転生薬師は異世界を巡る(旧題:転生者は異世界を巡る)

山川イブキ(nobuyukisan)

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5章 イズナバール迷宮編

241話 降伏

「……さて、全員武装解除していただけますか? ああ鎧の類は構いません、武器だけで結構」

 ジンの言葉にその場で降伏の意を示した十数名は素直に従い、丈夫な麻袋の中に剣や杖、魔法の増幅体など補助具も全て放り投げる。
 その態度に満足したジンは、その中から魔道士2人を指名し、

「そこの2人はジェリクさん達と一緒に上の階層で逃げ遅れたウチの負傷者を回収、その後は一緒に上で待機しててもらえますか? ああ、杖も指輪も持ち出して構いませんよ」
「……既に死んでいるとか、反撃するとかは考えていないのか?」
「え? するんですか?」

 ジンが心底驚いたような、しかし若干楽しそうな表情を浮かべてその2人を見返すと、2人の魔道士は触れてはいけない竜の尾を踏みつけたような、死神に両手を強くつかまれたような、そんな光景が脳裏によぎる。
 2人には反抗するつもりなど端からなく、むしろ無用心ではないかと苦言のつもりで発した言葉だったが、全くの杞憂である事に今更ながらに気づく。

「ジェリクさん、そちらはお任せするのでよろしくお願いします」
「ああ、任せておけ」

 回復薬の詰まった袋をジンから受け取ると、ジェリクは仲間と2人を伴って上の階層に戻る、残ったのはルフトとジンだけだった。

「そういえばジン、仲間が戻って来る前に罠を解除しておかねばならんが、発動していない仕掛けは幾つあるのだ?」
「幾つも何も、俺が仕掛けたのはそこの槍に引っ掛かり易く細工を施しただけで、他には罠なんか張っちゃいませんよ?」
「……よくそれで自信満々に振舞えるな」

 ルフトの呟きは2人の前で武装解除をした彼等も同様であるが、彼等の顔に苦い表情は浮かんでおらず、むしろ目の前の男にまんまとしてやられた、そんな気分が伺える。
 彼らにとってみれば、私怨の延長と本国の無理な命令によって自分達の意思を無視した形での合同部隊であり、忠誠心の高い一部の者以外はモチベーションなど上がるはずもない、いっそ派手に負けて「異種混合」ひいてはライゼンが1枚も2枚も上手だったとした方がありがたいと思っている者も少なくなく、最後尾で事なきを得た彼等はまさにそういった連中だった。
 しかし、

 ────────!!

「──え?」

 一瞬彼等の眼前を風が吹いたかと思うと、

「え? あ────ああああああ!?」

 1人の男が喉から盛大に血を噴出し、そのまま後ろに倒れこむ。

「何が!?」

 見ればジンの右手にはいつの間にか蛮刀が握られており、状況から推察するに、彼の仕業に間違いは無かった。
 推察──この場の誰もジンがいつその手に剣を持ち、男の喉笛を切り裂いたのかを見た者は居ない、ただ、この場に刃物を手にしているのがジン1人だけ、それだけが根拠のじつに乏しい推理でしかない。
 しかもジンの持つ蛮刀は、その刃に血も付いていなければ油にも濡れていない、なにをもってそれ・・を凶器と断定するというのか。
 だがもし、推測どおり今のそれをジンが行ったのだとすれば……

 基本レベル63、わざわざ探索者登録に自分の強さを過少申告するものは居ない。過大に申告して目をつけられるよりも侮られて揉め事に巻き込まれる方が回数は多いうえ、仮にそこで強さを見せ付けてしまえば過少申告の意味が無くなる。探索者であれ冒険者であれ、申告した強さ通りの振る舞いをしていなければその意味を失うのだから。
 目の前の男はこれまで、確かに申告通りの振る舞いをしてきた。新参者らしく立場を弁え、低レベルらしく低姿勢に振る舞い、ユアンと決闘をした時も、薬と道具と搦め手で立ち回っていた。鑑定持ちの仲間もジンのレベルを63だと判定した。

 ──だがそれら全てが欺瞞であったとすれば?

 ──鑑定スキルすら騙す擬装能力の持ち主であったとすれば?

 ジンは血の気の引いた彼等の横をすり抜け、倒れた男の腰元から隠しナイフを取り出すと、

「武装解除と言ったのが聞こえていなかったんでしょうかねえ、この人?」

 にこやかに笑ってそう話す。
 迷宮においては探索者と呼ばれ在野においては冒険者と呼ばれる。国元に戻れば騎士の地位を持つ者もいるが、彼等に共通する事は強い事、それはそこまでの高みに至るまで生き延びる事ができたという事である。
 彼等は伝聞よりも自分の目で見た事実を優先する、レベル63という情報と目の前のジンの異常さ、どちらを重要視するかと問われれば全員が後者を選ぶだろう。
 人間は圧倒的な強者に対して恐れ、そして同時に畏怖する。だが理解できないものに対しては恐怖、そして生理的な嫌悪感を抱く。
 彼らにとってジンは正に理解の埒外らちがい触れ得ざる者アンタッチャブルであった。

 ジンはその後、槍の飛び出すトラップエリアにロープを投げてそれを握り返した者だけを回収、計15人の重傷者を横に並べ降伏勧告を行う。
 一も二もなく無く頷いた者には回復薬を与え、無言の者および反抗的な態度を見せる者には手足を縛った後に最低限傷口だけを塞ぐ程度の効果を持った薬を飲ませる。
 ジンは3国合同の探索者たちに向かって話し出す。

「で、こちらの要望としては今後一切俺達の邪魔をして欲しくないんですが……さてどうします?」
「……我等がそれを決める立場に無いのは判っているだろう?」
「それならご安心を、全ての責任はコレ・・に取らせれば済む事です」

 ジンの指差す先にはユアンとその仲間が、未だ傷口から血を流したまま横たわっている。

 ──ユアンが率いた3国合同部隊は異種混合──ライゼンの奸計に嵌まり、事前情報の無い階層におびき出されたあげく、仇敵ジンの挑発に乗ったユアンの暴走が罠の誘発を誘い結果惨敗、部隊はその数を半数にまで減らし迷宮から脱出する事すら困難な状況に陥る。
 彼等はこのまま迷宮内に屍を晒すくらいならせめて敗北の報をし、国元の主人に罵倒され、叱責を受ける為に、恥を忍んで異種混合と取引をする。
 1ヶ月迷宮最下層への立ち入り禁止、およびその間は異種混合の活動に対して一切の妨害をしない──その旨を誓約した3国合同部隊は異種混合の温情により無事地上へと帰参する──

「──とまあ、こんな感じで」
「我等、それも本国に対して何も要求しないのか?」
「要求といわれましてもねえ……上の階層で負傷者は出たようですが幸い死には至っていないようですし、そうなるとこちらに損害は無い・・・・・もので」

 ジンの言葉は酷く彼等の胸中を抉る。
 今回の件で異種混合が受けた被害と言えば、数名の負傷者といくつか物資がダメになったかもしれない、というもの。
 対して彼等は、各コミュニティのトップメンバー及び本国より送り込まれた精鋭部隊のおよそ半数が死亡、生き残った者も既に戦意を喪失している。
 完全な敗北だった。

「それに、下手に賠償などを求めれば最悪、戦争に発展しますよ?」

 本国とて、この件を外に大声で喧伝する訳にもいかない、本来は4国での競争だったものを、独走するライゼンを残りの3国が共謀して妨害に走り返り討ちにあった、などと外聞の悪い事甚だしい、それならばユアンという此度の騒動における異物・・に全ての責任をかぶせてしまえばいい、となるだろう。
 その時、ライゼンが3国に対して何かを要求しようものなら今度はそこで国家間の関係がこじれる。どの国も今回の件はあくまでユアンの暴走が招いたことであり、全ては現地の者達が後腐れのないよう丸く収めた、という話にもっていきたいはずだ。
 本国から派遣されてきた部隊のリーダーらしき男は無言で頷く。
 となれば問題はユアン達の処遇になるのだが、

「彼等に関しては俺の好きにさせて貰ってもいいですかね?」

 ジンの言葉に異を唱えるものは居なかった。


──────────────
──────────────


 ジンとルフトは3国合同部隊の生き残りを見送った後、

「──これで1ヶ月以内にイズナバールを攻略できれば完璧、と言いたい所だが」
「好事魔多し、チャンスの時こそ足元を救われないようにしませんとねえ」

 ジンは地面に横たわるユアン達を見下ろし、

「リシェンヌさん、もしかして俺の言葉は難しくて理解できませんでしたか? そこのバカには理解できないのは想定内でしたが」
「……言い訳は……しないわ」
「モーラさんは……まあどうでもいいか。で、ユアン、何しに俺の前に顔を出した、またあの薬を飲ませて欲しいのか? まさか人前で糞を漏らす快感に目覚めたんじゃねえだろうな? 困るぜ、俺はお前の性癖に付き合うほど暇じゃねえんだよ……」

 ブフォッ──!!

 心の底からウンザリするようなジンの言葉に、後ろで聞いていたルフトは思わず噴出す。
 ユアンは顔を真っ赤にしてジンを睨みつけるが、怒りで全身に力が入ったせいで余計に血が噴出し、直ぐに顔色が青くなる。

「赤くなったり青くなったり忙しいなお前、剣を振るうより大道芸で食っていく方が向いてるんじゃねえの?」
「うる……せえ……それより……かえ、せ」

 顔色の悪くなったユアンは、それでもジンに向かって憎悪の視線を止める気配は無く、さらに要求までしてくる。

「返せ? 何を?」

 首を傾げるジンは胸元から細い木片を取り出しペン回しの要領でクルクルと弄ぶ。

「────!!」

 木片を食い入るように見つめるユアンに対し、ジンは

「どこまでも救い様の無いクズが……ったく、ティアに頼まれて無けりゃあさっさと地獄を見せてやるのに」

 苦々しい顔で呟くジンの声を聞いたルフトは、あえて聞こえないフリを続けた。
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