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3巻
3-1
しおりを挟むプロローグ
「――こちらが、例の薬師に関する報告書になります」
「ウム、ご苦労だった。下がりたまえ」
報告書を受け取った男は羊皮紙の束を解くと、何貢にもわたって書かれた『ある人物』へのレポートを、食い入るように読みはじめた。
やがて、三〇代後半の真面目そうな、しかし若干気難しそうな印象を与えるその男は、最後の貢を読みおえる。そして、考えを整理でもしているのか、目を閉じると、机を指でトントンと規則正しく叩きはじめた。
「なるほど……これほどの才能がなぜ、という疑問は残るが、大した問題ではないな。重要なのは、彼と私たちの間で利益と幸福を共有できるかどうかだ。果たして彼は、何を欲しがるか――」
そう呟く男は、もう一度羊皮紙の一枚目、そこに書かれている人物の名前を確認する。
シン――バラガの街で最近よく聞く若き薬師の名だ。
若さに似合わず多種多様の薬を扱い、特に先日のガリアラ鉱山で起きた魔物の大量出現では、不足する回復薬や傷薬などを大量に供出している。ギルド未加入ということで、当該ギルドや店には煙たがられているが、住民からの受けは良く、たびたび酒場で酒を酌み交わす姿も目撃されていた。
もっとも、この薬師の真価はそんなものでは済まない。男は四枚目の報告書に目を通す。
――復元薬なる、肉体の部位欠損を、たとえそれが過去に失った部分でも、元に戻すことが可能な秘薬のレシピを秘匿している。
――そして、強力な魔道具を作成するスキルも有する。
復元薬、なんと素晴らしい薬だろうか。鉱山では落盤事故や天井の崩落など、手足を失う事故が少なくない。鉱山都市において、この秘薬の需要と価値は計り知れない。
また、強力な魔道具。こちらも素晴らしい。
バラガの街にある冒険者ギルドの冒険者は、最高でもCランク。高ランク冒険者は所属していない。そのため、凶暴な魔物の棲むマクノイド森林地帯の奥地を探索することができないでいる。
しかし、彼らに強力な魔道具を装備させることで戦力の底上げが叶うのなら、森の奥地に挑む冒険者も増えるだろう。魔道具職人としても、彼の価値は計り知れない。
男はさらに、最後の羊皮紙に書かれている『最重要事項』に目を通す。
――鉱山に眠る鉱物資源の詳細が分かる異能の持ち主。
危険な能力である。これを知ったのが自分のような良識のある人間で良かった。男――バラガの街の都市代表はそう思った。同時に、こんな若者はなんとしても、自分の手許に置いて保護しなくてはならない、そう決意を固める。
バラガの街の都市代表を務める男は、彼を取り込むため思案に耽った――
第一章 地上の戦い
――あれから三週間が過ぎた。
坑道の奥から溢れ出た魔物を無事撃退したものの、安全のため、翌日から鉱山への入山禁止措置がとられている。その結果、街には仕事がなく、昼間からぶらつく鉱夫たちで溢れることになった。
だが、健康で体力を持てあましている連中はまだマシだ。ほとんどの鉱夫は、怪我の治療に数日を要し、酷い者では手足など、身体の一部を失った者も存在する。
そんな状況だからこそ、俺――シンが作った身体の欠損を元に戻せる〝復元薬〟を求める人は多かった。とはいえ、売れていった薬が本当に必要な人のもとへ届かない――そういった事態を避けたい俺としては、前都市代表のじいさまと冒険者ギルドのマスターであるリオンを介して、まず『街』に薬を買い取ってもらう。そして、災害補償ということで各人に配るようにした。
そうして必要な人のもとへ一通り行き渡った頃、追加分を個人向けに売り出したのだが、即日完売の勢いで冒険者たちが買占めに走ったことは苦笑を禁じ得ない。危機管理は結構なことだが、もう少し周りとの協調を考えろと言いたい。品薄でクレームを受けることになるのは俺だっての……
その後も、以前は門前払いだった道具屋などから「ぜひ貴方の薬を私の店で!」と、揉み手で寄ってくるのだから、もう笑えば良いのか怒れば良いのか……
薬と言えば、こと治療においては双璧をなす回復魔法(神聖属性魔法)だが、それを操る神官がいる神殿には連日、傷病人が押し寄せている。当然、治療のためだ。
普段は見られない、珍しい光景である。
というのも、本来神殿で怪我や病気の治療を依頼する場合は、寄進という形で金を払う必要があり、大銀貨一枚が相場で、そう安くはない。だが、これは別に金儲けをしているわけではない。
想像して欲しい。もしも、頼めば無料で治療を施してくれる回復魔法の使い手が神殿に常駐していたら、果たしてその街の薬屋は商売が成り立つだろうか?
また、本当に治療が必要な重傷者が現れたとき、「軽い怪我ばかり治療して魔力が尽きました」などと言われたら、誰が納得できるだろうか?
ゆえに、神殿での治療にはあえて金銭を要求し、緊急性の高い者と、金銭を支払ってでも魔法による治療を求める者に患者を絞っている。
それが今回は、誰でも無料で魔法による治療が受けられることになっていた。まあ、災害時の特別措置というやつで、これが前述の傷病人殺到の理由だ。
もちろん、重傷者を優先して受けつけてはいるが、小さな傷でも例外なく無料での治療が施されているのは、街の空気を明るくするためでもあるらしい。
確かに、怪我人ばかりが歩いている街など見ていて気持ちのいいものではない。こういった気配りができる健全な街で良かった。
街の住民も現金なもので、鉱山の災難についてはさておき、タダで怪我を治してもらえることを喜んでいる。モグリの薬師としては商売あがったりですが何か?
暇を持てあましている住人とは反対に、彼らの治療のため、連日の強制労働に駆り出されているじいさまの孫のヘンリエッタと駆け出し冒険者のアデリアの姿が、俺の目に飛び込んできた。
街から一定の報酬が出るとはいえ、安価で一日中こき使われてさぞ大変かと思いきや、なかなかどうして、泣き言どころか嬉々として奉仕活動に従事している。マゾか? 真性なのか?
ジュリエッタの指導か、それとも育った環境のせいか、二人とも誰かの役に立つのは嬉しいらしく、全然苦ではないという。キラッキラな笑顔が、汚れちまった自分の目には眩しすぎた。
……とまあ、ここまではよしとして。
「アレックスさん、あなたまで何を……?」
なんでこの二人に混じって、アレックス――外から来たBランク冒険者パーティの一人――まで奉仕活動に参加しているのか……
「何を、とはおかしな質問ですね。こう見えても私は元神官ですから、こちらのアデリアさんみたいに、神殿のお手伝いをしていてもおかしくないでしょう? それにご安心を。冒険者ギルドからは別途、報酬をいただいていますよ」
いや、こう見えてもどころか見たまんまだけどね……そうじゃなくて!
「回復担当のアレックスさんが抜けると、アイツら外に出れないでしょ?」
「森のよほど深遠部でもない限り、彼らを害することのできる魔物はいません。それに今は大仕事を終え、みんなだらける時期です。文句も出ませんよ」
……俺、ここに来る前にお仲間のガロンとヘルガから「アレックスいねーから外に出られねーわー、ツライわー」とか「あれだけ働いたのにお金がない。なんでだろう?」とか聞こえよがしに愚痴られたんですが?
思い返せば一〇日ほど前、復元薬を売りさばいた後に奴らはやってきた。
目的は俺の所有する面白武器。まあ、先日の坑道での騒動で貸したときから、予想できたことではある。当然「くれ!」「やらん!」のやり取りを想定していたのだが、出てきた言葉は「作って」。こっちは予想外だった。
全財産とフォレストバイパー討伐時に一緒に採取した素材も全部渡され、「足りなければ後で必ず払うから! それがダメならこの金額で作れる装備を!」ってしつこいのなんの。正直、かなりの大金だったので心は揺れたが、アレと同等のものを作るには全然足りない。
それ以前に、元が趣味と実益とノリで作った面白武器(非売品)だ。間違っても世には出せない。
押し問答の末、決め手になったのは、ヴァイスの「武器のことは誰にも言わないから」だった。
ああ、真面目なアンタのことだ、特に含むところのない素直な気持ちなんだろう……ただね、後ろに控えている誰かさんの目元口元が「断ったらばらすかも?」って言外に訴えていると感じたのは、俺の心が汚れているからでしょうかね?
