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本編
4.あの日の兄(ヴィルヘルム視点)
しおりを挟む「──ここには誰も通すなと殿下のご命令です!お下がりください!」
頑なに侵入を拒む騎士達に、良い部下を持っているのだと安心する反面
決して開かない執務室の扉に、幼い頃の記憶が蘇る。
「いいから、通せ。俺以外に誰がランスロットを守れると言うのか」
「しかし…」
俺の威圧に耐えながらも迷う騎士を押し退け、扉を開けようとしたが、何かが引っかかって開かない。
(クソッ…)
食堂で第二妃と不穏なやり取りをしていたのが気になって追ってきてみれば、相変わらず全てを拒絶して一人で耐えようとしている兄に腹が立つ。
俺はまだ頼りないと言うのか。
「……誰だ」
──扉の向こうから、ランスロットの警戒心を顕にした声が聞こえた。
このように冷たい声が出せるのかと、衝撃を受けた。
表情を失った兄は、見た目には感情がないように見えるが弟妹には常に柔らかな声色を聞かせていた。
「──ランスロット!」
声を張り上げ、名前を呼ぶがそれには反応しない。
カタン、と何かが落ちたような無機質な音と、無理やりこじ開けようとして微かに開いた扉から耳に届いた荒い息遣いが俺を焦らせる。
「クソッ!何かが扉の前に…ランス!これどかせ!」
諦めずに扉をガタガタと揺らしていると、ようやく兄から声が返ってきた。
「………ヴィル」
「ランス!無事なのか!」
「大丈夫だ……今日は、機密書類を」
「わかりやすい嘘ついてんじゃねぇよ!!扉の前にあるヤツどかせ!」
心底腹が立つ。どれだけ努力を重ねても、兄は俺を頼らない。
焦る俺とは対象的に、いつもの柔らかい口調が聴こえてくる。息を荒らげているくせに。
「元気でよかった…お前に手を出されたら、許せないところだった」
「ッ…なに、言ってんだよ!開けろランスロット!」
「駄目だ。…大丈夫だから、今日は、」
「破壊される前に開けろ!!」
俺に手を出されなければ、自分はどうなってもいいと言うのか。
扉を破壊してやろうかと半ば本気で口にすると、諦めたようなランスロットの声が返ってきた。
「……無様な姿を見せるわけにいかない。誰も通さないように」
「分かったから。早く」
ガタガタと物音がして、扉が軽くなった。
明かりが一つも灯されない真っ暗な執務室には、抜き身の短剣が床に落ちていてゾッとした。
荒い息遣いの聴こえる方向に目線を向けると、扉を押さえていたらしい椅子にしがみつくように倒れている兄が顔を真っ赤にして耐えていた。
「………ランス、一人か」
「居たら、こんな醜態は晒していない…扉を閉めるんだ」
長い髪が頬に張り付いている。流れるほどの汗をかいて、熱い息を吐く兄は、つい先程まで平然と食事をしていた。
───毒を、盛られていたのか。
プツン、と頭の中で何かが切れた。
ランスロットを抱き上げると、苦しんでいるのに表情は変わらないまま、扉を閉めない事を気にして身体を硬直させた。
「待て。私の姿を見られてはならない」
「……チッ」
ランスロットを抱き上げたままズンズンと執務室内を進み、カーテンを掴んで勢いよく剥がしてやる。
呆然としているランスロットに頭から被せて足先ひとつすら見えないように巻き付けた。
「……やんちゃになったな」
「うるせえ。バレたくないなら黙ってろ。……おい!連れて行くから、警護も俺がする。お前らは下がっていい」
入り口で困惑していただろう騎士達に声をかける。
職務を全うしなければと付いてこようとするが、「絶対に近寄るな」と命令して俺の部屋に運び込んだ。
───必死に呼吸を止め、周囲に悟られないようにひたすら耐える兄が不憫だ。
どうやっても止められない震えは、抱いている俺だけに伝わっていた。
「……おい、どういう事だ」
「は、ぁ…」
長らく空けていたが手入れはしていたらしい、俺の部屋のベッドに寝かし、カーテンを剥がすと意識が朦朧としつつあるランスロットが相変わらず周囲を気にして漏れ出る声を手で押さえた。
「……どこ、だ」
「俺の部屋だ。毒か?」
「違う…」
カーテンに包まれていた事もあって、元々熱かった身体の温度が更に上がっている。
毒を否定したということは、何を服用したか把握しているらしい。
(毒ではない。だとしたら、薬…)
「朝に、抜ける」
「…本当に毒じゃねぇんだな?」
「本当…」
朝に抜ける。一時的な効果のみ。
顔は高揚し、汗を大量にかいている。耐えるように自らの腕を握り締める手を離して脈を確認する。…早い。
服を脱がして身体の変化を確かめようとしたら、下半身が妙に力を入れていることに気がついた。太腿を擦り合わせそうになったら、自制心が働いてか擦り合わせること無くぶるぶると震えている。
「……媚薬か」
「…興奮、剤…だ」
言い換えたところで物は同じだろうがと呆れる。
それと同時に第二妃の発言を思い出した。
『あら。忙しいのね。人を寄越しましょうか?』
この言葉の真意に気付いて、腸が煮えくり返った。
それに気がついてか、余裕がないくせに「大丈夫だ」と服を中途半端に脱がしたまま握り締めていた俺の手に、熱い手を添える兄にすらイライラする。
──本当に、腹が立つ。
「朝まで、置いてくれ。もう……余裕がない」
ハッ、ハッ、と荒い呼吸を繰り返しながら、ランスロットはどこでもない空間をぼんやりと見ていた。
俺がいるのに、どこまでも一人で耐えようとする。
どうしてだ。
どうして俺を傍に置かない。
「ッ───!!」
ランスロットの下腹部で昂っている熱を布越しに握り締めた。
何が起こったかわからないらしく、ビクビクと身体を痙攣させて達したランスロットに、俺はそっと顔を寄せて小声で話した。
「お前、寝てないだろ。目の下が真っ黒だ。
……寝てろよ。俺が守っとく。ここには誰も来れねぇ。」
「……ぁ…」
元々、朦朧としていた意識を気力だけで保っていたランスロットは
溜まった熱を放った脱力感も手伝ってか、ゆっくりと瞼が閉じられていった。
「俺に勝てる人間はいねぇんだ。だから、守ってやる。ずっと守ってやる。
───おやすみ。」
呼吸は荒いままだけれど、素直に意識を手放したランスロットの頭を撫でて、細い腰を締め付けるベルトをゆっくり外してやった。
「………お前は、どこもかしこも綺麗なんだな。」
露出した肌の美しさに、吐き出した欲で汚れようと神秘的なまでに美しい兄に傷をつけてしまいそうで怖くなる。
それでも恐る恐る手を這わせた。意識を失った身体は跳ね、はぁ、と熱い息を吐いた。
これから起こる事は、全て夢の中の出来事だ。苦しむランスロットを放ってはおけない。
そう言い聞かせて、自分を正当化した。
本当は、ランスロットを蝕む熱が、誰かによって齎された事が気に食わないからだが…その欲は、俺に許されない感情だ。
再び熱を帯び始めた昂りを、湧き上がる欲望に任せて口に含む。
薬の効果か、耐性がないのか、あっさりと次の熱を排出して身体を細かく痙攣させた兄の手を握ってやるとギュッと握り返してきた。
無意識でも、確かに俺に縋る兄がどうしようもなく愛しくなった。
「…こんな熱、1滴残らず外に出しちまえよ。」
ランスロットの目は開かない。握った手の強さだけが俺に訴えるのは、拒絶か、懇願か。
(…関係ねぇな)
初めて味わう兄は、勝利の美酒よりよっぽど甘く。
忘れられそうにもない夢のような時間だった。
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