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第1章 序章
ACT.プロローグ 加藤虎美
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2010年。
全国の道路網が整備され、高速道路と新トンネルが次々に開通した結果、かつて走り屋たちで賑わっていた峠道は“役目を終えた道”として封鎖されていった。
だが三年後――。
深刻な若者の車離れを受け、政府は思い切った改革に踏み切る。
免許取得年齢の引き下げ。改造規制の緩和。学生向けモータースポーツ支援制度。
この決断が転機となり、日本は再び車文化が花開く、“自動車天国時代”を迎えた。
201X年、夏の夜。
群馬県のホテルロビーには、浴衣姿の少女たちが集まっていた。
麻生北高校自動車部を応援するため、熊本から遠征してきた生徒会メンバーだ。
黒髪をひとつに束ねた少女が、その中心に立っている。
生徒会長・菊池鯛乃(きくち・たいの)。
武士のように静かで、鋭い気迫を帯びた視線をロビーに走らせる。
鯛乃は前へ出て、通る声で告げた。
「――ついに来たたい、閻魔大王杯。まずは警戒すべき走り屋ば挙げるとよ」
最初に名が挙がったのは、群馬の 大崎翔子(おおさき・しょうこ)。
赤い180SXを駆る“赤城の彗星”。16歳ながら、地元最速と噂される存在だ。
ホテルの外から、遠くエキゾーストの音が響く。
その一瞬の静けさを破るように、鯛乃は続ける。
「それから広島の 谷 輝(たに・ひかる)。白いS15で、赤城最速をラリーで倒した実力者」
そして三人目。
「東海最速の祭里透子(まつりさと・とうこ)。名鉄特急カラーのNA8Cば侮ったらいかんよ」
鯛乃は一拍置き、ふっと口元を緩めた。
「……最後は、弱か自分たい」
胸の奥に熱が灯る。
(よかね……どぎゃん相手でも来いや。全部倒して速くなる。うちは――最速になるけん)
そこへ、小柄なピンク髪ツインテールの"飯田ちゃん"こと飯田覚(いいだ・さとり)が腕を組んで言った。
「調子乗るんじゃないわよ。相手は全国レベルなんだから」
その言葉に背筋が伸びる。
閻魔大王杯には、日本中の強豪が集まる。知らない顔ばかり。その中で結果を残せなければ――熊本ごと“弱い”と見られかねない。
茶髪ポニーテールの部員、"ひさちゃん"こと森本ひさ子が不安げに手を上げた。
「わ、わしら……優勝なんて、できるとね……? 高校生やし、腕もまだ……」
「大丈夫たい。ひさちゃんの横には、うちがおるけん」
弱気な部員を支えられるのが、部長の責務だ。
勝つ。名前を全国に轟かせる。
うちは本気でそう決めている。
この物語は――
うち、**加藤虎美(かとう・とらみ)** が率いる麻生北高校自動車部が、
“自動車天国時代”を駆け抜け、挑み、成長していく記録である。
話は一年前に遡る。
六月の熊本。
梅雨の切れ間で、朝から空気がとても熱い。
蒸気みたいな湿気がむわっと上がって、遠くの阿蘇山がゆらゆら揺れて見えていた。
「……よし。今日こそ、“運転デビュー”たい!」
胸の前で拳をぎゅっと握りしめる。
灰色の薄手ジャケットに緑のTシャツ、ショートパンツ。脚にはお気に入りの黄色タイツ。
汗でちょっとだけべたつくけど、気分は最高だ。
今日は 仮免(15歳10ヶ月で受験可能) の“修了検定”の日。
胸の奥がドクドク騒ぎよる。
市街の外れにある「熊本中央自動車学校」に着くと、朝から人が多かった。
スーツ姿の社会人、大学生、農家のおばちゃん……
その中で、高校生のうちはちょっとだけ浮いとる気分。
受付に免許証サイズの写真を出したら、後ろからひそひそ声が聞こえてきた。
「ねぇ、あれ……麻生北(あそきた)の虎美じゃ? SNSに出とる子」
「峠動画の子? ほんとに高校生なんだ……」
(ふふん、見られとるばい。そら有名になってきた証拠たい)
胸の奥で、こっそりガッツポーズ。
第一段階・みきわめ
担当の教官は、中年で無精ひげの、いかにも“熊本の親父”みたいな人だった。
うちが乗っているのはトヨタのカローラアクシオだ。
「ほんなら加藤さん、今日は修了検定に向けて最後の確認すっけんね。落ち着いてよかよ。」
「任せとき! うちのハンドルさばき、見てビビらんね!」
「ビビるのはそっちじゃなくて、他の車さんたい」
「……それは困る!」
思わず姿勢がぴしっと伸びる。
アクセルを軽く踏むと、車体がすっと前へ伸びていく。
(うん……やっぱ好きたい、この感じ。クルマって、生き物みたいや)
右折、左折、S字、クランク。
ハンドルの重さ、ペダルの踏みしろ、エンジンの震え――
全部が身体に馴染んでいく。
教官が腕を組んでうなずいた。
「加藤さん……センスはよかよ。集中したらもっとよか。」
「まかしときなっ! ヨタツさんの動画、毎日見よるけん!」
「その“ヨタツさん”が誰か知らんけど、スピードは出さすなよ?」
「出さんて! サーキットの話たい!」
修了検定(仮免試験)
午後になったら、雷が落ちそうなぐらい空気が重くなっとった。
(……怖か。ばってん、怖かって言えんのが、うちの弱さたい。逃げんどこう。ここで逃げたら、一生後部座席の記憶に負けたままやけん)
「よし、スタートしてください」
試験官が淡々と言う。
「了解っ!」
クラッチをゆっくりつなぐ。
車体が前へ進みかけて――
(やっ……エンストする!?)
がくん。
「……今のは、落ち着いとったら防げたよ?」
「わ、わかっとるって……! 次は大丈夫たい!」
深呼吸して、汗ばんだ手を握りしめる。
耳の奥で自分の鼓動が鳴っている。
(大丈夫……車の音ば聞けばよか……落ち着け、虎美)
アクセルを少し煽って、クラッチを丁寧につなぐ。
今度は滑らかに前へ。
「……今のはよか。続けて」
そっから先は、完全に“集中の世界”やった。
S字、坂道発進、方向転換……湿気でじっとり濡れた額から汗が落ちる。
(震えとる手で握っても、ハンドルは逃げん。車は正直たい。怖がっとる自分ごと、受け止めてくれる)
最後の直線をまっすぐ走り、速度を一定に。
「――はい、終了です。お疲れさま」
「ど、どうやった……?」
「合格。15歳でこれは立派たい」
「っしゃああああ!! やったあああ!!」
気づいたら、拳突き上げて叫んでいた。
後ろの生徒さんたちが笑ってた。
「元気のよか子だねぇ……」
(よっしゃ……とうとう“運転する側”に立ったったい!)
