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5章 イズナバール迷宮編
227話 決闘・中編
──決闘の2日前──
「──ユアン、どうせならもっと事態を面白くしてみない?」
「どういう事だ?」
リシェンヌの提案は、その超人薬を奪ってジンの逃げ道を無くしてしまおうというものだった。
使い魔が盗み見た光景から、例の秘薬が普段はルディの首から提げている革袋の中に収められているのは判っている、だったら決闘でその薬が使われないよう、自分たちの物にしてしまえばよいとリシェンヌはユアンに提案する。
「なるほど……だがそれだと、奪われたのを知ったアイツが決闘の場に出ない、なんて事になる可能性がないか?」
「決闘の事はもう町中に知れ回ってるわ、この状況で逃げるなんて無理でしょうね。それならむしろ、決闘の場で、なんとか命だけでも勘弁してもらうようお願いする方が傷は少ないでしょうね」
「ふむ……」
考える仕草をとるユアンだが、リシェンヌは知っている。このポーズを取る時のユアンは、すでに気持ちは決まっているのにもったいぶっているだけだという事を。
あと一押し、その言葉はリシェンヌ以外の口から飛び出した。
「……その薬を奪ってやれば、アイツに一泡どころか絶望させてやるんだろう? アタイがやってやるよ」
「マーニー!? モーラも!!」
気が付けば、モーラとマーニーが部屋から出てきてユアン達の会話を聞いていた。
「2人とも、大丈夫なのか?」
ユアンの気遣わしげな表情と言葉を受けることで、2人は自分たちがどんな目に遭ったのか、イヤでも再認識してしまう。
だからこそ2人は気丈な態度を取り、
「心配してくれてありがと。でも大丈夫さ、クズどもはユアンがみんな殺ってくれたからさ……残ってるのはあのガキ1人だよ」
「アイツを地べたに這わせて大勢の前で恥をかかせることが出来たら、また前みたいに笑えるようになると思う。だから……ね?」
その想いに答えるようにユアンは2人を抱きしめ、優しくキスをする。
そしてリシェンヌに向き直ると、
「どうすればいいと思う?」
ユアンの覚悟は決まっていた。その表情を見たリシェンヌは強く頷き、
「最悪なのはこっちの狙いがばれてしまう事ね──」
大まかな計画を話し始める。
超人薬を奪う際、最善は秘薬を奪い、ジン達がそれに気づかない事、最悪はこちらの狙いがばれた上に奪えなかった場合。たとえ向こうにばれたとしても、奪う事が出来ればその時点で作戦は成功だとリシェンヌは話す。
「ガキの胸元から薬をくすねる程度、アタイなら朝飯前だよ」
「腕が鈍るからって定期的にやってるものね」
「今はその話はいいだろ、モーラ! それより、アタイらはリーゼとユアンを除いてジン以外の誰とも面識は無いよね、それさえ何とか出来ればいいんだけど」
「あのリオンって女は相当の使い手よ、現場を押さえられる可能性があるから1人の時じゃないと厳しいわ」
使い魔を通じてリオンの戦いを見ているリシェンヌが気楽な口調のマーニーに釘を差す。
「とりあえず、明日は私が彼等の様子を見張っておくわ。一人になる事は無いかもしれないけど、少なくとも女戦士さえ近くにいなければ、変装でも何でもして近付く事は可能よね?」
「ああ、任せときな!」
「期待してるわ……ユアン、お膳立ては全て私達で済ませておくから、貴方はみんなの前でその強さを証明してあげて。ああ、彼は殺しちゃダメよ」
リシェンヌの言葉を聞いたユアンは、最初は笑顔で、しかし最後の言葉で不満そうな表情を浮かべる。
そんなユアンの頬を撫でながらリシェンヌは耳元に口を寄せ、囁く。
「命を取らない交換条件としてこんなのはどう? リオン、彼女に私達のパーティに入って迷宮攻略を手伝ってもらうの。もちろんこの町にいる間だけの条件付きだけど、その間に彼女が心変わりする事は充分に考えられるわよね」
その魅力的な提案に、元よりそのつもりでジンを罠に嵌めようとしていたモーラとマーニーは、幾分嗜虐的な成分を含んだ笑みを浮かべて頷く。
ユアンは、バラ色の未来予想図に昂りが抑えきれず、密着しているリシェンヌをそのまま抱きしめ、その唇を貪る。
ユアン達4人が、そんな暗い欲望に心を馳せる中、リーゼだけは疎外感を感じながら、それでも自分には何も出来ない、ユアンを止める事も、ジン達に警告する事も。
せめて、ただの傍観者になって責任から回避する事だけが、彼女にとって唯一の選択だった──。
そして翌日──
「どうだった?」
路地裏で待っていたリシェンヌは合流した2人位向かって声をかけると、マーニーは指に挟んだ2本の薬瓶を自慢げに見せ、
「完璧♪ 簡単すぎて逆に怖いくらいだね」
「無用心にも1人で出歩いていたからね、楽な仕事だったわ」
渡された薬をしげしげと見つめるリシェンヌは鑑定スキルを持っていない。しかし、あの時ジンが使っていた虹色に輝く薬とコレが同一の物だと納得すると、急いでユアンに渡すべく、足早にこの場を後にする。
──しかし、この時点でジン、そしてユアンのどちらも重大なミスをしていた事にまだ誰も気付かない。
──────────────
──────────────
驚愕するジンの顔を見て笑っているマーニーから2本の薬瓶を受け取ったユアンは、
「いい顔するじゃねえか。そう、その顔が見たかった」
薬瓶──超人薬を手の中で弄ぶユアンを厳しい表情で睨み付けるジンは、作戦に綻びが生じた事を察し、薬瓶を破壊しようと指弾を連射する。
「おっと──」
薬瓶を掴んだユアンは、余裕を持って礫の軌道から薬瓶を退避させる。
ダッ──!!
それを待っていたかのようにジンはユアンの懐まで一瞬で踏み込むと、薬を握るユアンの拳に掌底を見舞う。
ドゴッ──!!
「がふっ!!」
しかし攻撃は空を切り、逆にカウンターで出された膝を腹に受けたジンは後ろに吹き飛ばされて腹を押さえながらその場に膝をつく。
「はっ、焦って動きが単調になってるぜ?」
「ぐ……返……せ」
「何のことだ? コイツは俺のとっておきの秘薬、その名も超人薬。なんと、全ての能力が5分の間3倍になるとんでもねえ代物さ!」
ザワッ──!!
ユアンの言葉を聞いた周囲の人間が驚きに目を見張る。
能力3倍──その言葉が意味するものを理解した者は、誰もがユアンを凝視する。
──まさか飲むのか?──
基本レベル163の超級の戦士が3倍の力を発揮する、いくらその手に剣が無いとは言え、その力で殴られでもしたら堪まったものではないだろう。
イヤ、むしろ剣を持っていた方がジンにとっては幸いだったかもしれない。もしも剣での攻撃ならば一撃で死ぬことが出来ただろう。
超人薬によって、文字通り超人となったユアンにジンが撲殺される光景を思い浮かべた観衆は、いくらそれを見に来たとはいえ口の中に酸っぱい物がこみ上げてくるのを感じた。
そしてユアンの言葉を聞いたジンは、一瞬呆けた様子を見せ、そこからまた悔しそうに顔を歪めて毒づく。
「くそ……くそっ!!」
「ジン!!」
ルディが声を上げる中、側にいたリオンは鎧姿のまま黙して語らず、エルは顔を青ざめさせて今にも倒れそうだ。
そんな様子を眺めたユアンは、
「ジン、手前が負けを認めるってんなら命までは勘弁してやってもいいぜ。ただし、条件は出させてもらうがな」
「──!?」
ガバッ──!!
地面に蹲るジンは顔を上げると、希望に満ちた目でユアンの目を見ると、
「ほ、ホントに……?」
媚びた口調に薄ら笑いを浮かべたジンを嘲るように見下ろすユアンは、
「ああ……ただその前に、手前には痛い目にあって貰うけどな」
ユアンは、ジンの目の前まで近付くと、見せ付けるように薬瓶の封を開け、中身を口に含むと、もう一本をマーニーに投げて寄越す。
そして──、
「ムン──!?」
ユアンの目が大きく開かれたと思うと、
「アハハハハハハハ、なるほど、コイツは確かに超人だ! 身体に力が漲るのを、周りの世界が遅くなるのを感じるぜ!!」
哄笑するユアンは足元のジンに目をやると、目障りなゴミを思い切り蹴飛ばそうと足を振り上げ、勢いよく振り下ろす。
────バゴォ!!
およそ人体から発せられるものとは思えない轟音を響かせ、ジンの体は真っ直ぐ群集に向かって飛んで行く。
「うわぁぁぁぁ!!」
とんだとばっちりを受けた観衆は、その場でジンの身体をその身で受け止め、ダメージを和らげる肉のクッション代わりに使われる。
「ぐうっ!?」
そしてユアンも、蹴った自分の足を見ながら苦悶の表情を浮かべる。
ユアンの足は、防具の金属部分が大きく凹んでしまい、本来身を守るはずのそれが逆に自身の足を圧迫していた。
それは、ジンが咄嗟に腹部を手甲でブロックした事もあるが、ユアンの3倍の脚力が生み出す破壊力に鎧が耐え切れないことの証でもあった。
そして、耐え切れないのは鎧だけではなく、
「ちっ──ヒビが入ったか、こりゃあ」
筋力は3倍になりはしたが、骨の強度まで3倍に強化されることは無かった。
「……っつつつ。バカ野郎が、考え無しに全力なんぞ出しやがるから……」
倒れた群集の間からヨロヨロと立ち上がったジンは、両手をダランとさせたままフラフラとユアンのいる場所へ歩いてゆく。こちらの両腕は防具のおかげで折れてはいないようだが、蹴りの衝撃で痺れているようだ。
「ジン……てめえ……」
「ハッ、少しは考えろよ、3倍の力で蹴りゃあ、そりゃ反動も3倍になるに決まってんだろ……なんにしても、その足じゃあ全力は出せそうにねえな、ヒビくらい入っただろ?」
「くそったれが……手前、だから剣を!?」
「ほう、3倍バカになった頭でも気付いたか。バカなりに頑張って考えたようだな、褒めてやるぜ、バカ♪」
笑うジンの顔を見ながらユアンは、犬歯をむき出しにしながら怒りの表情を浮かべる。
ユアンは右足を圧迫する防具を無理矢理剥ぎ取ると、少しだけ足をヒョコヒョコさせながらジンに向かって走り出す。
しかしジンは、
「はい、残念」
肩当ての内側から取り出した体力回復薬と加速剤を飲み、ユアンの突進を軽々とかわす。
ユアンは、すり抜けざまにヘラヘラと笑いながら挑発するジンに更に怒りをつのらせ、
「リーゼ! 回復魔法を俺にかけろ、早く!!」
「え? ──ユアン、でも」
「最初の取り決めだ、武器とアイテム以外のサポートはルール違反じゃねえんだよ!!」
そう叫ぶユアンにあっ、と虚をつかれて呆ける観衆だが、それを聞いてもニヤニヤと笑ったままのジンに薬の影響で凶暴性の増したユアンは更に叫ぶ。
「いいから、さっさと魔法をかけろリーゼ! 俺の役に立たねえテメエがここにいる意味があんのか!!」
「ユアン……」
ユアンの言葉に悲しそうな表情を浮かべるリーゼは、それでもその言葉に従いユアンに回復魔法をかけようと呪文を唱える。
…………………………………………。
「………………え?」
「早くしろ!!」
「もう唱えてるわ! それなのに……発動しないの!!」
「なん……だと……? 嘘付くんじゃねえ!!」
「嘘じゃない!!」
ユアンの怒声に泣きそうになるリーゼは、それから何度も魔法を試みるが一度も発動する事は無かった。
「なんで……?」
「クソッ、クソクソクソ──!!」
毒づきながらもユアンは痛みを堪えながらジンを追うが、加速剤で加速したジンをどうしても捕らえきれない。
……しかし、2分が経過して薬の効果が切れて目に見えて失速したジンに、そのチャンスを逃さないとばかりに飛び込むようにダッシュしたユアンは、ようやくジンの肩を捕まえると、そのまま抱きしめながら鯖折りに入る。
「むぐぐぐぐぐ……」
「ようやく捕まえたぜ。これなら反動も関係ねえ、残り3分弱、ゆっくり絞め殺してやるよ」
狂気を帯びたユアンの目を真正面から見返しながら、
「ああ……そいつは無理だな」
チクリ──
「なに? ──あがあっ!?」
首筋に刺す様な痛みを感じたユアンは、そのまま身体を限界まで反り返らせると、その場でのた打ち回ると、バタつかせる手足が力一杯地面を叩き、鈍い音を立てながら拳や踵の骨が砕ける。
そして1分後──
「あああああああああ!!」
首から下が動かなくなったユアンは、未だ消えない痛みに耐えかね、力の限り叫ぶしか出来なかった。
「──ああ、馬鹿で阿呆の悲鳴はいつ聞いても心地が良いもんだ。そう思わないか、ユアン?」
ジンはユアンに向かって、笑顔でそう問いかけた。
「──ユアン、どうせならもっと事態を面白くしてみない?」
「どういう事だ?」
リシェンヌの提案は、その超人薬を奪ってジンの逃げ道を無くしてしまおうというものだった。
使い魔が盗み見た光景から、例の秘薬が普段はルディの首から提げている革袋の中に収められているのは判っている、だったら決闘でその薬が使われないよう、自分たちの物にしてしまえばよいとリシェンヌはユアンに提案する。
「なるほど……だがそれだと、奪われたのを知ったアイツが決闘の場に出ない、なんて事になる可能性がないか?」
「決闘の事はもう町中に知れ回ってるわ、この状況で逃げるなんて無理でしょうね。それならむしろ、決闘の場で、なんとか命だけでも勘弁してもらうようお願いする方が傷は少ないでしょうね」
「ふむ……」
考える仕草をとるユアンだが、リシェンヌは知っている。このポーズを取る時のユアンは、すでに気持ちは決まっているのにもったいぶっているだけだという事を。
あと一押し、その言葉はリシェンヌ以外の口から飛び出した。
「……その薬を奪ってやれば、アイツに一泡どころか絶望させてやるんだろう? アタイがやってやるよ」
「マーニー!? モーラも!!」
気が付けば、モーラとマーニーが部屋から出てきてユアン達の会話を聞いていた。
「2人とも、大丈夫なのか?」
ユアンの気遣わしげな表情と言葉を受けることで、2人は自分たちがどんな目に遭ったのか、イヤでも再認識してしまう。
だからこそ2人は気丈な態度を取り、
「心配してくれてありがと。でも大丈夫さ、クズどもはユアンがみんな殺ってくれたからさ……残ってるのはあのガキ1人だよ」
「アイツを地べたに這わせて大勢の前で恥をかかせることが出来たら、また前みたいに笑えるようになると思う。だから……ね?」
その想いに答えるようにユアンは2人を抱きしめ、優しくキスをする。
そしてリシェンヌに向き直ると、
「どうすればいいと思う?」
ユアンの覚悟は決まっていた。その表情を見たリシェンヌは強く頷き、
「最悪なのはこっちの狙いがばれてしまう事ね──」
大まかな計画を話し始める。
超人薬を奪う際、最善は秘薬を奪い、ジン達がそれに気づかない事、最悪はこちらの狙いがばれた上に奪えなかった場合。たとえ向こうにばれたとしても、奪う事が出来ればその時点で作戦は成功だとリシェンヌは話す。
「ガキの胸元から薬をくすねる程度、アタイなら朝飯前だよ」
「腕が鈍るからって定期的にやってるものね」
「今はその話はいいだろ、モーラ! それより、アタイらはリーゼとユアンを除いてジン以外の誰とも面識は無いよね、それさえ何とか出来ればいいんだけど」
「あのリオンって女は相当の使い手よ、現場を押さえられる可能性があるから1人の時じゃないと厳しいわ」
使い魔を通じてリオンの戦いを見ているリシェンヌが気楽な口調のマーニーに釘を差す。
「とりあえず、明日は私が彼等の様子を見張っておくわ。一人になる事は無いかもしれないけど、少なくとも女戦士さえ近くにいなければ、変装でも何でもして近付く事は可能よね?」
「ああ、任せときな!」
「期待してるわ……ユアン、お膳立ては全て私達で済ませておくから、貴方はみんなの前でその強さを証明してあげて。ああ、彼は殺しちゃダメよ」
リシェンヌの言葉を聞いたユアンは、最初は笑顔で、しかし最後の言葉で不満そうな表情を浮かべる。
そんなユアンの頬を撫でながらリシェンヌは耳元に口を寄せ、囁く。
「命を取らない交換条件としてこんなのはどう? リオン、彼女に私達のパーティに入って迷宮攻略を手伝ってもらうの。もちろんこの町にいる間だけの条件付きだけど、その間に彼女が心変わりする事は充分に考えられるわよね」
その魅力的な提案に、元よりそのつもりでジンを罠に嵌めようとしていたモーラとマーニーは、幾分嗜虐的な成分を含んだ笑みを浮かべて頷く。
ユアンは、バラ色の未来予想図に昂りが抑えきれず、密着しているリシェンヌをそのまま抱きしめ、その唇を貪る。
ユアン達4人が、そんな暗い欲望に心を馳せる中、リーゼだけは疎外感を感じながら、それでも自分には何も出来ない、ユアンを止める事も、ジン達に警告する事も。
せめて、ただの傍観者になって責任から回避する事だけが、彼女にとって唯一の選択だった──。
そして翌日──
「どうだった?」
路地裏で待っていたリシェンヌは合流した2人位向かって声をかけると、マーニーは指に挟んだ2本の薬瓶を自慢げに見せ、
「完璧♪ 簡単すぎて逆に怖いくらいだね」
「無用心にも1人で出歩いていたからね、楽な仕事だったわ」
渡された薬をしげしげと見つめるリシェンヌは鑑定スキルを持っていない。しかし、あの時ジンが使っていた虹色に輝く薬とコレが同一の物だと納得すると、急いでユアンに渡すべく、足早にこの場を後にする。
──しかし、この時点でジン、そしてユアンのどちらも重大なミスをしていた事にまだ誰も気付かない。
──────────────
──────────────
驚愕するジンの顔を見て笑っているマーニーから2本の薬瓶を受け取ったユアンは、
「いい顔するじゃねえか。そう、その顔が見たかった」
薬瓶──超人薬を手の中で弄ぶユアンを厳しい表情で睨み付けるジンは、作戦に綻びが生じた事を察し、薬瓶を破壊しようと指弾を連射する。
「おっと──」
薬瓶を掴んだユアンは、余裕を持って礫の軌道から薬瓶を退避させる。
ダッ──!!
それを待っていたかのようにジンはユアンの懐まで一瞬で踏み込むと、薬を握るユアンの拳に掌底を見舞う。
ドゴッ──!!
「がふっ!!」
しかし攻撃は空を切り、逆にカウンターで出された膝を腹に受けたジンは後ろに吹き飛ばされて腹を押さえながらその場に膝をつく。
「はっ、焦って動きが単調になってるぜ?」
「ぐ……返……せ」
「何のことだ? コイツは俺のとっておきの秘薬、その名も超人薬。なんと、全ての能力が5分の間3倍になるとんでもねえ代物さ!」
ザワッ──!!
ユアンの言葉を聞いた周囲の人間が驚きに目を見張る。
能力3倍──その言葉が意味するものを理解した者は、誰もがユアンを凝視する。
──まさか飲むのか?──
基本レベル163の超級の戦士が3倍の力を発揮する、いくらその手に剣が無いとは言え、その力で殴られでもしたら堪まったものではないだろう。
イヤ、むしろ剣を持っていた方がジンにとっては幸いだったかもしれない。もしも剣での攻撃ならば一撃で死ぬことが出来ただろう。
超人薬によって、文字通り超人となったユアンにジンが撲殺される光景を思い浮かべた観衆は、いくらそれを見に来たとはいえ口の中に酸っぱい物がこみ上げてくるのを感じた。
そしてユアンの言葉を聞いたジンは、一瞬呆けた様子を見せ、そこからまた悔しそうに顔を歪めて毒づく。
「くそ……くそっ!!」
「ジン!!」
ルディが声を上げる中、側にいたリオンは鎧姿のまま黙して語らず、エルは顔を青ざめさせて今にも倒れそうだ。
そんな様子を眺めたユアンは、
「ジン、手前が負けを認めるってんなら命までは勘弁してやってもいいぜ。ただし、条件は出させてもらうがな」
「──!?」
ガバッ──!!
地面に蹲るジンは顔を上げると、希望に満ちた目でユアンの目を見ると、
「ほ、ホントに……?」
媚びた口調に薄ら笑いを浮かべたジンを嘲るように見下ろすユアンは、
「ああ……ただその前に、手前には痛い目にあって貰うけどな」
ユアンは、ジンの目の前まで近付くと、見せ付けるように薬瓶の封を開け、中身を口に含むと、もう一本をマーニーに投げて寄越す。
そして──、
「ムン──!?」
ユアンの目が大きく開かれたと思うと、
「アハハハハハハハ、なるほど、コイツは確かに超人だ! 身体に力が漲るのを、周りの世界が遅くなるのを感じるぜ!!」
哄笑するユアンは足元のジンに目をやると、目障りなゴミを思い切り蹴飛ばそうと足を振り上げ、勢いよく振り下ろす。
────バゴォ!!
およそ人体から発せられるものとは思えない轟音を響かせ、ジンの体は真っ直ぐ群集に向かって飛んで行く。
「うわぁぁぁぁ!!」
とんだとばっちりを受けた観衆は、その場でジンの身体をその身で受け止め、ダメージを和らげる肉のクッション代わりに使われる。
「ぐうっ!?」
そしてユアンも、蹴った自分の足を見ながら苦悶の表情を浮かべる。
ユアンの足は、防具の金属部分が大きく凹んでしまい、本来身を守るはずのそれが逆に自身の足を圧迫していた。
それは、ジンが咄嗟に腹部を手甲でブロックした事もあるが、ユアンの3倍の脚力が生み出す破壊力に鎧が耐え切れないことの証でもあった。
そして、耐え切れないのは鎧だけではなく、
「ちっ──ヒビが入ったか、こりゃあ」
筋力は3倍になりはしたが、骨の強度まで3倍に強化されることは無かった。
「……っつつつ。バカ野郎が、考え無しに全力なんぞ出しやがるから……」
倒れた群集の間からヨロヨロと立ち上がったジンは、両手をダランとさせたままフラフラとユアンのいる場所へ歩いてゆく。こちらの両腕は防具のおかげで折れてはいないようだが、蹴りの衝撃で痺れているようだ。
「ジン……てめえ……」
「ハッ、少しは考えろよ、3倍の力で蹴りゃあ、そりゃ反動も3倍になるに決まってんだろ……なんにしても、その足じゃあ全力は出せそうにねえな、ヒビくらい入っただろ?」
「くそったれが……手前、だから剣を!?」
「ほう、3倍バカになった頭でも気付いたか。バカなりに頑張って考えたようだな、褒めてやるぜ、バカ♪」
笑うジンの顔を見ながらユアンは、犬歯をむき出しにしながら怒りの表情を浮かべる。
ユアンは右足を圧迫する防具を無理矢理剥ぎ取ると、少しだけ足をヒョコヒョコさせながらジンに向かって走り出す。
しかしジンは、
「はい、残念」
肩当ての内側から取り出した体力回復薬と加速剤を飲み、ユアンの突進を軽々とかわす。
ユアンは、すり抜けざまにヘラヘラと笑いながら挑発するジンに更に怒りをつのらせ、
「リーゼ! 回復魔法を俺にかけろ、早く!!」
「え? ──ユアン、でも」
「最初の取り決めだ、武器とアイテム以外のサポートはルール違反じゃねえんだよ!!」
そう叫ぶユアンにあっ、と虚をつかれて呆ける観衆だが、それを聞いてもニヤニヤと笑ったままのジンに薬の影響で凶暴性の増したユアンは更に叫ぶ。
「いいから、さっさと魔法をかけろリーゼ! 俺の役に立たねえテメエがここにいる意味があんのか!!」
「ユアン……」
ユアンの言葉に悲しそうな表情を浮かべるリーゼは、それでもその言葉に従いユアンに回復魔法をかけようと呪文を唱える。
…………………………………………。
「………………え?」
「早くしろ!!」
「もう唱えてるわ! それなのに……発動しないの!!」
「なん……だと……? 嘘付くんじゃねえ!!」
「嘘じゃない!!」
ユアンの怒声に泣きそうになるリーゼは、それから何度も魔法を試みるが一度も発動する事は無かった。
「なんで……?」
「クソッ、クソクソクソ──!!」
毒づきながらもユアンは痛みを堪えながらジンを追うが、加速剤で加速したジンをどうしても捕らえきれない。
……しかし、2分が経過して薬の効果が切れて目に見えて失速したジンに、そのチャンスを逃さないとばかりに飛び込むようにダッシュしたユアンは、ようやくジンの肩を捕まえると、そのまま抱きしめながら鯖折りに入る。
「むぐぐぐぐぐ……」
「ようやく捕まえたぜ。これなら反動も関係ねえ、残り3分弱、ゆっくり絞め殺してやるよ」
狂気を帯びたユアンの目を真正面から見返しながら、
「ああ……そいつは無理だな」
チクリ──
「なに? ──あがあっ!?」
首筋に刺す様な痛みを感じたユアンは、そのまま身体を限界まで反り返らせると、その場でのた打ち回ると、バタつかせる手足が力一杯地面を叩き、鈍い音を立てながら拳や踵の骨が砕ける。
そして1分後──
「あああああああああ!!」
首から下が動かなくなったユアンは、未だ消えない痛みに耐えかね、力の限り叫ぶしか出来なかった。
「──ああ、馬鹿で阿呆の悲鳴はいつ聞いても心地が良いもんだ。そう思わないか、ユアン?」
ジンはユアンに向かって、笑顔でそう問いかけた。
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とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。