蓮城さんちの兄と弟

桐山アリヲ

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蓮城さんちの兄

12

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 「なんか、ごめんな」

 ナツのグラスに麦茶を注ぎ足してやりながら、おれはいった。
 
 「ビーフシチューが食べたいっていってたのに、そんなんじゃ、もの足りないだろ」

 湯気のあがるチャーハンをさくさく口に運んでいたナツは、スプーンをぴたりと止めて目をあげる。

 「全然。むしろ、すげーうまいよ。なんつーか、肉感が半端ない」

 ナツがシャワーを浴びている10分ほどの隙で作った、レシピ無視の時短チャーハン。肉の主張が強いのは、ビーフシチューにするつもりだったブロック肉を細切りにして、これでもかと投入したからだろう。
 味つけも勘頼みで、あまり自信がなかったものの、ナツの食いつきを見る限り、そう大きく外しているわけじゃないらしい。
 
 「そういや、親父もよく作ってたな、チャーハン」
 
 「冬馬さんが?」

 「オレがガキの頃さ、保育園から帰ってくるなり、スーツ着たまま、チクワとか沢庵とか、冷蔵庫にあるものテキトーに放りこんでちゃちゃっと作んの。そんときは疑問も持たずに食ってたけど、いま思うと、保育園児に沢庵はないよな」

 「なんか、冬馬さんらしい。鼻歌とか歌いながらフライパン振ってる姿が目に浮かぶ」

 「それな」とにやついたナツが、ふいに、遠くを見るような目をして続けた。

 「けど、あれはあれでよかったんだよな。手抜きしてんのがバレバレだから、こっちも気楽に構えてられるっつーか。うまくいえないけど……俺のせいで親父が犠牲になってるわけじゃないって思えたからさ」

 ナツの話を聞きながら、商社勤務の冬馬さんが、一時期、本社の営業部から地元にある関連会社の倉庫へ出向していたのを思い出した。
 激務の続く営業職とは違い、倉庫管理の仕事なら、急な休みや早退なんかの融通も効きやすいだろう。幼いナツを1人で育てるための、現実的な選択だったんだと思う。
 ナツとの暮らしのために選んだことや、選ばなかったこと。冬馬さんの葛藤と決断の過程を傍らで見てきたナツには、幼いなりに、思うところが少なからずあったのかもしれない。

 「シュウは、大丈夫なのか」

 いきなり矛先をむけられ、驚いた。無言のままナツを見ると、まっすぐな視線が返ってくる。
 
 「毎日の夕飯の支度、めっちゃありがたいと思ってる。だけど、前みたいに家事代行サービスを頼るってのも全然ありだと思うんだ。オレにとっての陸上と同じくらい、シュウにも大切にしたい時間があるはずだろ」

 自然と、頬がゆるんだ。

 わかってないな……。
 
 大切なひとが、自分の作った料理をおいしそうに食べてくれる。それを見ている時間がどれだけ幸せなものか。たぶん、いまのナツにいってもピンとこないだろう。

 それに……ナツの口に入るものは、なるべく他人任せにしたくない。ナツにはあまり知られたくない、おれのエゴと独占欲。

 「おれは好きでやってるの。それでなくても、部活やめてから受験勉強しかやることないんだ。唯一の息抜きまで取り上げないでくれよ」

 「無理してるわけじゃ、ないんだな?」

 「だから、そういってる。ま、沢庵入りのチャーハンをおいしく作れるようになったら、おまえにもわかるかもな」

 「はぁ?なんだそれ」

 「そうだ、デザートがあったんだ」

 話は終わりとばかりに、おれは、八百屋のおじさんからもらったサクランボを水洗いして食卓に載せた。
 照明を反射して艶やかに光る真っ赤な粒の集まりは、皿いっぱいに盛られた宝石みたいだ。
 
 「グリーンショップフジタって、たしかシュウの同級生がいたよな」
 
 商店街での経緯を話すと、なぜか、ナツは浮かない顔をした。
 
 「よくおぼえてるな、学年ちがうのに」

 「おぼえてるっつーか、忘れてないっつーか……」

 奥歯にものの挟まったようないい方。少し気になったものの、ナツはそれきり口をつぐむと、サクランボに手を伸ばす。

 「甘っま……」

 おれは、ナツの向かい側に腰をおろした。
 テーブル越しに満足そうな様子をしばらく見守ってから、思いきって口をひらく。

 「あのさ、ナツ。おれ、卒業と同時に家を出ようと思ってるんだ」

 ナツは、凍りついたように動きを止めた。
 怒ったようにも、傷ついたようにも見えるまなざし。それを正面から受け止めて、おれは続けた。

 「目星をつけてる大学は、ここからでも通える距離にあるんだけど、キャンパスの近くにアパート借りるつもりでいる」

 「なんで急に、そんなこと……」

 「ずっと前から考えてたんだ。できるだけ早く、おまえから離れるべきだって。だけど、いまの気持ちは、それとは真逆だな。この家にいながら何食わぬ顔でナツのお兄ちゃんを続けていくのは、やっぱりむづかしいと思うんだ。だから一旦、そっちも卒業させてほしい。勝手なこといって、ごめんな」

 「あり得ねぇ。せっかく両想いになれたのに、なんだよ離ればなれって」

 ナツが口をとがらせる。幼さの残る表情に、愛おしさがこみあげた。

 「まだ先の話だよ。会いたくなったら、いつでも会えるし」

 「もう、決めたことなんだな」

 「ごめん。でも、わかってほしい。おれたちふたりにとって、必要なことだと思うから」

 しばらく黙りこんでいたナツが、ふいに、ぽつりとつぶやいた。

 「浮気するなよ」

 まったく、なにをいい出すかかと思えば……。

 「するわけないだろ。おれって、そんなに信用ない?」

 「シュウのことは信用してる。信用できないのは、周りだよ。たとえば、コレとかな」

 ナツは、つまんだサクランボを、おれの前にひょいっと突き出した。

 「藤田サンとこの娘。中学の卒業式の日、わざわざ家まで押しかけてきてシュウに告ってただろ」

 いわれてみれば、そんなこともあったような……。

 「まぁ、女子に告られるのなんて日常茶飯事だったから、シュウはいちいちおぼえてないんだろうけど、オレは忘れてないからな。ポストに入ってたシュウ宛の手紙とかバレンタインのチョコとか、何度ゴミ箱にぶちこんだと思ってるんだ」

 「おまえ、おれに隠れてそんなことしてたの?」

 「生ぬるい目で見んな」

 ふてくされた顔のナツが、ぼそりとつぶやく。

 「悪かったな。オレだって、自分がこんなに嫉妬深いヤツだとは思ってなかったよ。だけど半分はシュウのせいだぞ。なにかと自覚に欠けるんだよ、シュウは。さっきだって、だれもいない家に司馬さんあげてるし」

 「それは不可抗力だろ。司馬はたまに悪ノリするけど、それだけだよ」

 「それでもオレは嫌なんだよ。嫉妬でおかしくなりそうだった。あの場で司馬さんをぶん殴らなかったのが不思議なくらいだ」

 熱をはらんだ切れ長の瞳が、おれを捉える。
 そんな目で、見ないでほしい。さっきからずっと、体の奥がうずいて困る。

 「わかったよ。これからは気をつける」

 多少の理不尽をおぼえつつも潔く折れると、ナツはやわらかく口の端をあげた。それだけで、精悍さの際立つ顔立ちが一転、やさしげな印象になる。
 
 ずるい。そんな顔されたら、なんでも許してしまいそうだ。

 「おれ以外に、見せるなよ」

 「え、なんて?」
 
 「なんでもない」と軽く首を振ってから、おれは、ふいに浮かんだ疑問を口に出した。

 「そういえば、さっき、なんで濡れて帰ってきたわけ?傘、持ってたよな」

 「司馬さんに渡した」

 「はぁ?」

 「正確には、ぶん殴る代わりに無理やり押しつけた。オレは濡れてもすぐに着替えられるけど、司馬さんは電車だろ。風邪でもひかれて関東大会に影響したら最悪だ。どうせぶっ潰すなら、向こうが好調なときじゃないと気持ちよくないからな」

 同じようなセリフを、ついさっき、この場所で聞かなかっただろうか。

 「……おまえら、ほんっと似た者同士だな。むしろ、おれの方が妬けるんですけど」

 あきれながらからかうと、ナツは心底嫌そうな顔をした。
 



 

 
 

 

 
 
 
 


 

 

 

 
 

 

 

 

 

 
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