1 / 1
あおきひを おもいいろにて きみをぬい
しおりを挟む布や糸など手芸に関するものが埋め尽くす店内に、やや浮きがちの学生服。
男で手芸を趣味とする人は少数派だが、僕は手芸という創作の世界が大好きだ。
とはいえ、自分の手作りした物を身に付けるだとか誰かにあげるだとか外へ向けてのアクションは一切しない。そんなひっそりとした趣味だけど。
糸の織り成す色彩に、次は何を縫おうかと想像するだけで心が躍る。
「──あらトモちゃん、そろそろ塾の時間じゃないの?」
「え?あっ…やばい、おばちゃん!また今度買いに来るから!」
「そんなに焦らなくてもどうせ売れ残ってるわよ~」
ケラケラ笑う店員のおばちゃんに会釈して早歩きで店を出た。
冷たい空気に一瞬怯む。店先に植えられた庭木が春はまだかと待ち侘びるように蕾を頑なに閉じている。僕はそれを横目で見て通り過ぎ、普段よりだいぶ急いで歩道を歩いた。
塾に通う。勉強を頑張ることで未来への道を多く持ち、より多くの夢を見られるように。それが僕に課せられた試練であり、親の願いだ。
僕はとても恵まれている。大切に大切に僕の将来を守ろうと熱心に支えてくれる両親がいる。
天才ではないけれど、努力した分だけ学力は上がる。努力さえすれば、努力していない人より多くの夢を持てる。
「こんにちは」
道行く人に挨拶をする。挨拶は交わされたり、一方通行だったり、どちらでもいい。挨拶をする事は正しいから。
変わらない景色の中で、随分前に閉業した店の建物が解体されている。僕はそれをチラッと見て、今回は何が建っていたか覚えていたなと記憶を呼び起こす。
そこは目の前を通り過ぎるだけで一度も寄ったことのない飲食店だった。
壊して、建てて、変わる景色。それでもすぐに普段の景色として見なくなる。元あった景色は、すぐに忘れる。
それは冷たい事じゃないと、僕はもう知っていた。
「模試の結果、貰ってきたよ。」
この時間は少し緊張するけど、僕は顔に出ない方らしい。母はいつものように模試の結果が入った封筒を受け取った。
塾の宿題をしなければ。あと予習と…
模試の結果を手渡し、母と父の二人で確認するまでの
予定を頭の中で組みながら廊下を歩く。
「トモヤ」
静かな呼び声にドキリとした。反射のように足はピタリと止まり、「はい」と僕も同じくらい静かな声で振り返った。
母は封筒から中途半端に出した模試の結果の紙を凝視しながら口を開く。
「B判定。お父さんが帰ったら和室に来なさい。」
「…うん」
良いか悪いか分からない表情だった。
ただ頷いて、部屋に戻った。
「………ない」
喪失感を得ると共に、諦めという感情で手放す。
両親は僕の趣味に寛容だけど、作るだけ作って溜めていく僕の手芸の作品は時々間引かれる。
母は散らかっているのが嫌いだから、僕の部屋も綺麗に整っている。
(あれはまだ、途中だったんだけどな。完成させてあげたかった。)
寂しい気持ちはない。悲しい気持ちもない。ただ、残念だなと、そう思うのが正しいと思うから、残念だなという言葉で終わらせて、次は何を縫おうかと布の切れ端の束をめくる。
「……金色の糸、買おうかな」
青色の布に、金色の糸。それで鳥を縫おう。
幸せの青い鳥。次のモチーフが決まった。
「さ、予習しないと」
裁縫道具はクローゼットの中に。そうして僕は机に向かった。
「トモヤぁ、腹減った…」
「お前さ、どうやったら身長縮むわけ?」
よいしょと腰を上げて廊下に向かうと俺より頭ひとつ以上も背の高いシロの両腕が肩にのしかかった。
「俺だってトモヤと同じ視界がいい…バスケ部からの勧誘えぐいし。興味あったら中学からやってるって」
「別に高校で始めても別に遅くないだろ…どうせ暇なら帰宅部じゃなくていいじゃん。入れば?」
軽く体重をかけられて歩きにくいが今更ツッコミはしない。いつもの事だ。
ブツブツと文句を言うシロの重みを、実はそんなに嫌だと思っていないのも事実。
だって僕は、親友に片想いをしているから。
売店までの道はいつもと変わらないけれど、シロが一緒だから特別だと思えるんだ。
…僕は顔に出ないタイプで、本当に良かった。
「帰宅部じゃないと一緒に帰れないじゃん」
「塾の日、週4に増えるよ。」
「は?」
僕より大きな身体のシロが立ち止まると、グンと身体を後ろに引っ張られたような感覚と一緒に立ち止まる。
今まではシロを引きずって歩いていたけれど、止まると抱き締められているみたいじゃないか。
「なに。成績落ちた?」
「……逆。もうひとつ上を目指せるって」
「………トモヤは、行きたいの?」
「…」
どうだろう。なんて言えばいいだろう。
