機(はた)に咲く ~天保の京の町に、雪華よ舞え!

冬樹 まさ

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 明くる日から半次郎は飯もろくに食べず、店に出ても虚ろな顔をして番頭や手代に言われた仕事をこなすだけだった。

若旦那わかだんさん、わてが前金を渡した晩はあの下絵師、熱心に絵を描いてたんですよ、ほんまです。……まさかいきなり金持って西陣から出て行くやなんて、どうもすみまへん」

「ええんや、茂吉はなんも悪いことない。気にせんでいい」

「そんなに落ち込まんでください、まあ、無理に帯作りをせんでもいいとは思いますけど、元気だしてくださいよ」

 茂吉になんども励まされると余計に気が塞ぐ。
 あれから十日ほど経っていた。溜め息をこぼしながら店先で新町通を眺めていた半次郎は、ふと気がついた。

《そもそも帯を作ろうと思ったのは、あの男、与平から大塩の供養にと『雪華図説』を託されたのが始まりやった。与平はん、ひと月ほど見かけてないけど、労咳病みの具合はどうなんやろうか》

 与平が中間勤めをした古河藩主の土井大炊頭おおいのかみは大塩の乱を鎮めた後、京都所司代を務めた。所司代屋敷は二条城の北側に連なっている。馴染みがあるその辺りに、与平は今も住んでいようかと思い巡らせた。
 弥生も下旬に入っていた。
 日が暮れて店仕舞いを終えると、ぽつぽつ薬種問屋が店を構える二条通を西へと向かった。二条城の堀を巡って、与平の住んでいそうな路地の長屋を尋ね歩く。ほんのり昼間の温もりが残る風が、歩いていくうちに頬を刺す夜風に変わっていった。

「土井様やったら、二代前の所司代さんや。中間はみんな入れ替わってこの辺にはおらん。古河藩屋敷は二条城の東にあるから、そっちに知った者がおるかもな」

 所司代の中間を客に持つ酒屋の主人から教えてもらい、古河藩京屋敷の辺りで聞いてまわるが、中間らは足早に行き交ってほとんど口を開かない。
 与平を見つけるまで続けようと、連日夕餉の前に店を出た。屋台店や居酒屋、寺社の境内などでも与平の姿を探す。似た後ろ姿を見かけ追いかけたことが何度もあった。最初に出会った祇園社はもちろん探し歩いたが、与平の居所はいっこうに知れなかった。

 東本願寺に行き倒れが運ばれたと三条通の料理屋前で聞いたのは、卯月に入ってすぐだった。
 半次郎は寺の境内に駆けつけた。
 みっしり新芽をつけて夕闇に黒々と聳える大銀杏の根元に、人が遠巻きに集っていた。茣蓙の上で僧に見守られ、瘦せ衰えた男が横たわっている。
 恐る恐る近寄ってみた。
 尖った頬骨に蝋のように白い肌、弱々しい息を吐くのは間違いなく与平、その人だった。与平の苦し気に途切れがちな呼気からは、腐った魚の匂いがした。

「与平はん、しっかりしなはれ。今からあの雪華図で、新しい柄行きの帯を織りますんや。帯が飛ぶように売れたら、供養の寄進をしますな。そりゃあ美しい帯が織り上がりますで、きっと見てくれますやろ、なあ、死んだらあきまへん」

 半次郎は何度も与平に呼びかけたが、見開かれた男のびいどろの眸には、もう浮き世は見えていないようだった。
 大銀杏の梢を透かして月光が降り注ぎ、与平の眸に雪華の輝きが灯っていた。

「ああ、綺麗な帯ですぜ」

 そう呟いた後、びいどろの眸は半ば閉じられて息が絶えた。
 与平は静かな笑みを浮かべていた。どこからか飛んできた桜の花弁が、骨ばった与平の頬や首筋に吸い寄せられるように張りついた。

「ああ、間に合わへんかった」

半次郎はその場にくず折れて頭を抱えた。
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