琥珀いろの夏 〜偽装レンアイはじめました〜

桐山アリヲ

文字の大きさ
5 / 25

しおりを挟む
 
 偽装カレシ発言の翌日から、麟太郎は、おれの隣にぴったり張りつくようになった。
 
 朝は、自宅通学しているおれをわざわざ玄関先まで迎えにきて、30分ほど電車に揺られてから肩を並べて大学へ。
 授業が終われば、同じ道筋を逆にたどるか、おれのバイトがある日は当然のようにバイト先のカフェまで同行してきて、すっかり顔なじみになった店長と長話をしてから帰っていく。
 
 おまえはSPかとつっこみたくなる密着ぶりは、キャンパスにいる間、さらに激しさを増した。
 
 授業中はもちろんのこと、空き時間の暇つぶしも昼食の席も、常におれの隣を陣どり片ときも離れようとしない。黙っていると、トイレにまでついてこようとする始末だ。
 
 
 そんな生活が3日目に突入した昼休みの学食。おれは、とうとう麟太郎に食ってかかった。

 「あのなぁ、百歩ゆずって恋人のふりをするのはいいよ。いや、全然よくないけど、しょうがないから、おまえの気がすむまで好きにさせようくらいには思ってた。けど、いくらなんでもやり過ぎなんだよ。これじゃあ、カレシっていうより完全にストーカーだぞ」

 「これくらい徹底しないと説得力に欠けるだろうが。こないだまで俺が女とつき合ってたこと、ここにいる大半のやつが知ってんだから」

 向かい合って日替わり定食の鶏カラをほおばりながら、麟太郎が、いけしゃあしゃあといってのける。

 
 こいつが、いったん口にしたことは何があろうと絶対にやり遂げる超絶有言実行タイプなのは知っていたけれど、それがまさか、こんな茶番にまでもれなく発揮されるとは。

 マジでかんべんしてほしい。

 ふいに視線を感じて横を見ると、隣のテーブルでラーメンをすする男子学生と目が合った。ぎょっとした様子の彼は、なぜか慌てて目をそらす。
 まるで、見てはいけないものを視界に入れてしまったようなリアクション。

 なんだろう、この感じ。もう嫌な予感しかしないんですけど。

 ためしに、混雑した学食のなかをぐるっと見回してみる。
 周囲の視線が冗談みたいにパッと散るのを目にした瞬間、おれは、自分の身になにが起きているのか、うすぼんやりと理解した。

 「なぁ、麟。念のために聞くけど、おれたちがつき合ってるとか、あえていいふらしたりしてないよな」

 麟太郎は、定食のトレーから目をあげずに口をひらいた。

 「多少プロモーションもしておかないと、作戦の効果が出にくいかと思ってさ」

 「……いいふらしたんだな」

 どうりで、ここのところやけに視線を感じると思った。黙っていても人目をひく麟太郎が隣にいるせいだと自分なりに納得していたけれど、それだけじゃなかったのだ。

 「おおっぴらにゲイバレすんの、嫌だった?」
 
 と、麟太郎。
 
 「それはいいよ。べつに隠してないから」

 以前、同じ学部の女の子に告白されたとき、思いきってゲイだと伝えた。
 勇気を出して思いを告げてくれた相手に嘘をつきたくなかった、というのもあるけれど、高校時代の経験を経て、おれの神経が多少図太くなっていたことも影響していると思う。
 
 傷つくことは、いまでも怖い。それでも、あのとき痛みの輪郭をぼんやり捉えたことで、おれは、目に見えないなにかを闇雲に恐れていた頃より、ほんの少し大胆になっていた。
 
 そんな背景も手伝って、この1年あまりのあいだ似たようなことを何度かくり返すうちに、玉根ゲイ説は、すっかり定着しつつある。
 噂がひとり歩きしている状況とはいえ、そんなに嫌な気がしないのは、出だしの部分に自分の意思がしっかり介在しているからだろう。

 生身の自分を外の世界にさらすことで、心もとなさを感じることも、ないとはいわない。けれどその一方で、おれは、サイズの合わない服を着せられているような居心地の悪さや息苦しさから、ゆるやかに解放された。
 
 でも、麟太郎は違う。よけいな障壁など感じることなく、ありのままの自分で堂々と生きられる人間が、わざわざ他人の服を着こむことに、どれほどのメリットがあるというのだろう。

 正直、おれは麟太郎の気持ちが理解できない。


 「おれはともかく、麟はホントにこれでいいわけ?このままみんなにゲイ認定されたら、卒業までずっとそういう目で見られるんだぞ」
 
 おれの問いかけに、麟太郎は箸を止めて視線をあげた。

 「おまえ、おもしろいこというな。そのための偽装恋愛だろうが」

 偽装恋愛。
 
 わかっていても、こいつの口から改めていわれると、やっぱり少し胸が痛む。

 「おれがいいたいのは、もっとほかに方法があるんじゃないかって」

 「はい、あーん」

 おれの言葉をさえぎる麟太郎のふざけたかけ声にのせられ、うっかり口をあけると、つけ合わせのミニトマトを放りこまれた。

 「あにふんらよ」
 
 「ははは。おまえ、ほんとにトマト好きだよな」

 トマトは、おれの好物であると同時に、ほとんど好き嫌いのない麟太郎が、唯一苦手とする食べ物だ。

 ただの残飯処理じゃねーか。
 
 しかも、おもいきり話をはぐらかされた気がする。

 「仲いいねぇ、お二人さん」

 頭上から降ってきた声に顔をあげると、昼食のトレーを手に、長身の男が立っていた。
 よく日に焼けたその顔には、見覚えがある。麟太郎が入っているフットサルチームのメンバーだ。
 
 「麟が千年っちとつき合ってるって、ホントだったんだな」

 「なにが千年っちだ。気安く呼んでんじゃねぇぞ」

 と、麟太郎が彼をにらむ。

 「だって玉根くん、すげぇかわいいじゃん。ぶっちゃけ肌なんか俺の彼女よりよっぽどきれいだし。麟がよろめいたのもわかるわ~」

 「よろめいたんじゃない。俺は最初からタマ一筋だ」

 よくいうよ。
 
 しらけた気持ちが顔に出るのをごまかすため、おれは目の前のから揚げ定食に集中する。  
  
 「麟が浮気したら俺にいいなね。責任持って、俺がばっさり去勢してやるから」

 「浮気なんてするわけないだろ。つーか、おまえうるせぇよ。さっさと行け」

 「はいはい。そうだ、千年っち。今度の日曜、社会人チームと試合するから見に来てよ。カレシの活躍、見たいでしょ?」
 
 「あぁ、うん」

 あいまいな笑顔で応じたおれに、彼はヒラヒラ手をふって、「んじゃ、邪魔者は退散しま~す」と、べつのお仲間が待つ席へと去っていく。

 その後ろ姿を目で追いながら、おれはいった。
 
 「こんなふうに友だちダマして、後ろめたくない?」

 「全然」
 
 「おれは後ろめたいよ」

 この罪悪感が、だれに対するどんな種類のものなのか、わからなくなるくらいに。

 「そのうち慣れる」
 
 と、麟太郎。
 
 「慣れたくないっていったら?」

 「あいかわらずだな、タマは。へんなところでマジメっていうか、嘘がつけないっていうか」
  
 「要するに、融通がきかないっていいたいんだろ」

 「ばぁか。そこがいいっていってんの」

 やわらかく笑った麟太郎は、おもむろに片手をのばし、おれの髪の毛をくしゃっとかき回した。

 なんだ、コレ…。

 とっさのことに固まっているおれの様子なんておかまいなしに、麟太郎が、再び口をひらく。


 「日曜の試合、観に来いよ。さっきフライングされたけど、もともと、おまえを誘うつもりだったんだ」 

 「……」

 「来るよな、タマ?」

 「……うん」

 念を押すように問われ、ぎくしゃくと首をたてにふる。

 おれが平常心を取り戻したのは、いつもと変わらない様子の麟太郎から、試合の詳細を説明された後だった。
 
 
 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(2024.10.21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

僕の部下がかわいくて仕方ない

まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

処理中です...