ずっとシロと一緒に………いいや、それはとっくに諦めたんだ。
「行きたいよ。僕には将来の夢がないから、なんでも選べるようにしておきたいし。早く売店行くぞー」
「…おー」
「だから一人で歩けって…」
ズルズルと引きずって歩くから教室から売店が近い位置にあるのに倍の時間がかかる。
でも僕には振り解けない。これもまた、幸福のひとつだから。
「でも今日は一緒に帰れるよな?俺ん家で遊ぼうよ」
「うーん…」
「なんで悩むんだよ。遊べってー」
今日は手芸屋に行きたかったんだけど…
「仕方ないなぁ。宿題一緒にするついでに遊んでやろう。」
「はぁ?宿題とか帰ってからでいいじゃん!」
「僕が帰ってからだとしないだろシロは。」
売店は空いていた。もうすぐチャイム鳴るからと販売員の人に急かされながら手早く菓子パンを掴んだシロはお金を払ってまた僕の肩を担いできた。
「……なんで歩きにくい方法を選ぶかな。シロのクラスは俺のクラスから遠いんだから早く戻れよ」
「いいじゃん。仲良しこよしー」
飄々と言いながら空いた手で菓子パンを頬張るシロに溜め息をついて、やっぱり顔に出ないタイプで良かったと内心で安堵した。
今日は長くシロと過ごせる。それを喜ぶ俺の気持ちなんて、見えない方がいい。
狭いテーブルでに二人分の勉強道具を敷き詰めて、ひたすらシャーペンを動かす。
「トモヤ。…すっかり集中してる」
「……ん?呼んだ?」
「呼んでないよ。宿題飽きたなーって独り言。」
「ちゃんとやれよ… 」
シロは時間がかかりそうだと思って予習分のテキストも持って来ていて正解だった。同じ高校でも学科が違う僕とシロは宿題の内容も違う。
それぞれ集中して終わらせようとシロの家に到着するなり俺は急いで問題を解いていた。
「よし。宿題は終わり。次は…」
鞄を開けてテキストを入れ替える。今日は塾がなくとも明日はある。学校だけじゃなくて塾の予習もしておかないと。
(僕は凡才だから、ちゃんと努力しないと覚えられないし、理解も出来ない。)
目で文字を辿る。頭に入らなければ入るまで何度も何度も文字を読む。
目指す道が険しくなった分、これまで以上の努力が必要になる。
夢の為に、夢を見る為に。
シャーペンをひたすら動かし、テキストを捲り、ようやく終わりだと書きにくいノートの下部を埋めていたら視界に鮮やかな青色が入った。
「ッ─────」
僕が、途中まで縫った刺繍の絵。数日前に無くなったと思って諦めた、糸で描いた小花。その上に氷の入ったグラスが乗せられる。
「ごめん、邪魔した?喉乾いたからお茶持って来た。冷たいけど部屋が暖かいしいいよな」
ドキドキと、僕の嫌な動悸に気が付かないシロはグラスにお茶を注いでいる。
僕は何かを参考にして刺繍をしていない。絵を描く感覚で刺繍を趣味にしているから、グラスの下で結露の水を吸うコースターの布は、間違いなく僕がデザインして縫ったものだ。
「トモヤ、具合悪いか?」
「あ…………ちが、何も」
顔に出てしまったらしい。僕は必死に取り繕うとするもシロは怪訝な顔をしたままだ。
何か、何か気をそらさないと…
「刺繍、」
「刺繍?…あぁ、このコースター?母さんが通販で買ったんだよ。」
「………通販」
「そ。手芸系専用の通販サイトがあってさー」
どう、顔を作ればいいか分からなかった。
信じていたものが崩れたのか、心の奥底で考えていたものが引きずり出されたのか、…理解を拒むものなのか。
「トモヤ、本当は具合悪いんじゃないの?真っ青だぞ」
「真っ青……」
青が好きで、色んな青色の端切れを買っては刺繍していた。この布は、青じゃない。
(でも、何色だったっけ…いいや。途中までの未完成だし、俺の物じゃない)
「ごめん。今日は帰るよ」
「大丈夫か?送るから…」
「いい」
早く鞄に詰め込もうとしてテキストの扱いが雑になってしまった。端が曲がり、そのまま鞄に捩じ込まれたテキストに自分がした事なのに無性に腹が立ってしまう。
「トモヤ!どうしたんだよ!急に機嫌悪くなって…」
「ごめん!具合が悪いから帰る!」
とても謝っている態度でもなく、具合の悪い人間の勢いじゃない。
でも僕はとにかく去りたかった。グラスに潰された刺繍を見たくなかった。
「トモヤ!」
立ち上がろうとしたら、ずっと正座をしていた足が痺れて崩れ落ちた。恥ずかしい。
「ッ…ごめん、シロは何も悪くない。何もしてない」
「ならなんで、そんなに怒ってんだよ。」
「………言えない。ごめん」
足は痺れるけれど、無理矢理足を立てて立ち上がった。ビリビリとした感覚が足全体を刺激しているけれど、それに耐えてでも帰りたい。
「……なんでだよ」
悔しそうな声に、僕は何も返せなかった。
ただ、一度体勢が崩れた僕を支えようと掴まれた手を振り解いて、相変わらず主張する動悸に見ない振りをしながら家路に着いた。
「今日は勉強がまだ終わってないから、集中したいんだ。食べると眠くなっちゃうから夕飯は後で食べていい?」
「なら置いておくから、頑張りなさい。」
母はそう言ってスマホの画面を操作した。
僕は「ありがとう」と告げていつものように部屋に戻る。
刺繍の事は何も言わない事にした。
鞄から取り出したテキストは角が曲がってしまって跡がくっきりとついている。
明日からどんな顔をしてシロに会おうかと考えると溜め息しか出ないが、気持ちの整理に時間がかかる。
(こんな事、シロには言えない…)
曲がったテキストに涙が落ちて、僕は急いで袖で拭った。
季節が巡り、学年も上がり。僕は受験の年を迎えた。
学校、塾、そして自室の勉強机。僕の世界はとても狭い。
「最近、刺繍しなくなったのね」
「うん…勉強が忙しくて」
「そう」
何が言いたげで、でも黙って部屋を出ていった母をドアを閉める音だけ耳を傾けて見送った。
もうしばらく針を握っていない。完成品の確認もしていない。
シロも僕のクラスに来なくなって、学科が違うから一切関わる事もない。
(夢を見るため、多くの夢…)
将来、僕が豊かな人生を歩めるように。選択肢が増えるように。
例え今が豊かでなくても、未来はきっと豊かな日々が送れる。
「………なんで?」
選択肢って、そんなに大事だろうか。選択肢が少なくなれば不幸だろうか。
幸せって、なんだろうか。
目標もなく、夢もないから選択肢を求めてより良い場所に進めるように必死に勉強をする。
なんのために?
「────シャー芯、買わなきゃ」
立ち上がって、財布だけ持って、靴を履いて。
日は落ち切っていないオレンジ色の世界に足を踏み出した。
塾が終わる時間は遅いから、夜歩く事も慣れてる。まだ夕方だ。何も問題ない。
それでも何故だかドキドキして、落ち着かなくて、うるさくて。心臓の音なんて、走ってしまえば分からなくなる。だから全力で走った。
信号が赤なら別の道へ。意味もなく、ただ走る。
「あら、トモちゃん!」
宛もなく走っていたはずなのに、足は手芸屋の前で止まっていた。
全速力で走ったから心臓がバクバクと慌てて動いている。息は切れて、苦しいけれど肺に届く酸素が心地良い。
「まぁまぁ…もう会えないかと思ったわぁ、閉店ギリギリだけど、どうぞ~」
「お、おひさし、ぶりです…」
「そんなに走って…最後に会えて嬉しいわ」
整わない息の中でどうにか挨拶は出来たけれど、その後の言葉に引っかかった。
顔を上げると、コピー用紙に印刷した文字が窓に何枚も貼り付けられている。
「閉、店…セール…」
「あら。知らなかったの?今日が終わりだから急いで来てくれたのかと思ったわぁ」
「どうして…」
「手芸屋ってねぇ、今はあまり儲からないのよ。もうあまり商品は残ってないけど刺繍糸はまだ少しあるから、いらっしゃい」
寂しそうにしながらも、にこにこ笑う店員のおばさんの背中をついて歩く。見慣れた店内はいつも手芸の道具がぎっしり詰め込まれた夢のような場所だったのに、今はガランとして棚の古さが目に見えた。
「端切れも売れちゃってねぇ…もうほとんどないのよ。ほら、刺繍糸」
いつもの刺繍糸を収納している小さな引き出しが沢山ついた棚の前を譲ってもらい、次々に僕の頭に詰め込まれる事実とは反対にまばらに入った引き出しの糸を眺めた。
「トモちゃんは色んな糸を沢山買ってくれたわよねぇ。トモちゃんが好きな青色はあまり残っていないの」
「……でも、買います」
財布の中にいくら入っていたか考えて、残っている刺繍糸に振られた番号をひとつひとつ読んだ。
「……これと、これと…この赤も」
「あら、赤色を買うのは初めてじゃない?それは思色って言うの。鮮やかで綺麗な赤よね。」
「おもいいろ?」
「人を思う色よ。恋の色みたいで素敵…高校生には嫌だったかしら」
ごめんなさいねと謝るおばちゃんに笑って、大丈夫です、買います。と引き出しを開けた。
(これは、別の所に保管しよう)
そう、常に持ち歩いている鞄の中とか。
手芸屋での思い出が詰まった、大切な糸だ。…そもそも家にある道具も全部ここで買った物だけど。
「おばちゃん、ありがとうございます。お疲れ様でした。もっと色々買いたかったけどお小遣い足りなくて…」
「そんな気にしなくていいの!ほら、端切れは全部捨てないといけないから欲しいのあったら持って行きなさい!」
「そんな悪い…」
