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第2.5章 新しい覚醒技編
ACT.12.7 板垣ハツと甘利ゴウ
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覚醒技が弱体化し、クルマに関与する技が全て消えた。それで戦っていた者たちはバトルスタイルの変更を余儀なくされるだろう。おれも、その1人だった。ここからの話は、“地獄の訓練”を乗り越えて、おれたちが新たな技を手に入れるまでの物語だ。決して平坦ではない過酷な道のりだ。
4月4日の夜9時30分。和食さいとうの1日は終わった。今は着替え中だ。おれこと、夜9時半。仕事終わりの着替え中、おれこと大崎翔子――赤髪ハーフアップの少女は、ふと手を止めた。
(……やばいな、朝から“技が出ない”ことばっか考えてる……)
覚醒技が変わったからだ。今覚えている技だと戦えないかもしれない。そのことについて、師匠で姉兼母的存在の智姉さんこと斎藤智に訪ねる。
「……やばいです。朝からずっと、頭ん中は“技が出ない”ってことばっか……」
「その件からまだ離れないのか。しょうがないな、私が協力者呼んでやろうか?」
「誰ですか?」
智姉さんはその人について話す。どんな人だろうか? 覚醒技に詳しい人なのか?
「協力者とは、私が覚醒技の習得でお世話になった人の側近だ。ただし遠い栃木に住んでいる。明日呼ぼうか?」
「呼びましょう! うずうずします」
興奮するおれの勧めもあって、電話をかける。この時、敬語を使っていた。見たことない彼女だった。店員にも使わないから、間近で見ると新鮮だ。こんんあ智姉さんは珍しい。電話の結果が報告される。
「来てくれるってな」
「そうなんですか!?」
交渉は成立だ。これで新しい覚醒技を手に入れられることができる。けど、厳しい人だったらどうしよう。期待と不安が交差する。おれはこの訓練を乗り越えられるのか?
「さっさと寝ろよ、いつもの服へ着替えろ」
「はい」
明日のことで緊張しながら、風呂に入った後、眠りについた。新しい覚醒技を手に入れられるのが楽しみだ。それを自分の物にしたい。おれは日本一の走り屋になるんだ!
翌日、4月5日の日曜日。今日は仕事が休みだ。今回は夕方6時に練習を始めた。前から、同僚で天敵でもある美波六荒が乗る3代目トヨタ・ヴィッツ、智姉さんが乗る銀色のR35型日産・GT-R、おれの赤いワンエイティこと日産・180SX、プラズマ3人娘が乗るオレンジ色のHCC33型ローレル、黄色いHCR32型スカイラインセダン、青いA31型セフィーロが走っていた。ちなみにプラズマ3人娘は大学から帰ってきたところだ
6台は、最初の5連ヘアピンを風を切り刻むように走っていき、ヴィッツを除く5台はサイドブレーキドリフトで抜けていく。
「いつもは朝で行っていたけど、今日は夕方だ。智姉さんの知り合いって誰が来るんだ?」
今回がいつもと別の時間じゃあないのは、理由があったからだ。今の時間に来ることを約束していたからだ。それにいつ来るんだろうか? 約束を破ったんじゃあないのかな? おれは考えていた。
「智さんに呼ばれでやっでぎだげど、サギさんはいづもごんな練習をしてっべ?」
そう言えば、プラズマ3人娘が関わるのは初めてだ。3人娘の1人、クマさんこと熊久保宣那は肌で感じとる。その通りだ。いつも智姉さんと激しい練習をしている。これによって、おれは腕を上げている。
「こんなに激しい物をサキちゃんはやってたんだね、速いのも分かるよ」
プラズマ3人娘のタカさんこと小鳥遊くにも一緒だった。智姉さんにもっと近づきたいことと日本一の走り屋になりたいから走っている。もっと上げたいんだ。智姉さんを超えたいんだ。おれは日に日に腕を上げている。負けたくないんだ。
後ろから何か聞こえてくる。何か来るのか?
「ん? 何か来るで?」
カワさんこと川畑マサミは後ろのエンジン音を聞く。その音はどちらもトヨタのJZのエンジンだ。彼女が後ろから見た車種は2台のセダンであり、マルーンのJZX100型クレスタ、黒いボディに赤いバイナルのJZX110型マークIIだ。
「うちの能力で防いだる」
と啖呵を切っても。
「あぁ、覚醒技は変わったんやな……」
必ず相手の追い抜きを防ぐというものは失われた。覚醒技からマナニウムがなくなったからだ。もう追い抜きを防げない。バトルスタイルを変えるべきだ。どうすればいいのかな? 5連ヘアピンでA31と100クレスタ、110マークIIはダンスする。その脱出直後で2台は強烈な加速でA31を追い抜き、さらにはタカさんのHCR32の前に出ていく。後ろから赤いラインを描きながら。
「なんちゅうパワーや」
「一昔前のくにちゃんなら……」
タカさんのトルクを上げる能力もなくなっていた。これでは後ろから来た2台についていけない。どう追いかけたらいいのか? 追いつくどころか、どんどん引き離していき、クマさんのC33まで追い抜く。
「ちくしょーめ! 突然現れた走り屋に抜かれただぁ~!」
見たことのないクルマに負けたクマさんは屈辱を感じる。ドリフト甲子園で優勝した彼女のプライドが傷ついた。精神的なショックは大きい。あの2台はなんという腕だ。それだけでなく、クルマのパワーもすごい。
右ヘアピン。ここからサクラゾーンと呼ばれる区間に入り、おれと智姉さんはドリフトで突っ込む。100クレスタと110マークIIも同じような走りをした。
素早いコーナリングだった。
「並大抵の速さじゃあない!」
ものすごいオーラを感じる。2台はカウンターをほぼ当てずにおれのワンエイティに接近していく。相手の方が上手だった。葛西サクラと柳田マリアを倒したおれにコーナーで勝つとは、上には上がいるのか?
「中々やるなぁ、だが私には及ばない」
次のコーナー、右からの左ヘアピンにて100クレスタに内側を突かれて先を走ることを許してしまった。覚醒技を使えたらなぁ……。
110マークIIにも立ち上がりで先行させる。見たことない走り屋のくせに速い! これらのクルマたちは智姉さんに覚醒技を教えた師匠の側近なのか!? おれはそう感じた。この走りをするなら、間違いない。
「あとは智姉さんしかいない」
この2台から彼女なら逃げ切れてくれるかもしれない。数々の修羅場を潜り抜けた伝説の走り屋だからだ。この2台と戦えるか?
