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一緒の昼食の後で、半ば無理矢理、連絡先を交換させられた。その日の夜には連絡が入り、翌日にはまた一緒に昼を食べることになった。
大高くんと僕とでは、あまりにも不釣り合いというか、僕が見てもどこで知り合ったのか疑問に思うほどだ。だが、彼は僕となぜか連絡を取りたがる。
結果、その週の休み、待ち合わせての事務所訪問と相成った訳である。
「絹太くん。お待たせー」
「ま、待ってないです……!」
駅前に集まった僕たちは、大高くんの到着で無事に落ち合う。
僕は久しぶりに友人と休日に出歩くことにそわそわしてしまい、一時間前には駅に到着していた。コーヒースタンドで時間を潰し、あたかも来たばかりのように振る舞う。
けれど、僕のその様子さえ見透かしたかのように、大高くんはコーヒースタンドを指差す。
「コーヒーでも奢ろっか?」
「喉、乾いてないので……」
「あの店のコーヒー美味しかった?」
「美味しかっ………………です」
「そっかぁ。遅くなってごめん、後で埋め合わせするね」
大高くんだって、集合の十五分前には到着している。僕があまりにも早く来すぎただけなのだ。
埋め合わせは不要だ、と主張するが、はいはい、といなされてしまった。
彼はベージュのジャケットに、白のシャツ、濃い色のジーンズを合わせている。首元にもシルバーのネックレスが光っていた。
全体の色味に派手なところはないが、最も華やかなのは彼の金髪だ。いっそ、落ち着いた色味の服の方が映えるかもしれない。
対して、頭髪がそこまで華やかな色味という訳ではないのに、春物にしては黒と白で纏めすぎてしまったのが僕のファッションだ。
隣に並ぶ姿がガラスに映ると、気分が沈みそうになる。
「じゃ、行こ」
「は、はい……!」
大高くんの先導に従い、駅から歩き出す。
プロダクションの事務所は駅から遠くはなく、普段は降りない駅の街並みを興味深く眺めつつ付いていった。
事務所はそこそこの大きさがある建物で、玄関にはプロダクションの名前が書かれている。
「ここが事務室。────おはようございまーす!」
仕事仲間らしいスタッフに挨拶をしながら、大高くんは事務所を歩く。まず案内されたのは、スタッフが事務仕事をしている部屋だった。
スタッフは皆それぞれ仕事をしていたが、その中の一人に大高くんが近づく。
「おはよ、龍屋ー。撮影ルーム、どこでもいいから鍵貸して」
「ああ、おはよう。何に使うんだ?」
その人物の対応は冷たい感じではないのだが、僕にとってはどことなく怖かった。嫌い、と取り乱すほどではないが、ざわざわと背が騒ぐ。
「事務所見学」
声をかけられた人物は、パソコンをカチカチと操作しながら問いかける。使用登録のようなカレンダーの画面を開くと、何かを入力して立ち上がった。
鍵の収まっているボックスを操作して開けると、その中の鍵を一つ手渡す。手渡し様に大高くんの肩を掴むと、何事かを囁く。
囁かれた方も、同じように肩を掴んで何事かを小声で伝えている。
会話が終わると、二人は離れ、大高くんは僕の元に戻ってきた。
「お待たせ。撮影ルームに案内するよ」
廊下を歩き始め、人がいなくなったところで問いかける。
「さっきの人と、何を話してたんですか?」
「ああ。あいつ、恋人が猫神の一族だから。絹太くんが同類だって話してた」
「…………花苗くん、ですか?」
大学構内で見かけていた、猫の魂を持つ人物の名前を挙げると、大高くんは驚いたように目を見開いて、脚を止めた。
「そうそう。やっぱ、分かるもんだな」
「花苗くんは、分かりやすいので」
「犬も分かる?」
「戌澄くん、ですよね。名字も種族名ですし」
正解、と呟いて、彼はまた歩き出す。
狐に巧妙に隠されるなどすれば、気配では分からないかもしれない。だが、二人は同族に対して、出自を隠すつもりはないようだった。
脚の長さが違う彼と、脚を目一杯のばして歩幅を揃える。
