旅するイスカ

とるる やびほ

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2『馬鹿な男』2-1

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 日没前。
 陸上船イスカ号は岩地にて停泊中。
 ネズミが機関室へメンテに向かってから、しばらくが経つ。
 
 ベッドの上で、つい先ほどから離島の地図に目を落としていたライジは、後ろに手を伸ばして、壁にかかっている受話器をつかんだ。船内電話をWの部屋につなぐ。

「もしもし」
「メシの準備はこれからか?」
「うん。そろそろ食堂に向かおうと思ってたところ。どうかした?」
「ここから東に五十キロほどいったところにスピノザって街がある」
「ああ、外食をするんだね」
「おまえも来いよ」
「お誘いは嬉しいけど、残る人がいるしね」

 残るのは、まずネズミだ。
 次に、最後部の船室を共有、否、占有している女二人である。
 イスカを我が子のように愛してやまないネズミはメンテを放り出したりはしないだろう。女二人は四六時中、パソコンのディスプレイに向かっている不健康な引きこもりで、絶望的につきあいが悪い。

「連中にゃあ、冷蔵庫の中を勝手にあさらせときゃいいんだ」
「食事のしたくをするのが俺の仕事だよ」
「じゃあ、必要な分だけ作りゃいい」
「できるまでの間、船長に出発を待っててもらうのも悪いから」
「ったく、おまえは、いつもブレれねぇな」
「また今度にさせてもらうよ」
「あー、そうかい。フられてばっかだと、いい加減、泣くぜ」

 Wとの通話を切った。
 今度はフェスの部屋にコール。

「はいは~い」
「よぅ、フェス。なにしてた?」
「オナニーッ!」
「…晩飯、外に食いに行くんだけど、どうする?」
「えっ、ホントホントッ?  行く行くっ!  …って言いたいところだけれど、あー、う~、でもなあ、そうだなあ、Wは?  行くって?」
「行かねーとさ」
「じゃあ、今のところ、メンツは船長とサヤさんだけってこと?」
「そうだよ」
「そっかあ。じゃあ、やめとくー」」
「はあ?  なんでよ」

 少し大きな声が出た。
 意外な返答だったからだ。
 フェスが飛びついてこないケースは考えていなかった。

「理由、聞きたい~?」
「もったいぶんな」
「だって、僕が行っちゃうと、おじゃま虫になっちゃうでしょ?」
「なんの邪魔になるってんだよ」
「デートの」
「デート?  アホ抜かせ」
「いいじゃん。二人きりで行ってきなよぅ」
「お断りだ」
「ついでに、せっくちゅもたくさんしておいで。キャハッ」
「馬鹿っ」

 受話器にそう怒鳴って、ライジは電話を切った。
 不愉快だ。
 難しい顔にもなる。
  
 本を読んでいたサヤが、「どうしたの?」と言いつつ、旅客機用の椅子から腰を上げた。
 ライジは、しっしと右手を振った。

「晩飯を外でと思ったんだがな。なくなった」
「どうして?」
「参加者が集まらねぇんだよ」
「わたしは行くよ?」
「んなこた知ってる。二人しかいねぇからやめるんだ」

 サヤがライジの腕をつかんだ。
 自分の方に引き寄せようとする。

「行こう?」
「嫌だ」
「行こう?」
「同じことを二度言うんじゃねぇ」
「わたしが車を運転するから」
「おまえが運転する車に乗るほど俺は肝がすわっちゃいねぇ」
「行こう?」
「三回言いやがったな、この野郎」

 サヤはうきうきした様子で笑っている。
 ライジは深々と吐息をついた。
 つっぱね続けるより、いっそ出かけてしまった方がめんどうではない気がしてきた。

 いつもこんな感じだ。
 結局、根負けするような格好で、サヤが付きまとうことをゆるしてしまう。
 当然ながら、あまりいい傾向とは言えない。
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