冷酷非道な悪役人形皇女のピュアな恋愛事情 ~血の繋がった母にすら性的な拷問を行う帝国第二皇女は、年頃の娘のように専属執事と初々しい恋をする~

ななよ廻る

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冷酷非道な悪役人形皇女のピュアな恋愛事情

第1話 血も涙もない人形皇女

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 帝国ビアンカネーロの第二皇女、モナルカ・マリオネッタは悪女である。

「どうかっ、どうかお許しくださいませ、モナルカ殿下!」

 カーテンの閉め切られた光を通さない一室。
 蝋燭の灯のみが光源の室内では、一人の少女が涙を浮かべて地に伏すかのように頭を下げていた。
 彼女を見下ろすようにして細かな彫刻が施されたソファーに座るのは、美しい銀の髪を長く伸ばした、人形のように整った顔立ちの少女、モナルカであった。

 白いブラウスを内側から押し上げる豊かな胸。けれども、下品さを感じさせないのはモナルカが纏う高貴な雰囲気のおかげだろうか。
 くびれを強調するかのようにキュッと絞める黒のロングスカート。膝の上で楚々と手を重ねる姿は、あたかも宮殿に飾られる絵画のようであった。

 これほどまでに神に愛された造形だというのに、心のない人形かのように表情が抜け落ちている。
 蝋燭の光で輝く翡翠の瞳は、目の前で涙を浮かべて許しを請う少女に欠片程の感情も抱いていなかった。

 人の形をした絡繰が動いているかのように心の内を現さない皇女を恐れているのか、床に手を付く少女は必死に言葉を重ねる。

「ち、父が着服していたお金は、必ずお返しいたします! ですのでどうか、私共家族はお許しいただけないでしょうか!?」
「許す、許さないなどありません」

 発した声音はとても冷たかった。
 平坦で、抑揚のない、けれども天上の女神のように透き通った声は、あたかも神を信じぬ愚か者に天罰を与える審判者であった。

「罪というのであれば、リフィス様の御父上にあります。そして、御父上は罰を受けた。貴女は知っているでしょう?」
「……は、はいっ」

 モナルカの言葉に、頭を下げていた少女、リフィスは顔を伏せたまま返事をした。
 けれど、その声は震えており、モナルカには見えない彼女の表情は、青色に染まっていた。
 何故なら、モナルカの言葉によって忘れたくとも忘れられない記憶を、想起させてしまったからだ。

 ――屋敷に届けられた、リフィスの父親である男の生首を。

 目玉がくり抜かれた窪んだ黒洞《こくどう》から赤い涙を垂れ流し、彼がどれほどに悲惨な最後を遂げたのかまざまざと想像させる父親の表情。それを見た時、リフィスは悲鳴すら上げられず、己に訪れる未来を予見し、胃からこみ上げてくる物をその場に吐き出し咽び泣いた。

 次は自分の番だと恐怖で震え上がるリフィスに、モナルカは淡々と事実だけを述べていく。

「ですので、貴女方家族に許すべき罪はありません」
「で、では……!」

 一瞬の歓喜。
 けれど、輝く顔を上げて彼女が見たのは冷たい宝石のような無機質な目。

「ただ、責を負っていただくだけです」
「……え」

 途端、足元の地面がなくなったかのように、リフィスは奈落へ落ちる感覚を幻視する。
 震え上がる心と体で、賢明に彼女は裁定者であるモナルカに縋る。

「せ、責……も、もちろんです! 必ず、必ずお金はお返しいたします!」
「そういった叶えられるかどうかも分からない、貴女に都合の良い願望を聞きたいわけではありません」

 感情的なリフィスと異なり、モナルカはどこまでいっても冷淡で事務的だ。
 彼女に情状酌量という人間らしい考えはなく、決定事項を告げているだけに他ならない。泣いて縋る可哀想な少女に、情をかけるなんて人間性は皆無だ。

 モナルカの言葉に、病人のように青白かった顔色はもはや死人のような土気色に変わっている。
 ――どれだけ惨めな姿を晒そうとも救いはない。
 リフィスは自覚しながらも、瞳から大粒の涙を零し、床に頭をこすり続ける他にできることはなかった。

「ど、どうか、どうか命だけはお助けください!」
「話しを聞かない人ですね。命は御父上から頂きました。貴女達から頂くつもりはありません」
「あ、ありがとうございます!」

 助かる。
 そう思い、リフィスの胸の内は歓喜で埋め尽くされ、滂沱の涙を流し続けた。
 感涙し、零した涙で絨毯を濡らすリフィスに、モナルカは一つの契約書を突き付ける。

「納得していただけたのであれば、話は早いです。この契約書に血印を押してください」
「あの……恐れながら、この契約書はどのような内容なのでしょうか?」
「貴女を――リフィス・スフォルトーナ伯爵令嬢を性奴隷として金貨千枚で売り渡す契約書です」
「……せい、ど……れい?」