「そこまで分かってるなら、話しかければいいのに。そういう、一族特有の悩みとか、純粋な人には話せないでしょ?」
「……僕、同じような種族の人と会うの、大学が初めてで…………。僕がこう、だから、嫌がられないかな、と」
「こう、とは?」
「…………引っ込み思案で陰気」
「言うねえ」
大高くんはけらけらと笑い、途中、休憩スペースやロッカー、会議室などの案内を挟む。
室内はどこも新しい。また、綺麗に使われているようだった。
途中、ゲージに入った犬と擦れ違う。その柴犬は人慣れしているようで、軽快に挨拶をしてきた。
「『おはようございます』」
そう返すと、ケージを抱えていたスタッフに挨拶を返される。だが、柴犬にも通じたようで、オン、と鳴いて嬉しそうに尻尾を振っていた。
その様子を見ていた大高くんは、二人がいなくなった後、不思議そうに言う。
「いまの、犬の方に挨拶してた?」
「なんで分かったんですか?」
「一瞬、声がぼやぁって響く感じがした」
僕たちの特殊な声の使い方を言い当てた大高くんに、別の神の加護がある、というのは嘘ではないようだ。
魂を分けた訳ではないものの、特定の神から加護を受けている人間はいくらか存在する。そういった人間の特徴はいくつかあるが、人ならざる気配に聡い、という特徴はよく見られる。
「大高くんを守っている神様は、そういう加護を与えてくれるんですか?」
「うーん。普段は耳じゃなく、目かな。単純な視力もいいけど、危険に結びつくようなものはよく視える」
氏神に由来した名字や、名字の読みを頂くような名字は数多くある。特に、僕たちのような存在は、その力にあやかる為、と、一族の形成の為にそういった名字を選んだらしい。
彼を守っているのは、大鷹なのだろうか。では、先ほど会った『龍屋』というスタッフにも、龍、に纏わる何かの加護があるのかもしれない。川や滝、もしくは蛇だろうか。
本能的に怖いと感じた理由が、何となくわかった。僕はまだ蛇に怯えているらしい。
「じゃあ、僕を助けてくれたのも、見えたから、ですか?」
「うん。危なそうだな、って感じがして近づいたら案の定でさぁ、慌てて鞄投げた」
「そう、だったんですか。助かりました」
あんな人気のない場所にタイミングよく彼が現れたことは不思議だったが、彼を守る神様に、僕は助け船を出されてしまったらしい。
顎に手を当て、彼に尋ねる。
「鷹の神様は、何が好物ですか?」
「大きい肉とか、かなぁ」
「今度、御礼に大きい肉をご馳走したいです」
「俺に?」
「はい。代理で」
「あはは、いいよ。俺も肉好き」
今度行こっか、と自然に誘われ、つい頷いてしまう。また、彼と約束が出来てしまった。
寄り道を挟みつつ、撮影ルームに到着する。
窓からの日差しも明るい室内は、個室、と呼ぶには広く区切られていた。
天井からも照明が綺麗に当てられるよう、設備が整えられているのが分かる。また、窓辺には厚いカーテンも備え付けられており、締め切って照明だけにしても、十分な光量が担保されそうだ。
室内には適度にインテリアも置かれ、洒落たローテーブルやソファもあった。部屋の隅には植物も置かれているが、明らかにフェイクグリーンだ。
本物の緑は食べるものな、と動物たちの妙な食欲を思う。
「主に所属タレントの宣材写真を撮ったり、プロダクション宣伝用の写真撮ったりする部屋だよ」
大高くんは大きな鞄をテーブルの上に置くと、窓辺に近寄って光の差す位置を確認している。
僕が頭に疑問符を浮かべていると、彼は鞄の中から黒いケースを取り出す。大きな手がケースを開けると、中からは黒い機械が出てくる。
「カメラ……、ですか?」
「そう。今日、試しに絹太くんを撮らせてもらって、こういうもの、って感覚を掴んでもらおうかな、と。どう?」
おそらく一眼レフ、と呼ばれるような、カメラの中ではごつい形状の機体を取り出すと、顔の横に持ち上げてみせる。
僕は両手の指を腹の前で絡め、視線を落とす。