仮免合格の夜。
家に帰ると、芸人の父ちゃんがテレビ見ながらみかん食べていた。
「お、虎美! 仮免どげんやった?」
「合格ばい! 見たか父ちゃん、うちやる時はやるたい!」
「おおー、さすがうちの娘! 父ちゃんより運転上手かもしれんばい」
「間違いなくそうたい! ハンドル握るセンスは天性よ!」
父ちゃんは笑いながら、
「でも本免は16歳からだけんね。調子乗りすぎんなよ?」
「へーいへーい、わかっとるって!」
言いながら、頭の中はもう――
自分の愛車で阿蘇の道を走り抜ける未来でいっぱい。
その夜、スマホでヨタツさんの動画を見返しながら、
小さく呟いた。
「ヨタツさん……うち、絶対あんたみたいになるけん。待っとってね。九州の山ん中から……虎美が行くけん!」
胸の奥がじんじん熱くて、眠れんかった。
六月後半。
梅雨の湿気が肌にまとわりつく季節。
うちは、また胸の前で拳を握りしめていた。
(仮免取ってから二週間……ついに、“路上”デビューたい)
熊本市の郊外にある「熊本中央自動車学校」。
仮免証を受付に提出した瞬間、心臓がドクンと跳ねた。
「加藤さん、今日から路上教習になりますね」
受付のお姉さんが笑う。
周りの大学生たちの視線がチラッとうちを見る。
(……SNSで見とる人、まだおるっぽい。うふふ)
ちょっとだけ誇らしかった。
路上教習・初日。
今日の担当は、またしてもあの無精ひげの教官だった。
乗るのは、日産のティーダラティオ。
「ほんなら加藤さん、今日は“公道”を走るばい。気ぃ抜かすなよ」
「任せとき! うち、路上でもヨタツさんの走り意識して――」
「それは絶対やめなっせ」
「なんで!? ヨタツさん、めっちゃ上手かよ?」
「上手いんは本人たい。あんたが真似したら事故るばい」
「……それは困る!」
後部座席の女子大生がクスクス笑っとる。
うちは深呼吸して、シートとハンドルの距離を調節。
(ここから先は……本物の“道路”。歩行者も、自転車も、トラックもおる。ミスしたら誰かを傷つける……)
気が引き締まる。
「よし、右見て左見て、もう一回右見て……出るばい!」
「了解っ!」
アクセルを踏み、車体が大通りへ滑り出す。
(うわ……車、多か……!)
信号、交差点、右折レーン。
ミラーには絶えず車の影。
「前の軽トラに近づきすぎんなよー」
「わ、わかっとるって! 車間距離は命たい!」
「そうたい。今日はそれだけでも覚えたらよか」
(車間距離……よし、忘れんけんね)
しばらく走っとったら、教官が小さくうなずいた。
「加藤さん、運転の“勘”はある方たい。慌てんクセをどうにかしたら伸びるばい」
「えへへ……ほめられた……」
「でも、スピード上げんなよ?」
「……はい」
(言われる前に心読まれとった……!?)
。路上教習・ナイター。
夕方。
熊本市の街灯がぽつぽつ灯り、雨上がりの道路が光を反射してきれいだった。
(うわ……夜の道、めっちゃ好きたい……! 車のライトが流れる感じ、心地よか~……)
つい気が緩む。
「おい、うっとりすんな。前見んか」
「見とる見とる! ちゃんと映像として記憶に刻んどる!」
「刻む前に事故るばい」
「……それは困る!!」
でも、教官の声もどこか優しくなっとった。
慣れてきた証拠かもしれん。
本免試験・前日
家に帰ると、父ちゃんがまたテレビ見ながらみかん食べとった。
「おー虎美、明日やろ本免。緊張しとるか?」
「そら緊張するたい! これ落ちたら恥ずかしかけん!」
「大丈夫ばい。うちは運転センスあるけん。けど落ち着くんが一番たい」
「……父ちゃん、たまにはよかこと言うね」
「たまにで悪かったな!」
ふたりで笑った。
本免試験(技能)。
六月の空は重く、湿気で髪がぺたっとする。
うちは教習車の前で、深呼吸した。
(落ち着け……落ち着け虎美。この運転席に座るのも、今日で最後かもしれん。うちは……絶対合格するけん)
「加藤さん、準備ができたら発進してください」
「……はい!」
心臓がドクンと鳴った。
クラッチをつなぐ。
車体が前へ。
(エンストしてない……よし……!)
交差点、右折、左折。
歩行者、信号、路駐の車。
全部がいつもより近く感じる。
(怖か……でも、怖がったら車に伝わる……)
ハンドルを握る手に力を込めた。
「そのスピードでよか。急ぎすぎんごつね」
(急ぐな……急ぐな……うちは慎重に……慎重に……)
最後の直線。
一定速度で走る。
「――はい、終了です。戻ってください」
(終わった……? 終わった……?)
「結果をお知らせします」
生唾を飲む。
胸の奥の心臓が暴れてる。
「……合格です。よく頑張りましたね」
「っ……しゃああああ!!」
思わず叫んでしまい、試験官が目を丸くした。
「……元気ですね」
「す、すみません……嬉しすぎて……!(ついに……ついにうち……“本免許持ち”になったったい!!)」
その夜、父ちゃんが、珍しく甘酒をプシッと開けていた。
「本免合格、おめでとさん!」
「ありがと父ちゃん! うち、やったばい!
これからは……うちの“走り”が始まるたい!」
「まあまあ。飛ばしすぎんなよ?」
「へいへーい!」
部屋に戻ると、ヨタツさんの動画を見ながら布団に倒れ込んだ。
(ヨタツさん……うち、とうとう免許持ちになったばい。ここから先は……マジの勝負たい。いつか絶対、隣でハンドル握ってみせるけん)
7月25日。
熊本――夏の空気はむわっとして、肌にまとわりつくけど……
今日はそんな蒸し暑ささえ気にならんくらい、胸がワクワクしとった。
(ついに来た……うちの誕生日&免許取得パーティーたい!!)
家のリビングに入った瞬間、“パーン!”と、クラッカーの音が弾け、紙吹雪がひらひら舞い落ちてきた。
「虎美~! 誕生日おめでとーー!! 仮免も本免も合格、ダブルで祝いや!」
父ちゃんが両手広げてニヤニヤしとる。
その背後には、テーブルいっぱいのご馳走。
テーブルの上には――
● 阿蘇の赤牛ステーキ(どーん!)
● 赤牛のタタキ(つやっつや)
● 熊本ラーメン(にんにくマシマシ、黒マー油の香りが最高)
● 辛子蓮根
● だご汁
● いきなり団子
● 父ちゃんの手作り“なんちゃってケーキ”
どれもこれも、熊本全開。
(うわ……赤牛ステーキでかっ!! これ全部……うちが食べてよかと……!?)