 聞き慣れない言葉に戸惑うというよりも、頭が理解することを拒み、リフィスは困惑気にモナルカの言葉を繰り返す。
 彼女の理解など求めていないモナルカは、矢継ぎ早に説明するだけだ。

「リフィス様に金貨千枚の価値があるかは判断できかねますが、伝手のある奴隷商が是非にと交渉に応じていただけました」
「奴隷、商?」
「はい。どこにでも好事家はいるもので、処女の貴族令嬢は高値で売れるそうです。オークションにかければ、値段も跳ね上がるとか」

 己の体が、処女が売られる。
 命が助かる安堵から一転、断崖絶壁から転げ落ちるようにリフィスの心は堕ちていく。
 珍しい形の石が高く売れそうだ。その程度の認識しかしていない淡泊な言葉を発するモナルカが、リフィルは同じ人とは思えなかった。
 出来の良い人形が人のフリをしているかのような、おぞましさ。
 リフィルの口が震えて歯がぶつかり合いカチカチと音を鳴らす。

「ですので、お金の心配はいりません。家族にも手は出しません。リフィス様は安心して、性奴隷として新しい主《あるじ》にその身を捧げてください」

 貴女の言った通り、命だけは助かって良かったですね。
 そう言わんばかりのモナルカの態度。
 悪意すらなく、日常の延長線上にある作業感覚で奴隷に堕とされようとしているリフィルは、幼子のように稚い仕草でゆっくりと首を左右に振る。

「……いや、いやぁ。お、お願いしますモナルカ殿下っ。どうか、どうかお慈悲を……っ!」
「私に慈悲はありません。貴女がどれだけ泣こうが喚こうが、何も感じることができませんので」
「あ……あぁっ。いや……嫌です……性奴隷だなんて……えぐっ…………やだぁ……っ!」

 いやいやと、拒絶を続けるリフィルの前に、モナルカは契約書を落としてソファーから立ち上がる。
 性奴隷、金貨千枚、競売……契約書の中で踊るおぞましい文字が視界に映り、リフィルは息の仕方すら忘れてしまう。

「判を押すかどうかはお任せしますが――」

 泣き崩れるリフィルを放置して部屋を出ようとしたモナルカは、忘れ物でもしたかのような気軽さで一言残していく。

「――その時は貴女の家族に責を贖《あがな》っていただきます」
「いやぁああああああああああああああああっ!?」

 遂に精神の限界に達したリフィルは狂声《きょうせい》を上げた。
 扉を閉めてなお廊下に響く女性の悲鳴にすら気を留めることもなく、モナルカは何事もなかったのように去っていった。

 ――

 モナルカが城内を歩いていると、廊下の向こう側からモナルカによく似た容姿の、けれども、無表情な彼女とは対照的に微笑みを湛えた妙齢の女性が歩いてくるところであった。

「ご苦労でした、モナルカ」
「お母様」

 モナルカが母と呼んだ女性は、マードレ・アリオネッタ。
 帝国第二皇女であるモナルカの母君にして、皇帝の第二妃。
 感情に乏しいモナルカとは違い、切れ長の釣り上がった目を細めて妖しく微笑むマードレに、モナルカは先程回収した一枚の紙を手渡した。

「命令通り、リフィス伯爵令嬢に判を押させました。こちらが契約書になります」
「そう」

 モナルカから奴隷契約書を受け取ったマードレは、モナルカと似て整った顔立ちを邪悪に歪める。

「私の財に手を出せばどうなるか、親子共々身を持って知ることが出来たでしょう」
「そうですか」

 国の財を自分の物と言って憚《はばか》らない母の言葉に、モナルカは無感情に相槌を打つ。
 哀れな貴族令嬢であろうと、血の繋がった実の母であろうと、モナルカに関心はない。
 そんな無愛想な娘であっても、マードレは母として子への愛を訴えかける。

「私の可愛いモナルカ。私が育て上げた優秀な娘。私から正妃の座を奪った憎きマリアの娘である第一皇女を殺し、皇帝の座に就くのは貴女よ」
「はい、お母様」

 けれども、娘への愛情は瞬く間に露と消え、マードレは第一妃マリアへの憎悪を滾らせる。
 なぜ自分が正妃に選ばれなかったのか。
 今なお理解できずに慟哭してマリアを恨むマードレだが、モナルカからすれば当然の帰結でしかない。
 ――国の母となろうとした者と、国を我が物としようとした者。どちらが正妃に相応しいか、誰が見ても明らかでしょうに。
 そう理解していても、モナルカは口にしない。
 言っても無駄であろうし、興味もないからだ。

「自室に戻ります」
「そう、ゆっくり休みなさい」
「はい」

 激情に駆られるマードレに別れを告げて、モナルカは私室へと向かう。
 ――心なしか足取りの軽いモナルカに、マードレが怪訝な目を向けているとは気付かずに。
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