「僕、普通の狸なんですけど」
「普通の狸は人の姿を持ってないよ」
「じゃあ、ええと…………」
断る言葉を探し続ける僕の足下に、陽が差し込む。
「俺、狸だった絹太くんのこと一瞬しか見てないけどさ。ふわふわで小さくて可愛くて、日向が似合うなって思った。だから、……撮らせてくれない?」
顔を上げると、柔らかい眼差しとかち合った。
写真を撮られるということは、あの目がずっと僕を見るのだ。考えるだけで恥ずかしくて、それでも、言葉には争いがたい甘さがあった。
「少し、だけ……。なら」
「本当!? じゃあ…………」
ロッカールームへ案内され、空いているロッカーを貸してもらう。服を緩めて狸へと転じると、大高くんが服を拾い上げて仕舞ってくれた。
床で待つ僕を、大きな手が抱き上げる。ぐん、と高い位置へと上がる感覚は、子どもの頃以来だった。
抱かれたまま撮影ルームへ戻るが、広い腕は安定感があり、ずっとそのままで居たいような気もした。
「じゃあ、まずは。座ってみて」
ソファの上に運んでもらい、指示に従って座る。大高くんはカメラを構えると、姿勢を低くしてシャッターを切り始めた。
数枚、試しに撮った画像を、狸である僕の前に見せてくれる。
「どう?」
『……光が当たっているから、ふわふわに見えます』
僕が返事をすると、彼は耳を押さえ、僅かに目を丸くした。掌が、僕の頭を撫でる。
「絹太くんは、おしゃべりしてくれるんだ」
『と、いうと?』
問い返すと、彼は眉を下げて笑う。
「動物の一族の人たちさ。お気に入りの相手以外とは、その姿で会話してくれないから」
『相性も、ある、と思います。この姿での会話は厳密には空気を震わせる音を使っていないので、合わない人に、言葉を届けるのは難しいです』
「そっか。嫌われてるのかと思ってた」
目立つ顔立ちの人当たりのいい男が、嫌われてるのかと思ってた、とは意外な言葉だった。僕が思っているよりも、図太い人間ではないのかもしれない。
彼は撮影した画像の中で、良いと思うものを指差してくれる。僕が日の光を浴び、ほんの少し眦を緩めた表情だった。
間抜けな顔にも思えるが、大高くんにとってはこの画がいいらしい。
「次は、寝っ転がってくれる?」
『こ、こう……?』
その場に横になる。が、カメラが向けられている事に緊張してしまう。
前脚は強ばり、ぷるぷると震えていた。
大高くんはカメラを下げ、一旦、首へと掛ける。彼はかちこちのまま寝転がった僕に近寄ると、そろり、と低い鼻先に指を近づけてきた。
近づいてきた指先から、彼の匂いがわかる。大学で近づいた時にした香水のにおいは、その指先からは感じない。
『石鹸の匂い』
「ああ、ごめん。匂いは嫌かと思って、香水は避けたんだけどさ」
『厭な臭いではない、です』
指の背で僕の頬を撫で、それから耳の後ろを掻く。右手だけだったのが、やがて両手になり、全身を撫でた。
大きな手が、覆い被さってくる。心地よい場所に目を細めると、その場所は丹念に撫でられた。
『耳の後ろ、好きです』
「────。じゃあ、もっと触っちゃお」
マッサージでもするように僕を溶かすと、好みだと伝えた場所を次々と撫でてくれる。次第にとろりと目が溶けた。
ソファの座面にぺったりと身体を預け、掌に身体を任せる。眠たくなってきた頃、上からシャッターの音がした。
僕はぴくぴくと耳を動かす。
「ごめんごめん。いい顔だったから」
『……僕、寝ちゃいそうです』
「ほんと? 寝顔も撮りたいなあ」
流石に眠りこけたりはしなかったが、僕の身体から力が抜け、彼が望んだような寛ぐ狸が写真に収まった。
次、と言われるかと思ったが、ある程度の写真を撮り終えると、彼は隣に座って、僕を膝の上に乗せる。
太股の間に挟まれる形になった僕は、むにむにと頬を揉まれながら、目的を忘れてうつらうつら船を漕ぐのだった。
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