光速の走り屋オオサキショウコ

まとらまじゅつ

文字の大きさ
3 / 52
第1章 胎動編

ACT.プロローグ 覚醒技

しおりを挟む
 2010年頃、日本の高速道路網と鉄道インフラが整備され、全国の峠道はその役割を終えていった。それは新たな文化の芽生えでもあった。廃道となった峠は、やがて非公式のサーキットと化し、走り屋たちが集う場として再び息を吹き返した。仲間とマシンで語り合い、挑戦という名の火に身を投じる。それが、彼らの青春だった。
 それから3年後、収入減少や都市部での公共交通機関の発展、環境問題への意識の高まりなど、さまざまな要因が重なり、若者のクルマ離れが深刻化していった。自動車産業の衰退を危惧した政府は、思い切った政策を打ち出した。自動車免許の取得年齢を16歳に引き下げるとともに、教育カリキュラムに「安全運転教育」を追加し、若年ドライバーの事故率低下を目指した。また、初回車検を無料化し、車検にかかる税金を大幅に減額。だが、街にその改革が浸透する前に──峠の奥では、別の火がくすぶり始めていた。若者たちの目が、再びギラつき始めた。
 これらの改革は見事に成功した。手頃な価格で車を所有できるようになり、若者たちは再び車に夢中になった。峠やサーキットでは、仲間とともにドライブやカーレースを楽しむ姿が見られるようになり、車を通じて地方と都市がつながることで、新たな産業や文化が生まれていった。若者たちは車を通じて友情や恋愛を育み、自分自身を成長させる機会を得た。この時代は「自動車天国時代」と呼ばれるようになり、日本全体が活気を取り戻していった。
 しかし、課題もあった。若者の事故率が一時的に上昇し、それに伴い保険業界は対応を迫られた。また、環境問題への懸念から一部で反発の声が上がったが、次世代の環境対応型エンジンや新技術の導入によって、こうした問題も徐々に克服されていった。 こうして、再び息を吹き返した日本の自動車文化は、単なる趣味や嗜好を超え、人々の生活や価値観そのものを豊かにする存在へと変わっていった。

 そして202X年、廃道となってから十数年を迎えた群馬県の赤城山。その峠道で最速を誇るのは、雨原芽来夜という一人の女性走り屋だ。彼女は滅多に本気を見せることはないが、その圧倒的な速さに太刀打ちできる者はいなかった。だが、ついに彼女と渡り合える存在が現れる──誰も想像しなかった運命の時が訪れるのだった。

 3月15日、午前11時。 快晴の空の下、静寂に包まれた赤城道路。その道を駆け抜けるのは、青い流線形のボディを持つ日産Z34型フェアレディZ。現在、タイムアタック中で、自己記録の更新が目前に迫っている。

「今日は絶対に記録を塗り替える…!」

 ドライバーの緊張した表情とは対照的に、車は安定した走りを見せていた。事故もスピンもなく、完璧なライン取りだ。だが、その瞬間、背後から耳をつんざくようなエンジン音が迫ってきた。

「この音…直6のRB26か?」

 その音が示すのは、日産が誇る名機RB26DETTエンジン。スカイラインGT-Rに搭載され、改造次第では1000馬力に達するモンスターユニットだ。峠に響くその咆哮は、まさに覇者の証。しかし、バックミラーに映ったのは違う車だった。 赤いボディに、派手すぎるほどの空力パーツ。巨大なGTウィングが背を貫き、流線形のシルエットが異様な存在感を放っていた。そのマシンは、GT-Rではない──「180SX」だった。そして、運転席にいるのは──

「なんだ…? あれ、子供か?──いや、まさか…赤い180SX…まさか、あの都市伝説の“《赤峠童女》”か…?」

 バックミラー越しに捉えたのは、年端もいかない少女の姿。免許取得年齢には到底届かないはずの彼女が、なぜここにいるのか。 ……そういえば最近、ネットの掲示板で読んだ。“赤い180SXを駆る童女が、赤城に現れる”──そんな眉唾物の噂が。疑問が頭を駆け巡る間にも、180SXはどんどん迫ってくる。

「くそっ、ガキに負けてたまるか!」

 5連続コーナー。 内側を攻めるZ34、外側を攻める180SX。普通なら内側のZ34が有利なはずだったが──

「なんでだ…!?」

 180SXが驚異的な速度で外側から追い抜いていく。タイヤが路面に吸い付くように──それでいて、重力すら欺くような挙動。まるで、路面そのものが彼女を導いているかのようだった。

「ありえねぇ…どうやって…?」

 焦燥感が俺を支配する中、ハンドルの感触が次第に怪しくなり始めた。

「なんだ…操作が効かない!?」

 そして、足元から異音が走った──次の瞬間、スピン。スピンアウトした車内で、ハンドルを叩きながら俺は叫んだ。 ……いや、違う。これは“圧”なんてもんじゃない。踏み込んだはずのアクセルが、何かに吸われるように空を切る。何かが、意思を持って介入してきている──そんな錯覚すら覚えた。

「ちくしょう…なんでだ…!」

 新記録達成の夢は潰え、悔しさだけが残る。

(あの少女…なんだ? 化け物か?)

 スピンした原因が「見えない何か」に触れたせいだとしか思えないが、それ以上のことはわからない。ただ……あの少女の走りは、ただの走りじゃなかった。あれは……何かが、憑いている。

 それから数ヶ月──赤城山で《赤峠童女》を知らぬ者などいなくなった。あの日、あの走りを見た俺だけは知っている。あれが、伝説の始まりだったんだと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

処理中です...