「今日の主役は虎美だけん、遠慮すんな! 赤牛食え赤牛! 肉は裏切らんぞ!」
「肉が裏切るかどうかは知らんけど……食べる!!」
勢いよく皿に乗せ、ナイフで切った瞬間――じゅわっと肉汁が溢れてきて、口に入れたら柔らかくて……
「む……むしゃんよかぁ……!!!」
我慢できずに声が漏れた。
「やろ? 熊本の赤牛は世界一たい!」
「文句なしたい! これ毎年して!!」
「毎年は財布が死ぬ!!」
父ちゃんが笑いながら頭ぽんぽんした。
熊本ラーメンもやばかった
黒マー油の香りがふわぁっと上がってきて、
湯気にニンニクの旨味が混ざる。
「はふっ……ふぉぉ……スープ濃ゆっ……! 熊本ラーメン、天才たい……!!」
横で父ちゃんが満足そうに頷いとる。
「これ食ったら他の豚骨には戻れんばい」
「戻らん!! これが正義!!!」
赤牛とラーメンで幸せに浸っとったら、
父ちゃんが急に真面目な顔して封筒を出してきた。
「虎美……免許取ったけん、渡さんといけんもんがある」
「ん? なに? まさか……新しいゲーム機とか!?」
「いや、それよりすげぇやつ」
父ちゃんはゆっくり笑った。
「――車の名義変更書類だ」
「…………え?」
一瞬、時間が止まった。
「GTO……あれ、誕生日プレゼントで“あげる”つもりやったけど……免許取れんかったら渡せんけんね。でも今日合格したけん……正式に、お前の車たい」
「………………っはーーーー!!!???」
立ち上がった勢いで椅子が後ろに吹っ飛んだ。
「うちの!? ほんとの!? GTOが!? 公式に!? うちの車になるって!?!?」
「そーたい。“今日から”虎美の相棒たい」
うちはその場で涙出そうになった。
(やばい……夢みたいや……
うち、ついに……ドライバーとしての道に立ったんだ……)
最後は父ちゃん特製のケーキ
「免許 × 誕生日」って書かれた、クリームゆるゆるの手作りケーキ。
「これ……父ちゃんが作ったと……?」
「当たり前たい! 娘の祝いの日にケーキ買うなんて甘えたことせん!」
「クオリティは甘えとるけど、気持ちは100点たい!」
「誰が甘えとるか!」
ふたりで笑って、ケーキを食べる。
甘くて、ちょっと崩れてて、
でも、人生でいちばん美味いケーキだった。
夜、ベッドの上でひとり
ふぅ……
お腹いっぱいで動けん。
だけど、胸の中はずっと熱くて、GTOの鍵を握ったまま眠れそうにもない。
(ヨタツさん……うち、免許取って、自分の車も手に入れたばい。ここから先は……ガチの走りの世界に飛び込むけん。絶対に、あなたみたかなドライバーになるたい)
そのまま、GTOのキーを胸に抱いて、
ゆっくり目を閉じた。
翌朝。
窓の外は真夏の熊本らしく、空気がじっとり張りついていた。
昨夜のパーティーでまだお腹が重たいのに、胸の奥はもううずうずしていた。
(……GTO、乗りたか。早よ、うちの“相棒”ば走らせたか……)
だけど――その反面、胃の底に小さな重しみたいなものが沈んでいた。
(……助手席……人、乗せたくなか……)
頭の奥に刺さっとる、あの“原付事故”の記憶。
うちが中学生のとき、友達の後ろに乗っとって、転倒したやつ。
アスファルトの擦過傷。
血の匂い。
倒れた原付の金属音。
“誰かの命を預かる”ことに、黄色い足がすくむ。
これで体操競技ができなかった。
でも――父ちゃんが来る。
「初心者はひとりで行かせられんて。今日くらいは父ちゃんが助手席乗るけん、安心せい」
(……わかっとる。でも、怖か……)
それでも逃げられない。うちは深呼吸して、GTOの前に立った。
朝日を浴びたピレネーブラックのボディは、キラキラというより“ギラッ”と光っとった。
(……ほんまに、うちの車なんや……)
シザースドアを持ち上げる。
ガスダンパーの抵抗を感じながら開く“翼”。
内装は軽量化されて静粛性ほぼゼロ。
遮音材なんて全部取ってあるけん、外の音が全部入ってくる。
エンジンキーを握った瞬間、手に汗が滲んだ。
(この鍵……たった一本で、人の命が変わる)
「虎美、まず若葉マーク貼らんね」
「あ……そ、そうやった……」
トランクから若葉マークを取り出し、
うちはフロントとリアにペタッと貼った。
(……なんか、GTO様に申し訳ない感じする……)
黒×若葉の組み合わせが、妙にかわいく見えた。
エンジン始動。
シートに座り、クラッチを踏み込み、キーを回す。
キュルルル……ボフッ!
ドォオオオオォォン!!!
(ひえ……音デカ……!!)
車庫の壁がビリビリ震えるほど、V6ツインターボの咆哮が響いた。
「うわー……やっぱ社外マフラーはえげつなか音するばい……」
「父ちゃん……これ、近所迷惑じゃ……?」
「迷惑や。ばってん気にすんな」
「……堂々と言うと……?」
父ちゃんはケロッとしとった。
でも、手は震えてた。
アクセルペダルを軽く触れただけで、回転計がビュンッと跳ね上がる。
(うち……こんモンスターを運転するんね……?)
クラッチミートが難しいホリンジャーの6速シーケンシャル。
普通の教習車とは別物。
「じゃ、ゆっくり出てみい」
「ま、待って……心の準備が……」
「おるは見とるけん大丈夫大丈夫」
(……“大丈夫”って言葉が一番信用ならん時もあるんたい……)
でも、逃げたら一生怖いままになる。
深呼吸ひとつ。
「……いくばい」
ゆっくりクラッチをつなぐ――
GTOは、意外なほど素直に前へ滑り出した。
(う……動いた……! うちが動かしとる……!!)
右足と左足で“命の重さ”を感じる。
教習車の何倍も敏感で、何倍も危険。
でも、同時に――
(……気持ちいい……)
低速トルクが太くて、アクセル踏まんでも前に押し出される。
「虎美、車間距離ちゃんと取れよー。その車は止まるのは得意やけど、ぶつけられたら大惨事だからな」
「わかっとる……わかっとるったい……!」
内心ガチガチ。
交差点。
右折待ちの間、心臓がドクンと跳ね続ける。
(後ろに車並びよる……早くいかな……でも失敗したら……)
事故の光景が一瞬よぎった。
友達の悲鳴。
倒れた原付。
うちの腕についた血。
体操ができなくなった身体
(いや……違う。今は“うち”が運転手。うちは……怖がっても、ハンドル離さん)
信号が青になり、
タイミングを見てアクセルを踏む。
GTOのエンジンが唸り――
4WDのトラクションが路面を掴んでいく。
スムーズに右折できた瞬間――
「よし! うまかよ、虎美!」
「ふ……ふふん! 当然たい!!」
ほんとは泣きそうなくらい緊張しとった。
でも、笑った。
郊外の農道に出た。
車があんまり走ってない道。
(ちょっと……ちょっとだけ……)
アクセルを軽く踏む。
ブースト計がかすかに上がり――
GTOは、まるで背中を押すように加速した。
「わあっ!? おい虎美!」
「ふひゃあああ! す、すご……!! うち、GTOと一緒に“身体が前に飛んでく”みたか!!」
怖い。
でも、それ以上に“気持ちいい”。
(スピードは……怖か。でも、怖さの奥に……自由がある……)
事故の記憶を上書きするように、
GTOの鼓動がうちの胸に入ってきた。
そして――帰り道、父ちゃんがぽつりと言った。
「虎美……お前、運転向いとるたい。怖がりながらでも、ちゃんと車と向き合っとる」
「……そぎゃんね……? うち、まだまだ怖かよ……」
「怖かでよか。怖かって思とるやつが、一番事故せんとたい」
(……そっか。怖がることは、悪かこつじゃあなか……)
胸の中の重しが、少しだけ軽くなった。
家に戻り、GTOを降りたあと、鍵を握ったまましばらく立ち止まった。
(うちは……前に進めた。あの事故の“怖か記憶”を……少しだけ乗り越えたんたい)
まだ完璧じゃあない。
でも、今日の一歩は、うちにとって大きかった。
「……よし。次は……ひとりで乗れるようになるけん」
GTOの黒いボディが、夕陽の中で静かに光っとった。
(相棒……これからよろしくたい)
翌日、父ちゃんを助手席に乗せて、うちはGTOでミルクロード――。
正式名称「熊本県道339号 北外輪山大津線」に向かっとった。
本当に……景色がすごい。
阿蘇の外輪山をなぞるように延びる道は、空と山の境目がそのまま溶け合っているみたいで――うちは胸がわくわくしていた。
(今日こそ、“GTOでの初走り”ば楽しむばい……! 昨日は父ちゃんが叫びまくってロクに走れんかったし……)
「虎美、今日は落ち着いて走れよ? ここは速度出しすぎると危ないけんね?」
「父ちゃんこそ、叫ばんでよ? 叫ばんって約束やろ?」
「状況による!」
「なんそれ!」
言い合いしながらも、GTOは軽く唸って山道へ。
風が気持ちよかった。
遠くに草千里の緑が揺れよる。
阿蘇の火口の方まで雲が流れとる。
(うちの……走りたか道が、目の前に広がっとる……)
アクセルをほんの少し踏んだだけで、
GTOは力強く前へ。
トルク配分20:80の4WDが路面をかみしめ、ハンドルが手の中で生き物みたいに動く。
(たまらん……この感じ……! 怖さより……気持ちよさの方が勝っとる……!)
そんな時だった。
バックミラーに青い灯り。
まだ小さい。けど、逃げきれん。
逃げきれんって、わかる速度や。
追いかけられよるんやない。
狩られよる。
「おい虎美……なんか後ろんほう……光っとらんか?」
「ん? 光? ……青?」
バックミラーの奥で、小さな青い点がゆらゆら揺れよる。
次の瞬間――
キュイィィィィィン!!!
とんでもない加速音が、谷から吹き上がる風みたいに響いた。
「な、なん!? なんか来よる!!?」
「う、うちじゃあなかよ!? アクセル踏んどらんもん!」
青い点は一瞬で形を持ち始める。
ライトブルーのボディ。
低いノーズ。
砲弾みたいなマフラー音。
白いホイール。
(レビン……!? あれ……AE101!?)
距離が一気に詰まっていく。
「ねえ虎美!? なんで追いかけられよる!? なにした!?」
「なっ、なんもしとらん!!」
「じゃあなんで加速しとる!!」
「父ちゃんが叫ぶけんアクセル踏んでしまうとよ!!」
ミニパニック。
逃げるGTO。
(よし……逃げる。逃げるしかなか!)
アクセルを踏み込むと、
GTOのツインターボが吠え――
ブースト圧が一気に上がった。
ドガァァァン!!!
背中に押しつけられる加速。
父ちゃんの悲鳴。
「ぎゃああああああああ!!!?? 虎美スピード上げすぎィィィィィ!!」
「父ちゃん叫ばんでって言うたたい!!」
「状況によるって言うたやろ!!!」
(ミルクロードでGTOの全開なんか……初めてするけん……足が震える……!)
でも、それでも後ろのAE101は離れんかった。
むしろ――
近づいてくる。
(なんで!? うちのGTOは460馬力たい!? なーしてFFのAE101が追いついてくると!?)
「虎美!! ミラー見ろ!! レビンの女の子、片手で運転しとるぞ!!?」
「ガチ勢たい!!」
そして――次の緩い右カーブで、AE101がラインを外側から取った。
その時、うちは何かが見えた。水色のオーラが。
父ちゃんに見えなかった。
(まさか……ここで……?)
ドオオオオッ!!!
白煙を上げながら、ライトブルーのAE101が――ドリフトでうちを抜いていった。
(うそ……やろ……うちの……GTOが……ドリフトで抜かれた……!?)
「うおおおおお!? あ、あれ映画か!? アニメか!? 現実か!?!?」
「現実たいぃぃぃ!!!」
AE101のドライバーはちらりとこちらを見て、ニヤッと笑った。
赤いショートポニー。
水色のアロハシャツ。
ホットパンツに黒タイツ。
目つきが鋭く、余裕たっぷり。
(……あれが……走り屋……!?)
AE101は加速し、谷に向かって伸びる直線へ消えていった。
停車して、悔しさ爆発。道の端に車を止め、ハンドルに額を押しつけた。
「……うち、負けた……GTOで……あの軽かAE101に……そんな……そんなありえんたい……」
父ちゃんが優しい声で言う。
「虎美、相手が悪かったぞ。あれ……ただの走り屋やなか。“プロみたいなもん”やろ」
「でも……でも悔しか……うち……走り屋になりたいのに……追いつかれただけやなく……抜かれて……悔しい……!」
胸が痛くて、頭が熱かった。
(何あの人……なんであんなに車動かせると……うち……あんな風に走りたか……)
「虎美。あのレビン……鹿児島ナンバーやったな?」
「……鹿児島……?」
「県外の走り屋かもしれん。熊本じゃ見たこつなかなレベルや
(県外……九州の別の地域の……走り屋? うちと同じ、“走りを求めて旅する人”……?)」
TheNextLap
全国の道路網が整備され、高速道路と新トンネルが次々に開通した結果、かつて走り屋たちで賑わっていた峠道は“役目を終えた道”として封鎖されていった。
だが三年後――。
深刻な若者の車離れを受け、政府は思い切った改革に踏み切る。
免許取得年齢の引き下げ。改造規制の緩和。学生向けモータースポーツ支援制度。
この決断が転機となり、日本は再び車文化が花開く、“自動車天国時代”を迎えた。
201X年、夏の夜。
群馬県のホテルロビーには、浴衣姿の少女たちが集まっていた。
麻生北高校自動車部を応援するため、熊本から遠征してきた生徒会メンバーだ。
黒髪をひとつに束ねた少女が、その中心に立っている。
生徒会長・菊池鯛乃(きくち・たいの)。
武士のように静かで、鋭い気迫を帯びた視線をロビーに走らせる。
鯛乃は前へ出て、通る声で告げた。
「――ついに来たたい、閻魔大王杯。まずは警戒すべき走り屋ば挙げるとよ」
最初に名が挙がったのは、群馬の 大崎翔子(おおさき・しょうこ)。
赤い180SXを駆る“赤城の彗星”。16歳ながら、地元最速と噂される存在だ。
ホテルの外から、遠くエキゾーストの音が響く。
その一瞬の静けさを破るように、鯛乃は続ける。
「それから広島の 谷 輝(たに・ひかる)。白いS15で、赤城最速をラリーで倒した実力者」
そして三人目。
「東海最速の祭里透子(まつりさと・とうこ)。名鉄特急カラーのNA8Cば侮ったらいかんよ」
鯛乃は一拍置き、ふっと口元を緩めた。
「……最後は、弱か自分たい」
胸の奥に熱が灯る。
(よかね……どぎゃん相手でも来いや。全部倒して速くなる。うちは――最速になるけん)
そこへ、小柄なピンク髪ツインテールの"飯田ちゃん"こと飯田覚(いいだ・さとり)が腕を組んで言った。
「調子乗るんじゃないわよ。相手は全国レベルなんだから」
その言葉に背筋が伸びる。
閻魔大王杯には、日本中の強豪が集まる。知らない顔ばかり。その中で結果を残せなければ――熊本ごと“弱い”と見られかねない。
茶髪ポニーテールの部員、"ひさちゃん"こと森本ひさ子が不安げに手を上げた。
「わ、わしら……優勝なんて、できるとね……? 高校生やし、腕もまだ……」
「大丈夫たい。ひさちゃんの横には、うちがおるけん」
弱気な部員を支えられるのが、部長の責務だ。
勝つ。名前を全国に轟かせる。
うちは本気でそう決めている。
この物語は――
うち、**加藤虎美(かとう・とらみ)** が率いる麻生北高校自動車部が、
“自動車天国時代”を駆け抜け、挑み、成長していく記録である。
話は一年前に遡る。
六月の熊本。
梅雨の切れ間で、朝から空気がとても熱い。
蒸気みたいな湿気がむわっと上がって、遠くの阿蘇山がゆらゆら揺れて見えていた。
「……よし。今日こそ、“運転デビュー”たい!」
胸の前で拳をぎゅっと握りしめる。
灰色の薄手ジャケットに緑のTシャツ、ショートパンツ。脚にはお気に入りの黄色タイツ。
汗でちょっとだけべたつくけど、気分は最高だ。
今日は 仮免(15歳10ヶ月で受験可能) の“修了検定”の日。
胸の奥がドクドク騒ぎよる。
市街の外れにある「熊本中央自動車学校」に着くと、朝から人が多かった。
スーツ姿の社会人、大学生、農家のおばちゃん……
その中で、高校生のうちはちょっとだけ浮いとる気分。
受付に免許証サイズの写真を出したら、後ろからひそひそ声が聞こえてきた。
「ねぇ、あれ……麻生北(あそきた)の虎美じゃ? SNSに出とる子」
「峠動画の子? ほんとに高校生なんだ……」
(ふふん、見られとるばい。そら有名になってきた証拠たい)
胸の奥で、こっそりガッツポーズ。
第一段階・みきわめ
担当の教官は、中年で無精ひげの、いかにも“熊本の親父”みたいな人だった。
うちが乗っているのはトヨタのカローラアクシオだ。
「ほんなら加藤さん、今日は修了検定に向けて最後の確認すっけんね。落ち着いてよかよ。」
「任せとき! うちのハンドルさばき、見てビビらんね!」
「ビビるのはそっちじゃなくて、他の車さんたい」
「……それは困る!」
思わず姿勢がぴしっと伸びる。
アクセルを軽く踏むと、車体がすっと前へ伸びていく。
(うん……やっぱ好きたい、この感じ。クルマって、生き物みたいや)
右折、左折、S字、クランク。
ハンドルの重さ、ペダルの踏みしろ、エンジンの震え――
全部が身体に馴染んでいく。
教官が腕を組んでうなずいた。
「加藤さん……センスはよかよ。集中したらもっとよか。」
「まかしときなっ! ヨタツさんの動画、毎日見よるけん!」
「その“ヨタツさん”が誰か知らんけど、スピードは出さすなよ?」
「出さんて! サーキットの話たい!」
修了検定(仮免試験)
午後になったら、雷が落ちそうなぐらい空気が重くなっとった。
(……怖か。ばってん、怖かって言えんのが、うちの弱さたい。逃げんどこう。ここで逃げたら、一生後部座席の記憶に負けたままやけん)
「よし、スタートしてください」
試験官が淡々と言う。
「了解っ!」
クラッチをゆっくりつなぐ。
車体が前へ進みかけて――
(やっ……エンストする!?)
がくん。
「……今のは、落ち着いとったら防げたよ?」
「わ、わかっとるって……! 次は大丈夫たい!」
深呼吸して、汗ばんだ手を握りしめる。
耳の奥で自分の鼓動が鳴っている。
(大丈夫……車の音ば聞けばよか……落ち着け、虎美)
アクセルを少し煽って、クラッチを丁寧につなぐ。
今度は滑らかに前へ。
「……今のはよか。続けて」
そっから先は、完全に“集中の世界”やった。
S字、坂道発進、方向転換……湿気でじっとり濡れた額から汗が落ちる。
(震えとる手で握っても、ハンドルは逃げん。車は正直たい。怖がっとる自分ごと、受け止めてくれる)
最後の直線をまっすぐ走り、速度を一定に。
「――はい、終了です。お疲れさま」
「ど、どうやった……?」
「合格。15歳でこれは立派たい」
「っしゃああああ!! やったあああ!!」
気づいたら、拳突き上げて叫んでいた。
後ろの生徒さんたちが笑ってた。
「元気のよか子だねぇ……」
(よっしゃ……とうとう“運転する側”に立ったったい!)
