祓い屋稼業も楽じゃない~凸凹コンビは今宵も現世を駆け抜ける~

市瀬瑛理

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第14話 震える手

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「……行くよ、緋桜ひざくら

 継の声に呼応するかのように、緋桜の切先きっさきに炎が灯る。

 いつもより早いスピードで炎が刀身を包み込むのとほぼ同時に、継は妖魔の腕を振りほどくように大きく一歩踏み込んだ。その勢いのまま横に薙ぐ。

 だが危険を感じ取ったのか、それよりも一瞬早く妖魔は翼をはためかせて後ろに飛びのくと、継から大きく距離をとった。

「ちっ」

 継が苛立ちを隠すことなく、舌打ちする。普段温厚な継の行動にしては珍しいものだ。
 攻撃をかわされたこともそうだが、先ほど柊也を狙ったことにも腹を立てているようだった。

 数メートル離れた妖魔は特に怪我をした様子もなく、継の次の行動を待っているようにも見える。

 継が持つ緋桜のまとう炎は大きく、刀身の周りを渦巻くように燃え上がっていた。

「すごい……こんなの見たことねー……」

 柊也は誰に言うでもなく、ぽつりと呟く。

 背を向けて立つ継と、その手にある緋桜の姿から目を離すことができない。瞬きをするのも忘れてしまいそうだった。

 継と緋桜を見つめたまま、静かに立ち上がる。「きっとこれが継の本気なのだ」と、漠然と悟った。

 普段はここまでしなくても、継の力であればおそらく余裕で妖魔を浄化できるだろう。ここで本気を出すということは、それだけ目の前の相手が危険だということだ。

「さて、さっさと浄化させるよ。……と言いたいところだけど」

 妖魔を見据えたままの継が言葉を濁らせる。口調はいつもとほとんど変わらないものに戻っていたが、何だか歯切れが悪い。

 その様に柊也は首を傾げ、後ろから声を掛けた。

「何だよ! すぐに緋桜で斬って終わらせればいいだろ!」
「それができれば苦労しないよ」
「はぁ!?」

 この男は一体何を言っているのかと、思わず柊也は声を荒げる。

「予想以上に動きが速いみたいだからね。二人がかりで行かないと浄化はできないと思うよ」
「二人でってどういうことだよ!」
「あっちは空も飛べるし、遠距離攻撃できない緋桜だけだと不利なんだよ。てことで僕が引きつけておくから、浄化は君に任せるよ。あ、優海さんはちゃんと避難させてね」
「え、ちょ、……っ!」

 柊也の返事を聞くことなく、継が地面を蹴る。
 妖魔に正面から向かっていった継の背を呆然と見送る柊也だが、すぐ我に返ったように、

「優海さんはここにいてください!」

 そう告げて、優海から離れた。

 どうやら妖魔は優海を守りたいようだった。『実体化』した今は負の感情だけで動いているとはいえ、間違っても手を出すことはしないだろうと柊也は踏んだのだ。
 そして、座り込んでいる優海を動かすより、自分が離れた方が早いと瞬時に考えたのである。

 優海からある程度距離をとった柊也は、そこでまた次にするべきことを思い出した。

「そ、そうだ、これがないと……」

 慌てた様子で、左腕に着けた青い石──ラピスラズリのブレスレットを外すと、片手で強く握りしめる。
 触れた手のひらから、じわりと温かいものが流れてくるのがわかった。

 けれど一瞬の後、

(俺じゃ浄化なんてできないじゃねーか……っ!)

 そんなことに気づく。

 これまで攻撃術が失敗だらけだったことを思い返した。何度やってもできなかったのだ。

 いつの間にか、ブレスレットを握りしめた手が小刻みに震えている。緊張か、それとも恐怖なのかはわからない。

 今回も失敗するのがオチではないのかと、不安が胸を締めつけた。

(どうする……!?)

 柊也は懸命に思考を巡らせる。

 その間にも継は妖魔の気を引こうと、休む間もなくひたすらに攻撃を試みているようだった。
 だがなかなか効いていないらしく、攻めてはいるものの決定打に欠けている様子である。

 継が上段から振りかぶった攻撃は、ひらりと軽々かわされる。
 すぐさま妖魔が腕を横から叩きつけてきたのを後ろに退いて避け、今度は上手く切り返した。
 あかの軌跡が鋭く走り、遠目では妖魔に傷をつけたかのように見える。しかし妖魔は怯む様子もなく、傷もできていないようだった。

 もしかしたら、『実体化』したことで皮膚や身体能力なども強化されたのかもしれない。
 緋桜の攻撃が効かないのであれば、やはり攻撃術で浄化するしかないのだろう。

「柊也、早く!」

 振り返ることなく、継が叫ぶ。

 もうこうなったらやるしかない。きっと大丈夫。

 柊也は少しでも自身を落ち着かせようと、大きく深呼吸をした。
 術の詠唱を始めようと口を開く。

「わ、われ……っ」

 だが綺麗に紡がれるはずの詠唱は、たった数文字で止まってしまった。

 途中で喉に引っかかっているみたいに、言葉が出てこないのだ。
 口の中がひどく乾いているような気がした。唾を飲み込みたいのに、それすらすることができない。

(何で……っ!)

 柊也は自分の不甲斐なさに怒りを覚える。ブレスレットを握る手に力がこもったことに気づき、思わず視線を落とした。

 手はずっと震えたまま、先ほどから変わっていない。

『……』

 そんな柊也に気づいたのか、妖魔は継の攻撃を余裕で受け止めて弾くと、次には無言で勢いよく空へと舞い上がった。

 これまでずっと目の前にいたはずの妖魔が、急に継の視界から消える。
 継はすぐに妖魔の思惑に気づき、

「しま……っ! 柊也!」

 振り返りながら声を張り上げた。
 しかしすでに遅い。

「──っ!」

 突如、自分めがけて上からまっすぐ落ちるようにして下りてきた妖魔に、柊也は瞠目どうもくし、息を吞む。逃げることもできず、その場でただ立ちすくむことしかできなかった。

 柊也を狙いながら、空中で大きく羽を広げた妖魔は、同時に腕を高く振り上げる。

(ダメだ……っ!)

 柊也はその威圧感を前に、きつく目を閉じたのだった。

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