命を助けてもらう代わりにダンジョンのラスボスの奴隷になりました

あいまり

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第3章:水の心臓編

047 準備とチャンス

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 首都グランルを出た私達は、イブルー港を目指して歩き始めた。
 地図によると、首都グランルを出てから南下する直線上に手頃な町は無く、二日掛けてようやく、イブルーとグランルの国境線沿いにある町に辿り着くらしい。
 森の中を歩いていて気付いたのだが、恐らくだが、首都グランルからイブルー国までの直線上に町が無い理由は地形にあるのだと思う。
 と言うのも、全体的に小山が連なっているような地形になっており、歩いていて大きくデコボコしているような印象を受けた。
 急傾斜の坂等も多く、町などを作るには少し不便な地形だった。

「……ってか、ダンジョンの中でお前等を見つけた時からずっと思ってたんだが……」

 すると、歩きながらフレアがそう口を開いた。
 それに視線を向けてみると、彼女は少し口ごもるが、すぐに続けた。

「お前等の中では、町の中以外での移動って……それが当たり前なのか?」

 フレアはそう言って、私達を指さしてくる。
 彼女の言葉に、私に背負われているリートが「今更何じゃ?」と聞き返した。

「ヴォルノからグランルに行くまででも充分見ていたじゃろう」
「それはそうだけど……そうじゃなくて……あぁッ!? 俺がおかしいのか!? イノセッ!?」
「いや、フレアはまだ正常だと思うよ」

 私はそう答えながら、リートの体を背負い直した。
 なんていうか、戦闘狂のフレアにまだ正常な思考があったことに安心した。
 彼女の言っている、私とリートの移動方法おんぶについては、今まで当たり前に行い過ぎてもうすっかり慣れてしまっていた。
 本当に、人の慣れとは恐ろしいものだと感じる。

「仕方が無いであろう。妾の体力の無さは、お主もよく分かっておるであろう?」
「ん? まぁそうだなぁ。お前、人間だった頃はほとんど……」
「あーそれ以上は言わんでいい。黙れ黙れ」

 何かを言おうとしたフレアに対して、リートはそう言いながらヒラヒラと手を振った。
 黙れって……と呆れつつ、私は急傾斜の坂をゆっくりと下りながら、口を開いた。

「えっと……フレアは、リートの過去を知ってるの?」
「んぁ? まぁ……俺が生まれるまでなら……」
「へぇ……なんで?」
「そりゃあ、コイツの魔力から生まれたようなモンだし……分身みたいなものだからじゃねぇの?」
「そういうものなんだ」
「詳しい原理は妾にも分からん。知りたいなら、コイツ等の創造主にでも聞くしかないわ」

 リートの言葉に、私は苦笑した。
 創造主って、つまりリートをダンジョンに封印した三百年前の宮廷魔術師でしょ?
 三百年前に生きていた人なんて、リートみたいに不老不死になっていない限り、生きてはいないでしょ。
 呆れつつ歩いていた時、草むらの影から何やら魔物が飛び出してきた。

「うわッ!?」
「よッ」

 驚いたのも束の間、私達と魔物の間にフレアが入り、鉄製のヌンチャクを振るって魔物を迎撃した。
 フレアの攻撃力でヌンチャクを振るわれると、それだけで魔物の体はあっさりと拉げ、原型を留めていないような歪な状態で地面に落ちた。
 魔物自体があまり強くなかったのかもしれないが、こうして改めて見てみると、フレアは強いな。
 リートに会う前の私がフレアと相対していたら、今頃私も、目の前に落ちている魔物のようになっていたかもしれない。
 戦った時も、やられたのが左腕のみで済んだのが奇跡のようなものだ。
 レベルが一つ上がったとはいえ、これから彼女みたいな輩と戦わないといけないのか……。

「ふむ……大分暗くなってきたのう」

 リートの言葉に、私は顏を上げた。
 空はすでに茜色に染まっており、太陽が沈んでいく方とは逆の方角から、滲むように藍色に染まり始めていた。
 もうそろそろ、夜が来る、か……。

