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それから、僕は壱矢くんの家に呼ばれては写真を撮られるようになった。
できれば屋外での写真を撮りたいようだが、場所のイメージが付かない、と狸の僕を室内で撫で回しては写真に収める。
コンテストには使わない写真ばかりが積み上がっていくが、壱矢くん自身は気にしていないようだった。
「絹太くん。こう、ばんさーいってして」
『はぁい』
言われるがまま、両手を挙げる。
彼はカメラを下ろし、僕の前脚を摘まんだ。ぷにぷにと肉球を押す。
「丸っこくて可愛い」
『梅の花に似てる、って言われることがあるよ』
「似てるかも。あー、梅の季節に撮りたかったなぁ……」
『僕、木登り下手だよ』
そっかぁ、と彼は呟き、室内狸のつやつやの肉球を撫でたくる。
写真を撮るのが目的なのか、毛を撫でるのが目的なのか。最近はどちらか分からないところがある。
僕が家に来るようになったのをいい事に、撫でて撫でて、ちょっと撮り、を繰り返す。最近の僕はシャッター音に慣れ、モデルの仕事も少しずつこなしている。
「気持ちいい……」
ただ、困るのが壱矢くんのこれである。
整った顔立ちで頬擦りし、毛で覆われているのをいい事に、際どいところも触るのだ。ひどい時には彼の指を甘噛みして離れるのだが、箍が外れてしまったのか、人に戻ってもべたべたするようになった。
距離が近すぎる。僕以外にこんな事をしたら、好意を持たれていると誤解されても可笑しくない。
『────壱矢くん、お腹すいた』
「人に戻る?」
『戻るよ』
彼は諦めたように僕を放し、脱衣所までの扉を全部開けてくれた。飛びついてよじ登れば開けられない事はないのだが、人様のおうちに爪で傷を付けるのは頂けない。
脱衣所で服を着て戻ると、壱矢くんはピザのチラシを持っていた。
「なに頼む?」
「んー。……照り焼きチキン」
「じゃあ、俺は焼き肉カルビ」
片方はマルゲリータに、と譲り合う事もなく、お互いに好きなものを頼んだ。街中のマンションだからか、配達は直ぐだ。
提供してもらったコーラをガラスのコップに注ぎ、無駄に乾杯をする。二人ともがつがつとピザを頬張り、数切れずつ交換をして味変を楽しむ。
「絹太くん。デザート、お腹に入る?」
「無理、かも」
そう呟くと、彼はピザとデザートの箱を冷蔵庫に仕舞いに行った。食べられないのは僕だけなんだろうが、彼も付き合ってくれるらしい。
飲み物を貰って、リビングのソファに移動する。僕がソファに身体を預けると、隣から雑誌を持った壱矢くんが寄り掛かってくる。
ばくん、と心臓が跳ねた。果たして、この距離感は友人に相応しいそれ、なんだろうか。
「絹太くんの一族ってさ。狸、っていう割には一緒にピザとか食べるし、人と変わらないように見えるんだけど。魔法みたいなの使えたりする?」
「うぅん……。一族で固まって住んでる地域の狸とか、古くからの血筋の狸なら化かしたり、化けたりって上手なんだけど。僕の家は都会に住んでて、教わる機会がなかったかな」
「化けるのが上手い人、いるんだ」
「うん。ちゃんと教われば、人間体の姿だって女性とか、子どもとかになれたりするよ」
「え。そこまで?」
僕は近くの紙を手に取ると、折って葉っぱの形を作る。
それを手のひらの上に載せ、力を込めると一輪の梅花へと変わった。
「これ、事務所の瓜生さんに教えてもらったんだ」
「狐の人か。……へえ、つやつやしてて、本当に花みたい」
彼が花弁を撫でると、花は瞬く間に輪郭を溶かし、元の折った葉に戻ってしまった。
壱矢くんは唇に指先を当て、何か考え込むような様子を見せる。そして、近くにあった携帯電話を引き寄せる。
「もう一回、やってくれる?」
「いいよ。今、お腹いっぱいで力あるから」
もう一度、今度は桜の枝へと変える。その瞬間、シャッター音が響いた。
彼は、携帯電話の画面をまじまじと見つめる。
「撮れた……!」
「最近の怪異って、写真に写るもんね」
「そういうもの?」
「輪郭のない魂の形を定めるのは、見ている人間側だよ」
壱矢くんは桜の写った画面を見下ろし、何事か思いついたように顔を上げた。
携帯電話を操作し、何事かメッセージを綴っている。
「狸と梅の花、撮ろう!」
「でも、季節じゃないって…………。あ」
「瓜生さんに連絡して、梅、咲かせてもらう!」
メッセージはすぐに返ってきたようで、ピコン、と彼の携帯電話が軽快な着信音を響かせる。
返事に目を通した壱矢くんは、眉根を寄せた。
「一から梅の花を咲かせるのは力を使うから、梅の木が必要、……かぁ」
力の触媒という意味と、使う力の軽減、の意図で、梅の木が必要らしい。
彼は梅の木を用意する方法を必死に考えているようで、その様子が気の毒になって肩を叩いた。
「狸の家には、よく梅が植えられてるよ。みんな好きなんだ。肉球と同じ形だから」
「…………え? ……あ」
「撮影に協力してもらえないか、お父さんとお母さんに聞いてみる」
連絡を取ると、快く梅の木を撮らせてくれるという。
家の壁は高く、梅の木がある側には木が集まっていて人目に付くこともない。参加者の予定を擦り合わせると、数週間後の予定が決まった。
コンテストの期限には、余裕のある日程だ。
「絹太くん、ありがとう!」
彼は両手を広げると、隣に座っていた僕を抱き込んだ。
そのまま体重を掛けられ、広いソファに倒れ込む。ぎゅうぎゅうと抱き締め、髪を撫でる様子は嬉しげで、僕まで気分が上がってしまう。
そうっと大きな背に、手を伸ばした。ほんの少しの力を込めて抱き返す。
「いい写真にしよ……!」
「うん!」
彼と触れ合うのは、心地がいい。友達はこんな触れ合いをするのか、とさえ思わなければ、もっと、もっと、と望んでいたかもしれない。
沈んでいたソファから起き上がると、部屋の隅に飾られている家族写真が目に入った。
狸の一族が使える、魔法みたいなもの、にはもう一つ心当たりがある。
僕たちは、雌雄で生殖をしない。一族の中で数が増えることが必要になれば、指名された狸が魂を分けて、新しい狸が生まれる。
ただ、生まれたままの純粋な魂は、殖えるのに適した魂とはいわれない。純粋な魂に、別の魂の色を付けた魂が、殖える時には選ばれる。
僕たちは、肉体で生殖をしないのに生殖行為をする。持って生まれた魂に、別の色を付けてもらうために、そうする。
「………………」
僕は、彼と番になれる。一族から指名を受ければ、彼の色で染めた新しい魂を生むこともできる。
けれど、人は魂を分けたりしない。だから、彼はきっと、僕とは友達だと思っているはずだ。
ずきりと胸が痛んで、喉の奥がざわざわと騒いだ。
告げたとして僕たちの関係は、変わらないか、悪くなるかのどちらかだ。口をついて出ようとする言葉を封じ込んで、僕は表情を作った。
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