右寄りの直線に入る。おれを抜いた2台は強烈なパワーでR35と互角の走りを見せる。それを後ろから眺める。同時にほぼ一般車的な扱いを受けた六荒のヴィッツを追い抜き、引き離す。
「700馬力のGT-Rと互角だと!? ……ただのJZXじゃない。何馬力だよ、あのクレスタとマークII……!」
同程度の馬力なのか、それ以上なのだろうか? もしかすると、かなりのチューニングをされているかもしれない! こんなオヤジセダンが高速区間でR35と互角と戦えるなんて。チューンされたR35は鬼に金棒なはずだけどなぁ。
「もしかして、あの人たちだろうか? しょうがない、手加減せずに相手をしよう」
智姉さんは勝負の体制に入った。黒タイツに包まれた右足で強くアクセルペダルを踏み、R35を加速させる。その時、おれの眼から3台が小さくなった。おれはもう離された。部外者にするほどの速さを見せるとは、かなりの奴だ。
私はR35にアクセルペダルを底まで踏み込む。同時に、100クレスタと110マークIIが接近していく。
「速いな。ここでは逃げられないかもしれない」
私はこれらのクルマがR35以上のパワーを感じた。特に110マークIIの方だ。
遥かに高そうだ。100クレスタと横に並ぶ。何ていうパワーだ。100クレスタは650馬力、110マークIIは800馬力ぐらいか。レース用のパーツを取り付けた私のR35以上にチューニングされているな
「なら、ドリフトではどうだ?」
2連ヘアピンの1つ目、右だ。ここで右足でフットブレーキを踏み、左足でクラッチを踏みながらシフトを下げ、サイドブレーキを引きながら、カウンターを当てず、クルマのバンパーをガードレールとキスしながら攻めていく。スライドを発生した私のR35は2台から必死に逃げていく。
後ろのクルマたちもカウンターをほぼ当てず、内側に接近しながら、似たような走りで攻めていく。コーナリングの速さはR35と変わらないものだった。相手の腕がいいのか、クルマの脚がいいのか? もしくは両方だ。
「やるな、飯富院さんの使いだけあってあるな」
飯富院さんとは、私に覚醒技を教えたJZX90型チェイサー乗りの師匠のことだ。後ろのクルマたちは彼女の使いが乗ってたクルマだから、見たことある。やっぱ赤城に来たんだな。腕がいいのも分かる。クルマも流石だ。油断も隙もない。
「私を本気にするような相手だな、逃げ切ってやる!」
愛車に精一杯、鞭を入れる。R35についてくる2台はオオサキとの距離をさらに引き離す。もう彼女の眼から消えてしまった。パワーと腕の差が出てしまった。
2連ヘアピンの2つ目、左でも3台でダンスしながら抜けていく。
右と左の中速コーナーが来て、どちらもアウト・イン・アウトのグリップ走行で攻めていく。まだまだ離れる気ないようだ。結構粘っている。というより、攻め続けている。100クレスタ乗り、板垣さんはこんなことを考えていた。
「いよいよ使うか。アレをな!」
身体が淡く光ったように見える。覚醒技を使うつもりだ。今の私はそれを使えないというより、新しい奴を使えないから対処できない。どう戦えって言うんだ?
右ヘアピンで発動させる。
「<神速>!」
100クレスタは華麗にラインを描きながら、理想以上に理想的なアウト・イン・アウトでカウンターをほぼ当てずにドリフトしていく。ここで横に並び、110マークIIも後ろに接近してくる。囲まれたようだ。まるで退路がない。
その後も2台に追われながら、赤城道路を上っていった。私は自分のテクニックを信じながら逃げていった。逃げるのが大変だった。多くの修羅場を乗り越えた私だって、チャイナマフィアや宗教団体を潰した以上に大変な戦いだった。
おれとプラズマ3人娘は遅れてゴール地点前の駐車場へ入る。
そこに智姉さんと100クレスタと110マークIIに乗っていたと思われる2人の巫女が立っていた。
片方は長い髪をサイドテールに束ね、もう片方は黒髪を1本結びにしていた。
おれはサイドテールの巫女に話しかける。その時、自分は緊張した様子だった。見たことない人だから。
「速かったね、智姉さんに呼ばれたのはあなたなの?」
すると、おれの言葉遣いはまずかったのか、サイドテールの巫女は表情を鬼のような形相にして、怒り出す。この時の空気は不味かった。
「無礼者! 礼儀がないのか!?」
「申し訳ございません!!」
すぐ土下座した。智姉さん以外の人には敬語を使わないものからだ。そんなおれを見て、呟く。
「ったく、礼儀のない者を作るとは智はどういうことやら」
敬語を使わない子に育てた智姉さんに呆れたようだ。その言葉を使うのはカッコ悪いと感じていたりする。下に見られてしまうから。ただし智姉さんだけ特別だ。彼女には逆らえない。
「すまない、オオサキを礼儀のない子に育ててしまって……私の責任だ」
そのことを智姉さんは謝る。おれの失態は彼女の失態だ。申し訳ないことをした。
「ったく、こいつを見たらあの人はどう思うのやら………」
見たことのない人の名前が出てきた。誰なのかを聞く。もしかして?
「あの人って誰ですか?」
「智の師匠だ。あの人は速くて、一生追い付けなくて」
黒髪の巫女がサイドテールの巫女を止めに来る。
「はいはい、板垣の飯富院さんへの愛はあまりにもアウトだぜ」
そんな名前なのか、智姉さんの師匠の名前は。良い意味で変わった名前だ。
あと、サイドテールの巫女の名前も知った。
「こいつは師匠のことを語ると、あまりにも好きすぎて、愛を爆発させるからなぁ。自己紹介だ、俺は甘利ゴウだぜ」
おれと智姉さんみたいな関係だ。なんか似ている。こっちも自己紹介で返す。
「おれは、大崎翔子です。智姉さんがお世話になっています」
「おらは熊久保宣那です」
「うちは川畑マサミですわ」
「小鳥遊くにです」
「俺は美波六荒です」
板垣と呼ばれている人も改めて返してくる。
「こちらは板垣ハツだ。甘利ゴウと共に飯富院さんの側近を勤めている」
板垣さんはある問題を出題する。覚醒技についてだ。
「ところで、お前たちは覚醒技のことはなんだと思うか?」
それについて、おれは答えた。
「覚醒の技ですね? 覚醒する技と描いて、覚醒技ですから」
だが、これは間違いだった。どういう意味なんだ? 真の意味はなんだろうか? おれには分からなかった。
「これじゃあ浅い答えだ」
板垣さんは本当の覚醒技の意味を語る。
「覚醒技で大事なのは心と自分なりのやり方だ」
「え、心ってそういう方向から来るんすか……!?」
板垣さんは語る。
覚醒技超人(テイクハイヤー)は心が大切だ。それがないと戦えない。例えば、弱っている難病の人は強いと言われている。 それは心があるからだ。心がなければ病気と戦えず死ぬ。それは別の戦いでも一緒だ。
甘利さんも会話に参加する。
「それぞれのやり方とは、自分に合ったやり方を大切にした方がいい。例えば、世の中にはAのやり方を好む人がいて、Bのやり方を嫌う人がいる。逆のケースもある」
走りに例えると、こうなる。
走りの世界ではグリップ走行が速いのだが、ドリフト走行が速いと考える人も少なくない。千差万別ということだ。つまり、自分に合ったやり方を選べ。狭い道では後者の方が速いことがある。
「さて、誰が最初に特訓するのか?」
おれは先に手を上げた。先手必勝だと考えたからだ。
「いっちょやってみっか!」
プラズマ3人娘、智姉さんも手を上げる。唯一上げなかったのは六荒だけだった。彼は覚醒技超人ではない。彼は修行する必要ないから。
「よし、5人が参加するのか。私たちの修行は言っておく、とっても厳しくなる。私たちは3日で立派な覚醒技超人にするつもりだ」
逃げ道のない気持ちで言葉を放つ。
「覚悟はできております」
こうして、地獄の3日間が始まった。果たして、その日程で新たな覚醒技を手に入れられるのか? 苦しくなる予感がした。
板垣さんから最初のメニューが伝えられる。
「まず、心の特訓だ。私たちのクルマの中で45分間瞑想してもらう。止まっているままではなく、動いている状態ででな」
その中でやるの地獄すぎない? だが、修行ではこれは禁句だ。過酷な行為を乗り越えなければ、立派な覚醒技超人になれない。
「じゃあ、私のクルマの助手席に座りたいのは誰だ」
「わだすです」
クマさんが手を上げた。彼女にできるのだろうか? 無理に決まっているような。おれはそう予感してしまった。
次に甘利が自分のクルマに乗りたい者を探す。
「俺のクルマに乗りたいのは誰だ?」
「私だ」
智姉さんが手を上げる。彼女なら不安はないが、新しい覚醒技を改めて手に入れられるのか? 彼女は耐えられないほどの厳しい訓練だったらどうしよう? けど、なやってくれる、苦しむ所は見たことないから。
クマさんは100クレスタ、智姉さんは110マークIIの助手席に乗り込む。最初の試練の始まりだ。果たしてどちらも乗り越えられるのか?
まず100クレスタが先を走っていき、板垣さんはアクセルとブレーキ、クラッチを調整しながら、最初の直線と左の緩いコーナーを駆け抜けていく。
スタートしてからわだすは瞑想したままだ。
(ごげん訓練、朝飯前だべ)
楽勝だと感じていた。クリアしてやりたいという気持ちだった。しかし、最初の左ヘアピンに入ると、事件が起きる。
おらの身体にGが発生した。
「くぅ……!」
奥歯を食いしばる。だが、後頭部がシートに押しつけられ、腹が潰されそうになる。視界がチカチカし、反射的に目を開けてしまった。
「やはりか……瞑想を保った者など、数えるほどしかいない」
おらには無理だったのか!? 新しい覚醒技を手に入れられるのは出来ないのか? こんなに過酷だったとは……想像できなかった。
「無理だったな」
後ろを走る110マークIIに先を譲る形で、100クレスタは後退し、180度Uターンを披露して帰っていった。おらの修行はここで終わった。悔しかった。ここで失敗するなんて……。畜生と言いたくなった。
甘利さんの100マークIIに乗る私は、ドリフトで発生するGに耐え続け、瞑想していた。内心逃げたくなるようなこともあるが、訓練だから耐えている。甘利さんが瞑想する私を横から眺める
「あまりにも耐えているな、さすが伝説の走り屋だ」
しかし、次来るのはジグザグゾーン。連続でGが襲いかかる区間。
「ここからの連続ドリフト、耐えられるか!?」
110マークIIは左右交互にスライドしながら突っ込んでいく。甘利さんは右手にハンドル、左手にはサイドブレーキを持ち、左足でクラッチ、右足でブレーキとアクセルを動かし、どれも華麗に操作していく。
それでも私は発生するGに耐え続け、45分間待った。
甘利は私を横から眺める。
「このGにも耐えるとは、甘利にも泣けるぜ」
目から涙がでる。彼女は涙もろい性格だ。私のすごさを見て泣いているのだろうか? そんなのを見ると、複雑な気持ちになる。私は彼女を泣かせてしまったのか?
瞑想した人を助手席に乗せていた2台のクルマがスタート地点前の駐車場へ戻ってくる。
それぞれのドライバーが降りたものの、助手席の人はそのままだった。
100クレスタに乗っているクマさんは失神し、110マークIIに乗っている智姉さんはずっと瞑想していた。
そんな彼女を見て、甘利さんは背中を叩く。
「もうメニューは終わったぞ」
それぐらい一生懸命な智姉さんは初めてだ。本当に全力なんだなっておれは感じた。さすが伝説の走り屋だ。彼女はようやく110マークIIの助手席から降りた。
「メニューを終えても瞑想を止めない姿を見ると、俺はあまりにも……」
「甘利、その程度で泣くな!」
泣きそうになる甘利さんを板垣さんは慰めようとする。この程度で泣くなと言いたい。おれ以外であってもな。泣き虫だなぁ。
おれたちは100クレスタの中で失神するクマさんに近寄る。
「動かない、ただのしかばねのようだ」
RPGでよく見る文章を言いながら、クマさんの身体をおれは触る。行為を続けると彼女は目覚める。
「なーに触ってんだべ、サギさん!」
剣幕の如く、怒りだした。こんな表情をしなくてもいいのに。なんでこうなるの?