仮免合格の夜。
家に帰ると、芸人の父ちゃんがテレビ見ながらみかん食べていた。
「お、虎美! 仮免どげんやった?」
「合格ばい! 見たか父ちゃん、うちやる時はやるたい!」
「おおー、さすがうちの娘! 父ちゃんより運転上手かもしれんばい」
「間違いなくそうたい! ハンドル握るセンスは天性よ!」
父ちゃんは笑いながら、
「でも本免は16歳からだけんね。調子乗りすぎんなよ?」
「へーいへーい、わかっとるって!」
言いながら、頭の中はもう――
自分の愛車で阿蘇の道を走り抜ける未来でいっぱい。
その夜、スマホでヨタツさんの動画を見返しながら、
小さく呟いた。
「ヨタツさん……うち、絶対あんたみたいになるけん。待っとってね。九州の山ん中から……虎美が行くけん!」
胸の奥がじんじん熱くて、眠れんかった。
六月後半。
梅雨の湿気が肌にまとわりつく季節。
うちは、また胸の前で拳を握りしめていた。
(仮免取ってから二週間……ついに、“路上”デビューたい)
熊本市の郊外にある「熊本中央自動車学校」。
仮免証を受付に提出した瞬間、心臓がドクンと跳ねた。
「加藤さん、今日から路上教習になりますね」
受付のお姉さんが笑う。
周りの大学生たちの視線がチラッとうちを見る。
(……SNSで見とる人、まだおるっぽい。うふふ)
ちょっとだけ誇らしかった。
路上教習・初日。
今日の担当は、またしてもあの無精ひげの教官だった。
乗るのは、日産のティーダラティオ。
「ほんなら加藤さん、今日は“公道”を走るばい。気ぃ抜かすなよ」
「任せとき! うち、路上でもヨタツさんの走り意識して――」
「それは絶対やめなっせ」
「なんで!? ヨタツさん、めっちゃ上手かよ?」
「上手いんは本人たい。あんたが真似したら事故るばい」
「……それは困る!」
後部座席の女子大生がクスクス笑っとる。
うちは深呼吸して、シートとハンドルの距離を調節。
(ここから先は……本物の“道路”。歩行者も、自転車も、トラックもおる。ミスしたら誰かを傷つける……)
気が引き締まる。
「よし、右見て左見て、もう一回右見て……出るばい!」
「了解っ!」
アクセルを踏み、車体が大通りへ滑り出す。
(うわ……車、多か……!)
信号、交差点、右折レーン。
ミラーには絶えず車の影。
「前の軽トラに近づきすぎんなよー」
「わ、わかっとるって! 車間距離は命たい!」
「そうたい。今日はそれだけでも覚えたらよか」
(車間距離……よし、忘れんけんね)
しばらく走っとったら、教官が小さくうなずいた。
「加藤さん、運転の“勘”はある方たい。慌てんクセをどうにかしたら伸びるばい」
「えへへ……ほめられた……」
「でも、スピード上げんなよ?」
「……はい」
(言われる前に心読まれとった……!?)
。路上教習・ナイター。
夕方。
熊本市の街灯がぽつぽつ灯り、雨上がりの道路が光を反射してきれいだった。
(うわ……夜の道、めっちゃ好きたい……! 車のライトが流れる感じ、心地よか~……)
つい気が緩む。
「おい、うっとりすんな。前見んか」
「見とる見とる! ちゃんと映像として記憶に刻んどる!」
「刻む前に事故るばい」
「……それは困る!!」
でも、教官の声もどこか優しくなっとった。
慣れてきた証拠かもしれん。
本免試験・前日
家に帰ると、父ちゃんがまたテレビ見ながらみかん食べとった。
「おー虎美、明日やろ本免。緊張しとるか?」
「そら緊張するたい! これ落ちたら恥ずかしかけん!」
「大丈夫ばい。うちは運転センスあるけん。けど落ち着くんが一番たい」
「……父ちゃん、たまにはよかこと言うね」
「たまにで悪かったな!」
ふたりで笑った。
本免試験(技能)。
六月の空は重く、湿気で髪がぺたっとする。
うちは教習車の前で、深呼吸した。
(落ち着け……落ち着け虎美。この運転席に座るのも、今日で最後かもしれん。うちは……絶対合格するけん)
「加藤さん、準備ができたら発進してください」
「……はい!」
心臓がドクンと鳴った。
クラッチをつなぐ。
車体が前へ。
(エンストしてない……よし……!)
交差点、右折、左折。
歩行者、信号、路駐の車。
全部がいつもより近く感じる。
(怖か……でも、怖がったら車に伝わる……)
ハンドルを握る手に力を込めた。
「そのスピードでよか。急ぎすぎんごつね」
(急ぐな……急ぐな……うちは慎重に……慎重に……)
最後の直線。
一定速度で走る。
「――はい、終了です。戻ってください」
(終わった……? 終わった……?)
「結果をお知らせします」
生唾を飲む。
胸の奥の心臓が暴れてる。
「……合格です。よく頑張りましたね」
「っ……しゃああああ!!」
思わず叫んでしまい、試験官が目を丸くした。
「……元気ですね」
「す、すみません……嬉しすぎて……!(ついに……ついにうち……“本免許持ち”になったったい!!)」
その夜、父ちゃんが、珍しく甘酒をプシッと開けていた。
「本免合格、おめでとさん!」
「ありがと父ちゃん! うち、やったばい!
これからは……うちの“走り”が始まるたい!」
「まあまあ。飛ばしすぎんなよ?」
「へいへーい!」
部屋に戻ると、ヨタツさんの動画を見ながら布団に倒れ込んだ。
(ヨタツさん……うち、とうとう免許持ちになったばい。ここから先は……マジの勝負たい。いつか絶対、隣でハンドル握ってみせるけん)
7月25日。
熊本――夏の空気はむわっとして、肌にまとわりつくけど……
今日はそんな蒸し暑ささえ気にならんくらい、胸がワクワクしとった。
(ついに来た……うちの誕生日&免許取得パーティーたい!!)
家のリビングに入った瞬間、“パーン!”と、クラッカーの音が弾け、紙吹雪がひらひら舞い落ちてきた。
「虎美~! 誕生日おめでとーー!! 仮免も本免も合格、ダブルで祝いや!」
父ちゃんが両手広げてニヤニヤしとる。
その背後には、テーブルいっぱいのご馳走。
テーブルの上には――
● 阿蘇の赤牛ステーキ(どーん!)
● 赤牛のタタキ(つやっつや)
● 熊本ラーメン(にんにくマシマシ、黒マー油の香りが最高)
● 辛子蓮根
● だご汁
● いきなり団子
● 父ちゃんの手作り“なんちゃってケーキ”
どれもこれも、熊本全開。
(うわ……赤牛ステーキでかっ!! これ全部……うちが食べてよかと……!?)
「今日の主役は虎美だけん、遠慮すんな! 赤牛食え赤牛! 肉は裏切らんぞ!」
「肉が裏切るかどうかは知らんけど……食べる!!」
勢いよく皿に乗せ、ナイフで切った瞬間――じゅわっと肉汁が溢れてきて、口に入れたら柔らかくて……
「む……むしゃんよかぁ……!!!」
我慢できずに声が漏れた。
「やろ? 熊本の赤牛は世界一たい!」
「文句なしたい! これ毎年して!!」
「毎年は財布が死ぬ!!」
父ちゃんが笑いながら頭ぽんぽんした。
熊本ラーメンもやばかった
黒マー油の香りがふわぁっと上がってきて、
湯気にニンニクの旨味が混ざる。
「はふっ……ふぉぉ……スープ濃ゆっ……! 熊本ラーメン、天才たい……!!」
横で父ちゃんが満足そうに頷いとる。
「これ食ったら他の豚骨には戻れんばい」
「戻らん!! これが正義!!!」
赤牛とラーメンで幸せに浸っとったら、
父ちゃんが急に真面目な顔して封筒を出してきた。
「虎美……免許取ったけん、渡さんといけんもんがある」
「ん? なに? まさか……新しいゲーム機とか!?」
「いや、それよりすげぇやつ」
父ちゃんはゆっくり笑った。
「――車の名義変更書類だ」
「…………え?」
一瞬、時間が止まった。
「GTO……あれ、誕生日プレゼントで“あげる”つもりやったけど……免許取れんかったら渡せんけんね。でも今日合格したけん……正式に、お前の車たい」
「………………っはーーーー!!!???」
立ち上がった勢いで椅子が後ろに吹っ飛んだ。
「うちの!? ほんとの!? GTOが!? 公式に!? うちの車になるって!?!?」
「そーたい。“今日から”虎美の相棒たい」
うちはその場で涙出そうになった。
(やばい……夢みたいや……
うち、ついに……ドライバーとしての道に立ったんだ……)
最後は父ちゃん特製のケーキ
「免許 × 誕生日」って書かれた、クリームゆるゆるの手作りケーキ。
「これ……父ちゃんが作ったと……?」
「当たり前たい! 娘の祝いの日にケーキ買うなんて甘えたことせん!」
「クオリティは甘えとるけど、気持ちは100点たい!」
「誰が甘えとるか!」
ふたりで笑って、ケーキを食べる。
甘くて、ちょっと崩れてて、
でも、人生でいちばん美味いケーキだった。
夜、ベッドの上でひとり
ふぅ……
お腹いっぱいで動けん。
だけど、胸の中はずっと熱くて、GTOの鍵を握ったまま眠れそうにもない。
(ヨタツさん……うち、免許取って、自分の車も手に入れたばい。ここから先は……ガチの走りの世界に飛び込むけん。絶対に、あなたみたかなドライバーになるたい)
そのまま、GTOのキーを胸に抱いて、
ゆっくり目を閉じた。
翌朝。
窓の外は真夏の熊本らしく、空気がじっとり張りついていた。
昨夜のパーティーでまだお腹が重たいのに、胸の奥はもううずうずしていた。
(……GTO、乗りたか。早よ、うちの“相棒”ば走らせたか……)
だけど――その反面、胃の底に小さな重しみたいなものが沈んでいた。
(……助手席……人、乗せたくなか……)
頭の奥に刺さっとる、あの“原付事故”の記憶。
うちが中学生のとき、友達の後ろに乗っとって、転倒したやつ。
アスファルトの擦過傷。
血の匂い。
倒れた原付の金属音。
“誰かの命を預かる”ことに、黄色い足がすくむ。
これで体操競技ができなかった。
でも――父ちゃんが来る。
「初心者はひとりで行かせられんて。今日くらいは父ちゃんが助手席乗るけん、安心せい」
(……わかっとる。でも、怖か……)
それでも逃げられない。うちは深呼吸して、GTOの前に立った。
朝日を浴びたピレネーブラックのボディは、キラキラというより“ギラッ”と光っとった。
(……ほんまに、うちの車なんや……)
シザースドアを持ち上げる。
ガスダンパーの抵抗を感じながら開く“翼”。
内装は軽量化されて静粛性ほぼゼロ。
遮音材なんて全部取ってあるけん、外の音が全部入ってくる。
エンジンキーを握った瞬間、手に汗が滲んだ。
(この鍵……たった一本で、人の命が変わる)
「虎美、まず若葉マーク貼らんね」
「あ……そ、そうやった……」
トランクから若葉マークを取り出し、
うちはフロントとリアにペタッと貼った。
(……なんか、GTO様に申し訳ない感じする……)
黒×若葉の組み合わせが、妙にかわいく見えた。
エンジン始動。
シートに座り、クラッチを踏み込み、キーを回す。
キュルルル……ボフッ!
ドォオオオオォォン!!!
(ひえ……音デカ……!!)
車庫の壁がビリビリ震えるほど、V6ツインターボの咆哮が響いた。
「うわー……やっぱ社外マフラーはえげつなか音するばい……」
「父ちゃん……これ、近所迷惑じゃ……?」
「迷惑や。ばってん気にすんな」
「……堂々と言うと……?」
父ちゃんはケロッとしとった。
でも、手は震えてた。
アクセルペダルを軽く触れただけで、回転計がビュンッと跳ね上がる。
(うち……こんモンスターを運転するんね……?)
クラッチミートが難しいホリンジャーの6速シーケンシャル。
普通の教習車とは別物。
「じゃ、ゆっくり出てみい」
「ま、待って……心の準備が……」
「おるは見とるけん大丈夫大丈夫」
(……“大丈夫”って言葉が一番信用ならん時もあるんたい……)
でも、逃げたら一生怖いままになる。
深呼吸ひとつ。
「……いくばい」
ゆっくりクラッチをつなぐ――
GTOは、意外なほど素直に前へ滑り出した。
(う……動いた……! うちが動かしとる……!!)
