3 / 9
3
しおりを挟む▽3
プロダクションに見学に行った翌日のことだ。僕が大学の廊下を歩いていると、突然、背後から肩を抱かれた。
「おはよ」
「大高くん……! おはようございます」
「美味い肉を出す店。朝コンビニ寄ったら雑誌あったからさ、これ見よう」
彼の手元の袋には、グルメ雑誌の上部が見える。
一緒に食事に行く、という約束を、彼は完遂させてくれるつもりらしい。今日、最初の講義の予定を尋ねると、同じだと分かった。
「じゃあ、一緒に行こっか」
「え? あ、他のお友達、とか……」
「いいのいいの。彼氏とか彼女とかとイチャイチャして、俺には構ってくんないもん」
端からは、大高くんの方が構おうとする腕を躱しているように見える。
肩に乗っている腕をどうしたものかと眺めると、彼は大人しく手を放した。
二人で講義室へ向かうと、扉を開けた途端、視線がいくらか向けられるのが分かる。心臓が竦み上がった。
「絹太くん。あっちの席でいい?」
「は、はい……!」
普段は後ろの座席は座りたい人に譲っているのだが、誘われるのなら断る理由もない。二人並んだ席に荷物を下ろして座った。
大高くんは二人の間に、買い求めた雑誌を広げる。
「今日、もう昼飯買った?」
「まだです。けど」
「一緒に学食いかない?」
「………………どうして、ですか?」
「え? 一緒にご飯食べて、お喋りしたいからだけど」
何で聞かれるんだろう、と不思議そうに言葉を返される。
僕は僕で、一緒にご飯を食べてお喋りしたい、という理由込みで食事に誘われたことがなく、自然と視線が落ちた。
「学食、行ったことないです」
「そっか。苦手?」
「苦手なのは、……みんな複数人で食べる場所で、一人で食べることですかね」
あはは、と苦笑するが、大高くんはからかうように笑い返したりはしなかった。
「じゃあ、俺と二人なら。行けそう?」
「使い方、教えてくれます、……か?」
「いいよ。鶏肉が好きなんだっけ、唐揚げ定食とかオススメ」
へえ、と思わず嬉しげな声が漏れてしまった。
それから、二人でグルメ雑誌を広げて店を見繕う。食べ物の好き嫌いを話していると、二人の間では肉料理の店を選べば丸そうだと分かった。
いくつかの店に目星を付け、ページに折り目を入れていると、そのうち講義が始まる。ソロで受けない講義が初めてで、誰かの気配に最初の方は緊張してしまった。
だが、ちらりと様子を窺う大高くんは、外見に似合わず静かに講義を受けている。ノートの取り方も見やすく整っていた。
講義が終わると、次の予定を確認する。次の講義は別だ。学食で落ち合うことにした。
「じゃあ、また後で」
手を振って別れ、僕は自分の講義へと向かった。
次の講義室では前の方で受けたが、学食の予定にそわそわしてしまって、ノートを取る手が何度も遅れる。
終わり間際に荒い字で書き終え、ほっとしながらノートを閉じた。
講義室を出て渡り廊下を抜け、学食へと向かう。学食のある建物の入り口では、目立つ金髪の姿があった。
「お、大高、……くん!」
「あ。絹太くん、早かったなー」
ひらりと手を振った大高くんへ、駆け足で近寄る。外は過ごしやすい気候だ、風が頬を撫で、過ぎていった。
「どうぞ」
大きな手が扉を開け、僕が入り終えると、彼も中に身を滑り込ませた。
講義後に早めに移動したおかげか、まだ席は埋まっていない。急いで食券機の前に並ぶ。
「あ。日替わり肉定食、チキン南蛮らしいよ」
「えっ、唐揚げ定食にしようと思ってた。ん、ですが……美味しそう。日替わり、かな」
お金を入れる手を止め、画面を眺める。
じゃあ、と大高くんは僕の両肩に手を置いた。
「俺が唐揚げ定食を押して、一個あげよう」
「……いい、ん、ですか? 他に食べたいもの、なかったですか?」
「うん。食べたいのは唐揚げ」
僕より先に小銭を入れ、彼は唐揚げ定食を買ってしまった。
僕は続けて、日替わり肉定食を選ぶ。日替わりだけあって、品数も多いし安かった。
大高くんの様子を真似て食事を受け取り、外が見える位置に座席を選ぶ。