「じゃあ、今日はこの辺りで野宿する?」
「おぉっ! ついにノジュクかっ」

 私の提案に、リートはどこか楽しげな声色で、そう言った。
 ちょうど、坂を下りた場所は少し平地になっており、野宿をするにはちょうど良さそうだった。
 それに、フレアも空を見上げながら「そうだな」と呟いた。

「んじゃあ色々準備すっか。食う物はどうする?」
「魔物の肉で良いじゃろう。……不味いが、仕方あるまい」

 フレアの言葉に、リートはそう言いながら私の背中から下りる。
 それに、私は剣の柄に手を添え、口を開いた。

「じゃあ、食料調達は私の方が良い? ……フレアだと……」

 私はそう言いながら、原型を留めずに地面に落ちている魔物の死骸を一瞥した。
 フレアが魔物を倒してきたら、今日の夕食は魔物のミンチ肉だ。
 他に食材と道具があればハンバーグなんかは作れたかもしれないが、残念ながらここにはそれを作るのに充分な物が無い。
 というわけで、私が普通に魔物をとって来た方が良い。

「あー……だったら、一緒に行こうぜ。俺は薪とか集めるよ」

 そう言いながら、フレアはヌンチャクを肩に掛ける。
 薪か……まぁ確かに、あのヌンチャクでそこらへんに生えている木でも砕けば、案外早く集まるかもしれない。
 剣で一々斬り倒すよりは、そっちの方が案外効率は良いかも……?
 フレアの提案を受け入れようとした時、リートがフレアの肩を掴んだ。

「いや……お主は妾と来い。食料調達と薪集めでは、互いの仕事を邪魔してしまうかもしれんからのう」
「いや、でも……」
「良いから来い」

 フレアの意見を丸々無視して、リートはグイグイと彼女の腕を強引に引っ張った。
 それに、フレアは困惑した様子だったが、仕方が無いと言った様子で付いて行った。
 二人を見送った私はその場に立ち尽くしたまま、呆然としてしまった。

 ……あの二人って、仲良いっけ?
 いや、明らかに悪い部類だと思うが……。
 フレアの同行を認めてから二人きりになった機会も無いし、私の知らない間に仲直りした、ってことは無いよな……?

「……大丈夫なのか? あの二人……」

 ポツリと、私は呟いた。
 過保護かもしれないが、なんていうか、ひたすら心配だ。
 しかし、ここで付いて行っても自分の仕事をしろと一蹴されるだけな気もするし、今は自分の仕事を遂行しよう。
 そう考えて歩き出そうとしたところで、私はとあることに気付き、足を止めた。

 ……今って、逃げ出すチャンスなのでは……?

「……」

 なんとなく、私は二人が歩いて行った方向に視線を向けた。
 すでに二人の姿は森の中に消え、少なくとも、私の方から見える距離にはいなかった。
 今まで当然のようにリートと行動を共にしていたから考えもしなかったが、よく考えれば、そもそも倒さなければならないはずの魔女と一緒にいるという現状はおかしい。
 命を救われたからとか、奴隷になったからとか、色々理由はあるが……だからと言って、このままでいて良いはずもないのだ。

 奴隷の契約にどういった効果があるのかは分からないが、ダメ元で逃げてみるのも一つの手ではある気がする。
 もし見つかっても、魔物を探していたことを口実にすれば、誤魔化せなくもない。
 今まで逃げられなかったのはリートが付きっきりだったせいであって、二人がいない今は、私にとって絶好の逃走チャンスでもある気がする。

 そうだ。よく考えたら、フレアが仲間になった今、私がリートに付いていなくても問題はあるまい。
 移動はフレアに任せれば何とかなるだろうし、私が逃げたところで困るものでもない。
 所詮私はリートにとって奴隷でしかないわけだし、私がいなくなったところで、何も問題はない。
 だから、大丈夫だ。今なら、逃げられる。

「……はぁ……」

 溜息をつき、私は額に手を当てた。
 これだけ必死に自分に色々言い聞かせても、面白いくらいに、足は動かなかった。
 奴隷契約の影響なのか、それとも私自身に原因があるのかは定かではないが……少なくとも、今の私には、リートから離れるという選択肢は選べそうになかった。

 ホントに、流されやすい性格だ。長いこと一緒にいて、情でも湧いたか。
 そんな風に自嘲しつつ、私は魔物を探すべく歩き出した。
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