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第2章 柳田編
ACT.8 プラズマ3人娘
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おれ、大崎翔子。両親は海外、育ちは栃木。昔いじめに遭ったせいで通信制中学。けど──車とタイツだけは、ずっと離さなかった。
13歳のときには、免許も取れないくせに180SX(ワンエイティ)を手に入れてた。もちろん、当時は一台だけでコソ練してたけどな。
高校には進学しなかった。いじめのトラウマから早く解放されたい。それに、受験なんてダルいだけだ。
そのまま「和食さいとう」に就職。群馬に住むことにして、智姉さんと同居。両親とは離れてるけど、毎日が楽しい。
客の8割が男性なのがちょっとアレだけど……まあ、頑張ってるよ。
去年の11月から教習所に通い始めて、今年の1月、ついに――免許ゲット。しかもMT(マニュアル)!
それ以来、智姉さんのR35に乗せてもらって、腕を磨いてるってわけ。
……ちなみに、おれは毎日タイツを履いてる。なんか、下半身が人間じゃなくなる感覚が落ち着くんだ。
中学校の頃からの付き合いであるワンエイティには、最初から特別なこだわりがあった。最初の状態ではエンジンがなかったため、おれはハイパワーなRB26エンジンをリクエストして載せることにした。エンジンを手に入れるのは難しいことだとわかっていたが、どうしてももっと速い車が欲しかった。でも、智姉さんから「初心者だから」と止められ、結局350馬力と控えめな仕様に落ち着いた。
しかし、今のおれは違う。ついに大物を仕留めた。JZA80スープラに乗る、DUSTWAYの葛西サクラだ。この出来事をきっかけに、おれの名は間違いなく知れ渡ることだろう。
朝6時。今日は赤城へ行く日だが、智姉さんは和食さいとうに届いた荷物を確認している。和食さいとうでは、普段はスーパーで材料を調達することが一般的だ。しかし、時には特別な材料を補充するために、このような業者から直接仕入れることもある。
「今回はたくさん送られてきたなァ……」
荷物は、まるでタワーのように積み上げられている。智姉さんは慎重に荷物を下ろしながら、ひとつひとつを確認していく。白い段ボール箱に詰められた荷物から、料理に使う具材が次々と取り出される。
「たくさん送られてきた通り、材料が多いな……」
その時、智姉さんがふと手に取った封筒に目を留めた。
「お、手紙が来てるぞ。お前宛だ」
おれはそれを受け取り、封を切った。内容はこれだ。
-ワンエイティの人へ。
和食さいとうで働いていると聞いて、手紙を送ることにしました。私は以前、とても引っ込み思案で、自分に自信が持てずにいました。でも、あなたの走りを見ているうちに、少しずつ変わり始めたんです。あなたのように、誰かに影響を与えるような走りがしたいと思うようになりました。
最近、自動車免許を取ろうかと真剣に考えています。いつか、あなたと一緒に走れる日が来ることを楽しみにしています。そして、あなたが日本一の走り屋になることを心から願っています。応援しています。
手紙を読み終えると、決心が胸に芽生えた。
「よし、決めた!おれはこの子のために、日本一の走り屋になるんだ!」
「……サクラを倒したくらいで、そう簡単になれるのか?」
「なってみせますとも!いつか絶対に!」
夢ができた。両腕を掲げて、思いきりガッツポーズをする。
――いつか称号を得るんだ。赤城や群馬にとどまらず、日本を制覇してみせる!
「興奮しすぎだぞ、落ち着け。さて、夢や作戦の話は後にして、そろそろ赤城へ向かおう」
「日本一の走り屋になるには、まず練習ですね!」
テンションが上がったまま、スキップ気味に外へ飛び出す。
……だが、玄関前に派手なカラーリングの3代目ヴィッツが停まっていた。あの男、美波六荒の愛車だ。
「今日は練習だから来てやったぞ」
「おまえ、来たのかよ……!」
せっかく上がっていた気分が、一気に冷めた。
やっぱり、この展開が来るのか。
「オオサキのワンエイティに乗れ」
「了解」
――この男を乗せるのかよ。テンション、さらにダウンだ。
仕方ない。助手席に載せて、出発するか。
2台のマシンは、赤城のコースへと滑り出していった。今は、まだ穏やかな空気が流れている。
……だが、この先に待つ予想外のバトルのことなど、誰も知るはずがなかった。
ヒルクライムのスタート地点にある駐車場。
そこには3人の少女と、彼女たちの愛車――オレンジのC33ローレル、イエローのHCR32スカイラインセダン、ブルーのA31セフィーロが並んでいた。
どれも日産のFRセダンで、シャーシを共通化した兄弟車。同じく“プラズマ”の異名を持つRB20DETエンジンを搭載している。
「まだ来ねーな……葛西サグラに勝っだという噂のワンエイディ乗りと、斎藤智。朝の赤城に来ると思っだのに」
焦った様子で頬をかきながら、オレンジの髪の少女が言う。
「今回は遅れてるのかもね」
えんじ色のポニーテールの少女が腕を組んで応える。
ブルーのツーサイドアップの少女が、峠の入り口に視線を向ける。
――そのとき、遠くからエグいエキゾーストが響いた。
「来たで!」
現れたのは、智姉さんのR35とおれの180SX(ワンエイティ)だった。
2台は3人がいる駐車場を通過していく。智姉さんのR35が先行し、少し遅れておれのワンエイティが追う。
「日産のFRセダン、なめんなよ! こっからが見せ場だべ!」
3人は一斉に車に飛び乗り、エンジンを唸らせる。
発進と同時に、3台のセダンが峠道を駆け上がり、練習前のワンエイティと並走する形となった。
オレンジのC33が左、後ろにイエローのHCR32、さらにその後ろにブルーのA31が続く。
「くっ……こいつら、チューンしてやがる!」
RB20のターボが唸り、3台のセダンが獣のように駆け上がっていく。ワンエイティのノーズが、まるで息を詰めるようにその背中を追った
ついには最後尾だったA31までもが追い抜き、進路をふさがれてしまった。
「くそっ、せっかくの練習が……!」
イラつきが爆発し、ステアリングを三度叩く。顔には怒気が走り、目が鋭くなる。
「うっとうしい奴らだ……引き離してやる!」
「ふーん、大したことなさそうだな」
隣の美波六荒がニヤリと笑いながら言った。
こうして、おれたちの予定外のバトルが、峠の静けさを打ち破って始まった――。
先頭を走る智姉さんのシルバーのR35型GT-Rは、赤城ヒルクライム最初のコーナー、5連続ヘアピンの1つ目で左に入った。
後ろから割り込んできた3台に対して、智姉さんは引き離したい一心で、いきなり技を使い始める。
智姉さんが選んだのは、どちらでもない、少し異なる技だった。
――小山田疾風流、ズーム・アタック
斜めに切り裂く光線のように、車体がコーナーを突き抜ける!
その技は、誰もが知っている“コンパクト・メテオ”や“ハヤテ打ち”ではなく、もっと力強い技だ。智姉さんは、その技を選び、時速170km/hでガードレールギリギリのドリフトを決めながら攻めた。後ろの3台は一瞬で視界から消え、智姉さんはそのまま道を突き進んでいった。
「速えべ!さすが伝説の走り屋だァ~!」
後ろの車を引き離した後、智姉さんはスピードを緩めることなく、すぐに次の5連続ヘアピンのコーナーに差し掛かる。智姉さんはその巧みなステアリング操作で、次々とコーナーを駆け抜け、後ろの車はもう完全に視界から消えていった。
「智姉さん、邪魔なやつらから離れたね!おれも本気で抜きにかかろうか。それが日本一の走り屋になる道だ」
智姉さんが3台を抜き去るのを見て、心の中でそんな気持ちが芽生えた。しかし、その瞬間、後ろの3台のクルマが突然、ハザードを点滅させた。
状態を維持したまま、エネルギー資料館前の駐車場へ向かった。R35が停まっている場所に、後の4台の車が静かに停車し、エンジン音が消えた。5人の男女が降りてくる。
3台のセダンに乗っていた少女が、こちらに視線を合わせ、口を開く。まず、C33ローレルから降りてきたオレンジ色の髪をしたジャージの少女だ。
「おめー、もしや、葛西サグラを倒しだ走り屋だべ?」
その口調には明らかな東北訛りがあった。
「そうだよ。おれは大崎翔子、日本一を目指す走り屋さ。」
自己紹介をし、自分の夢も語る。絶対に実現させるつもりだ。
次に、HCR32スカイラインセダンから降りてきた、えんじ色の髪をしたポニーテールの小柄な少女が口を開く。
「へぇ、くにちゃんより年下なのに、葛西サクラに勝っちゃうなんてすごいね!」
彼女たちはおれより年上だった。見た目では同世代に見えるが、特にえんじ色の少女は体格が小さく、幼く見える。
青髪をツーサイドアップにまとめ、紅白のパーカーを着た少女が言う。
「うちらの年齢じゃあ、あんまり走れんかったけどな。初心者やったし。」
その少女の喋りはオレンジ髪とは対照的に、関西風の訛りだった。芸人のような軽い口調だが、クールな雰囲気が漂っている。
再びオレンジ髪の少女が口を開く。
「そのデグニッグ、どこで手に入れたんだべ?」
「くにちゃんも知りたい!」
えんじ色のポニーテールも続いた。丁寧に答えることにする。
「それは智姉さんから教えてもらったんだ。あちらのR35乗りさ。」
智姉さんを指さすと、3人の反応が変わった。
「智姉さんって、伝説の走り屋、斎藤智か?」
オレンジ髪の少女が驚いた表情をしていた。
「C33の人、智姉さんのこと知ってるの!? さすが、伝説の走り屋だから仕方ないね。」
「そんな人から教えてもらったなんてすごいね!くにちゃんも教えてほしいな。」
えんじ色ポニーテールが跳ねながら言う。
「そんな年で葛西サクラに勝ったんや、納得やわ。」
彼女たちは智姉さんのことを知っているようだ。
オレンジ色の少女が口を開く。
「話を変えるけど、わだすらのごど、知っでるか?」
「知らないよ、今日初めて会ったし。」
この3人組、もしかして有名なのか? 最速の走り屋か?
「なら、教えるべ。わだすは熊久保宣那。昨年度のドリフド甲子園の優勝者だべ。雑誌にも載っだんだ~。愛車はC33型ローレルだべ」
オレンジ髪の少女が自己紹介をする。D1の参加したC33乗りと苗字が一致しているのは、まさかの偶然だ。
「くにちゃんは小鳥遊くに。昨年度のドリフト甲子園の準優勝者だよ。愛車はHCR32型スカイラインだよ」
次に、えんじ色ポニーテールが続く。小鳥遊という苗字、アニメでよく見かけるが、珍しい。
「うちは川畑マサミ、昨年度のドリフト甲子園の準々優勝者や。愛車はA31型セフィーロやで」
最後に青髪ツーサイドアップ。こちらはよく見る苗字だ。
熊久保さんが突然、尋ねてきた。
「突然だが、バトルを頼んでもいいが? 今すぐじゃねくてもいいべ。コースはヒルクライムでお願いすっべ。」
「くにちゃんたち、葛西サクラを倒した走り屋と走りたくてさ。」
「お願いやから、うちらとバトルしてや!」
小鳥遊さんと川畑さんも続く。
果たして、おれの答えは?
「そう言われたら、断れないね。バトル、受けるよ!」
バトルが決まった。葛西サクラを倒したばかりだが、油断せず挑むつもりだ。
「交渉成立だべ!じゃあ、何時にするべ?」
「夜の9時でどうかな?仕事終わりだから、ヒルクライムで問題ないよね?」
「了解だべ。その時間に必ず来るだァ~!」
時間が決まり、3人組はそれぞれのセダンに乗って帰って行った。
智姉さんは彼女たちの言っていたことが気になっているようだ。
「ドリフト甲子園のトップ3と言っていたな……」
「中々の強敵かもしれんな。」
六荒が続く。
「強敵か……何か感じるぞ。」
おれも彼女たちからオーラが感じ取れた。走り屋としてだけでなく、覚醒技超人としての……
バトルを挑むおれに、智姉さんから忠告が飛んでくる。
「オオサキ……マジで行くなら、走りの意味を忘れんなよ。“潰す”じゃなく、“超える”んだ」
おれの戦いは、ここから始まる。予定は今日に設定したから、早く準備しないと。急がないと。
心に緊張が走る。
「あの子は──もう、覚醒技“だけ”に頼る走り屋じゃあない」
と、智姉さんがポツリと呟いた。
昼10時、和食さいとう。
六荒のヴィッツが到着すると、彼はクルマから降り、後部座席のドアを開け、タイヤ4つを取り出してきた。
「オオサキちゃーん、新しいタイヤだぞ!」
「アンパンマンのバタコさんみたいに言わなくても。」
タイヤは消耗品だ。特にドリフト走行をしていると、消費が激しく、交換にはお金もかかる。正直、面倒だ。
「タイヤ交換しながら、相手のクルマの話でもしようか。」
俺はワンエイティに移動し、まず右前輪の交換を始める。六荒にタダ働きさせることにした。日頃の恨みを晴らすためにね。
「相手はセダンが3台だったな。」
「一見、走りには向いてない感じだけど…。」
「でも油断はできないぞ。車種はC33ローレル、HCR32スカイライン、A31セフィーロだ。どれもFRで、しかも兄弟車だ。チューニングパーツも豊富だからな。」
まずはA31型セフィーロの解説から。
「A31型セフィーロって、昔、井上陽水のCMで話題になったクルマだよな?」
「お元気ですかー!? ってやつかな?」
「今の子がよく知ってるな。」
「智姉さんから教えてもらったんだ。」
六荒は世代ではないけれど、意外に知っている。
「A31はセダンでありながら空力性能が高い。しかも、当時安価でスカイラインと兄弟車だったから、走り屋に人気があった。油断できない相手だぞ。」
「あと、シルビアセダンという名前で販売される予定だったんだよな?」
もしその名前が実現していれば、ワンエイティと親戚になっていたかもしれない。
次はHCR32の解説だ。
「HCR32型スカイラインは、GT-Rの影に隠れがちだが、結構完成度が高いクルマだ。特にアウトバーンでの安定性は、ポルシェ以上だと言われている。もしHCR32の完成度が高くなければ、GT-Rの不敗神話もなかっただろう。」
「そして、パワーは215馬力もあるからな。」
「でも、その分、低速トルクが少なくて、立ち上がりが遅い。」
「その遅さはカローラや軽自動車以上だとか。」
「おい、クルマを貶すようなこと言うなよ。」
クルマの性能には個人差があるから、この発言を真に受けるのは禁物だ。
最後はC33型ローレルの解説だ。
「C33ローレルは、リーダー格のクルマだが、A31同様、平凡なセダンだ。しかし、FRでスカイラインと兄弟車ということで、走り屋に人気がある。」
「特徴は、センターピラーレスハードトップという構造だ。Bピラーがないんだ。」
「Bピラーがないのに、どうやって後部ドアがあるんだ?」
「安心しろ、後部ドアの付け根はしっかりある。これがなければ4ドアとは呼べないから。」
不思議だが、ちゃんと機能しているらしい。
「他には、A31やHCR32に比べて車重が重いことくらいかな。ピラーレス構造のせいで、剛性が少し不足してるけど。」
「それだけかい!」
これじゃあA31やHCR32より楽勝かもしれないね。
ただし、俺にはある感情が浮かんできた。
C33を解説を聞くと勝てるかもしれないという安心感と、それを覆す実力を見せてくるという不安を感じてしまった。
しばらくすると、六荒のタイヤ交換が4つとも終わる。
こき使うのはここで終わりだ。
「これだけは言っておく。ありがとうってね」
「いえいえ。これだと上手く走れるかもな。後で新品のタイヤを試してくれ」
新しいタイヤを履いたワンエイティは新品の靴を履いたようにスッキリした。
これで準備万端だ。
次のバトルで勝ち、日本一の走り屋に近づくよ!
昼11時。
おれは六荒のヴィッツを運転して、赤城ヒルクライムコースを下調べしていた。
まずは最初の5連ヘアピン。
助手席の六荒と話しながら攻めていく。
「ここはスピードが乗りづらい。上りになっている上にコーナーが続くからな」
「智姉さんの練習で毎回走っているよ」
「けど、スピードを落とすような走りは厳禁だ。タイムロスになる」
ヒルクライムはダウンヒルと違ってスピードが乗りづらい。
六荒の言っている通りだ。
乗らなかったら、負ける。
次は第3高速区間。
ワンエイティよりパワーがないのか、それとも上りなのか、アクセルを床まで踏んでもクルマはあまり加速しない。
「ヴィッツのような非力なクルマは上りがキツいな…」
「上りとローパワーなクルマと相性が悪い…」
今度戦う3台のセダンはワンエイティよりハイパワーだったらどうしよう。
やられるかもしれない。
平凡セダン相手に負けたくない。
次はサクラゾーンだ。
前のバトルでサクラを抜いた区間だ。
ブレーキを踏み、加減速を大事にしながら進んでいく。
キツいコーナーでは大きく減速し、緩いコーナーでは小さく減速する。
ラストのナイフ型の左ヘアピンでは、大きく減速した。
攻めながら、六荒と会話する。
かつての相手と今の相手たちの強さについてだ。
「オオサキちゃん、赤城で2番目に速い走り屋と、ドリフト甲子園で優勝した走り屋、どっちが速いんだろうか?」
「ドリフト甲子園は速さで競う大会じゃあないよ!」
「つまり葛西サクラの方が速いかな!?」
「すぐ決めるんかい!」
ただまだ分からないかもしれない。
戦っていないから
葛西サクラ以上なのだろうか?
そのまま直線を抜けると、続く中速の左コーナー、右コーナーをリズムよくさばいていく。スロットルを全開にして最後のストレートを駆け抜け、ゴールラインを越えた。
ヒルクライムを無事に完走すると、今度はコースを逆走して下りに入る。
11時30分まで、この流れを繰り返して練習を続けた。
赤城のヒルクライムは、もう走り慣れている。だが、まだ磨ける部分はある。もっと正確に、もっと速く。
──よそから来た奴らに負けるわけにはいかない。それは、おれのプライドが許さない。
11時45分。六荒と一緒に、180SXのガソリンを入れに行く。
今夜の決戦に備えるためだ。
「いらっしゃいませ!」
スタンドに入ると、見覚えのある顔があった。
「あー! 君は朝の……熊なんとか……」
「熊久保宣那だべ!」
他にも、川畑マサミと小鳥遊くにがいた。
彼女たちはここでバイトしているらしい。そして、その傍らにはそれぞれの愛車──C33ローレル、HCR32スカイライン4ドア、A31セフィーロが並んでいた。
「なんや、敵場視察か?」
川畑が鋭い目つきでこちらを睨んできた。
小鳥遊もじっとこちらを見る。まるで見え透いたセリフのように。
「さぁ、それは置いといて。ガソリン満タンでよろしいでしょうか?」
熊久保の口調はどこか開き直ったようにも聞こえる。
──今夜戦うとはいえ、そんなに敵意を向けなくてもいいのに。もうちょっとフレンドリーに接してほしいよ。
「ガソリン満タンで、お願い」
ノズルが180SXに差し込まれ、ガソリンが流れ込んでいく。メーターの針がじわじわと上がっていき、燃料タンクが満たされていく。
お金を払い、車を発進させた。
「ありがとうございました!」
三人は車が去っていく方向に、声をそろえて挨拶した。
「今夜は抜かせる気はねーべ!」
熊久保は強気な笑みを浮かべて手を振る。
「今日はな、新品のスポーツタイヤでいくで! スタンドの使い古しとは違うんやから!」
川畑の宣言に、小鳥遊が頷く。
──確かに、あいつの言う通りだ。ただのバイトでも、車の知識は自然と身につくし、時にはタイヤやパーツがもらえることだってある。
ガソリンを入れるだけが仕事じゃない。走り屋にとって、バイト先すら戦場だ。
午後1時、仕事が始まった。
智姉さんとおれ、そして六荒は和服に着替えた。
お客さんが来るまでの間、今日のライバルたちの話をする。
まず、智姉さんが熊久保の話を始めた。
「C33ローレルに乗る熊久保宣那は、かつて4WD車を改造してFR車に乗り換えた福島出身の走り屋だ。意外にも、結構金持ちだって聞いてるよ。両親は動物園の偉い役職に就いてるとか」
「金持ち相手か…油断できないな」
六荒が険しい顔をした。
「C33にはかなり金を掛けてるだろうな」
金に余裕のあるドライバーは強い。クルマは金が掛かるものだ。高性能なパーツを手に入れれば、当然、性能も上がる。
「さらに、ドリフトを繰り返すたびに速くなるって話だ。パワーが高ければ、鬼に金棒だな」
「それって、覚醒技みたいなものか?」
「そうだ」
つまり、彼女以上に速いドリフトをしなければならない。遅いコーナリングは許されない。ドリフトを速くするしかないんだ。
次に智姉さんが小鳥遊の話を始めた。
「HCR32スカイラインに乗る小鳥遊くには、兄がドリフト選手だ。彼の走りを引き継いでるらしい。熊久保と同じく、覚醒技も持ってる。迫力のあるスムーズな走りが得意だ」
兄妹でドリフトをしているのか。特殊な力を持つなんて、彼女は相当すごいかもしれない。
智姉さんはさらに小鳥遊のHCR32について、とんでもない発言をする。
「HCR32の弱点である低速トルクの薄さを補うように、彼女の覚醒技はトルクを底上げしてくる。完全に相性が取れてる」
六荒が質問する。
「つまり、弱点はないってことか?」
「そうかもしれないな」
弱点がないということは、どう戦うかが重要だ。苦戦を強いられるかもしれない。強敵になるだろうな。
最後に川畑について解説が続く。
「A31セフィーロに乗る川畑マサミは、大阪で名を馳せた走り屋だ。今は父親の転勤で群馬に来てる。冷静な性格で、かつては師匠がいたが、事故で亡くなったと言われてる」
お笑いの関西人らしからぬ人物だ。冷静なドライビングをしそうだ。油断はできない。
「彼女も覚醒技を持ってるが、追い抜くことはできない」
「追い抜けないって、それ……反則じゃない?」
おれは驚いた。追い抜けないなんて、まるでチート能力だ。
「ただし、致命的な弱点もある。ヒントはジェームズ・メイだ」
「まさか、ジェームズ・メイ枠かよ……」
川畑とジェームズ・メイがどう関係しているんだ?もしかして、川畑も遅かったりして?
──ちょっと待て、これってまさかのギャグか!? 「ジェームズ・メイの弱点と言えば…」
六荒の発言、もうちょっと引っ張りすぎだな。ここはカットしておこう。
そして、約束の時間が来た。
暗くなった赤城のヒルクライムスタート地点近く、水辺の広場前の駐車場に、おれのワンエイティ、智姉さんのR35、六荒のヴィッツが停まる。
服装は制服から赤いTシャツ(『疾風』と書かれている)、白いホットパンツ、黒タイツに着替えた。
向こうから3台の光が近づいてくる。
オレンジ色のC33ローレル、黄色のHCR32スカイライン、青いA31セフィーロだ。
3台の右ドアから、それぞれのドライバーが降りてくる。
おれは彼女たちをじっと見つめた。
「約束通り来たね」
この夜、駐車場は緊張感に包まれていた。
まず、熊久保が提案をする。
「ルールはこれでいいべ? 1vs3で対決して、抜かれた順に脱落する方式だべ」
「これでいいかな?」
小鳥遊と川畑も続ける。
「OKだよ。1vs3でも構わないよ!」
おれはそれに了承した。
人数的に不利だが、勝ちに行く!
日本一の走り屋になるんだ。
3人はそれぞれの車に乗り込む。
おれも乗ろうとしたとき、智姉さんと六荒が近づいてきた。
「別に作戦は言わない。ただし、3人それぞれ別々の走りをするから、それぞれに合った走りで攻めろ」
「はい」
3人とも性格が違う。
走りも違うし、覚醒技も似ていない。
六荒が突然言った。
「俺を隣に乗せてくれ!」
「分かった」
そう言って、彼を助手席に乗せる。
おれは考えた。
覚醒技で彼を失神させてみたい。
キーを回し、ワンエイティのエンジンが目を覚ます。
おれは3台のセダンについて行く。
智姉さんがそれを眺めている。
「3台のセダンからは強力なタキオン粒子を感じる。さらには走り屋としてのオーラも感じる」
あの3人組は強そうだ。
ドリフト甲子園のトップ3の実力は伊達じゃない。
……サクラに勝ったおれだ。今さら負けるわけにはいかない──日本一になりてぇからな」
4台は5連ヘアピンに差し掛かり、ペースを一気に上げる。
3つのRB20エンジンと、1つのRB26エンジンのサウンドが重なり合い、空気が震える。
おれは前のA31を鋭くロックオンした。
六荒が肩を叩き、激励してくれる。しかし、男性恐怖症の俺はその行動に少しイラッとしていた。
5連続ヘアピンの1つ目を迎え、おれは得意なコーナリングでA31を抜こうとした。その瞬間、足が石のように動かなくなる。
「何が起きているんだ?」
「覚醒技の能力だよ!?」
やはり、川畑の能力か!
六荒には分からないだろうが、おれにはそれがチートのように感じる。
「簡単には抜かせん。これがKイリュージョン流の技やで!」
川畑の技で俺は一瞬、ペースを乱される。額から汗がじわりとにじみ出て、歯を食いしばる。
「後ろのワンエイティ、霊気が見える……覚醒技超人だけじゃなく、走り屋としてもヤツは手強い!」
おれは冷静に、しかし焦りを感じながらA31に迫る。
第3の高速セクションへ入り、緩やかなジグザグの道を進む。パワーで上回るA31に対して、トルクと軽さで互角に戦える自分のワンエイティ。
だが、A31は突然、直線ドリフトでブロックしてきた。
距離が開く中、おれは冷静にギアを調整し、アクセルを踏み込んで追走を開始する。
しかし、次の右ヘアピンで俺のワンエイティは遅れを取る。
(ワンエイティ、ガードレールにぶつからないでくれ!)
「離された分、後で追い上げる!」
おれはアクセルを踏み込み、再びその差を縮めようとする。
左ヘアピンに入ると、追いつける手応えを感じ始める。だが、次の瞬間、川畑が新たな技を仕掛けてくる。
「<スパイダー・フォーム・マーズ>!」
突如、加速が鈍くなり、俺はそのペースに飲み込まれそうになる。
「くそ、加速が……」
その瞬間、思い出すのは、葛西サクラを倒した自分の走りだ。このままでは負けられない。
「でも、まだ終わったわけじゃない!」
おれはギアを切り替え、再びペースを上げる。次に訪れるチャンスを逃すわけにはいかない。
「これが雨原芽来夜に次ぐ走りを持つ葛西サクラを倒した走りか? うちらでも勝てる相手やで! <スパイダー・フォーム・マーズ>で加速が下がったから追いつけん!」
右ヘアピンを抜けた後、長い直線が続くが、RB26の唸り声を響かせながらも、加速力が落ちたワンエイティはA31のペースに追いつけない。
後方の2台のドライバーもその様子をルームミラー越しに見ていた。
「川ちゃん、やるね! あのワンエイティとよくやり合ってるべ!」
「ほんとにね。学生ドリフト選手権では準々優勝だったけど、Kイリュージョン流のブロック技でかなり手強い相手だよ。」
だが、この後、小鳥遊が思わぬ言葉を漏らしてしまう。
「でも、〝川畑さんは方向音痴でコースを覚えるのが苦手”っていう欠点があるから、それさえ克服できれば、赤城で速い走り屋を倒したワンエイティに勝てるかもね!」
彼女の欠点が、すぐに影響を与えることになる。
2台が直線を終えてコーナーに差し掛かる。連続ヘアピンの1つ目だ。
「やっぱりこのコースはなかなか慣れへんな。前走ってる車、どんなコーナーが来るか全然わからん。」
「なんか、前の車に恐怖心が見えるな。あんなスピードで攻めてるのに、遅く感じる。」
A31は外側に膨らんでいく。その隙間を見逃さず、僕は加速をかける。
「霊気をまといながら、攻めの体勢に入る!」
そして、ガードレールギリギリを駆け抜け、光線のように相手の進行を妨げる。
「小山田疾風流──〈ズーム・アタック〉ッ! 一気に飛ばす!」
ヘアピンの出口を抜けた時、ワンエイティは明らかにA31の後ろに張り付いていた。
「なんや! <スパイダー・フォーム・マーズ>で加速落ちたんやろ?」
恐怖心に縛られたA31の弱点を突くことができた。
「コースを覚えられんうちが悪い! 料理したるで! って言っても別に鍋とか振らへんで」(本気のやつだ。実際には包丁もフライパンも持ってないけどな)
「よし!」
こうして、1台目を倒すことに成功。
(マジかよ……川ちゃんの覚醒技、破られたべ……)
先頭を走る熊久保は、おれの走りに驚いているようだ。
おれは右手でガッツポーズを決めた。
「本当にオーラが輝いているべ。覚醒技としても、走り屋としても。葛西サクラを倒した走り屋だって、みんなが分かるだぁ~」
おれのオーラを後ろから眺める。
少し認めているようだ。
「1人目撃破。だが、次は“準優勝”の小鳥遊くに……まるで別種のオーラが迫ってきた」
六荒の言う通りだ。相手はまだ残り2台もいる!
「川畑さんが負けた……。でも、良い戦いだったね。次はくにちゃんの番だよ! チビ全開!」
次に戦う相手は黄色いHCR32。
「この車にも霊気が見える! 川畑同様、ただの走り屋じゃないね。」
漆黒と萌葱色のオーラが輝き、闇と風の属性を持つ覚醒技を使いこなしていることが分かる。
右のヘアピンカーブの後、HCR32と小鳥遊とのバトルが始まる。
「学生ドリフト選手権で準優勝したくにちゃんを追い越せるかな?」
左のヘアピンカーブまでの直線を、2台は駆け抜ける。
ワンエイティはRB26のツインターボ、HCR32はRB20のシングルターボに排気を流し、回転数をレッドゾーンまで上げてシフトチェンジを繰り返す。
後者は前者を引き離した。
「今度の相手、さっきのA31以上にパワフルだ。」
「RB26を積んでるくせに、RB20の車に直線で負けるなんてどういうことだ!?」
「相手にも能力があるんだよ! クルマのトルクを引き上げる技を使ってるんだ!」
六荒がその加速に驚き、追いつけないことを心配する。
左コーナーを抜けると、直線に入る。
アクセルを全開に踏み込み、シフトチェンジ。
覚醒技で得た強大なトルクを持つHCR32に大きく離される。
緩やかな左コーナーを抜け、ブレーキを踏みながらスピードを落とす。
2台は右ヘアピンに突入。
両者フットブレーキを踏んだ後、サイドブレーキを引き、ドリフトに入る。
立ち上がりでHCR32を追い越そうとしたが、相手は更に強力な技を使う。
「ナインウォーカー流<ソニック・ブーム>!」
まるでテレポートするようなドリフトだった。その超能力じみた技に改めて驚く。
急な右U字ヘアピンを抜けた後、直線が続く。
このままじゃあ高トルクを持った相手に負けてしまう。
「どうしよう……」
頭を抱えながら、焦りと絶望を感じる。しかし、突然ひらめく。
「追いつけない相手だぞ!?」
直線で作戦を実行しようと決意した。
おれは<フライ・ミー・ソー・ハイ>を放ち、時速200km/hを超える高速ドリフトで左側に向かって駆け抜ける!
ついにHCR32のケツに追いつく。
「どうやったの!? くにちゃんにどうついてこれたの!」
サイドミラーから後ろにいるワンエイティを見て、小鳥遊は驚いている。
(葛西サクラに勝った子って、本当にこのレベルなの!?)
並み以上のスピードで直線ドリフトを決めた後、ナイフのような左ヘアピンに入る。
(サイドミラー越しに……また詰められてる!? 何回目だよ……!)
おれは内側に入り、追い抜きにかかる。
「やっぱり速い……学生ドリフト選手権チャンピオンの熊久保さんに勝てそうだと思う……」
抜かれた小鳥遊は潔く敗北を認める。
「川ちゃんとくにが負けた……。次はおらの出番だべ、学生ドリフト選手権で優勝した腕前を見せてやっべ! 日産のFRセダン、なめんなよ!」
最後の1台、オレンジのC33型ローレルの熊久保宣那が立ちはだかる。
ワンエイティを眺める彼女は、意気揚々とした表情を浮かべている。
「普通の走り屋じゃない。さっきの2台よりオーラが一番強い。走り屋としてもね。」
「今までより、速そうに感じる。重い4ドアセダンだけど、油断するなよ。」
おれはその熊久保に苦戦することになる。
「……本気出さなきゃ、ヤバいべ」
彼女も全開だ。己のプライドがぶつかるバトル。白黒付くのはどっちだ?
