琥珀いろの夏 〜偽装レンアイはじめました〜

桐山アリヲ

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 麟太郎に連れられて入ったのは、大学からだいぶ離れたターミナル駅構内にあるカフェだった。
 
 ここまで来れば、大学関係者に会う確率が格段に減るというのもあるけれど、このあと約束している相手との待ち合わせ場所がここから近いという、おれの都合を考慮してもらった結果でもある。

 
 帰宅ラッシュにはまだ早い夕方の店内は、小さな子どもを連れた母親や、制服を着た中高生の姿が目立つ。
 
 「別れようと思ってるんだ、ミユと」

 カウンターで受け取ったアイスコーヒーを片手にテーブル席で向かい合うと、麟太郎が、そう切り出した。
 
 ミユ、というのが、こいつの今カノの名前だと思い出すのに数秒かかった。
 
 サークルの交流会で知り合ったという、近所の女子大に通うかわいい女の子。
 彼女からの猛烈なアプローチに押される形で、ふたりがつき合いはじめたのは、ひと月ほど前のことらしい。

 らしい、というのは、おれにその情報をもたらしたのが、本人ではなく同じ学科の友人だからだ。
 
 麟太郎は昔から、おれにそういう話をしてこない。ゲイのおれに女の話を聞かせても仕方がないと思っているのかもしれないし、どうせすぐに別れるとわかっているから、話したところで意味がないと考えているのかもしれない。
 
 実際、こいつが半年以上続いた相手は、おれの知る限り、いままでひとりもいなかった。


 話を切り出したわりには、それきり押し黙ったままストローをもてあそんでいた麟太郎が、ふいに「なぁ、タマ」と、静かに口を開いた。

 「恋って、なんなんだろうな」

 「はぁ?」 
 
 思わず、まぬけな声がもれ出てしまう。

 「彼女のこと、好きだからつき合ってたんじゃないの?」

 問いかけると、麟太郎は気まずそうに視線をそらした。
 
 「ミユのことは気に入ってるし、かわいいと思うよ。でもなぁ……機嫌よく話してたと思ったら急に怒りだしたり、1ミリも興味ない雑貨屋めぐりにつきあわされたり、意識が飛ぶほど退屈な恋愛映画で号泣してる姿を何度もみせられたり……そういうのが積み重なると、けっこうキツくてさ」
 
 「おまえいま、全世界の女を敵に回したぞ」
 
 「自分でも、ひどい言い草だとは思うよ。でもそれが本音なんだからどうしようもない。…どこかおかしいのかもな、おれは」

 「おかしい?」

 「だってよくいうだろ。好きになると相手の欠点も笑って許せるとか、むしろダメなところが美点に思えるとか。そういう心境、俺にはイマイチぴんとこないからさ」

 あくまで淡々と、麟太郎が続ける。

 「尻軽からマジメちゃんまで、いろんなタイプとつき合ってみたけど、肝心の自分の気持ちは、いつもどこか冷めてる。お互い遊びって割り切れるならそれでいいのかもしれないけど、そういうのもいいかげん、むなしくなってきたっつーか」

 「……それで、別れることにしたわけか」

 「おれの事情はともかく、向こうはけっこう本気みたいだからさ。このままズルズル続けんのは、さすがにマズイだろ。まぁ、クズはクズなりに思うところがあるってこと」


 さっき廊下で耳にした噂話を皮肉っているのだろう。麟太郎が、そういって口の端をあげる。


 もしかしたら、こいつなりに、ずっと悩んでいたのかもしれない。ふと、そんな思いが胸をよぎった。

 はたから見れば笑い話のようでも、本人は至って真剣に思いつめている。個人的な悩みというのは、案外そういうものじゃないだろうか。


 おまえはいいやつだよ。


 そういってやりたい気持ちが、胸の奥からこみあげてくる。けれど、うかつに本音をもらしてしまえば、その奥に秘めた想いまで溢れ出しそうで怖かった。 
 
 だから、おれの言葉はいつだって、ぶっきらぼうでそっけなくなる。

 「おまえは来るもの拒まずなだけで、べつにクズってほどでもないだろ」

 麟太郎は、意表を突かれたように眉をあげ、なにかいいかけてから、思い直したように笑みを浮かべた。

 「ありがとな、タマ」

 「べつに……」
 
 「で、ここからが本題なんだけど」

 麟太郎の口調が、ほんの少し改まった。

 「この際、俺はしばらく色恋沙汰から距離を置こうと思ってるんだ。タマも賛成してくれるだろ?」
 
 「べつに、いいんじゃないの」
 
 「だったら、協力してくれるよな」
 
 「協力?」

 なんだか、ものすごく嫌な予感がする。
 おそるおそる目をやると、麟太郎は、まっすぐにおれを見ながら涼しい顔でいい放った。

 「タマには、偽装カレシになってもらおうと思ってるんだ」

 ん?

 「ぎそう……なに?」
 
 「だから、偽装のカレシ。要するに、恋人のふりしてくれっていってんの」
 
 「だれが?」
 
 「タマが」
 
 「だれの?」
 
 「俺の」
 
 「……」
 
 あぜんとして言葉も出ないおれを、麟太郎は、にこりともせず真顔で見ている。

 どうやら、冗談をいっているわけではないらしい。 

 おれは、やっとのことで口を開いた。

 「ちょっと待て。いまの話の流れで、どうしてそんなぶっ飛んだ結論に結びつくんだよ」

 「べつにぶっ飛んでないだろ。考えてもみろよ。チャラいイメージの染みついた俺が、急に浮いた話から手を引くなんていったところで、うまくいくと思うか?」

 たしかに、彼女がいると承知のうえで麟太郎に大胆な色目を使う女の子たちを、おれはいままで散々見てきた。
 でもそれは、麟太郎が自分でまいた種なわけで……おれに、なんの関係が?

 「要するに、いままでのイメージをひっくり返すには、思いきった方針転換が必要ってこと。タマはその切り札なんだよ。俺が男とつき合ってるって知ったら、そういう目的で気軽に近づく女はいなくなるだろ。つまり女子全員と平等に距離が置けるわけだ。しかも、このやり方なら、なんのコストもかからない」

 流れるような口ぶりは、まるで押しの強い営業マンか、うさんくさい政治家みたいだ。

 「それに、俺がタマとデキてることにすれば、別れ話を切り出したとき、ミユもそれほどストレスを感じずにすむんじゃないかと思ってさ。人間、あまりにもかけ離れた相手には、対抗意識が生まれにくいからな。俺がほかの女とイチャつくのは許せなくても、相手が男なら「しょうがない」ですまされる。俺とタマの偽装恋愛、プラスしかないだろ。だれも傷つかず、みんなが平和に過ごせる最善の方法だと思わないか?」


 だれも傷つかず、みんなが平和に?
 
 その「みんな」のなかに、おれは入っているのだろうか。


 胸の奥から、どろりと重たい何かが突き上げてくる。
 それが怒りの感情だと気づく前に、おれは椅子から立ち上がっていた。

 
 「ふざけんな!どこが最善なんだよ!ゲイなめんな!」


 店内の視線が一斉におれに集まる。けれど興奮しているせいか、まったく気にならなかった。
 
 すべてが凍りついたように動きを止めた店内で、麟太郎だけが動じる様子もなく、静かにいった。

 「まぁ座れよ、タマ」

 
 「ママぁ、ゲイってなぁに?」
 隣の席で、小さな女の子が母親にたずねる声がする。
 「いいから黙って食べなさい。そっち見ちゃだめ!」
 
 
 おれはそのやりとりを、どこか遠い世界の出来事みたいに聞いていた。




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