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2.旦那様のお屋敷は大きい
しおりを挟む「「おかえりなさいませ。旦那様、奥様。」」
「ひぇ」
「全員、持ち場に戻れ。ルミエルが怯えている」
馬車を降りるなり大きな屋敷の前にズラッと並んだ使用人達から一斉に挨拶を受けた。
何人?50人以上居ない?思ってたよりすごいお家だった。
やばい。とんでもないとこ来ちゃったかも…って怯んでる僕は今、大きなジャケットから頭と足先だけ出した状態で旦那様に抱っこされている。
今度は横…いわゆるお姫様抱っこだ。簀巻きのお姫様抱っこ。
旦那様の一言でササッと足音もなく散って行く使用人達の洗練された空気感もやばい。
「ルミエル。ここが今日から暮らす家だ。まずは…化粧を落としたりしないとな。」
そういえば結婚式してそのまま屋敷に移動したんだった。
コルセットからの解放のせいか、屋敷の前で馬車が停まるまでガッツリ寝ていたのでなんなら一夜明けたくらいの感覚でいたが、言われてみれば顔に違和感がある。
ジャケットからモゾモゾと手を出して目を擦ろうとしたら「こら」と小さい声で諌められた。
「化粧が目に入るのは良くないから我慢するんだ」
「うぅ…はい」
「俺は別室で着替えたりするから、終わったら食堂に来なさい。軽く食事にしよう」
「はい」
素直にコクコクと頷いたら、旦那様も満足気に頷いた。なるべく従順な妻、頑張ります。
「服についてはこちらで前もって用意したが…セバス、服屋を呼べ。用意した物ではサイズが合わない」
「あの…」
僕を運びながらテキパキと段取りを決める旦那様は、僕の出す小さな声にすぐ反応して自分の胸元にある顔に目を向けた。やっぱり迫力ある顔だなぁ。
「服なら、修道服を一応持ってきたので…それで大丈夫です」
嫁入り…つまり教会を出るにあたって自分の私物は全て運び出すように言われたが、それがびっくり僕は服以外に私物が全然無かった。
だって僕って元孤児からの聖職者だから後ろ盾ないし、無給だし、修道服は支給された物だけど部屋に備え付けられたベッドは教会の物だし…
バッグひとつ渡されたけど何を入れる物があるんだ?って呆然として、とりあえず修道服を詰め込んどいた。
それがまさか役に立つとは…修道服が今よりボロボロになったくらいで新しい服を一枚用意してもらえると嬉しいな。贅沢は敵。悪魔。堕落の根源。
(…なんだけどなぁ。この状況も敵なのかなぁ)
浴室に連れてこられて、5人の使用人が待ち構えていた事にびっくりしたけど旦那様が浴室から出て行くなり化粧を落とすどころか身に付けていた物を剥ぎ取られて全身余すことなく磨かれた。
教会では水浴びが基本だし、誰かに世話を焼かれるなんて事もないから正直めちゃくちゃ恥ずかしいし怖かった。
お風呂から出たら出たで体とか頭に油塗られたし。香油?なんで油を体に塗るの?僕を焼いて食べるの?ってつい口から出ちゃったけど、
そしたらクスクス笑われて「大丈夫です」って一言だよ?怖すぎない?もう虐められてるのこれ?
虐めにしても手付きは優しいし、良い匂いがする油を塗り付けられるって、変化球が過ぎるんじゃない?
「まぁ奥様…とても美しい髪をされていますが、その、長さが…」
「本当ですわ。毛先がバラバラ…ですね。普段はどちらで髪を?」
「あー。ある程度伸びたら自分で切っていたもので、すみません」
花嫁に選出された理由のひとつでこの髪の長さもありそう。長い方がドレスに合わせて結ったりしやすいもんね。
僕の髪は白っぽい金色で、普段は修道服に隠れてるけど今は腰までの長さだ。時々ナイフを貸してもらって、こう、髪を全部束にして鷲掴みでズバッと…伝わるかな。
ナイフ触るのが怖いから滅多に髪は切らないけども。
そう説明したところ、使用人のお姉さんの口が引き攣って固まっていた。
石みたいに動かなくなったので、とりあえず自分で修道服にささっと着替えて、邪魔な髪は修道服のポケットに入れていた紐で縛った。
「よし。食堂に案内してもらってもいいですか?」
朝はコルセット絞めるからって何も食べさせて貰えなかったんだ。お腹空いたし早くご飯が食べたい。
ぽかんとしていた使用人のお姉さん達が狼狽えながら僕を先導してくれた。
食堂に入ると、同じくお風呂に入ったのかセットしていた髪を降ろしていて、服も若干ラフになった気がする旦那様が食堂のド真ん中に置かれた大きなテーブルの一番奥にある席に座って待ってた。
めっちゃくちゃ目がガン開きで。僕の目もそれくらい開けるかな……あ、無理だ開けないや。糸目め。
「………………そんな、顔だったのか。あぁ、いや、ここに座りなさい。何を好きか分からないから色々用意した。」
「お陰様でさっぱりしました。わぁ…!」
促された通りに旦那様の右斜め横の位置に座り、改めてテーブルを正面から眺めたら、見た事がない料理しかない!
今日が結婚式だったから特別メニューなのかなぁ!
教会じゃ食堂に集まって大勢で食べるんだけど、下っ端の僕はよく周りの神官とかに奪われて…
パンとか蒸かした芋を握り締めて、人目の付かない所に逃げ込んではコソコソ食べる毎日だったんだよね。
キラキラと輝く芸術品のように見た目も豪華な料理が沢山並ぶテーブルを眺めて、どれを食べようかと悩んでたけどふと気づいてしまった。
(…これ、どうやって食べるの?)
僕の目の前に並べられてるカトラリーやお皿。
ここに料理をよそって…パンとか手掴みで取っても大丈夫?僕が触っても怒られない?
「…えっ…とぉ…」
「どうした。好みの料理が無いか?」
「いえ…その、…………食べ方が、わからなくて」
僕は正直に言う事にした。だってお腹すいたんだもん。
恥でお腹は膨れない。ぽかんとしてる旦那様に、すみませんこんなのが嫁いできちゃってと流石に申し訳なくなった。
本当に見た目だけで選ばれた底辺聖職者なんで…
僕ががっかりしてるのが思い切り顔に出てしまったのか、旦那様が無言でお肉を自分の皿に取り分けてナイフとフォークで切り始めたので
(あーあ。呆れられちゃった。ここでも毎日のご飯に困るのかな…やっぱり逃げようかな )って下を向いてしょんぼりしてたら
口元に小さく切られたお肉がやってきた。旦那様は食べ方が分からない僕を助けてくれようとしていたんだ。
(すっごく良い匂い…)
反射的に口を開けてお肉を迎え入れる。わ、しょっぱい!でも、
「んんーーー!(美味しい!)」
「口に合うか?」
もぐもぐ咀嚼してる僕を眺めながら問い掛けてくるのでコクコクと頷いて答えた。
初めて食べるお肉はしょっぱくて、なんだか変な味のソースがかかってる。でも美味しい。なんだろう、口の中にじゅわって美味しいのが広がってる感じ。
パンや芋とは違ってなかなか噛み終わらず、時間をかけてようやく飲み込んだ僕は旦那様を見て改めて気持ちを伝える事にした。
「お肉って美味しいんですね!僕、初めて食べました!」
「肉を初めて食べたのか?もしや教会では食べてはいけない物が…」
「あ、いえ。食べていけない物は特に無いんですが僕って下っ端なもので…すみません。こんなのが嫁いで来てしまって」
「…次はこのスープを飲んでみるか」
「んー!やっぱりしょっぱいけど美味しい!なにこれ!」
それから、僕がお腹いっぱいになるまで旦那様が食べやすく切ったり掬ったりして僕に与え続けた。
一つ食べるごとに感想を求められたので、正直に…なるべく分かりやすく感想を述べたつもりだ。
「なるほど…ルミエルにとって、ここの食事は塩気が強いのだな」
「すみません、味のついた食事ってあまり食べた事なくて…」
塩っ気で唇がしおしおだ。でも美味しかったなぁ。
最後の晩餐だって言われてもこれなら全然受け入れるよ。ありがたいありがたい。
「教会では普段何を食べてきたんだ?」
「パンか蒸かし芋ですね。はぁ…こんなにお腹いっぱいになっちゃった。にしてもなんか暑いですね…」
「顔が赤いな。料理に使われていた酒のせいか?」
「えへへ。飲み物までおいし。」
こんなに美味しい物ばかり食べて…僕って今日で死んじゃうのかなってくらい幸せ。
体がぽかぽかして暑いくらいだから、果物を搾ったジュースの冷たさが嬉しい。
「はぁぁ…ぼくもうしんじゃっても後悔しません」
「こら。元聖職者とは思えない発言だな…修道服を持ち込んだくらいだから信心深いのかと思ったが」
いつの間にか席を立っていたらしい旦那様にグラスを取られた。
なんで?って思って上を見たらなんだか旦那様がボヤけて見える。わぁ、面白いんだぁ。
「ふふ。祈りつづけても、しんじても、かみさまはなーんにも、助けてくれないんです。」
「…」
「えらい人ばかり救うかみさまなら、僕はいらない…けど、こんな聖職者だから僕は救われないのかもしれませんねぇ」
「…そうか。」
「ふぁ…ねむい」
しゃべってたらなんか急に眠くなってきて、目を擦ったらまた旦那様に腕を掴まれた。
教会で二の腕を掴まれる時、それは悪意が僕にぶつけられる時。嫌だな。やっぱり旦那様もそういう人なんだって思えてくる。
「…いたいの、いやです」
「すまない。また力加減が出来ていなかったか?」
「でも、ぼくが悪いならちゃんと受け入れ…ふぁぁ」
罰は受けるもの。僕にとって、それが悪いことと思えなくても、誰かにとっては悪いこと。ならば罰は受け入れるべきである。あくびは自然現象である。
「…酒にとても弱いようだな。今日はもう寝るといい。おいで、ルミエル。ほら、抱っこをしよう」
「ん…だっこ?」
「そうだ。偉いな。」
よく見えないけど、両手を上げたらすぐに旦那様の手が両脇に入ってきて持ち上げられた。
お腹いっぱいで、ふわふわして、暖かくて、良い匂い。馬車の時も思ったけど、僕は抱っこが好きかもしれない。
僕を抱えてゆっくりと歩く旦那様の腕の中は揺籃みたいだ。こんなに平和な時間は生まれて初めてかも…
「へへ…いいにおい」
温かくて少し硬い胸板に顔を押し付けると瞼がグッと重くなった。馬車でも大丈夫だったから、きっと今も大丈夫。ここは安全なところ。
初めて来た場所なのに、不思議と安心できて僕がぐっすり眠る条件しかないような、そんな素敵な一日の終わりだった。
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