婚約者はメイドに一目惚れしたようです~悪役になる決意をしたら幼馴染に異変アリ~

たんぽぽ

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クリス

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「立場、か。俺の全てを知る者はそう多くはない」
「はい」

 クリス様は部屋に立っている数人の近衛に視線を巡らせました。
 出入口の扉の前、わたくしの背後、そしてわたくしとクリス様を真横から守る騎士。唯一クリス様の背後にだけは目がむきませんでしたが、わざわざ振り返らなかっただけでしょう。

「さてどこから話そうか? 俺の秘密は産まれる前から始まっている」
「……可能ならば、全てを」
「気になるか?」
「はい」

 わたくしの返事を聞いたクリス様は笑っていますが、家柄もなにもわからない方との婚約をわたくしは笑えません。

 謎の多いクリス様と、貴族としての立ち位置がはっきりしているロイエン様のどちらかと今すぐ結婚しろと迫られたら、わたくしはロイエン様を選びます。それくらい、クリス様は相手として不足しているのですから。

「俺が生まれる二年前、前王妃は自分の命と引き換えに兄上を出産なされた。これは有名な話だ」
「はい。そして一年間喪に服する王へ進言があり、現王妃様が娶られクリスティナ様が誕生したと聞いています」
「そうだ。その時産まれたのが本当に王女であれば問題はなかった。しかしたった二歳差の腹違いの王子が、政権に影響を与えないはずがない」

 王が恐れたのは、貴族同士の勢力争いにより我が子を失うこと。
 騎士がどんなに必死に守っても、王家の隠密が常にそばにいたとしても、それでも守りきれなかった過去の王の子の名が歴史に刻まれています。
 そして大切な王子を二人とも失うという最悪の事態を招く可能性すらあるのが、権力に魅せられた人間の持つ悪意の恐ろしさです。

「王族の出産は、産まれてくる無防備な子を守るため王直属の医師団だけで行う。王は出産前に医師団へある命令を下した」
「……王子だった場合は性別を偽り、王女が産まれたと王妃様に伝えるように、ですね?」
「あぁ。俺の周囲に信用できる者だけを配置すれば、秘密がもれることはない。現に今も秘密は守られている」

 王家の隠密だけが守っていた当時と違い、今はもっと多くの人物がクリス様のことを知っているはずです。けれど、秘密を打ち明けられた者が喋らなければ、守りの輪が大きくなるだけのこと。

「十歳になる前に、自分の本来の性別を教えられた。そして、偽るために本物の女児と交流を深めさせられた」
「その交流相手に選ばれたのが、わたくしたちですね?」
「病弱で成長が遅いと理由をつけて、疑いをもたれぬよう俺より少し幼い子を集めたらしい。そこまでするならいっそ閉じ込めておけばよかったのにな」
「クリス様、そのようなこと……」
「冗談だ。そのおかげでお前に出会えたのだから。あの大勢いた娘たちの中で、カティだけが俺の秘密を知っている」

 わたくしを見つめてくるクリス様の目には、しっかりとした光があります。自分の人生を諦めている人の目ではないことに、わたくしはいつも安心するのです。

「兄上が十六になった年、俺はやっと母上に真実を伝えることを許された。まあ、弟が産まれた時でも良かったんだろうが、七歳ならまだ王子として育て直せるから、父上も慎重になっていたんだろう」

 第一王子が成人し、次期王としての立場を確立させたことで、クリス様の王女生活も終わりを迎えたそうです。わたくし以外の令嬢とは、病気の悪化を理由にして徐々に疎遠になっていったそうです。

「なぜわたくしは残されたのでしょう?」
「さぁな。なんとなく、だ」

 なんと言ってよいのか迷っているわたくしの前に、久しぶりに目にするクリスティナ様のネックレスが差し出されました。

「目的がもう一つあったのを思い出した。……第一王女クリスティナは安らかに旅立った。これは、与える相手がいないクリスティナが、お前に持っていてもらいたいと願った品だ。受け取って欲しい」

 わたくしもクリスティナ様も、大半の貴族女性は多くのネックレスを所有しています。けれど、このネックレスは王女の紋章が刻まれた、世界に唯一の、本来ならクリスティナ様の伴侶が手にするべき品。

「こんな大事なもの……受け取れません」
「では捨てるしかないな」

 クリスティナ様のネックレスが宙を舞い、騎士の一人がそれを受け止めました。

「捨てておけ」
「はい」
「なりません!」

 騎士に駆け寄り、手の中のネックレスを救い出します。これはクリスティナ様のネックレス、クリスティナ様の生きていた証です。
 近づきすぎたのか、目の前にいる騎士がそっとわたくしから離れていきます。

「飾るも使うもカティの好きにするがいい。もう俺には必要ないものだ」
 
 この場にいる騎士たちはこの暴挙を前にしても誰も何も言いません。

「今日は表向きの理由として王女の近衛である俺たちは、お前にクリスティナ王女の訃報を届けに来た。王太子の婚儀が近いことと、王女の姿を人目に晒すのを王が嫌がったことが理由で、国葬は行われない」
「そんなっ!」

 考えれば当たり前です。だってお体がないのですから。ですが、王女として十四年生きたクリスティナ様の最後が、このような終わり方だなんて、あんまりだと思うのです。

「泣くな」

 人前で私情の涙を流すのはあまり褒められたことではありません。けれど、近しい人の幸運や不幸に涙を流すことは別です。
 ハンカチを濡らしていくわたくしをみかねてか、クリス様は椅子から立ち上がり、わたくしのそばに来て肩に軽く手を置きました。服を通して、人の温かさが伝わってくるようです。幻のクリスティナ様は、今もこの方の中にいらっしゃいます。

「今の俺は、クリス・ガーディアという名を持っている。俺が産まれた時に、父上は空白の戸籍を一つ用意してくれていた。ガーディア公爵家は古くから王の影として公私を支えてきた家系で、戸籍上の父から俺は伯爵位を譲ってもらった……公爵家が保有していた余りものの爵位だから領地はない」

 先ほど拝見した書類には、確かにクリス・ガーディアと書かれていました。
 公式の書類に愛称が書かれることはまずありません。クリスティナ様の本当のお名前は、本当にクリス様だったようです。

「今後、兄上の近衛騎士になるか、兄上を支える隠密に転身するか、それとも父上にねだって領地を少し分けてもらうか、それはカティの好みに合わせるとしよう。父上は俺に負い目があるから多少の我儘なら聞きいれて下さる」

 見上げたところにあるクリス様のお顔は、いたずら好きのクリスティナ様と目元がそっくりでした。


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