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5章 イズナバール迷宮編
243話 悪夢
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「………………………………」
イズナバール迷宮44層と45層を繋ぐ通路で野営を行う集団がある。
男7人、女2人の探索者と見られる者達は目に見えて疲労しており、およそ覇気というものが感じられない。
幾ら安全地帯である階層間の通路とはいえ、見張りも立てず手足をダランと投げ出す様は、およそリトルフィンガーのトップを張る者達とは思えなかった。
──彼等はジンの攻撃によって46層に落とされた3国合同部隊の生き残りであった。
そしてその中にはリーゼとマーニーの姿もあり、2人で寄り添うように地面に横たわっている。
46層に落とされた彼等は、金属鎧を着ていたものは落下の衝撃で鎧が大きく歪み、そのせいで胸を圧迫されそのまま死に、それ以外の者も、防具を失った状態で魔物に襲われ命を落としていた。
生き残ったのは比較的身軽な装備に身を包んでいた者ばかりで、その中でも治癒魔法の使い手であり、魔法で水を生み出せるリーゼの存在が彼等の命を繋いだと言ってもよい。
暴力によって無理やり従わされていた彼等であれば、本音の部分ではこの場で彼女達にその報いと自分達のウサ晴らしの相手にされてしまう所であったが、治癒と水魔法、この2つのカードを持つリーゼのおかげで2人は慰み者になる運命から逃れ、自分たちも地上に戻るための戦力を確保できたのというは不幸中の幸いだった。
とはいえ、補給を断たれた状態での脱出行は心身ともに疲弊させ、彼等は限界寸前と言っても良かった。
「……リーゼ、起きてる?」
「どうしたの、マーニー?」
マーニーの声は、少し離れた場所で休息を取っている男達には聞こえないほど小さく、そして弱々しくリーゼの耳に届く。
「みんな、生きてるよね?」
「……多分」
「多分ってなんだよ!?」
「それは……マーニーだって分かってるでしょ?」
迷宮内では死体は残らない。
迷宮内で命を落とした探索者は、魔物に食われる者もいるが大半は迷宮に取り込まれ、その後発見される事は無い。
食い散らかされた残骸も、放置された装備や道具も、気が付けばその場から姿を消し迷宮生物の滋養となる。
人間、そして獣人亜人、それら体内に魔石を持たない生命は迷宮生物にとって自己では精製しえぬ貴重な成分であり、これを手に入れるため、ソレは迷宮を作り出しているといっても良い。
45層に戻った彼等が見たものは何事も無かった空間、かろうじて床の一部に焼け焦げた跡を残すだけであり、仲間たちの生死を判断できる材料は無かった。
「だったらなんでリーゼはそんなに落ち着いてられるのさ! やっぱりアンタ?」
「誤解よ、マーニー!」
「うるせえぞ!!」
「「────────!!」」
徐々に大きくなる声に離れた場所で休んでいた男からの怒声が響く。
2人は互いに首をすくめると元の小声に戻り会話を再会する。
「……ゴメン」
「大丈夫、気にして無いから。でも信じて、私と彼は──」
「分かってるよ……思い返せばリーゼはユアン以外の男とろくに話したことも無かったからね。だから新鮮だったんだろ?」
「そう、なの……かな?」
「なんだよ、それ?」
思わず笑うマーニーにつられてリーゼも微笑む。
リーゼは、村で平穏に暮らしていた子供の頃はともかく、ユアンと一緒に街に出てからはその規模や人の数に圧倒され、いつもユアンの背中を着いて回るような生活をしており、そしてユアンも都会の中で故郷を思い出させてくれるリーゼを特別な存在だと思っていた。つまるところお互いに依存していた。
やがてユアンの元にモーラ達の様な仲間兼恋人が増え、ユアンの表面的な依存は見えなくなったものの、依然としてリーゼはユアンにとって特別な女性であり、それゆえ強い独占欲からリーゼの周りに男を絶対に近づけようとしなかった。それが最もひどい時期は、リーゼが男に治癒魔法をかけるのさえ苦々しく思うほどであったという。
そうやって自分を縛り付けるユアンの執着をしかし、リーゼは自分を思っての行動だと理解し苦痛に思う事は無かったが、次第にエスカレートしてゆくユアンの横暴な振る舞いだけはどうにかしたかった。
被害者に頭を下げる度、リーゼには侮蔑の表情や逆に脅えられる日々、そんな中、ジンだけはその心情を慮ってであろうか、彼女に対して優しい態度と労わりの言葉をかける、ユアンの行動を全肯定する彼女達とでは分かち合えぬ共感を得られたと、ジンに対して警戒心を持たないのはそれほどおかしな事ではなかった。
──ジンが彼女、そしてユアンに対してどの様な思惑を持っていたとしても。
結果としてユアンの嫉妬心は2人の、そして仲間との間に軋轢を生みはしたが、それでもリーゼはユアンを選び、仲間達も彼にはリーゼが必要だという事を認めていた。だからこそ、やきもきしていたのも事実ではあるが。
「男に免疫が無いのも困ったもんだねえ、地上に戻ったらモーラと一緒に夜の酒場に連れてったやるよ」
「い、いいよそんなの!」
「大丈夫、ユアンには黙っといてやるからさ♪」
「もう、マーニー! …………みんな、生きてるよね」
「生きてるさ、絶対! ユアンがあんな奴に負けるもんか、2人だってきっと」
「生き残りか?」
──不意に、通路内に響く野太い声にその場にいた全員の視線が集中し、疲労の溜まった身体に鞭打つようにヨロヨロと立ち上がる。
声の主はそんな彼等を制すように右手を挙げ、
「安心しろ、今更お前達をどうこうするつもりは無い。それに他の連中とは既に話はついている、ここでの戦闘は無意味だ」
声の主──ルフトの言葉に懐疑的な表情を浮かべる者もいたが、あれから2週間、救援が来ない事を考えれば考えられない話では無い。むしろ、そうでない場合は彼等が全滅したとしか考えられず、ルフトにそれを偽る理由は見当たらない。
「生きて……いるのか?」
「かなり数は減らしたがな、よもやおぬし等、その事で我等を責めるつもりでは無いだろうな?」
ルフトはあの時の生き残りと交わした約定の内容を話し、彼等にも選択を迫る。
「………………………………」
襲撃者が返り討ちにあった挙句に降伏ではなく取引を持ちかけられ、そのうえ本国への言い訳まで用意される、これで拒否して全滅などしては恥の上塗りどころの話ではない。
シュゲン・ドウマ・モロク、3国はライゼンに対して完全に敗北した──。
7人の男は全員肩を落とし、ルフトの勧告を受諾する。
しかし、それを良しとしない者が2人いた。
「ユアンは! 皆は無事なの!?」
「死んではいませんが、もうこの地には居ないかも知れませんねえ」
「ボウズ! てめえ!!」
「元気なのは結構ですが、まさかここでやり合うおつもりで?」
「ぐぅっ──!!」
歯噛みするマーニーを無視してジンは、リーゼに声をかける。
「3人は抵抗出来ない状態にして北から派遣された討伐隊に引き渡した。今頃は本国に移送中だろうな……今なら間に合うが、どうする?」
今なら間に合う──ユアンと袂を分かち別々の人生を歩むも、彼等を追いかけてユアンに殉じるも──。
ジンはリーゼの瞳を見、その奥に映る思いを察すると一瞬悲しそうな目をし、諦めたように頭を振った。
「……行きな、これ以上は俺の出る幕じゃねえ」
「ジン、ごめんなさい……ありがとう」
「謝罪も感謝も、どちらもされる言われはありませんよ……」
「そうね……じゃあ、さようなら」
「………………………………」
「お前達、その状態では地上に戻るのは厳しかろう。この先の我等の拠点で食料と薬を分けてやろう」
ルフトは自分のパーティメンバーを2人呼びつけると、彼等の先導として44層に戻す。その間ジンたちはこの場で小休止となった。
「………………………………」
「ジン、あれでよかったの?」
「さぁてね、言いつけ通り秘宝は取り上げ、やり直しの機会は与えましたぜ?」
「本国に戻ればコレじゃないの?」
ルディは自分の首元に手刀を当て、シュッと首を落とすジェスチャーをする。
北方大陸で出回っているユアンの罪状を考えれば当然の事であり、出回っていないものに関しては、10度死刑になってもお釣りが来るほどである。
「さてね、殺すなというお告げでもあれば償いの機会くらいは与えられるんじゃないですかねぇ……」
「今代の使徒は慈悲深いですね」
「……いっそ一思いに処刑された方が幸せかも知れんがな」
「だからですよ……ジン、私はただ優しいだけの人間より、貴方の様な子が好きですよ」
「……硬い鎧の向こうに秘宝を隠されたまま言われて──もっ!!」
ゴン──!!
「~~~~~~~~~~~!!」
ジンは脳天に激しい衝撃を受けその場に蹲り、苦悶の声を上げる。
左手で胸元を隠す仕草をしながらリオンは、
「ハハハ、ジンは面白い人ですね」
いつかよく聞いたフレーズで笑っていた──。
………………………………………………
………………………………………………
──そして、
「ついに……」
ルフトをはじめこの場にいる全員が、とりわけ異種混合のメンバーは感慨深いものがあるのか、ため息のように思わず言葉がこぼれ出す。
ここはイズナバール迷宮49層、そして50層へ続く通路への入り口。
古代迷宮イズナバール、900余年もの永きに渡り未踏とされた5つ目の古代迷宮は、その歴史を今まさに塗り替えられようとしている。
これまでの道程を思い出し思わず涙ぐむ者、この先で待っている秘宝に思いを馳せる者、これによってライゼンが手にする国益と、それを手にする一助となる名誉に震える者、胸中は様々であるが、全ては50層を突破してからの話である。
──そんな中、迷宮攻略にそれほど関心を持たない者もこの場にはおり、
「ジンさん! 50層がどうなっているのか楽しみですね♪」
「……エル坊、ここまで連れて来ておいて今更ですが、まさか一緒に行く気ですかい?」
「はい!!」
「いや、即答されても……みなさんも何か言ってくれませんか?」
ジンは護衛のデイジー達に意見を求めるのだが、
「エル様をこの場に残しておけとでも?」
「改めて言う話じゃないけどアタシ達はエル様の護衛だからね、エル様がここに残るんなら当然アタシ達もここに残るぜ?」
「………………………………」
「まあ、いいのではありませんか? 本人達が納得しているのですから、例え命を落とす事になろうとも自己責任ですよ」
「それに、本当に危険なときはジンの用意した保険があるしね」
ルディは首から下げるネックレスをチャリチャリといじくり片目を瞑る。それはエルの首にもかけられており、説得を諦めたジンはヤレヤレと頭をかきながら、
「……エル坊、本当に危険だと思ったらその首飾りを引き千切るんですよ、俺がそうしろと言った時もです、約束できますか?」
「はい、任せてください!!」
「ヤレヤレ、8歳ってのは50層到達者の最年少記録ですかねえ……」
どうにもお気楽な周囲に、ジンの警戒も緩みがちであった。
──────────────
──────────────
古代迷宮の秘宝──最下層に用意されているそれは、何が手に入るかはそこに行かねば判らない。
それは迷宮攻略を果した英雄を讃える証であり、英雄の望むものを迷宮生物が読み取り、そこに形として現れるからだ。
秘宝とは試練を乗り越えた先に得られる栄光であり、試練無くして秘宝は無い、どちらか片方だけという事はありえない。
では試練とは?
試練とは、その者を試す苦難であり越えるべき壁であり、それは古代迷宮において打ち倒すべき敵として形作られる。
なればこそ、ジン──使徒シンドゥラの試練とは? 竜すら打ち滅ぼす剛の者に与えられる苦難とは?
「くそが……」
「グルルルルルルルル──」
──それは最強にして最凶。
「……あれは、何だ?」
ルフトが思わずこぼした言葉は、この場にいる人間全ての総意だった。
全長は40メートルほどであろうか、漆黒の鱗に覆われた巨大なドラゴンは侵入者に対し、唸り声をあげて歓迎の意を示す。
空間の広さは四方が60メートル程度、ドラゴンの巨体では自由に動き回る事は困難であろうが、逆に言えば侵入者にとっては一旦距離をとるといった戦法は使えない、全てがヤツの攻撃圏内のようなものだ。
しかし、それよりも何よりも、この場に来た時より彼等は理解している。
──コレには勝てない。
ドラゴンから受ける圧力は、そこにいるだけで目を背けたくなるのに目を逸らすことは出来ず、ただ蛇に睨まれた蛙の如く、迫り来る死を受け入れる未来しか残されていない。
「なんでお前が……!」
──それはかつて憎悪を固めて造られた生きる災厄
「まさか……魔竜?」
ゲンマの口から言葉が漏れる。
──魔竜、人には討伐しえぬ最強の種族にして竜にあらざる不滅の生命。
竜殺しの記録は数多あれど、魔竜殺しは伝承・御伽噺の世界の話。
それが、今彼等の目の前に存在する。
「なんでお前がここにいる!?」
「グウウウウウウオオオオオオオオ──!!」
「何故生きている!? 答えろ、ヴリトラ!!」
かつてシンが2度戦い敗北し、勝利を譲られた敵の姿がそこにあった──。
イズナバール迷宮44層と45層を繋ぐ通路で野営を行う集団がある。
男7人、女2人の探索者と見られる者達は目に見えて疲労しており、およそ覇気というものが感じられない。
幾ら安全地帯である階層間の通路とはいえ、見張りも立てず手足をダランと投げ出す様は、およそリトルフィンガーのトップを張る者達とは思えなかった。
──彼等はジンの攻撃によって46層に落とされた3国合同部隊の生き残りであった。
そしてその中にはリーゼとマーニーの姿もあり、2人で寄り添うように地面に横たわっている。
46層に落とされた彼等は、金属鎧を着ていたものは落下の衝撃で鎧が大きく歪み、そのせいで胸を圧迫されそのまま死に、それ以外の者も、防具を失った状態で魔物に襲われ命を落としていた。
生き残ったのは比較的身軽な装備に身を包んでいた者ばかりで、その中でも治癒魔法の使い手であり、魔法で水を生み出せるリーゼの存在が彼等の命を繋いだと言ってもよい。
暴力によって無理やり従わされていた彼等であれば、本音の部分ではこの場で彼女達にその報いと自分達のウサ晴らしの相手にされてしまう所であったが、治癒と水魔法、この2つのカードを持つリーゼのおかげで2人は慰み者になる運命から逃れ、自分たちも地上に戻るための戦力を確保できたのというは不幸中の幸いだった。
とはいえ、補給を断たれた状態での脱出行は心身ともに疲弊させ、彼等は限界寸前と言っても良かった。
「……リーゼ、起きてる?」
「どうしたの、マーニー?」
マーニーの声は、少し離れた場所で休息を取っている男達には聞こえないほど小さく、そして弱々しくリーゼの耳に届く。
「みんな、生きてるよね?」
「……多分」
「多分ってなんだよ!?」
「それは……マーニーだって分かってるでしょ?」
迷宮内では死体は残らない。
迷宮内で命を落とした探索者は、魔物に食われる者もいるが大半は迷宮に取り込まれ、その後発見される事は無い。
食い散らかされた残骸も、放置された装備や道具も、気が付けばその場から姿を消し迷宮生物の滋養となる。
人間、そして獣人亜人、それら体内に魔石を持たない生命は迷宮生物にとって自己では精製しえぬ貴重な成分であり、これを手に入れるため、ソレは迷宮を作り出しているといっても良い。
45層に戻った彼等が見たものは何事も無かった空間、かろうじて床の一部に焼け焦げた跡を残すだけであり、仲間たちの生死を判断できる材料は無かった。
「だったらなんでリーゼはそんなに落ち着いてられるのさ! やっぱりアンタ?」
「誤解よ、マーニー!」
「うるせえぞ!!」
「「────────!!」」
徐々に大きくなる声に離れた場所で休んでいた男からの怒声が響く。
2人は互いに首をすくめると元の小声に戻り会話を再会する。
「……ゴメン」
「大丈夫、気にして無いから。でも信じて、私と彼は──」
「分かってるよ……思い返せばリーゼはユアン以外の男とろくに話したことも無かったからね。だから新鮮だったんだろ?」
「そう、なの……かな?」
「なんだよ、それ?」
思わず笑うマーニーにつられてリーゼも微笑む。
リーゼは、村で平穏に暮らしていた子供の頃はともかく、ユアンと一緒に街に出てからはその規模や人の数に圧倒され、いつもユアンの背中を着いて回るような生活をしており、そしてユアンも都会の中で故郷を思い出させてくれるリーゼを特別な存在だと思っていた。つまるところお互いに依存していた。
やがてユアンの元にモーラ達の様な仲間兼恋人が増え、ユアンの表面的な依存は見えなくなったものの、依然としてリーゼはユアンにとって特別な女性であり、それゆえ強い独占欲からリーゼの周りに男を絶対に近づけようとしなかった。それが最もひどい時期は、リーゼが男に治癒魔法をかけるのさえ苦々しく思うほどであったという。
そうやって自分を縛り付けるユアンの執着をしかし、リーゼは自分を思っての行動だと理解し苦痛に思う事は無かったが、次第にエスカレートしてゆくユアンの横暴な振る舞いだけはどうにかしたかった。
被害者に頭を下げる度、リーゼには侮蔑の表情や逆に脅えられる日々、そんな中、ジンだけはその心情を慮ってであろうか、彼女に対して優しい態度と労わりの言葉をかける、ユアンの行動を全肯定する彼女達とでは分かち合えぬ共感を得られたと、ジンに対して警戒心を持たないのはそれほどおかしな事ではなかった。
──ジンが彼女、そしてユアンに対してどの様な思惑を持っていたとしても。
結果としてユアンの嫉妬心は2人の、そして仲間との間に軋轢を生みはしたが、それでもリーゼはユアンを選び、仲間達も彼にはリーゼが必要だという事を認めていた。だからこそ、やきもきしていたのも事実ではあるが。
「男に免疫が無いのも困ったもんだねえ、地上に戻ったらモーラと一緒に夜の酒場に連れてったやるよ」
「い、いいよそんなの!」
「大丈夫、ユアンには黙っといてやるからさ♪」
「もう、マーニー! …………みんな、生きてるよね」
「生きてるさ、絶対! ユアンがあんな奴に負けるもんか、2人だってきっと」
「生き残りか?」
──不意に、通路内に響く野太い声にその場にいた全員の視線が集中し、疲労の溜まった身体に鞭打つようにヨロヨロと立ち上がる。
声の主はそんな彼等を制すように右手を挙げ、
「安心しろ、今更お前達をどうこうするつもりは無い。それに他の連中とは既に話はついている、ここでの戦闘は無意味だ」
声の主──ルフトの言葉に懐疑的な表情を浮かべる者もいたが、あれから2週間、救援が来ない事を考えれば考えられない話では無い。むしろ、そうでない場合は彼等が全滅したとしか考えられず、ルフトにそれを偽る理由は見当たらない。
「生きて……いるのか?」
「かなり数は減らしたがな、よもやおぬし等、その事で我等を責めるつもりでは無いだろうな?」
ルフトはあの時の生き残りと交わした約定の内容を話し、彼等にも選択を迫る。
「………………………………」
襲撃者が返り討ちにあった挙句に降伏ではなく取引を持ちかけられ、そのうえ本国への言い訳まで用意される、これで拒否して全滅などしては恥の上塗りどころの話ではない。
シュゲン・ドウマ・モロク、3国はライゼンに対して完全に敗北した──。
7人の男は全員肩を落とし、ルフトの勧告を受諾する。
しかし、それを良しとしない者が2人いた。
「ユアンは! 皆は無事なの!?」
「死んではいませんが、もうこの地には居ないかも知れませんねえ」
「ボウズ! てめえ!!」
「元気なのは結構ですが、まさかここでやり合うおつもりで?」
「ぐぅっ──!!」
歯噛みするマーニーを無視してジンは、リーゼに声をかける。
「3人は抵抗出来ない状態にして北から派遣された討伐隊に引き渡した。今頃は本国に移送中だろうな……今なら間に合うが、どうする?」
今なら間に合う──ユアンと袂を分かち別々の人生を歩むも、彼等を追いかけてユアンに殉じるも──。
ジンはリーゼの瞳を見、その奥に映る思いを察すると一瞬悲しそうな目をし、諦めたように頭を振った。
「……行きな、これ以上は俺の出る幕じゃねえ」
「ジン、ごめんなさい……ありがとう」
「謝罪も感謝も、どちらもされる言われはありませんよ……」
「そうね……じゃあ、さようなら」
「………………………………」
「お前達、その状態では地上に戻るのは厳しかろう。この先の我等の拠点で食料と薬を分けてやろう」
ルフトは自分のパーティメンバーを2人呼びつけると、彼等の先導として44層に戻す。その間ジンたちはこの場で小休止となった。
「………………………………」
「ジン、あれでよかったの?」
「さぁてね、言いつけ通り秘宝は取り上げ、やり直しの機会は与えましたぜ?」
「本国に戻ればコレじゃないの?」
ルディは自分の首元に手刀を当て、シュッと首を落とすジェスチャーをする。
北方大陸で出回っているユアンの罪状を考えれば当然の事であり、出回っていないものに関しては、10度死刑になってもお釣りが来るほどである。
「さてね、殺すなというお告げでもあれば償いの機会くらいは与えられるんじゃないですかねぇ……」
「今代の使徒は慈悲深いですね」
「……いっそ一思いに処刑された方が幸せかも知れんがな」
「だからですよ……ジン、私はただ優しいだけの人間より、貴方の様な子が好きですよ」
「……硬い鎧の向こうに秘宝を隠されたまま言われて──もっ!!」
ゴン──!!
「~~~~~~~~~~~!!」
ジンは脳天に激しい衝撃を受けその場に蹲り、苦悶の声を上げる。
左手で胸元を隠す仕草をしながらリオンは、
「ハハハ、ジンは面白い人ですね」
いつかよく聞いたフレーズで笑っていた──。
………………………………………………
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──そして、
「ついに……」
ルフトをはじめこの場にいる全員が、とりわけ異種混合のメンバーは感慨深いものがあるのか、ため息のように思わず言葉がこぼれ出す。
ここはイズナバール迷宮49層、そして50層へ続く通路への入り口。
古代迷宮イズナバール、900余年もの永きに渡り未踏とされた5つ目の古代迷宮は、その歴史を今まさに塗り替えられようとしている。
これまでの道程を思い出し思わず涙ぐむ者、この先で待っている秘宝に思いを馳せる者、これによってライゼンが手にする国益と、それを手にする一助となる名誉に震える者、胸中は様々であるが、全ては50層を突破してからの話である。
──そんな中、迷宮攻略にそれほど関心を持たない者もこの場にはおり、
「ジンさん! 50層がどうなっているのか楽しみですね♪」
「……エル坊、ここまで連れて来ておいて今更ですが、まさか一緒に行く気ですかい?」
「はい!!」
「いや、即答されても……みなさんも何か言ってくれませんか?」
ジンは護衛のデイジー達に意見を求めるのだが、
「エル様をこの場に残しておけとでも?」
「改めて言う話じゃないけどアタシ達はエル様の護衛だからね、エル様がここに残るんなら当然アタシ達もここに残るぜ?」
「………………………………」
「まあ、いいのではありませんか? 本人達が納得しているのですから、例え命を落とす事になろうとも自己責任ですよ」
「それに、本当に危険なときはジンの用意した保険があるしね」
ルディは首から下げるネックレスをチャリチャリといじくり片目を瞑る。それはエルの首にもかけられており、説得を諦めたジンはヤレヤレと頭をかきながら、
「……エル坊、本当に危険だと思ったらその首飾りを引き千切るんですよ、俺がそうしろと言った時もです、約束できますか?」
「はい、任せてください!!」
「ヤレヤレ、8歳ってのは50層到達者の最年少記録ですかねえ……」
どうにもお気楽な周囲に、ジンの警戒も緩みがちであった。
──────────────
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古代迷宮の秘宝──最下層に用意されているそれは、何が手に入るかはそこに行かねば判らない。
それは迷宮攻略を果した英雄を讃える証であり、英雄の望むものを迷宮生物が読み取り、そこに形として現れるからだ。
秘宝とは試練を乗り越えた先に得られる栄光であり、試練無くして秘宝は無い、どちらか片方だけという事はありえない。
では試練とは?
試練とは、その者を試す苦難であり越えるべき壁であり、それは古代迷宮において打ち倒すべき敵として形作られる。
なればこそ、ジン──使徒シンドゥラの試練とは? 竜すら打ち滅ぼす剛の者に与えられる苦難とは?
「くそが……」
「グルルルルルルルル──」
──それは最強にして最凶。
「……あれは、何だ?」
ルフトが思わずこぼした言葉は、この場にいる人間全ての総意だった。
全長は40メートルほどであろうか、漆黒の鱗に覆われた巨大なドラゴンは侵入者に対し、唸り声をあげて歓迎の意を示す。
空間の広さは四方が60メートル程度、ドラゴンの巨体では自由に動き回る事は困難であろうが、逆に言えば侵入者にとっては一旦距離をとるといった戦法は使えない、全てがヤツの攻撃圏内のようなものだ。
しかし、それよりも何よりも、この場に来た時より彼等は理解している。
──コレには勝てない。
ドラゴンから受ける圧力は、そこにいるだけで目を背けたくなるのに目を逸らすことは出来ず、ただ蛇に睨まれた蛙の如く、迫り来る死を受け入れる未来しか残されていない。
「なんでお前が……!」
──それはかつて憎悪を固めて造られた生きる災厄
「まさか……魔竜?」
ゲンマの口から言葉が漏れる。
──魔竜、人には討伐しえぬ最強の種族にして竜にあらざる不滅の生命。
竜殺しの記録は数多あれど、魔竜殺しは伝承・御伽噺の世界の話。
それが、今彼等の目の前に存在する。
「なんでお前がここにいる!?」
「グウウウウウウオオオオオオオオ──!!」
「何故生きている!? 答えろ、ヴリトラ!!」
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以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
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独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
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