旅するイスカ

とるる やびほ

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 Wの運転でスゥシンに入った。

 まずは腹ごしらえ。

 どこを選ぼうかと考えていたら、フェスのやつが「海鮮がいいっ」と声を弾ませた。
 異議を唱える者はいなかった。
 スゥシンと海とはそう離れていない。
 海鮮を名物とうたって、やっているところももあるだろう。
 Wに「適当に流してくれ」と告げ、店を探した。

 十分ほど走ったところで、でかい牡蠣の看板を掲げている店を見つけた。
 オイスターバーなのだろう。
 よほど儲かっているのか、平屋の建物は大きい。

 Wは牡蠣の店の脇にある広い駐車場に四駆を滑り込ませた。
「ここにしよう」とWは言った。
 異議を唱える者は、やはりいない。
 みな、車から降りた。


 白い間接照明にふわりと包み込まれた店内に足を踏み入れると、女達の歓迎を受けた。
 長い通路に整列し、にこやかに出迎えてくれた女達は、色とりどりのチャイナドレスを身にまとっている。若くて美しい女ばかりである。しかも、そろいもそろって、非常に肉感的な体つきをしている。ドレスは胸元の肌が見えるデザインだ。豊かな乳房の谷間がのぞいている。丈は下着が見えそうなくらい短い。

 セリカがロミさんと食べると言い出した。早速店員に案内させ、二人は店の奥へと姿を消した。続いて、Wとフェスの二人も店員に伴われて行ってしまった。

 セリカは単純にロミさんと二人だけで食事をとりたいというだけだろうが、フェスとWは気をつかったのかもしれない。ライジとサヤを二人きりにしてやろうとでも考えたのだろう。彼からすれば迷惑な話でしかない。舌のひとつも打ちたくもなる。が、今さら連中を呼び戻すのも面倒な話だ。

 しかたなく、ライジはサヤと一緒に食事をすることにした。

 店で一番広い座敷が空いているからと、そこに通された。

 たしかに広い。真ん中に置かれている座卓もでかい。

  しかし、女は空いていると言ったのに、座敷にはしわくちゃの小さなじじいがいた。つるつるとした質感の紫色の着衣を身にまとい、頭には金色のひし形の帽子。座布団に座り、両脇に黒いチャイナドレス姿の女を従えている。女二人は双子だろうか。髪型は違うが、顔立ちはそっくりだ。

 ライジはじじいの向かいの席に腰を下ろし、彼の隣にサヤが座った。
 じじいの背後には生け簀がある。
 巨大だ。
 水族館の水槽みたいだ。
 ひもに連ねられた牡蠣が吊るされている。
 牡蠣だけではない。
 多くの魚が所狭しと泳いでいる。

「にいさん、ようこそね」と、じじいが言った。ねばっこさのある高い声だった。「言ってくれればなんでも振る舞うね」
「ここは牡蠣を食わせる店じゃねーのか?」
「牡蠣だけじゃないね。うしろを泳いでいる魚も食わせるね。ご所望とあれば、うちの店員を食わせてやってもいいね」
「女どもは店員と娼婦を兼業してんのか」
「そうね。ここは娼婦の見本市でもあるね」
「じいさんってば、やくざもんなのかよ」
「言わずもがな、ね。手広く商売させてもらってるね」
「どうして客の部屋に陣取ってんだ?」
「いちげんさん、しかも女連れの客の相手をするのが、ワタシの趣味ね」
「相手?」
「十五を言ってはならないゲームは知っているね」
「いや、知らねーな」
「ゲームに勝ったら、賞金をやるね」
「賞金って、いくらくらいだ?」
「一生、生活には困らないだけの金をやるね」
「ほぅ。太っ腹じゃねーか」
「だけど、にいさんが負けたら、女をもらうね」じじいがゆっくりとサヤに目を向けた。「そのお嬢さん、胸は著しく寂しいが、見た目はそこそこね。いい女ね」

 サヤがライジの腕にしがみついてきた。
 にぃと笑うじじいを見て、怯えた表情を見せる。

「で、なんだよ、十五を言ってはならないゲームって」
「文字通り、十五を言ったら負けのゲームね。一から数えて、十五を言ったらダメね。一回で言える数字は一つ以上、三つ以下ね」
「ふぅん。なるほどな」
「先行と後攻、好きな方を選ばせてやるね」

 ライジはすぐに「先行だ」と答えた。

「ほんとうに、先行でいいね」
「ああ。先行だ」
「言ってみるね」
「一、二」
「三、四ね」
「五、六」
「七、八ね」
「だったら、九、十」
「十一ね」
「十二、十三、十四」

 じじいは、しわくちゃの顔をほころばせた。

「にいさん、やるね」
「馬鹿言え。簡単だろ。十四を言った方の勝ちなんだから。十四を言うには十を取ればいい。十を言うには六を取ればいい。六を言うには二を取ればいい。要は先行を取れば勝てるゲームじゃねーか」
「とっさにそう思考できる人間は多くないね」
「何人も女を奪い取ってきたっつーわけだ」
「そうね。奪い取ったね。女はいいね。高く売れるね」
「金に目が眩んで女を差し出すなんざ、最低だな」
「にいさんも女賭けたね」
「ゲームの勝ち負けに関係なく、くれてやるさ、こんな女」
「じゃあもらうね」

 サヤがいよいよ強くライジの腕にしがみついてきた。
 猫みたいにふーふーっと鼻を鳴らし、怒った顔でじじいのことをにらみつける。

「で、俺が勝ったわけだけど、金、払うつもりはあるのかよ」
「ルールは守るね。小切手書くね」
「冗談だよ、馬鹿。金なんて要らねーよ」
「どうしてね」
「俺も金持ちなんだよ」
「そうは見えないね」
「いいから、とっとと牡蠣を食わせろよ」
「にいさん、威勢がいいね。器がでかいと見たね」

 じじいが「おい」と言うと、黒いチャイナドレスを着た女二人が立ち上がった。

 女二人が戻ってきた。

 生牡蠣がのった丸い皿と白ワインが入ったグラスが座卓に並んだ。

 添えてあるレモンを絞って、生牡蠣を口にした。

「どうね?」
「美味いよ。問答無用で美味い」

 サヤの方を見た。
 ひと口で食べて見せると、首を傾げて眉根を寄せた。
 これのどこが美味しいのとでも言いたげだ。
 
 じじいが、クックと笑った。

「お嬢さん。牡蠣の味がわからないと、一人前の女とは言えないね」

 サヤはほおを膨らませて不満げな顔をした。

「またスゥシンを訪れることがあれば、寄らせてもらう。それまでちゃんと生きてろよ」
「漢方たくさんやってるね。多分、生きてるね」
「ところでじじい、あんたの名前は?」
「リュウね」
「リュウさんか。だったらリュウさん」
「なんね?」
「そのひし形の帽子、死ぬほど似合ってねーよ」

 じじいは、心底おかしそうに、けらけらと笑ったのだった。
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