板垣さんが近寄ってくる。
「熊久保、お前は失格だ」
どうやら、瞑想を止めてしまった。やっぱ訓練は厳しい。おれは硬直してしまいそうな気持ちになるが、修行だから逃げる気になれない。
「覚醒技と呼ばれる能力を手に入れられるのはそんなに過酷か」
そんなクマさんを見て、六荒は嘆いた。おれもそうならないように気を付けたい。彼女みたいになると分かっても。
「さて、次は誰が乗るんだ?」
試練の挑戦者を探す。おれはクマさんのことで怯えながら、手を上げた。他にカワさんも手を上げる。
「じゃあ、オオサキと川畑が挑戦するのか。どっちに乗るんだ?」
「おれは智姉さんが乗った100マークIIに乗ります」
「川畑の方は板垣の100クレスタだな」
「それでええです」
3・4人目が試練に立ち向かう。しかも中におれがいる。新しい覚醒技のために失敗できない。もしそうなったら、バトルに二度と勝てない。
出発した2台はS字からの最初のヘアピンに入る。ドライバーは右足でブレーキを踏むと、左手でサイドブレーキを引く。左足でクラッチを踏みながら左手でシフトを下げ、ハンドルを回転させる。
ローターを赤く焦がしながら、華麗にドリフトを決める。
(耐えられたで……そんなもんお茶の子さいさいや!)
(おれは日本一の走り屋になるんだ!)
おれとカワさんはそのまま瞑想を続けていく。のように見えた……。
第2高速セクションの終わりであるジグザグゾーンに入ったことだった。ここから強烈なGが襲いかかる。
まず先に100クレスタが入っていく。
板垣さんは赤い袴に隠れた足でフットブレーキとクラッチを踏み、サイドブレーキを引く。
(こっからキツくなるで、クマはんみたいにならんで!)
そう心に誓ったカワさんだったが、クルマは連続でドリフトをかましていく。 100クレスタ後輪から白煙を吐きながら、操舵は交互に向きを変えながら進んでいく。マフラーから1JZ特有の甲高い音が響く。
(耐えるわ……)
どんどん発生する横Gに必死に抗おうとしていた。 しかし! 耐えきれず、目を開けてしまい、姿勢を崩す。アシストクリップを掴んでしまう。
「失格だな」
カワさんの試練はここで終わった。
プラズマ3人娘はタカさんだけになった。
「料理するわ……」
クリアできなかったカワさんはそう嘆いた。ちなみに、言っている意味は「畜生だ」、悔しさがわかる。彼女までやられるとは……。今できているのは、智姉さんただ1人だ。
一方のおれは瞑想を続け、耐える。110マークIIはジグザグゾーンに突入していく。サイドブレーキを引き、ブレーキとアクセル、クラッチを的確に操作し、左右にお尻を振り回しながら、進んでいく。
「すごいぜ、ジグザグした区間を走っているの常に瞑想しているぜ。あまりにも感動的だ」
甘利さんは姿勢を崩さないおれを見て、感激していた。これぐらい耐えられるのはすごいのか。こう見えても体を鍛えているか。この訓練をクリアできたのは数えるぐらいしかいないから。
110マークIIはどんどん進んでいき、最後の5連ヘアピンに入っていく。おれは未だ瞑想中だ。果たしてここでも崩さないようにできるのか?
クルマは突入し、カウンターを当てないままリアを振り回す。
「行くぜ!」
1つ目の右ヘアピン。甘利さんはフットブレーキとサイドブレーキを引き、クラッチを踏みながらシフトを下げ、ハンドルを回し、110マークIIはスライドしながら、進んでいく。
次々に来るコーナーを抜けていき、ヒルクライムに入る。
赤城を交互に走っていき、訓練の残り5分を切った。
しかし、中盤のジグザグゾーンにて。
「もうすぐだ……瞑想は解かない!」
そう誓ったつもりだった。
「解くなよ!」
ゾーンの脱出地点。連続でドリフトで抜けた110マークIIだったものの、そこを出ると、おれに変化が起きる。
「うう……は、目が!?」
視界が開いてしまった。横Gへの我慢が解かれ、瞑想を止めてしまった。せっかく頑張ったのに……残念だ。
「あまりにも持ちこたえたのに、惜しかった」
もうちょっとで智姉さんみたいになれたのに。無念を感じる。まぁ40分でも耐えられたのは自分でも立派だ。自分で自分を褒めてあげたい。
スタート地点前の駐車場。戻ってきた2台から4人が降りてきた。
皆の元へ向かうと、その中から1人、智姉さんが迎えてくれた。
「おかえり。上手くできたか?」
「どちらも失格だ。ただしオオサキは40分も持ち越えたぞ」
板垣さんは結果を伝える。
「しかし中々立派だと思うぞ」
智姉さんはおれを励ましてくれた。失格したのに惜しいところまで行ったから褒めてくれたんだ。
こんなことを言われると安心する。「失格」と言われても、足は震えてなかった。悔しさより、40分間の静寂が、胸の奥で誇らしかった。
試練は最後の1人となった。
理由は成功した人と持ち越えた人が乗ったからだろう。乗り込んだタカさんは目をつぶり、瞑想しながら乗り込む。いつもとは違う表情だ。目をつぶっているけど真剣な気持ちだ。失格者を出しているから、負けられない。
出発した110マークIIだったが、わずか第1ヘアピンでアシストグリップを掴み、失格となった。
これはクマさんと同じ記録だ。
ここで、板垣さんから点数が発表される。
「智100点、オオサキ90点、川畑20点、熊久保5点、小鳥遊5点」
やっぱ智姉さんが1位だった。 おれも負けてもないけど。甘利さんが続く。
「こんな感じだな。智とオオサキはあまりにもやるなぁ。プラズマ3人娘という奴はもっと頑張ってほしい」
この時、腹の虫が鳴る。いよいよ飯の時間かな? どうしようか。
「訓練したからお腹空いたろ。和食さいとうで晩御飯にしよう」
「賛成です」
おれは勧めた。腹が減っては戦ができぬ。空腹だと、クルマを動かせないからなぁ。
「じゃあ晩御飯が終わったら、新しい覚醒技の勉強をしよう」
90点に終わった訓練。けど、まだ始まったばかりだ。これが3日続く。
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4月4日の夜9時30分。和食さいとうの1日は終わった。今は着替え中だ。おれこと、夜9時半。仕事終わりの着替え中、おれこと大崎翔子――赤髪ハーフアップの少女は、ふと手を止めた。
(……やばいな、朝から“技が出ない”ことばっか考えてる……)
覚醒技が変わったからだ。今覚えている技だと戦えないかもしれない。そのことについて、師匠で姉兼母的存在の智姉さんこと斎藤智に訪ねる。
「……やばいです。朝からずっと、頭ん中は“技が出ない”ってことばっか……」
「その件からまだ離れないのか。しょうがないな、私が協力者呼んでやろうか?」
「誰ですか?」
智姉さんはその人について話す。どんな人だろうか? 覚醒技に詳しい人なのか?
「協力者とは、私が覚醒技の習得でお世話になった人の側近だ。ただし遠い栃木に住んでいる。明日呼ぼうか?」
「呼びましょう! うずうずします」
興奮するおれの勧めもあって、電話をかける。この時、敬語を使っていた。見たことない彼女だった。店員にも使わないから、間近で見ると新鮮だ。こんんあ智姉さんは珍しい。電話の結果が報告される。
「来てくれるってな」
「そうなんですか!?」
交渉は成立だ。これで新しい覚醒技を手に入れられることができる。けど、厳しい人だったらどうしよう。期待と不安が交差する。おれはこの訓練を乗り越えられるのか?
「さっさと寝ろよ、いつもの服へ着替えろ」
「はい」
明日のことで緊張しながら、風呂に入った後、眠りについた。新しい覚醒技を手に入れられるのが楽しみだ。それを自分の物にしたい。おれは日本一の走り屋になるんだ!
翌日、4月5日の日曜日。今日は仕事が休みだ。今回は夕方6時に練習を始めた。前から、同僚で天敵でもある美波六荒が乗る3代目トヨタ・ヴィッツ、智姉さんが乗る銀色のR35型日産・GT-R、おれの赤いワンエイティこと日産・180SX、プラズマ3人娘が乗るオレンジ色のHCC33型ローレル、黄色いHCR32型スカイラインセダン、青いA31型セフィーロが走っていた。ちなみにプラズマ3人娘は大学から帰ってきたところだ
6台は、最初の5連ヘアピンを風を切り刻むように走っていき、ヴィッツを除く5台はサイドブレーキドリフトで抜けていく。
「いつもは朝で行っていたけど、今日は夕方だ。智姉さんの知り合いって誰が来るんだ?」
今回がいつもと別の時間じゃあないのは、理由があったからだ。今の時間に来ることを約束していたからだ。それにいつ来るんだろうか? 約束を破ったんじゃあないのかな? おれは考えていた。
「智さんに呼ばれでやっでぎだげど、サギさんはいづもごんな練習をしてっべ?」
そう言えば、プラズマ3人娘が関わるのは初めてだ。3人娘の1人、クマさんこと熊久保宣那は肌で感じとる。その通りだ。いつも智姉さんと激しい練習をしている。これによって、おれは腕を上げている。
「こんなに激しい物をサキちゃんはやってたんだね、速いのも分かるよ」
プラズマ3人娘のタカさんこと小鳥遊くにも一緒だった。智姉さんにもっと近づきたいことと日本一の走り屋になりたいから走っている。もっと上げたいんだ。智姉さんを超えたいんだ。おれは日に日に腕を上げている。負けたくないんだ。
後ろから何か聞こえてくる。何か来るのか?
「ん? 何か来るで?」
カワさんこと川畑マサミは後ろのエンジン音を聞く。その音はどちらもトヨタのJZのエンジンだ。彼女が後ろから見た車種は2台のセダンであり、マルーンのJZX100型クレスタ、黒いボディに赤いバイナルのJZX110型マークIIだ。
「うちの能力で防いだる」
と啖呵を切っても。
「あぁ、覚醒技は変わったんやな……」
必ず相手の追い抜きを防ぐというものは失われた。覚醒技からマナニウムがなくなったからだ。もう追い抜きを防げない。バトルスタイルを変えるべきだ。どうすればいいのかな? 5連ヘアピンでA31と100クレスタ、110マークIIはダンスする。その脱出直後で2台は強烈な加速でA31を追い抜き、さらにはタカさんのHCR32の前に出ていく。後ろから赤いラインを描きながら。
「なんちゅうパワーや」
「一昔前のくにちゃんなら……」
タカさんのトルクを上げる能力もなくなっていた。これでは後ろから来た2台についていけない。どう追いかけたらいいのか? 追いつくどころか、どんどん引き離していき、クマさんのC33まで追い抜く。
「ちくしょーめ! 突然現れた走り屋に抜かれただぁ~!」
見たことのないクルマに負けたクマさんは屈辱を感じる。ドリフト甲子園で優勝した彼女のプライドが傷ついた。精神的なショックは大きい。あの2台はなんという腕だ。それだけでなく、クルマのパワーもすごい。
右ヘアピン。ここからサクラゾーンと呼ばれる区間に入り、おれと智姉さんはドリフトで突っ込む。100クレスタと110マークIIも同じような走りをした。
素早いコーナリングだった。
「並大抵の速さじゃあない!」
ものすごいオーラを感じる。2台はカウンターをほぼ当てずにおれのワンエイティに接近していく。相手の方が上手だった。葛西サクラと柳田マリアを倒したおれにコーナーで勝つとは、上には上がいるのか?
「中々やるなぁ、だが私には及ばない」
次のコーナー、右からの左ヘアピンにて100クレスタに内側を突かれて先を走ることを許してしまった。覚醒技を使えたらなぁ……。
110マークIIにも立ち上がりで先行させる。見たことない走り屋のくせに速い! これらのクルマたちは智姉さんに覚醒技を教えた師匠の側近なのか!? おれはそう感じた。この走りをするなら、間違いない。
「あとは智姉さんしかいない」
この2台から彼女なら逃げ切れてくれるかもしれない。数々の修羅場を潜り抜けた伝説の走り屋だからだ。この2台と戦えるか?
