬉しくて、目に映る度に頬が緩んでしまう。
「ティーレ」
諦めたのか、抵抗を止めてされるがままにされている愛しい者の名を呼び、
「いつか、貴方が大切にしている家族に、私も加えてくださいね?」
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