添い遂げない。でも死ぬまで共に。

江多之折(エタノール)

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本編

2.弟の居ない城で

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「殿下、そろそろ公務の時間です」

離れた所から声が聞こえて、閉じていた目を開いた。
自室のクローゼットルームの更に奥、大きな姿見の裏に隠された扉の向こうの隠し部屋。

ここが今、私が唯一気を抜ける場所だ。


「───すぐに向かう」


目眩に揺らぐ身体をゆったりとした動作で誤魔化し、クローゼットルームから出た。
もう長い間使っていないベッドの隣を通り過ぎる。

「殿下、少しお休みされては…」
「…まだ居たのか、クリス」

弟を守る為に戦場に向かわせた数少ない味方が、ひと月で死体を持って帰って来た時は肝が冷えた。
──死体は弟でなく、弟へ送り込まれた刺客の死体だったが。

ヴィルヘルムが強すぎて守るどころか足手まといになるからと、侍従として私の側に残る事にしたクリストファーが後ろに控え、静寂に包まれた廊下を静かに歩く。

確か、第二妃の指示でアレクシスの元に配置される事となったはずだ。
侯爵家の嫡男という使用人の中で最も地位の高い者が私に仕えている事が気に食わなかったのだろう。…こちらとしては好都合だが。
これで第二妃側の情報を得やすくなる。

「配置を変えるにも準備がございますから、来週からアレクシス殿下に仕えさせて頂くこととなりました。」

苦笑いで答えるクリストファーに、そうかと短く返して執務室へと足を踏み入れた。

「殿下、食事は…」
「食べた」

戦闘糧食というものは、栄養価が高くて保存が効くから便利ではあるものの、もう少し味を工夫せねばならないなと頭の中で厨房を訪ねる予定を立てる。

最近は牽制なのか食事に混ぜ物が多いから、そればかり食べているというのもあるが…
戦場に立つヴィルヘルムが少しでも美味しいものを食べられるようにしたい。
厨房は平民だけで回しているので貴族の多い侍従達よりよっぽど安心出来る。早めに訪問しよう。

(第二妃が貴族主義で良かったと言うべきか)

平民を人間と認識していないから、そこには手が及んでいない。
毒を仕込むのは完成された食事に対してだ。


「これは一体…」


執務室にある私の机の上には、大量の書類が積み上げられていた。休憩に出る時は無かった物だ。

「この程度で忙殺できると思われている、か」
「どこに目があるか分かりません。煽るような言動はなさらないようお願いします」

クリストファーが声を潜めて苦言を呈した。

「──この度の戦争の影響で、第二妃の派閥が大きくなっております。」
「…そうだな」

皮肉にも、ヴィルヘルムが頑張れば頑張るほど第二妃の派閥が膨れ上がっている。
戦争に勝つ事で第二妃の行動を肯定出来るからだ。

(隣国が我が国を侵略しようと画策し、城門を破壊してきた、か。国境を守る領地は第二妃の故郷…)

見事に国を守りきれば、領主にこれ以上ない栄誉が与えられ、伯爵位から公爵位へと地位も上がる参段だろう。
王族の次に高い地位を手に入れれば、その影響力は最も高まったと言える。
───既にその時を確信して、第二妃に擦り寄る貴族達が大勢いるらしい。


書類をめくり、目を通す。


「……父は、とうとう重要書類まで私に回してきたか」
「陛下は体調が優れないと、元々ほとんどの公務を部下に任せておりましたが……本格的に、ランスロット殿下にお任せになる事にしたのですね」

腰掛けたばかりの椅子から再び立ち上がり、書類は元に戻した。

「父上に面会の先触れを」
「…かしこまりました。」

──まだ、私には力が足りない。劣勢を極めている最中に重要な仕事を回してきた父の真意を確かめねばならない。







「アレクシスが、最近あまり会ってくれないと悲しんでいたな。お前から来るなら呼んでやれば良かった」


呼ぶ気もないのに、さも心配しているフリをする。相変わらずだ。


「国印の必要な書類が私の元に置いてありましたが」
「あぁ。ほれ、使え」

引き出しから取り出した国印を放り投げ、私の足元にそれは落下した。

「……陛下は、アレクシスを王太子にとは考えていないのですか」
「お前のようになれと?ハッ…愚かなものだ。第二妃の口から出ると愛らしいが、話す口が変わればこうも違うとは

お前のような氷が二つに増えたところで、目障りだろう。」

「…そうですか」

この人は、誰も愛せないのではないかと幼い頃に考えたことがある。
でも第二妃を迎え入れて、母を追いやったところで、ただ愛する人が見つかっていなかったのだと納得していた。
王族の結婚は、政略が絡むのが当たり前だからと。


───だがやはり、誰も愛していない、が正解なのだ。


「ランスロット、俺は玉座を捨てる事はない。第二妃も止めない。
王に求められるものは、有事になれば道化のように首を差し出すこと。それだけだ」
「…国を、守るのが王族の務めです」
「そんな事は王族でなくても出来る。
もう一年もあれば隣国は降参し、隣国の王は全ての矢面に立ち、責任を取って死ぬだろう。この命の重さが王族だ。」

父は立ち上がり、ゆったりとこちらに歩み寄る。
落ちている国印には気を止めず、私の襟ぐりを掴み上げた。

「気に食わないだろう。第二妃がどれだけ暴走しようと関与しない俺が。
そのせいで可愛い弟が戦場に向かったと思っているのだろう。…この程度で痩せ細って、悲劇に浸るな。
毒を盛られようと、暗殺者が襲いかかろうと生き抜き、堂々と立つ事も出来ずに俺から王冠を奪えると思うな」
「ッ……」

第二妃の行動を、私の状況を、父は把握している。把握していながら放置しているのだ。

「………つまらんな。神子は居なくなり、正妃も壊れた。残されたのは権力に取り憑かれた女だけだ」
「……」
「次の神子がなかなか訪れん。神殿は何をしているのか。…まったく、王とはつまらん人生だ。」

襟ぐりを掴んでいた手が離れ、バランスを崩した私はドサリと尻もちをついた。
父はそんな私に関心はなく、またゆったりと椅子に戻りどこでもない場所に視線を投げる。

国印それを拾って戻れ。今のお前は王の器ではない。真似事までで満足しておけ。」
「………失礼します」

───今の私では王にはなれない。だが真似事公務は出来る。
父なりに、この国が存続するように動いているのだろう。私が国王になれと、自分を落とせと。


(父上は……この世界が嫌いなのだろうか)


国印を握り締め、父に背中を向けた。
大切なものは自分で守らねばと、改めて決意した。
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