右足と左足で“命の重さ”を感じる。
教習車の何倍も敏感で、何倍も危険。
でも、同時に――
(……気持ちいい……)
低速トルクが太くて、アクセル踏まんでも前に押し出される。
「虎美、車間距離ちゃんと取れよー。その車は止まるのは得意やけど、ぶつけられたら大惨事だからな」
「わかっとる……わかっとるったい……!」
内心ガチガチ。
交差点。
右折待ちの間、心臓がドクンと跳ね続ける。
(後ろに車並びよる……早くいかな……でも失敗したら……)
事故の光景が一瞬よぎった。
友達の悲鳴。
倒れた原付。
うちの腕についた血。
体操ができなくなった身体
(いや……違う。今は“うち”が運転手。うちは……怖がっても、ハンドル離さん)
信号が青になり、
タイミングを見てアクセルを踏む。
GTOのエンジンが唸り――
4WDのトラクションが路面を掴んでいく。
スムーズに右折できた瞬間――
「よし! うまかよ、虎美!」
「ふ……ふふん! 当然たい!!」
ほんとは泣きそうなくらい緊張しとった。
でも、笑った。
郊外の農道に出た。
車があんまり走ってない道。
(ちょっと……ちょっとだけ……)
アクセルを軽く踏む。
ブースト計がかすかに上がり――
GTOは、まるで背中を押すように加速した。
「わあっ!? おい虎美!」
「ふひゃあああ! す、すご……!! うち、GTOと一緒に“身体が前に飛んでく”みたか!!」
怖い。
でも、それ以上に“気持ちいい”。
(スピードは……怖か。でも、怖さの奥に……自由がある……)
事故の記憶を上書きするように、
GTOの鼓動がうちの胸に入ってきた。
そして――帰り道、父ちゃんがぽつりと言った。
「虎美……お前、運転向いとるたい。怖がりながらでも、ちゃんと車と向き合っとる」
「……そぎゃんね……? うち、まだまだ怖かよ……」
「怖かでよか。怖かって思とるやつが、一番事故せんとたい」
(……そっか。怖がることは、悪かこつじゃあなか……)
胸の中の重しが、少しだけ軽くなった。
家に戻り、GTOを降りたあと、鍵を握ったまましばらく立ち止まった。
(うちは……前に進めた。あの事故の“怖か記憶”を……少しだけ乗り越えたんたい)
まだ完璧じゃあない。
でも、今日の一歩は、うちにとって大きかった。
「……よし。次は……ひとりで乗れるようになるけん」
GTOの黒いボディが、夕陽の中で静かに光っとった。
(相棒……これからよろしくたい)
翌日、父ちゃんを助手席に乗せて、うちはGTOでミルクロード――。
正式名称「熊本県道339号 北外輪山大津線」に向かっとった。
本当に……景色がすごい。
阿蘇の外輪山をなぞるように延びる道は、空と山の境目がそのまま溶け合っているみたいで――うちは胸がわくわくしていた。
(今日こそ、“GTOでの初走り”ば楽しむばい……! 昨日は父ちゃんが叫びまくってロクに走れんかったし……)
「虎美、今日は落ち着いて走れよ? ここは速度出しすぎると危ないけんね?」
「父ちゃんこそ、叫ばんでよ? 叫ばんって約束やろ?」
「状況による!」
「なんそれ!」
言い合いしながらも、GTOは軽く唸って山道へ。
風が気持ちよかった。
遠くに草千里の緑が揺れよる。
阿蘇の火口の方まで雲が流れとる。
(うちの……走りたか道が、目の前に広がっとる……)
アクセルをほんの少し踏んだだけで、
GTOは力強く前へ。
トルク配分20:80の4WDが路面をかみしめ、ハンドルが手の中で生き物みたいに動く。
(たまらん……この感じ……! 怖さより……気持ちよさの方が勝っとる……!)
そんな時だった。
バックミラーに青い灯り。
まだ小さい。けど、逃げきれん。
逃げきれんって、わかる速度や。
追いかけられよるんやない。
狩られよる。
「おい虎美……なんか後ろんほう……光っとらんか?」
「ん? 光? ……青?」
バックミラーの奥で、小さな青い点がゆらゆら揺れよる。
次の瞬間――
キュイィィィィィン!!!
とんでもない加速音が、谷から吹き上がる風みたいに響いた。
「な、なん!? なんか来よる!!?」
「う、うちじゃあなかよ!? アクセル踏んどらんもん!」
青い点は一瞬で形を持ち始める。
ライトブルーのボディ。
低いノーズ。
砲弾みたいなマフラー音。
白いホイール。
(レビン……!? あれ……AE101!?)
距離が一気に詰まっていく。
「ねえ虎美!? なんで追いかけられよる!? なにした!?」
「なっ、なんもしとらん!!」
「じゃあなんで加速しとる!!」
「父ちゃんが叫ぶけんアクセル踏んでしまうとよ!!」
ミニパニック。
逃げるGTO。
(よし……逃げる。逃げるしかなか!)
アクセルを踏み込むと、
GTOのツインターボが吠え――
ブースト圧が一気に上がった。
ドガァァァン!!!
背中に押しつけられる加速。
父ちゃんの悲鳴。
「ぎゃああああああああ!!!?? 虎美スピード上げすぎィィィィィ!!」
「父ちゃん叫ばんでって言うたたい!!」
「状況によるって言うたやろ!!!」
(ミルクロードでGTOの全開なんか……初めてするけん……足が震える……!)
でも、それでも後ろのAE101は離れんかった。
むしろ――
近づいてくる。
(なんで!? うちのGTOは460馬力たい!? なーしてFFのAE101が追いついてくると!?)
「虎美!! ミラー見ろ!! レビンの女の子、片手で運転しとるぞ!!?」
「ガチ勢たい!!」
そして――次の緩い右カーブで、AE101がラインを外側から取った。
その時、うちは何かが見えた。水色のオーラが。
父ちゃんに見えなかった。
(まさか……ここで……?)
ドオオオオッ!!!
白煙を上げながら、ライトブルーのAE101が――ドリフトでうちを抜いていった。
(うそ……やろ……うちの……GTOが……ドリフトで抜かれた……!?)
「うおおおおお!? あ、あれ映画か!? アニメか!? 現実か!?!?」
「現実たいぃぃぃ!!!」
AE101のドライバーはちらりとこちらを見て、ニヤッと笑った。
赤いショートポニー。
水色のアロハシャツ。
ホットパンツに黒タイツ。
目つきが鋭く、余裕たっぷり。
(……あれが……走り屋……!?)
AE101は加速し、谷に向かって伸びる直線へ消えていった。
停車して、悔しさ爆発。道の端に車を止め、ハンドルに額を押しつけた。
「……うち、負けた……GTOで……あの軽かAE101に……そんな……そんなありえんたい……」
父ちゃんが優しい声で言う。
「虎美、相手が悪かったぞ。あれ……ただの走り屋やなか。“プロみたいなもん”やろ」
「でも……でも悔しか……うち……走り屋になりたいのに……追いつかれただけやなく……抜かれて……悔しい……!」
胸が痛くて、頭が熱かった。
(何あの人……なんであんなに車動かせると……うち……あんな風に走りたか……)
「虎美。あのレビン……鹿児島ナンバーやったな?」
「……鹿児島……?」
「県外の走り屋かもしれん。熊本じゃ見たこつなかなレベルや
(県外……九州の別の地域の……走り屋? うちと同じ、“走りを求めて旅する人”……?)」
TheNextLap
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