学食は光が入る設計の広い空間で、壁面は清潔感のある色味で整えられていた。テーブルがずらりと並ぶ中、学生がわいわいやっている様子は、今までの僕からすれば別世界に思える。
「いただき、ます……!」
「いただきます」
二人で向かい合って、食事を囲む。
大高くんは唐揚げ定食の唐揚げを一個、僕の皿の端っこに積み上げる。
「あの、チキン南蛮、一ついかがですか?」
「いいの? じゃあ貰おうかな」
大高くんの皿の端に、大きめの一切れを選んで置く。
出来たてのそれは、からりと揚げられた衣に、甘酸っぱいソースとタルタルが絡んでいる。持ち上げて囓ると、じわりとまだ熱い肉汁が溢れ出した。
「美味しい!」
「あ、美味い!」
大高くんも一口めをチキン南蛮にしたようで、少し遅れて同じトーンの声が返ってくる。ご飯を僕は普通盛りにしたが、彼は大盛りだ。膨らんだ頂点からがっつりと湯気の立つ白米を掬い取り、大きな口で頬張る。
卵サンドの時といい、彼の食べっぷりは豪快だ。
僕はちらちらと彼を見ながら、ちまちまとご飯を口に含んだ。噛みしめると甘い白米が、甘酸っぱいソースとよく合う。
「唐揚げ、肉汁凄いな」
「ですね。下味が効いてておいひい……」
熱々の肉汁と格闘しながら唐揚げを頬張っていると、やがて近くの席が埋まってきた。だが、目立つ大高くんの近くだからか、僕たちの周囲は空いている。
そんな彼の背後に、長身の影が立つ。顔を上げると、プロダクションで会った『龍屋』と呼ばれた人が立っていた。
「悪い、大高。席、隣いいか?」
「んー。絹太くん、平気?」
「僕は、平気ですよ」
龍屋、と呼ばれた人の背後には二人おり、席が取りづらいのだろうと分かった。上手くない笑顔を浮かべながら、内心、僕は焦っていた。
背後にいる二人は、犬と猫だ。
「あ」
相手も、僕の事に気づいたらしい。机にお盆を置くと、『猫』のほうが近寄ってくる。
「『狸』?」
正確に言い当てられ、目を見開く。あまり隠すのは上手くないとはいえ、狸の本分は化かすことだ。
複数の、狐と両方を挙げられるかと思いきや、この人は悩みもしなかった。
「は、はい。よろしくお願いします」
「そうなんだ、僕は『猫』。で、あっちが『犬』」
僕には聞き取れたが、猫、と、犬、を言う時だけ、彼は声を使わなかった。
「あの、何となく、知ってました……」
「そうだよね。見られてる気はしてたんだ、よろしく」
猫の人は僕の肩をポンと叩き、席に戻っていった。
外見も可愛らしく、ふんわりといい匂いがするような空気を纏っている。犬の人の方は、体格は大きくないが、身体を動かすのに慣れた空気が外見からでも分かった。
二人とも、僕なんかよりもずっと、人に好かれる容姿をしている。
「こっちは立貫くん、昨日、プロダクションに見学に来てもらったんだ」
「え。そうなんだ、所属するの?」
猫の人に問いかけられ、両手を胸の前で振る。
「いえ、まだ。悩んで……て」
「そうなんだー。所属することになったら、一緒に写真撮ろうね」
猫と狸が写真を撮ることになったら、なんかこう、狩猟目前、という感じにならないだろうか。
相手の猫姿が想像できず、僕はあいまいに笑って答えた。
「俺は龍屋」
「花苗だよ」
「戌澄だ」
龍屋、と名乗った人物だけが純粋な人だ。猫の人が花苗さん、犬の人が戌澄さん。よろしくお願いします、と頭を下げた。
大高くんは僕を見つつ話す。
「絹太くん、大学で学年違う知り合いが少ないらしいからさ。いろいろ相談に乗ってあげて」
「……皆さん、年上、ですよね?」
「うん」
「なんで大高くん。龍屋さんのこと呼び捨てなんですか?」
「友達だもん。でも、面倒な人の前ではさん付けしたりするよ」
ね、と大高くんが声を掛けると、龍屋さんは平然と頷く。
「別に。俺も気にしないしな」
「デートの時、龍屋のバイトの予定代わったりしてるんだ。俺」
堅そうな龍屋さんと、一見チャラそうな見た目の大高くんでは水と油に見えるが、本人たちの空気は柔らかい。
講義中の大高くんの様子を見ていれば、外見から来る印象は当てにならない、というのも実感している所だ。
「立貫くんも呼び捨てにしていいよ?」
日替わり魚定食をぱくついていた花苗さんが、僕にそう言って微笑む。
「あの、いえ。僕は、……呼び捨てではない方が、慣れているので」
「そっかぁ。……あのさ、立貫くんって鶏好き?」
「好きです」
「うちの事務所に、瓜生さん、って人がいてね」
花苗さんは箸を持っていないほうの手で、親指、中指、薬指を重ね、人差し指と小指をぴんと立てた。
長い鼻と、三角耳の獣を影絵で作る時に模るやり方だ。『瓜生さん』は狐らしい。
「その人も鶏肉が大好物なんだよ。似てるのかな?」
狸と狐は、共に化かすという点でひとくくりにされがちで、狐狸、という言葉がある位だ。
ちなみに、狐は七種類に化けられて、狸は八種類に化けられる。なんてことわざがある位、狸も化けるのは上手いはずなのだが、僕は個体として化けるのが下手である。
「種族的には、似てると思います。けど、伝承とか、そういう意味での話で。動物としては、……イヌ科が共通点ってくらいですか」
「お。じゃあ犬とも近いな」
戌澄さんはチキン南蛮を持ち上げながらにんまり笑い、花苗さんは、むう、と眉を寄せた。
「狐はネコ目だもん!」
「それを言ったら、犬も猫も狸も狐も同じ祖先に辿り着くだろ」
「うーん……。じゃあ、みんな仲間でいっかぁ」
花苗さんはなんとか丸め込まれたようだが、戌澄さんの理屈でいうとライオンも狼も熊でさえ、みんな仲間、である。
釈然としないものを感じつつも、平和的解決、とこの話題に口を挟むのは止める。
「花苗さんは、魚が好きですよね?」
「鶏肉も好きだよ」
「えっと、僕たちが持つイメージと、割と同じ?」
「そうかも。鰹節とか大好きだし」
僕は、戌澄さんに視線を向ける。視線の意図に察したらしく、彼は、ああ、と考え込む。
「流石に人間の歯じゃ、骨は食わないぞ」
「…………僕。戌澄さんに、骨食べそうですね、って言うように見えましたか?」
「じゃあ何が好きだと思う?」
「肉ですか」
「正解。ちなみに甘いものも好きだ」
年上の筈の人たちは、垣根を感じさせないほど自然に、僕を輪の中に入れてくれる。
食事を終えて別れた時には、賑やかさが消え、物寂しささえ感じたほどだ。
数日後、僕は大高くんや先輩たちとの縁を切りたくない、というだけの理由で、プロダクションへ加入することを決めた。
142
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
ヒートより厄介な恋をα後輩に教え込まれる
雪兎
BL
大学三年のΩ・篠宮湊は、何事も理屈で考えるタイプ。
ヒート管理も完璧で、恋愛とは距離を置いてきた。
「フェロモンに振り回されるのは非合理的」
そう思っていたのに――。
新学期、同じゼミに入ってきた後輩は、やたら距離の近いα・高瀬蒼。
人懐っこくて優秀、なのに湊にだけ妙に構ってくる。
「先輩って、恋したことないでしょ」
「……必要ないからな」
「じゃあ俺が教えますよ。ヒートより面倒なやつ」
余裕のあるα後輩と、恋に不慣れなΩ先輩。
からかわれているはずなのに、気づけば湊の心は少しずつ乱されていく。
これは、理屈ではどうにもならない
“ヒートより厄介な恋”を教え込まれる物語。
泣き虫だったはずの幼なじみが再会したら僕を守るために完璧超人になっていた話。
ネギマ
BL
気弱で泣き虫な高校生、日比野千明は、昔からいじめられっ子体質だった。
高校生になればマシになるかと期待したが状況は変わらず、クラスメイトから雑用を押し付けられる毎日を送っていた。
そんなある日、いつものように雑用を押し付けられそうになっている千明を助けたのは、学校中が恐れる“完璧超人”の男子生徒、山吹史郎だった。
文武両道、眉目秀麗、近寄りがたい雰囲気を纏う一匹狼の生徒だったが、実は二人は、幼い頃に離れ離れになった幼なじみだった――。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる