ただ君の顔が好きである【オメガバース】

さか【傘路さか】

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 俺が予想していたよりも、有菱さん……途中から環と呼ぶようになったその人との付き合いは長く続いている。

 クリーニングに出したパジャマを返しに行った日も飲みに誘われ、飲まない日も食事に誘われるようになった。

 それほどまで、面食いを直したい……番を得たいという彼の望みは切実なようだ。同情心と、用意される食事と酒の美味しさにつられて、付き合いを続けている。

 奢られすぎて不満はないが、他のアルファを紹介してほしい、と伝えていた件についての進展はない。

 その日も週末の仕事帰りに串焼きの店に誘われ、二人して串入れの隙間を埋めていた。

「遊は……」

 名を呼ばれ、お猪口を置いて顔を上げる。

 長い腕が伸び、串入れにまた一本、客が増えた。

「好みのアルファってどんな人?」

「あんまり見分けがつかない、って話しなかったっけ」

「その時は、好みの顔、の話しかしてないでしょう」

 そうだったっけ、と思い出そうとするが、鈍い頭では答えが見付からない。

 確かに、一般的に、好み、とは顔だけでなく性格も含まれるものだ。

「昔、運命の番に出会いたくて旅したこともあったんだ。でも、どんな顔か、性格か、なんて考えたこともなかったなぁ」

「旅ねぇ。出会って、雷に撃たれるような運命を信じてる、ってこと?」

「そうかも。自分の番ってものを、想像したことがない。だから、環にいい人がいたら紹介して、って頼んでる訳で」

「そんなことも言っていたね」

 忘れていた、と言いたげな口調の裏に、やんわりと不機嫌さを感じ取る。

 完璧だ、と思っていたのは最初だけで、今はこうやって僅かな変化から感情を読み取れるようになってきた。

 周囲から完璧だと思われるようなアルファの、感情の機微がわかる。

「いや。あんたの交友関係を壊したくないから、本気にしなくていいよ」

 そう言うと、彼の不機嫌さは鳴りを潜めた。

 皿を相手に差し出すと、長い指が自然に受け取る。居酒屋で串焼きを食べていても様になる事には感動すら覚えた。

「逆にさ。俺にはどんなアルファが合うと思う?」

「………………」

 環は長いこと沈黙して、途中、豚肉串を食べだした。冷酒を注げとお猪口を差し出し、とくとくと透明なそれを注いでやると、きゅっと飲み干す。

 最終的に出た結論は、首を傾げる姿だった。

「遊、って感情表現が薄いから、何が好き、って分かりにくいんだよね」

「ああ。まさにそれ。よく言われる」

「喜ばないの。……だから、よく分からないな」

 少し親しい友人に、好みのタイプが分からない、と言われるのだから俺も相当なようだ。

 タッチパネルで追加の皿を押していると、隣から指が近づいて追加する。

「環は、雷に撃たれたような相手、会ったことある?」

「………………」

 再度、沈黙する様子に、俺はそれ以上突き詰めて聞くことを諦めた。

 おそらく、答えはイエス、だ。それでいて、俺には言いたくないように見える。

「雷、撃たれてみたいよなぁ」

「そう? 相手から見向きもされないかもしれないよ」

 美形で、何もかも持っていそうな男にしては気弱な発言だった。

 俺らしくもなく、元気づけるように声を張り上げる。

「環だったら、相手はすぐ落ちるって」

 彼は長く息を吐くと、何かを言おうと口を開いた。だが、思わぬ横槍が割って入る。

「お待たせしましたー!」

「ありがとうございます」

 店員から追加の品を受け取り、テーブルに並べた。座席に腰を落ち着けた時には、環は手を組み、肘を突き、なんだか項垂れている。

 届いた梅ささみ串を差し出すと、微妙な顔をして受け取っていた。











 風呂に入らせてもらい、パジャマを貸してもらい、他人の家のソファで寛いでいると、家主が瓶を持って戻ってきた。

 雑誌を閉じ、コン、と置かれた瓶に視線を向ける。

「今日はワインか?」

「スパークリングワイン。これこそ、二人いないと開けられないからね」

「一人で飲めばいいのに」

「流石に一人で四合瓶はきついよ」

 つまみとしてチョコやチーズ、燻製がテーブルに並べられる。

 綺麗な形をしたワイングラスを貸し与えられ、中に琥珀色の液体が注がれた。傾けると、照明の光が色づき、キラキラとテーブルに当たる。

 環は隣に腰掛けると、自分のグラスを手に取った。

「乾杯」

「かんぱーい」

 コツン、とグラスを合わせ、匂いを嗅ぐ。底から細かな泡が浮かび、グラスに入った姿は可憐だ。

 そう、とグラスを口につけ、中身を口に運ぶ。繊細な泡が口の中で弾けた。

「美味。これ高いだろ」

「遊との高い安いの感覚、合わないんだよね」

「はぐらかすな」

 先日、与えられた酒が美味しすぎて二人して一瓶空けたところ、値段が五万の瓶だったことが判明したのは記憶に新しい。

 ベルトとシャツの代金もプレゼントだと受け取ってもらえず、いま着ているパジャマだって明らかに俺のサイズにぴったりな代物が、いつの間にか用意されていた。

 俺が環好みの美形だったら、番としてアプローチでもされているのかと疑うところだ。

「今度はつまみ、俺が用意するから買い置きするなよ」

「美味しそうなものを見つけると、遊との飲み会で食べよう、ってつい手に取っちゃうんだよ」

 楽しみを奪うな、と抗議され、俺はしゅわしゅわの泡に打たれながら口を閉じる。

 貢ぎ癖、とでも言うのだろうか。アルファがオメガに対して行う求愛の一端が、友人相手にも癖として出ているようだ。

「なあ、なんか欲しい物とかないか」

「遊とアウトドアがしたい」

「キャンプとかか?」

「いいね。でもテント持ってないから、コテージ借りようよ」

 彼は雑誌の棚からアウトドア雑誌を取り出すと、机の空きスペースに広げた。

 写真映えするアウトドアスポットがいくつも紹介されている。つい見入ってしまい、はた、と我に返った。

「アウトドアの予定は立てるとして……ほら、欲しいけど買ってないもの、とか」

「何だろう。遊に似合いそうな服を見たんだけど、試着して貰ってないからまだ買ってない」

「俺絡みじゃない物!」

「………………」

 沈黙する環の様子に、無いらしい、と分かって息を吐く。

 彼は手前に置いていたチーズを口に運び、咀嚼を始める。

「何。いま俺がブームなの?」

「ん」

 環は短く肯定するともごもごと口を動かし、中身を嚥下する。

「人寂しくてお見合いパーティーに参加したとこで、遊と会えたから。運命みたいだなって思ったね」

「そういうのは運命の番にとっておけよ。……面食い軌道変更用のフツメン相手に貢いでどうする」

 相手の肩をぱしぱしと叩き、空になった彼のグラスにスパークリングワインを注ぎ入れる。

 環はむすりと何か言いたげに口を引き結び、持ち上げたグラスを傾けた。

 それからは、アウトドアの雑誌を見ながら訪問先を決めた。春のスケジュールはまだ環のほうが未定な部分が多いそうで、休みの予定が決まったら教えてくれるという。

 話しつつ瓶が空になると、心地よい眠気が襲いはじめる。今日の酒は度数が強かったかもしれない。

「────歯磨きする?」

「する」

 環は何故か俺の頭を撫でると、机の上を片付け始める。

 手元がおぼつかない俺も、ゴミをまとめたり仕分けして手伝う。机の上は直ぐに片付け終わり、拭われて綺麗になった。

 近寄ってきた家主は、俺の様子を見てまた頭を撫で、支えて立ち上がらせる。

「歯、磨ける?」

「いける」

 洗面所まで連れて行かれ、歯ブラシを洗い、歯磨き粉を塗ったものが渡される。

 ん、と返事をして柄を掴み、動かす。環もまた隣で歯磨きを始めた。

 口の中を濯いでさっぱりすると、また眠気が強くなる。

「おっと」

「…………悪い」

 環は俺を受け止めつつ器用に口の中を濯ぎ、水を止める。

 そのまま肩を抱き、ゲストルームの方へ歩き始めた。のだが、途中で方向を変え、違う部屋の扉を開いた。

 照明が灯って分かったのは、ここが環の寝室だということだ。彼は布団を捲ると、俺を寝かせてまた布団を掛ける。

「なん、で……」

 反論しつつも、目は半分閉じている。照明を消されたら直ぐに眠ってしまいそうだった。

「隈が酷いから、ゲストルームの安いベッドじゃなくて、今日はこっちを使ってもらおうと思っていたんだ。シーツ類は洗いたてだから、心配しないで」

 言われてみれば、指先を滑っていくシーツからは環の匂いはしない。

 照明が消され、扉が閉まる音が聞こえる。足音が去って行くのを耳で送った。

「…………匂い、しないのかぁ」

 布団を掻き抱いて、シーツの波に溺れる。すん、と鼻を動かすと、部屋の奥からは彼の匂いが、ほんの少しだけ届く。

 此処は巣のようだと思って、そこで意識は途切れた。






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