15 / 25
15 回想
しおりを挟む図書館での一件をきっかけに、おれは多くの時間を麟太郎と過ごすようになった。
クラスが離れているから、つねに顔を突き合わせていたわけじゃない。
それでも、授業のあいまに麟太郎がひょっこり訪ねてくるのは珍しくなかったし、昼休みにはどちらかの教室か、天気が許せば屋上の日陰に入って、持ち寄った弁当を一緒に食べた。
麟太郎めあてにサッカー部の連中が集まってくることも、しょっちゅうだった。
気さくでノリのいい彼らがそろうと、昼食の場がうるさいほどにぎやかになる。
謹慎が明けて以降、だれもいない空き教室にもぐりこんで孤独に弁当を食べていたおれは、その状況を好ましく思う反面、彼らの輪のなかで笑う麟太郎を見るたび複雑な気持ちになった。
監督からの圧力という理不尽な理由で退部を余儀なくされた麟太郎には、サッカー部に対して、なにかしら思うところがあるはずだ。そんな屈託はおくびにも出さず、以前と変わらない態度で彼らと接する麟太郎の気持ちを思うと、やるせなさに胸が騒いだ。
図書館通いは、あいかわらず続いていた。
顔を出すのは、たいてい放課後。
授業が終わると、特進クラスの生徒たちに混じって下校までの時間を一緒に過ごし、日の暮れた道を最寄り駅まで並んで帰る。
早めに切り上げた日は、学校から電車でひと駅の麟太郎の家に寄り道することも少なくなかった。
両親ともに弁護士をしている麟太郎の家は、平凡なサラリーマン家庭で育ったおれからすると、とんでもない豪邸で、吹き抜けのある玄関だけでも十分暮らしていけそうなほど広い。
おれがそういうと、麟太郎はおかしそうに笑った。
「だったら一緒に住むか?俺、タマとなら家族になってもやってけそうな気がする」
「家族?」
「おまえといると、不思議なくらい自然に息ができるんだよな。うまく言葉にできない考えとか、輪郭のはっきりしない感情とか、そういうのも、変に構えたりしないですんなり話せる。双子の兄弟がいたら、こんな感じなのかなって思ったりして。俺、ひとりっ子だからさ。そういうのに、どっかで憧れてんのかも」
似たようなことは、おれも時どき考えていた。
ふだんは胸にしまいこんでいる様々な思いを、麟太郎のまえではためらうことなく口にできる。麟太郎といれば、ときおり訪れる沈黙ですら、不思議なほど満ち足りていた。
その一方で、「家族」とか「兄弟」という言葉には引っかかりをおぼえた。
おれもひとりっ子で、いまだに兄弟がほしいと思うこともあるけれど、麟太郎がそうであってほしいと願ったことは、ただの一度もなかったから。
だとしたら──ときおり湧き上がるこの感情はなんなのだろう。
自分のこと以上に相手を気にかけずにはいられない、時どき胸がしめつけられるように切なくなるこの感情を、いったい、どんな名前で呼べばいいのか。
ふとした瞬間、意識の端をかすめるそんな疑問に、おれは答えるすべを持たなかった。
いきなり距離を縮めたおれと麟太郎の様子に、周囲は、だいぶとまどっているようだった。
それでも、表立ってなにかをいわれたり、あからさまにけげんな目を向けられたりしなかったのは、それだけ麟太郎の影響力が大きかったからだろう。
1軍男子のなかでも飛び抜けて人気のある麟太郎には、どんなにおかしなことをしても許されるような説得力と勢いがあった。
麟太郎と親しくすることで、おれに対する周囲の風当たりが目に見えてやわらいだのは、ありがたい副作用といえるかもしれない。それまでおれを透明人間のように扱っていたクラスメイトたちも、いつのまにか、以前のように話しかけてくれるようになっていた。
けれど、自分を取り巻く状況がよくなることを、おれは素直に喜べなかった。
教室に居場所があると感じるたびに、学校を辞めさせられた先生のことを思わずにはいられなかったから。
先生はいま、どうしているだろう。
ふたりでしたことなのに、自分だけが何事もなかったように元の生活を取り戻すのは、どう考えたってフェアじゃない。
その思いは、日がたつにつれて、おれの心に重くのしかかっていった。
麟太郎が、特進クラスの編入試験を受けるといい出したのは、夏休みを間近に控えた頃のことだ。
「サッカー辞めてから、ずっとフラフラしてただろ。そろそろ、なにかしねーとって思ってたんだ」
麟太郎が新しいことに挑戦しようとする。そのこと自体はうれしいし、もちろん応援したい。とはいえ、簡単に「がんばれ」とはいえない事情があった。
うちの高校の特進クラスは、このあたりでは際立ってレベルが高い。まして途中からの編入となれば、さらにハードルがあがってしまう。
おれのとまどいが伝わったのか、麟太郎は、不敵な笑みを浮かべていった。
「無謀に思えるくらいの挑戦じゃなきゃ、やる意味がないんだ。俺は、あのおっさんに見せつけてやりたいんだよ。サッカーじゃなくても、俺は戦えるってこと。負け犬のままじゃ、気持ちよく卒業できねぇからな」
あのおっさんというのが、監督を指していることはすぐにわかった。
理不尽な仕打ちに対する恨みこそ気丈に断ち切ったとはいえ、あれからずっと、割り切れない思いを抱え続けていたのだろう。
編入試験に挑戦することは、麟太郎なりのけじめのつけ方なのだ。それを理解してはじめて、おれは、麟太郎の本気の覚悟に思い至った。
「タマはどうする」
麟太郎に問われ、ハッとした。
「あの先生のこと、まだ引きずってんだろ。他人の都合で引き裂かれたまま終わりにしていいのか?」
例の出来事について触れるのは、はじめて言葉を交わしたあの日以来だった。
口には出さなくても、麟太郎はずっと、おれの胸の内に思いを寄せてくれていたのだろう。おれが麟太郎を気にかけていたのと同じように。
うれしくて胸が震えたけれど、同時におれは、なすすべもなく途方に暮れてしまった。
「終わりになんてできない。でも、もうどうしようもないんだ。スマホの番号は変わってるし、先生はSNSもやってないから連絡の取りようがない」
「もし、向こうの居場所がわかったら、タマはどうしたい?」
「会いたいよ」
深く考えていたわけでもないのに、即答していた。
「向こうは散々な目にあったんだから、いまさらおれの顔なんて見たくないかもしれない。それでも、おれは会いたいと思ってる。会って、たしかめたいことがあるんだ」
「だったら、なんとかしないとな」
「……なんとかって?」
おれの疑問に、麟太郎は意味深な言葉を返した。
「探す方法、ないこともないと思う。とにかく、少し時間をくれ」
26
あなたにおすすめの小説
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
義兄が溺愛してきます
ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。
その翌日からだ。
義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。
翔は恋に好意を寄せているのだった。
本人はその事を知るよしもない。
その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。
成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。
翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。
すれ違う思いは交わるのか─────。
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
僕の部下がかわいくて仕方ない
まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?
【完結】毎日きみに恋してる
藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました!
応援ありがとうございました!
*******************
その日、澤下壱月は王子様に恋をした――
高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。
見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。
けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。
けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど――
このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる