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良く眠れた。
枕が変わると、なんてタチではない。
背後に気配。
誰かが起き上がった。
外に出てゆく。
ライジはそっと体を起こし、モッズコートを羽織った。
距離をとって、あとをつける。
アルの、あとを。
すれ違う人間とあいさつをかわす程度で、背後を見るような素振りはない。迷いなくどこかを目指している。
着いた先は、天井に近づくにつれてすぅとすぼんでゆく、つぼのような形をした建物だった。
中に入ると辛気臭い香のにおい。幾何学模様の茶色いじゅうたんがまっすぐに敷かれていて、その先にあるのは祭壇だろうか。仏のような像が祀られていて、その両脇ではろうそくが幾本か燃えている。
アルは祭壇を前にして、ひざまずいていた。
「お祈りですか。なにをお祈りに?」ライジが発した声は屋内に反響した。
アルがゆっくりと立ち上がり、振り返った。
「ずっとあとをつけてきていらっしゃいましたよね」
「良くお気づきになられましたね」
「敏感なんです。人の気配には」
「後ろめたいことがあるから、敏感を通り越して過敏になっているのでは?」
「おっしゃられていることの意味が良くわかりませんが」
「時々、ピンとくることがありましてね。あ、一服つけていいですか?」
「ご遠慮ください」
「わかりました」
アルは顔色を変えることなく、ただじっと見つめてくる。
視線を受け止めつつ、ライジは口元に笑みをたたえた。
「エルさんを殺したのはアルさん、あなたではありませんか?」
「いきなり思いきったことをおっしゃいますね。確たる証拠があってのことですか?」
「いいえ、確証はありません。ただ、ささくれのように、どうしても気になってしょうがないことがあります」
「それは?」
「あたなの右手の指にある傷です」
ライジがそう言うと、アルは真剣な顔つきになった。
「握手をさせていただいた時に気づきました。親指を除いた四本の指、その内側に傷がありますよね。では、どうしてそのような傷がついてしまったのか。つばのない片刃の刃物でなにかを勢い良く刺したからです。その時に右手が柄からすっぽ抜けて刃の方に滑ってしまったんですよ。指を傷つけてしまったわけですから、刃物は細く、かつ長い形状のものだったと推測されますがそれはさておき、どうでしょう。指のケガについて、ミラさんには適当なうそをついてごまかされたのではありませんか? 負傷した箇所にはつい最近まで包帯でも巻かれていたのではありませんか? それと、利き手は右ですよね? 昨晩の左手での食事はぎこちなかった。左手で食事をとられていたのは、まだ液体に触れるとしみる等の痛みが右手に残っているからではありませんか、違いますか? もし違うのであれば納得のいく説明をお願いしたいのですが」
しんとなった。
短くはない、どちらかと言えば長い静寂。
やがてアルが口元を緩めて見せた。
「良く見て、良く感じていらっしゃいますね。感心しました」アルは二度、三度と、うなずいた。「ああ…、思いのほか早く露見した。ほんの少し、ほっとしています」
「当てずっぽうを披露したにすぎませんよ。確証がないのは先述の通りです。なのに、お認めになられるんですか?」
「どういう形であれ、真実を言い当てられておきながら言い訳をするのは見苦しく、また愚かだと思います」
「それはそれは」ライジはおどけて肩をすくめた。「昨日、初めてお会いした際、俺が差し出した右手を握ろうかどうか、迷われましたか?」
「幾分。しかし、とっさに断る手段が見つからなかった」
「動機は横恋慕」
「ええ…、ええ。それは間違いない」
「忍耐の日々に疲れてしまったといったところですか」
「というより、いよいよ感情がコントロールできなくなってしまったんです。膨らみ続け、限界まで膨張した嫉妬心に、自らがごっそりと飲み込まれる…、そのような感覚に襲われました」
アルはうつむき加減で話した。
「私は湖に弟を呼び出しました。弟が来ると、待ち切れない思いで刃物を構えました。手は震えていました。息も速かった。額に汗も浮かんでいた。一方、弟は冷静でした。刃を持ったわたしを見るなり、やめて欲しい、そうとだけ言いました。それでも私は聞かなかった。弟はいっさい抵抗しませんでした。熱量を帯びた血を口から吐き、腹から大量に出血していても、死の恐怖なんてみじんも感じていないようでした。ただ、少し残念そうな顔をしたように見えました…」
「刺殺後は死体をボートにでものせて湖に捨てた。無論、凶器と返り血を浴びた服も処分した。あなたは真っ白な服に着替え、村に戻られたというわけだ」
「はい。それで間違いありません」
「これから警察に?」
アルはかぶりを振った。
「後藤さん。私は醜い理由で弟を殺してしまったのです。ならば私は、死して罪を償うべきではありませんか?」
ライジは、ふんと鼻を鳴らした。
左手の中指をおったてて見せ、「んなこと知るかよ。テメェが自分で考えやがれ」言ってやった。「バーカ」とまで付け加えてやって、それからべーっと舌まで出してやった。
さっさときびすを返して建物をあとにした。
煙草をくわえ、モッズコートのポケットに手を突っ込んだまま帰り道を進む。
お泊りさせていただいた家の前に、ミラとサヤが立っていた。
「おはようございます」ミラはきちんとお辞儀をした。
「おはようございます」ライジはゆっくりと頭を下げた。
寝起きであろうサヤは、ぼーっとしている。思考しているようには見えない。脳みそが穴あきチーズのようにでもなっているのだろう。
「どちらへ行ってらしたのですか?」
「そのへんを散歩していました」
「そうですか…」
「なにか?」
「あの…、後藤様、アル様をご存じありませんか?」ミラが不安げな声を出した。「こんな朝早くに、わたくしになにも告げず、いったいどちらへ…」
「知っているような知らないような、知らないような知っているような」
「えっ?」
ライジは微笑んで見せると、四駆に乗り込んだ。エンジンをスタートさせる。サヤもナビシートにおさまった。
サイドウインドウを開ける。「もう行きます。お元気で」と告げた。
まだ早朝なのにとでも言いたげな顔をしたミラではあったが、すぐにひとつうなずいた。
「はい。後藤様もサヤ様も、どうかご健勝であらせられますよう」
「ありがとうございます」
ライジは素早く車を切り返す。
とっとと森の方に四駆を向けた。
ミラに幸あれ。
帰り道において、二度ほど、心の中でそう唱えた。
枕が変わると、なんてタチではない。
背後に気配。
誰かが起き上がった。
外に出てゆく。
ライジはそっと体を起こし、モッズコートを羽織った。
距離をとって、あとをつける。
アルの、あとを。
すれ違う人間とあいさつをかわす程度で、背後を見るような素振りはない。迷いなくどこかを目指している。
着いた先は、天井に近づくにつれてすぅとすぼんでゆく、つぼのような形をした建物だった。
中に入ると辛気臭い香のにおい。幾何学模様の茶色いじゅうたんがまっすぐに敷かれていて、その先にあるのは祭壇だろうか。仏のような像が祀られていて、その両脇ではろうそくが幾本か燃えている。
アルは祭壇を前にして、ひざまずいていた。
「お祈りですか。なにをお祈りに?」ライジが発した声は屋内に反響した。
アルがゆっくりと立ち上がり、振り返った。
「ずっとあとをつけてきていらっしゃいましたよね」
「良くお気づきになられましたね」
「敏感なんです。人の気配には」
「後ろめたいことがあるから、敏感を通り越して過敏になっているのでは?」
「おっしゃられていることの意味が良くわかりませんが」
「時々、ピンとくることがありましてね。あ、一服つけていいですか?」
「ご遠慮ください」
「わかりました」
アルは顔色を変えることなく、ただじっと見つめてくる。
視線を受け止めつつ、ライジは口元に笑みをたたえた。
「エルさんを殺したのはアルさん、あなたではありませんか?」
「いきなり思いきったことをおっしゃいますね。確たる証拠があってのことですか?」
「いいえ、確証はありません。ただ、ささくれのように、どうしても気になってしょうがないことがあります」
「それは?」
「あたなの右手の指にある傷です」
ライジがそう言うと、アルは真剣な顔つきになった。
「握手をさせていただいた時に気づきました。親指を除いた四本の指、その内側に傷がありますよね。では、どうしてそのような傷がついてしまったのか。つばのない片刃の刃物でなにかを勢い良く刺したからです。その時に右手が柄からすっぽ抜けて刃の方に滑ってしまったんですよ。指を傷つけてしまったわけですから、刃物は細く、かつ長い形状のものだったと推測されますがそれはさておき、どうでしょう。指のケガについて、ミラさんには適当なうそをついてごまかされたのではありませんか? 負傷した箇所にはつい最近まで包帯でも巻かれていたのではありませんか? それと、利き手は右ですよね? 昨晩の左手での食事はぎこちなかった。左手で食事をとられていたのは、まだ液体に触れるとしみる等の痛みが右手に残っているからではありませんか、違いますか? もし違うのであれば納得のいく説明をお願いしたいのですが」
しんとなった。
短くはない、どちらかと言えば長い静寂。
やがてアルが口元を緩めて見せた。
「良く見て、良く感じていらっしゃいますね。感心しました」アルは二度、三度と、うなずいた。「ああ…、思いのほか早く露見した。ほんの少し、ほっとしています」
「当てずっぽうを披露したにすぎませんよ。確証がないのは先述の通りです。なのに、お認めになられるんですか?」
「どういう形であれ、真実を言い当てられておきながら言い訳をするのは見苦しく、また愚かだと思います」
「それはそれは」ライジはおどけて肩をすくめた。「昨日、初めてお会いした際、俺が差し出した右手を握ろうかどうか、迷われましたか?」
「幾分。しかし、とっさに断る手段が見つからなかった」
「動機は横恋慕」
「ええ…、ええ。それは間違いない」
「忍耐の日々に疲れてしまったといったところですか」
「というより、いよいよ感情がコントロールできなくなってしまったんです。膨らみ続け、限界まで膨張した嫉妬心に、自らがごっそりと飲み込まれる…、そのような感覚に襲われました」
アルはうつむき加減で話した。
「私は湖に弟を呼び出しました。弟が来ると、待ち切れない思いで刃物を構えました。手は震えていました。息も速かった。額に汗も浮かんでいた。一方、弟は冷静でした。刃を持ったわたしを見るなり、やめて欲しい、そうとだけ言いました。それでも私は聞かなかった。弟はいっさい抵抗しませんでした。熱量を帯びた血を口から吐き、腹から大量に出血していても、死の恐怖なんてみじんも感じていないようでした。ただ、少し残念そうな顔をしたように見えました…」
「刺殺後は死体をボートにでものせて湖に捨てた。無論、凶器と返り血を浴びた服も処分した。あなたは真っ白な服に着替え、村に戻られたというわけだ」
「はい。それで間違いありません」
「これから警察に?」
アルはかぶりを振った。
「後藤さん。私は醜い理由で弟を殺してしまったのです。ならば私は、死して罪を償うべきではありませんか?」
ライジは、ふんと鼻を鳴らした。
左手の中指をおったてて見せ、「んなこと知るかよ。テメェが自分で考えやがれ」言ってやった。「バーカ」とまで付け加えてやって、それからべーっと舌まで出してやった。
さっさときびすを返して建物をあとにした。
煙草をくわえ、モッズコートのポケットに手を突っ込んだまま帰り道を進む。
お泊りさせていただいた家の前に、ミラとサヤが立っていた。
「おはようございます」ミラはきちんとお辞儀をした。
「おはようございます」ライジはゆっくりと頭を下げた。
寝起きであろうサヤは、ぼーっとしている。思考しているようには見えない。脳みそが穴あきチーズのようにでもなっているのだろう。
「どちらへ行ってらしたのですか?」
「そのへんを散歩していました」
「そうですか…」
「なにか?」
「あの…、後藤様、アル様をご存じありませんか?」ミラが不安げな声を出した。「こんな朝早くに、わたくしになにも告げず、いったいどちらへ…」
「知っているような知らないような、知らないような知っているような」
「えっ?」
ライジは微笑んで見せると、四駆に乗り込んだ。エンジンをスタートさせる。サヤもナビシートにおさまった。
サイドウインドウを開ける。「もう行きます。お元気で」と告げた。
まだ早朝なのにとでも言いたげな顔をしたミラではあったが、すぐにひとつうなずいた。
「はい。後藤様もサヤ様も、どうかご健勝であらせられますよう」
「ありがとうございます」
ライジは素早く車を切り返す。
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ミラに幸あれ。
帰り道において、二度ほど、心の中でそう唱えた。
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