蓮城さんちの兄と弟

桐山アリヲ

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蓮城さんちの弟

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 ふり返ると、いま通ってきたばかりの場所に、見覚えのない女子が立っている。
 
 サラサラの長い黒髪に、すらりとした体型。ブレザーの胸元についた校章の色は、赤。2年生だ。
 
 「ごめんね、いきなり呼び止めたりして。あの……」

 ためらう様子を見せた黒髪女子は、やがて、思い定めたようにオレを見あげて口をひらいた。

 「蓮城くんって、つき合ってるひととか、いるのかな」

 ハッとした。ここまでいわれたら、いくら鈍いオレにもわかる。
 そういう意識で改めて見おろすと、彼女は、かなりかわいい顔立ちをしていた。街を歩けば、たいていの男がふり返るんじゃないだろうか。
 ふつうなら、舞い上がるとこなんだろうな──頭のすみで冷静に思う自分を、苦々しく感じる。
 
 「……つき合ってるひとは、いませんけど」
 
 慎重に言葉を選びながら、応えた。
 
 「そもそも、だれかとつき合うとか、いまは考えられないです。時間にも気持ちにも、余裕ないんで」

 「……そっか。そうだよね。蓮城くん、陸上部のエースだもんね。100メートルで日本一なんて、ほんとにすごいと思う。ごめんね、いきなり変なこと聞いて。夏のインターハイ、がんばって」

 早口にそれだけいうと、黒髪女子は、回れ右して昇降口のある方角へ走って行った。

 その後ろ姿を見送ってから、ゆっくり踵を返したとき──。

 「いまのは、ズルいと思うな~」

 今度は渡り廊下の方から、別の声がした。
 見ると、黒のパンツスーツを着た若い女が、こっちに向かってスタスタ歩いてくる。肩までおろした鮮やかな赤色の髪が、ぱっと目についた。
 
 鷺高に、赤い髪の教師なんていたか?
 
 目の前で立ち止まった女は、猫を思わせる吊り気味の目でまっすぐにオレを見あげ、からかうような声音でいった。
 
 「キミ、わざと告白させなかったでしょ。あっさり引き下がってくれてホッとしたって、顔に書いてある」
 
 「……だったら、なんなんスか」

 「百歩譲って、気持ちに応えられないのは仕方ないと思うよ。でもねぇ、それならそれで、相手の真意を最後まで聞いてあげるのが、最低限の礼儀ってもんじゃないの?『好きです』くらい、ちゃんといわせてあげなさいよ」

 初対面の相手に──しかも、こっそり立ち聞きしていたヤツに、ここまでズケズケいわれる筋合いはない。でも、相手は教師だ(たぶん)。
 大きく息をついて、いらだちを飲みこんでから、オレはいった。

 「さっき、余裕がないっていったのはホントです。いまは自分のことだけで精一杯なんで。このうえ赤の他人の感情まで受け止めるキャパはないし、そんな義理もないと思いますけど」

 「ふぅん。日本で1番速い男ってわりには、ずいぶんこというんだね。なんか、がっかりだなぁ」

 「ほっといてくれませんか。あと、どこを聞きかじったのか知りませんけど、日本一っていうのは全中の話です」

 「ぜんちゅう?」

 「だから、中学生の中では1番だったってこと。オレが日本一なわけないでしょ。最近じゃ、10秒台すら出せてないっていうのに」
 
 いらだちまぎれに、つい、よけいなことまで口走ってしまう。
 本番のレースこそ華やかに見えるかもしれないが、ショート・スプリントは、きつい練習をうんざりするほど積み重ねたその先で、ようやく0.1秒を削ぎ落とせるかどうかという、泥臭いうえに恐ろしくコスパの悪い競技だ。
 オレが身を削ってつかみ取った10秒台中盤の自己記録も、目の前の女にとっては、コンビニのレシートに並ぶ数字ほどの価値すらないんだろう。
 
 「中学で1番なら、これからもっと速くなれるってことだよね」

 ひとりモヤモヤするオレに向かって、女は、あっけらかんといい放った。

 「だったら、しょうもないことばっかいってないで、さっさと日本最速の男になっちゃいなさいよ」

 「あのなぁ……」

 勝手なことばっかいいやがって……。

 なんだか、無性に腹が立ってきた。

 「教師だと思っておとなしく聞いてりゃ、アンタさっきからなんなんだよ。なんにも知らない素人が、横からよけいな口挟んでくんな!」

 「う~ん、教師っていうか……その卵?」

 「はぁ?」

 オレが口を開きかけた、ちょうどそのとき、体育館の出入り口から、慌てた様子で教頭が飛び出してきた。
 白髪頭をふり乱し、キョロキョロ辺りを見回したかと思うと、ハッとしたように、こっちに向かって片手をあげる。
 
 「あぁ、いたいた!ちょっと、水沢先生!勝手にウロウロされちゃ困るよ」

 「やば。校内を案内してもらってたんだった」

 水沢と呼ばれた女は、いうほど悪びれた様子もなく、

 「じゃあまたね。イケメンくん」

 そういうと、小走りに渡り廊下へ戻って行った。

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