右寄りの直線に入る。おれを抜いた2台は強烈なパワーでR35と互角の走りを見せる。それを後ろから眺める。同時にほぼ一般車的な扱いを受けた六荒のヴィッツを追い抜き、引き離す。
「700馬力のGT-Rと互角だと!? ……ただのJZXじゃない。何馬力だよ、あのクレスタとマークII……!」
同程度の馬力なのか、それ以上なのだろうか? もしかすると、かなりのチューニングをされているかもしれない! こんなオヤジセダンが高速区間でR35と互角と戦えるなんて。チューンされたR35は鬼に金棒なはずだけどなぁ。
「もしかして、あの人たちだろうか? しょうがない、手加減せずに相手をしよう」
智姉さんは勝負の体制に入った。黒タイツに包まれた右足で強くアクセルペダルを踏み、R35を加速させる。その時、おれの眼から3台が小さくなった。おれはもう離された。部外者にするほどの速さを見せるとは、かなりの奴だ。
私はR35にアクセルペダルを底まで踏み込む。同時に、100クレスタと110マークIIが接近していく。
「速いな。ここでは逃げられないかもしれない」
私はこれらのクルマがR35以上のパワーを感じた。特に110マークIIの方だ。
遥かに高そうだ。100クレスタと横に並ぶ。何ていうパワーだ。100クレスタは650馬力、110マークIIは800馬力ぐらいか。レース用のパーツを取り付けた私のR35以上にチューニングされているな
「なら、ドリフトではどうだ?」
2連ヘアピンの1つ目、右だ。ここで右足でフットブレーキを踏み、左足でクラッチを踏みながらシフトを下げ、サイドブレーキを引きながら、カウンターを当てず、クルマのバンパーをガードレールとキスしながら攻めていく。スライドを発生した私のR35は2台から必死に逃げていく。
後ろのクルマたちもカウンターをほぼ当てず、内側に接近しながら、似たような走りで攻めていく。コーナリングの速さはR35と変わらないものだった。相手の腕がいいのか、クルマの脚がいいのか? もしくは両方だ。
「やるな、飯富院さんの使いだけあってあるな」
飯富院さんとは、私に覚醒技を教えたJZX90型チェイサー乗りの師匠のことだ。後ろのクルマたちは彼女の使いが乗ってたクルマだから、見たことある。やっぱ赤城に来たんだな。腕がいいのも分かる。クルマも流石だ。油断も隙もない。
「私を本気にするような相手だな、逃げ切ってやる!」
愛車に精一杯、鞭を入れる。R35についてくる2台はオオサキとの距離をさらに引き離す。もう彼女の眼から消えてしまった。パワーと腕の差が出てしまった。
2連ヘアピンの2つ目、左でも3台でダンスしながら抜けていく。
右と左の中速コーナーが来て、どちらもアウト・イン・アウトのグリップ走行で攻めていく。まだまだ離れる気ないようだ。結構粘っている。というより、攻め続けている。100クレスタ乗り、板垣さんはこんなことを考えていた。
「いよいよ使うか。アレをな!」
身体が淡く光ったように見える。覚醒技を使うつもりだ。今の私はそれを使えないというより、新しい奴を使えないから対処できない。どう戦えって言うんだ?
右ヘアピンで発動させる。
「<神速>!」
100クレスタは華麗にラインを描きながら、理想以上に理想的なアウト・イン・アウトでカウンターをほぼ当てずにドリフトしていく。ここで横に並び、110マークIIも後ろに接近してくる。囲まれたようだ。まるで退路がない。
その後も2台に追われながら、赤城道路を上っていった。私は自分のテクニックを信じながら逃げていった。逃げるのが大変だった。多くの修羅場を乗り越えた私だって、チャイナマフィアや宗教団体を潰した以上に大変な戦いだった。
おれとプラズマ3人娘は遅れてゴール地点前の駐車場へ入る。
そこに智姉さんと100クレスタと110マークIIに乗っていたと思われる2人の巫女が立っていた。
片方は長い髪をサイドテールに束ね、もう片方は黒髪を1本結びにしていた。
おれはサイドテールの巫女に話しかける。その時、自分は緊張した様子だった。見たことない人だから。
「速かったね、智姉さんに呼ばれたのはあなたなの?」
すると、おれの言葉遣いはまずかったのか、サイドテールの巫女は表情を鬼のような形相にして、怒り出す。この時の空気は不味かった。
「無礼者! 礼儀がないのか!?」
「申し訳ございません!!」
すぐ土下座した。智姉さん以外の人には敬語を使わないものからだ。そんなおれを見て、呟く。
「ったく、礼儀のない者を作るとは智はどういうことやら」
敬語を使わない子に育てた智姉さんに呆れたようだ。その言葉を使うのはカッコ悪いと感じていたりする。下に見られてしまうから。ただし智姉さんだけ特別だ。彼女には逆らえない。
「すまない、オオサキを礼儀のない子に育ててしまって……私の責任だ」
そのことを智姉さんは謝る。おれの失態は彼女の失態だ。申し訳ないことをした。
「ったく、こいつを見たらあの人はどう思うのやら………」
見たことのない人の名前が出てきた。誰なのかを聞く。もしかして?
「あの人って誰ですか?」
「智の師匠だ。あの人は速くて、一生追い付けなくて」
黒髪の巫女がサイドテールの巫女を止めに来る。
「はいはい、板垣の飯富院さんへの愛はあまりにもアウトだぜ」
そんな名前なのか、智姉さんの師匠の名前は。良い意味で変わった名前だ。
あと、サイドテールの巫女の名前も知った。
「こいつは師匠のことを語ると、あまりにも好きすぎて、愛を爆発させるからなぁ。自己紹介だ、俺は甘利ゴウだぜ」
おれと智姉さんみたいな関係だ。なんか似ている。こっちも自己紹介で返す。
「おれは、大崎翔子です。智姉さんがお世話になっています」
「おらは熊久保宣那です」
「うちは川畑マサミですわ」
「小鳥遊くにです」
「俺は美波六荒です」
板垣と呼ばれている人も改めて返してくる。
「こちらは板垣ハツだ。甘利ゴウと共に飯富院さんの側近を勤めている」
板垣さんはある問題を出題する。覚醒技についてだ。
「ところで、お前たちは覚醒技のことはなんだと思うか?」
それについて、おれは答えた。
「覚醒の技ですね? 覚醒する技と描いて、覚醒技ですから」
だが、これは間違いだった。どういう意味なんだ? 真の意味はなんだろうか? おれには分からなかった。
「これじゃあ浅い答えだ」
板垣さんは本当の覚醒技の意味を語る。
「覚醒技で大事なのは心と自分なりのやり方だ」
「え、心ってそういう方向から来るんすか……!?」
板垣さんは語る。
覚醒技超人(テイクハイヤー)は心が大切だ。それがないと戦えない。例えば、弱っている難病の人は強いと言われている。 それは心があるからだ。心がなければ病気と戦えず死ぬ。それは別の戦いでも一緒だ。
甘利さんも会話に参加する。
「それぞれのやり方とは、自分に合ったやり方を大切にした方がいい。例えば、世の中にはAのやり方を好む人がいて、Bのやり方を嫌う人がいる。逆のケースもある」
走りに例えると、こうなる。
走りの世界ではグリップ走行が速いのだが、ドリフト走行が速いと考える人も少なくない。千差万別ということだ。つまり、自分に合ったやり方を選べ。狭い道では後者の方が速いことがある。
「さて、誰が最初に特訓するのか?」
おれは先に手を上げた。先手必勝だと考えたからだ。
「いっちょやってみっか!」
プラズマ3人娘、智姉さんも手を上げる。唯一上げなかったのは六荒だけだった。彼は覚醒技超人ではない。彼は修行する必要ないから。
「よし、5人が参加するのか。私たちの修行は言っておく、とっても厳しくなる。私たちは3日で立派な覚醒技超人にするつもりだ」
逃げ道のない気持ちで言葉を放つ。
「覚悟はできております」
こうして、地獄の3日間が始まった。果たして、その日程で新たな覚醒技を手に入れられるのか? 苦しくなる予感がした。
板垣さんから最初のメニューが伝えられる。
「まず、心の特訓だ。私たちのクルマの中で45分間瞑想してもらう。止まっているままではなく、動いている状態ででな」
その中でやるの地獄すぎない? だが、修行ではこれは禁句だ。過酷な行為を乗り越えなければ、立派な覚醒技超人になれない。
「じゃあ、私のクルマの助手席に座りたいのは誰だ」
「わだすです」
クマさんが手を上げた。彼女にできるのだろうか? 無理に決まっているような。おれはそう予感してしまった。
次に甘利が自分のクルマに乗りたい者を探す。
「俺のクルマに乗りたいのは誰だ?」
「私だ」
智姉さんが手を上げる。彼女なら不安はないが、新しい覚醒技を改めて手に入れられるのか? 彼女は耐えられないほどの厳しい訓練だったらどうしよう? けど、なやってくれる、苦しむ所は見たことないから。
クマさんは100クレスタ、智姉さんは110マークIIの助手席に乗り込む。最初の試練の始まりだ。果たしてどちらも乗り越えられるのか?
まず100クレスタが先を走っていき、板垣さんはアクセルとブレーキ、クラッチを調整しながら、最初の直線と左の緩いコーナーを駆け抜けていく。
スタートしてからわだすは瞑想したままだ。
(ごげん訓練、朝飯前だべ)
楽勝だと感じていた。クリアしてやりたいという気持ちだった。しかし、最初の左ヘアピンに入ると、事件が起きる。
おらの身体にGが発生した。
「くぅ……!」
奥歯を食いしばる。だが、後頭部がシートに押しつけられ、腹が潰されそうになる。視界がチカチカし、反射的に目を開けてしまった。
「やはりか……瞑想を保った者など、数えるほどしかいない」
おらには無理だったのか!? 新しい覚醒技を手に入れられるのは出来ないのか? こんなに過酷だったとは……想像できなかった。
「無理だったな」
後ろを走る110マークIIに先を譲る形で、100クレスタは後退し、180度Uターンを披露して帰っていった。おらの修行はここで終わった。悔しかった。ここで失敗するなんて……。畜生と言いたくなった。
甘利さんの100マークIIに乗る私は、ドリフトで発生するGに耐え続け、瞑想していた。内心逃げたくなるようなこともあるが、訓練だから耐えている。甘利さんが瞑想する私を横から眺める
「あまりにも耐えているな、さすが伝説の走り屋だ」
しかし、次来るのはジグザグゾーン。連続でGが襲いかかる区間。
「ここからの連続ドリフト、耐えられるか!?」
110マークIIは左右交互にスライドしながら突っ込んでいく。甘利さんは右手にハンドル、左手にはサイドブレーキを持ち、左足でクラッチ、右足でブレーキとアクセルを動かし、どれも華麗に操作していく。
それでも私は発生するGに耐え続け、45分間待った。
甘利は私を横から眺める。
「このGにも耐えるとは、甘利にも泣けるぜ」
目から涙がでる。彼女は涙もろい性格だ。私のすごさを見て泣いているのだろうか? そんなのを見ると、複雑な気持ちになる。私は彼女を泣かせてしまったのか?
瞑想した人を助手席に乗せていた2台のクルマがスタート地点前の駐車場へ戻ってくる。
それぞれのドライバーが降りたものの、助手席の人はそのままだった。
100クレスタに乗っているクマさんは失神し、110マークIIに乗っている智姉さんはずっと瞑想していた。
そんな彼女を見て、甘利さんは背中を叩く。
「もうメニューは終わったぞ」
それぐらい一生懸命な智姉さんは初めてだ。本当に全力なんだなっておれは感じた。さすが伝説の走り屋だ。彼女はようやく110マークIIの助手席から降りた。
「メニューを終えても瞑想を止めない姿を見ると、俺はあまりにも……」
「甘利、その程度で泣くな!」
泣きそうになる甘利さんを板垣さんは慰めようとする。この程度で泣くなと言いたい。おれ以外であってもな。泣き虫だなぁ。
おれたちは100クレスタの中で失神するクマさんに近寄る。
「動かない、ただのしかばねのようだ」
RPGでよく見る文章を言いながら、クマさんの身体をおれは触る。行為を続けると彼女は目覚める。
「なーに触ってんだべ、サギさん!」
剣幕の如く、怒りだした。こんな表情をしなくてもいいのに。なんでこうなるの?
板垣さんが近寄ってくる。
「熊久保、お前は失格だ」
どうやら、瞑想を止めてしまった。やっぱ訓練は厳しい。おれは硬直してしまいそうな気持ちになるが、修行だから逃げる気になれない。
「覚醒技と呼ばれる能力を手に入れられるのはそんなに過酷か」
そんなクマさんを見て、六荒は嘆いた。おれもそうならないように気を付けたい。彼女みたいになると分かっても。
「さて、次は誰が乗るんだ?」
試練の挑戦者を探す。おれはクマさんのことで怯えながら、手を上げた。他にカワさんも手を上げる。
「じゃあ、オオサキと川畑が挑戦するのか。どっちに乗るんだ?」
「おれは智姉さんが乗った100マークIIに乗ります」
「川畑の方は板垣の100クレスタだな」
「それでええです」
3・4人目が試練に立ち向かう。しかも中におれがいる。新しい覚醒技のために失敗できない。もしそうなったら、バトルに二度と勝てない。
出発した2台はS字からの最初のヘアピンに入る。ドライバーは右足でブレーキを踏むと、左手でサイドブレーキを引く。左足でクラッチを踏みながら左手でシフトを下げ、ハンドルを回転させる。
ローターを赤く焦がしながら、華麗にドリフトを決める。
(耐えられたで……そんなもんお茶の子さいさいや!)
(おれは日本一の走り屋になるんだ!)
おれとカワさんはそのまま瞑想を続けていく。のように見えた……。
第2高速セクションの終わりであるジグザグゾーンに入ったことだった。ここから強烈なGが襲いかかる。
まず先に100クレスタが入っていく。
板垣さんは赤い袴に隠れた足でフットブレーキとクラッチを踏み、サイドブレーキを引く。
(こっからキツくなるで、クマはんみたいにならんで!)
そう心に誓ったカワさんだったが、クルマは連続でドリフトをかましていく。 100クレスタ後輪から白煙を吐きながら、操舵は交互に向きを変えながら進んでいく。マフラーから1JZ特有の甲高い音が響く。
(耐えるわ……)
どんどん発生する横Gに必死に抗おうとしていた。 しかし! 耐えきれず、目を開けてしまい、姿勢を崩す。アシストクリップを掴んでしまう。
「失格だな」
カワさんの試練はここで終わった。
プラズマ3人娘はタカさんだけになった。
「料理するわ……」
クリアできなかったカワさんはそう嘆いた。ちなみに、言っている意味は「畜生だ」、悔しさがわかる。彼女までやられるとは……。今できているのは、智姉さんただ1人だ。
一方のおれは瞑想を続け、耐える。110マークIIはジグザグゾーンに突入していく。サイドブレーキを引き、ブレーキとアクセル、クラッチを的確に操作し、左右にお尻を振り回しながら、進んでいく。
「すごいぜ、ジグザグした区間を走っているの常に瞑想しているぜ。あまりにも感動的だ」
甘利さんは姿勢を崩さないおれを見て、感激していた。これぐらい耐えられるのはすごいのか。こう見えても体を鍛えているか。この訓練をクリアできたのは数えるぐらいしかいないから。
110マークIIはどんどん進んでいき、最後の5連ヘアピンに入っていく。おれは未だ瞑想中だ。果たしてここでも崩さないようにできるのか?
クルマは突入し、カウンターを当てないままリアを振り回す。
「行くぜ!」
1つ目の右ヘアピン。甘利さんはフットブレーキとサイドブレーキを引き、クラッチを踏みながらシフトを下げ、ハンドルを回し、110マークIIはスライドしながら、進んでいく。
次々に来るコーナーを抜けていき、ヒルクライムに入る。
赤城を交互に走っていき、訓練の残り5分を切った。
しかし、中盤のジグザグゾーンにて。
「もうすぐだ……瞑想は解かない!」
そう誓ったつもりだった。
「解くなよ!」
ゾーンの脱出地点。連続でドリフトで抜けた110マークIIだったものの、そこを出ると、おれに変化が起きる。
「うう……は、目が!?」
視界が開いてしまった。横Gへの我慢が解かれ、瞑想を止めてしまった。せっかく頑張ったのに……残念だ。
「あまりにも持ちこたえたのに、惜しかった」
もうちょっとで智姉さんみたいになれたのに。無念を感じる。まぁ40分でも耐えられたのは自分でも立派だ。自分で自分を褒めてあげたい。
スタート地点前の駐車場。戻ってきた2台から4人が降りてきた。
皆の元へ向かうと、その中から1人、智姉さんが迎えてくれた。
「おかえり。上手くできたか?」
「どちらも失格だ。ただしオオサキは40分も持ち越えたぞ」
板垣さんは結果を伝える。
「しかし中々立派だと思うぞ」
智姉さんはおれを励ましてくれた。失格したのに惜しいところまで行ったから褒めてくれたんだ。
こんなことを言われると安心する。「失格」と言われても、足は震えてなかった。悔しさより、40分間の静寂が、胸の奥で誇らしかった。
試練は最後の1人となった。
理由は成功した人と持ち越えた人が乗ったからだろう。乗り込んだタカさんは目をつぶり、瞑想しながら乗り込む。いつもとは違う表情だ。目をつぶっているけど真剣な気持ちだ。失格者を出しているから、負けられない。
出発した110マークIIだったが、わずか第1ヘアピンでアシストグリップを掴み、失格となった。
これはクマさんと同じ記録だ。
ここで、板垣さんから点数が発表される。
「智100点、オオサキ90点、川畑20点、熊久保5点、小鳥遊5点」
やっぱ智姉さんが1位だった。 おれも負けてもないけど。甘利さんが続く。
「こんな感じだな。智とオオサキはあまりにもやるなぁ。プラズマ3人娘という奴はもっと頑張ってほしい」
この時、腹の虫が鳴る。いよいよ飯の時間かな? どうしようか。
「訓練したからお腹空いたろ。和食さいとうで晩御飯にしよう」
「賛成です」
おれは勧めた。腹が減っては戦ができぬ。空腹だと、クルマを動かせないからなぁ。
「じゃあ晩御飯が終わったら、新しい覚醒技の勉強をしよう」
90点に終わった訓練。けど、まだ始まったばかりだ。これが3日続く。
TheNextLap
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