TheNextLap
13歳のときには、免許も取れないくせに180SX(ワンエイティ)を手に入れてた。もちろん、当時は一台だけでコソ練してたけどな。
高校には進学しなかった。いじめのトラウマから早く解放されたい。それに、受験なんてダルいだけだ。
そのまま「和食さいとう」に就職。群馬に住むことにして、智姉さんと同居。両親とは離れてるけど、毎日が楽しい。
客の8割が男性なのがちょっとアレだけど……まあ、頑張ってるよ。
去年の11月から教習所に通い始めて、今年の1月、ついに――免許ゲット。しかもMT(マニュアル)!
それ以来、智姉さんのR35に乗せてもらって、腕を磨いてるってわけ。
……ちなみに、おれは毎日タイツを履いてる。なんか、下半身が人間じゃなくなる感覚が落ち着くんだ。
中学校の頃からの付き合いであるワンエイティには、最初から特別なこだわりがあった。最初の状態ではエンジンがなかったため、おれはハイパワーなRB26エンジンをリクエストして載せることにした。エンジンを手に入れるのは難しいことだとわかっていたが、どうしてももっと速い車が欲しかった。でも、智姉さんから「初心者だから」と止められ、結局350馬力と控えめな仕様に落ち着いた。
しかし、今のおれは違う。ついに大物を仕留めた。JZA80スープラに乗る、DUSTWAYの葛西サクラだ。この出来事をきっかけに、おれの名は間違いなく知れ渡ることだろう。
朝6時。今日は赤城へ行く日だが、智姉さんは和食さいとうに届いた荷物を確認している。和食さいとうでは、普段はスーパーで材料を調達することが一般的だ。しかし、時には特別な材料を補充するために、このような業者から直接仕入れることもある。
「今回はたくさん送られてきたなァ……」
荷物は、まるでタワーのように積み上げられている。智姉さんは慎重に荷物を下ろしながら、ひとつひとつを確認していく。白い段ボール箱に詰められた荷物から、料理に使う具材が次々と取り出される。
「たくさん送られてきた通り、材料が多いな……」
その時、智姉さんがふと手に取った封筒に目を留めた。
「お、手紙が来てるぞ。お前宛だ」
おれはそれを受け取り、封を切った。内容はこれだ。
-ワンエイティの人へ。
和食さいとうで働いていると聞いて、手紙を送ることにしました。私は以前、とても引っ込み思案で、自分に自信が持てずにいました。でも、あなたの走りを見ているうちに、少しずつ変わり始めたんです。あなたのように、誰かに影響を与えるような走りがしたいと思うようになりました。
最近、自動車免許を取ろうかと真剣に考えています。いつか、あなたと一緒に走れる日が来ることを楽しみにしています。そして、あなたが日本一の走り屋になることを心から願っています。応援しています。
手紙を読み終えると、決心が胸に芽生えた。
「よし、決めた!おれはこの子のために、日本一の走り屋になるんだ!」
「……サクラを倒したくらいで、そう簡単になれるのか?」
「なってみせますとも!いつか絶対に!」
夢ができた。両腕を掲げて、思いきりガッツポーズをする。
――いつか称号を得るんだ。赤城や群馬にとどまらず、日本を制覇してみせる!
「興奮しすぎだぞ、落ち着け。さて、夢や作戦の話は後にして、そろそろ赤城へ向かおう」
「日本一の走り屋になるには、まず練習ですね!」
テンションが上がったまま、スキップ気味に外へ飛び出す。
……だが、玄関前に派手なカラーリングの3代目ヴィッツが停まっていた。あの男、美波六荒の愛車だ。
「今日は練習だから来てやったぞ」
「おまえ、来たのかよ……!」
せっかく上がっていた気分が、一気に冷めた。
やっぱり、この展開が来るのか。
「オオサキのワンエイティに乗れ」
「了解」
――この男を乗せるのかよ。テンション、さらにダウンだ。
仕方ない。助手席に載せて、出発するか。
2台のマシンは、赤城のコースへと滑り出していった。今は、まだ穏やかな空気が流れている。
……だが、この先に待つ予想外のバトルのことなど、誰も知るはずがなかった。
ヒルクライムのスタート地点にある駐車場。
そこには3人の少女と、彼女たちの愛車――オレンジのC33ローレル、イエローのHCR32スカイラインセダン、ブルーのA31セフィーロが並んでいた。
どれも日産のFRセダンで、シャーシを共通化した兄弟車。同じく“プラズマ”の異名を持つRB20DETエンジンを搭載している。
「まだ来ねーな……葛西サグラに勝っだという噂のワンエイディ乗りと、斎藤智。朝の赤城に来ると思っだのに」
焦った様子で頬をかきながら、オレンジの髪の少女が言う。
「今回は遅れてるのかもね」
えんじ色のポニーテールの少女が腕を組んで応える。
ブルーのツーサイドアップの少女が、峠の入り口に視線を向ける。
――そのとき、遠くからエグいエキゾーストが響いた。
「来たで!」
現れたのは、智姉さんのR35とおれの180SX(ワンエイティ)だった。
2台は3人がいる駐車場を通過していく。智姉さんのR35が先行し、少し遅れておれのワンエイティが追う。
「日産のFRセダン、なめんなよ! こっからが見せ場だべ!」
3人は一斉に車に飛び乗り、エンジンを唸らせる。
発進と同時に、3台のセダンが峠道を駆け上がり、練習前のワンエイティと並走する形となった。
オレンジのC33が左、後ろにイエローのHCR32、さらにその後ろにブルーのA31が続く。
「くっ……こいつら、チューンしてやがる!」
RB20のターボが唸り、3台のセダンが獣のように駆け上がっていく。ワンエイティのノーズが、まるで息を詰めるようにその背中を追った
ついには最後尾だったA31までもが追い抜き、進路をふさがれてしまった。
「くそっ、せっかくの練習が……!」
イラつきが爆発し、ステアリングを三度叩く。顔には怒気が走り、目が鋭くなる。
「うっとうしい奴らだ……引き離してやる!」
「ふーん、大したことなさそうだな」
隣の美波六荒がニヤリと笑いながら言った。
こうして、おれたちの予定外のバトルが、峠の静けさを打ち破って始まった――。
先頭を走る智姉さんのシルバーのR35型GT-Rは、赤城ヒルクライム最初のコーナー、5連続ヘアピンの1つ目で左に入った。
後ろから割り込んできた3台に対して、智姉さんは引き離したい一心で、いきなり技を使い始める。
智姉さんが選んだのは、どちらでもない、少し異なる技だった。
――小山田疾風流、ズーム・アタック
斜めに切り裂く光線のように、車体がコーナーを突き抜ける!
その技は、誰もが知っている“コンパクト・メテオ”や“ハヤテ打ち”ではなく、もっと力強い技だ。智姉さんは、その技を選び、時速170km/hでガードレールギリギリのドリフトを決めながら攻めた。後ろの3台は一瞬で視界から消え、智姉さんはそのまま道を突き進んでいった。
「速えべ!さすが伝説の走り屋だァ~!」
後ろの車を引き離した後、智姉さんはスピードを緩めることなく、すぐに次の5連続ヘアピンのコーナーに差し掛かる。智姉さんはその巧みなステアリング操作で、次々とコーナーを駆け抜け、後ろの車はもう完全に視界から消えていった。
「智姉さん、邪魔なやつらから離れたね!おれも本気で抜きにかかろうか。それが日本一の走り屋になる道だ」
智姉さんが3台を抜き去るのを見て、心の中でそんな気持ちが芽生えた。しかし、その瞬間、後ろの3台のクルマが突然、ハザードを点滅させた。
状態を維持したまま、エネルギー資料館前の駐車場へ向かった。R35が停まっている場所に、後の4台の車が静かに停車し、エンジン音が消えた。5人の男女が降りてくる。
3台のセダンに乗っていた少女が、こちらに視線を合わせ、口を開く。まず、C33ローレルから降りてきたオレンジ色の髪をしたジャージの少女だ。
「おめー、もしや、葛西サグラを倒しだ走り屋だべ?」
その口調には明らかな東北訛りがあった。
「そうだよ。おれは大崎翔子、日本一を目指す走り屋さ。」
自己紹介をし、自分の夢も語る。絶対に実現させるつもりだ。
次に、HCR32スカイラインセダンから降りてきた、えんじ色の髪をしたポニーテールの小柄な少女が口を開く。
「へぇ、くにちゃんより年下なのに、葛西サクラに勝っちゃうなんてすごいね!」
彼女たちはおれより年上だった。見た目では同世代に見えるが、特にえんじ色の少女は体格が小さく、幼く見える。
青髪をツーサイドアップにまとめ、紅白のパーカーを着た少女が言う。
「うちらの年齢じゃあ、あんまり走れんかったけどな。初心者やったし。」
その少女の喋りはオレンジ髪とは対照的に、関西風の訛りだった。芸人のような軽い口調だが、クールな雰囲気が漂っている。
再びオレンジ髪の少女が口を開く。
「そのデグニッグ、どこで手に入れたんだべ?」
「くにちゃんも知りたい!」
えんじ色のポニーテールも続いた。丁寧に答えることにする。
「それは智姉さんから教えてもらったんだ。あちらのR35乗りさ。」
智姉さんを指さすと、3人の反応が変わった。
「智姉さんって、伝説の走り屋、斎藤智か?」
オレンジ髪の少女が驚いた表情をしていた。
「C33の人、智姉さんのこと知ってるの!? さすが、伝説の走り屋だから仕方ないね。」
「そんな人から教えてもらったなんてすごいね!くにちゃんも教えてほしいな。」
えんじ色ポニーテールが跳ねながら言う。
「そんな年で葛西サクラに勝ったんや、納得やわ。」
彼女たちは智姉さんのことを知っているようだ。
オレンジ色の少女が口を開く。
「話を変えるけど、わだすらのごど、知っでるか?」
「知らないよ、今日初めて会ったし。」
この3人組、もしかして有名なのか? 最速の走り屋か?
「なら、教えるべ。わだすは熊久保宣那。昨年度のドリフド甲子園の優勝者だべ。雑誌にも載っだんだ~。愛車はC33型ローレルだべ」
オレンジ髪の少女が自己紹介をする。D1の参加したC33乗りと苗字が一致しているのは、まさかの偶然だ。
「くにちゃんは小鳥遊くに。昨年度のドリフト甲子園の準優勝者だよ。愛車はHCR32型スカイラインだよ」
次に、えんじ色ポニーテールが続く。小鳥遊という苗字、アニメでよく見かけるが、珍しい。
「うちは川畑マサミ、昨年度のドリフト甲子園の準々優勝者や。愛車はA31型セフィーロやで」
最後に青髪ツーサイドアップ。こちらはよく見る苗字だ。
熊久保さんが突然、尋ねてきた。
「突然だが、バトルを頼んでもいいが? 今すぐじゃねくてもいいべ。コースはヒルクライムでお願いすっべ。」
「くにちゃんたち、葛西サクラを倒した走り屋と走りたくてさ。」
「お願いやから、うちらとバトルしてや!」
小鳥遊さんと川畑さんも続く。
果たして、おれの答えは?
「そう言われたら、断れないね。バトル、受けるよ!」
バトルが決まった。葛西サクラを倒したばかりだが、油断せず挑むつもりだ。
「交渉成立だべ!じゃあ、何時にするべ?」
「夜の9時でどうかな?仕事終わりだから、ヒルクライムで問題ないよね?」
「了解だべ。その時間に必ず来るだァ~!」
時間が決まり、3人組はそれぞれのセダンに乗って帰って行った。
智姉さんは彼女たちの言っていたことが気になっているようだ。
「ドリフト甲子園のトップ3と言っていたな……」
「中々の強敵かもしれんな。」
六荒が続く。
「強敵か……何か感じるぞ。」
おれも彼女たちからオーラが感じ取れた。走り屋としてだけでなく、覚醒技超人としての……
バトルを挑むおれに、智姉さんから忠告が飛んでくる。
「オオサキ……マジで行くなら、走りの意味を忘れんなよ。“潰す”じゃなく、“超える”んだ」
おれの戦いは、ここから始まる。予定は今日に設定したから、早く準備しないと。急がないと。
心に緊張が走る。
「あの子は──もう、覚醒技“だけ”に頼る走り屋じゃあない」
と、智姉さんがポツリと呟いた。
昼10時、和食さいとう。
六荒のヴィッツが到着すると、彼はクルマから降り、後部座席のドアを開け、タイヤ4つを取り出してきた。
「オオサキちゃーん、新しいタイヤだぞ!」
「アンパンマンのバタコさんみたいに言わなくても。」
タイヤは消耗品だ。特にドリフト走行をしていると、消費が激しく、交換にはお金もかかる。正直、面倒だ。
「タイヤ交換しながら、相手のクルマの話でもしようか。」
俺はワンエイティに移動し、まず右前輪の交換を始める。六荒にタダ働きさせることにした。日頃の恨みを晴らすためにね。
「相手はセダンが3台だったな。」
「一見、走りには向いてない感じだけど…。」
「でも油断はできないぞ。車種はC33ローレル、HCR32スカイライン、A31セフィーロだ。どれもFRで、しかも兄弟車だ。チューニングパーツも豊富だからな。」
まずはA31型セフィーロの解説から。
「A31型セフィーロって、昔、井上陽水のCMで話題になったクルマだよな?」
「お元気ですかー!? ってやつかな?」
「今の子がよく知ってるな。」
「智姉さんから教えてもらったんだ。」
六荒は世代ではないけれど、意外に知っている。
「A31はセダンでありながら空力性能が高い。しかも、当時安価でスカイラインと兄弟車だったから、走り屋に人気があった。油断できない相手だぞ。」
「あと、シルビアセダンという名前で販売される予定だったんだよな?」
もしその名前が実現していれば、ワンエイティと親戚になっていたかもしれない。
次はHCR32の解説だ。
「HCR32型スカイラインは、GT-Rの影に隠れがちだが、結構完成度が高いクルマだ。特にアウトバーンでの安定性は、ポルシェ以上だと言われている。もしHCR32の完成度が高くなければ、GT-Rの不敗神話もなかっただろう。」
「そして、パワーは215馬力もあるからな。」
「でも、その分、低速トルクが少なくて、立ち上がりが遅い。」
「その遅さはカローラや軽自動車以上だとか。」
「おい、クルマを貶すようなこと言うなよ。」
クルマの性能には個人差があるから、この発言を真に受けるのは禁物だ。
最後はC33型ローレルの解説だ。
「C33ローレルは、リーダー格のクルマだが、A31同様、平凡なセダンだ。しかし、FRでスカイラインと兄弟車ということで、走り屋に人気がある。」
「特徴は、センターピラーレスハードトップという構造だ。Bピラーがないんだ。」
「Bピラーがないのに、どうやって後部ドアがあるんだ?」
「安心しろ、後部ドアの付け根はしっかりある。これがなければ4ドアとは呼べないから。」
不思議だが、ちゃんと機能しているらしい。
「他には、A31やHCR32に比べて車重が重いことくらいかな。ピラーレス構造のせいで、剛性が少し不足してるけど。」
「それだけかい!」
これじゃあA31やHCR32より楽勝かもしれないね。
ただし、俺にはある感情が浮かんできた。
C33を解説を聞くと勝てるかもしれないという安心感と、それを覆す実力を見せてくるという不安を感じてしまった。
しばらくすると、六荒のタイヤ交換が4つとも終わる。
こき使うのはここで終わりだ。
「これだけは言っておく。ありがとうってね」
「いえいえ。これだと上手く走れるかもな。後で新品のタイヤを試してくれ」
新しいタイヤを履いたワンエイティは新品の靴を履いたようにスッキリした。
これで準備万端だ。
次のバトルで勝ち、日本一の走り屋に近づくよ!
