機(はた)に咲く ~天保の京の町に、雪華よ舞え!

冬樹 まさ

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  息絶えた与平は、東本願寺近くの長屋に住まっていたという。

「ずいぶんと具合が悪そうでしたが、時折お参りにみえてました。つい先日は自分が亡き後、このお金をここに書いてある方に届けて欲しいと言われてまして。もしやあなたのことではと」

 肩のがっしりした初老の僧は折り畳んだ薬屋の引き札と、小粒銀三つほどを差し出してきた。
 引き札を開いてみると、裏に弱々しい筆跡で《とみや、はんじらう、きしんたのむ》と書いてあった。

「薬代として渡した金を、貯めていたんやな」

 半次郎は紙だけを受け取って、金は僧にそのまま返した。

「これで与平さんを手厚く弔ってください。よろしゅう頼みます」

「さようですか、しっかり供養させていただきます」

 僧は数珠を手に掛け直し、与平の骸に向いて念仏を唱えた。

 半次郎はしゃがんで、与平の顔の間近で手を合わせた。瞼が閉じ切らず眸が半ば覗いて光っている。今にも口を開きそうで、恐々と瞼を撫でて閉じようとしたが、うまくいかない。

「きっと寄進をしますから、成仏してくださいよ。化けて出てきたらあきまへん」

 腰に巻いたままだった店お仕着せの前掛けを、与平の胸元を温めるように被せてから立ち上がる。
 すっかり宵闇が下りた境内で、与平は大銀杏に守られて横たわっていた。半眼に開いた眸は光を宿して不気味だが、口元は笑むように安らいで見える。
 半次郎は何度も振り返って手を合わせながら、寺を後にした。

《今際の際の与平さんに、雪華の柄で美しい帯を織るって約束したんや。探しだして病の具合を聞いたら、雪華の帯を作ってその儲けで寄進しようと思ったけど諦めたと言うつもりやったのに、それやのに、きっと帯を作ると約束してしまった。『ああ、綺麗な帯……』が与平さんの最期の言葉やった。こうなったらやるしかない、もう覚悟を決めなあかん》

 賑やかにそぞろ歩く酔客が行き交う四条や三条の通りを横切る半次郎は、すれ違う人が驚いて振り向くほど何度も己の頬を叩いた。弱気になる心を奮い立たせるように、頬が赤くひりつくまで繰り返し叩き続けた。晩春の夜風は沁みるように冷えてきたが、半次郎の身体は熱を帯びていた。 

 その夜、半次郎は二階の部屋で西陣の下絵師に逃げられた後、『織定』の内儀からと渡された紙きれを探していた。

「あの紙には他の下絵師の住まいと名がいくつか書かれていたような気がする。頭の中が真っ白になってなんも考えられんまま、どこぞへ放ってしまった」

 読本や戯作本がそこかしこに積まれ散らかった畳の上を這いまわり、探してみるが見当たらない。

「若旦那さん、紅やの佐世さんが来られてます」

 女中の声が、階段の上り口から聞こえてきた。

「なんやろう、こんな夜分に。ちょっと取り込んでるんやけど」

「いいんですか、せっかくお越しやのに」

「今探し物をしてるんや、しばらく待ってもらうように言ってくれんか」

 へえ、と声がして女中は下に降りていった。

「夜中に佐世ちゃんが来るなんて珍しいな。そう言えば梅見に行ってから話ししてないな」

 積んである本の間をいくら探しても紙片はない。衣紋掛けの下に脱ぎ散らかした小倉帯や襦袢を搔き分けてみると、ぽろんとなにかが転がり出た。

「これ、これ、やっと出てきた。よかった、捨ててなかったんや」

 紙を広げてみると、やはり西陣の通りの名と屋号がいくつか書いてある。半次郎は小躍りして、浮き浮きと階下へと降りていった。

「佐世ちゃん、お待たせやな」

 台所に続く板敷に顔を出すと、女中が二人茶道具を仕舞っていた。

「お嬢さんなら、先刻帰りはりました」

「ええ、そんなに待たせたかいな、悪かったな」

「大した用やないからと、あっさりしたもんでしたけど」

 半次郎は首を傾げて二階に戻った。

「そのうち機嫌取りに紅やに行ったいいな。さあ、明日からまた帯の下絵作りや」

 半次郎の頭の中には、六花弁の雪華の図がいくつも浮かび上がって渦巻いていた。

 


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