3 / 18
1-3
しおりを挟む
日が傾き始めてだいぶ経つ。
ナビシートにサヤを乗せ、西日を背にして、真っ黒かつ巨大な四駆を駆る。
やがて木々に囲まれた森の一本道に入った。
森に入ってから、十分やそこらで集落らしい界隈に到着した。
路面は整備されておらず、土の上には小石が多い。質素な感のある、のっぺりとした造りの平屋が並んでいる。いずれの建物も色は薄いグレー。土を塗り固めてこしらえたのだろう。出入り口にドアはなく、布で遮られている程度。明かり取りの窓が一つ二つ付いているだけの、ただ居住するための造られたといった印象だ。
人の歩く姿を見つけて、スピードを徐行にまで落とした。サイドウインドウを全開にする。外をうかがいながらゆっくりと車を進める。白い布を頭にまとっている老婆がしわくちゃの笑顔を向けてきた。人の往来は少ないが、行きすぎる人は、みな、一様に白い着衣を身につけている。
さて、誰を相手に切り出そうか。
といっても適当に当たるしかない。小さな村らしいので、目当ての情報は得ることは、さほど難しいことではないように思われる。
そう考え始めた矢先に、前から男が近づいてきて、四駆のすぐそばまでやってきた。
男は会釈をすると親しげな物腰で、「旅の方ですか? なにかご用ですか?」と、声をかけてきた。中肉中背の体つき。髪は短い。どこにでもいそうな男だ。背中にまきをしょっている。
ライジは車を止めてエンジンを切り、「ええ、まあ」と返した。後部座席に手を伸ばし、モスグリーンのモッズコートを取る。降車してからそれを羽織った。
ライジは男に右手を差し出した。
「はじめまして」ライジは右手を差し出した。「後藤といいます」
「あっ、これはどうも」男はライジの右手を握り返してきた。「私はアルと申します」
白いワンピースにデニムのジャケット姿のサヤは、ぺこりとお行儀良く頭を下げて見せる。アルという男はサヤに「どうも」と、小さく会釈した。
「どちらからいらしたんですか?」という男の問い。
「ゼロ・アイランドです」と、ライジは答えた。「ご存知ですか?」
「ええ、知っています。お車でずっと旅を?」
「いえ。東に湖がありますよね? そのほとりに母船を停めています」
「母船、ですか?」
「陸上船です。文字通り、陸地を走る船ですよ」
「それはすごい。世の中にはそんなものがあるんですね」
「道楽がすぎましてね。程度は知れています」
「しかし、旅をされているにしては、ちょっと…」
「ああ。俺の身なりのことですか?」
「ええ。旅人の恰好には見えません。その水色の服は病衣ですよね?」
「その通りです。ちょっとしたことで入院して際に、その快適さに味を占めてしまいましてね。以来、普段着として使っています」
「個性的な方だ」
「恐れ入ります。それにしても、静かな村ですね」
「なにもないの間違いでは?」
「見た感じ、自給自足なんでしょう? 立派なことだと思います」
「そう言っていただけると。ところで、用がおありだとおっしゃられていたように思いましたが」
「その通りです。率直に申しあげたい。よろしいでしょうか」
「ええ。なんでしょう」
ライジは車の後部に回り、積み荷にかぶされている緑色のシートを取り払った。
積み荷を見たアルは、絶句したようだった。
「ごらんの通り、どなたかのご遺体です。対岸の浜辺に打ち上げられているところを見つけました。着衣を見てこちらの方ではないかと思い、うかがった次第です」
「これは…」
「はい?」
「これは私の弟です」
「ほう」
とんだ偶然だ。
あまり似ていない兄弟だなとライジは思った。
「数日前から行方がわからなくなっていました。それがまさか、こんな形で…」
「心中、お察しします」
「いえ…」
「おにいさま?」
ふいにうしろからそう声がした。高い声。うかがいを立てるような女の声。振り返ると、白い布で頭のてっぺんから足首までを隠している女がいた。浅黒い肌。整った顔立ち。大きくて黒いその瞳は少女のような純粋さを感じさせる。
「おにいさま、そちらの方達は…?」
「旅の方達だよ。ミラ、こちらに来なさい」
「はい」
アルに言われた通りにミラという女が近づいてくる。多少、不思議そうな顔をして。
例の積み荷を見た瞬間、ミラが「えっ」と声を上げ、口元を両手でおおった。
「この方達が見つけて、ここまで運んでくださったんだ」神妙な顔でアルが言った。
「そんな…、どうしてエル様が…」震える声を出したミラ。
亡き骸の名はエルというらしい。
まもなく、ミラはぽろぽろと大粒の涙をこぼし始めた。よろめき、くずれ落ちそうになる。そこをアルが支えた。
「他殺の可能性が極めて高いように思います。とりあえず、警察を呼ぶべきでは?」ライジはそう提案した。
「そうですね。その通りです」アルは口を真一文字に結んでうなずいた。「ミラ、大丈夫かい? 一人で立っていられるかい?」
ミラは返事をしない。速い息をして、肩を上下させている。
「ミラ」アルが少し強い口調でそう言った。
目が覚めたような表情で、ミラがアルを見た。
そんなミラに、今度は優しい顔でうなずいて見せたアル。
ミラも小さくうなずき、自らの足できちんと立った。
アルが向こうに駆けてゆく。
五分と経たないうちに男を四人、連れてきた。白い着衣に青い腕章を付けているのが三人、腕章がないのが一人。見た感じ、警察官が三人、医者が一人といったところだろうか。彼らの観察はごく短い時間で終わった。死体をあずかるという。四人が協力してエルをタンカにのせた。運び去られるところをミラが追おうとした。しかしすぐに立ち止まる。唇を噛んで、悔しげな顔。
日はもう沈もうとしていた。
「あの」ミラがライジの方を向いた。彼女は「ご挨拶が遅れました。わたくし、ミラと申します」と言うと、両手を胸の前で交差させ、ライジに、それからサヤに対して、慇懃に頭を下げた。「エル様のことをお運びいただいたというのに、謝辞も申しあげず、申し訳ございません」
「偶然ですから、お気になさらず」ライジは微笑んだ。
「旅のお方だとうかがいました。もう夜になります。お礼と言ってはなんですが、今宵はわたくしの家にお泊まりいただけませんか? 精一杯のおもてなしをさせていただきますので」
イスカはすぐ近くだ。
わざわざ世話になることもない。
だが、涙まじりに微笑んで見せるミラの申し出を断ることにはためらいがある。
「ぜひ」と言われ、厄介になることを決めた。
サヤに携帯電話でイスカに連絡するよう指示を出した。
ナビシートにサヤを乗せ、西日を背にして、真っ黒かつ巨大な四駆を駆る。
やがて木々に囲まれた森の一本道に入った。
森に入ってから、十分やそこらで集落らしい界隈に到着した。
路面は整備されておらず、土の上には小石が多い。質素な感のある、のっぺりとした造りの平屋が並んでいる。いずれの建物も色は薄いグレー。土を塗り固めてこしらえたのだろう。出入り口にドアはなく、布で遮られている程度。明かり取りの窓が一つ二つ付いているだけの、ただ居住するための造られたといった印象だ。
人の歩く姿を見つけて、スピードを徐行にまで落とした。サイドウインドウを全開にする。外をうかがいながらゆっくりと車を進める。白い布を頭にまとっている老婆がしわくちゃの笑顔を向けてきた。人の往来は少ないが、行きすぎる人は、みな、一様に白い着衣を身につけている。
さて、誰を相手に切り出そうか。
といっても適当に当たるしかない。小さな村らしいので、目当ての情報は得ることは、さほど難しいことではないように思われる。
そう考え始めた矢先に、前から男が近づいてきて、四駆のすぐそばまでやってきた。
男は会釈をすると親しげな物腰で、「旅の方ですか? なにかご用ですか?」と、声をかけてきた。中肉中背の体つき。髪は短い。どこにでもいそうな男だ。背中にまきをしょっている。
ライジは車を止めてエンジンを切り、「ええ、まあ」と返した。後部座席に手を伸ばし、モスグリーンのモッズコートを取る。降車してからそれを羽織った。
ライジは男に右手を差し出した。
「はじめまして」ライジは右手を差し出した。「後藤といいます」
「あっ、これはどうも」男はライジの右手を握り返してきた。「私はアルと申します」
白いワンピースにデニムのジャケット姿のサヤは、ぺこりとお行儀良く頭を下げて見せる。アルという男はサヤに「どうも」と、小さく会釈した。
「どちらからいらしたんですか?」という男の問い。
「ゼロ・アイランドです」と、ライジは答えた。「ご存知ですか?」
「ええ、知っています。お車でずっと旅を?」
「いえ。東に湖がありますよね? そのほとりに母船を停めています」
「母船、ですか?」
「陸上船です。文字通り、陸地を走る船ですよ」
「それはすごい。世の中にはそんなものがあるんですね」
「道楽がすぎましてね。程度は知れています」
「しかし、旅をされているにしては、ちょっと…」
「ああ。俺の身なりのことですか?」
「ええ。旅人の恰好には見えません。その水色の服は病衣ですよね?」
「その通りです。ちょっとしたことで入院して際に、その快適さに味を占めてしまいましてね。以来、普段着として使っています」
「個性的な方だ」
「恐れ入ります。それにしても、静かな村ですね」
「なにもないの間違いでは?」
「見た感じ、自給自足なんでしょう? 立派なことだと思います」
「そう言っていただけると。ところで、用がおありだとおっしゃられていたように思いましたが」
「その通りです。率直に申しあげたい。よろしいでしょうか」
「ええ。なんでしょう」
ライジは車の後部に回り、積み荷にかぶされている緑色のシートを取り払った。
積み荷を見たアルは、絶句したようだった。
「ごらんの通り、どなたかのご遺体です。対岸の浜辺に打ち上げられているところを見つけました。着衣を見てこちらの方ではないかと思い、うかがった次第です」
「これは…」
「はい?」
「これは私の弟です」
「ほう」
とんだ偶然だ。
あまり似ていない兄弟だなとライジは思った。
「数日前から行方がわからなくなっていました。それがまさか、こんな形で…」
「心中、お察しします」
「いえ…」
「おにいさま?」
ふいにうしろからそう声がした。高い声。うかがいを立てるような女の声。振り返ると、白い布で頭のてっぺんから足首までを隠している女がいた。浅黒い肌。整った顔立ち。大きくて黒いその瞳は少女のような純粋さを感じさせる。
「おにいさま、そちらの方達は…?」
「旅の方達だよ。ミラ、こちらに来なさい」
「はい」
アルに言われた通りにミラという女が近づいてくる。多少、不思議そうな顔をして。
例の積み荷を見た瞬間、ミラが「えっ」と声を上げ、口元を両手でおおった。
「この方達が見つけて、ここまで運んでくださったんだ」神妙な顔でアルが言った。
「そんな…、どうしてエル様が…」震える声を出したミラ。
亡き骸の名はエルというらしい。
まもなく、ミラはぽろぽろと大粒の涙をこぼし始めた。よろめき、くずれ落ちそうになる。そこをアルが支えた。
「他殺の可能性が極めて高いように思います。とりあえず、警察を呼ぶべきでは?」ライジはそう提案した。
「そうですね。その通りです」アルは口を真一文字に結んでうなずいた。「ミラ、大丈夫かい? 一人で立っていられるかい?」
ミラは返事をしない。速い息をして、肩を上下させている。
「ミラ」アルが少し強い口調でそう言った。
目が覚めたような表情で、ミラがアルを見た。
そんなミラに、今度は優しい顔でうなずいて見せたアル。
ミラも小さくうなずき、自らの足できちんと立った。
アルが向こうに駆けてゆく。
五分と経たないうちに男を四人、連れてきた。白い着衣に青い腕章を付けているのが三人、腕章がないのが一人。見た感じ、警察官が三人、医者が一人といったところだろうか。彼らの観察はごく短い時間で終わった。死体をあずかるという。四人が協力してエルをタンカにのせた。運び去られるところをミラが追おうとした。しかしすぐに立ち止まる。唇を噛んで、悔しげな顔。
日はもう沈もうとしていた。
「あの」ミラがライジの方を向いた。彼女は「ご挨拶が遅れました。わたくし、ミラと申します」と言うと、両手を胸の前で交差させ、ライジに、それからサヤに対して、慇懃に頭を下げた。「エル様のことをお運びいただいたというのに、謝辞も申しあげず、申し訳ございません」
「偶然ですから、お気になさらず」ライジは微笑んだ。
「旅のお方だとうかがいました。もう夜になります。お礼と言ってはなんですが、今宵はわたくしの家にお泊まりいただけませんか? 精一杯のおもてなしをさせていただきますので」
イスカはすぐ近くだ。
わざわざ世話になることもない。
だが、涙まじりに微笑んで見せるミラの申し出を断ることにはためらいがある。
「ぜひ」と言われ、厄介になることを決めた。
サヤに携帯電話でイスカに連絡するよう指示を出した。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる