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6『スゥシンの夜』6-1
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イスカはスゥシンの五キロほど手前、街道沿いの砂漠地帯で停船した。
ここからは四駆で行く。
でかぶつのイスカでは向かえない。通行できる道路もなければ、停めるスペースだってないに決まっているからだ。スゥシンに限らず、それはどこにおいても言えることである。イスカが大手を振って入っていける街など、まずないだろう。
ロッカールームで着替えを終えた。白いスーツに紫色の蝶ネクタイ、薄紫色のストール。久しぶりのウイングカラーが、首元で少しうるさく感じられる。
出発予定時刻まで、およそ五分。
いったん、病室に戻った。
ガラス越しにスゥシンを眺める。
―ファースト・アイランド―有数の歓楽街の名にたがわぬ煌々さだ。
闇に浮かぶ光の島のようにように見える。
眠らない街。
そんな呼称が、スゥシンには似合う気がする。
ブリッジからはしごを伝っておりてきたネズミが、隣に並んだ。腕を組む。スゥシンのほうを眺めながら、「綺麗な景観だよなぁ」と、感想をもらした。
ネズミを除いた全クルーでスゥシンに入る。ネズミはお留守番だ。途中の街で警備会社の人間を十名ほど雇い、彼らに船の周囲を警戒するよう依頼してあるので、イスカを空っぽにしたってかまわないのだが、それでもネズミは残ると言って聞かなかった。どうしてもイスカから離れたくないらしい。まあ、ネズミにとってイスカは子供みたいなものなのだから、ほったらかして遊びにいくというのはナシなのだろう。
「訊こう訊こうと思ってたことがある。今、それを訊いてもいいか?」と、ネズミ。
「答えねぇかもしれねぇが」と、ライジは言った。
「金の出所さ。現状の諸経費っつーか、イスカの運用にかかる費用と俺達の給料については、ロミさんとセリカの株の儲けで賄われてるって話は前にも聞いたけど、じゃあ、イスカそのものの建造費は、どっから出てきたんだよ」
「そんなこと知ってどうすんだよ」
「単なる興味さ」
「興味ねぇ。まあいいや。答えてやる。俺の財布はいっぱいなんだよ。親父の遺産でな」
「親父さんの遺産?」
「ああ。親父は若い時分から企業家でな。いくつも会社立ち上げて、ことごとく成功した。たった一代で、巨額の富を築きあげた」
「巨額の富って、どれくらい巨額なんだ?」
「国をひとつこしらえられるくらいさ」
「そりゃすげぇ」
「親父がな。俺がすげぇわけじゃねぇ」
「跡目は継がなくてよかったのかよ」
「おつむのできがいい兄貴がいるんだよ」
「じゃあ船長は、船長になる前はなにをやってたんだ?」
「ただのリーマンだよ。親父の息のかかってねぇとこで働いてた」
「そいつはやっぱ、レールに乗っかるのはつまらねぇって思ったからか?」
「もっと単純な話だ。俺は家が嫌いなんだよ。うちの家族ってのは、金とか権力とか、そういったもんにしがみついてるしょうもねぇ連中だからな。いつかは縁を切ってやろうって思ってたのさ」
「金だけいただいて、飛び出してきたってわけだ」
「そういうこった」ライジは小さく肩をすくめて見せた。「さて、と。そろそろ行くぜ。連中も準備ができた頃だろ」
「楽しんでこいよな」
「言われなくたって、そうするさ」
病室をあとにする。
通路に出て、鉄製の階段をくだった。
船倉には、すでにみなが揃っていた。
フェスもWも黒のスーツ姿で、赤いネクタイをつけている。サヤは白いドレスだ。胸元が大きく開いている。胸がぺちゃんこなので、正直あまり似合っていない。セリカはワインレッドのドレス、丈が短く、肩ひもが細い。なかなかセクシーだ。ロミさんは膝下丈の黒のドレス。いつもはぼさぼさの髪は整っていて、毛先まで滑らかだ。ダサい黒縁眼鏡もかけていない。コンタクトレンズをつけているのだろう。外見に関してはひどく無頓着な彼女であるが、今夜はドレスコードを順守するらしい。
ここからは四駆で行く。
でかぶつのイスカでは向かえない。通行できる道路もなければ、停めるスペースだってないに決まっているからだ。スゥシンに限らず、それはどこにおいても言えることである。イスカが大手を振って入っていける街など、まずないだろう。
ロッカールームで着替えを終えた。白いスーツに紫色の蝶ネクタイ、薄紫色のストール。久しぶりのウイングカラーが、首元で少しうるさく感じられる。
出発予定時刻まで、およそ五分。
いったん、病室に戻った。
ガラス越しにスゥシンを眺める。
―ファースト・アイランド―有数の歓楽街の名にたがわぬ煌々さだ。
闇に浮かぶ光の島のようにように見える。
眠らない街。
そんな呼称が、スゥシンには似合う気がする。
ブリッジからはしごを伝っておりてきたネズミが、隣に並んだ。腕を組む。スゥシンのほうを眺めながら、「綺麗な景観だよなぁ」と、感想をもらした。
ネズミを除いた全クルーでスゥシンに入る。ネズミはお留守番だ。途中の街で警備会社の人間を十名ほど雇い、彼らに船の周囲を警戒するよう依頼してあるので、イスカを空っぽにしたってかまわないのだが、それでもネズミは残ると言って聞かなかった。どうしてもイスカから離れたくないらしい。まあ、ネズミにとってイスカは子供みたいなものなのだから、ほったらかして遊びにいくというのはナシなのだろう。
「訊こう訊こうと思ってたことがある。今、それを訊いてもいいか?」と、ネズミ。
「答えねぇかもしれねぇが」と、ライジは言った。
「金の出所さ。現状の諸経費っつーか、イスカの運用にかかる費用と俺達の給料については、ロミさんとセリカの株の儲けで賄われてるって話は前にも聞いたけど、じゃあ、イスカそのものの建造費は、どっから出てきたんだよ」
「そんなこと知ってどうすんだよ」
「単なる興味さ」
「興味ねぇ。まあいいや。答えてやる。俺の財布はいっぱいなんだよ。親父の遺産でな」
「親父さんの遺産?」
「ああ。親父は若い時分から企業家でな。いくつも会社立ち上げて、ことごとく成功した。たった一代で、巨額の富を築きあげた」
「巨額の富って、どれくらい巨額なんだ?」
「国をひとつこしらえられるくらいさ」
「そりゃすげぇ」
「親父がな。俺がすげぇわけじゃねぇ」
「跡目は継がなくてよかったのかよ」
「おつむのできがいい兄貴がいるんだよ」
「じゃあ船長は、船長になる前はなにをやってたんだ?」
「ただのリーマンだよ。親父の息のかかってねぇとこで働いてた」
「そいつはやっぱ、レールに乗っかるのはつまらねぇって思ったからか?」
「もっと単純な話だ。俺は家が嫌いなんだよ。うちの家族ってのは、金とか権力とか、そういったもんにしがみついてるしょうもねぇ連中だからな。いつかは縁を切ってやろうって思ってたのさ」
「金だけいただいて、飛び出してきたってわけだ」
「そういうこった」ライジは小さく肩をすくめて見せた。「さて、と。そろそろ行くぜ。連中も準備ができた頃だろ」
「楽しんでこいよな」
「言われなくたって、そうするさ」
病室をあとにする。
通路に出て、鉄製の階段をくだった。
船倉には、すでにみなが揃っていた。
フェスもWも黒のスーツ姿で、赤いネクタイをつけている。サヤは白いドレスだ。胸元が大きく開いている。胸がぺちゃんこなので、正直あまり似合っていない。セリカはワインレッドのドレス、丈が短く、肩ひもが細い。なかなかセクシーだ。ロミさんは膝下丈の黒のドレス。いつもはぼさぼさの髪は整っていて、毛先まで滑らかだ。ダサい黒縁眼鏡もかけていない。コンタクトレンズをつけているのだろう。外見に関してはひどく無頓着な彼女であるが、今夜はドレスコードを順守するらしい。
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