結局押しきられた俺は、ミューラ、ヘルムート、アレックスの三人には、握りなどの微調整を施した現行品を売り渡し、残りのメンバーの分はまた後日、ということで製作依頼を受けた。
まあ、大量の素材と大金も手に入ったわけだし、なんの問題もない……はずだった。
ったくアイツら、最初は静かに待ってたくせに、最近になって催促というか、暇だから依頼を受けて森に繰り出したいとか、なぜか俺に絡むようになってきた。
いい加減鬱陶しいので「行けよ!」と言ったら、ガロンとヘルガによる愚痴の始まりである。だから俺に言うなよ!
そもそも、俺に有り金全部寄越した後に、冒険者ギルドでフォレストバイパー討伐と鉱山での報奨金を受け取っておきながら、一体どの口で金がないとほざくのか……うん、思い出したら殴りたくなってきた。
「まあまあ。みんな、シンを構いたくて仕方がないんですよ」
「はあ?」
アレックスさん、なんて物騒なこと言うんですか、アンタは?
「私たちは全員がBランク冒険者で結成されたパーティです。当然、この街の冒険者たちは私たちのランクに萎縮してあまり関わろうとしない。たまに来るのは、私たちの力を利用しようと考えてる不埒者くらいです」
自分たちが俺に武具をたかってきたのはどうなんだ? と聞くのは無粋か……まあ、一応は正式な取引だったしな。
「だけど、シンは笑ってしまうくらいに自然体で接してくれますからね。居心地がいいんですよ」
「そりゃあ俺は冒険者じゃないですからねえ」
「それに私たちの年齢は、ヘルガを除けば皆、シンより一〇以上年上です。年の離れた弟のような感覚なんですよ、それもとびきり出来の良い」
「………………………………」
あいにく、転生前の年齢と合算すれば、俺の方が年齢は上だ。ただ、精神年齢や感情は肉体年齢、いわば外見に引きずられる傾向にあるため、アレックスの言い分も間違いじゃあない。
逆に俺の方は、なまじ前世の認識がある分、彼らに同年代の気安さを感じて、波長が合っているのかもしれない……ん? これって、俺の方が失礼な若僧なんじゃありませんかね?
「いやいや、ぜひシンにはそのままでいて欲しいと思いますよ」
そういうものだろうか? 俺は前世の記憶を搾り出してみた……結論、人による。
とりあえず、褒められていると思っておこう。
会話が途切れた頃、それを待っていたように休憩中のアデリアが割り込んできた。
「師匠! 私たち、鎧ヤモリと今回の件で、Eランクに昇格したんです!!」
「ほう、そいつは大出世だな」
「その若さでEランクとは、将来が楽しみですね」
「エヘヘヘヘヘ」
俺からだけでなく、冒険者かつ神官としての大先輩からお褒めの言葉をいただいたアデリアは、喜びと照れくささで赤面しながらも、嬉しそうにはにかんでいる。
そういえば、結局師匠で定着してしまったな……フウ、まあいいか。
「――あら、アデリアだっけ? 昇格おめでとう。これは、師匠のシンとしてはご褒美に何かあげないといけないわよねえ、なにせ師匠なんだから」
フウッ――
「はにょにゅわぁ!!」
唐突に背後から耳に息を吹きかけられた俺は、自分でも驚くほどトンチキな声を上げてしまう。
振り向くと、おそらく現在この街において〝一番の美女〟であるミューラが、微笑みながら俺の両肩に手をかけて立っていた。
俺の売った二振りの小太刀をバツの字に背負い、今までのかさばるクロスボウではなく普通の弓を、それに重ねるように背中に装備している。
小太刀のサイズ的に、腰に差すとレンジャーの行動に支障が出るが、背負えば今度はクロスボウの収まりが悪いので仕方なく、ということらしい。
そんな、俺にとってどうでもいい情報を、あれから彼女は何度も何度も……何度も訴えていた。これはもう確実に『次』を狙っている。気をつけよう、主に色仕掛け的な方面で。
「ミューラ、イキナリ何を! っていうか、ご褒美ってなんだよ!?」
「あら、頑張った弟子に師匠が何か褒美を与えるのは、言わば世の常識でしょ?」
どこの並行世界の話だよ! いや、まあ、そうおかしな話でもないけど。
「……俺は、弟子という鉄は叩いて鍛える派だ」
「鍛えられた刀身には、それに見合った拵えが必要よねえ。出来が良ければなおのこと」
「ぐぬぬ……」
ぐうの音も出ませんわ……なんというか、こういう至極真っ当な問答については、俺の減らず口が完全に論破される人生しか見えてこない。
「へえへえ、考えておくよ……」
「ですって、良かったわねえ、冒険者にとって質の良い装備はなによりのご褒美よ」
くっ、装備に限定しおった。
「はい! ……プレゼントなんて私、今まで数えるほどしかもらったことがないから、とても嬉しいです。私の宝物がまた増えます!」
……重いわ!
お願いだから、そういう台詞をぶっこんでくるんじゃありません! そんなこと言われたら、適当なものでお茶を濁すこともできないだろ……ったく。
「はあ……まあ、ご期待に沿えるよう努力するから、楽しみにしてろ。で、この後も神殿で奉仕活動なんだろ? だったらコイツを舐めとけ」
「ハイ、ありがとうございます……あ、甘い。師匠、これは?」
「そいつは俺の作った特製の飴玉で、しいて名前をつけるなら『魔力飴』かな? 回復薬みたいに即効性はないが、体内に吸収されてジワジワ魔力を回復してくれる。回復量は、下級魔力回復薬の二倍ってとこだな」
「凄いんですね! ありがとうございました!」
神殿の中へ可愛らしく駆けていく後姿を眺めながら、渡された飴をなんの躊躇いもなく口に含むアデリアに一抹の不安を覚える。いくら俺から渡されたとはいえ、無防備すぎだろう。
――ポンポン。
「ん――?」
振り返るとそこには、良い笑顔のアレックスが……
「シン、今の話をもう少し詳しく教えていただけますか?」
「どうしてこう、この子は次から次へと面白いネタを提供してくれるのかしら?」
無防備だったのは俺の方でした……
最近俺の対人スキルが下がっているように感じるのは気のせいだろうか。
「……製法なら教えるから勘弁してくれない?」
「あら、聞き分けの良い子って好きよ」
「ハハハ、そりゃどうも……」
「この様子だと、もっと面白いものが隠れてそうねえ?」
……クソったれ。
「そういえば、ミューラはどうしてここへ?」
俺の顔から生気が抜けていくのを見かねたのか、アレックスが助け舟を出してくれた。ありがとうアレックス……飴ちゃんいるか?
「あら、すっかり忘れてたわ。シン、おじいちゃんが呼んでたわよ。話があるんですって」
「じいさまねえ……」
心当たりがありすぎて、正直どれの話だか見当がつかんな。
とはいえ、この状態から逃げられるならなんでも構わん!
「分かった、じいさまのとこへ行ってみるよ。あ、アレックスもほら、飴玉」
「おお、これはありがとうございます」
「そんじゃ――!」
「待ちなさいよシン。あなた、おじいちゃんが今どこにいるか知らないでしょ? 連れていってあげるわ」
逃げられませんでした……
ミューラに腕を組まれ、引きずられるようにその場を後にする途中、ヘンリエッタ目当てで神殿に来ていた野郎どもから嫉妬にまみれた視線をたくさんいただいた。クソ、こっちは付き纏われて困ってんだよ! 腕に当たる甘美な柔らかさを堪能するくらい許されてもいいだろ!
……ったく、それにしてもじいさまよ、今度は何事だ?
■
「――おう来たかシン、昼間っから美女を横に侍らせて良い身分じゃねえか?」
バラガの街の大通り。〝いつもの場所のいつもの屋台〟で串肉を売っていたじいさまは、シンを視界に捉えると、開口一番そう告げる。
「……ミューラさん?」
「あら、おじいちゃんがどこにいるか、シンが知らなかったのは事実でしょ? おじいちゃん、焼きたての美味しいとこ適当に見繕って」
ジト目で訴えるシンに、ミューラは何事もないかのように微笑み返す。
色々と諦めたシンは軽く溜め息を吐き、何も言わずに懐から銭袋を取り出した。
「はっ、お前ぇも美女には弱いクチか?」
「じいさま知らねえのか? 金払いの悪い男は女に一生愚痴られる運命なんだぞ」
「その若さでどんな人生勉強してきたんだ手前ぇは……ならコイツも覚えとけ、家庭に入った女は、自分の気に入らない金の使い方は全部無駄遣いだと言いやがるぜ」
男にとって生き辛い世の中である。
串肉を受け取ったシンは、話は後でと言わんばかりに無言で頬張る。まるで、先に話を聞くと飯が不味くなるとでも言いたげな態度だ。そして、彼の予想は正しかった。
「――シンよ。お前ぇ、ちいとばかし街から出とけ」
「唐突すぎる忠告ありがとよ……何があった?」
声のトーンを落としたじいさまの態度に、シンは眉を顰めて剣呑な目つきになる。
「なに、ちょいと上の連中が慌てやがったせいでな。軍が来るのよ」
チッ!
シンとじいさま、両者の口から舌打ちが漏れた。
――それは、ガリアラ鉱山の奥から魔物が出現した直後のこと。
魔物が坑道に現れた当初、街の上層部は多少の混乱を見せたものの、事態を楽観視していた。というのも、発生した魔物はゴブリンやコボルトなど、あくまで最低ランクの魔物に限定されていたからである。
問題は、数を考慮に入れていなかったことだった。
強力な魔物を討伐するために冒険者が徒党を組むように、圧倒的な数――それこそ数の暴力と評するに相応しい――の魔物の群れが、自分たちの優位性を如何なく発揮して坑道を蹂躙する。たちまち坑道の中は魔物で溢れかえり、やがては外に出てしまう。
不運なことにヴァイスたち――この魔物の群れに唯一対抗し得る戦力がバラガの街を離れていたこともあり、パニックを起こした上層部は、周辺国へ救援を要請したのである。
連絡用の魔道具によって、バラガの、そしてガリアラ鉱山の危機を知った各国の行動は、素早くもあり遅くもあった。
軍事の緩衝地域でもあるバラガ。そこへ大規模な国軍を送るのは、ともすれば軍事侵攻との誤解を招く恐れもある。そのため、派遣の規模については各国、慎重にならざるを得なかった。
周辺国は密に連絡を取り合い(腹を探り合い)、どの程度の派兵をするべきか協議を重ねていたところ、当のバラガから、魔物を退けたとの報が届く。しかし、出口を塞いだだけの一時凌ぎに過ぎないと知ると、再度協議を重ね、ようやく一応の合意を得る。
地上戦を想定した大規模派兵ではなく、坑道内へ侵入する地下探索の部隊を送ることで意見の一致を見た各国は、即座に精鋭部隊を編成、バラガへと派遣する――
「比較的近場のメルキス神聖王国に傭兵国家カドモス、ハルト王国からそれぞれ部隊が派遣されるらしい。アトワルド王国は最近帝国と揉めたせいで、こっちに手が回らねえみてえだな」
バラガの大事に何も行動を起こさない。理由がなんであれ、この時点でアトワルド王国のバラガにおける発言力は大幅に下がるだろう。さしずめ、外交的不戦敗といったところか。
「そんなわけで、三国からは地下へ突入する部隊が三〇名と地上からの支援に二〇名。総計一五〇名の大所帯がこの街にやってくるって話だ」
「各国の精鋭が三〇名ずつか、そりゃあ豪勢なことで。しかし、中立都市としての立場は問題ないのかよ?」
「大ありでぇ! ……とはいえ背に腹はかえらんねえ、街の自治に多少の影響はあるかもしれねえが、今は街の住民の安全が第一ってこった」
苦い顔のじいさまは、最後は搾りだすような声でそう呟くと、深く溜め息を吐く。
中立の立場を保ってきた都市の中に、少数とはいえ他国の軍隊が駐留するのである。自分の代ではなくとも、かつては都市代表を務めたじいさまだ。思うところもあるのだろう。
緩衝地域、中立地帯、この都市が今まで安全でいられたのは、あくまで各国それぞれの思惑と、ここを住処とする『魔竜』の存在のおかげであり、この街の努力によるものではなかった。自分たちでは何もしてこなかったツケが、今になって回ってきたのである。
「安全はタダじゃなかったってことだな」
「まったく、この年んなって思い知らされたぜ……まあその辺は仕方ねえ、問題は別にあんだよ」
「別?」
「わかんねえか? お前ぇだよ」
そう言ってじいさまは、きょとんとするシンに向かって指をビシリと突きつける。
三〇名からなる探索部隊、こちらは確実に各国の軍から選抜された騎士、兵士と、迷宮探索に長けた冒険者の混成集団だろう。特に問題はない。問題は後方支援の二〇名の方だった。
現地で冒険者を募るのを考慮に入れても多すぎる。街に残る二〇人は十中八九、密偵の類だ。さらには、表向きの任務が支援である以上、彼らは商人をはじめ、各種ギルドや施設など、どこにでも足を運び顔を出せる。そしてそこにいるであろう、街に潜伏している同志と情報のすり合わせを行うはずだ。
――そうなれば、シンの名前が挙がらないはずがない。シュガルの栽培にはじまり、魔物騒動の際に一躍話題となった〝復元薬〟。それに加えて、本人はどこのギルドにも属さない〝モグリ〟とくれば、国が囲い込もうと画策するのは必然。
「嬉しくないなあ……」
「そりゃあコッチも同感でえ。お前ぇは一緒にバカをやる分にゃあ面白れえが、機嫌を損ねていい相手じゃねえからな」
「はっはっは。じいさまよ、俺をなんだと思ってるんだ?」
「さてな……色んなヤツを見てきたワシでもお前ぇはよく分かんねえ。ただ、ひどく危ういモンだってのはイヤでも感じる――逆に聞きてえな、お前ぇ何モンだ?」
「腕の良い薬師だよ。ただ他にも特技があるってだけだ」
じいさまの、とても老人とは思えない、かつてバラガの頂点にいた男の鋭い眼差しを受けながら、それでもシンは事もなげに嘯く。
そんなシンの態度に、じいさまはかかと笑う。
「ああ、ワシやリオンにとっちゃあそれでいいやな。お前ぇは付き合い方さえ間違わなきゃあ楽しい相手だし、なにより損より得の方が遥かにデカイ。だけど、それが分かんねえバカはどこにでもいるもんだ」
まさについ最近、それを地で行くギルドと国家があったのだが、シンは既に気にしてはいない。
世界は広い。たかだか小国一つに睨まれようが、気に食わなければ国を出るだけの話だ。わざわざ正面きって対決など、労力に見合わないことはしようとも思わない。
むしろ散々嫌がらせをした後で一旦国を離れ、その傷が癒えた頃にまたフラッと現れる。そして再度嫌がらせをすると同時に、相手のプライドに小便を引っかける。そういった陰湿な嫌がらせの方が楽しいと考えている困った人物だった。
ただ、付き合わされる周りの人間は堪ったものではない。それも理解できるシンとしては、権力者とお近付きになるのはできればごめん被る、なのである。
「だから『ちいとばかし』って? どうせなら余所へ行けってことにはならないのか?」
「お前ぇにゃあ迷惑かもしんねえがな、長年生きてりゃイヤな予感ってえ不確かなモンを感じることが何度かある。今回もそんな感じがいつまでたっても離れやがらねえのさ。そんとき、お前ぇの手を借りる必要が出てくるかもしんなくてよ」
じいさまは今度は表情を暗くしながらそう呟く。
応援ありがとうございます!
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