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第2章:火の心臓編
037 やっと来たか
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あれから水を買い溜めた私達は、ヴォルノを後にして火山麓のダンジョンへと向かった。
火山の周りを沿うように歩いていくと、洞穴のようなものがあり、中に入ると下に続く階段があった。
階段を下りて行くと、目の前には真っ赤な通路が広がっていた。
いや、これは通路と呼んで良いのだろうか。
道の幅はリートがいたダンジョンの二倍程あるが、所々にマグマの水溜まりが出来ていて、歩ける範囲で言えばむしろ狭く感じる。
壁や床、天井は真っ赤な石で出来ており、全体的に炎のような印象が強い。
今はリートの魔法のおかげで暑さは感じていないが、もしも何の対策もせずに踏み込んだら、もう暑いどころの騒ぎではないだろう。
「何をボサッとしておる。早く行くぞ」
すると、リートがそう言って私の服をグイッと強引に引っ張った。
それに私は我に返り、すぐに彼女と共に歩き出す。
マグマの中に踏み込まないように気を付けながら、石で出来た通路を二人で歩いて行く。
ボコボコと大きな泡が出来るのを横目に、私は口を開いた。
「ここも、上層、中層、下層って感じになってるのかな?」
「妾も他所のダンジョンのことは良く分からぬ。じゃが、心臓がある場所までの道は分かっておるから、とりあえずそれに従って歩けば良いじゃろう」
「ふぅん……」
リートの言葉に相槌を打ちつつ、私は辺りを見渡した。
なんていうか、彼女がいたダンジョンに比べて……魔物がいないな。
襲ってこないどころか、魔物の気配すら感じられない。
上層には魔物がいないのか……そもそも、このダンジョンの障害はこの暑さ、とか?
そんなことを考えていた時、リートの近くのマグマの気泡に一瞬、違和感があった。
「……?」
……気のせいか?
一瞬、気泡の出方に変な感覚があった。
間隔がおかしかったというか、一か所の気泡の出る間隔に少し乱れがあったというか……。
不思議に思っていた直後、その気泡に違和感があった場所から、リートに向かって何かが飛び出してきた。
「リートッ!」
咄嗟に私は地面を蹴り、リートを押し倒すように肩を掴んだ。
そのまま彼女を抱えて、私が下になるように体を捻って地面に着地した。
ズザザザッと鈍い音を立てて私の背中は地面にぶつかり、停止する。
服とステータスのおかげか、痛みも熱さも特に感じない。
「な、何が起こっておるのじゃ……?」
私の上に馬乗りになる形となったリートは、そう言いながら驚いた表情で私を見つめてきた。
それに答えようとした時、彼女の背後を何かが通り過ぎた。
数瞬後、それはバシャンッ! と水音を響かせながら、マグマの中に着水する。
私はすぐにリートを立たせ、立ち上がった。
「……イノセ、一体何が……」
「……魔物だよ」
そう答えながら、私は先程マグマの中に着水したであろうナマズのような姿の魔物を見つめた。
奴はすでに臨戦態勢なのか隠れる気はないようで、マグマの中を揺蕩いながら、様子を伺うようにこちらを見ている。
……なるほどね、と、私は眼球のみを動かして辺りを軽く見渡した。
この層に魔物がいないわけではない。……皆、マグマの中に潜んでいるのだ。
ボコボコと湧き立つ気泡は、マグマによるものだけでなく、魔物の呼吸から生まれるものもあるのだろう。
マグマだから中は見えないが、恐らく奴等からは私達の姿は見えている。
……単純に、私との戦闘スタイルでは分が悪いな。
私はスキルの使用が禁止されているから剣で斬りつけることしか出来ないので、遠距離攻撃は出来ない。
リートがどんな魔法を使えるのかは分からないが、彼女の魔法頼りの戦いには不安がある。
そう悩んでいた時、ナマズのような魔物がこちらに向かって火の球を吹いてきた。
「ソードシールドッ!」
咄嗟に叫び、私は剣を構えた。
すると飛んで来た火の球は私の剣にぶつかり、消滅する。
向こうには遠距離攻撃の手段があるとなると、余計に劣勢だ。
元々の私達の目的がこのダンジョンのラスボスにあることを考えると、ここは……──。
「逃げるよ、リートッ!」
「は!? おい……!」
不満を口にするリートを無視して、私は剣をしまって彼女の体を抱きかかえ、通路の奥に向かって駆け出した。
ここで無理に戦う必要は無い。ダンジョンのラスボスを倒せば良い話なのだから。
地面を強く蹴って突き進んでいくと、リートが私の体をポカポカと叩いて来た。
「急に何じゃ! 下ろさぬか!」
「リートが私と同じ速度で走れるならね……ッ!」
「ッ……!」
「ってか、落とすから暴れんなッ!」
走りながらそう叫ぶと、リートはグッと口を噤み、すぐに私の体に掴まった。
素直でよろしい、と心の中で呟きながら、私は通路を左に曲がって突き進む。
すると、その通路を遮るように、マグマの海が現れた。
広い通路の壁と壁を繋ぐように横断する、長さ五メートル程のマグマの海に、私は怯みそうになる。
「飛べッ!」
そんな私に、リートがそう叫ぶ。
簡単に言うなよ……ッ! と心の中で愚痴りつつ、私は彼女を抱え直して地面を強く蹴った。
すると、一瞬にして足元から岩の地面が消え、マグマのみとなる。
しかし、数秒程で地面に戻り、すぐに着地する……が、それだけで勢いを殺し切れず、体勢を崩して地面に転がった。
ひとまずリートを庇うように抱きしめながら、何度も地面の上を跳ね、仰向けになる形で停止した。
「……生きた心地がせんかったわ……」
私の腕の中で、リートがそう愚痴るのが聴こえた。
……不満を言う余裕があるなら、まだ大丈夫か。
「飛べって言ったのはそっちじゃん」
「それだけではない。お主の今のステータスでは、普通に走ってもかなりの速さがあるからのぉ。抱えられてる身としては、かなり辛かったぞ」
「それはッ……ごめん。マグマの中にいる魔物と戦うくらいなら、逃げた方が良いと思って」
「……まぁ良いわ。生きておるからの」
そう言って小さく笑うリートに、私は笑い返す。
何とか立ち上がった時、マグマの中に黒い影が見えた。
私はすぐにリートの前に立ち、剣を抜いた。
次の瞬間、マグマからザバァッ! と音を立てて、ナマズのような魔物が飛び出してきた。
「はぁッ!」
叫び、私は両手で剣を振るって両断する。
それだけでナマズの体は真っ二つになり、地面に落下した。
油断も隙も無いな……と思っていると、リートが私の横を擦り抜けてマグマの前に立った。
「リート?」
「……毒」
呟き、マグマに向かって手を掲げる。
直後、マグマの色が若干濁り、気泡の出が激しくなる。
ボコボコと激しく大量の気泡を発したかと思うと、マグマの中にいたであろう魔物の死体がぷかぁと浮かび上がってきた。
ナマズのような魔物の他にも、タツノオトシゴやウナギ等、様々な種類の魚のような見た目をした魔物が浮かんできている。
「マグマに毒魔法を流したのじゃ。こうすれば、無理に逃げる必要も無いじゃろ」
そう言って、リートは不敵に笑む。
ポカンと口を開けて固まっていると、彼女は私の肩をポンッと軽く叩いた。
「心配せんでも、妾だって全く戦えないわけではない。……じゃが、走る時はせめて一言言え」
彼女はそう言って、通路の奥に向かって歩き出す。
それに私は小さく息をついて振り向き、口を開く。
「良く言うよ。……体力無いくせに」
「じゃから、お主がもっと妾のサポートをすれば良い。……奴隷なんじゃから、それぐらい上手くせい」
そう言うと、リートは完全にこちらに背を向け、歩き出した。
……ホンットに減らず口だな……!
自分のこめかみがヒクヒクと疼くのを感じていると、リートは「じゃが」と言いながら、こちらに振り向いた。
「それでも、妾は魔法しか使えんから……しっかり守ってくれよ?」
その言葉に、なんだか一気に肩から力が抜けた。
私はそれに「任せて」と答えてから、彼女を追って歩き出した。
***
血のように真っ赤な岩で囲まれ、所々の穴から流れるマグマが室内の床の半分程の割合を占めるように水溜まりをつくる部屋にて、奴は最奥の壁に出来た少し大きな出っ張りに腰かけていた。
奴が腰かける岩の上には、真紅の澄んだ輝きを放つ、ラグビーボールのような歪な形をした石が乗っていた。
石はまるで生命を持っているかのように、ドクンッ、ドクンッ……と、怪しく脈打つ。
静かな部屋に脈音だけが響く中で、奴の耳に、別の音が届く。
まるで石の脈動に重ねるように響くもう一つの脈音に、奴の口角が徐々に釣り上がっていく。
ニィッと怪しく笑むその唇の隙間からは、白く綺麗な八重歯が見え隠れする。
「くはッ……」
喉から絞り出すように、奴は乾いた笑いを零した。
手に持った金属製のヌンチャクを握り直し、その目にギラギラと闘志を燃やしながら、奴は口を開く。
「……やっと来たか……! リート……ッ!
火山の周りを沿うように歩いていくと、洞穴のようなものがあり、中に入ると下に続く階段があった。
階段を下りて行くと、目の前には真っ赤な通路が広がっていた。
いや、これは通路と呼んで良いのだろうか。
道の幅はリートがいたダンジョンの二倍程あるが、所々にマグマの水溜まりが出来ていて、歩ける範囲で言えばむしろ狭く感じる。
壁や床、天井は真っ赤な石で出来ており、全体的に炎のような印象が強い。
今はリートの魔法のおかげで暑さは感じていないが、もしも何の対策もせずに踏み込んだら、もう暑いどころの騒ぎではないだろう。
「何をボサッとしておる。早く行くぞ」
すると、リートがそう言って私の服をグイッと強引に引っ張った。
それに私は我に返り、すぐに彼女と共に歩き出す。
マグマの中に踏み込まないように気を付けながら、石で出来た通路を二人で歩いて行く。
ボコボコと大きな泡が出来るのを横目に、私は口を開いた。
「ここも、上層、中層、下層って感じになってるのかな?」
「妾も他所のダンジョンのことは良く分からぬ。じゃが、心臓がある場所までの道は分かっておるから、とりあえずそれに従って歩けば良いじゃろう」
「ふぅん……」
リートの言葉に相槌を打ちつつ、私は辺りを見渡した。
なんていうか、彼女がいたダンジョンに比べて……魔物がいないな。
襲ってこないどころか、魔物の気配すら感じられない。
上層には魔物がいないのか……そもそも、このダンジョンの障害はこの暑さ、とか?
そんなことを考えていた時、リートの近くのマグマの気泡に一瞬、違和感があった。
「……?」
……気のせいか?
一瞬、気泡の出方に変な感覚があった。
間隔がおかしかったというか、一か所の気泡の出る間隔に少し乱れがあったというか……。
不思議に思っていた直後、その気泡に違和感があった場所から、リートに向かって何かが飛び出してきた。
「リートッ!」
咄嗟に私は地面を蹴り、リートを押し倒すように肩を掴んだ。
そのまま彼女を抱えて、私が下になるように体を捻って地面に着地した。
ズザザザッと鈍い音を立てて私の背中は地面にぶつかり、停止する。
服とステータスのおかげか、痛みも熱さも特に感じない。
「な、何が起こっておるのじゃ……?」
私の上に馬乗りになる形となったリートは、そう言いながら驚いた表情で私を見つめてきた。
それに答えようとした時、彼女の背後を何かが通り過ぎた。
数瞬後、それはバシャンッ! と水音を響かせながら、マグマの中に着水する。
私はすぐにリートを立たせ、立ち上がった。
「……イノセ、一体何が……」
「……魔物だよ」
そう答えながら、私は先程マグマの中に着水したであろうナマズのような姿の魔物を見つめた。
奴はすでに臨戦態勢なのか隠れる気はないようで、マグマの中を揺蕩いながら、様子を伺うようにこちらを見ている。
……なるほどね、と、私は眼球のみを動かして辺りを軽く見渡した。
この層に魔物がいないわけではない。……皆、マグマの中に潜んでいるのだ。
ボコボコと湧き立つ気泡は、マグマによるものだけでなく、魔物の呼吸から生まれるものもあるのだろう。
マグマだから中は見えないが、恐らく奴等からは私達の姿は見えている。
……単純に、私との戦闘スタイルでは分が悪いな。
私はスキルの使用が禁止されているから剣で斬りつけることしか出来ないので、遠距離攻撃は出来ない。
リートがどんな魔法を使えるのかは分からないが、彼女の魔法頼りの戦いには不安がある。
そう悩んでいた時、ナマズのような魔物がこちらに向かって火の球を吹いてきた。
「ソードシールドッ!」
咄嗟に叫び、私は剣を構えた。
すると飛んで来た火の球は私の剣にぶつかり、消滅する。
向こうには遠距離攻撃の手段があるとなると、余計に劣勢だ。
元々の私達の目的がこのダンジョンのラスボスにあることを考えると、ここは……──。
「逃げるよ、リートッ!」
「は!? おい……!」
不満を口にするリートを無視して、私は剣をしまって彼女の体を抱きかかえ、通路の奥に向かって駆け出した。
ここで無理に戦う必要は無い。ダンジョンのラスボスを倒せば良い話なのだから。
地面を強く蹴って突き進んでいくと、リートが私の体をポカポカと叩いて来た。
「急に何じゃ! 下ろさぬか!」
「リートが私と同じ速度で走れるならね……ッ!」
「ッ……!」
「ってか、落とすから暴れんなッ!」
走りながらそう叫ぶと、リートはグッと口を噤み、すぐに私の体に掴まった。
素直でよろしい、と心の中で呟きながら、私は通路を左に曲がって突き進む。
すると、その通路を遮るように、マグマの海が現れた。
広い通路の壁と壁を繋ぐように横断する、長さ五メートル程のマグマの海に、私は怯みそうになる。
「飛べッ!」
そんな私に、リートがそう叫ぶ。
簡単に言うなよ……ッ! と心の中で愚痴りつつ、私は彼女を抱え直して地面を強く蹴った。
すると、一瞬にして足元から岩の地面が消え、マグマのみとなる。
しかし、数秒程で地面に戻り、すぐに着地する……が、それだけで勢いを殺し切れず、体勢を崩して地面に転がった。
ひとまずリートを庇うように抱きしめながら、何度も地面の上を跳ね、仰向けになる形で停止した。
「……生きた心地がせんかったわ……」
私の腕の中で、リートがそう愚痴るのが聴こえた。
……不満を言う余裕があるなら、まだ大丈夫か。
「飛べって言ったのはそっちじゃん」
「それだけではない。お主の今のステータスでは、普通に走ってもかなりの速さがあるからのぉ。抱えられてる身としては、かなり辛かったぞ」
「それはッ……ごめん。マグマの中にいる魔物と戦うくらいなら、逃げた方が良いと思って」
「……まぁ良いわ。生きておるからの」
そう言って小さく笑うリートに、私は笑い返す。
何とか立ち上がった時、マグマの中に黒い影が見えた。
私はすぐにリートの前に立ち、剣を抜いた。
次の瞬間、マグマからザバァッ! と音を立てて、ナマズのような魔物が飛び出してきた。
「はぁッ!」
叫び、私は両手で剣を振るって両断する。
それだけでナマズの体は真っ二つになり、地面に落下した。
油断も隙も無いな……と思っていると、リートが私の横を擦り抜けてマグマの前に立った。
「リート?」
「……毒」
呟き、マグマに向かって手を掲げる。
直後、マグマの色が若干濁り、気泡の出が激しくなる。
ボコボコと激しく大量の気泡を発したかと思うと、マグマの中にいたであろう魔物の死体がぷかぁと浮かび上がってきた。
ナマズのような魔物の他にも、タツノオトシゴやウナギ等、様々な種類の魚のような見た目をした魔物が浮かんできている。
「マグマに毒魔法を流したのじゃ。こうすれば、無理に逃げる必要も無いじゃろ」
そう言って、リートは不敵に笑む。
ポカンと口を開けて固まっていると、彼女は私の肩をポンッと軽く叩いた。
「心配せんでも、妾だって全く戦えないわけではない。……じゃが、走る時はせめて一言言え」
彼女はそう言って、通路の奥に向かって歩き出す。
それに私は小さく息をついて振り向き、口を開く。
「良く言うよ。……体力無いくせに」
「じゃから、お主がもっと妾のサポートをすれば良い。……奴隷なんじゃから、それぐらい上手くせい」
そう言うと、リートは完全にこちらに背を向け、歩き出した。
……ホンットに減らず口だな……!
自分のこめかみがヒクヒクと疼くのを感じていると、リートは「じゃが」と言いながら、こちらに振り向いた。
「それでも、妾は魔法しか使えんから……しっかり守ってくれよ?」
その言葉に、なんだか一気に肩から力が抜けた。
私はそれに「任せて」と答えてから、彼女を追って歩き出した。
***
血のように真っ赤な岩で囲まれ、所々の穴から流れるマグマが室内の床の半分程の割合を占めるように水溜まりをつくる部屋にて、奴は最奥の壁に出来た少し大きな出っ張りに腰かけていた。
奴が腰かける岩の上には、真紅の澄んだ輝きを放つ、ラグビーボールのような歪な形をした石が乗っていた。
石はまるで生命を持っているかのように、ドクンッ、ドクンッ……と、怪しく脈打つ。
静かな部屋に脈音だけが響く中で、奴の耳に、別の音が届く。
まるで石の脈動に重ねるように響くもう一つの脈音に、奴の口角が徐々に釣り上がっていく。
ニィッと怪しく笑むその唇の隙間からは、白く綺麗な八重歯が見え隠れする。
「くはッ……」
喉から絞り出すように、奴は乾いた笑いを零した。
手に持った金属製のヌンチャクを握り直し、その目にギラギラと闘志を燃やしながら、奴は口を開く。
「……やっと来たか……! リート……ッ!
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