昼11時。
おれは六荒のヴィッツを運転して、赤城ヒルクライムコースを下調べしていた。
まずは最初の5連ヘアピン。
助手席の六荒と話しながら攻めていく。
「ここはスピードが乗りづらい。上りになっている上にコーナーが続くからな」
「智姉さんの練習で毎回走っているよ」
「けど、スピードを落とすような走りは厳禁だ。タイムロスになる」
ヒルクライムはダウンヒルと違ってスピードが乗りづらい。
六荒の言っている通りだ。
乗らなかったら、負ける。
次は第3高速区間。
ワンエイティよりパワーがないのか、それとも上りなのか、アクセルを床まで踏んでもクルマはあまり加速しない。
「ヴィッツのような非力なクルマは上りがキツいな…」
「上りとローパワーなクルマと相性が悪い…」
今度戦う3台のセダンはワンエイティよりハイパワーだったらどうしよう。
やられるかもしれない。
平凡セダン相手に負けたくない。
次はサクラゾーンだ。
前のバトルでサクラを抜いた区間だ。
ブレーキを踏み、加減速を大事にしながら進んでいく。
キツいコーナーでは大きく減速し、緩いコーナーでは小さく減速する。
ラストのナイフ型の左ヘアピンでは、大きく減速した。
攻めながら、六荒と会話する。
かつての相手と今の相手たちの強さについてだ。
「オオサキちゃん、赤城で2番目に速い走り屋と、ドリフト甲子園で優勝した走り屋、どっちが速いんだろうか?」
「ドリフト甲子園は速さで競う大会じゃあないよ!」
「つまり葛西サクラの方が速いかな!?」
「すぐ決めるんかい!」
ただまだ分からないかもしれない。
戦っていないから
葛西サクラ以上なのだろうか?
そのまま直線を抜けると、続く中速の左コーナー、右コーナーをリズムよくさばいていく。スロットルを全開にして最後のストレートを駆け抜け、ゴールラインを越えた。
ヒルクライムを無事に完走すると、今度はコースを逆走して下りに入る。
11時30分まで、この流れを繰り返して練習を続けた。
赤城のヒルクライムは、もう走り慣れている。だが、まだ磨ける部分はある。もっと正確に、もっと速く。
──よそから来た奴らに負けるわけにはいかない。それは、おれのプライドが許さない。
11時45分。六荒と一緒に、180SXのガソリンを入れに行く。
今夜の決戦に備えるためだ。
「いらっしゃいませ!」
スタンドに入ると、見覚えのある顔があった。
「あー! 君は朝の……熊なんとか……」
「熊久保宣那だべ!」
他にも、川畑マサミと小鳥遊くにがいた。
彼女たちはここでバイトしているらしい。そして、その傍らにはそれぞれの愛車──C33ローレル、HCR32スカイライン4ドア、A31セフィーロが並んでいた。
「なんや、敵場視察か?」
川畑が鋭い目つきでこちらを睨んできた。
小鳥遊もじっとこちらを見る。まるで見え透いたセリフのように。
「さぁ、それは置いといて。ガソリン満タンでよろしいでしょうか?」
熊久保の口調はどこか開き直ったようにも聞こえる。
──今夜戦うとはいえ、そんなに敵意を向けなくてもいいのに。もうちょっとフレンドリーに接してほしいよ。
「ガソリン満タンで、お願い」
ノズルが180SXに差し込まれ、ガソリンが流れ込んでいく。メーターの針がじわじわと上がっていき、燃料タンクが満たされていく。
お金を払い、車を発進させた。
「ありがとうございました!」
三人は車が去っていく方向に、声をそろえて挨拶した。
「今夜は抜かせる気はねーべ!」
熊久保は強気な笑みを浮かべて手を振る。
「今日はな、新品のスポーツタイヤでいくで! スタンドの使い古しとは違うんやから!」
川畑の宣言に、小鳥遊が頷く。
──確かに、あいつの言う通りだ。ただのバイトでも、車の知識は自然と身につくし、時にはタイヤやパーツがもらえることだってある。
ガソリンを入れるだけが仕事じゃない。走り屋にとって、バイト先すら戦場だ。
午後1時、仕事が始まった。
智姉さんとおれ、そして六荒は和服に着替えた。
お客さんが来るまでの間、今日のライバルたちの話をする。
まず、智姉さんが熊久保の話を始めた。
「C33ローレルに乗る熊久保宣那は、かつて4WD車を改造してFR車に乗り換えた福島出身の走り屋だ。意外にも、結構金持ちだって聞いてるよ。両親は動物園の偉い役職に就いてるとか」
「金持ち相手か…油断できないな」
六荒が険しい顔をした。
「C33にはかなり金を掛けてるだろうな」
金に余裕のあるドライバーは強い。クルマは金が掛かるものだ。高性能なパーツを手に入れれば、当然、性能も上がる。
「さらに、ドリフトを繰り返すたびに速くなるって話だ。パワーが高ければ、鬼に金棒だな」
「それって、覚醒技みたいなものか?」
「そうだ」
つまり、彼女以上に速いドリフトをしなければならない。遅いコーナリングは許されない。ドリフトを速くするしかないんだ。
次に智姉さんが小鳥遊の話を始めた。
「HCR32スカイラインに乗る小鳥遊くには、兄がドリフト選手だ。彼の走りを引き継いでるらしい。熊久保と同じく、覚醒技も持ってる。迫力のあるスムーズな走りが得意だ」
兄妹でドリフトをしているのか。特殊な力を持つなんて、彼女は相当すごいかもしれない。
智姉さんはさらに小鳥遊のHCR32について、とんでもない発言をする。
「HCR32の弱点である低速トルクの薄さを補うように、彼女の覚醒技はトルクを底上げしてくる。完全に相性が取れてる」
六荒が質問する。
「つまり、弱点はないってことか?」
「そうかもしれないな」
弱点がないということは、どう戦うかが重要だ。苦戦を強いられるかもしれない。強敵になるだろうな。
最後に川畑について解説が続く。
「A31セフィーロに乗る川畑マサミは、大阪で名を馳せた走り屋だ。今は父親の転勤で群馬に来てる。冷静な性格で、かつては師匠がいたが、事故で亡くなったと言われてる」
お笑いの関西人らしからぬ人物だ。冷静なドライビングをしそうだ。油断はできない。
「彼女も覚醒技を持ってるが、追い抜くことはできない」
「追い抜けないって、それ……反則じゃない?」
おれは驚いた。追い抜けないなんて、まるでチート能力だ。
「ただし、致命的な弱点もある。ヒントはジェームズ・メイだ」
「まさか、ジェームズ・メイ枠かよ……」
川畑とジェームズ・メイがどう関係しているんだ?もしかして、川畑も遅かったりして?
──ちょっと待て、これってまさかのギャグか!? 「ジェームズ・メイの弱点と言えば…」
六荒の発言、もうちょっと引っ張りすぎだな。ここはカットしておこう。
そして、約束の時間が来た。
暗くなった赤城のヒルクライムスタート地点近く、水辺の広場前の駐車場に、おれのワンエイティ、智姉さんのR35、六荒のヴィッツが停まる。
服装は制服から赤いTシャツ(『疾風』と書かれている)、白いホットパンツ、黒タイツに着替えた。
向こうから3台の光が近づいてくる。
オレンジ色のC33ローレル、黄色のHCR32スカイライン、青いA31セフィーロだ。
3台の右ドアから、それぞれのドライバーが降りてくる。
おれは彼女たちをじっと見つめた。
「約束通り来たね」
この夜、駐車場は緊張感に包まれていた。
まず、熊久保が提案をする。
「ルールはこれでいいべ? 1vs3で対決して、抜かれた順に脱落する方式だべ」
「これでいいかな?」
小鳥遊と川畑も続ける。
「OKだよ。1vs3でも構わないよ!」
おれはそれに了承した。
人数的に不利だが、勝ちに行く!
日本一の走り屋になるんだ。
3人はそれぞれの車に乗り込む。
おれも乗ろうとしたとき、智姉さんと六荒が近づいてきた。
「別に作戦は言わない。ただし、3人それぞれ別々の走りをするから、それぞれに合った走りで攻めろ」
「はい」
3人とも性格が違う。
走りも違うし、覚醒技も似ていない。
六荒が突然言った。
「俺を隣に乗せてくれ!」
「分かった」
そう言って、彼を助手席に乗せる。
おれは考えた。
覚醒技で彼を失神させてみたい。
キーを回し、ワンエイティのエンジンが目を覚ます。
おれは3台のセダンについて行く。
智姉さんがそれを眺めている。
「3台のセダンからは強力なタキオン粒子を感じる。さらには走り屋としてのオーラも感じる」
あの3人組は強そうだ。
ドリフト甲子園のトップ3の実力は伊達じゃない。
……サクラに勝ったおれだ。今さら負けるわけにはいかない──日本一になりてぇからな」
4台は5連ヘアピンに差し掛かり、ペースを一気に上げる。
3つのRB20エンジンと、1つのRB26エンジンのサウンドが重なり合い、空気が震える。
おれは前のA31を鋭くロックオンした。
六荒が肩を叩き、激励してくれる。しかし、男性恐怖症の俺はその行動に少しイラッとしていた。
5連続ヘアピンの1つ目を迎え、おれは得意なコーナリングでA31を抜こうとした。その瞬間、足が石のように動かなくなる。
「何が起きているんだ?」
「覚醒技の能力だよ!?」
やはり、川畑の能力か!
六荒には分からないだろうが、おれにはそれがチートのように感じる。
「簡単には抜かせん。これがKイリュージョン流の技やで!」
川畑の技で俺は一瞬、ペースを乱される。額から汗がじわりとにじみ出て、歯を食いしばる。
「後ろのワンエイティ、霊気が見える……覚醒技超人だけじゃなく、走り屋としてもヤツは手強い!」
おれは冷静に、しかし焦りを感じながらA31に迫る。
第3の高速セクションへ入り、緩やかなジグザグの道を進む。パワーで上回るA31に対して、トルクと軽さで互角に戦える自分のワンエイティ。
だが、A31は突然、直線ドリフトでブロックしてきた。
距離が開く中、おれは冷静にギアを調整し、アクセルを踏み込んで追走を開始する。
しかし、次の右ヘアピンで俺のワンエイティは遅れを取る。
(ワンエイティ、ガードレールにぶつからないでくれ!)
「離された分、後で追い上げる!」
おれはアクセルを踏み込み、再びその差を縮めようとする。
左ヘアピンに入ると、追いつける手応えを感じ始める。だが、次の瞬間、川畑が新たな技を仕掛けてくる。
「<スパイダー・フォーム・マーズ>!」
突如、加速が鈍くなり、俺はそのペースに飲み込まれそうになる。
「くそ、加速が……」
その瞬間、思い出すのは、葛西サクラを倒した自分の走りだ。このままでは負けられない。
「でも、まだ終わったわけじゃない!」
おれはギアを切り替え、再びペースを上げる。次に訪れるチャンスを逃すわけにはいかない。
「これが雨原芽来夜に次ぐ走りを持つ葛西サクラを倒した走りか? うちらでも勝てる相手やで! <スパイダー・フォーム・マーズ>で加速が下がったから追いつけん!」
右ヘアピンを抜けた後、長い直線が続くが、RB26の唸り声を響かせながらも、加速力が落ちたワンエイティはA31のペースに追いつけない。
後方の2台のドライバーもその様子をルームミラー越しに見ていた。
「川ちゃん、やるね! あのワンエイティとよくやり合ってるべ!」
「ほんとにね。学生ドリフト選手権では準々優勝だったけど、Kイリュージョン流のブロック技でかなり手強い相手だよ。」
だが、この後、小鳥遊が思わぬ言葉を漏らしてしまう。
「でも、〝川畑さんは方向音痴でコースを覚えるのが苦手”っていう欠点があるから、それさえ克服できれば、赤城で速い走り屋を倒したワンエイティに勝てるかもね!」
彼女の欠点が、すぐに影響を与えることになる。
2台が直線を終えてコーナーに差し掛かる。連続ヘアピンの1つ目だ。
「やっぱりこのコースはなかなか慣れへんな。前走ってる車、どんなコーナーが来るか全然わからん。」
「なんか、前の車に恐怖心が見えるな。あんなスピードで攻めてるのに、遅く感じる。」
A31は外側に膨らんでいく。その隙間を見逃さず、僕は加速をかける。
「霊気をまといながら、攻めの体勢に入る!」
そして、ガードレールギリギリを駆け抜け、光線のように相手の進行を妨げる。
「小山田疾風流──〈ズーム・アタック〉ッ! 一気に飛ばす!」
ヘアピンの出口を抜けた時、ワンエイティは明らかにA31の後ろに張り付いていた。
「なんや! <スパイダー・フォーム・マーズ>で加速落ちたんやろ?」
恐怖心に縛られたA31の弱点を突くことができた。
「コースを覚えられんうちが悪い! 料理したるで! って言っても別に鍋とか振らへんで」(本気のやつだ。実際には包丁もフライパンも持ってないけどな)
「よし!」
こうして、1台目を倒すことに成功。
(マジかよ……川ちゃんの覚醒技、破られたべ……)
先頭を走る熊久保は、おれの走りに驚いているようだ。
おれは右手でガッツポーズを決めた。
「本当にオーラが輝いているべ。覚醒技としても、走り屋としても。葛西サクラを倒した走り屋だって、みんなが分かるだぁ~」
おれのオーラを後ろから眺める。
少し認めているようだ。
「1人目撃破。だが、次は“準優勝”の小鳥遊くに……まるで別種のオーラが迫ってきた」
六荒の言う通りだ。相手はまだ残り2台もいる!
「川畑さんが負けた……。でも、良い戦いだったね。次はくにちゃんの番だよ! チビ全開!」
次に戦う相手は黄色いHCR32。
「この車にも霊気が見える! 川畑同様、ただの走り屋じゃないね。」
漆黒と萌葱色のオーラが輝き、闇と風の属性を持つ覚醒技を使いこなしていることが分かる。
右のヘアピンカーブの後、HCR32と小鳥遊とのバトルが始まる。
「学生ドリフト選手権で準優勝したくにちゃんを追い越せるかな?」
左のヘアピンカーブまでの直線を、2台は駆け抜ける。
ワンエイティはRB26のツインターボ、HCR32はRB20のシングルターボに排気を流し、回転数をレッドゾーンまで上げてシフトチェンジを繰り返す。
後者は前者を引き離した。
「今度の相手、さっきのA31以上にパワフルだ。」
「RB26を積んでるくせに、RB20の車に直線で負けるなんてどういうことだ!?」
「相手にも能力があるんだよ! クルマのトルクを引き上げる技を使ってるんだ!」
六荒がその加速に驚き、追いつけないことを心配する。
左コーナーを抜けると、直線に入る。
アクセルを全開に踏み込み、シフトチェンジ。
覚醒技で得た強大なトルクを持つHCR32に大きく離される。
緩やかな左コーナーを抜け、ブレーキを踏みながらスピードを落とす。
2台は右ヘアピンに突入。
両者フットブレーキを踏んだ後、サイドブレーキを引き、ドリフトに入る。
立ち上がりでHCR32を追い越そうとしたが、相手は更に強力な技を使う。
「ナインウォーカー流<ソニック・ブーム>!」
まるでテレポートするようなドリフトだった。その超能力じみた技に改めて驚く。
急な右U字ヘアピンを抜けた後、直線が続く。
このままじゃあ高トルクを持った相手に負けてしまう。
「どうしよう……」
頭を抱えながら、焦りと絶望を感じる。しかし、突然ひらめく。
「追いつけない相手だぞ!?」
直線で作戦を実行しようと決意した。
おれは<フライ・ミー・ソー・ハイ>を放ち、時速200km/hを超える高速ドリフトで左側に向かって駆け抜ける!
ついにHCR32のケツに追いつく。
「どうやったの!? くにちゃんにどうついてこれたの!」
サイドミラーから後ろにいるワンエイティを見て、小鳥遊は驚いている。
(葛西サクラに勝った子って、本当にこのレベルなの!?)
並み以上のスピードで直線ドリフトを決めた後、ナイフのような左ヘアピンに入る。
(サイドミラー越しに……また詰められてる!? 何回目だよ……!)
おれは内側に入り、追い抜きにかかる。
「やっぱり速い……学生ドリフト選手権チャンピオンの熊久保さんに勝てそうだと思う……」
抜かれた小鳥遊は潔く敗北を認める。
「川ちゃんとくにが負けた……。次はおらの出番だべ、学生ドリフト選手権で優勝した腕前を見せてやっべ! 日産のFRセダン、なめんなよ!」
最後の1台、オレンジのC33型ローレルの熊久保宣那が立ちはだかる。
ワンエイティを眺める彼女は、意気揚々とした表情を浮かべている。
「普通の走り屋じゃない。さっきの2台よりオーラが一番強い。走り屋としてもね。」
「今までより、速そうに感じる。重い4ドアセダンだけど、油断するなよ。」
おれはその熊久保に苦戦することになる。
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TheNextLap
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