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ACT.5
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日曜の午後、薄曇りの空。
人通りの少ない住宅街の裏道。
春の風はまだ少し冷たく、地面には昨日の雨で黒く湿った落ち葉が散っていた。
「るな、首もファスナーしめて。空気が入っちゃうと膨らむからね」
「ん……オッケー……よいしょ……できた!」
その道の端を、ふたりの少女が並んで歩いていた。
姉・いつきは白みがかったグレージュのフルゼンタイ。
るなは子供用の淡ピンクのゼンタイ。どちらも顔まで被っているが、目元と口元はうっすらと透けるように加工されていた。
——あくまで“散歩用ゼンタイ”。
人目を避けるというより、風と布の感覚を楽しむための、包まれる服。
「るな、どう?歩きづらくない?」
「ううん、平気……あったかいね、これ。風が通らないのに、風を感じるの……へんなの……」
顔を包む布越しに聞こえる妹の声は、どこか遠くから届いてくるようだった。
ゼンタイを着たまま話すと、声がこもり、やさしく響く。言葉の輪郭が丸くなる。
「ねぇ……なんでこんなに落ち着くの?」
「うん……たぶん、皮膚の“外側”が消えるからじゃないかな。
風も、音も、世界の触り方が変わるでしょ?」
るなは何かを思い出すように小さく頷いた。
「これってさ……お腹の中にいた時と似てるのかな……?」
いつきは足を止めた。妹の言葉が、深く響いた。
「……そうかも。私たち、いちど全部を包まれて、そこから出てきたんだもんね」
ふたりは並んで公園の芝生に腰を下ろした。
他に誰もいない、閑散とした午後の公園。
ゼンタイの布が芝に擦れる音。
そよ風がゼンタイの背中を撫でていく感触。
目を閉じれば、世界がやさしく包まれていることを、全身の布で感じ取れた。
「……お姉ちゃん、もし将来、私もゼンタイ部入ったらさ、またこうして散歩しようね」
「うん。何回でも。
それに、そのときは私が部長かも」
るなはくすくす笑って、姉の肩にもたれた。
ゼンタイ同士の肩と肩が、ふにゅ、と潰れ合う感触。
ふたりの頭のなかに、まるで言葉の代わりの“柔らかな音”が流れていた。
帰り道、るながふと尋ねた。
「お姉ちゃん……あのね、もし赤ちゃんがゼンタイ着たら、どうなると思う?」
「……きっと、安心すると思うよ。
だって、私たちも、産まれる前はずっと包まれてたんだもん。
包まれるって、やっぱり——」
「“ここにいていい”ってこと?」
その言葉に、いつきはそっと手をつないだ。
夜。
るなが寝た後、いつきは一人でゼンタイを撫でていた。
机の上には、優子先生から渡された**“胎児ゼンタイ”の布片**。
わずか十センチ四方の布。でもその薄さと柔らかさは、記憶のようだった。
それをそっと額に当て、目を閉じる。
浮かぶのは、白く柔らかい布の中を歩いたあの時間。
——人目のない場所で、言葉も持たず、妹と並んで歩いたあの風の匂い。
彼女はその布を、日記帳のページに挟み、こう記した。
「今日、るなと歩いた。風の音が、布で丸くなった。
顔がないのに、隣に誰がいるかすぐわかった。
私たち、たぶんまだお腹の中にいる。
でもそれでいい。そういう時間が、今の私を作ってる」
人通りの少ない住宅街の裏道。
春の風はまだ少し冷たく、地面には昨日の雨で黒く湿った落ち葉が散っていた。
「るな、首もファスナーしめて。空気が入っちゃうと膨らむからね」
「ん……オッケー……よいしょ……できた!」
その道の端を、ふたりの少女が並んで歩いていた。
姉・いつきは白みがかったグレージュのフルゼンタイ。
るなは子供用の淡ピンクのゼンタイ。どちらも顔まで被っているが、目元と口元はうっすらと透けるように加工されていた。
——あくまで“散歩用ゼンタイ”。
人目を避けるというより、風と布の感覚を楽しむための、包まれる服。
「るな、どう?歩きづらくない?」
「ううん、平気……あったかいね、これ。風が通らないのに、風を感じるの……へんなの……」
顔を包む布越しに聞こえる妹の声は、どこか遠くから届いてくるようだった。
ゼンタイを着たまま話すと、声がこもり、やさしく響く。言葉の輪郭が丸くなる。
「ねぇ……なんでこんなに落ち着くの?」
「うん……たぶん、皮膚の“外側”が消えるからじゃないかな。
風も、音も、世界の触り方が変わるでしょ?」
るなは何かを思い出すように小さく頷いた。
「これってさ……お腹の中にいた時と似てるのかな……?」
いつきは足を止めた。妹の言葉が、深く響いた。
「……そうかも。私たち、いちど全部を包まれて、そこから出てきたんだもんね」
ふたりは並んで公園の芝生に腰を下ろした。
他に誰もいない、閑散とした午後の公園。
ゼンタイの布が芝に擦れる音。
そよ風がゼンタイの背中を撫でていく感触。
目を閉じれば、世界がやさしく包まれていることを、全身の布で感じ取れた。
「……お姉ちゃん、もし将来、私もゼンタイ部入ったらさ、またこうして散歩しようね」
「うん。何回でも。
それに、そのときは私が部長かも」
るなはくすくす笑って、姉の肩にもたれた。
ゼンタイ同士の肩と肩が、ふにゅ、と潰れ合う感触。
ふたりの頭のなかに、まるで言葉の代わりの“柔らかな音”が流れていた。
帰り道、るながふと尋ねた。
「お姉ちゃん……あのね、もし赤ちゃんがゼンタイ着たら、どうなると思う?」
「……きっと、安心すると思うよ。
だって、私たちも、産まれる前はずっと包まれてたんだもん。
包まれるって、やっぱり——」
「“ここにいていい”ってこと?」
その言葉に、いつきはそっと手をつないだ。
夜。
るなが寝た後、いつきは一人でゼンタイを撫でていた。
机の上には、優子先生から渡された**“胎児ゼンタイ”の布片**。
わずか十センチ四方の布。でもその薄さと柔らかさは、記憶のようだった。
それをそっと額に当て、目を閉じる。
浮かぶのは、白く柔らかい布の中を歩いたあの時間。
——人目のない場所で、言葉も持たず、妹と並んで歩いたあの風の匂い。
彼女はその布を、日記帳のページに挟み、こう記した。
「今日、るなと歩いた。風の音が、布で丸くなった。
顔がないのに、隣に誰がいるかすぐわかった。
私たち、たぶんまだお腹の中にいる。
でもそれでいい。そういう時間が、今の私を作ってる」
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