「捨てる方が悪いでしょ!全部持って行っていいのよ!」
「あははっ、そんなに縫えないよ」
笑ったのはいつぶりだろう。袋にいっぱい詰め込まれた布を持って、家を出る時よりもスッキリした気持ちで僕の足は進んでいた。
体力を超えて走ったから足は疲れてるし、服は汗が冷えて少し寒いくらいだ。
それでもモヤモヤした気持ちが晴れたから、日の沈んだ景色もやけに綺麗に見えた。
「───別に刺繍をしなさいなんて言っていないでしょう。受験生なんだから」
「ごめんなさい。すぐに使おうと思った訳じゃなくて…」
「言い訳をしないの。とりあえず手芸道具は預かるから」
「っ何も、縫わない!受験が終わるまで道具には触れないから!」
「近くにあったら触ってしまうでしょう」
クローゼットを開ける母に、言ってはいけない言葉が飛び出しそうになって、ギリギリのところで抑えた。
「……お願いします。いじらないでください」
膝を折り曲げ、背筋を丸め、両手を床に。
土下座をする僕には、母の顔は見えない。
「…………ちゃんと勉強しなさいよ。」
戸惑うような声の後、自室のドアが音を立てた。
───やってるよ。ずっと。
床に小さな小さな水溜まりができても、母は気付かないんだと気が付いた。
僕は表情を隠すのが得意な訳ではない。見られていないだけだったと、気が付いた。
「思色…」
どう調べたものかと司書の方に聞いたら教えて貰えた本には鮮やかな赤と思色の文字が印刷されていた。色の図鑑なんて存在したのかと感心する。奇跡的に図書室に置いてあったことに感謝しなければ。
人を思う色。恋の色、か。
(それなら、僕の思色は白になるけど…白いハートじゃ寂しいか。運命の赤い糸…とかにはピッタリな色の名前だ)
段々と刺繍がしたくなってきて、それは駄目だと図鑑を閉じた。
受験まで、まだ半年ある。
今日も塾に行って、帰ったら復習と予習と…模試の結果がそろそろ出るから…あ、折角図書室に来たんだし昼休みはまだ時間がある。このまま勉強しよう。気分転換になる。
先生に質問しようとテキストを持って来ていたのが幸を成した。
図書室には机が並んでいるけれど、意外にもここで勉強をしている人は少なかった。
まぁ、図書室は教室とは別の校舎な上に三階にあってアクセスは悪い。僕も滅多に来ないから穴場だなと勉強場所の候補として頭に入れた。
シロとはずっと顔を合わせていないまま、それが日常になった。僕はひたすら将来の為に勉強をする。
楽しいか楽しくないかで言えば、何も楽しくはない高校生活になった。それでも僕は将来の為に常に成績を意識して生きている。
「───…だめだ」
暗記をしようと文字を読むだけでは、眠くなってしまう。
シャーペンの芯を引っ込めて手の甲を刺しても眠いものは眠いまま、うつらうつらと意識が奪われていく。
昨日は何時に寝たか、今朝は何時に…
まだ、母の指定した志望校はB判定とC判定を行ったり来たりしているから今よりもっと勉強が必要で…
手の甲の痛みと、眠気と、思考とぐちゃぐちゃになって頭が回らない。
起きなきゃ。ちゃんと、勉強しないと
───煩わしいな。
だんだん眠気に苛立ってきて、もっと強い痛みならとシャーペンをグッと握りこんで持ち上げたらその手は大きな手に包み込まれて制止した。
「────怪我するぞ、そんな事するなよ。って…あーあ、いつもこんな事してるのかよ…手の甲傷だらけじゃん」
背後に誰が立っているかなんて、分からない筈がない。宣言もなく絶交して終わったと思っていた相手が、居ないことが日常になっていたのに一瞬で日常をぐちゃぐちゃにした。
「……っ…う…」
「…トモヤ、ごめん。仲直りしよう」
図書室は静かにしないといけないのに、騒いではいけないのに。
僕は溢れる涙をどうやって拭えばいいのか、もうわからなかった。
「──先生、俺が担いで帰るからいいよ。家も近所なんだ」
「担ぐったって…大変でしょ。保護者の方に連絡するから」
「しない方がいいよ。たぶん、原因そこだし」
「……そっか。校内に相談室あるから、ちゃんと利用するように言ってね」
意識が戻る最中、耳に届いた話し声が柔らかくて安心する。目を開けても大丈夫だと、起きた先の世界は怖くないと教えてくれるようだ。
「……昼休み、終わった…?」
「起きたかトモヤ、大丈夫か?」
自分は寝ていて、淡い桃色のカーテンに囲まれている。どうやら保健室のようだ。消毒液の匂いがする。
「授業…」
「もう六限も終わって、放課後になった。トモヤが錯乱して保健室に運んでるうちに寝たんだよ。」
「錯乱…」
図書室で勉強して、眠くて苛々して、シロが来て…?
錯乱した記憶は無い。ただ、泣いた記憶はある。
「恥ずかし…」
両手で顔を隠そうとしたら、布の感触に阻まれた。薄い掛布団だ。
少しずつハッキリしていく思考が状況を整理して、放課後なら塾の時間だと気が付いて血の気が引いた。
「ッやばい、急がないと」
「トモヤ、急に起きんな。寝不足なんだろ。」
「いや塾が」
「休めよ倒れた日くらい」
「…倒れた?………違くない?」
そう、図書室で泣いてどうしようもなくなって、シロが上着を僕の頭に掛けて運んでいたんだ。よく持ち上げられたなという感想と、上着で視界が暗くなっていよいよ眠くなったんだなという雑な分析だが、倒れた訳ではない。
でもシロは人差し指を口に当てて見せて、小声で続けた。
「しー…倒れたってことになってんだよ。じゃないとただのサボりだろ。」
「あ…」
その小さな嘘は、僕に配慮されての結果だった。「分かったら今日は俺ん家寄って来いよ。話がしたいし」と僕の教室から持って来たらしい僕の鞄と自分のを担いで僕に手を差し出した。
手を繋ぐ必要なんてどこにもなかったのに、僕はそれに気がつくことなくシロと二人、久しぶりに並んで歩いた。
靴箱で手を離し、靴を履き替えたらまた手を繋ぐ。それがあまりに自然に感じてなかなか疑問を持てなかった。
もうすぐ春が終わりそうな、過ごしやすさのある空気の中を歩けば不思議と心も穏やかになる。
「…シロ、また身長伸びた?」
「どうだろ。最近またアンタは袖がすぐ短くなるって母さんに文句言われた。」
「じゃあ伸びてるじゃん。羨まし。」
クスクス笑うとシロも笑う。数ヶ月前はこれが当たり前だったんだと思い出す。
「あ、シロ…スマホ借りていい?塾に休みの電話しないといけなくて」
「ん。番号わかる?」
「入館カードに書いてあるから…鞄の、外のポケットにある」
僕の鞄はシロが持っているから取り出して欲しいと頼むと、肩にかけたまま手を突っ込んでガサガサと探った。
「カードケースに入ってるやつだよな。…これか」
「ん。…あ、ごめん、糸がくっ付いて出ちゃってる」
「糸?…あぁ、ほんとだ。なんか珍しい糸だ。なんつーか、巻いてないんだな」
「…うん。」
合皮のカードケースと一緒に握られた、糸の束。紙にもプラスチックにも巻かれていない、糸を折って束ねられている形状は確かに刺繍をしなければ珍しいと感じるかもしれない。
カードケースとスマホを手渡され、シロが糸を見ている間に僕は塾に電話をかけて、休みを伝えた。
「スマホありがとう。…あの、シロ。今更だけど手を繋いだままだと操作しにくかった。鞄も自分で持つから」
「いいから。カードだけ返して。糸も一緒に戻してていい?」
「うん。…手を繋いで歩くなんて、小さい子みたいだ」
少しだけ恥ずかしい。でもそれだけ心配されたのだろう。
僕だって本当は鏡を見て確認したい。あんなに取り乱したのは初めてだ。目が赤く腫れていたら両親に何を言われるか………
(違う。あの人達は、僕の表情に気付かない)
シロに、全部話そうと決めた。そしたら僕が見ないようにしていた全部が見え始めた。
傷付きたくなかったんだと思う。幸せだと信じたかったんだと思う。
でも、事実を知っても僕の心は傷付くよりも諦めを選んでいた。振り返れば諦め癖がついていた。
諦めた後は、心で感じることが難しい。
久しぶりに上がったシロの部屋は何も変わっていなかった。
でも、シロは少し変わったのかもしれない。
「……シロ。仲直りするならまず話さないと」
部屋のドアが閉まるなり、鞄も下ろさずにシロは僕を真正面から抱き締めていた。やっぱり身長伸びたな、僕の顔はシロの鎖骨あたりに当たっている。
抱き締め合った事はないけれど、抱き合えばこの辺り…とは何度も考えていたから。
「大人になったら、トモヤを助け出せる力を手に入れられると思ったんだ」
「…助け出せる?」
「でもそれじゃ間に合わなかった。先にトモヤが壊れるんだって、気付けなかった。ごめん」
「なんの話?シロ、待って、最初から少しずつ話そう。座ってさ」
シロの伝えたい事が僕に伝わらなくて困惑する。いつまでも離れないシロを剥がそうとするも、腕がガッチリと固まったように動く気がない。
困ったな…と、とりあえず鞄を降ろさせようとしたら「帰さないから」とそれも拒絶された。
「まだ帰らないから、塾に休みの電話もしたろ?少しフラフラするから座りたいんだけど」
体調不良を理由にしたらようやく腕が降りて、でも手を引かれて二人でベッドの上に座った。いつでも倒れていいって気遣いだろうかと思ったが、やはり抱き締められてシロの表情がまともに見えない。
「…困ったな、シロ、このまま話したらいい?僕がどうして怒って帰ったか」
「…ん。」
普段より声のトーンが低い。これで理不尽だと怒られたらどうしようとは思ったが、僕は覚悟を決めたんだ。出さない気持ちを外に出す覚悟を。
「……あの時のコースター、僕が刺繍した物なんだ。」
「…手芸して、物売ってた?」
「違う。刺繍は誰にも見せる気がない趣味だったから…それにアレは、未完成品だったんだ。だから未完成品を売られて、誰かに使われている事を知ったのが、…ショック、だった」
言葉にすると、過去が今に追い付いてきたように感情がぶり返す。目から溢れて零れ落ちて、シロの制服を濡らしてしまった。
僕は、ショックだった。捨てられていると思っていた。それも悲しいけれど、慣れてしまえば何も感じない。散らかるよりは良いのだろうと思っていた。
ただ、僕の刺繍で金銭を得ていた事実がショックだった。
言葉が続けられなくなって、肩を揺らす僕をシロは離す事なくただ抱き締めていた。その腕の温もりが、僕の涙を肯定してくれている気がして一層涙は溢れてしまった。
──男だろ。決めたんだから、ちゃんと言わないと。
「だからシロは、何も悪くない、僕が勝手に、傷付いて」
「いいから。落ち着くまで待つから」
「かな、しい、悲し、かったんだ」
「トモヤ。」
抱き締めていた腕が少し緩み、僕の後頭部を撫でた。
それはとても心地が良くて、力加減が上手だなと他人事のようにシロを勝手に評価する。
僕の人生は親が評価して、より良い選択はこれだと道を作られて、加減をされていなかったなと気が付いた。
こんな居心地の良さを、あの家で感じた事もなかったから。
「…誰が、トモヤの刺繍を売ってたかわかってる?」
「母、…母親、が時々整理してた」
僕は母をなんて呼んでいただろうか。最後に呼び掛けたのはいつだろうか。
シロの腕が僕から離れて、これが当たり前なのに、一人で座っているこの状態に寂しさを感じた。
シロはスマホを出して操作していて、顔はどうなっているんだろうと気になった僕はハンカチを広げて自分の顔に当てた。
「トモヤ、トモヤ。辛いかもしれないけど……これ見て。」
「待って、涙拭きたい…」
「俺が拭くから。トモヤはスマホ持って」
ハンカチを取り上げられて、泣き顔なんて見られたくないものだと思うけど今更かと言われた通りにスマホを受け取った。
「…刺繍作家」
「スクロールしてくと過去に売ってた商品の写真も並んでるから」
「……」
「…ごめん、見るのやめる?」
「いや、見る、けど…」
指が震えるのは抑えられない。
スマホも、タップする指も震えてまともに見えない画面にシロはベッドの上を移動して僕を後ろに引っ張った。
僕の背中とシロの胸が密着し、背後から回された手にスマホは取り上げられて「もういいってなったら、目を反らせ」と僕の目の前でゆっくりと画面が動き出す。
───全て、全てが今まで僕の縫った刺繍作品だった。
部屋が散らからないように、僕が清潔な部屋で過ごせるように。
僕の為に、僕が幸福な人生を歩めるように、そんな優しい両親が
僕は母を、父を長く呼んでいないから、どう呼べばいいか分からなくなった。
成績表は食い入る様に見るけれど、両親は評価をされている僕の表情を見た事はあっただろうか。
僕は傷付いても表面に現れないんだと、そう思い込みたかった。僕個人の感情に関心を持たれていないと、気付きたくなかった。
「ぼく、の…全部、ぜんぶ、僕の…」
スマホの画面は真っ黒になった。背中が温かいのに、胸の中は風が吹くような冷たさを感じていた。
みっともない。男なのに、何度も何度も涙を流して、もっと良い結果を出して両親を安心させないといけないのに塾もサボって。
唯一呼吸が出来ると思っていた手芸屋も、もうなくて。
シロは偶然、僕の半端な刺繍作品を手にしただけなのに一方的に怒られて、口論も何もなく縁を切られて
情けない。みっともない。僕は両親に決められた道しか生きれていない。
でもそれは、僕でなくて、両親を満たす為の道だったのかと刺繍作家としても生きている母から透けて見えてしまった。
ハンカチが目に当てられる。僕はそんな物よりも、シロのシャツに涙を押し付けてやりたくなった。
自分勝手に離れたくせに、一度許されたと知った醜い僕は次の依存先を指定している。それに気が付いて、どうしようもなく恥ずかしくなった。
「ごめ、帰、帰りたい」
立ち上がろうとしたら、またシロに抱き締められた。
安らぎを与える腕に、縋り付きたい。何も見えなくなりたい。何も知らない、ただ空虚な毎日だっていい。
全てを捨てて逃げたい。でもシロに甘えたい。依存したい。助けて欲しい。
「こんな時まで自制すんなよ。ちゃんと傷付け」
知りたくなかった事に向き合う怖さから、シロは逃げ出すことを阻んできた。
どうしたらいい。傷付け?
「…傷 付いた、ら、その先は」
「その先は…なんでもいい。反抗してやってもいい、壊してやってもいい、元に戻っても」
「無理だ、こんな、戻れない」
「なら壊せ。壊して、どうしようもないなら俺を頼って。トモヤは絶対に一人にならない。何が駄目になっても…俺はトモヤの味方だから、トモヤが壊れるくらいなら、壊せよ」
僕は、壊れかけていたのだろうか。
わからない。僕は未成年だ。自分一人で生きていけるような環境じゃない。外から見たら平凡で、幸せな家庭なのに僕が壊してしまう可能性に罪悪感がある。
…でも、シロの言葉は、とても甘い。
後ろを振り返ると、すごく優しい顔で僕を真っ直ぐ見ているシロの顔が至近距離にあった。
「……どうしようもなくなったら、逃げてシロの家に来ていい?」
「どうしようもなくならなくても。俺、トモヤが来て嫌がった事ないけど。」
「そのまま居座るかもしれない」
「毎日が修学旅行みたいで最高じゃん」
「……はは、ガキっぽ」
なんだよ、と口を尖らせるシロに僕はいつもの調子で笑えた。
家に帰って、話をするのは怖いな。すごく怖い。
でも何があってもシロが支えてくれるって言うから、勇気を出さないと。
「…トモヤって本当に顔に全部出るよなぁ」
「えっ!嘘、自認ポーカーフェイスのつもりだったのに…」
「それはない、それだけはない。トモヤが俺を好きなの、ずっと知ってたし」
「………嘘」
気持ちが全部出てるなら、沢山泣いた後だし顔は熱いしで動揺してる今の僕の顔はどんなに酷いことになっているのだろう。
「ホント。…俺もずっと好きだった。いや、過去形になるな…好きだ。トモヤが好きだから、この数ヶ月ほんとに辛かったしどんどんやつれていくトモヤは見てられなかった。」
「え、え…僕と全然すれ違ったりしてなかったと思うけど」
「ずっと勉強ばかりしてるから周り見てなかったろ。俺はずっとトモヤを見てた。図書室にも居たじゃん。」
確かに、偶然居合わせる場所ではない。
「……声かけてほし、いや、僕が悪い」
「何も悪くない。トモヤはずっと戦ってたんだ。…ただ、これからは俺に分けて欲しいかな」
お互い、高校生だから大した力はない事は分かってる。大人じゃないから、何が正しいのかもわからない。
でも──
「今も幸せで、未来も幸せがいい。こんなに苦しい今を踏み潰してまで…頑張りたくない」
「…ちゃんと伝わるといいな」
伝わらなくても、伝えなければいけない。声をあげなきゃ、きっと僕は夢の為に頑張っても、夢を見られないままな気がする。
「なぁ、刺繍してるところ見たい。道具こっちに持って来て、刺繍する時間ここで過ごしてよ。」
「見てて楽しいもんじゃないよ、地味だし」
「いいんだって。俺、トモヤと一緒にいる時はずっと楽しいし」
「……」
僕だってそうだ。シロと一緒にいる時は、例え互いに無言でもずっと満たされた時間になる。
ただ居るだけでいい。そう考えると刺繍ももっと楽しくなりそうで、僕はシロから離れて床に放ってある鞄から思色の刺繍糸を取り出した。
「これ、預かってて。まずは親と話をして、それからここで刺繍する。…知らない所で売られてるの、気分悪いや。途中のもあるし」
「ん。…なぁ、この糸で俺に何か縫ってよ。鞄に付けたり出来そうなの」
「……いいよ」
思色で贈り物か、それも好きな人に。なんだか本当に愛をこめたみたいで少し恥ずかしい。
「あまり触れたくないなら悪いけど…トモヤの刺繍って青の布に鳥のモチーフが多い気がする。赤い糸のは売ってないだけ?」
「別にいいけど…青い布に赤って、見え難いから赤い糸はそれが初めて買ったやつだよ。」
「へぇ、んじゃとびきりレアだし唯一無二だ。」
幸せの青い鳥が好きだから、僕はそればかり縫っていた。
白 幸夜。それが僕の好きな人の名前だから。幸せって字が、とても好きなんだ。
「……シロ、本当に助けてね」
「…おう。すぐ呼んで、何時でもいいから。俺を逃げ道にして」
真剣な顔のシロが握っている赤い糸に、そっと小指をくっ付けた。
(運命の赤い糸…)
高校生の僕達は、まだまだ未熟でままならないけど…時には自分を守っていいんだ。自分で正しい道を決めてもいいんだ。正しい道を、否定してもいいんだ。
青春を、送ってもいいんだ。
「シロ、好きだよ。」
見えない未来は怖いけれど、君を縫う未来に期待を寄せる。どうかこの思色が、運命でありますように。
29
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
交際0日婚の溺愛事情
江多之折(エタノール)
BL
死にたくはない。でも、生きたくもない。ふらふらと彷徨う根無し草は、世界の怖さを知っている。救いの手は、選ばれた者にだけ差し伸べられることも知っている。
だから緩やかに終わりを探して生きていた。
──たった数回の鬼ごっこを経験するまでは。
誠実すぎて怖い人は、4回目の顔合わせで僕の夫となる。
そんな怖がりな男と誠実な男の、結婚生活の始まり。
■現実だけど現実じゃない、そんな気持ちで読んでください。
■家庭に関してトラウマを抱えている方は読まない方が良いと思います。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。
王様の恋
うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」
突然王に言われた一言。
王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。
ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。
※エセ王国
※エセファンタジー
※惚れ薬
※異世界トリップ表現が少しあります
【創作BLオメガバース】優しくしないで
万里
BL
壮士(そうし)は男のΩ。幼馴染の雅人(まさと)にずっと恋をしていた。雅人は太陽のように眩しくて、壮士の世界を変えてくれた存在。彼の影を追うように、同じスポーツを始め、同じ高校に進学し、ずっと傍にいた。
しかし、壮士のヒートのせいで、雅人も充てられて発情してしまう。壮士は必死に項を守り、番になることを拒む。好きだからこそ、こんな形では結ばれたくなかった。壮士は彼の幸せを願って別の大学へ進学する。
新しい環境で出会ったのは、α・晴臣(はるおみ)。彼もまた、忘れられない人がいるという。
互いに“好きな人”を抱えたまま始まる関係。心の隙間を埋め合うふたり。けれど、偽りのはずだったその関係に、いつしか本物の感情が芽生えていく?
夜が明けなければいいのに(和風)
万里
BL
時は泰平の世。華やかな御所の奥で、第三皇子・透月は政の渦に巻き込まれていた。隣国――かつて刃を交えた国との和睦の証として、姫のもとへ婿入りすることが決まったのだ。
表向きは「良縁」と囁かれ、朝廷は祝賀の空気に包まれる。しかし、透月の胸中は穏やかではない。鋭い眼差しと冷ややかな物腰で「冷徹の皇子」と噂される彼だが、その実、心は誰よりも臆病で、幼い頃から傍に仕えてきた従者・玄にだけは甘えたいという弱さを抱えていた。
だが、その弱さを悟られるのが怖い。
透月は苛立ちを隠すように、玄へ無茶な命を次々と下す。
「お前の顔など見たくない」
突き放すような言葉を投げつけても、玄はただ静かに頭を垂れ、淡々と従うだけ。
その背が遠ざかっていく瞬間、透月は思わず目を伏せる。
婿入りが迫る中、二人の距離は近いようでいて、決して触れられない。
なんか昔こんなのあったよなあと思いつつ、私が読みたいから書く…!
そして、和風と洋風も書いてみます。どっちバージョンもいいなあと思いまして。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる