清らかな結婚生活

江多之折(エタノール)

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1.パフォーマンス婚(規模は小さめ)

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「ここに、フィニス・アマデウス・ヴァルターンとルミエルの結婚を承認する。」



国で最も大きな建物と名高い大聖堂に、必要最低限の人間だけが集まり、
拍手も祝福の言葉もなく、儀式だけが淡々と行われ、ここに完了した。


───果たして、この場で最も不幸なのは僕なのか、隣に立つ新郎なのか。


生まれて初めて装着したコルセットがギチギチと身体を締め付けて、ただでさえ苦しいのに緊張も相まって強い吐き気がする。
しかし僕はやり遂げなければならない。この結婚式さえ終えれば僕は安全の保証された余生が約束される。虐げられる日々とおさらばだ。たぶん。

一般的には人生で最も華々しい瞬間を味わえる筈の式で、誰一人ニコリともしない異様な結婚式は間もなく終わりを告げた。







大聖堂から新郎の所有する屋敷まで向かう道中。道は舗装されているものの、馬車は多少揺れるもの。
ガタガタと車輪が跳ねる度に、僕は唸り声を上げないように息を止めていた。


「…具合が悪いのか?」
「オキニナサラズ」


生まれ育った地を離れ、新たな地へと向かう短い旅の途中。式の時の衣装のまま、新郎新婦は馬車の中で向き合って座っている。

今日が初対面の新郎は僕を案じて声を掛けてくれるが、正直に言うなら、こっちの顔色なんて一切窺わず黙って座っておいて欲しい。
言葉を発すると出てはいけない物が(物理的に)口から飛び出しそうでハラハラするし本当にヤバい。コルセット着けて座るのも馬車で揺られるのも本当にヤバい。

「顔色が真っ青だ…馬車に酔ったか?どこか休憩出来る場所は」
「ッ旦那様が心を砕く必要はありません!早くお屋敷に連れて行って下さい!」

一番良いのは一刻も早くコルセットを外す事だ。それなのに停まって休憩なんてとんでもない!余計な事をせずにとっとと連れて行って欲しい。
兎にも角にも今は気を紛らわせるとか、粗相のないように出来る限り呼吸を浅くしてみるとか、自分に集中していたいってのに前方からの視線がうるさいったらない。

「しかし…」
「……はぁ。申し訳ありません。馬車に酔った訳ではないんです。その…僕はコルセットを着たのが初めてでして…」
「あぁ、それは、大変だったな」
「お分かりいただけて幸いで」
「ならば直ぐに外そう。気が利かなくて悪かった」
「えっ」

何言ってんのこいつ。あ、いや旦那様。
馬車で?コルセット外す?コルセットって、ドレスの下にあるんですけど?下着ですけど?は?
目の前に座って居たはずが、僕の身ぐるみを剥がそうと中腰になっている男を凝視した。

晴れて僕の夫になった男は、なんと結婚式の開始で隣に立った瞬間こそが完全初対面の相手である。職業は騎士であり、結構な地位を築いているとか?

服の上からでも分かる。僕とは比べ物にならない体格の良さだ。手にしろ肩幅にしろパーツのサイズ感がまず違う。運動や戦闘の邪魔にならないようになのか短く切り揃えた真っ黒い髪を正装に合わせて後ろに流して固めているのもまた似合ってる。
あ、瞳は青でしたか。今知りました。そして顔付きも精悍。これはモテる。

僕はこのドレスを着る為に「腰は細ければ細いほど良いので」と着付けに来た服飾店の人に言われてコルセットでギチギチに腹を絞られ、
「胸がふくよかでないとシルエットが崩れます」とこれでもかと胸に詰め物をされたが中身は立派な男である。体型はあまり立派でないが…男である。

家名も持たないし、先程結婚式を挙げた大聖堂に隣接している孤児院で育って、15歳からは聖職者として神に身を捧げてきた。
目の前の男とはほんの1ミリも関わりのない赤の他人である。
「身体が華奢で、ドレスの違和感もなさそうだし顔が…目は細いがまぁ見れなくもない」という理由で選出された訳あり結婚だ。

生活が保証されるならまぁ良いかと自分に言い聞かせねば全く納得出来ない所業だが…
正直、嫌がらせというか、虐めというか、教会内部とはいえ…いや、教会内部という世間とは隔離された世界だからか?
色々と苦行を強いられて常々こんな地獄から出て行きたいなぁとは思ってたので助かったのかもしれない。

…この人の家で使用人にまでいじめられたりとかしたら夜中にこっそり逃げられないかな。くらいは考えてる。
そこまできたら、もう野生人として山の中で暮らす方が幸せかもしれない。
ここまでどうにかたくましく生きてきたのだ。野生でもたくましく生きよう。

現実逃避し始める僕の視界は旦那様の大きな身体に覆われ、まるで抱き着くように大きな両腕に身体を挟まれたと思ったら、あれよあれよと胸元から首まで露出したドレスを腰までずり下げられ、コルセットのリボンもスルリと解かれた。


「ッ…はぁっ」


絞められたものが解放されればそりゃ呼吸もしやすくなる訳で。圧迫された肺に一気に空気が流れ込む。
やんごとない貴族の女性は皆こんな拷問器具みたいなのを身に付けてるの?死ぬよこれ。呼吸がまともに出来ないって異常だよこれ。

あー、こんなに空気が美味しいって感じるの生まれて初めてだよ。
いや、池に落とされて溺れた時も同じくらい空気が美味しかったかも。

突然与えられた解放感に気が抜けて伸ばしていた背筋も後ろに傾いてしまったが、馬車の背もたれに当たる前に大きな手が受け止めた。
そうだ。目の前に僕の夫らしき人が居るんだった。

「あ、すみません…楽になりました。あー…コルセットの跡がすごい…」

改めて言う。コルセットは、下着だ。
緩めれば下にズレて腰にまとわりつく布に成り下がり、詰め物もぼとりと落ちていった。
今の僕は身に付けていた全てを中途半端にずらして腹から上を露出した状態となっている。
結婚するまでの僕が常に着ていた修道服は、首から下を全て覆い隠していたので、露出に慣れていない僕としては実は今朝ドレスを着た時からずっと寒かった。

皮膚はコルセットの形に跡がくっきりついているし、詰め物と言っても布を丸めて詰め込んでいただけで、よくもまぁごまかせていたものだ。
いや、誰も結婚式に興味なさそうだったからどうでも良かったのか。

…さて。呼吸は楽になったけど、どうするのこれ。
流石にこの格好で居るのも、馬車から降りるのも嫌なんだけど。聖職者じゃなくてもたぶん嫌だと思う。

自分の体のチェックもそこそこに、どうするのさ?って気持ちで前を向き直った…ら。

「ひっ」
「……」

え?えっ?なに?なんですっごい怖い顔で僕を見てるの?胸が詰め物だったの駄目だった?
でも花嫁が男って聞いてるはずだよね?だって僕の事情じゃなくてそっちの事情の結婚だし。

眼力が強すぎる目で僕を睨んできてる。本当に怖い。
コルセット脱がしたのもそっちなのに、僕が悪かったかなって気持ちになってくる。

(夜中に逃亡コース確定かも…)

半泣きでずり下がったコルセットを上げようとしたら腕を掴まれた。掴まれた所がちょっと痛いのがまた泣ける。
もしかして現実を受け入れられてなかったのかな…僕は男です。化粧したりドレス着たりしてても男なんです。

「っ…あの、ごめんなさい」
「え」
「旦那様の屋敷についたら、出来る限り存在感なく生きるので許してください…」
「…何を言ってるんだ?」

じわりと涙が瞳に溜まる。僕って糸目だから全然見えないと思うけど。
いやそうじゃなくて、怖い時は謝らなきゃ。

「お、女の子じゃないし僕の教会での立場って最底辺だったからご飯もあまり食べられなくって…おっぱいは偽物だったんです!ごめんなさい!」

圧倒的な力には何があっても逆らわない。教会で学んだとても大事なことだ。
というか心当たりが偽乳くらいしかない。詰め物だったのかよって睨んできてるとしか思えない。
ならば即謝罪!謝罪は相手の溜飲を下げる効果的な方法!

「おっ、ぱ…」
「形だけとはいえもっと女性らしい花嫁を用意出来たら良かったんですけど…僕、僕には、選択権がなくって…」

糸目の僕は涙の貯蔵量が限りなく少ない。
あっさりとこぼれ落ちた涙が見苦しいから拭いたいけど、腕を旦那様に掴まれているからそれも出来ない。

「ち、違う!!泣くな!俺は別にふくよかな花嫁が欲しいなんて思っていない!」
「グスッ…いいんです。大丈夫です。毎日のご飯だけ与えてもらえたら僕は満足なので腹いせに多少痛い事されても文句は言いません。慣れてるし…」
「慣れ……」
「でもっ、僕が経験してきたのは教会の中で特に鍛えていない人達からだし、騎士様のような強そうな方からは経験が無いので死なない程度に手加減を」
「お前は暴走癖があるのか!!俺の話を聞け!」

ガッと音がしそうな勢いで両脇を掴まれて、ドレスから引っこ抜かれた。わぁ。芋掘りみたいにスポンと抜けるもんなんだ、ドレス…

その勢いでコルセットも完全に外れて、サイズの合わなかったヒールの高い靴も抜けて、馬車の天井ギリギリに掲げられた僕はドロワーズ…つまり女物のパンツだけを身に付けたとても情けない姿となった。
ドレスの下なんて見えないのに、そこまで女物にする意味はちょっと考えたい。

痛い思いをする今後の人生を憂えてほろほろと泣いていたもんだから、掲げられて重力に逆らえなくなった涙がぽたぽたと落ちて旦那様のお顔を濡らす。
お顔を汚してしまった!ヤバい!と思って焦ったが、旦那様は気にすることなく僕を正面から抱っこして中腰になっていた姿勢から座席に座り直した。
まるで幼子をあやす様だ。僕の記憶には誰かから抱っこされた事なんて無いけど。

「全く期待していなかった花嫁が、思いの外エロ…可愛かったから、凝視してしまっただけだ。怖がらせて悪かった。」
「はぁ…そうなんでくしゅっ」
「すまん、寒かったな。俺のジャケットを着ていなさい」

話が終わる前にくしゃみで中断してしまった僕に着ていたジャケットを脱いで羽織らせ、「あぁ…痛かったんだな…力加減が出来ていなかった。悪かった」と先程掴まれて赤くなった僕の腕を見て謝ってきた。


(あれ…?)


教会からは「何があっても大人しく従え。形だけの伴侶に人権は無い」って言われてたんだけど?
僕を抱っこしてる旦那様は、戸惑ってる感じはあるけど優しい。

状況はわからないけど、馬車の揺れで上半身がぐらぐらする僕の背中をぽんと押して自分の身体に密着させてきた。よく鍛えられた胸元に頬が当たり、その硬さに自分とはやっぱり違うなと実感する。

(なんか、変なの…でもあったかい。)

初めてされた抱っこは、僕が普段着ている修道服とは全然違うシャツの柔らかくてサラサラとした手触り。
それに布越しで伝わる体温の温かさがやけに落ち着いた。しばらくはお互い無言で馬車に揺られていたが、気付けば僕は完全に寝落ちていた。
だって疲れていたんだもん。仕方ないよね。
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