崖下で謎の美形アルファを拾ってしまった魔術師オメガさん【オメガバース】

さか【傘路さか】

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▽6

 街に出た翌日、男は客室で壊れた寝台の修理を終えた。

 お世話になりました、と毛布も持って帰られ、ちょうど季節的に冷え込んだ日に当たって寒さが身に染みた。

 俺は雷管石の実験の最中、じっと石を眺めるようになった。

 生活の合間に、男の姿がやけに目に付く。鼻先が、アルファの匂いを追う。仕舞い込んでいたオメガの自分が一気に呼び起こされ、最近は魔力の調子も悪かった。

 その日も実験は遅々として進まず、俺は放り投げるように実験室を出た。昼食はもう終えており、お茶をするのに相応しい時間帯だ。

 居間に入ると、妖精と一緒に木箱を彩色している男に遭遇する。

「何してんの?」

『おえかき』

 妖精は手のひらに絵の具を付け、木箱の側面にぺたぺたと押し当てている。男は取り外した蓋を筆で彩色している所だった。

 よく言っても前衛的、としか言えない極彩色の箱が出来上がっていく。

「休憩して甘いもん食いたくないか?」

「『たべたい』」

 二人の意見が揃った。

 くすりと笑うと、用意してくる、と言い置いて厨房へと入る。果物を切って砂糖と香辛料で煮詰め、淹れたお茶と共に居間へと運んだ。

 俺が来ると、二人ともぴたりと創作の手を止める。

「コノシェ。甘いもの作れたんだ……」

「必要に駆られてな。食っても食っても魔力使うのに、食事を疎かにしたら皮になっちまう」

 二人が片付けて机にできた空間に皿を置くと、午後のお茶会が始まった。

 甘酸っぱい果実の匂いが立ち、茶葉からの匂いと混ざって広がっていく。男はスプーンを動かし、煮てぐずぐずになった果物を掬い上げる。

「あ。美味しい!」

 最近は何も聞かずに自分の皿を差し出してくるようになった妖精は、お零れを囓り、だばだばと口の端から果汁を零している。

「研究は順調?」

「うーん。ここ数日は、魔力の調子が良くないな。しばらく休もうかと思ってる」

「体調が悪い、訳じゃないんだっけ」

 お前のせいだ、と軽口を叩いてみたくなったが、甘い果物と共に飲み下す。

「まあな。魔力って扱いづらいんだよ」

「じゃあさ。一緒にお絵かきする?」

「いや。俺、絵心には自信ないし、手持ちの研究材料の確認でもしようかな。午後は俺も居間に来ていいか」

「いいよ。一緒に作業しよう」

 のんびりと休憩を取り、研究室から研究材料……雷管石の入った箱を持ち込む。箱の中は賽の目状に区切られ、柔らかい布の中に雷管石が仕舞われている。石は削ったりする都合上、石は段々と減っていく。

 手袋をして石を持ち上げ、数を数えて帳面に書き付けていると、箱にお絵かきをしていた筈の二人が隣から覗き込んでくる。

『ようせいもほしい。くれ』

「高価えもん欲しがるなら働いてからにしろ」

 一番小さい欠片を持ち上げて握らせてやると、大事そうにぎゅっと抱きしめ、とと、と何処かへ運んでいった。

 いずれ俺の知らないうちに働き、埋め合わせをするんだろう。あれにはそういう習性がある。

「何だか。すごく……」

「え?」

「この石の輝きに見覚え、かなあ。思い入れがある、かもしれない…………」

 手袋を貸してやると、最も大きな雷管石……彼と一緒に拾った原石を持ち上げ、日の光に翳す。

 雷管石に対して、純粋な思い入れがある人間は羨ましい。長いことじっと眺めている横顔は、何かに祈るようでもあった。

「あんた、神殿に雷管石を預けて、番を……運命を探してたのかな」

「そう、なんだろうね。焦がれるような感情が湧き上がってくるもの」

 彼は番を求めている。おそらく長いこと、相手が現れるのを待っている。

 胸の奥からこみ上げてくる感情に、黒いものが混ざった。溢れてくる泥に名前を定義できないまま、俺はくっと眉を寄せる。

 男は俺を見ず、雷管石を見下ろして、呆然とした様子で声を絞り出した。

「────神殿」

「は?」

「神殿、には。僕が魔力を込めた雷管石が、存在するかもしれない……?」

 彼の視線は、俺が答えを出すことを求めていた。彼の言葉の欠片を繋げ、頭の中で星座を描く。

 あ、と声が漏れる。彼の素性を探る上で、最適解とも呼べるであろう手段が見つかった。

「神殿に所属する、番を引き合わせる鑑定士に、同じ魔力を持った雷管石を探させる……? 確かに、石に個人情報が紐付いてないと番が見つかっても連絡できない。神殿は、魔力を込めた石と、その魔力の保有者を知ってるのか……!」

「こ、ここから王都って……」

「大丈夫だ。街から割と近い位置に、王都への転移魔術式が存在する。伝手もあるし、使用許可取ってやるよ。行けるのは最短でも明日になりそうだが」

 それでいいか、と確認すると、男は躊躇って、その上で頷いた。以前は記憶を探りたくなさそうにも見えたが、今日はそうではないらしい。

 俺は両親経由で転移魔術式の使用許可を取り、保有している雷管石の中から他石と混ざってしまった質の悪い石を取り出す。

「これに魔力込めておいてくれ。鑑定士もその方が探しやすいだろうし」

「分かったよ」

 男の手によって雷管石に魔力が込められ、俺は変化した石を箱に仕舞った。明日はこの箱ごと神殿へと持って行くつもりだ。

 やがて俺は材料の整理に戻り、男も箱へのお絵描きに戻っていったのだが、お互いに何だかそわそわとした午後になった。













 神殿に行くと決めた日、普段なら寝坊してばかりの俺も、朝早いうちに目が覚めてしまった。まだ暗い廊下を歩いていると、厨房に明かりが灯っていることに気づく。

 厨房を覗き込むと、ぼうっと鍋をかき回す男の姿がある。

「『青いの』、もう起きてたのか?」

「……あぁ、おはよう。コノシェ」

 彼はこちらを振り返り、ちょいちょいと手招きをする。鍋の中身を小皿に移し、こちらに差し出してくれた。

 小皿を受け取り、口に含む。長いこと煮込まれた野菜の風味が広がった。

「旨い。でも、どうした? 眠れなかったのか?」

「…………うん」

 朝早い時間帯は、鳥も鳴かない。静かな中、僅かに彼が立てる音だけが耳に届く。

「正直。記憶を取り戻すのが怖かった」

 俺が想像する彼の素性は、幸福な半生を想像させる。だが、彼自身は時々口にする自分の記憶に対し、口籠もることがあった。

「記憶を失った僕はさ。コノシェがいて、妖精くんがいて、何不自由なく小さな家で家事をして暮らすことができる。けれど、もし思い出した僕が『犯罪者だったら?』『見合い相手と結婚を控えていたら?』『多忙で君とも会えないような立場だったら?』…………僕は、一体どうしたらいいんだろう、って」

 コトン、と音がして、彼の手から調理器具が滑り落ちた。鍋の縁を滑り、柄を汚して停止する。

 俺の方を振り向いた身体が、倒れ込むように覆い被さってくる。彼の顔が、肩に重たくのし掛かった。

「────僕は、今、どうしようもなく幸せだ。本来の自分を、捨ててもいいくらいに」

 腕を持ち上げて、抱き返すか迷った。神殿なんかに行くのは止めるか、と提案してやることもできる。

 俺は迷いに迷って、持ち上げた指で彼の耳を容赦なく引っ張った。

「いっだァ……!」

「今が幸せなら、別に進んで悪くなるこたねえだろ。別に」

「でも……」

 彼の頭を両手で捕まえ、わしわしと撫でてやる。柔らかい髪が指先に触れて、さらりと流れた。

「犯罪者なら償うべきだ。見合い相手との結婚なんていつだって止めりゃいい。多忙で会えないなら仕事捨てて会いに来い。…………お前がどんな素性の人間だろうと、俺は変わらない。それなら、今よりも幸福な人生を、貪欲に取りに行けよ」

 相手の背に手を伸ばして、ぐっと抱き返す。珍しいことをしているという自覚はあったが、そうしたくなった。

 照れ隠しに力いっぱい抱き締めていると、ぱしぱしと背中を叩き返される。

「…………苦しいって」

 顔を上げると、男は眉を下げ、こちらを見ていた。唇から息が漏れ、俺の背が抱き返される。

「分かった。僕は、……僕を取り戻してみるよ」

「そうしろ。大体、今のままじゃ俺、お前の名前すら呼べやしねえんだぞ」

 ぱちり、ぱちりと長い睫が動いて、ようやく気づいた、とでも言うように僅かに笑いが漏れる。

「そっか、そうだね。僕は、『僕の名前』を……コノシェに呼んでほしいな」

 花が咲くような表情に、彼の素性を垣間見る。きっとこの男は、昔からこうやって笑っていたに違いなかった。













 朝から出発して神殿に到着したのは、昼前の事だった。乗合馬車から降りた俺たちは、神殿の門の前で中央にある彫像を眺める。

 ずっと眺めていれば首が痛くなりそうなほど、立派で、そして高い門だった。

 以前も訪れたことがあるが、神殿の内部は全体が白で統一されている。自国の守護神は農業神で、神殿内部の緑も豊かだ。

 人の白と神の緑。人と神を繋ぐのがこの場所だという。

 男と顔を見合わせ、敷地内へと踏み入る。長い石畳の道を抜け、建物の軒下へと入った。どう案内してもらおうかと迷っていると、こちらに歩いてくる神官服の人間がいる。

 その人物は、こちらに向けて手を振った。

「え? お前の知り合い?」

「記憶ない人間に判断無理だよ!」

「そうだったわ」

 神官服の人物は、他の神官と違い、目深にフードを被っていた。白い指が伸び、フードを払い落とす。

 こちらを見つめるのは、緑の瞳だった。顔立ちも明らかになり、俺は、あ、と声を上げる。

「……サフィア! そういや。最近、神官に転職したんだっけ」

「転職……。まあ、転職で間違いはないか。久しぶりだな、コノシェ」

「久しぶり」

 和やかに会話をしている俺たちに、男は不思議そうな視線を送った。俺は神官の隣に立つと、手のひらを相手へと向ける。

「こっちは、サフィア・モーリッツ。俺の親戚。過程は省くけど、大体魔術師しか排出しないうちの一族で、珍しく神官にならされた奇人だよ」

「そもそも一族自体に奇人しかいないだろ。……コノシェ。この男が記憶を失っている人か?」

 俺と男は、揃って目を丸くする。俺は転移魔術式の使用許可は取ったが、目的を話してはいない。

 俺が記憶を失った男を拾った事、は親戚一族の誰も知りようがない筈だった。

「何で知ってんの?」

「神官には、神託が下ることがある。人が知り得ない事実を、神から伝えられることがあるんだ」

 神官である親戚……サフィアはそう言うと、部屋へ案内する、と言って先導して歩き始めた。

 廊下は光に溢れ、白で造られた壁や床は眩しくて目が痛くなりそうだ。俺たちは妙な緊張感を抱きながら、無言で歩いた。

 案内されたのは、机と椅子くらいしかない小部屋だった。椅子は三脚、既に用意されている。

 奇妙に思いながら、俺たちは勧められるがまま椅子へと腰掛けた。

「わざわざ雷管石に魔力を込めて持ってきてくれたところ悪いが、神託でそちらに提示する石も指定されていてな。そこの『記憶を無くしている人』」

「はい!」

 あんまりな呼び名だったが、男は神官相手に緊張しているのか、指摘する様子はない。

 サフィアは小箱を開くと、こちらに向けて差し出した。

 俺が視線で促すと、男は小箱を持ち上げ、中を眺める。箱の蓋裏には、名前のような文字列が記されている。

 唇が一度震え、ゆっくりと開かれた。

「『ラピス・シュタイン』」

 読み上げた名は、男を示すものとしてしっくり来る響きだった。そして、その姓が示す家柄にも心当たりがある。

 俺は指先を組むと、長く息を吐いた。

「こいつ。シュタイン家の人間かぁ…………」

「え? 分かるの?」

 名前を読み上げただけで未だ記憶は戻っていない男……ラピスはこちらを見て驚いている。

 俺はとんでもない相手に、毎日の朝食を作らせ、家を掃除させていたようだ。

「王都から離れた広い農地を有する貴族家だ。サフィア、他に把握していることは?」

「ああ。彼はシュタイン家、現当主の三男に当たる人物だ。伝手を当たってみたところ…………何と。現在、失踪中ということになっている」

「えらいこった。大騒ぎじゃねえか」

「それはそれは大騒ぎらしい。コノシェがいま滞在している山の隣領に、シュタイン家の別荘がある。おそらくは別荘に滞在中に事故に遭い、記憶を失ったんじゃないか?」

 俺が八つ当たり気味にラピスを睨むと、彼は慌てたように手を振る。

「僕、は……覚えてないし……!」

「名前を聞いても、記憶が戻るって訳じゃないのか。まあ、何はどうあれ素性が分かってよかったよ。うちの実家経由で連絡を入れさせる」

 俺の言葉に、ラピスは眉を下げる。

 何か言いたげな様子に黙って待つと、ぽつん、と小さく言葉が漏れた。

「……僕の家、シュタイン家に連絡を入れるのは、少し待ってもらえないかな?」

「けど、お前の家の人も心配してるだろ?」

「ううん。そうなんだけど、どうせ失踪してからかなり経っているでしょう。連絡する前に、別荘にある私物を整理したいんだ」

 お願い、と切なげに告げる声に、俺は肩を下げた。

「家同士の関係もある。長くは待たないからな」

「…………うん。ありがとう」

 俺たちの話が終わると、サフィアは雷管石の入った小箱を受け取り、蓋を閉じた。そして、思い出したように口を開く。

「ちなみにコノシェ。お前は雷管石を預ける気はないのか?」

「俺、か?」

「お前だってあの山でいつ頭を打って記憶喪失になるか分からないし、神殿に来たついでに預けてもいいぞ」

「いや、でも雷管石…………」

「『持っているだろう?』」

 サフィアの声に、別の響きが混ざった。うぁん、と耳を妙に揺らす声を奇妙に思いつつも、持参した鞄に触れる。

 ラピスの魔力を込めた石を持ってくるに当たって、研究材料である雷管石の箱ごと持ってきてしまった。中には、魔力の込められていない石も存在する。

 俺は操られるように鞄を開け、箱を取り出す。蓋を開けると、隙間から石が転がり出た。

 怪我をした男を見つけた日、一緒に拾った石だった。

「ほら、持っているじゃないか。色形、共に申し分ない石だ。まだ研磨していないが、これだけ大きければ、どんな形にも加工できるだろう」

「あ。…………あぁ」

 石を見下ろして悩む。そうしたほうがいいか、と考えていた事ではあるが、ここまで舞台が整ってしまうと、飛び降りてもいいのか迷ってしまう。

 ふと顔を上げると、俺よりも深刻そうな顔をしたラピスがいた。

「あの。コノシェ」

「うん?」

「いま力を込めたら、誰もすり替える事はできないよ」

 確かに、神官が目の前にいる場、俺を陥れようとする人間がいない場では、俺が番以外と引き合わされる可能性は無に等しい。

 けれど、それでも手は固まって動かない。

「それに、コノシェは僕に貪欲に幸福を掴み取ってほしいと言った。君がむかし憧れていたものは、きっと君の未来に存在する。だから……」

 男はそれだけ言うと、黙り込んでしまった。だが、精一杯、背中を押そうという意図は分かった。

 俺は、持っていた雷管石を握り込む。魔力を通すと、波は石の中に吸収された。

 目を見開く男に、眉を上げてみせる。

「……俺の負けだな。預けてくよ、サフィア」

「とうとう観念したか」

 サフィアは神官服を着ながらも、昔のように屈託のない顔で笑い、石を受け取った。何気なく雷管石の表面を見た瞬間、その緑の瞳が見開かれる。

 次第に顔が傾き、俺とラピスを交互に見る。

「────は?」

「いや。何だよ」

「あー……。まあ、魔力相性のいい相手が見つかったら…………連絡、必要か?」

「普通は要るだろ! 何だよ不安になる反応しやがって」

 サフィアは終始よく分からない態度ながら、石を回収して部屋を出て行った。部屋の前で別れた俺たちは、帰宅するべく門まで向かうことになる。

 少し先を歩くラピスの背中を、ぼうっと眺めながら後に続く。

 あと何日、彼は居候の身分でいてくれるんだろうか。追い出さなくてはならないことは分かっているのに、別れはただ寂しかった。








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