光速の走り屋オオサキショウコ

まとらまじゅつ

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第6章 リベンジ編

ACT.33 伝説の決着

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 赤城山──最終セクション。
 息を潜めるような静寂が、深夜の連続コーナーに張り詰めていた。

 ここから先は、地形が牙をむく。
 R35 GT-Rのような重くて長い車体には圧倒的に不利な、狭くタイトな連続急カーブ。
 だが、私、斎藤智の眼には微塵の迷いもなかった。

「……ウメの狙いは分かっている。このコーナーで私を封じるつもりだな」

 私はステアリングに手を添え、深く息を吐いた。

「でも——ここが、勝負のタイミング」

 JZA70が最終コーナー、5連続ヘアピンの5つ目への進入に入る。
 ウメは当然のようにアウト寄りのラインを選んだ。
 ブレーキング勝負だ。R35の重量級ボディに、減速域の限界を押しつけて抜かせない構え。

「ブレーキを早く踏めば、勝負になる。あんたは絶対に手前で止まる」

 ウメは読み切ったつもりだった。だが——

「えっ……!? 外から来るの!」

 その刹那、私のGT-Rが、さらに外側のラインから飛び込んでいた。

 JZA70とR35、その間にある僅か車一台分の幅。
 通常なら捨てライン。
 しかし私はそこを使った。誰も使わない、いや、**誰も“使えない”ラインを。**

 R35の巨体が、ギリギリまで減速せずに突っ込む。
 重さが作り出す慣性。そのすべてを、“制御”という一撃に変える。

 ウメの眼が見開かれる。

「私のラインより……外から、速いのね……!」

 私のブレーキは遅かった。限界まで遅らせたまま、絶妙なタイミングで荷重をフロントに預け、ボディを傾ける。
 そのラインは、慣性と意志が重なった“祈り”のように滑らかだった。

 ブォォォォォンッ!!!

 排気音が唸りを上げた。
 最終コーナー出口、R35が完全に前へ出る。
 トラクションの乗りも完璧。スリップを許さず、そのままゴールラインへ——

 駆け抜けた。

 ゴール後。
 ウメのJZA70は一拍遅れて停止。

 車内。
 ハンドルに額を預け、肩で息をするウメ。
 だがその手が、ふとステアリングを「コンッ」と軽く叩いた。

「……やられたわ」

 その顔には、悔しさと、微笑が同居していた。

 窓の外、バックミラーの向こうに、
 無の試練”を越えた走りを見せた私のR35が、静かに息を吐いていた。

 そして、ウメのつぶやきが、静かに峠に溶けた。

「やっぱり……私が勝てないのは、あんたなのね、斎藤智」

 ゴール付近の駐車場、ここにR35を停車させる。

 遅れてJZA70が駐車場へ入って来て、クルマからウメが降りる。

「負けたわ……あなたには勝てないと分かったわ――」

「いや……私は「次で負けたら引退する」という気持ちで挑んだからな」

「私も必死だったけど勝てなかったわ。
 あなたはまさに、「伝説の走り屋」ね

 ゴールの静寂が戻る。
 観客が沸き立つ中、飯富院イチだけは、ゆるやかに手を合わせる。

「智。よくぞ戻った。ウメ殿。おぬしもまた、“今”の斎藤智と語り合ってくれたこと、感謝する」

 赤城の風が、再び流れ始める。

「さあ――次に“問う者”が来るぞ。それに応える者の覚悟も、もう生まれている……」

 智の勝利を聞いて、プラズマ3人娘は喜んでいた。

「やったべ、やったべー! 智さんが勝ったベー!」

「うちは信じとったで!」

「まさに智さんは伝説の走り屋だよ!」

 赤城ダウンヒル、スタート地点。

 空気は張り詰め、木々すら震えているかのようだった。
 だが、群れをなして興奮するギャラリーたちの中で、ひとりだけ別の熱を胸に抱く者がいた。

 雨原芽来夜――赤城最速の女。

 敗北を聞いた雨原は……。

「ウメさん、破れたって」

「今回も勝てなかったか……あの人を止められる人ってもういねーぜ」

 感情では表していないが悔しい気持ちだった。

 雨原は、静かに微笑んだ。

「……ありがとう、ウメさん。ありがとう、斎藤智。火が……また、燃えた」

 彼女の目が、静かに赤城の闇を見据える。
 次にその道を裂くのは、赤城の最速の“雨原”自身かもしれない。

「さぁ帰ろうか」

「うん」

 あたしと名衣はそれぞれのクルマに乗り込み、帰っていく。

 エンジン音が止んだ。

 赤城の峠に響いていた咆哮は、今はただ、余熱のように山肌を包んでいる。

 勝敗はついた。
 だがオレ、葛西サクラは、その“勝ち負け”をもう意識していなかった。

 彼女は、スタート地点に残っていた。
 赤城の空気が、いつもより鮮やかに肺に入り込んでくる。

(母と、師が戦った……なのに、オレは)

 手を伸ばせば届く距離だった。
 でも、踏み込めなかった。
 火を浴びるのが怖かった。

 オレは、あのバトルを見て、走りたくて仕方なかった。
 ……けど、それが“悔しさ”だったことに、今ようやく気づいた。

(いつからだ……?)

 覚醒技が消えた時からか。
 オオサキに負けた時か。
 雅に抜かれた時か。
 それとも……母に“娘”として見られた瞬間か。

(あのとき……バトル前に、母さんは“サクラ”じゃなく、“娘”の顔で微笑んでくれた。あれが、悔しかった)

 全部だ。

 少しずつ、自分を“走り屋じゃない誰か”として見始めてた。
 勝つことじゃなく、技を使うことでもなく――

 オレは、自分が“火”じゃないと思い込んでいた。

 でも今、目の前で二人が見せた。

「走りってのは……“正しさ”じゃないんだ」

 オレは、ゆっくりと拳を握った。
 タイツ越しに冷えた太腿に力を入れる。
 足元のアスファルトは、まだ温かかった。

「……走りたい」

 誰にも聞こえないほどの声。
 けれどその言葉が、オレ自身の胸を焼いた。

「オレは……走り屋だ。火の中で育った。だったら、もう一度……“燃える”しかないだろ」

 誰もいない深夜の峠。
 ヘッドライトを灯すことなく、闇の中を歩いた。

 エンジンの音も、覚醒技もない。
 ただ、自分の足と、風の音だけ。

 “火の起点”を、探しに行く。

 母が産んだ。
 母が鍛えた。
 でも、自分の“走り”は――

 オレが、決める。

「走りってのはね、覚悟よ。一度火が入ったら、そっから先はずっと焼けながら進むだけ」――葛西ウメ

 前髪が風に揺れて、右目が露わになる。

 その目は、もう──“火”そのものだった。

 観客の声が少しずつ高まる。
 DUSTWAYの仲間たちも、プラズマ三人娘も、言葉を失い始めている。
 走りが“魂”になって、コースを飛び交っているのが分かる。

 そしてオレは、両手を胸元で強く握った。

「勝て……とか、負けるな……じゃない。魅せてくれ。二人とも。」

 言葉は出ない。
 ただ、目が語っていた。

 オレの火は、まだ消えていない。
 でも、それが“どんな炎なのか”は――

 このバトルが、教えてくれる。

 敗北してしまった私は、スタート地点でギャラリーしていたサクラにお詫びをする。

「負けてごめんね………」

「――いいえ……今度はオレがリベンジするから――」

「大崎翔子とのバトルはあと1週間ね――母さんの無念、果たしてほしいわ」

 久しぶりに行われた伝説のバトルは斎藤智の勝利で終わった。
 しかし、戦いはこれだけではなく、1週間後にバトルも控えている

 和食さいとうに帰ると、オオサキと乾が待っていた。
 オオサキが結果を尋ねてくると、私は即答した。

「勝ってきた……」

オオサキが私の身体に抱きついてきた。

「智姉さあああああああああああああああああああああああああああああああああああん!! おめでとうございまあああああああああああああああああああああす!!」

「よしよし、祝ってくれてとても嬉しいぞ」

 抱きつくオオサキの顔を優しくなでる。
 よしよし、これぞ私の”妹で娘”だ。

(終わった……葛西ウメとの、あの夜が)

 だが、その背後に――見覚えのある「気配」があった。

「……来てたんだな」

 銀髪の長身。闇夜の中でも輪郭が冴える巫女服の影。
 飯富院イチさん。

 その背後には、正座の勢いで駆け寄ってきそうな板垣ハツと、
 肩で笑いながらも目尻に涙を浮かべた甘利ゴウの姿。

「良い走りであったな、智」

 飯富院さんの声は低く、どこか慈愛に満ちていた。

「覚醒技を持たずとも……そなたの走りは、“そなた自身”を映しておった。己を偽らず、強がらず、だが真っ直ぐに。某(それがし)は、誇りに思う」

 私は目を伏せる。
 かつて、覚醒に“取り憑かれ”た自分を、ただ叱るのではなく、受け入れてくれた人。

「……まだ、迷っていますよ。答えが出たわけじゃあありません。でも今日、走ってわかった。私は――」

「“走るために生きている”と、そう言いたいのだな?」

 私はわずかに笑った。

「……うん、たぶん、そうだ」

「お、飯富院さあああああああああああああああああん……!!!」

 板垣、全力で滂沱の涙。

「わ、私は……私は……ッ、智のこの進化を見られただけでもう……この人生、悔い無しィィ!!」

「落ち着け板垣!お前それ毎回言ってる!」

 甘利がガッと肩を引き戻す。

「でもまぁ……あまりにも、いい走りすぎたよな。俺、泣いた。本当に泣いた」

「泣きながら実況解説するのやめてくれ、甘利」

「うるせぇ! 感動したらあまり~泣いちゃうんだよあまり~!」

 そして、別れの報せ。

「智。われらは、明日、栃木へ戻る」

 イチの言葉に、私は一瞬だけ目を見開いた。

「……そうですか」

「そなたは、“もう一度教えを乞う立場”ではなくなった。これからは、“誰かに教える者”になってゆくのだろう。されど、道に迷ったなら、いつでも還って来い」

「わかっています。……でも、もう、後ろは見ません」

「うむ」

 飯富院さんは、穏やかに微笑んだ。
 まるで初めて娘を旅立たせる母のように。

「……それにしても」

 甘利がボソッと呟いた。

「師匠と智って、やっぱ似てますよね。ていうか、同一人物説あるくらいだし……」

「似てない!!」

 即ツッコミする板垣。

「智は智、飯富院さんは飯富院さん、どちらも美しすぎて拝むしかないッ……!!!」

「だから泣くなって言ってんだろ、板垣!!」

 私は、少しだけ笑ってから、再び前を向いた。

「飯富院さん。……ありがとうございます」

「礼など要らぬ。“心ある走り”を忘れるな、智。それがある限り――そなたは誰よりも、速く、美しい」

 90チェイサーたちのエンジンが遠くで再び響く。
 赤城の夜が、ゆっくりと次の章へと移ろいでいく。

 飯富院さんたちは、明日の朝、静かに山を下る。
 だがその教えと誇りは、私の心にずっと残り続けるだろう。

 そして――その教えは、オオサキへと、次の者へと、確かに引き継がれていくのだった。
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