命を助けてもらう代わりにダンジョンのラスボスの奴隷になりました

あいまり

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第2章:火の心臓編

024 思いもよらぬ

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<猪瀬こころ視点>

 山吹さん達がダンジョンを出るのを待ってから、私達はダンジョンの出入り口に向かって歩き出した。
 元々、私が転移トラップに引っ掛かった場所は、ダンジョンに入ってすぐの場所だ。
 そのため、少し歩くと上に行く階段があり、そこを上ると外へと続く洞窟があった。

「……」

 私より先に階段を上り終えたリートは、その場で立ち止まった。
 何事かと思って隣に並んで顔を覗き込んでみると、彼女は目の前に広がる外の光景を見て、何やら緊張したような表情を浮かべていた。

「……リート、何してるの?」

 なんとなくそう聞いてみると、リートはビクッと肩を震わせ、驚いたような表情で私を見た。
 それに首を傾げて見せると、彼女は少し間を置いてから、「いや」と言ってまた外を見つめた。

「何でもないわい。早く行くぞ」
「う、うん」

 どこか緊張したような声色で紡がれた言葉に、私はそう頷く。
 すると、彼女はすぐに、外に向かって歩き始めた。
 不安に思いつつ付いて行ってみると、彼女は洞窟を出るあと一歩のところで、またもや立ち止まる。
 太陽の角度の影響か、そこはちょうど洞窟と外の境目で影が途切れており、まるで日差しの下に出ることを躊躇しているようにも見えた。
 不思議に思いつつ外の方に視線を向けた私は、ここに入る際に壁を破壊した時の瓦礫が、辺りに散乱していることに気付いた。
 そういえば、リートも私も、何気にずっと裸足だな……。
 寺島からも、なんだかんだ靴だけは奪わなかったし。

「えっと……瓦礫が気になる?」

 なんとなく、私はそう聞いてみた。
 すると、リートはキョトンとした表情を浮かべて「えっ?」と聞き返してくる。
 それに私は笑い返し、続けた。

「それなら、私が片付けても良いけど。……この瓦礫も、私が作ったようなものだし」

 そう言いながら、私は外に向かって歩き出す。
 まぁ、人一人分が歩けるくらいのスペースさえ作れば大丈夫だろう。
 そう思いつつ外に出ようとした時、ローブを強く掴まれ、グイッと後ろに引っ張られる。

「うおッ」
「別に、瓦礫など気にならん」

 じゃあなんで、と思いつつ振り向こうとした時、リートの手が震えていることに気付いた。
 まさか、この人……外が怖いんじゃ……。
 一瞬馬鹿にするような感情が込み上げてきたが、彼女の境遇を考えると、すぐにそれは引っ込んだ。
 良く考えれば、三百年もの間、こんな薄暗いダンジョンにずっといたわけだ。
 それがようやく外に出られるとなれば、緊張とか恐怖とか、色々な感情が込み上げてくるだろう。
 でも、きっとその中には、嬉しさもあるはず。
 私は少し考えて、彼女の手を取り、握ってみせる。

「ッ……?」
「リートさぁ、もしかして……外怖いの?」

 彼女の意図を理解した上で、私は馬鹿にするような口調でそう言ってみせた。
 すると、彼女はギョッとした表情を浮かべて「はぁッ!?」と素っ頓狂な声を上げた。

「な、何を言っておる! そんなわけなかろう!」
「じゃあなんでそんなに震えてんの? 怖いんじゃない?」
「こッ、これは武者震いじゃ! 怖いわけではない!」
「じゃあ早く出ようよ」

 私の言葉に、リートはぐぬぬ、と悔しそうに歯を食いしばる。
 彼女はどこかプライドが高そうな節があるし、優しい言葉を投げ掛けて安心させるよりも、こうして煽って神経を逆なでした方が効果はあると思った。
 実際、彼女の手の震えは止まっているし。

「……奴隷の癖に生意気じゃ」
「ごもっとも」

 どこか不機嫌そうな口調で言うリートに、私はそう答えた。
 すると、彼女は余計に不機嫌そうな表情を浮かべていたが、やがて小さく息をつき、私のローブから手を離す。
 反射的に私も手を離そうとするが、それより先に手を握り返される。
 彼女は私の手を握ったまま、真っ直ぐ外を見つめた。

「妾がせーのと言ったら、一緒に外に出るのじゃ。良いな?」
「……子供っぽい」

 真剣な表情で言うリートに、私はそう呟いた。
 それって、なんか中学生とか高校生になった時に、女の子が友達とやることじゃ……って、友達いなかったからやったことないや。
 私には関係の無いイベントだと思ってたんだけどなぁ……としみじみしていると、リートが私の手を強く握った。

「ほれ、さっきも言ったであろう? 奴隷に拒否権は無いぞ」
「はいはい。分かってますよ」
「あと、妾の方が年上なのを忘れるでない。子供はお主じゃ、イノセ」
「……」

 この負けず嫌いめ、と内心で呆れるつつ、私は前に視線を戻した。
 まぁ、これで彼女の気が済むなら、私はそれに従うまでだ。
 その時、リートが「せーのっ」と声を発するので、私は片足を踏み出した。
 直後、足の裏に柔らかい土の感触があり、次いで太陽の光が私達を照らした。
 どこか包み込むような温もりを感じながら、私は隣に並ぶ我が主に視線を向けた。

「どうですか? 久しぶりの外は」
「……眩しい」
「あー」

 太陽の光に、眩しそうにパチパチと瞬きをするリートに、私はそう呟いた。
 まぁ、ダンジョンの下層は薄暗かったし、上層だって外に比べれば暗い方だ。
 久しぶりの日光は、どうやら堪えるらしい。
 しかし、しばらく瞬きを繰り返していると慣れてきたのか、ゆっくりと瞼が開いていく。
 完全に目を開いたリートは、辺りを見渡して、小さく溜息をついた。

「ようやく目が戻ったわい。全く、初手から目潰しとは、思いもよらぬトラップじゃったわ」
「トラップって……」

 どうしても自分の負けを認めたくないらしい彼女の言葉に、私は苦笑する。
 すると、彼女は私を見て小さく笑い、すぐに私の腕を掴んでグイグイと引っ張った。

「ほれ、早く行くぞ。こんな場所でグズグズしている場合ではないからのぉ」
「うわっ、ちょっと……」

 強引に引っ張るリートに驚きつつ、私は歩を早めて隣に並ぶ。
 すると、彼女は私の腕から手を離し、手持ち無沙汰になったその手を後頭部の辺りで組んだ。

「さて……では、ひとまず手近な町を目指すとするかのぉ」
「ここから近いと言うと……ギリスール王国の城下町とか?」
「お主は馬鹿か」

 城の方を指差しながら言うと、リートは呆れた表情でそう言ってきた。
 それに「えっ?」と聞き返すと、彼女は私の腕を軽くつつきながら続けた。

「妾は、言ってみればあやつらの天敵じゃぞ? 今の状態で城下町に行くなど、敵地に裸で飛び込むようなものじゃ」
「でも、ここからは一番近いし……」
「城下町以外で、じゃ」

 バッサリと切り捨てるリートに、私は口を噤んだ。
 ……でも、今まで城から出ても、周辺の森の中しか行ったことがない。
 リートも三百年もの間封印されていたわけだし、その間に地理が大きく変化している可能性は高い。
 町なんてどう探せば……と思っていると、リートは「よしっ」と胸の前で手を打った。

「ひとまず、川を探すぞ」
「……川?」
「大体の町は、川を水源としておるからのぉ。川を下っていけば、必ず町が見つかるはずじゃ」

 どこか自信満々な表情で言うリートの言葉をしばらく吟味した私は、脳内に湧き上がった一つの疑問に、首を傾げた。
 それって、あくまで三百年前の知識では……?
 三百年も経っていれば、昔とは色々とそういう仕組みとかが変わっていてもおかしくない気がするけど……。
 不思議に思っていると、リートは不満そうな表情を浮かべ、「何じゃ?」と聞いて来た。

「いや……リートのその知識って、三百年前のものだよなぁ……と思って」
「……だから何じゃ?」
「三百年も経ったら、そういう水源確保のやり方も、変わっているんじゃない?」
「そんなもの、やってみんと分からん。じゃが、闇雲に探すよりはマシじゃろ」
「えぇ……」
「ほれ行くぞ」

 渋る私を急かすように、彼女は言う。
 それに、私は小さく溜息をつきながらも、仕方なく歩き出す。
 まぁ、確かに他に手がかりは無いし、少ない可能性に賭けてみるしかないけど……前途多難過ぎる……。
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